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2006.11.08

自分を取り戻す時間

 直径十二センチの彼女(彼女はもう直径十二センチではなくなったのだが)のお見舞いに行ったときに、彼女が私に話して聞かせてくれたことがある。それは、私と同じ職場で仕事をしていた頃、仕事に大変なストレスを感じて、自宅に帰ってから自分自身を取り戻す時間がどうしても必要だったということだった。自分を取り戻す時間が長くなるにつれ、彼女は危険信号を感じ始めていたと言う。私は、そこまで彼女が追い込まれていたとは知らなかった。それでも、仕事を持っていると、多かれ少なかれ、自分を取り戻す時間が必要になって来るのはわかる。

 私の場合、帰宅してからの時間ではなく、勤務先での休憩時間をとても大切にしている。休憩のチャイムが鳴ると、私はすぐさま自前のノートパソコンを開き、「ガンまる日記」の記事を書いたり、自分のサイトにアクセスして掲示板に目を通したりしている。また、ヘッドフォンを耳に差し込んで、好きな音楽を聴きながらノートパソコンに向かうこともある。同僚たちからすれば、そうした時間を過ごしているときの私は、「話し掛けないで欲しいオーラ」を発しているらしい。

 特に仕事が忙しくなると、私はハリネズミのように周りから自分を守りながら自分の世界を創る。世間の人たちにとって、私はがむしゃらに仕事をする人間のように映っているかもしれないが、仕事が忙しくなって自分自身を守り切れなくなると、私はしばしば午前中だけ休みを取ったり、仕事に出掛けて行くのに愛用のカメラを一緒に連れて行ったりする。自分の時間を取り戻し、自分の周りを好きなもので固めておきたいのだ。

 今の職場は、女性同士であっても距離を置いた付き合いができるので助かっているが、職場によっては、貴重なお昼休みを、女性だけで会議室にこもり、ずっとおしゃべりをして過ごすところもある。今の職場は、ほとんどの人が、それぞれ自分の席でお昼ご飯を食べるのだ。そうした環境は、自分自身の世界を守って行く上で、とてもありがたい。

 私は、直径十二センチの彼女が、職場のトイレで泣いているのを何度か見掛けたことがある。そういう彼女を見て来ただけに、やはり彼女は仕事を辞めて正解だったのかもしれないと思うのだった。

 私自身は、今の職場では仕事が辛くて泣いたことはないと思う。もしかするとあったかもしれないが、忘れてしまった。以前の職場では辛いことや苦しいこともたくさんあった。その頃、一緒に仕事をしていた人たちとは、もはや連絡を取り合っていない。ただ、今の職場のビル内で、以前、同じ職場で働いていた人の姿を見掛けることがある。きっと、私が働いているのとは別の階の別会社で働いているのだ。この業界は広いようで狭いのか、そうしたことがしばしばある。

 今の職場ではないのだが、仕事でひどく辛い思いをしているときに、支えてくれた派遣仲間がいる。彼女は私が働いているのとは違う派遣会社の派遣社員だった。私たちが派遣先の会社から更に別の会社に出向して作業していたときに、私の作るプログラムの質が悪いと言われたことがある。私はその言葉が悔しくて、彼女に話を聞いてもらいながら、彼女の前で泣いた。私の涙を見た彼女は、
「休憩に行こう」
と誘ってくれた。

 彼女はとても仕事ができる人で、私がその派遣先での仕事を満了したのちに派遣された別の会社でも働いていたことがあった。つまり、かつて彼女が担当していた仕事の一部を私が担当することになったわけである。私は、その会社での仕事もあまりうまく行かず、彼女に電話を掛けて、仕事の内容について質問したりしていた。今思えば、その系列の会社は、上司が仕事の内容をあまり細かく理解していない会社だった。概要だけではプログラムは作ることができないのに、おおまかなことだけ説明され、詳細を質問したくてもどこかに出掛けて不在だったりして、なかなか仕事がはかどらなかった。そのため、その仕事に詳しかった彼女の力を借りようとしたわけである。

 プログラムの作り方には、オブジェクト指向と言って、プログラムを部品化する方法がある。彼女はそういうプログラムの作り方が得意だった。私は、部品化された彼女のプログラムを見て、うなり声をあげたものだ。勤務時間以外に私を助けてくれた彼女にお礼をするために、彼女を一度飲みに誘ったが、また飲みに行こうねと言いながら、次第に疎遠になってしまった。彼女は確か、私の職場近くに住んでいるはずなのだが。

 いろいろな出会いと別れが繰り返される派遣生活の中で、また一人、仕事を辞めたいと言っている派遣仲間がいる。最近、彼女が良く休みを取っているのでどうしたものかと訪ねてみたところ、彼女は他にやりたい仕事があるのだと言う。それは、彼女がずっと以前からやりたい仕事だったらしいのだが、年齢的なことも考えて、そろそろ本格的な活動を始めようと、その仕事のプロになるための養成学校に通い始めたのだそうだ。最初は、今の職場を辞めるつもりで派遣会社の営業や派遣先の企業とも話し合いをしたらしい。しかし、やはり熱心に引き止められて、状況を改善する方法はないかと提案されたらしいのだ。その結果、月曜日に休みを取り、養成学校に行くことを承諾してもらったのだそうだ。

 私は、彼女が今の仕事ではなく、彼女自身がやりたいと言っている仕事のほうが、彼女には合うと思っている。しかし、そこに行き着くまでには寄り道をする場合もあるのだろう。実際、今、通っている養成学校に通うのに、年間百万円の授業料かかるのだそうだ。そうした状況をクリアするためには、資金作りのために働く選択もありなのかもしれない。

 彼女が自分のやりたい仕事のほうへと傾いたのは、自分のやりたいことを見つけた彼女が自分自身を取り戻したからだと思う。誰しも、彼女が辿り着いたように、自分自身を取り戻す時間へと向かっている。ただ、時間がかかるかかからないかの違いだけだ。無理に自分を変えようとしなくても、誰かに指図などされなくても、いずれその日はやって来る。だから、それまでの間、自分が納得の行くまで試行錯誤を繰り返してもいいのではないかと私は思う。私は、そうした試行錯誤の時間を無駄だとは思わない。

 今は、自分の好きなものに囲まれ、自分の世界を守ることでバランスを取ることができている私も、きっとそこに向かっている。しかし、どんなに好きなものに囲まれても、バランスを取ることがどうしても難しくなったときに、直径十二センチの彼女が選んだ道が私にも見えて来るのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m はああ、仕事がとても忙しいです。実はこの記事も、仕事帰りに駅のホームでパソコンを取り出して書いています。でも、今日はそんな自分のために仕事を午前中だけ休んで、お気に入りのカメラを連れて出勤しました。お天気がいいので、カメラで撮影しようと思ったのですが、家を出るのがギリギリになり、十三時からの開始に間に合うためには、カバンの中からカメラを取り出す暇もなく、職場に向かう羽目になってしまいました。(苦笑)そんな中でも「ガンまる日記」を書き続けることができるのは、皆さんの励ましのおかげです。本当にありがとうございます。m(__)m

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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