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2006.11.19

映画『手紙』

 ホットヨガのスタジオを出たあと、私は少し遅めの昼食を取り、MOVIX京都という大きな映画館に向かった。向かったと言っても、ノートパソコンでインターネットに接続し、地図を見ながら場所を確認してみたものの、京都の碁盤の目を理解していない私にはちんぷんかんぷんだった。どうやら、私の大好きな新京極の中にあるようだが、京都に来ると東西南北の感覚が失われてしまう私にとって、河原町周辺から新京極に辿り着くのはいつも二分の一の確率だった。そして、今回は、二分の一の確率が的中したのである。私は、少しの間、新京極でショッピングを楽しんでいた。

 そのままショッピングを楽しみながらMOVIX京都を探せば良かったはずなのに、私は何を思ったのか、新京極の商店街を河原町通りまで戻り、ひとまず四条河原町まで出たあと、四条河原町から河原町通りを歩きながら三条方面へ向かったのである。しかも、四条から三条方面への進行方向を決めるのも、二分の一の確率だった。思い切って、にぎやかな方向へと歩いて行くと、カメラの三條なんとかというお店が見えて来たので、きっとここは三条に違いないと確信したのだった。

 三条周辺には、以前、友人が住んでいて、やはり、迷いながら遊びに来たことがある。そのときも、電話で場所を説明してもらいながら、懸命になって歩いた覚えがある。友人の家には何とか辿り着けたのだが、また同じ道を一人で歩いて来いと言われたら、おそらく、辿り着けないだろう。

 あとからガンモに、京都では迷子になってしまうという話を聞かせると、京都の人たちは、通りの名前を暗記しているらしいと言った。また、暗記するための歌があるのだそうだ。上ルとか下ルという表現も独特だが、通りを暗記している京都の人たちは、自分の中で地図を組み立てているのだと言う。

 さて、河原町三条から歩いて来た私は、再び新京極の商店街に戻った。そのときになって初めて、新京極の商店街をずっと歩いて来れば良かったことに気づくのである。しかし、MOVIX京都がどこにあるかわからない。そこで、街を歩いている女性に声を掛けて、教えてもらったのだった。私が道を尋ねた場所から、わずか二十秒ほどでMOVIX京都に着いた。

 MOVIX京都は、ツインビルという名前の通り、通りを挟んだ二つのビルから成り立っている。私はここで『手紙』を観たいと思っていたのである。もともと、この映画を観ようと思ったのは、派遣会社の福利厚生のページで、わずか七百円という格安の値段で鑑賞券を購入できたからである。そんな単純な動機からこの映画を観ることに決めた私だったが、実はこの映画、大当たりの映画だった。

 映画の紹介ページに書かれている程度の簡単な説明を書かせていただくと、強盗殺人の罪で刑務所に入っている兄と、殺人者の弟ということで、世間から冷たい視線を浴びながらの人生を送っている弟、直貴が、手紙のやりとりをするという話である。一言で言って、スクリーンを見つめているだけで涙の出て来る映画だった。勝手な解釈でものを言い、判断しようとする世間。その突き刺さるような言葉にじっと耐え続ける直貴。殺人者の近親という言われ方でなくても、勝手な解釈で個人が判断されてしまう状況は、世の中には少なくないはずだ。そのような人は、その人の人生のほんの一部分を切り取って判断しているだけだ。その人が生まれてからこれまで、どのような人生を歩んで来たかを知っているわけでもないのに、ただ一つの事実を突きつけ、そこから勝手な想像を膨らませて、その存在を遠ざけようとする。

 そうした風当たりの冷たい人たちに対し、反論するわけでもなく、じっと堪え続ける直貴。その姿が何とも切ないのだ。しかし、そうした屈辱が積み重なって、直貴はとうとう同じ職場の人に手をあげることになってしまう。兄から届いた手紙を取り上げられ、住所を見られたとき、その住所が千葉の刑務所の住所だということがわかってしまうのだ。いつになくキレて暴力をふるってしまった直貴だったが、その相手とはすぐに仲直りできるチャンスが訪れる。

 実は、この映画を観た私には、思い出すことがあった。それは、今でも公開している掲示板に、直貴の立場に近い男性が書き込みをしてくれたことだ。初めて彼の書き込みを読ませていただいたとき、私は胸が苦しくなるほどの強い衝撃を覚えた。そのようなことが彼の身近で起こり、それを受け入れながら生きているということは、私には想像すらできないことだった。

 書き込みをしてくれた彼は、この映画の中で直貴が体験したのと同じようなことを体験して来たようである。彼は、誰かに何かを言われる度に、相手に理解してもらおうと必死で説得し続けて来たと言う。そんな彼に、私は相手とわかり合えないことがあると、すぐに諦める傾向があると言われたことがある。もっともっと相手とわかり合うために、必死で頑張ればいいのにと。直貴のような人生を歩んで来た彼からの言葉は、とても重みがあり、私は自分が逃げていることを自覚することになった。

 この映画の中には、殺人者の弟である直貴を差別する人たちと、差別しない人たちが登場する。差別しない人たちの直貴に対する接し方は、とにかく感動的だ。例えば、幼馴染の祐輔。彼は、直貴と漫才のコンビを組む。そして、直貴が殺人者の弟であることなど、一切関係がないかのように振舞う。そして、沢尻エリカ演じる由美子。直貴に片思いをしている彼女は、強引なアプローチを繰り返す。そして、直貴が自分の生い立ちを告げても、決して直貴から去ろうとしない。そこで私は理解した。「本当の愛とは?」ということについてである。

 ぬくぬくと生きている人たちが本当の愛を知るのは、並大抵のことではない。しかし、直貴のような人生を歩んで来た人は、本当の愛に触れられるチャンスがある。相手が自分の中に何を見ているかで、それはわかる。自分の本質に触れようとしているのか、それとも、殺人者の弟という仮面を通して自分を見ているのか。

 実際に、直貴のような人生を歩んでいる人が自分の周りに居た場合、私たちがどのような行動を取るべきであるかをこの映画は教えてくれる。更に、加害者の家族と被害者の家族がどのようにして和解に至るかについても描写されている。この映画の中で、直貴に対してごく普通に接していた人たち。彼らの取っている行動こそが愛だと私は思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新京極は、中学校の修学旅行で訪れて大好きになったところです。皆さん、ご存知だと思いますが、お店がたくさん並んでいて、とても楽しいところなんです。そんな新京極に大きな映画館があるとなると、ホットヨガの京都四条通店でのレッスンも楽しみになります。今回観た『手紙』ですが、いろいろな方のコメントを読ませていただくと、泣けなかった方もいらっしゃるようです。どうやら、直貴があまりにも受身の生き方をしているのが気に入らなかったようですね。おそらく、そういう方は、普段から、自分の言いたいことをはっきりと言える方なんでしょうね。私もかつてはそういうタイプの人間だったかもしれません。そのような生き方を選択していると、直貴のような人を見ると、「何故、もっと反論しないの?」と疑問に思ってしまうのだと思います。私もこの映画を観て泣けるようになったということは、陰陽のバランスが取れて来たのかもしれません。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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