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2006.10.20

アダルトチルドレン

 私は、決してアダルトチルドレンに詳しいわけではない。それでも、誰かと話をしているとき、その人が特別満たされない何かを抱えたまま大人になっているのを感じることがある。

 先日、の記事で派遣仲間四人で集まったとき、アダルトチルドレンの話になった。彼女たちのうちの二人と、そこにいなかった別の派遣仲間が三人でご飯を食べに行ったときに、自分たちの家庭の事情に話が及んだらしい。そのときに、一人が自分の家庭の事情を話し始めると、別の一人が自分の育った環境はもっと複雑だったと語り始めたと言う。そして、最初に家庭の事情を話し始めた派遣仲間に対して、
「自分のほうがもっと苦しい経験をして来たので、あなたの抱えている悩みなんて小さいものよ」
というようなことを言ったらしい。しかし、最初に家庭の事情を話した派遣仲間は、自分なりに苦しんでいたので、自分のほうが苦しい経験をして来たからと言っているけれども、その事情は人それぞれだということを主張したかったらしい。結局、そのあと、最初に家庭の事情を話した派遣仲間と、あとから家庭の事情を話した派遣仲間はお互いに溝ができてしまい、気まずくなったようである。

 私はその場にはいなかったが、あとから家庭の事情を話したという派遣仲間の複雑な家庭の事情については、別の機会に聞かせてもらったことがある。確かに凄まじい内容で、両親の愛情に包まれ、ぬくぬくと育った私には想像すらできない世界だった。

 そのときのことを回想しながら、集まっていた派遣仲間の一人が言った。
「私の周りにも、複雑な家庭環境で育った人はいるけど、『きっとあなたには理解できないのよ』と言われたら、もう何も言えなくなるよね」
「うーん・・・・・・」
私たちは全員、黙り込んだ。私も含めて、そこにいた派遣仲間全員がぬくぬくとした家庭に育っていたからである。そのとき、ふと、掲示板でのやりとりに出て来た「被害者」というキーワードが浮かび、私は口を開いた。
「被害者のままでいるから、アダルトチルドレンからなかなか抜け出せないのかもね」
派遣仲間たちは、黙ってうなずいていた。

 家庭環境が複雑だったからと言って、すべての人がアダルトチルドレンになるわけではない。魂として自立し、むしろ感動的な愛を伝える存在として生きている人もいる。また、家庭の事情が複雑であっても、自分の中の愛を貫く人もいる。そういう人たちと、アダルトチルドレンと言われる人たちの違いは何なのだろう。苦しい家庭環境で育ったことを乗り越えて行くというのは、どういうことなのか。ぬくぬくとした家庭で育った私には、複雑な家庭環境で育った人の気持ちがわからない。だから、壁ができてしまう。その壁は、いつまで経っても埋めることはできないのだろうか。私の歩み寄りが足りないのか、それとも、アダルトチルドレンと言われる人たちが視点を変えることが必要なのか。

 私の偏見かもしれないが、私がアダルトチルドレンだと感じる人は、顔をくしゃくしゃにして心から笑えていないように思う。感情をコントロールする癖がついてしまっているのか、世の中をどこか冷めた目で見ている。すなわち、自分以外の存在をあまり信頼していないように思える。そして、時々心にチクっと来るような言葉を吐く。でも、本当にあたたかさを知らずに育ってしまったのなら、心にチクッと来るような言葉を発してしまうことも、仕方のないことなのかもしれない。

 あとから家庭の事情を話した派遣仲間は、同じ職場の同じように家庭の事情が複雑な人ととても仲がいい。お互いに、普段、人に見せていない部分までわかり合えるらしい。あるとき、二人が喫煙室で話しをしているのを見掛けて驚いた。私は煙草を吸わないので、ただその場所を通り過ぎただけだったが、彼女と同じように家庭の事情が複雑な人が、私がこれまで見たこともないような満たされた表情をしているのが見えた。きっと、私がその人と会話をしたとしても、そのような表情を見せてはくれないだろう。それは、私がまったく及ぶことのできない領域だと感じた。

 そう言えば以前、あとから家庭の事情を話した派遣仲間に、退行催眠のCDと一緒にヒプノセラピーのCDを貸したことがある。彼女が抱え込んでいる辛い過去を少しでも解放することができたらと願いをこめてお貸ししたのだが、彼女はそれらのCDには満足しなかったようだ。
「そんなことはわかり切っていることなんですよ」
と彼女は言っていた。どうやら、CDの中のヒプノセラピストに腹が立ったらしいのだ。それを聞いた私は、彼女の傷は相当深いと感じたのである。ヒプノセラピーは、大人になった彼女自身が、幼少の頃の自分を抱きしめてあげるワークを実現できると思っていたのに。

 アダルトチルドレンとは、人に愛されなかった分を、自分自身の愛で埋め合わせようと頑張っている人たちなのかもしれない。その領域に立ち入ることができるのは、やはり、同じように愛されなかった過去を持つ人たちだけなのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アダルトチルドレンの記事を書くにあたって、ステラさんの心理オフィス ステラ アダルトチルドレンの特徴を参考にさせていただきました。まだまだ私はアダルトチルドレンについて、専門的には語れません。しかし、こちらのページを拝見して、もしかすると私も、見方によってはアダルトチルドレンとして見られるのではないかと感じました。もしかすると、自分を基準にして、何かが足りていないときや過剰なとき、誰かをアダルトチルドレンにしてしまう傾向があるのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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