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2006.10.15

ホットヨガ(十六回目/十七回目/十八回目)

 ここのところ記事には書いていなかったが、相変わらずホットヨガには通っている。最初のうちは、三十回券を購入したものの、最後までちゃんと回数券を使い切ることができるのだろうかと少し不安になったりもしたが、例えスケジュールが立て込んでいたとしても、ホットヨガに対する優先順位を上げれば、予定に組み込むことができるようになるものだとわかった。しかし、その分、抜け落ちて行く作業もいくつかある。

 ホットヨガ十六回目は、デトックスの講演会に出掛けた日、十七回目は先週の土曜日、そして十八回目はこの日曜日にレッスンを受けた。入会から早くも三ヶ月近くが過ぎ、レッスンにも次第に慣れて来たので、私は六十分のビギナーコースを卒業し、七十五分のベーシックコースや、同じく七十五分のアクティヴコースに参加している。どのコースに参加するかは、自分で決められるようになっている。同じ回数券で、九十分までのコースに参加できるので、実力がつけばつくほどお得な回数券ということになる。

 少しばかりステップアップしたレッスンを受けた感触では、七十五分のベーシックコースは、六十分のビギナーコースの延長上にあるコースのようである。ポーズの取り方はビギナーコースとほとんど変わらないが、一つ一つのポーズを取る時間が少し長くなっている。ベーシックコースには、七十五分のコースのほか、九十分のコースもある。こちらはまだ参加していない。

 アクティヴコースは、ポーズがかなりアレンジされていて、六十分のビギナーコースや七十五分のベーシックコースよりも激しい運動量となっている。アクティヴコースにも九十分のコースがあるが、私は七十五分のコースで既にぜえぜえ言っているので、こちらに参加できるようになるまでには、もう少しかかりそうである。

 ホットヨガでは、これらのコースの他に、脂肪燃焼コースというのがある。脂肪燃焼コースは六十分のコースだが、このコースが一番激しいコースなのだそうだ。脂肪燃焼コースに参加するには、ベーシックコースとアクティヴコースに慣れた人であることを要求されているので、私はまだ脂肪燃焼コースには参加していない。

 七十五分のアクティヴコースは、三宮店で受けた。人気のコースらしく、同じレッスンを受けた人の数は、スタジオいっぱいの二十四名ほどだった。やはり、アクティヴコースは慣れている人が多いのか、遅刻して来る人、途中で退場される人が特に目立った。遅刻して来る人の態度で驚いたのは、大して悪びれた様子もなく無表情で入って来て、レッスンを始めることだ。私はまだ遅刻の経験はないが、もしも私が遅刻するようなことがあったら、既にレッスンが始まっていることに対し、バツが悪そうな顔をしてスタジオにコソコソ入るだろうと思う。そして、インストラクターに向かって、申し訳なさそうな視線を送って許しを請うだろう。しかし、皆さん、慣れていらっしゃるのか、堂々と遅刻してスタジオに入って来られる。

 そのうちの一人が、私のすぐ隣にやって来た。彼女は落ち着いた様子でヨガマットにバスタオルを敷き、準備を整えてからポーズを取り始めた。彼女は始終、ポーカーフェイスだった。喜怒哀楽がすぐに顔に出てしまう私とは、正反対のタイプの女性だと言える。私は、彼女が何かに動じないか、ときどき彼女の顔色をうかがっていた。例えば、思い切り激しいポーズを取ったときなど、彼女の顔に何らかの表情が現れるのを待っていたのだ。しかし、彼女は、例え私がひいひい言っているポーズであっても、表情も変えずに淡々とポーズを取っているだけだった。彼女の場合、集中しているから表情が変わらないとか、そういうわけではなさそうだった。遅刻してスタジオに入って来たときから、彼女の表情はまったく変わらなかったからだ。更衣室で彼女がお化粧をしている姿を見掛けたが、やはり同じ表情だった。自分で言うのも何だが、私はこのときばかりは、喜怒哀楽のわかり易い自分のことを愛らしく思ったものだ。同時に自分の感情に正直に生きるということは、周りと関わる覚悟があるということなのだとも思った。

 アクティヴコースのレッスンを終えた私は、初めてホットヨガを体験したときのような心地良い脱力感に襲われた。ガンモが夜勤だったので、私は「ガンまる日記」を書き上げ、映画を二本観てから帰宅した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ポーカーフェイスの女性は、美しいほどに身体が出来上がっていました。私のように、自分の身体を操縦することを持て余しているのではなく、自分の身体を自由自在に操っていました。ポーカーフェイスを守り抜くことで、自分の世界を保てるけれど、やはり、近寄りがたい雰囲気が漂ってしまっているのは事実です。彼女のような人は、街をすたすた歩き、勧誘の人をも寄せ付けず、観光客のカメラを受け取って、シャッターを押してあげることも少ないのかもしれません。その点、私は隙だらけの生き方をしていると言えます。その隙から、実にいろいろなものが入って来ます。私は、まるで人間ウォッチングをするかのように、周りをじっくりと見渡しています。しかし、ポーカーフェイスの女性は、他の人と目線を合わせることをしません。とにかく、私と対照的な存在だと思いました。彼女が私の前に現れたのは、お互いに分け合うものを持ち合わせているからかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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