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2006.11.29

北京総括

※写真をたくさん貼り付け過ぎて表示が重いかと思いますので(シャレではありません)、トップページに表示する記事の数を三つに限定しました。

 今回で、北京旅行に関する記事は最終回を迎える。これまで書き漏れたことを盛り込みながら、北京の総括をオムニバス形式でお届けすることにしよう。

<My 広口瓶>

 北京の人たちに最も良く飲まれているのは、烏龍茶ではなく茉莉花茶(まつりかちゃ)だそうである。日本では、ジャスミンティーの名で良く知られている。北京の人たちは、出掛けるときに、茉莉花茶の葉を入れた透明な広口瓶の中にお湯を注いで持ち歩くようである。街を歩いているとき、また、店番をしている人のすぐ脇に、お茶の入った広口瓶がそっと置かれているのをしばしば目にした。おそらくだが、広口瓶の中にお茶の葉を入れているのは、飲み終わったあとでもお湯を注いで飲み足しできるからではないだろうか。こうした中国茶が効いているのか、中華料理には油っこい料理が多いというのに、ハワイで見掛けたようにパンパンに太った人がいない。そう考えると、やはり、中国茶は身体を整える効果が高いようである。中国茶の専門店で聞いた話だが、ダイエットには特にプアール茶が適しているのだそうだ。

<お札チェック>

 北京で買い物をすると、レジ係の人が必ずお札を光に透かして確認する。決して日本人観光客を疑っているわけではなく、北京にはそれだけ偽札が多いのだと思う。だから、誰がお札を使っても、レジ係の人はお札を光に透かして本物かどうかを確認している。しかし、レジでいきなりこのようなことをされると、ちょっと驚くかもしれない。

<支払いチェック>

 日本人観光客に対しては、計算間違いをした振りをして、しばしばお釣りを少なく返すことがあるようである。私たちはそういうことはなかったのだが、お金を払うときは、きちんと計算したほうがいいらしい。終日フリータイムの前日に、現地係員の男性から、
「タクシーに乗るときは、京Bのマークのタクシーに乗って、きちんと領収書をもらっておいてください」
と言われた。京Bというのは、北京のナンバープレートの付いた正規のタクシーである。京Bのナンバープレートの付いていない認可されていないタクシーだと、お釣りをごまかされたり、法外な金額を要求されることが多いらしい。

<虎の前で水鉄砲?>

 北京動物園で虎を見ていたときに驚いたことがある。私たちの右隣に中国人の家族連れがいたのだが、私たちの視界の右側で突然、ぴゅーっと何か透明な液体が飛び始めた。誰かが水鉄砲でも使っているのかと思いながら右側に目を向けてみると、何と、親が小さな子供を抱いたまま、子供におしっこをさせているのである。どこかよそに避けるわけでもなく、虎のほうを向いたまま、手すりの前で子供におしっこをさせていた。恐るべし。

<北京の人たちが使う日本語>

 特にお土産売り場などでは、日本語を話す店員さんが多い。決して流暢な日本語ではないが、日本人にお土産を買ってもらうための彼らの必死の想いが伝わって来る。本来ならば、北京を訪問する観光客が中国語を勉強しておくべきなのだ。しかし、何とか日本人とコンタクトを取ろうとして、彼らはどこかで日本語を学んでいる。そんな彼らには、独特の表現方法がある。例えば、以下のような勧誘の言葉をあちらこちらで耳にする。
「翡翠(ひすい)のものはいかがですか?」
「こちらは、大きいのほうです」
何を言おうとしているのかわかるのだが、普段、あまり聞き慣れない表現である。彼らにとって、助詞「の」の使い方は難しいらしい。おそらく、誰かが覚えて広めたのではないかと推測している。

※この件に関して、中国語に詳しいSHANAくんから掲示板にコメントをいただいた。中国では、○○的という表現が良く使われているらしいのだが、この、○○的の「的」が日本語の「の」に相当するらしい。そのために、中国の人が日本語を使うときに、「の」が多くなるのだとか。なるほど! さすが中国語を勉強しているSHANAくん。どうもありがとう。おかげ様でスッキリ!

<中国語>

 北京をを訪問するというのに、私は中国語を勉強して行かなかった。今ではそのことを申し訳なく思っている。ガンモは旅の中国語ガイドブックを買って勉強していたようだが、それでも全然足りなかった。

 日本人に良く知られている中国語に、「ニーハオ」や「謝謝」があるが、ありがとうを意味する「謝謝」は、私たちが思っていたよりも三倍くらい速いスピードで交わされていた。
「シェイシェイ」
ではなく、
「シェシェ」
という感じなのだ。しかも、「シェシェ」と言ったあとは、すぐにそこを立ち去らなければならないほどばっさりとしたスピード感があった。「シェシェ」は吐き捨てるように言う。これが北京らしい「謝謝」だと感じた。

<纏足(てんそく)>

 明の十三陵を訪問したときに、纏足(てんそく)をした人が履いていた靴が展示されていた。とにかく小さい。実は、私の足も、二十二センチと小さいほうなので、周りから
「纏足?」
などと言われていたが、二十二センチどころじゃない。十二、三センチくらいしかないのではないだろうか。手の平にちょうど乗るくらいの大きさだった。

 纏足に関しては、以前、漫画で読んだことがあるのだが、小さい頃から足に布を巻いて指を折り曲げ、足の成長を止めてしまうのだそうだ。ひどく痛むために、まともに歩けない女性も多かったとか。

纏足(てんそく)

<北京のポスト>

 北京のポストは緑色だ。確か、ヨーロッパを訪問したとき、イギリスのポストは赤だったと記憶している。だから、ポストは全世界共通で赤なのだと思っていた。そう言えば、サイモン&ガーファンクルの曲に『木の葉は緑』という曲があるが、それに倣うなら『ポストは緑』である。

北京のポスト

<北京の公衆電話>

 北京にも公衆電話はある。これらは、北京の街角で見掛けた様々な公衆電話である。ICカード式の公衆電話もあったようである。北京でも携帯電話が普及しているからだろうか。使っている人はあまり見掛けなかった。

北京の公衆電話(1)

北京の公衆電話(2)

北京の公衆電話(3)

北京の公衆電話(4)

<日本にもあるお店・企業>

 日本にもあるお店や企業が、漢字の看板を掲げていた。なかなか面白い。吉野家はそのままだった。ちなみに、吉野家で牛丼のセットを食べると、ペプシが付いてくる。日本では、吉野家にペプシなど、想像もできないのではないだろうか。

麦当労(マクドナルド)

佳能(キヤノン)

華堂商場(イトーヨーカ堂)

吉野家

 北京は、日本に近い場所ではあるが、日本とはまったく異なる場所だった。北京の人たちの顔は日本人と似ているが、表情がまったく違う。お金に関してもシビアだったり、日本人へのアプローチがやたら強引だったりと、あまりいい印象を持たない人もいらっしゃるかもしれない。しかし私は、北京は北京としてそこにあればいいのではないかと思った。北京への訪問を、個人を表現するホームページやブログへの訪問と重ね合わせたのかもしれない。

 北京は、私たちが訪問する前からずっと、そこに存在していた。決して、私たち自身が北京の形成に関わって来たわけではない。私たちが、北京を訪問することを自分たち自身で選んだのだ。北京が日本と異なっているのは北京の欠点ではなく、北京の個性だ。私は、そうした北京の個性を否定するのではなく、生かす存在でありたいと思った。

 そう思うのは、北京行きの飛行機の中で観た映画『ただ、君を愛してる』の中の台詞にひどく共感したからだ。宮崎あおい演じる静流(しずる)が、映画の中でこんなことを言う。
「私は決して変なわけじゃない。ただ、人よりもちょっとオリジナルなだけなんだって」
私は、この台詞に涙したのである。私自身、人と変わっていると言われることが多いからかもしれない。だから、この映画の中の静流の気持ちがとても良くわかった。人よりも違うことが個性にならず、あたかも欠点であるかのように指摘されることもあることの悔しさがとても良くわかるからだ。

 北京が日本と違っていたおかげで、違うということが欠点ではなく、個性であることを実感した旅だった。北京はいつまでも北京らしくあればいいのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一週間に渡り、長い長い北京の旅行記を読んでくださり、ありがとうございます。m(__)m そう言えば、昔、いぬいとみこさんという方が、『ながいながいペンギンのはなし』という本を書かれたの、ご存知ですか? 私が書いたのは、『ながいながい北京のはなし』であります。おかげ様で、私もじっくりと自分のペースで消化することができました。ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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