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2006.10.01

定年をとうに過ぎた私

 この週末は、ガンモの仕事が休みだったことと、生理が始まったこともあって、ホットヨガの予約を入れずに、ガンモと二人で自宅でのんびりと過ごした。電話回線をいったんアナログ回線に戻したことによって、これまでのインターネット接続環境がスピードアップしたので、私たちは無料の動画などを観て楽しんだ。動画を観ながら思ったことは、私たちは、相当、凝り性だということだった。動画を一本観て、二本観て、三本観て・・・・・・。こんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか日がとっぷりと暮れてしまったのである。ガンモは、
「こんなことしてたら、他のことができない」
などと言いつつも、気になる動画がたくさんあるようで、観たい動画を選んでは再生ボタンを押していた。

 先日の講演会に出掛けて、現役の作家さんたちの偉大なエネルギーを感じてからと言うもの、私は平日の過ごし方について考え始めている。作家という仕事は、少なくとも、朝早くから起き出して、満員の通勤列車に揺られながら、わざわざオフィスまで出掛けて行って取り組むような仕事ではない。もしも私が作家になったとしたら、果たして平日と休日の過ごし方がどのように変わって行くのだろうと考えていた。というのも、自宅で過ごせる時間が長くなれば、例えホットヨガなどのレッスンで外に出掛けることがあったとしても、これまでほど外食の多い生活を送らなくても済むようになると思ったからである。

 現在は、月曜日から金曜日までのウィークディは、フルタイムでびっしりと仕事+残業で一日が終わってしまっている。となると、自分のための時間は、ほとんど週末に集中してしまっているわけである。週末は、ホットヨガに出掛けたり、映画を観たり、ガンモと二人で旅行に出掛けたりしている。作家の横森さんは、ヨガやベリーダンス、気功などのレッスンを受けていらっしゃるという。作家になって、ある程度、仕事が軌道に乗ると、これだけ多くの自分の時間を持てるようになるのだろうか。こうしたレッスンは、平日の昼間に開催されていることが多いので、おそらくだが、平日の仕事の時間を調節して、これらのレッスンの時間に充ててらっしゃるのだと思う。それだけでも、私にとって、作家という職業は、ものすごく魅力的な職業なのだ。

 しかし、時間の制約がなく、仕事のために外に出掛けて行く必要がない分、自己管理をしっかりしておかないと、どんどん堕落してしまうように思う。私はしばしば、長期休暇を無駄に過ごしてしまう傾向がある。長期休暇の前は、あれもやろう、これもやろうと計画を立てるのだが、いざ、休暇が始まってみると、日頃、味わえない解放感に満ち足りてしまい、やりたいと思っていることをどんどん先延ばしにしてしまう。そんなことをしているうちに、あっという間に長期休暇が終わってしまうのだ。そんな性格だから、自宅で仕事をするのは向いていないのではないかと思うこともある。

 どうも私は、弾圧されたオフィス生活の中で、ほんのわずかの自由である平日の有給休暇に喜びを見出すタイプのようである。だから、長期休暇よりも、平日に一日だけ取得した有給休暇を過ごすときのほうが充実している。それを考えると、仕事を辞めて、自分のために自由に使えるたっぷりの時間を手に入れたとき、堕落してしまわないように自分を管理できるのだろうかと心配になってしまうのだ。会社勤めをしている人たちは、普段から、そうしたメリハリの中で生きているように思う。

 私は現在、ソフトウェア開発の技術者として働いている。この仕事を通しての私の喜びは、技術者魂が刺激されることである。ソフトウェア産業がまだまだ新しかった頃、『三十五歳定年説』がささやかれていた。コンピュータとの戦いであるソフトウェアの開発は、頭が柔軟でなければならないので、三十五歳までが限度だろううということだった。現在、私の年齢は、定年だと言われた三十五歳などとうに過ぎ、もはや四十一歳だ。私と同じくらいの年齢の方たちも、まだまだこの業界に残っている。私たち技術者の定年は、三十五歳ではなかったようだ。しかし、こうしてソフトウェア技術者として仕事をできるのも、いくらあがいても、あと数年だろう。自分の寿命を知る前に仕事を辞めてしまうか、自分の寿命を実感しながら仕事を辞めるか、それはまだわからない。しかし、自分の限界を見ておきたい気もしている。

 先日のセミナーで、私は自分の夢を思い出すことができた。私は、書くことが大好きだったことを思い出したのである。しかし、これから先、どのような形で夢に向かって方向転換して行くのが自然なのか、まだまだ見出せないでいる。まずは、せっかく自由な時間を手に入れたとしても、決して堕落してしまわないように、強い精神力を養うことが大切だ。ああ、そうか。二年半以上にも渡って、毎日のようにこの「ガンまる日記」を書き続けて来たことは、これから先、私が堕落しないでいるための自信に繋がって行くかもしれない。

 確か、以前、読んでいた本に、「日記を五年間書き続けると大物になる」と書かれていた。となると、私が大物になるまであと二年半かかることになる。二年半あれば、ゆっくりと無理のない方向転換ができそうな気がする。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 活力を失っているときであっても、皆さんの応援に励まされています。本当にありがとうございます。m(__)m 私が文章に表していることは、書くことによって、考察を進めているため、その時点の私の真実であって、これから先、変化する可能性もあります。先日の講演会で受けた衝撃は、今も私の中にまだ残っています。しかし、夢に向かって行くためには、平日の自由を手に入れたときに堕落してしまわないようにコントロールすることが必要だと思い、この記事を書いてみました。でも、私は「ガンまる日記」に対して、これまで堕落せずに、二年半も毎日(後書き日記はありましたが)書き続けて来たのですよね。私が書きたいという情熱を持っていたこともありますが、毎日、楽しみに読んでくださっている方たちがいるから、ずっと書き続けることができたのだと思っています。皆さん、本当にありがとう! これからも、改めてよろしくお願いします。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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