人生のコマ
金曜日のオフィスは、比較的早く仕事を上がれそうな雰囲気が漂う。私は十九時過ぎにオフィスを出て、ガンモに電話を掛けた。すると、いつもは客先に出掛けていることの多いガンモが、珍しく三宮の事務所で仕事をしていた。ガンモに、このあと待ち合わせできるかどうかを尋ねてみると、私が三宮に移動する頃までには仕事を終えられそうだと言う。
私が三宮に着いたのは、二十時過ぎだったと思う。ガンモに電話を掛けて三宮に着いたことを知らせると、ガンモは、
「ごめん、もうちょっとかかる」
と私に言った。私は、
「わかったよ。じゃあ、ミントにいるから」
と言って、私は電話を切った。
ミントというのは、今月の初めに三宮の駅前にオープンしたばかりのmint神戸のことである。基本的にはファッションビルなのだが、九階から十二階までが映画館になっている。もちろん、レストラン街もある。私は、映画でも観たい気分だったのだが、ガンモの仕事がもうすぐ終わるならと、ショッピングを楽しみながらガンモを待っていた。そして、個性的な雑貨屋さんで来年の手帳を購入してうれしくなっていた。
途中でガンモから電話が入り、仕事が終わるにはもう少し掛かりそうとのことだった。私は、
「先に帰ってたほうがいい?」
とガンモに尋ねた。ずるとガンモは、
「ううん・・・・・・」
と曖昧な返事をした。こういうときは待っていたほうがいい。はっきりと口には出さないが、ガンモは私が待っていることを密かに期待していると感じた。
そう言えばゆうべの仕事帰り、飲み会に参加したガンモが私よりも先に最寄駅に着いたが、私の帰りをしばらく最寄駅の駐輪場で待っていてくれたのだ。ゆうべのガンモと同じように、私もガンモの仕事が終わるのを待とう。そう思って、ショッピングを終えた私は七階のレストラン街のテーブル付きの椅子に腰を下ろた。
私はノートパソコンを取り出して、一度書き上げた「ガンまる日記」を時間を掛けて推敲した。既に椅子に座ってから一時間ほど経過しただろうか。ガンモからの連絡もなく、ガンモの仕事はまだまだ終わりそうになかった。しかし、夕ご飯を食べていないので、だんだんお腹も空いて来た。お腹が空くと、人間、不機嫌になって来る。ガンモの仕事は一体いつ終わるのだ? 私は少しイライラしながら、ガンモに電話を掛けてみた。ガンモの職場は、休みの日でも遠慮なく仕事の電話が掛かって来るようなところなので、勤務時間中の携帯電話についても寛大である。仕事とプライベートの境界が薄いのだろう。一方、私の職場は、仕事とプライベートの境界がはっきりしているためか、休日に仕事のことで電話が掛かって来ることはないし、勤務時間中に携帯電話が鳴ると、ほとんどの人たちはオフィスの外に出て対応している。
電話に出たガンモは、
「わかったわかった」
と言った。あとどれくらいで終わるとか、そういうことは一切言わずにガンモは私からの電話を切った。それから更に三十分くらい経ったろうか。それでもガンモは現れなかった。私のイライラはピークに達していた。ああ、お腹が空いた。レストラン街は二十三時までの営業だ。果たして、ガンモが来るまで営業しているのだろうか。私はガンモと一緒にご飯を食べられるのだろうか。そんなことを考え始めた。
私はガンモに電話を掛けた。
「一体、仕事はいつ終わるの?」
と。ガンモはとても柔らかい口調で、
「わかったわかった」
と言った。何がわかっただよ。遅いよ、まったく。三宮に着いてからもう二時間待っている。これだけ待つなら、映画の一本でも観られたかもしれない。私は電話でガンモに怒りをぶつけた。今、これを書きながら思うのだが、ガンモの仕事が終わるのを待っていたのは私の意志だったにも関わらず、ガンモの仕事が遅いことに勝手に腹を立てていたのだ。
ようやくガンモが姿を現した。私は、ふくれっ面でガンモを迎えた。お店はもう閉まりかけていた。あちこちのお店が、「本日の営業は終了しました」の札を掲げている。かろうじてうどん屋さんが開いていたので、私たちはそこに入った。
ガンモの話によれば、月曜日に提出する資料を作成するために、部長をはじめ、何人かの人たちで遅くまで残って仕事をしていたのだそうだ。私がしびれを切らせて何度も何度も電話を掛けているのが同僚たちにもわかったらしい。まるで悪妻のようだ、と私は自分で思った。
ガンモから、仕事が遅くなった理由を聞いた途端、私はすぐさま、とんでもないことをしでかしてしまったと後悔した。今更後悔しても、私が何度も電話を掛けたという事実は消えない。私からの「まだかコール」と、協力し合って仕事をしていた職場の人たちとの板ばさみになってしまっていたガンモ。そんな気苦労を、私はガンモに背負わせてしまったのである。私は、
「ガンモ、ごめん」
と心から謝った。ガンモが待ち合わせ場所になかなか現れなかったのには、ちゃんと理由があったのだ。その理由を頭の中で想像することなく、自らの意志で待っていたというのに、待ち合わせ場所になかなか現れないガンモを責めてしまった。私はガンモに対し、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
うどんを食べ終わったのは二十三時前だった。ガンモと二人で食べるうどんはとてもおいしかった。
「だって、他の人たちも一生懸命仕事をやってるんだから、仕方ないだろ?」
と言い訳をしなかったガンモを、私は凄いと思う。私はいつも、気に入らないことがあると、自分自身を正当化して守りたがる。そこに至った理由を考察しようとせずに、攻撃に出てしまうのだ。とにかく、ポジティヴにもネガティヴにも、感情が先走りするタイプの人間のようである。ガンモは、もっとも自然な形で私にそれを気づかせるように存在している。そして、擦れ違いに対するお互いの理解と許しは、二人の愛が深ければ深いほど、電磁波と同じくらいのスピードで起こる。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしも怒りの感情をコントロールしてしまうなら、私自身の涙もろい部分も同時にコントロールされ、何に対してもぐっとこらえる感情の乏しい人間になってしまいそうな気がします。それはそれで静かな人生になるには違いないのですが、私にはやはり、惜しみなく感情を表現するというのが似合っているように思います。それが私自身の個なのだと。感情をむき出しにして生きていると、今回のように後悔することもあるのですが、冷静になったときの気づきはとても大きい気がします。まるで、人生を五コマ進めて三コマ戻すような生き方ですね。実際、感情をむき出しに生きていると、周りの人たちをも巻き込んでしまういます。感情をコントロールしながら生きている人たちからすれば、何でそんなに不器用な生き方の、と思われるかもしれません。それでも、大切なのは、感情を押し殺すことではなく、自分自身で気づいてコマを戻すことだと思うのです。優等生として気づくか、私のように失敗を重ねながら気づくか。それは、その人独自の生き方だと思うのです。
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