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2006.11.04

映画『トリスタンとイゾルデ』

 久しぶりのホットヨガでヘトヘトに疲れたあと、映画館に寄って『トリスタンとイゾルデ』を観た。映画の割引券を扱っている派遣会社の福利厚生のページで、トリスタンとイゾルデが熱いキスを交わしている写真を観て一目で気に入り、前売券を注文しておいたのである。

 ウィキペディア:トリスタンとイゾルデによれば、トリスタンとイゾルデの物語は、中世に宮廷詩人たちが広く語り伝えた恋愛物語なのだそうだ。また、この物語を題材にしたワーグナーの楽劇もあるらしい。さて、物語の内容は、『ロミオとジュリエット』のように、深く愛し合っていても一緒にはなれない男女の悲恋の物語となっている。実は、その『ロミオとジュリエット』こそ、シェイクスピアがこの物語を参考にして創作した物語なのだとか。

 現代も残っているのかどうかわからないが、昔は政略結婚と呼ばれるものが存在していた。敵対している国との仲を取り持つために娘を敵国に嫁がせたり、資金援助を請うために娘を資産家に嫁がせたりする時代があったのだ。女性の意志に関係なく、女性が友好的な取引の道具のように扱われていたのである。

 当然、そうした結婚に愛はなく、結婚式の当日までお互いの顔を知らないなどということも多々あったようである。特に娘が美しい場合は、嫁いで来た娘に夫が片思いをする場合もあるようだ。

 トリスタンとイゾルデの場合は、お互いの身分など省みない時期に出会い、激しい恋に落ちる。私は、恋愛映画を観るとき、愛の始まりを見届けるのが好きだ。この二人も、ごく自然に惹かれ合い、やがて結ばれる。相手が自分に好意を持ってくれているかどうかは、お互いにわかるものだ。だから、「ボクと付き合ってください」などとわざわざ言葉にする必要がない。

 しかしこの二人、お互いに敵国の重要人物であり、正々堂々と愛し合える関係ではなかった。そのために、二人はいったん離れ離れになるのだが、やがて最も皮肉な形で再会することになる。

 ここからは多分、意見がいろいろと分かれるところだろう。この映画を不倫の映画として観る人もいらっしゃるかもしれない。しかしそれは、結婚を絶対的な制度として見た場合のことだろうと思う。私は、結婚は制度ではなく、愛し合う男女が自由意思で結ばれるものだと思っている。愛のない政略結婚を正当な結婚だとは思いたくないのだ。そもそも愛のない結婚をすることから間違っている。しかし、だからと言って、イゾルデを愛するマーク王の目を盗んで二人がこそこそ会うのは賛成できない。

 トリスタンは、マーク王との結婚が決まったイゾルデに対し、
「運命を受け入れろ」
と言った。しかし、自分でそのように言ったにもかかわらず、心の中では泣いているのである。何故、泣いているのか。それは、イゾルデが本当に愛しているのが自分だということに気がついているからだと思う。相手が別の人と一緒に過ごすことが喜びにならないのは、相手が愛に包まれていないことがわかっているときだと思う。イゾルデが嫁ぎ先のマーク王のことを愛することができれば、トリスタンもイゾルデのことを影でそっと見守ることができたのではないだろうか。

 それにしても、結婚してから何年も、マーク王はイゾルデに対し、自分が片思いをしていることに気がつかなかったのだとしたら、こちらも悲劇である。敵国に戦争をしかけて、強引に自分の国を大きくして行くような時代だから、イゾルデの中に自分への愛がないことにも気づかなかったのかもしれない。

 この映画の中で引用された詩の中に、
「愛は死をも超える」
というフレーズがあり、何とも心の中に響いた。それは、愛の大切さを詩にしたフレーズの一部だった。輪廻転生を重ねて来た私の中にも同じような想いがあるからだろうか。この詩の内容に従って、もっとも愛に生きようとした二人なのに、このような悲恋になろうとは。

 観方によっては、「愛は何者にも引き裂くことはできない」ということを表現した映画のようにも思える。しかし私には、「愛のない結婚は悲劇を呼ぶ」ということを表現した映画のように思えた。愛に正直に生きることの大切さを逆説的に教えてくれる映画だった。この映画は映像も美しい。特に、戦いに敗れたトリスタンが船に乗せられ、王室の葬儀の流儀で葬られるシーンは格別のものがある。

映画『トリスタンとイゾルデ』公式サイト

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画の宣伝画像を貼り付けてみましたが、思わず見惚れてしまうようなキスシーンだと思いませんか? 上記公式サイトに恋愛占いがあり、私も占ってみました。すると、「あなたが求めている愛の形は?」に対する答えとして、「無条件の愛」が出ました。「あなたは、"愛があれば他に何もいらない"、そんな無条件の愛を望んでいます」ですって。確かに、私は愛をもっとも優先させていると思います。家の中が汚くても気にしないですから。(笑)でも、果たしてこういうのが「無条件の愛」に当てはまるのでしょうか。私の感覚では、「無条件の愛」とは、「見返りを求めない愛」なのですが・・・・・・。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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