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2006.11.14

整体ジム

 私が書いているのは、寓話というよりもショートショートと表現することのほうが相応しいことに気がつき、先日より新たに設置した「寓話」カテゴリを、「ショートショート」カテゴリに変更させていただいた。今回は、ひどく背骨の曲がったレントゲン写真から想像を膨らませながら書き上げたショートショートをお送りしよう。

 ひどく背骨の曲がったレントゲン写真を見た私は、「またか」と思いながら深いため息をついた。私の背骨は、いつまで経ってもまっすぐにはなってくれない。ホットヨガにも背骨の歪みを調整するポーズがあるが、それだけだけでは全然足りないのかもしれない。

 支払いを済ませて病院を出ようとすると、レントゲン撮影をしてくれた技師が私のほうをチラチラ見ているのに気がついた。見ると、何やら手にちらし寿司、いや、チラシを持っている。私が視線を送ったのに気がついたレントゲン技師は、さりげなく病院を出て来て私に近づいて来た。
「良かったら、これ、どうぞ。今、歳末セールをやっていて、いつもよりもいい器具を使えるようになってます」
レントゲン技師はそう言って、私に一枚のチラシを差し出した。いかにもパソコンを使って手作りしたと思われるそのチラシには、「整体ジム」と書かれている。

 「何ですか? 整体ジムって?」
とチラシを受け取った私が尋ねると、
「世間一般の整体医院は整体師さんが患者さんを治すでしょ。整体ジムはそうじゃなくて、整体できる設備を患者さんにお貸しして、ご自分で身体の歪みを矯正していただく施設のことです。私の兄が経営しています。あなたの背骨、かなりかなり醜く曲がってますよね? 一度利用されてみてはいかがですか?」
なるほど、レントゲン技師は、撮影ばかりでなく、現像も担当していたのだ。だから、私の背骨がひどく曲がっていることを知って、このような勧誘をして来たのだろう。

 レントゲン技師から手渡されたチラシには、整体ジムと名づけられた施設に三日間通うだけで、背骨がまっすぐになると書かれている。
「本当に背骨がまっすぐになるんですか?」
と半信半疑で私が尋ねると、
「もちろんですよ。土日もやってますので、三日間なら、一日だけお休みを取られて通うことができるでしょう。あなたのその背骨じゃ、ホルモンバランスが崩れてしまうのは無理はない。あなた、婦人科系の疾患があるんじゃないですか?」
私はぎくりとした。確かに私には婦人科系の疾患があり、二つの女性ホルモンのうち、エストロゲンが過多になってしまっている。そのため、分泌が少なくなってしまったもう一つの女性ホルモンであるプロゲステロンをアメリカから個人輸入した天然のホルモンクリームで補っている。
「背骨がまっすぐにならないと、いつまで経っても女性ホルモンのバランスは取り戻せませんよ」
とレントゲン技師は言った。
「整体ジムでは、どのようなことをするのですか?」
と私が尋ねると、レントゲン技師は、
「そこに出向いてもらって、一日十五時間、矯正器具にぶら下がって背骨を矯正するんです」
と言った。
「一日十五時間?」
私は驚きのあまり、すっとんきょうな声をあげた。
「それじゃ、仕事があるので、私はこれで。整体ジムは、あなたのような方のお越しをお待ちしていますよ」
そう言って、レントゲン技師は病院に戻って行った。

 私は、帰りの電車の中でレントゲン技師からもらったチラシをしげしげと眺めた。現在は幸いにして、比較的仕事も穏やかだ。月曜日に一日くらい休みをもらっても大丈夫じゃないだろうか。ひどく曲がった背骨をまっすぐにしたい私は、頭の中でそんなことを考えていた。

 帰りにガンモと待ち合わせてチラシを見せると、
「そんな胡散臭いところに行くのはやめろ」
と反対した。しかし私は、短期間で背骨をまっすぐにしたい一心で、月曜日に有給休暇を取り、整体ジムに予約を入れたのである。電話に出たのは、「さしすせそ」の発音がひどく不自然な中年男性だった。

 電話を掛けてみてわかったことだが、三日間、毎日ジムに通うのかと思っていたところ、帰宅しないで整体ジムに宿泊し、もっと集中的に矯正する方法もあると言う。そうすれば、三日間の矯正が二日間に縮まると言うのだ。私は一泊だけならと、宿泊コースを選んだ。

 チラシに描かれている地図で示された駅で降りて、地図通りに歩くと、整体ジムの看板が見えて来た。何やら怪しげなプレハブ式の古びた建物である。一歩足を踏み入れると、体育館の用具室のような臭いがした。恐る恐る、受付の呼び鈴を鳴らすと、中からジャージを着たおじさんが出て来た。その人が、整体ジムのオーナーであり、レントゲン技師のお兄さんだった。
「いらっしゃいませ。お待ちしていました。さあ、どうぞ。まず、こちらの書類に必要事項を書き込んでください」
オーナーは、上の前歯が欠けていた。それで、「さしすせそ」の発音が不自然だったようである。私は、案内されるまま、ひとまず椅子に座り、書類に目を通しながら必要事項を書き込んだ。宿泊コースの欄に○をつけて、書類に住所と名前を記してオーナーに渡した。料金は前払いと言われたので、その場で支払いを済ませた。
「ありがとうございます。それでは、ご案内致します」
オーナーはそう言って、私をジムの中に案内した。ジムの中は広い体育館のような部屋で、数人の人たちが矯正器具を使いながらうごめいていた。私は、その異様な雰囲気に圧倒された。ダイエットのためなのか、お腹の上に大きな石を置いている女性がいる。
「あの方は、お腹の脂肪を取ってしまいたいのです。中高生のときに、布団の下に制服を敷いて寝てたでしょ。あの感覚ですよ。すぐにぺちゃんこになるでしょう」
他にも、口の中に太い金具を突っ込んでじっとしている人や、重い石を背負いながら、イボイボの石を足で踏みつけている人がいた。オーナーは、驚いている私を更衣室に案内した。
「ここで楽な格好に着替えて、また戻って来てください。それまでに、あなたが使う器具を用意しておきますからね」

 着替えたあとに更衣室から出ると、オーナーが器具を用意してくれていた。それは、ベッド付きのぶら下がり健康器のようなものだった。
「今、歳末セールをやっているので、ちょっと奮発してみました。いつもなら、あちらの器具を使っていただくんですけどね」
オーナーは、そう言いながら、右手にある鉄棒のような器具をあごで指して言った。それは、ベッドの付いていないぶら下がり健康器だった。今回は、ベッドが付いている分、サービスということらしい。つまり、ベッドが付いているために、矯正中でもそのまま眠ることができるのだ。しかも、そのベッドの中には、立ったまま用を足せる簡易トイレまで付いていた。トイレさえついていれば、わざわざ器具から離れることなく、矯正に専念できるというわけである。

 私は恐る恐る器具にぶら下がった。背中にベッドがあるために、ぶら下がるにしてもかなり楽チンである。おまけに簡易トイレは、下着の中に大小二つの管を通すだけで使用することができた。その器具は、一見、ぶら下がり健康器のようではあるが、手でぶら下がっても全体重が手にかかることのないように、足でも支えられるよう、工夫されていた。支ええる比率は、手が六十パーセント、足が三十パーセント、ベッドが十パーセントといったところだろうか。しかも、ぶら下がった両手も止め具でがっちりと上から固定されるので、思いのほか楽チンだったのである。

 こうして私は、まるまる二日間、曲がった背骨の矯正のために、その器具にぶら下がり続けた。初めて簡易トイレで用を足すときは、水着を着たまま海の中でおしっこをするような気持ち悪い感覚に襲われたが、それも回数を重ねるごとに慣れて来た。また、身動きが取れなくても、六時間ごとにオーナーが食事を取らせてくれるので、空腹に悩まされることもなかった。

 四十八時間ぶら下がり続けた私は、無事に背骨の矯正を終え、ぶら下がり健康器から離れることになった。固定されていた止め具が外され、両手が自由になった。簡易トイレの管も外され、私の足は四十八時間ぶりにジムのコンクリートの地面を踏みしめた。確かに背骨の不快感がなくなっている。短期間で背骨がまっすぐになるなんで、本当に素晴らしい! と、そのときである。何やら自分の身体に異変が起こっていることに気がついたのである。手が伸びているのだ。

 私は慌てふためいた。手をだらんと身体の側面に下ろしてみると、自分の手の平が地べたに付いた。
「うわああ! オーナー、私の両手が伸びてしまっています!」
私は絶叫した。オーナーは顔色一つ変えず、
「なあるほど、あなたの体重なら、わずか一日半の矯正で良かったのかもしれませんね」
とつぶやいた。
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。どうしたら元に戻るのですか? 何とかしてくださいよ!」
私は金切り声をあげた。すると、オーナーは、落ち着き払ってこう言ったのだ。
「手を短く矯正するプログラムがあります。重い石を二日間、頭の上で持ち上げ続けるのです」
「また矯正ですか! もう、いい加減にしてください!」

 私は結局、手を短くする矯正にもトライする羽目になった。しかし、今度は石が重すぎて、手が短くなり過ぎてしまった。そこで再び手を長くする矯正を行ったが、今度は左右の長さが違ってしまい、それを矯正するために、あれやこれや・・・・・・。そうして私は、ジムから出ることができずに、この記事をジムの中で書いている。ああ、いつになったらガンモに会えるのだろう・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 根本的な治療を行わなければ、一つだけ治しても、どこか別のところがおかしくなるといったことが多々ありますよね。この話は、そういうことを表現したショートショートでした。このような勧誘はないと思いますが、時間がかかるはずの処置を短時間で行おうとする場合、何か落とし穴があるかもしれないということの教訓でもあります。長い文章を読んでくださってありがとうございました。m(__)m

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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