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2006.11.09

耳コピーに思う

 別府に旅行に出かける前に、修理に出していた携帯電話をNTT DoCoMoのサービスセンタから引き取ったのだが、初期状態に戻ってしまった携帯電話を以前使用していたのと同じ状態に戻そうとしていて驚いたことがある。それは、手作りの着メロをいくつか使用していたことだ。着メロサイトからダウンロードしたファイルを使うのではなく、自分が気に入った曲を耳でコピーし、MIDIシーケンサに打ち込み、出来上がったMIDIファイルを着メロ用の変換ソフトで携帯電話の着メロ用ファイルに変換して自分のサイトにアップロードしたあと、携帯電話からダウンロードして使っていた。そのような手間をかけて作成した着メロがいくつかあったのだ。

 そう言えば、以前、愛妻着メロという記事を書いたことを思い出した。あれから私は、鉄道に興味を示すようになったガンモのために、車内アナウンスの前に流れる音楽をMIDI化されている方のサイトからMIDIファイルをダウンロードし、そのうちの何曲かを着メロに変換している。

 手作りの着メロの中には、企業で流れる体操の音楽もあり、自分で変換したのにおかしくて笑ってしまった。私がこれまで派遣されて来た企業の多くは、十五時になると、体操の音楽がビル全体に流れて休憩モードが漂う。毎日のようにその音楽を耳で聴いているので、自然に耳で覚え、自宅に帰ってMIDIシーケンサに向かい、それを打ち込んで、着メロに変換していたのである。その着メロを当時の仕事仲間に聞かせたとき、結構楽しんでもらえたのを覚えている。

 しかし、今の職場に派遣されてから既に四年半も経っているというのに、今の職場の体操の音楽の着メロは作成していない。携帯電話の着メロは、作り始めるときっと楽しいには違いがないのだが、以前よりも集中力がなくなってしまったり、自宅で過ごす自由な時間が少なくなってしまったりと、いろいろな要因が重なって、実現できていないようである。それでも私は、着メロを作成するプロセスが楽しいことを既に知っている。

 携帯電話の着メロなんて、わざわざ自分で作成しなくても、誰かが作成した曲をダウンロードして使えばいいじゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれない。着メロを自分で作るほどの時間があったら、晩御飯のおかずの一つでも作れと言いたくなる方も多いのではないだろうか。しかし、着メロをダウンロードして使えるのも、耳コピーして着メロを作成している人たちがいるからである。もちろん、着メロを作っている人たちすべてが晩御飯のおかずを作る時間を惜しんでまで着メロ製作にいそしんでいるとは言い切れないのだが。

 私は最近、他の人が生きるようには生きられないことを痛切に感じている。あたかも地球の中心に向かって行くかのように、大多数の人たちが実践していることを真似ながら生きることはできないと感じるようになって来た。すべての人が地球の中心に向かっていては、地球が丸いことの意味がない。地球が丸いということは、中心だけでなく、その周辺を守っている人たちもいるはずなのだ。何ごともバランスが大切だと言うが、すべての人たちが何に対してもバランスを保ってしまったら、個性がなくなってしまうように思う。アンバランスは個性なのだ。だから私は、自分の個性を潰すことなく、守って行くことに決めたのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またしても、更新が遅くなりました。きのうと同様、帰宅途中であります。(苦笑)ここ数ヶ月、自分の生活を変えてみようといろいろなことに挑戦して来ましたが、胸を張って持続できていることと言えば、ホットヨガくらいです。やはり、自分を無理に変えようとしても、変えられませんね。私は自分の変わらない部分を個性と認めることにしました。(苦笑)その個性は、それぞれが役割を持っているはずだと思うのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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