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2006.11.07

デジタルとアナログ

 世の中にデジタルが浸透しつつあるのに、すべてがデジタル化されないままでいるのは、私たちを取り巻く環境や私たちの存在自身がアナログだからだ。しかし、もしも私たちを取り巻く環境や私たちの存在自身もデジタルならば、以下のようなことも起こり得るのではないだろうか。今日は、昨日の転勤の話にちなんで、私たちを取り巻く環境や私たちの存在自身もデジタルだったらどうなるかという仮定のもとに大きく想像を膨らませながら、「ショートショート」をお届けしたい。

 私たちを取り巻く環境や私たちの存在自身がデジタルならば、例え会社から転勤を言い渡されたとしても、悲劇的に感じることなく、簡単に住居を変更することができる。インターネットを使って住民管理システムにログインし、転勤先の会社に近い空き地を選択し、移動日時を指定したあと、移動ボタンを押すだけである。仕事を休んで住民票を更新しに行く手間も必要なければ、家の売却について不動産業者に相談する必要もない。また、引越し屋さんに荷物を運んでもらう必要もないので、面倒な荷物の梱包も不要である。ボタン一つで、現在の住居をそのまま移動させることができる。

 転出元や転入先のご近所さんたちへのごあいさつも、ご近所さんたちのメールボックスに、デパートのサイトから電子マネーを支払ってダウンロードした引越し用のご挨拶アイテムを添付して送付するだけである。

 また、私たちは、携帯電話のように、自分自身をカスタマイズすることができる。引越しをすれば、自分自身のコントロール画面を開き、使用する言語を選択することができる。まず、日本語、英語などの母国語カテゴリがあり、その下に標準語、大阪弁、京都弁、神戸弁、広島弁、岡山弁、名古屋弁などの方言のカテゴリがある。方言は、居住する場所に関係なく、自分の好きな方言を選択して良い。

 睡眠時間に関しては、起床時間と就寝時間を設定しておくだけで、毎日、同じ時間に起床し、就寝するという規則正しい生活を送ることができる。食べ物に関しては、充電式なので、バッテリさえ持つならば、一日中でも活動し続けることができる。自宅の専用ベッドの中で就寝している間に充電することもできれば、コンビニエンスストアの中に設置された休憩所で仮眠を取りながら充電することもできる。

 毎日の着替えはアバター形式になっている。衣料品店のサイトから、季節に合わせて電子マネーを支払ってダウンロードした服をクローゼットにストックしておいて、日替わりで着用する。アバターでは、髪型のほか、顔の表情まで選ぶことができる。

 結婚相手は、結婚したいと思い立ったときに、結婚相手紹介サイトにアクセスする。結婚相手紹介サイトは、住民管理システムの個人情報とリンクしているため、結婚したい相手の条件を登録しておけば、相手はすぐに見つかる。

 条件に合った相手と出会い、結婚したあと、うまくやって行くことができなくても、決して泣いたり悲しんだりする必要はない。アバターの服を着替えるように、結婚相手を何度でも取り替えることができる。その代わり、運命的な出会いにむせび泣くこともない。

 電子マネーは、労働したり奉仕すると、ポイントとしてもえらる。行動に応じて、いつの間にかポイントが溜まっているのである。自分にどのくらいのポイントが残っているのか、住民管理システムにログインしてチェックしておくと良い。

 さて、ここまで書いてみて、アナログとは、誰かと相対的な関係を築いたり、喜怒哀楽を感じたり、時間を掛けたりすることだということがわかる。悩みがあるのも、私たちがアナログの人間だからだ。喜びがあるのも、私たちがアナログの人間だからだ。木枯らし一号に吹かれてひどく寒いと感じるのも、私たちがアナログの人間だからだ。アナログの人間だから、これまで住んでいた環境を手放すことは一筋縄では行かない。新しい場所に、これまでの環境をごっそり連れて行くことができない。家ごと引っ越しをすることができない。

 また、デジタルは、バーチャルに置き換えることもできる。つまりは仮想なのである。デジタルの良さとは、タフであること、処理のスピードが速いこと、正確であること、人間の限界を超えた処理が可能なこと、同じ処理の繰り返しができること、多くの正確な複製を作り出すことができるところにあるのではないだろうか。しかし、それは電気と同様、0か1の世界で、まったく動作しないか、快適に動作するかのどちらかである。決して、その中間の状態はない。アナログの世界は、時には0にも1にもなり得るし、また、0と1の中間を彷徨い続けることもある。

 転勤を打診され、
「わかりました。行きます」
と即答できるのは、デジタルだと思う。0と1の中間の世界を彷徨えば、即答なんてできるわけがない。デジタルは、見た目は美しいが、0と1の間にあるものを削ぎ落としてしまっているということを忘れてははならないのではないか。デジタルなものを仕事で生み出し続けている私はそう思うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かつて、文章を書くことが好きだと宣言しましたが、毎日綴っているエッセイの他に創作という形を取るならば、その中でも「ショートショート」や「寓話」を書いて行きたいと思いました。私のサイトでも、いくつかの「ショートショート」や「寓話」を公開しているのですが、どれも気合の入っていないものばかりであります。(苦笑)今回、アナログの大切さをデジタルを引き合いに出すことで述べてみましたが、逆説的な方法は、大切なものを表現しやすいと気がつきました。寓話の多くが逆説的な表現方法を取っているのは、そのほうが表現しやすいせいかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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