« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月

2006.10.31

クランチ

 私たちは、別府に二泊した。今回の旅は、寝台特急の車中泊も入れると三泊である。着替えも多く、お土産もたくさん買って荷物がぱんぱんに膨らんで来たので、私たちはホテルのフロントから自宅に荷物を発送した。宅配便の代金を支払うとき、ホテルのフロント係の人に、
「二千円です。兵庫県は、中部ですよね?」
と言われた。私が、
「いえ、兵庫県は近畿です」
と答えると、
「そうでしたか。では、千九百円です」
と百円引いてもらえた。大分県の人にとって、兵庫県は、中部地方くらい遠い地域なのかもしれない。そう言えば、甲子園球場は大阪にあると思っていらっしゃる方も多いようだが、甲子園球場は兵庫県にあるのだ。ダウンタウンの出身地、尼崎も兵庫県である。

 さて、いつも綿密に旅の計画を立ててくれているガンモに最終日の予定を聞いてみると、
「クランチという遊園地に行って、ケーブルカーに乗る」
と言った。「クランチ? 変な名前だなあ。でも、固有名詞なんだから、まあいいか」と思っていると、出発間際になってガンモが、
「俺ね、勘違いしてたの。詳しくは着いてから話すから」
と言う。私はガンモの案内のままに別府駅前から路線バスに乗り込んだ。十分あまりでおとぎの国のような建物の前に着いた。でも、クランチ?

ワンダーラクテンチ

 見ると、カタカナでワンダーラクテンチと書かれている。おいおい、クランチじゃなくて、ラクテンチだろう。漢字で書くと「楽天地」なのだろうが、まさか「楽天地」をカタカナで書くとはこちらも思っていない。だから、自分が既に知っているカタカナの単語を優先させて、勝手に引き出したのだ。

 ワンダーラクテンチは、平日ということもあって、利用客はほとんどいなかった。もしかすると貸切状態なのだろうか? そんな期待に胸を膨らませていると、お子様連れのママさんたちグループや家族連れの姿がちらりほらり。入園すると、すぐにケーブルカーが待機していた。このケーブルカーに乗って、遊園地のある山の上まで登るようだ。

ラクテンチのケーブルカー

 それにしても、ひどく急なケーブルカーである。ケーブルカーには、これまでに何度も乗車して来たが、三本の指に入るくらい急なケーブルカーだった。立山・黒部アルペンルートと張り合うかもしれない。

 ケーブルカーを降りると、あひるの競争で盛り上がっていた。あひるが色のついた首巻を付けて、一着を競い合っている。どのあひるが一着になるかで、一回百円を賭けるのだ。一着になるあひるを当てると景品がもらえる。あひるを操る調教師の方が面白い。

ようい、どん!

あひるの障害物競争

 元気なあひるたちの姿を見送ると、奥のほうにペンギンがいるのが見えて来た。地獄めぐりでたくさんの動物たちに会って来たが、別府にいる動物たちはとても生き生きしている。ワンダーラクテンチのペンギンたちは、ポーズを取ったり、池の中をすいすい泳いだりしているのだ。

ラクテンチへようこそ!

左右対称のペンギン

おっとっと

すいすい

 ところで、私たちが購入したのは、入園券といくつかの乗物券がセットになったチケットだった。最初に乗ったのは、サイクルモノレールである。モノレールの上を横型の二人乗りの自転車で一周するのだ。高所恐怖症の私にとって、かなりのリハビリになった。

サイクルモノレール

 ワンダーラクテンチの中には、パノラマ温泉がある。乗物券がセットになった入園券を購入すると、パノラマ温泉に入浴できる無料券をもらえるのだそうだ。パノラマ温泉には、展望浴場のほか、露天風呂もあって、別府の街並みを見下ろしながら温泉に入ることができる。真昼間から景色のいい露天風呂に入れるなんて、贅沢なことだ。高台から眺める景色も素晴らしいが、何よりも、平日で人が少なくてゆっくりできるのが良い。私が入ったとき、家族連れが更衣室に居たが、着替えを終えて出て行ったあとは、誰も入って来なかった。私は、駅前高等温泉でそうしたように、ガンモと声を掛け合いながら、ゆったりと湯船につかった。

パノラマ温泉

一階の露天風呂

二階の展望浴場

 ワンダーラクテンチは、昭和の良き時代を思い出させてくれる遊園地である。最新のアトラクションで人々を魅惑する遊園地はたくさんあるが、新しいものはすぐに飽きられてしまう。しかし、ワンダーラクテンチは違う。決して新しいものに飛びつかず、古いものを守り続けている。利用客の少ない平日でも、働いている人たちが笑顔を絶やさないでいる。守り続けているということは、手入れがされているということだ。私は、トイレに入って感動したのだ。長年、使い込まれたトイレは、もはや決して新しい施設ではない。しかし、例え古いトイレであっても、きれいに掃除され、花が生けられている。きっと、古いアトラクションもきちんと整備されているのではないだろうか。古くてもきれいに掃除されたトイレは、そんなことを想像させてくれる。

 お昼ごはんを園内のカレーショップで食べたのだが、何と、サラダが五十円、ジュースがコップ一杯五十円という安さだった。今どき、このような低価格で提供してくれるお店には巡り合えない。しかも、遊園地の中のカレーショップだと言うのに。私はハヤシライスを食べたのだが、とてもおいしかった。チーズカレーを食べたガンモも、とてもおいしいと言っていた。セルフサービスのお店だったので、お皿を返すときに、ごちそうさまの言葉とともに、とてもおいしかったことをお店の人にも伝えて店を出た。

 少子化の影響で、経営が困難な状況に陥っている遊園地も多いらしいが、私たちは子供がいなくても、私たち自身がこうした遊園地にせっせと足を運べばいいのではないかと思った。このようなリーズナブルでアットホームな遊園地をいつまでも守りたいと私は思うのだ。ワンダーラクテンチは、新しいものに魅了されがちな私たちが忘れかけている大切な何かを思い出させてくれる楽しい遊園地だった。

 さて、ここからは、鉄道好きの方のためのコーナーである。掲示板に、JR九州の車両はとても派手だと書かせていただいたのだが、一体どのくらい派手なのか、少しだけご紹介しよう。特に、JR東海エリアの方がご覧になったら、きっと驚かれるだろうと思う。まずは、特急にちりんから。

特急にちりん

 使用されている色は、赤、緑、青、黄色。JR九州では、このような原色の車両が当たり前のように走っているのである。更に、別府からの帰りに乗車した博多行きの特急ソニックの車両をご紹介しよう。特急ソニックには、いくつかのバリエーションがあるのだが、私たちが乗車したのは、ブルーの特急ソニックだった。

特急ソニック

 車内は、和室のような感じで、ブラインドにもsonicのロゴが入っている。

和室のような車内

 トイレに立ってみると、隣の車両は椅子の頭の部分が緑色だった。JR九州は、とにかく原色が好きらしい。ドアも洒落ていて、私は一瞬、電車の中にパチンコ屋さんがあるのかと思ってしまった。

パチンコ屋さん?

 また、特急ソニックの床は、フローリングされている。しかも、フローリングされた床に、ソニックのロゴが入っているのだ。

フローリングされた床には、ソニックのロゴが入っている

 JR九州には、専門のデザイナーがいるのだろうか。カラフルな車両、優れたデザイン性は、他のJRには見られない魅力がある。九州が広いために、旅行客に特急列車で快適な旅をして欲しいという願いが込められているのかもしれない。以前、九州新幹線つばめにも乗車したが、これまた近代的な和風の車両だった。ただし、九州新幹線と言っても、すべてが新幹線ではなく、リレーつばめと言って、途中で乗り換えなければならない。新幹線の車両が入らない地域がまだあるのである。

 九州にお出かけの皆さんは、JR九州のデザインに注目されると、きっと楽しい旅ができることだろう。かくして、私たちの別府旅行は幕を閉じたのであった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、更新が遅れているにもかかわらず、応援してくださってありがとうございます。m(__)m 仕事が忙しくても、頑張って記事を書くぞという気持ちが湧き上がって来ます。本当にありがとうございます。

ちょっと、試験的に、ブログのテンプレートに手を入れて、写真を大きく表示できるようにしてみました。私自身の通勤中の通信環境がわずか32Kなので、これだけ写真をぺたぺた貼り付けると、なかなか表示できないかもしれませんが。(苦笑)私と同じようになかなか表示できない方がいらっしゃったら申し訳ありません。m(__)m

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.30

地獄めぐり・後編

 自然食のお店でおいしい昼食をいただいたあと、私たちが訪れたのは、鬼山(おにやま)地獄である。こちらも地獄という呼び名にふさわしいおどろおどろしい雰囲気が漂っていた。鬼山地獄のサブとなる名物は、ワニである。

鬼山地獄
鬼山地獄のシンボル
ワニ

 鬼山地獄では、温泉の熱を利用して、たくさんのワニが飼育されている。鬼山という名前の地獄にもっともふさわしい動物がワニということなのだろうか。獰猛なワニと人間の境界線は、これまで見たこともないほどしっかりとした鉄格子で守られていた。私には、この鉄格子がとても不自然に思えた。ここまでしっかりとした鉄格子で守らなくても、自然の中では充分に彼らと私たちとの境界線が保たれているはずなのに。彼らが私たちの近くに存在するためにわざわざ鉄格子という境界線で守らなければならないくらいなら、鉄格子ではなく自然の境界線のままで存在するほうがいいと私は思うのだ。

 私は、鉄格子の間から、ワニの姿を観察してみた。ワニは、普段はほとんど動かないのだが、飼育係の人が餌を与えるために柵の上から餌を片手に掲げて顔をのぞかせると、急にざわざわと動き始めた。そして、飼育係の人が与える餌を何とかキャッチしようと、戦闘モードむき出しになっていた。しかし、与えられた餌はごく少量だったため、餌にありつけないワニも多くいたようである。

普段はおとなしいワニ
餌に跳び付くワニ

 私は鉄格子越しにワニの姿を見ながら、彼らの硬そうで立派な皮に注目した。そう言えば、人間たちが愛用しているワニ皮のカバンなどは、どのようなプロセスを経て作られているのだろうか。病気で亡くなったワニの皮をもらっているならまだわかるが、まさか、生きているワニの皮を剥いで奪ってやしないだろうか。人間は、ワニが人間皮のバッグを愛用していたらひどく怒るくせに。ワニは私たち人間に対し、どのような印象を抱いているのだろうか。ワニ皮を供給する代わりに、たまには人間を食べさせろと言われても、文句は言えないのではないだろうか。

 鬼山地獄のワニに別れを告げた私たちは、次なる地獄、白池(しらいけ)地獄へと足を運んだ。鬼山地獄が動なら、白池地獄は静といったところだろうか。白い池の中に湯けむりが静かにたちこめていた。

白池地獄

 白池地獄のサブとなる名物は、熱帯で生活するピラルクであった。ガラス越しに見えるピラルクの姿がやけに大きいので、拡大鏡が入っているのではないかとささやく観光客がいるのだろう。「このガラスは拡大鏡ではありません」という札が、まるで主張するかのように掲げられていた。

ピラルク

 さて、ここまでで六つの地獄を回ったわけであるが、全部で八つある地獄のうち、残りの血の池地獄と龍巻地獄は、白池地獄からおよそ二.五キロメートル離れたところにあった。白池地獄近くにあるバス停から路線バスも走っているのだが、ガンモの提案もあり、日頃から運動不足の私たちは、てくてく歩いて行くことにした。最初のうち、私は歩きたくなくて、歩くことに対してかなり抵抗していた。しかし、ガンモと一緒に歩いているうちに、路線バスに乗っていてはゆっくりと見られなかったであろう別府の町並みをじっくりと見下ろすことができたので、到着する頃にはかなりご機嫌になっていた。二.五キロメートルと言っても、ゆるい下り坂ではあったが、狭い山道だったので、車が私たちを見つけて避けてくれるのかどうか、少し怖かった。ガンモと二人のちょっとした冒険旅行だった。

 三十分ほど歩くと、血の池地獄と龍巻地獄が見えて来た。血の池地獄は、小学校時代の記憶の中でも、もっともインパクトの強い地獄である。

血の池地獄

 八つの地獄のうち、団体客が一番多かったのが、血の池地獄である。団体客の一人が、
「昔はもっと赤かったような気がする」
と言っているのが聞こえて来た。すると、その人の仲間が、
「初めて見たときは、特に赤く見えるものだ」
と言った。つまり、初めて血の池地獄を見たという驚きが、血の池地獄を強烈な印象に塗り替えたのかもしれないということだった。私自身も、子供の頃は、血の色というだけで、強烈なインパクトを感じていたはずだが、大人になってから見る血の池地獄の穏やかさに驚いたのだ。子供の頃は、それだけ想像力が豊かだったのかもしれない。

 中学校の修学旅行で地獄めぐりをしたガンモは、
「子供の頃は、確かにこれが地獄かと驚いたけど、大人になってから本物の地獄を見て来たから、別府の地獄なんて、ちょろいちょろい」
と言った。ガンモにとっても、子供の頃に見た地獄のほうが強烈なインパクトを感じたようである。

 私は、皮膚病に良いと言われている「血ノ池軟膏」を購入した。これは、血の池地獄でしか売られていない軟膏である。袋を開けてみると、血の池地獄の成分をそのまま塗り薬にしたような軟膏が入っていた。見方によっては、錆のようでもある。

皮膚病に効くと言われている血ノ池軟膏

 血の池地獄には、足湯もあった。他の地獄にもいくつか足湯があったのだが、わざわざ靴下を脱いでまで、なかなか入る気にはならなかった。しかし、血の池地獄の足湯には、どうしても入っておきたいと思ったのだ。私たちは、靴下を脱いで、血の池地獄の足湯につかった。それほど熱くはなかったのだが、しばらく浸かっていると、靴下を履いたあとでも足の芯からぽかぽかして来た。

血の池地獄の足湯

 血の池地獄の足湯でたっぷりと温まったあと、もう一度血の池地獄に戻ってみると、血の池地獄の様子をじっと見守っているかまきりに出くわした。そのかまきりは、私がカメラを向けると、振り返ったのだ。

血の池地獄を見守るかまきり
振り返ったかまきり

 血の池地獄とかまきりに別れを告げて、私たちは最後の地獄、龍巻地獄へと向かった。龍巻地獄は、血の池地獄のすぐ隣にある。およそ三十分から四十分の間隔で間歇泉が噴き出して来る。静かなときと噴き出しているときの落差が激しい地獄である。観光客は、間歇泉が噴き出して来るのを、舞台が始まるのを待つかのように見守っている。

龍巻地獄
間歇泉が噴き出すのを待っている観光客

 やがて時間になり、間歇泉が噴き出した。間歇泉が噴き出すのをじっと待っていた観光客は、喜びの声を上げたが、噴き出す間歇泉に慣れて来ると、次第に散って行った。人間は、変化を好む存在であることが良くわかった。

噴き出した間歇泉
間歇泉を確認して解散しようとする観光客

 こうして、私たちの地獄めぐりもようやく幕を閉じた。私は今、この記事を書きながら、ガンモと二人で山道を勇敢に歩いたことの喜びをかみしめている。バスに乗らずに細い山道をおよそ三十分かけて下ったことは、ガンモと一緒だからできることだ。日曜日ということもあって、たくさんの観光客が地獄めぐりをしていたはずだが、山道を下って血の池地獄に向かう観光客は一人もいなかった。私たちは、ともに歩く夫婦なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。m(__)m 実は、これを書いている日は、別府から帰って来た翌日に当たるのですが、仕事が忙しい中、定時で無理矢理仕事を上がって好きなアーチストのライブに行って来たのです。そのため、更新が遅れました。ああ、ライブの感動もお伝えしたいのですが、はやる気持ちを抑えながら、明日ももう少し別府のお話にお付き合いください。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.29

地獄めぐり・前編

 今日から二回に渡って、ガンモと二人で回った別府の地獄めぐりについて書いてみようと思う。ご存知の通り、別府には、八つの地獄がある。地獄めぐりの公式ページ別府の観光,別府地獄めぐり公式サイト(別府地獄組合)によれば、地獄の名称の由来について、

千年以上も昔より噴気、熱泥、熱湯などが噴出していたことが、「豊後風土記」に記せられ、近寄ることもできない、忌み嫌われた土地であったといわれています。

と書かれている。実際に地獄めぐりをしてみると、確かに温泉が噴き出すエネルギーが強力だ。温度も熱く、地獄と例えられたとしても、決して不思議ではない。

 ところで、別府と言うと、「ガンまる日記」を時々読んでくれている私の両親が新婚旅行に訪れた場所でもある。人々の生活が豊かになるにつれて、行動範囲が広くなり、やがて海外まで新婚旅行に出掛けて行くのが当たり前の時代になって行くのだが、それより以前は、日本国民にとって、現在のハワイと同じくらいポピュラーな旅行先だったのである。

 そうした時代を全盛期とすれば、衰退を感じさせるような光景もしばしば目に入って来る。しかし、別府の温泉は今でも健在だ。それは、源泉の温度や足湯の数からも想像できる。

 別府に一泊した翌日、私たちは別府駅前からバスに乗り、鉄輪(かんなわ)温泉で降りた。その周辺には、六つの地獄があるのだ。最も小高い場所にある海地獄から、次第に下の地獄へと降りて行く。二千円の共通券を購入すれば、八つの地獄をすべて回ることができる。

 最初に訪れた海地獄は、その名の通り、海を思わせるコバルトブルーの大きな池があった。湯けむりがごーっつと噴き出している。温泉に含まれている成分が、コバルトブルーの色を作り出しているらしい。私は小学校の修学旅行、ガンモは中学校の修学旅行で訪れているはずだが、久しぶりに目にする地獄に圧倒された。

海地獄

 八つの地獄には、メインの地獄の他に、温泉の熱を利用してサブとなる名物がある。海地獄には温室があり、大鬼蓮(おおおにばす)という立派な蓮が育てられていた。まるで親指姫か一寸法師がその上に乗っていてもおかしくはないくらい立派な蓮だった。実際に、子供がその上に乗ることも可能らしい。一つ一つがちゃんと茎で繋がった葉っぱであることにも驚きだった。

大鬼蓮

 続いて訪れたのは、鬼石坊主地獄である。何故坊主地獄などいう名前がついているのかと言うと、ポコポコと湧き出している温泉が、お坊さんの頭のように見えるからなのだろう。そう言えば、小さい頃に、鬼石坊主地獄の絵葉書を見たことがある。実際に足を運んだことのなかった私には、これがセメントに見えていたのだが、実際に近くで見ても、まるでセメントのように見える。これはセメントではなく、粘土らしい。

鬼石坊主地獄

 山地獄は、山の岩の間から、ごーっと勢い良く湯けむりが噴き出していた。サブとなる名物としては、小さな動物園と言っていいくらい、たくさんの動物たちがいた。観光客に餌をもらっているカバや、何故か地べたに眠っているフラミンゴ、クッキーを食べる像、ラマなどが私たちをなごませてくれた。私は、動物は好きでも、動物園のように、檻の中に入れられ、自由を奪われている動物たちを見るのはあまり好きではない。しかし、山地獄では、観光客がお金を払って餌を与えることができるようになっているからだろうか。山地獄にいる動物たちは、囚われの身であることをそれほど悲観していないように思えた。

山地獄

 カバの餌は、ジャガイモをカットしたものが三切れ百円で売られている。料金箱の中に餌の代金を入れて餌を買い、柵の上から水の中のカバに向けて餌を投げ込んで与える。カバは、このことを学習しているためか、柵の下で口を開けて待っている。

観光客の投げ込む餌を待つカバ

 山地獄に行かれる方は、不思議なフラミンゴたちを観察されると、きっと楽しいことだろう。不思議なことに、フラミンゴは左右対称で眠る。片方が左側に首を折り曲げると、もう片方は右側に首を折り曲げている。しかも、片足だけでなく、地べたで眠ることもある。フラミンゴのくちばしは、ペリカンほどではないが、長い。そのくちばしを、自分の羽の中にしまいこんで眠っている。これを、フレミングの左手の法則ならぬ、フラミンゴの法則と言う。

左右対称に地べたで眠るフラミンゴ
眠りに就く前のフラミンゴ
二本足で立つフラミンゴ

 ちゃんと一本足で立つ普通のフラミンゴもいた。

ちゃんと一本足で立つフラミンゴ

 像やラマもいる。像は、百円で売られているクッキーを餌として与えることができる。私も餌を買って与えてみたが、餌を手に持つと、鼻を伸ばしては来るものの、投げたクッキーを鼻でキャッチしてはくれない。一度地べたに落ちたクッキーを鼻で拾って食べる。長い鼻の中からは、ときどき鼻汁が飛んで来る。

 どことなく人間に近い雰囲気を感じてしまうラマもいた。何となく自信がなさそうでいて、マイペースなラマである。私の偏見かもしれないが、ラマには、サラリーマンの雰囲気が漂っている。「ラマ」というのは、「サリーン」の略かもしれない。八つの地獄の中では、山地獄で過ごした時間が一番長かった。

ラマ

 続いて私たちは、かまど地獄へ移動した。何故、かまど地獄などと呼ばれているのだろうと不思議に思っていたが、公式ページによれば、古来より、地獄の噴気でご飯を炊いていたことからかまど地獄と呼ばれるようになったとか。かまど地獄には、地中から湧き上がって来る温泉が、周りの土を盛り上げてかまどを作っているように見えるところがある。

かまど地獄
かまど地獄のシンボル

 ここまでで、ようやく八つの地獄めぐりの半分である。このあと、鬼山地獄と白池地獄を見たあと、血の池地獄と竜巻地獄へと続く。この続きは、また後日。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。帰りの新幹線の中でこれを書いています。実は、撮影した写真をご紹介したくて、ブログ用に編集していました。ブログに写真を貼り付けてもいいのかもしれませんが、できる限り大きな写真で見ていただけたらと思う気持ちがあります。大きな写真をたくさん貼り付けると表示が重くなったり、また、ブログという定型が決まっているエリアに大きな写真を貼り付けると、ブログの定型からはみ出したりして、かなり制限が出て来ます。そこで、リンクという形を取らせていただいています。実際、リンクという形では、多くの方に写真を見ていただけていないのはわかっているのですが、やはり、大きな写真をご紹介したいのです。

地獄めぐりをしていると、いろいろなところに足湯がありました。いくつかの地獄に足湯が設置されたのは最近のことでしょうか。小学校時代の記憶はかなりあやふやですが、足湯の設備はなかったように思います。観光地も、時代の流れに沿っているのでしょうね。そう言えば、小学校の修学旅行で地獄めぐりをしているとき、私は初めて外人さんを見ました。小学校の先生が、修学旅行の写真を撮ってくれたのですが、私は自分が写ってもいないのに、外人さんの写真が欲しくて、外人さんが写っている写真を注文した覚えがあります。別府は、私が初めて外人さんに出会った場所でもあるのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.28

三十年前の記憶を取り戻す

 寝台特急はやぶさ・富士は、東京から熊本・大分を結ぶブルートレイン、いわゆるブルトレである。ここ数年、往年のブルトレが次々に引退して行く中で、生き残り続けている息の長い夜行列車である。はやぶさが熊本行き、富士が大分行きで、二つの列車は東京から一緒に走るが、途中の門司で熊本行きと大分行きに分かれる。ブルトレは、機関車が牽引しているので、電車ではない。古い車両で車両と車両の連結部分のあそびが大きいせいか、発車のときの揺れがひどく激しい。そのため、安眠はまずできないと言っていい。眠りに就いたかと思うと、激しい揺れと音で目が覚めてしまうのである。大分に到着したのは午前十一時過ぎだったが、私たちは二人とも寝不足の状態だった。それでも、ブルトレに乗って旅をする非日常が楽しいのである。

 宿泊先は別府だったが、私たちは別府で降りずに富士の終点、大分で降りた。大分に着いて、私たちが初めて口にした言葉は、
「暑い」
だった。十月も終わりだと言うのに、南国大分は、半袖でも過ごせそうなくらいの陽気である。しかし、半袖で過ごしている人は少ない。折しも、駅前の大通りの一部が歩行者天国になっていて、地域のイベントが開催されていたのだが、そのイベントの運営スタッフが、風を通さない生地のジャンパーを着込んでいた。見るからに暑い。私は、何年か前の四月に北海道に行ったときのことを思い出した。春といえども、寒くて寒くて、まだ冬の格好をしながら歩いている私たちに対し、地元の人たちはひどく薄着で過ごしていた。どうやら大分では、それと反対のことが起こっているようである。

 大分駅の構内には、「かぼす」の形をした椅子が設置されていた。人々は、そこに「かぼす」椅子があるのが当たり前のように何食わぬ顔で「かぼす」椅子を利用している。私たちも「かぼす」椅子に座ってみた。すると、私たちにとっても「かぼす」椅子が当たり前の存在に変わった。実はこの「かぼす」椅子、駅のお土産コーナーに、かぼすのマスコットが売られているのを発見して初めて、かぼすは大分の名物だったということを知り、駅の構内にあったのに「かぼす」だということがわかったのである。もしも売店で「かぼす」のマスコットを見つけなければ、柚子だと思っていたに違いない。

かぼす椅子の写真1
かぼす椅子の写真2
かぼす椅子の写真3

 大分駅前の地下道を歩いていると、高崎山のお猿さんのポスターが目に入った。そのときになって初めて、私の記憶の中にあった高崎山のお猿さんは、大分県にあったのだということを知る。実は、私が大分県を訪れたのは、小学校の修学旅行以来、およそ三十年振りのことである。そう、私の通っていた小学校は、修学旅行の行き先が、別府や今はなき宮崎のサファリパークだったのだ。世間の人たちからは、小学校の修学旅行が九州なんて、ちょっと贅沢だと思われがちなのだが、私の生まれ育った愛媛県からは、フェリーで大分県と繋がっているのである。

 その修学旅行で、確かに高崎山の猿を見学したのだ。しかし、私の記憶の中では、それが大分県であったことは、いつの間にか消し去られていた。大分県の存在を忘れてしまっていた私にとって、高崎と言うと、真っ先に思い浮かべるのは群馬になってしまった。そうなると、高崎山というところで猿を見たという記憶もどんどんあやふやになってしまう。しかし、今回、大分を訪れたことで、その記憶がようやく繋がり、高崎山という場所にお猿さんに会ったことは幻ではなかったということを、およそ三十年振りに知るのである。

 大分市内で小学校時代の記憶を取り戻したあと、私たちはJR日豊(にっぽう)本線に乗り、寝台特急富士で通過した別府まで戻った。ホテルにチェックインしたあと、別府駅前にある駅前高等温泉に入った。駅前高等温泉は、レトロな雰囲気の公衆浴場で、吉野家の牛丼みたいなメニューの並湯と呼ばれるタイプのお風呂だと、一回わずか百円で温泉に入ることができる。洗髪する場合は、これに二十円を加算する。しかし、並湯の泉質は炭酸泉ということだったので、硫黄泉に入りたかった私たちは、三百円払って高等湯に入った。一体何が高等なのかはわからないが、高等湯は小さめの銭湯といった規模の浴槽で、ぬるめの湯船と熱めの湯船があった。不思議なことに、高等湯は、ずっとドアが開け放しなのである。女性風呂へのドアも開け放し、浴室のドアも開け放しで、身体を洗っている間ずっと、開いたドアからすーすーと風が入って来て、少し寒かったのが難点である。男湯も女湯も、他に利用客がいなかったので、私はガンモと会話をしながらお風呂に入った。そして、神田川のようにガンモと待ち合わせてホテルに帰った。この続きはまた明日。

駅前高等温泉の写真

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 駅前高等温泉は、二階に休憩所があり、道後温泉を少しだけ思い出します。レトロな洋館という観点からすると、諏訪の片倉ラドン館のほうが近いかもしれません。高等湯は硫黄泉と聞いていましたが、硫黄の臭いもほとんどしませんでした。そう言えば、今年のゴールデンウィークに宮城県の鳴子温泉に入りましたが、鳴子温泉の場合、駅を降りた途端、硫黄の臭いがぷーんと漂って来ます。別府駅を降りても、硫黄の臭いはしません。鳴子温泉とは、硫黄の量が違っているのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.27

最終列車

 二、三日前に、携帯電話に知らない電話番号からの着信履歴が残っていた。仕事中、トイレに立ったときに掛かって来たようである。市外局番から察するに、先日、携帯電話を修理に出したDoCoMoショップからのようである。ようやく修理が終わったのだろうか。そう思って、再び連絡が入るのを待っていたが、なかなか掛かって来なかったので、仕事帰りに寄ってみることにした。

 銀行の窓口のように、入口で番号札を取り、自分の引いた番号が呼ばれるまでしばらく待った。その間に、お客様控えに印刷されているDoCoMoショップの電話番号と、先日の着信履歴の電話番号を照らし合わせてみた。確かにこの番号に間違いない。着信履歴に残っていたのは、DoCoMoショップの電話番号だった。やがて私の番号が呼ばれ、先日出した携帯電話の修理が終わっているかどうか問い合わせてみると、やはり、上がって来ていた。窓口の女性が言うには、部品が交換されたそうである。

 代わりにお借りしていた携帯電話を返却し、電話帳のデータを移行してもらうと、修理代金を請求される様子もなく、
「それでは、どうもありがとうございました」
と締めくくられてしまった。
「料金はかからないのですか?」
と尋ねてみると、
「保障の範囲内ですので、今回は料金はかかりません」
と言われた。何とありがたいサービスなのだろう。確かに、こちら側としては、登録していたデータをすべて消失してしまった上に修理代金まで請求されるのでは、腑に落ちない点もある。DoCoMoショップの方も、そのあたりの事情を良く心得ていらっしゃるようだ。こうしてちゃんと修理されて戻って来るなら、新しい携帯電話に買い替えなくて良かったと私は思った。

 DoCoMoショップを出て、手元に戻って来た携帯電話をまじまじと眺めていると、おかしなことに気がついた。携帯電話の液晶部分と閉じたときの表面に、新品の商品にありがちな保護シールが貼られているのである。もしかするとこれは、先日まで私が使っていた携帯電話ではなく、新品の携帯電話なのだろうか? 新品という観点でボタンや周辺の外部接続インターフェース部分を確認してみると、二年間も使い込まれた携帯電話とはとても思い難いほど新しいことがわかった。DoCoMoショップの方は、部品が交換されて返って来たとおっしゃったが、どうやら新品の本体とごっそり入れ替わっているようである。私は、デッドストックを手に入れたときのような不思議な気持ちになっていた。ということは、やはり、私が使っていた携帯電話は、メーカーの修理担当の方の手によって、ゴミ箱行きになってしまったのかもしれない。それを思うと、せっかく修理に出したのに、何だか複雑な気がした。結局のところ、私が機種変更をしなくても、私の使っていた携帯電話は修理されなかったことになる。

 それでも、二年間も使い込んだ携帯電話が新品になって返って来るというのも、決して悪い気はしなかった。メーカーでは、修理のためにすべての携帯電話の機種の新品をある程度の台数分、保管しておくのだろうか。メーカーが製造しているのは、何も携帯電話ばかりではないはずだろう。メーカーが製造しているすべての電気製品が、ある程度の台数、保管されているのだとしたら、メーカーにはとてつもなく大きな倉庫が必要になる。そんなことをあれこれ想像してみたが、使っていた機種の携帯電話が無事に私の手元に返って来たのだから、携帯電話の話はこのくらいにしておこう。

 さて、今日は、仕事を終えたあと、大阪発午前一時八分の寝台特急はやぶさ・富士に乗り、ガンモと二人で大分に向かうことになっていた。ガンモは職場の飲み会、私は仕事を終えたあとに「ガンまる日記」を書き上げて、三宮まで出た。三宮に着いたのは二十二時を回った頃だったろうか。ガンモに電話を掛けてみると、ちょうど飲み会を終えて三ノ宮駅にいると言う。特に申し合わせたわけでもないのに、二人がほとんど同時に三ノ宮駅に着いたのは実に興味深い現象だった。

 私たちは、いったん帰宅したあと、二人でお風呂に入り、出発の準備を整えて、午前〇時前に家を出た。最寄駅から大阪方面の電車に乗り込むと、ぷーんとお酒の匂いが漂って来た。金曜日なので、仕事帰りにブレークした人たちが乗っているのだろう。

 大阪駅に着くと、寝台特急の発車まで、まだ三十分以上も時間があった。寝台特急の到着を待っている間に、大阪駅のホームには、次から次へと各方面からの大阪駅止まりの最終列車が入って来る。最終列車が入って来る度に、ホームには、アナウンスが流れている。
「本日の○○線は、すべての運転を終了致しました。お客様は、改札口へお回りください」
しかし、人の出入の激しい大阪駅では、酔っ払いも多い。終電を知らせるアナウンスが流れても、ホームに留まっている利用客もいるようだ。私たちが寝台特急を待っているホームでも、酔っ払いが紛れ込んで来て、よろよろとよろめきながら歩いていた。

 どうやら、私たちが乗ろうとしている寝台特急は、大阪駅にとっての最終列車のようである。大阪駅で働いている人たちにとっては、この列車を見送ることで、一日の仕事が終わるのだ。列車到着のアナウンスが入り、私たちの乗る寝台特急が勇ましく入線して来た。この続きは、また後日。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これを書いている今、私たちは寝台特急はやぶさ・富士に揺られて大分にやって参りました。九州の皆さん、こんにちは。十月も終わりだと言うのに、九州はとても暖かいですね。まだ半袖でも過ごせそうなくらいの陽気です。久しぶりの九州を堪能したいと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.26

個人情報を守る

 郵便局からの不在連絡票が入っていたので、配達記録郵便を郵便局の時間外窓口に取りに行った。郵便局に着いて中に入ろうとすると、ちょうど同じ頃に時間外窓口にやって来た女性が、私よりも先に郵便局のドアをくぐり、時間外窓口の係の人を呼び出した。中から係の人が出て対応し始めたので、そのやりとりを後ろで何気なく聞いていると、その女性は、海外から送付された荷物を受け取りたくなくて、受け取り拒否をしたいらしい。そのためには事務的な手続きが必要らしく、係の人に渡された書類に住所や氏名などの情報を書き込んでいた。特殊な処理なので、時間が掛かるのではないかとやきもきしていると、係の人が、不在連絡票をそっと握り締めている私に声を掛けてくれた。前の女性が手続きのための書類を書いている間に、私の郵便物を引き渡す処理をしてくれるようである。時間が掛かると思っていた私は、ホッと胸をなでおろした。

 係の人は私宛の配達記録郵便を探し出して窓口に持って来ると、私に身分証明書の提示と押印を求めた。私は、係の人が持って来た郵便物に記載されている自分の住所が丸見えになっていることが気になっていた。何故なら、係の人のすぐ目の前には、さきほどの女性が居たからだ。その女性は、既に書類に住所や氏名などの情報を書き終えて待機している。係の人は、私が渡した保険証の住所と郵便物の住所を照らし合わせながら確認している。保険証に書かれている私の住所も、郵便物の住所も丸見えだ。いくらハンドルがまるみであったとしても、個人情報の丸見えは気になってしまうものだ。

 一方、先に並んだ女性は、書き終わった書類が私からは見えないように隠している。不思議なものである。その女性と言い、私と言い、自分の個人情報を守りたいという、時代に沿った行動を取っている。すなわち、今は、個人情報を守る時代になっているのである。

 先日も、ネットオークションで取引をした相手から、
「お取引が終了しましたら、こちらの個人情報を含んだメールをすべて削除していただけないでしょうか」
と持ち掛けられた。私が
「了解しました」
と返事を書くと、相手も私の個人情報を含んだメールを削除してくれると言う。これまで何百回となくネットオークションでの取引を重ねて来たが、このようなやりとりをしたのは初めてのことだった。確かに、最近は、Winnyというファイル共有ソフトのセキュリティホールを狙ったコンピュータウィルスが問題になり、数多くの個人情報がネット上から流出している。私はWinnyなどのファイル共有ソフトは使用していないが、約束通り、取引が終了すると、相手の個人情報を含んだメールをすべて削除した。

 そう言えば、一年ほど前に、私が働いている派遣会社の運営しているホームページが心ない人によって不正アクセスされ、Web登録を行った派遣社員の個人情報が盗まれた。派遣会社は、Web登録を行った人たちに対し、深く謝罪した。派遣会社の福利厚生のページでは、映画の前売券がわずか千百円程度で手に入るので、私はしばしば利用している。過去にそうした事件があったからなのか、映画の前売券を購入するときに、毎回、自分の個人情報を入力しなければならない。派遣会社のWeb上で登録スタッフの個人情報がきちんと管理されているならば、スタッフ番号とパスワードを入力すれば、登録スタッフの個人情報が引き出せても良いはずである。映画の前売券を申し込む度に、自分の個人情報を入力しなければならないのは、なかなか面倒なものである。しかし、一度でも個人情報が流出するようなことがあると、個人情報を保護することに関して慎重になってしまうのも無理はないのだろう。

 ところで、企業が今、しきりに気に掛けているのは、業務で使用しているノートパソコンを盗まれたり、電車の中に置き忘れたりすることである。ノートパソコンは、最も身近な個人情報の宝庫だ。ガンモの仕事用パソコンも、BIOSの設定でパスワード入力を促すような設定にしているのはもちろんのこと、万が一に備え、ハードディスクも暗号化している。もちろん、私の持ち歩いているノートパソコンもそうである。ガンモが業務用のノートパソコンを扱うときは、特に細心の注意を払っている。しかし、このノートパソコン、セキュリティをかけているパスワードを忘れてしまうとにっちもさっちも行かなくなる。以前、職場の人がこのパスワードを忘れてしまい、復旧させるのにかなり苦戦していた。パスワードを思い出せたから良かったものの、もしも思い出せなかったら、復旧できなかったかもしれない。ノートパソコンにセキュリティをかけている人がいたら、パスワードを忘れないような注意が必要だ。

 話は少し横道に反れるのだが、裁判所から督促状が届いたという話を派遣仲間から聞いた。どうやら、振り込め詐欺の一種らしい。彼女は、どのようにして自分の個人情報を入手したのだろうと不思議がっていた。それを聞いた私の元上司が、
「人に自分の個人情報を教えるときは、AとかBとか、まったく関係のない文字を、住所の後ろに付け加えておくといいですよ」
と言った。その方法を取れば、住所の後ろに付け加えられた文字が何であるかによって、個人情報がどこから流出したかを推測することができるということである。住所の後ろに付けておくアルファベットは、ヘンゼルとグレーテルが森の中を歩くときに撒いたパン屑のようなものだ。こんなことを思いつくとは、さすが、元上司である。なかなか頭が切れる。

 昔は、今ほど個人情報を隠すことにやっきになったりはしなかった。ここまで個人情報を守るようになったのは、やはり、景気の低迷とインターネットの普及が大きいと思う。景気の低迷により、人々の財布が固くなった。そうなると、人々の購買意欲を掻き立てようと、売り手は大胆な勧誘を始める。効率的に勧誘するためには、名簿を入手することが手っ取り早い。そして、不正アクセスなどの手段を使って個人情報を次々に入手する。入手した名簿は、インターネットなどで売られる。現在は、このような循環が出来上がっているのだろうと思う。

 隠すということと守るということが、ある時期に、どちらかの状態に傾いた。そして、隠せば隠すほど、不正に取得しようとし、不正に取得しようとすればするほど、守るという新たな循環が生まれた。実に皮肉なことではあるが、隠すということと、公開するということが同時に起こり、バランスを保っているのである。

 現在の延長線上に私たちが生きて行くなら、やがて人々は、街を出歩くときにさえ顔を隠すようになるのではないだろうか。お店に入っても、本名の名札を付けている店員さんはいない。付けているのはニックネームである。顔を隠すために様々な仮面が製造され、人々はまるで帽子を選ぶかのように、お気に入りの仮面を探す。そうなると、お化粧品が売れなくなる。売れなくなると、化粧品会社は仮面の製造に回り、次々におしゃれな仮面を生み出して行く。素顔を見せるのは、この人になら心を開けると感じた対象だけである。男女が出会っても、素顔を見せるまでに時間がかかってしまうため、独身を貫く人の数も増えるかもしれない。その代わり、仮面をつけていることを利用して、匿名で行動できるメリットを生かした商売や人間関係がどんどん成長して行くだろう。こうして軽く想像してみただけでも、個人情報を守り続けることの延長線上に浮かび上がる光景は、わくわくするような要素が少ない。

 個人情報を隠したり、不正に入手したりするのも、一つのブームになっているのかもしれない。かつて、いろいろなブームがブレイクしては、散って行った。それを考えると、個人情報に関しても、行くところまで行き着いて、あとは弾けるのを待つしかないのかもしれない。つまり、極を体験しなければ、ブームは去らないということである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 数年前の私なら、郵便局で自分の住所が他人の前で丸見えになっていたとしても、それほど気にしなかったように思います。今は、こういう時代なのだということを、改めて認識させられました。そのうち、家の表札なども消えて行くのでしょうか。でも、もしも本当にそんな時代がやって来るのだとしたら、個人情報を入手しようとする手段は、今よりももっと悪質になってしまっているのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.25

鍵の救急隊

 パイプが詰まったときなどに、二十四時間体制で対処してくれるサービスがある。今日の記事は、そんなサービスがあることを思い出しながら読んでくだされば幸いである。

 私が普段、使用しているポシェットと言うべきか、ショルダーバックと言うべきか、とにかく肩から斜めにぶら下げて使う小さなバッグは、手作りグッズを販売しているお店で購入したものである。カントリー風の仕上がりで、価格も千円前後と安い。私はそのバッグの中に、定期券や携帯電話、財布、自宅の鍵など、すぐに取り出せると便利な小物類を入れて持ち歩いている。

 以前、そのバッグの外ポケットのファスナーが豪快に壊れた。ファスナーの取っ手が、ストッパーの位置を超えてすり抜けてしまったのである。私はガンモに助けを求めた。ガンモは、壊れたものを直すのが得意である。自転車のパンクも自分で直すし、自転車のブレーキも、ブレーキ用のケーブルを買って来ては自分で張り直す。ガンモは、私のバッグのファスナーとしばらく格闘しながら、外れてしまった取っ手をファスナーに取り付けてくれた。ファスナーのストッパーが弱くなっていたことが原因だったので、私はストッパーを強化するために、飾り付きの安全ピンを縦に付けてストッパー代わりにした。それを見たガンモは、
「なかなかいいアイディアだ」
と言ってくれた。

 さて、仕事が終わって、ガンモに電話を掛けてみると、ガンモはまだ仕事が忙しい様子だった。私も少し残業をしたので、帰りはそれなりに遅かった。週末にまた出掛ける予定があるので、私は旅行の準備を整えようと、ガンモの仕事が終わるのを待たずに帰宅することにした。

 家に着いたのは、二十三時を回った頃だった。マンションの自転車置き場に自転車を収納するために、バッグの中から自転車の鍵を取り出した直後のことだった。バッグのファスナーを閉めようと取っ手を引っ張ると、取っ手が勢い良く滑ったのである。見ると、飾り付きの安全ピンのストッパーを通り越して、ファスナーの取っ手が取れてしまっている。「またやってしまった!」と私は思った。マンションに入るための鍵も、自宅の鍵も、取っ手が取れてしまったファスナーの中に入っている。取っ手がなければ、ファスナーは開かない。ファスナーが開かなければ、鍵を取り出すことができず、家にも入れない。私はそう思い、必死になって、取れてしまったファスナーの取っ手をファスナーに取り付けようとした。しかし、何度やってもうまく行かない。このままでは家の中はおろか、マンションの中にさえ入れない。困った。思い切ってファスナーを壊せば、鍵は取り出せる。しかし、例え安物のバッグであっても、まだ使えるバッグを壊したくはなかった。

 ガンモはまだ仕事をしているのだろうか。そう思い、私はガンモに電話を掛けてみた。すると、ガンモは、自宅の最寄駅を降りて、自転車に乗ってこちらに向かっている最中だと言う。「助かった!」と私は思った。私は、自転車に乗っている最中の会話は危ないからと、ガンモに事情を手短に説明したあと、ガンモの帰宅を静かに待った。

 電話を切ってから五分ほど経つと、自転車に乗って悠々とガンモが帰って来た。ああ、助かった。ガンモは、私の顔を見るなり、こう言った。
「鍵の救急隊、到着」

 ガンモの持っていた鍵で私はマンションの中に入り、無事に家の中にも入ることもできた。ガンモは、私の壊れたファスナーをもう一度修理してくれた。
「鍵の救急隊というよりは、ファスナーの救急隊かなあ」
ファスナーを直してくれたガンモがつぶやいた。
「糸で縫いつけたほうがいいと思うけどね」
とガンモは私に言った。確かにそうだ。しかし、今夜はもう遅い。そう思って、私はストッパー代わりの飾り付きの安全ピンを前回よりももっと手前に付けた。これでしばらくは大丈夫だろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ファスナーの取っ手が壊れて、とっても困りました。(←いちおう、シャレです)ガンモがグッドタイミングで帰って来てくれたから良かったものの、なかなか帰って来てくれなかったら、私はファスナーを壊していたのでしょうか。それはわかりません。ガンモがタイミング良く帰って来てくれたおかげで、このバッグはもう少し使えることになりました。時間を作って、ストッパーを糸で縫い付けたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.24

映画『イルマーレ』

 定時退社日ではなかったのだが、職場全体の飲み会が開催されるというので、私は仕事を早く上がりたい一心で、定時のチャイムが鳴るのを心待ちにしていた。仕事を早く上がりたいと言っても、飲み会に参加するわけではない。職場全体の飲み会には、私たち派遣社員にも声を掛けていただけるのだが、ほとんどの派遣社員は、飲み会には参加せずに帰宅してしまう。派遣先企業との間に一線を置いているのである。だから、こうした行事がある日は、月に一度の定時退社日のようなうきうきしたムードが漂うのである。

 おまけに毎週火曜日は、三宮周辺の映画館でレディースディのサービスが実施されている。私は、ガンモの仕事が忙しいのであれば、映画を観に行こうと決めていた。ガンモに電話を掛けてみると、何やら慌しい様子である。私はガンモに、
「じゃあ、映画を観て帰るから」
と早口で告げたあと、三宮へと急いだ。

 映画館に着くと、観たいと思っていた映画は既に公開が終了していることがわかった。別の映画館ではまだ上映されていたのだが、これから観るには上映時間が合わない。そこで私は、観たい映画のもう一つの候補だった『イルマーレ』を観ることにしたのである。

 この映画は、二〇〇〇年に韓国で製作された同名の映画をハリウッドでリメイクしたものだそうだ。専門家のレビューを拝見すると、オリジナルのほうがもっと涙を誘うらしい。しかし私はオリジナルを観ていないので、オリジナルの感動は伝えられない。リメイクされたこの映画は、キアヌ・リーブスが出演されている上に、公開されてから一ヶ月近く経っているので、既にご覧になられた方も多いかもしれない。

 映画のコマーシャル程度に概要を説明すると、この映画は、二〇〇六年を生きる女性医師ケイトと二〇〇四年を生きる男性建築家アレックスとの時間を越えたラブストーリーである。二人は湖畔のガラス張りの家に住む過去の住民と未来の住民という設定である。二〇〇六年のケイトが湖畔の家から引越しをするときに、次に住むであろう人に宛てて手紙を書くのだが、その手紙を受け取ったのは、二〇〇四年にその家に住んでいたアレックスだった。つまり、未来から過去に手紙が届いたというわけである。事務的なやりとりから始まった二人の交流だが、不思議と会話がはずみ、次から次へと手紙を交換し、やがては愛し合うようになるというストーリーである。

 率直な感想を述べてしまえば、時間の流れを理解しようとして、紙と鉛筆を持って年表を書き始めると、いよいよ混乱してしまう映画である。二〇〇六年と二〇〇四年の二つの時間軸が存在するのはよしとしよう。しかし、これら二つの時間軸は、常に過去から未来へ向かって行く単純な時間軸ではない。二〇〇六年を生きているケイトには、二〇〇四年を生きているアレックスの未来がわかっているだけに、既に起こってしまったことさえも変えてしまおうとする新たな時間軸まで加わってしまうため、とてもわかり辛くなっているのだ。おまけに、二〇〇六年のケイトが生活している場所があいまいである。

 物語の中には、アメリカの家庭にあるポストが何度も登場する。日本では、書いた手紙を誰かに届けて欲しいときは、街に設置されている公衆ポストに切手を貼った手紙を投函する。しかし、アメリカではそうではないらしい。自分宛の手紙がポストに配達されるのはもちろんのこと、こちらから送付する手紙も自分の家のポストに入れておくことになっているようである。つまり、自宅のポストに投函した手紙を、郵便配達人が回収してくれるシステムになっているらしいのだ。また、郵便配達人がポストに手紙を届けると、ポストの横にある赤い旗を立てておくことになっているようである。その家に住む人は、自分の家のポストに赤い旗が立っているかいないかで、わざわざポストを開けなくても手紙が届いているかどうかがわかるようになっているようだ。

 私は、昔、Netscapeに付属のメーラーを使っていたときのことを思い出した。現在のバージョンはどのような作りになっているか知らないが、私が使っていた頃のNetscapeのメーラーは、メールが届くと、タスクバーに常駐している待機アイコンに赤い旗が立つのだ。それは、アメリカのこのような郵便システムから取り入れた設計だったようである。

 さて、この二人は、手紙のやりとりを重ねて行くうちに、お互いに自分のことをもっと示し合うようになる。何通も手紙を書き、届いた手紙に対して継続的に返事を書き続けるという行為は、当人同士が特に意識していなくても、愛の行為に相当しているのかもしれない。その交流が途切れずに続いたということは、単に文字だけのやりとりではなく、お互いの感情が動いているということである。実際、手紙のやりとりを重ねて行くうちに、二人は愛し合うようになる。いや、愛し合っていたから手紙のやりとりが続いた。二人の間には、二年という時の隔たりがあり、実際に会うことなどできないというのに。二人の物理的な距離が遠いなら、時間を掛けて会いに行けば良い。しかし、二〇〇六年を生きているケイトと、二〇〇四年を生きているアレックスの間にある時の隔たりは、タイムマシンでもない限り、どうすることもできない。その二人を手紙だけが繋いでいる。だから余計に手紙を書くことに熱心になる。仕事が忙しくて少々やりとりに時間が空いてしまっても、何とか時間を作って手紙を書いている。

 もしかすると、こうした時間差の発想は、技術の進歩への挑戦と言えるべきものではないかと私には思える。どんなに技術が進歩したとしても、時間を越えることはできない。そうした事実への挑戦ではないだろうか。

 現代では、技術が進歩したことをきっかけに、人間の動作にさえスピードが求められるようになって来た。かつての手紙ベースの交流は、電子メールという高速な手段にとって代わり、送受信のスピードが格段にアップした。アナログの手紙でやりとりをしていた頃は、手紙を書き上げてから相手に届くまでに二日くらいかかっていた。更に、相手からの返事が届くまでに、数日から数週間かかっていた。そう、以前はそれくらいスローなペースで、一つの交流の周期を完結させていたのである。

 現代は、携帯電話に付属のメールでの交流のペースがもっとも高速なのではないだろうか。速い人は、メールを受信したその場で返事を書いている。中身よりもスピードの時代になってしまったのかもしれない。しかし、このように速いスピードでは、相手の想いをじっくりと味わえるだけの時間がない。食べ物を良く噛まずに胃の中に流し込んでしまうのと同じである。

 この映画の中にも、携帯電話は登場している。それなのに、時間差のある二人は携帯電話を掛け合うこともしなければ、携帯電話のメールアドレスを交換することもせずに、ただひたすら手紙を書いている。こうした二人のやりとりは、技術の進歩への挑戦とともに、人と人が関わって行く上での大切な姿勢を思い出させてくれる。もしも現代において、携帯電話に付属のメールの返信を数日間、放っておいたらどうなるのだろう。スピードが求められる現代では、もう交流する気がないものと判断されてしまいかねない。しかし、この映画の中の二人は、どんなに仕事が忙しくて返事が書けない状態に陥ったとしても、途切れることなく交流を続けているのだ。そういう意味で、お互いにとって貴重な存在に育って行ったとしてもおかしくはない。

 実は、この映画の結末は、「あれれ?」という結末である。私なら、ああいう結末の台本は書かないだろう。もっともっと感情を溜め込んで、うれしさと恥ずかしさの入り混じった、涙いっぱいのシーンにする。しかし、実際の結末は、二人の感情がとてもストレートだ。途中から時間軸がぐちゃぐちゃになっていたことと、結末が「あれれ?」なのが少々残念ではあったが、それでも、この映画がスピード重視の現代に生きる私たちに問い掛けたものは大きいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最終的に深い愛に落ちて行く二人ならば、例え本格的に出会っていない状態であっても、本格的に出会う前にどこかでプロローグ的な関わりをしているのかもしれないと、この映画を観て思いました。過去と未来を繋げて時間差を縮めて行くように、二人の運命は引き合わされて行くのかもしれませんね。また、家(建物)と家庭(絆)の区別という観点からも、面白い映画でした。大切なのは、家という器ではなく、繋がりなんですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.23

プレイボーイ

 「俺はね、プレイボーイになるの」
とガンモが言った。
「プレイボーイ? どういうこと?」
と尋ねると、
「女性が喜ぶことを言う男になるの」
と答えた。

 いつもガンモが読ませていただいているブログに、女性は男性から、「きれいだ」とか「かわいい」、「好きだ」といったポジティヴな言葉を口にしてもらうと喜ぶと書かれていたらしい。一方、男性はと言うと、そうした女性が喜ぶ言葉をあまり使いたがらない。だからガンモは、これまでの自分を改めるために、今後はできるだけ女性が喜ぶ言葉を発するように、心に決めたようだ。そう、ガンモは、女性が喜ぶことを口にする男性のことをプレイボーイと呼んでいるのだ。

 「確かに、『きれい』とか『かわいい』とか言われたら、女性は喜ぶとは思うけれど、心からそう思ってないのに、言葉だけで誉められるのは嫌だなあ」
と私が言うと、ガンモは、
「でも、そうした言葉を発することによって、ものごとが円滑に運ぶでしょ?」
と切り返して来た。私は、
「いや、違うよ。表面的な部分はそうかもしれないけど、本当の気持ちがわかったときのギャップのほうが激しいし、返ってこじれると思うよ」
と反論した。

 私はふと不安になり、
「もしかして、きのう私の作った野菜炒めを食べたあとに言った、『おいしい』という言葉も、プレイボーイとして言った言葉なの?」
と尋ねると、ガンモは、
「うん、まあ・・・・・・」
と言葉を濁した。それを聞いた私が
「何だってえ?」
と声を荒げると、ガンモは、
「いやいや、おいしかったよ。おいしかったけど、ものすごくおいしかったわけではない。普通においしかった」
と言い直した。

 そのとき私は気が付いたのだ。確かにガンモは「おいしかった」と言ってくれた。しかし、その「おいしかった」は、私の中ではいつの間にか、「とてもおいしかった」に変わっていた。つまり、自分にとって都合のいい方向へと事実を引き寄せていたのである。だから、プレイボーイの話が出たときに、ガンモの言葉をもう一度確かめたくなったのだろう。

 もしかすると、海外ではこれと逆の現象が起こっているかもしれない。先日、eBay(海外のオークション)で商品を落札したときに、出品者の方からExcellentという評価をいただいた。お互いの個人情報を示し合い、電子メールで直接やりとりをする日本のオークションの感覚からすると、PAYPALという電子支払いシステムに頼り、実際に出品者と電子メールのやりとりの発生しない取引だったにもかかわらず、Excellent評価をいただくなんて、恐縮してしまう。海外では、子供がちょっとピアノを弾けば、小さなピアニストと表現すると聞いたことがあるが、海外の人たちは、日本人と違って誉め上手なのだろうと思う。ということは、海外にはガンモの言うところのプレイボーイが多いということである。

 私は、ガンモがプレイボーイになって、実際よりも高い評価をすることが気に入らないと反論したが、私自身が自分の中で勝手に自分に対して高い評価をしていたことに笑ってしまった。これも鏡の一つだったのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そう言えば、掲示板のコメントなどにも何度か書かせていただきましたが、二年ほど前に、『ビッグフィッシュ』という映画を劇場で観ました。ほら吹きのお父さんと息子のお話です。この映画の中に出て来るお父さんのほらは、とにかくスケールが大きいのです。私は最初、「ほらを吹くなんて、嘘つきと一緒じゃないか」という偏見でこの映画を観ていたのですが、やがては、人生をかけて大ぼらを吹くお父さんに拍手を送りたくなってしまいました。最初のうちは、息子も私と同じように、そんなお父さんのほらを理解できないでいるのですが、お父さんが亡くなる直前になって、ようやくお父さんの立場を理解します。この映画には、ジョニー・デップは出ていませんが、ティム・バートン監督の作品です。私は、この映画の中の、死者を明るく弔うシーンが大好きです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.22

作り置き作戦失敗

 ガンモは、
「部長になっとくから(なっておくから)」
と言いながら、TOEICの試験に出掛けて行った。もちろん、部長になるというのは冗談なのだが、企業の多くは、昇進の条件として、TOEICの点数を考慮に入れている。私が派遣されている企業でも、定期的に社員の人たちが会議室にこもり、TOEICの試験を受けている。仕事時間中にTOEICの試験を受けられるのだから、やはり、派遣社員とは待遇が違う。私の所属している派遣会社では、せいぜいTOEICの割引制度があるくらいだ。決められた月の土曜日に、派遣会社のあるオフィスにおいて、割引価格でTOEICの試験を受けられるようになっている。一方、ガンモの場合、TOIECの試験を受けると、受験料を会社に請求できるらしい。かつてはガンモの会社でも、私の派遣先のように、仕事時間中にTOEICを受けられる制度があったらしい。しかし、ある時期から廃止になってしまったのだそうだ。ちなみに、ガンモの会社は外資系なので、部長になるためには、TOEICでン百点も取らなければならないらしい。というわけで、ガンモの部長への道はかなり遠いのである。

 TOEICの試験が終わり、ガンモから帰路につくと連絡が入った。TOEICの試験会場は、我が家の近所にある私立大学だった。ガンモは行きはバスで出掛け、帰りは徒歩で帰って来たようである。ガンモが帰宅してから、二人で遅い昼食を取った。さて、そこから先の夕食なのだが、先日のの記事でご紹介した家主の女性のように、私はおかずをたくさん作って、冷蔵庫に作り置きしておこうと思っていた。そうすれば、毎日のお弁当のおかずにも困らないと思ったのだ。

 私は近所のスーパーに行き、野菜をたくさん買って来た。野菜炒めを作ろうと思ったのである。なるべく油を使わずに、野菜から出て来る汁で野菜に火が通るように配慮した。ガンモは、昼食が遅かったので、晩御飯はまだ食べたくないと言った。私は、作った野菜炒めをお皿に盛り、ガンモの見ている前でおいしそうにパクパク食べた。すると、ガンモも何やらむずむずして来た様子で、
「俺も食べる」
と言い出した。私が食べ終わると、ガンモは台所に行き、自分で野菜炒めをお皿に盛って食べたようである。

 しばらく経ってから私が台所に行くと、野菜炒めを作ったはずのフライパンがきれいに洗われていた。「あれ? 野菜炒めの残りは?」と思い、ガンモが冷蔵庫の中にしまってくれたのだろうかと、冷蔵庫の中をのぞいてみた。しかし、見当たらない。そこで、私はガンモに尋ねてみたのだ。
「野菜炒めは?」
と。すると、ガンモは、
「全部食った。おいしかったから」
と言った。
「ええっ? あれを全部食べたの?」
私は驚いた。あの野菜炒めは、明日のお弁当のおかずでもあったはずなのに。どうやらガンモは、お昼を遅く食べて、あまりおなかが空いていなかったので、ご飯を食べずにおかずだけ食べたらしい。ああ・・・・・・。

 作り置きしようとしても、フライパンが小さい上に、私たちは食欲旺盛だ。作り置き作戦を成功させるには、大きなフライパン、大きなお鍋を揃えなければならないようだ。しかし、明日のお弁当のおかずがなくなってしまっても、たくさん残されるよりはいい。作り置き作戦は失敗し、フライパンには何も残らなかったが、手作りの料理をきれいに平らげてくれた喜びは残った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 料理を平らげてしまっても、「おいしかった」と言われると、思わず顔がほころんでしまうものですね。食欲旺盛な私たちが作り置き作戦を成功させるには、現在のフライパンやお鍋では間に合わないようです。結婚十年にして、生活の基盤を整え直しているのでしょうか。電気製品を始め、生活用品の入れ替え現象が次々に起こっています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.21

ホットヨガ(十九回目)

 ホットヨガ(十九回目)は、三宮店の七十五分のベーシックコースのレッスンを受けた。人気の高いコースなのか、相変わらず、スタジオ内にはヨガマットがびっしりと敷き詰められている。ヨガマットの数を数えてみたら、インストラクターの分を外して前列に十二個、後列には十四個も並べられていた。ということは、二十六名ものレッスンということになる。しかし、キャンセルがあったのだろう。レッスンが始まっても、ヨガマットが二つほど空いたままだった。

 三宮店のインストラクターは、教え方がとても上手だ。技術が自分だけの世界に閉じていない。以前、インストラクターを指名できるなら、このインストラクターのレッスンを受けたいと思った人がいたが、今回も、別のインストラクターに対してそう思えた。教え方の上手なインストラクターが一人でもいると、インストラクター同士が互いに良きライバルとなり、支店単位で教える技術が向上して行くのかもしれない。今回のインストラクターは、とても若いインストラクターだったが、肉体も顔立ちも美しく、ユーモアのセンスもあって、とても楽しい七十五分だった。

 始まりの瞑想を行うとき、そのインストラクターが、
「では、胸の前で合掌してください。胸にはハートのチャクラがあります。ハートのチャクラのエネルギーを感じてください」
と言った。私はその言葉を聞いた途端、熱いものが込み上げて来た。鏡に映った自分の姿を見てみると、涙を必死にこらえている自分の姿が映っていた。ハートのチャクラという言葉に激しく反応してしまい、瞳に涙を溜め込んでいたのである。おそらくだが、ハートのチャクラと言われる部分が私自身の中核に当たるのだ。ホットヨガに通い始めてもうすぐ二十回のレッスンを受けようとしているが、インストラクターがハートのチャクラという言葉を使ったのは、それが初めてだった。私は、一気にそのインストラクターに親近感を持った。

 六十分のビギナーコースを卒業したての私にとって、七十五分のベーシックコースは少々きついときもある。インストラクターも、レッスンを受けている人たちを言葉で誘導しながら一緒にポーズを取っているので、時には息切れすることもある。ようやく片足分のポーズを取り終えたかと思うと、すぐにもう片方の足を軸にしたポーズに移る。そのときに、インストラクターがこう言ったのだ。
「片足分のポーズを取れば、もう片方の足のポーズも取るのがヨガなんです」
私はおかしくなり、ぷっと吹き出した。インストラクターは、レッスンを受けている人たちが、やっとの思いで片足分のポーズを取り終えたことを知っているのだ。いつも淡々と行われるレッスンの中で、こんなことを口にするインストラクターも初めてだった。

 そのインストラクターは、ポーズを取るのが肉体的に厳しいときも、決して笑顔を絶やさなかった。さて、私自身は楽しそうにしているのだろうか。そう思って、鏡に映った自分の姿を覗き込むと、少し苦しそうな顔をしている。インストラクターは、インストラクターだから笑顔を絶やさないのか、それとも、本当にヨガのポーズを取るのが楽しいから、多少苦しくても笑顔を絶やさないでいられるのか。おそらく、彼女の笑顔は後者だ。

 そのインストラクターのおかげで、およそ一週間ぶりのレッスンを楽しく受けることができた。またこのインストラクターに会いたい。そう思いながら、七十五分のレッスンを終えて更衣室に向かった。更衣室で、先日のレッスンで会ったポーカーフェイスの女性に会った。やはり、同じ表情だった。

 土曜日といえども、ガンモが仕事の待機要員だったので(待機要員とは、客先でトラブルがあったら、すぐに対処する当番。そのため、待機要員のときのガンモは、どこにも出掛けずに自宅で待機している。場合によっては、スーツで出掛けなければならないこともあるし、また、いざ出掛けるとなると、重い重い仕事道具を持って行くことになるからだ)、もしかすると呼び出されたかもしれないと思い、電話を掛けてみた。もし、呼び出されて客先に出向いているなら、映画を観て帰ろうと思っていたのである。電話に出たガンモは、どこにも呼び出されていなかった。ご飯を炊いたので、お昼ごはんを食べに帰って来いと私に言う。私もちょうどおなかが空いた頃だったので、映画は諦めて帰宅することにした。

 帰宅して炊飯器の中をのぞいてみると、玄米は一合しか炊かれていなかった。ガンモの判断で、前回よりも玄米の量を減らしたらしい。
「何で玄米がこれだけしかないの?」
と聞くと、もともと、炊飯器のマニュアルには、玄米1、白米3の割合で炊くように推奨されているらしい。前回は、私が主張して、玄米2、白米3の割合にしてもらったのだ。私がいなければ、すぐにこれだ。よほど、以前食べていた玄米がおいしくなかったのだ。

 ガンモが炊いてくれた玄米を食べて、あれれ? と思った。パサパサ玄米に戻っているのだ。ガンモに聞いてみると、やはり、浸け置きせずにすぐに炊いたらしい。なるほど、そういうことか。やはり、玄米は、浸け置きするとおいしくなることは間違いないようである。少々浸け置き時間が長くなってしまうが、我が家の場合、夜のうちにタイマーでセットしておくのが一番良さそうである。

 私は、あっという間に一合の玄米を平らげてしまった。今度、ガンモがいないときに、玄米を浸け置きして、百パーセント玄米を炊いてみよう。ガンモにも、浸け置きした玄米のおいしさを味わって欲しい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、仕事が忙しいこともあって、平日のホットヨガはお休み中です。掲示板のコメントも、平日はなかなか返せなくてごめんなさい。そう言えば、先日、派遣仲間に、「フットワークが軽いね」と言われました。私が平日にホットヨガに出掛けたり、映画を観に行ったりしているのを知って、そう言われました。もちろん、週末に、しばしば旅行に出掛けていることも含めてだとは思いますが。そこで思ったのが、家という生活の基盤についてです。あちこち動き回っているために、他の人よりも家における生活の基盤がゆるいのかもしれません。だからと言って、旅行の回数を減らすこともできないとは思いますが。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.20

アダルトチルドレン

 私は、決してアダルトチルドレンに詳しいわけではない。それでも、誰かと話をしているとき、その人が特別満たされない何かを抱えたまま大人になっているのを感じることがある。

 先日、の記事で派遣仲間四人で集まったとき、アダルトチルドレンの話になった。彼女たちのうちの二人と、そこにいなかった別の派遣仲間が三人でご飯を食べに行ったときに、自分たちの家庭の事情に話が及んだらしい。そのときに、一人が自分の家庭の事情を話し始めると、別の一人が自分の育った環境はもっと複雑だったと語り始めたと言う。そして、最初に家庭の事情を話し始めた派遣仲間に対して、
「自分のほうがもっと苦しい経験をして来たので、あなたの抱えている悩みなんて小さいものよ」
というようなことを言ったらしい。しかし、最初に家庭の事情を話した派遣仲間は、自分なりに苦しんでいたので、自分のほうが苦しい経験をして来たからと言っているけれども、その事情は人それぞれだということを主張したかったらしい。結局、そのあと、最初に家庭の事情を話した派遣仲間と、あとから家庭の事情を話した派遣仲間はお互いに溝ができてしまい、気まずくなったようである。

 私はその場にはいなかったが、あとから家庭の事情を話したという派遣仲間の複雑な家庭の事情については、別の機会に聞かせてもらったことがある。確かに凄まじい内容で、両親の愛情に包まれ、ぬくぬくと育った私には想像すらできない世界だった。

 そのときのことを回想しながら、集まっていた派遣仲間の一人が言った。
「私の周りにも、複雑な家庭環境で育った人はいるけど、『きっとあなたには理解できないのよ』と言われたら、もう何も言えなくなるよね」
「うーん・・・・・・」
私たちは全員、黙り込んだ。私も含めて、そこにいた派遣仲間全員がぬくぬくとした家庭に育っていたからである。そのとき、ふと、掲示板でのやりとりに出て来た「被害者」というキーワードが浮かび、私は口を開いた。
「被害者のままでいるから、アダルトチルドレンからなかなか抜け出せないのかもね」
派遣仲間たちは、黙ってうなずいていた。

 家庭環境が複雑だったからと言って、すべての人がアダルトチルドレンになるわけではない。魂として自立し、むしろ感動的な愛を伝える存在として生きている人もいる。また、家庭の事情が複雑であっても、自分の中の愛を貫く人もいる。そういう人たちと、アダルトチルドレンと言われる人たちの違いは何なのだろう。苦しい家庭環境で育ったことを乗り越えて行くというのは、どういうことなのか。ぬくぬくとした家庭で育った私には、複雑な家庭環境で育った人の気持ちがわからない。だから、壁ができてしまう。その壁は、いつまで経っても埋めることはできないのだろうか。私の歩み寄りが足りないのか、それとも、アダルトチルドレンと言われる人たちが視点を変えることが必要なのか。

 私の偏見かもしれないが、私がアダルトチルドレンだと感じる人は、顔をくしゃくしゃにして心から笑えていないように思う。感情をコントロールする癖がついてしまっているのか、世の中をどこか冷めた目で見ている。すなわち、自分以外の存在をあまり信頼していないように思える。そして、時々心にチクっと来るような言葉を吐く。でも、本当にあたたかさを知らずに育ってしまったのなら、心にチクッと来るような言葉を発してしまうことも、仕方のないことなのかもしれない。

 あとから家庭の事情を話した派遣仲間は、同じ職場の同じように家庭の事情が複雑な人ととても仲がいい。お互いに、普段、人に見せていない部分までわかり合えるらしい。あるとき、二人が喫煙室で話しをしているのを見掛けて驚いた。私は煙草を吸わないので、ただその場所を通り過ぎただけだったが、彼女と同じように家庭の事情が複雑な人が、私がこれまで見たこともないような満たされた表情をしているのが見えた。きっと、私がその人と会話をしたとしても、そのような表情を見せてはくれないだろう。それは、私がまったく及ぶことのできない領域だと感じた。

 そう言えば以前、あとから家庭の事情を話した派遣仲間に、退行催眠のCDと一緒にヒプノセラピーのCDを貸したことがある。彼女が抱え込んでいる辛い過去を少しでも解放することができたらと願いをこめてお貸ししたのだが、彼女はそれらのCDには満足しなかったようだ。
「そんなことはわかり切っていることなんですよ」
と彼女は言っていた。どうやら、CDの中のヒプノセラピストに腹が立ったらしいのだ。それを聞いた私は、彼女の傷は相当深いと感じたのである。ヒプノセラピーは、大人になった彼女自身が、幼少の頃の自分を抱きしめてあげるワークを実現できると思っていたのに。

 アダルトチルドレンとは、人に愛されなかった分を、自分自身の愛で埋め合わせようと頑張っている人たちなのかもしれない。その領域に立ち入ることができるのは、やはり、同じように愛されなかった過去を持つ人たちだけなのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アダルトチルドレンの記事を書くにあたって、ステラさんの心理オフィス ステラ アダルトチルドレンの特徴を参考にさせていただきました。まだまだ私はアダルトチルドレンについて、専門的には語れません。しかし、こちらのページを拝見して、もしかすると私も、見方によってはアダルトチルドレンとして見られるのではないかと感じました。もしかすると、自分を基準にして、何かが足りていないときや過剰なとき、誰かをアダルトチルドレンにしてしまう傾向があるのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.19

同化

 ガンモの撮影した写真がJTBパブリッシング発行の『紅葉鉄道の旅』という雑誌に掲載された。ほんの一枚だけの採用なのだが、ガンモはとても喜んでいる。

 一ヶ月半ほど前に、秋に発行する予定の雑誌にガンモの撮影した写真を使わせて欲しいと、編集者の方からメールが届いた。発行間近でひどく急いでいる様子だった。ガンモと編集者の方が直接メールでやりとりをして、だってガンモなん駄もの。というガンモの運営するサイトに公開する加工前のオリジナル画像をメールに添付して提供したわけである。一年以上前に撮影した写真だったため、既にDVD-Rに退避させている画像をゴリゴリ検索してようやく発掘したらしい。しかし、そんな面倒な作業も、雑誌に掲載されることを思うと、喜びに繋がるようだった。

 そのときに、こちらの住所などの個人情報を知らせておけば、掲載本を送ってくれると言われたらしい。実際、掲載本の送り先を聞かれたそうだが、ガンモは個人情報を公開することに対して慎重になり、知らせなかったそうだ。知らない人からいきなりメールが届いて、これこれこういう本を出版するのであなたのHPで公開している写真を使わせて欲しいと言われると、こちらも悪い気はしない。しかし、掲載本をお送りするので住所を教えてくださいと言われると、今の時代、個人情報を公開することに対して慎重になってしまうのも無理はない。編集者の方も、こちらが引くと、それ以上、聞いて来なかったらしい。

 ガンモは、本当にそのような雑誌が発売されるのか、ときどき本屋さんに出向いてチェックしていたようである。そして、ようやくその本を見つけたのだそうだ。本屋さんで見つけて、その本を自分で買って来たガンモは、
「掲載本を送ってもらえるなら、やっぱり住所教えておけば良かった」
と言った。

 最終ページを見てみると、確かにガンモのHPのクレジットが入っていた。企業や団体の名前が並ぶ中、だってガンモなん駄もの。というHPの名前が一段と映えている。ガンモ、やったね。

 自分のHPの名前が掲載されてうれしいのか、ガンモはHPのミラーサイトであるブログにそのうれしさを綴ったようだ。滅多に自分のことなど書かないガンモがとても珍しい。ガンモの喜びようを見ていると、私も何だかほほえましい気持ちになる。自分の書いた記事が本になったり、また、写真が掲載されたりするのは、当事者にとっては特別なことなのだ。

 夜、ベッドに潜り込んだあと、ガンモが、
だってガンモなん駄もの。という名前、いいだろう? センスあるから」
と言った。私は、
「さすが、私が考えただけあるよね」
と言った。すると、ガンモはきょとんとしながら、
「えっ? 俺が考えたんじゃなかったっけ?」
と言った。私は、
「いや、あれは私が考えたんだよ」
と反論した。
「えっ、そうだっけ? でも、『だもの』を『駄もの』にしたのは俺でしょ?」
「いや、あれも私だよ」
「うそお!」

 ガンモと話をしているうちに、一体誰が何を考えたのか、わからなくなってしまった。私の記憶によれば、確かにガンモのサイトのタイトルは私が考えたはずなのだ。しかし、いつの間にかガンモの中では自分が考えたことになっている。これも、ソウルメイト特有の同化なのかもしれない。えっ? どうかしてるだけだろうって? どうせなら、同化してるだけだろうと言って欲しい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際、ホームページを公開していると、いろいろな方からのアプローチがあります。時にはテレビ局からの取材だったり、ソウルメイトについての論文を書きたいから話を聞かせてくれという申し出だったり。確かにありがたいのですが、中には公開している内容をじっくり読まずに、急いでいるからと、最短距離を歩みたがる人もいます。仕事でアプローチして来る人と、好きでやっているこちらとの間に、温度差を感じることもあります。情報を集める段階においては、彼らはとても熱心で親切なアプローチをして来ますが、既に目的を達成してしまったり、相手の欲している情報を提供できなかったりすると、思い切り突き放されることもあります。ただ、取材した内容を短い文章の中にまとめる力は凄いですね。そのあたりがプロなのでしょう。プロになるというのは、どんどんそぎ落として行くことなのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.18

 月に一度の定時退社日。さて、映画を観ようか、それともホットヨガに行こうか。そんなことを考えていると、前日になって、派遣仲間の女性からお誘いのメールが届いた。十月いっぱいで退職することになっている別の派遣仲間の送別会を彼女の家で開くことにしたので、仕事帰りに寄らないかという内容だった。

 誘ってくれた派遣仲間は、以前、私が仕事中に大喧嘩した女性である。彼女は職場の最寄駅のすぐ隣の駅近辺のマンションに住んでいるため、仕事帰りに寄れるだろうと、これまでにも何度となく遊びに来ないかと声をかけてくれていたのだった。しかし、私は彼女が私と違ってとてもきれい好きだということを知っていたので、何となく彼女に対する引け目があり、なかなか彼女の家を訪問することができずにいた。

 それでも、最近、家がきれいになることの喜びを少しずつ感じつつあった私の中で、家に対する意識がゆっくりと変化していた。そうした背景もあって、このように何度も訪問のきっかけを与えてくれる彼女の厚意に感謝しつつ、二つ返事で「行く」と返事をしたのだった。きれい好きの彼女の家を訪問して、もっと刺激を受けたいと思ったのかもしれない。

 一週間後に手術を控えた直径十二センチの女性も参加できることになり、十月いっぱいで退職する派遣仲間の送別会は、参加する人たちが食べ物を持ち寄るホームパーティ形式で行われることになった。パンとデザートを担当した私は、仕事帰りに職場の最寄駅前にあるデパートに立ち寄り、パンとデザートを調達した。直径十二センチの彼女は、量り売りの惣菜サラダを買って来てくれた。そして、家主の彼女は、おいしいワインとビールと紅茶、それから、彼女のご主人さんの手料理をいくつか用意してくれた。

 お宅を訪問し、家の中に入ると、真っ先に掃除が行き届いた部屋に感動した。決して物が少なくないわけでははないのだが、あらゆる小物がきちんとしかるべきところに配置されている。私は、きれい好きの人の住む家は、ビシッと整理整頓されていて、少しでも埃を立てようものなら、しかめっ面でもされるのではないかと思い込んでいた。しかし、確かに整理整頓はされているものの、訪問客が埃を立ててはいけないような堅苦しい雰囲気ではなく、むしろ、訪問客がくつろぎを感じることのできる空間になっていた。落ち着いた色合いで揃えられた家具や、思い切り生活感を感じさせる使い慣れた生活用品が私たちをリラックスさせてくれたのかもしれない。家の中をピカピカにすることは、訪問者を寄せ付けないことではなく、家を自分たちの生活の基盤にするということだった。
 
 ダイニングルームに置かれたテーブルには、余分なものが何一つ置かれていなかった。テーブルは、テーブルとして使われていた。我が家のテーブルは、既に物置になっている。テーブルがテーブルとして機能していないのである。これは大きな違いである。私は彼女に言った。
「人を家に呼ぶ習慣をつけておくと、家がどんどん片付いて行くものなんだね」
彼女は、
「そうなのよ。人が来るから片付ける癖がついちゃうね」
と言った。実際、お酒の好きな彼女はこうしたホームパーティをしばしば開いているらしい。なるほど、彼女はそういう循環を自分で作り上げていたのだ。私の家とは逆の循環である。

 台所はカウンターキッチンで、シンクもガスコンロもピカピカに磨かれていた。彼女は私よりも忙しく仕事をしているはずだった。しかし、どんなに仕事で帰りが遅くなったとしても、自宅でご飯を食べているのだと言う。もちろん、職場から近いというのもあるのかもしれない。ご夫婦で台所に立ち、手作りの料理をたくさん作り置きしておいて、それを何日もかけて二人で食べるのだと言う。そのため、野菜に味がしみこんでいて、とてもおいしかった。

 ご主人さんの手料理だというそれらのお料理を、私はおいしいおいしいと言いながら、おかわりしていただいた。何だろう、家が片付いているのにあたたかいこの感じは。家が片付いていると、堅苦しい雰囲気になると思い込んでいた私にとって、まったく予想もしない展開だった。

 家主の彼女は、
「もうすぐ夫が帰って来るけど気を遣わないでね」
と言っていた。彼女のご主人さんが帰宅したのは、二十一時前だったろうか。私はこれまでに、彼女のご主人さんのお姿をチラリと拝見したことはあったのだが、面と向かってお話をするのは初めてだった。彼女は予め、私たち四人が食事をしているテーブルの端っこに特等席を作り、
「ここで夫がご飯を食べるからね」
と言った。そのあたたかさに、私は驚いたのだ。訪問客がいても、ご飯を食べるテーブルは一つなのだ。仕事から帰宅した彼女のご主人さんは、テーブルの隅っこの特等席に座り、私たちが持ち寄った食べ物をありがとうと言いながら食べ始めた。私たちに気を遣って、どこかよその部屋でコソコソ食べたりしない堂々とした態度に、より一層アットホームな感じを抱いた。なるほど、相手に気を遣わせないようにするには、自分から気を遣わない態度を示すことが一番だったのだ。単に言葉だけで、
「どうか気を遣わないでね」
と言うのとは違う。

 私たちは整理整頓された部屋の中で、完全にリラックスしていた。言うまでもなく、いつの間にか、彼女のご主人さんをも交えて五人で話を始めていた。そして、気がついたらもう二十三時を回っていたのだ。私は、長居をするのも何だし、帰りの電車の時間も気になるしで、
「そろそろおいとまします」
と立ち上がった。

 先入観を捨てて、思い切って彼女の家を訪問して正解だったと思う。家を片付けていても、あんなにアットホームな雰囲気に包まれるとは、驚きだった。私は独身の頃から、家の中にごちゃごちゃといろいろなものを置いていた。友人が遊びに来るときは散らかっている部屋を片付けてはいたが、それでもものが多いので、初めて遊びに来た友人はとにかく驚いたものだった。そして、多くの友人が、
「ここに来ると何故か落ち着く」
と言ってくれた。それは、私がそこでざっくばらんに自然体で生きているからだと思っていた。

 ごちゃごちゃしたものがなくても自然体になれる。これは私にとって、新たな発見だった。自然体でいるには、整理整頓されていても、生活感を漂わせることが大切だ。それは、冒頭でも述べたように、家を生活の基盤にするということでもある。彼女とご主人さんは、そのことを私に教えて教えてくれた。

 私たちも今のマンションに引っ越してから少しの間は、友人たちを招待していたことがあった。近所の賃貸アパートから引っ越して来るとき、新しいマンションで始める新しい生活への期待に胸を膨らませながら、ガンモと二人で少しずつ荷物を運んだことを思い出す。いつの間にか、その頃のうきうきした気持ちを忘れてしまっていた。今の私たちの家は、生活の基盤ではなく、物置のようである。

 かつて、ルーフバルコニーに子供用のプールを出して、仕事仲間と一緒に水浴びしたこともあったのに。そのルーフバルコニーにもしばらく足を運んでいない。あそこで「ガンまる日記」を書くことができたら最高じゃないだろうか。そして、家に親しい人を呼んでもてなすという喜び。愛し合う夫婦の生活の基盤を見せるチャンスなのに、長いこと実践できていなかった。これから先、今回、私が受けたような衝撃を、私たちの家を訪れた人に感じてもらうこと^ができるといいのに。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一度にたくさんの料理を作り、それを何日もかけて食べるというのは、感動的でした。彼女もまた、子供のいない夫婦の共働きなのですが、ご主人さんもやはり、コンピュータ業界で働く人なのです。また、私たちの出会いはパソコン通信ですが、お二人の出会いもネットだったそうです。しかも、遠距離恋愛で結ばれたカップルです。ご主人さんが帰って来て、ご飯を食べるためにテーブルに向かうと、彼女の顔がほころぶんですね。それは、職場では決して見せない彼女の素顔でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.17

何のために働くのか?

 「まるみ、ちょっと来てくれ!」
一体どこから声が聞こえて来るのかと思いながら、私はガンモを探していた。寝室の灯りは灯っているものの、ガンモの姿はない。トイレにいるのだろうかと思ったが、トイレには電気がついていなかった。
「ガンモ?」
と声を掛けながら家の中を探していると、洗面所のほうから声が聞こえて来た。

 洗面所に駆けつけてみると、ガンモは鏡を覗き込みながら、
「耳から毛が何本も出てる。これじゃ、じいさんだから」
と言って、電気剃刀を片手に持ち、小さなカッターに切り替えて、自分の耳の穴に向けていた。そして、私に電気剃刀を差し出して、
「とうとう俺もじいさんになってしまった。これじゃ恥ずかしいから切ってくれ」
と言う。寝室にいたガンモは、自分の両耳から長い毛が何本か出ているのに気がつき、ショックを受けたそうだ。そして、電気剃刀を持って、鏡のある洗面所に駆けつけたらしい。

 私はガンモから電気剃刀を受け取り、ガンモの耳を傷つけないように、小さなカッターでガンモの耳の毛を注意深くカットした。自分のことを「じいさんだから」と言いながら、ショックを受けているガンモを愛らしいと思った。鼻かんでいるガンモもいいが、はにかんでいるガンモもまたいい。
「耳から毛が出ていたってかまわないんだよ」
私はそう言ってガンモを抱きしめた。

 耳の毛をカットしてしばらくすると、ガンモの携帯電話に仕事の電話が掛かって来た。仕事の電話なのに、何やら楽しそうに笑っている。何がそんなにおかしいのだろうか。そう思っていると、電話を終えたガンモが、
「ちょっと行って来るから」
と私に言った。
「え? ちょっと行って来るからって、どこへ?」
と尋ねると、仕事にはまっている同僚を助けるために、これから客先に出掛けて行くのだと言う。時刻は午前〇時前だった。

 ガンモの話によれば、明日から休暇を取って海外旅行に出掛けることになっているはずの同僚が、現在、その仕事を担当しているらしい。しかし、はまりにはまってしまい、どうしても埒があかないらしいのだ。彼は、明朝の飛行機で日本を発つことになっているという。そのため、彼の仕事をガンモが引き継ぐことにしたようだ。私は、
「わかったわかった。そういうことなら行って来い。○○ちゃん(ガンモの同僚)がちゃんと旅行に行けるようにね」
と言って、ガンモを送り出した。こういうときは、ガンモが自分で車を運転して客先に出掛けて行くのが通例なのだが、我が家の車は壊れたままなので(車はヨ○バシカメラの通販では買えない)、ガンモはタクシーを呼んだ。最近は、早朝出勤のときもタクシーを呼んでいるので、タクシーの手配は手馴れたものである。

 無線で近くにいるタクシーと連絡が取れたのか、タクシーはすぐに迎えに来てくれると言う。こんなふうに、急に出掛けるのでなければ、おにぎりやあたたかいコーヒーを用意することもできたのに、タクシーがすぐにやって来てしまうので、ガンモは慌しく出掛けて行った。ガンモが出掛けて行くとすぐに、インターホンが鳴った。きっと、タクシーの運転手さんが鳴らしたのだろう。インターホンは途中で途切れたので、おそらくガンモが運転手さんに声を掛けたのだ。

 これまで何度となく、ガンモは夜中に呼び出されて仕事に出掛けて行った。しかし、今回はコールセンタからの呼び出しではなく、翌朝、旅行に出掛けて行くことになっている同僚に早く帰宅してもらうための仕事だったため、ガンモも気持ち良く家を出て行った。夜中にガンモを送り出す私も、いつものいやな感じはなく、とてもすがすがしい気持ちだった。

 私自身が、仕事に関していつも思うことがある。それは、企業の利益のために働くのはいやだということだ。企業ではなく、人に対する奉仕の喜びを感じたい。例えば私の職場には、休日出勤までして神戸からわざわざ新幹線に乗って客先まで出向き、深夜作業のため徹夜明けのまま、へろへろになりながら再び新幹線で移動して職場に戻り、仕事をする人もいる。そこまでへろへろに働いた人を、上司も代休を取らせてあげればいいのに、客先で発生した問題の状況を報告書を作成するために、実際に現地で作業を行ったその人の力がどうしても必要らしい。私は、そうした状況の中で人を動かす企業のためには働きたくない。むしろ、へろへろになっているその人のために働きたい。実は、私がすぐに仕事を辞められない理由は、そういうところにもある。そういう意味で、私は同僚のために気持ち良く出掛けて行ったガンモの気持ちが良くわかるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 朝、起きたら、ガンモは私の隣で寝ていました。仕事を終えて、三時頃にタクシーで帰宅したようです。○○ちゃん(ガンモの同僚)は、無事に海外に旅立って行ったでしょうか。きっと、○○ちゃんの奥さんも気が気じゃなかったことでしょうね。○○ちゃん自身も、パニックになりながら仕事をしていたのではないかと思います。でも、そんな状況にありながら、仕事を続けなければならない企業って一体何だろうと思います。おそらく、○○ちゃんは、客先での作業ということもあって、個人的な事情も説明せずに一人で頑張っていたのでしょう。もしも相手が企業ではなく一人の人間なら、翌朝から海外に出掛けようとしている人に遅くまで作業はさせないでしょう。企業とは、人間の感情の部分を抜き取って、利潤を追求して行く団体なのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.16

玄米と仲直り

 良薬口に苦しの記事に、様々な反応をいただいた。コメントやメールをくださった皆さん、どうもありがとう。いただいたコメントやメールをじっくりと拝見しながら、私は一ヶ月ほど前に書いたお作法カメラという記事を思い出した。

 あははははは。この記事を今、読み返してみると、笑いが出て来る。私が誰かのことをここに書くとき、その誰かは、やがて私自身に変身してしまう。まるでマジックのようだ。お作法カメラの中に登場する女性は、玄米に対して甘い認識を持っている私自身だった。

 掲示板で交流させていただいているてんちゃんが、「玄米はおいしいんだよ」というコメントを掲示板に寄せてくれた。てんちゃんの書き込みを拝見したとき、私は思わずはっとさせられたものだ。そして、玄米のことを良く知りもせずに、玄米はおいしくないと決め付けてしまったことをとても恥ずかしく思った。玄米のことをまだ良く知らない私からすると、既に玄米のことを良く知っている方たちの経験にはとても追いつけやしない。「恐れ入りました。結論を早く下し過ぎる私が悪うござんした」と言いたくなる気持ちだった。

 掲示板のコメントにも書かせていただいたが、「玄米はおいしい」というご意見をてんちゃんからうかがったとき、私は先月のデトックスの講演会のときに作家の横森理香さんが、
「これまでは、味のついたものをおいしいと思っていたのに、身体がどんどん健康になって行くと、味がついていないものでも心からおいしいと思えるようになって来るんです」
とおっしゃっていたことを思い出した。身体から余分なものが排泄され、身体の中がどんどんシンプルになって行くと、素材そのもののおいしさを感じられるようになるのだと思った。身体に余分なものがついているうちは、自分の身体と同じように、様々な形で装飾されたものしかおいしいと感じられないのかもしれない。また、てんちゃんは、ご家族が玄米を食べられるようになるまで十年もかかったそうだ。そうか、それなら私も十年かけていいのだ。すぐに結論を出してしまわずに、もっとじっくりと玄米と向き合うことが必要だった。

 また、玄米をおいしくいただく方法として、玄米を炊くときにヨーグルトを混ぜ合わせる方法を教えてくださった方もいた。そうした食べ方があるとテレビで放送されているのをご覧になったお母様が、ご自宅で、その方法を実践してくださっているのだそうだ。ご家族が玄米をおいしく食べられるように工夫された玄米ご飯を想像すると、思わず目頭が熱くなる。私はこれまで、こういうことに対して無頓着だったはずなのに、最近は、手間をかけたお料理に込められた愛情に反応するようになって来た。愛する家族のために、多くの時間を費やしていることに心を打たれるのだ。

 更に、徹底的に食にこだわり、玄米のおいしい炊き方を教えてくださった方もいた。その方は、自然食のお店をいくつもいくつも巡り、自然食をとことん研究されている方である。その方がアドバイスしてくださったのは、おいしい玄米を食べさせてくれるお店を見つけ出して、そのお店の味を参考にさせていただくと良いのではないかということだった。確か、てんちゃんも同じようなことをコメントしてくださったと思う。

 その方は、様々な試行錯誤を重ねながら、玄米をもっともおいしく食べられる方法を徹底的に研究されたらしい。その結果、炊飯器ではなく、圧力鍋で玄米を炊くのが一番おいしいということがわかったとか。なるほど、こうした努力を重ねることは、本当に目から鱗だった。目に鱗が付いていたことからすると、私はこれまで魚だったのだ。そうした研究も重ねずに、玄米の入口付近だけを迂回して、玄米はおいしくないという烙印を押してしてしまった。ああ、何と恥ずかしいことだろう。自分は動かずに、おいしさが向こうからやって来るものだと思い込んでいたのだ。

 ところで、我が家の十年ものの炊飯器は、釜の金属部分が中ではがれかかっていたため、洗濯機に次いで新しく買い換えた。やはり、デトックスの講演会に参加したときに得た知識から、有害な物質が体内に取り込まれるような状況をできるだけ避けたかったのだ。そこで、ガンモがまたヨ○バシカメラの通販で炊飯器を注文してくれたというわけである。

 新しい炊飯器が届いてすぐに、玄米二合と白米三合を一緒に炊き込んでみた。一体どんなお米が炊けるのかとわくわくしていたところ、玄米は、ふっくらとおいしそうに炊き上がった。新しい炊飯器には、玄米モード(と言っても発芽玄米モード)があるのだが、玄米モードで炊かずに普通に炊いただけだと言うのに、ずいぶんおいしく炊き上がったのだ。私は、いつも朝食はパンを食べているというのに、お昼のお弁当として握ったおにぎりを、見ているうちに我慢ができなくなり、朝ごはんとして平らげてしまった。新しい炊飯器で炊き上がった玄米は、ほくほくしていて、とてもおいしかった。これが、先日まで食べていたのと同じ玄米だろうかと疑ってしまうほどだった。お昼のお弁当のおにぎりがなくなってしまったので、私はもう一度、おにぎりを握り直した。

 炊飯器の中をのぞいてみると、二合しか炊かなかった玄米の部分が既になくなりかけている。ガンモは炊飯器をのぞき込み、白いところを指差して、
「ここは俺んだから」
と言った。私は、
「もう玄米がほとんどなくなっちゃったから、私も白い部分をももらうよ」
と言った。ガンモは、
「いいよ」
と私に言った。

 新しい炊飯器で炊いた玄米は、とてもおいしかった。おいしくないと公言してしまったことを玄米に謝ろうとすると、炊飯器の中から、
「げんまいげんまい」
という声が聞こえて来た。玄米が自分の名前を呼んでいると思って、もう一度耳をすませて良く聞いてみると、
「どんまいどんまい」
の聞き間違いだった。もしかすると私は、玄米と仲直りできたのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 言うまでもなく、この記事の最後の数行は創作であります。炊飯器が新しくなって、玄米がとてもおいしくなりました。白米と一緒に炊いたからなのか、単に炊飯器が変わったからなのか、それはわかりません。少々長すぎるかもしれませんが、夜のうちに水に浸けておいたのです。とにかく、いろいろな要因が重なって、おいしい玄米を炊くことができました。玄米をおいしく炊くことができたのは、先日の記事を通して、アドバイスをくださった皆さんが、玄米の声を間接的に届けてくださったからかもしれません。玄米に関しては、まだまだ駆け出しの私です。私なりのおいしい炊き方を発見したら、またこちらでご報告させていただきたいと思います。いろいろアドバイスをくださった皆さん、本当にどうもありがとうございます。皆さんのアドバイスが、玄米に対して諦めない姿勢を教えてくれました。いただいたアドバイスを元に、私なりにいろいろアレンジしてみたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.15

ホットヨガ(十六回目/十七回目/十八回目)

 ここのところ記事には書いていなかったが、相変わらずホットヨガには通っている。最初のうちは、三十回券を購入したものの、最後までちゃんと回数券を使い切ることができるのだろうかと少し不安になったりもしたが、例えスケジュールが立て込んでいたとしても、ホットヨガに対する優先順位を上げれば、予定に組み込むことができるようになるものだとわかった。しかし、その分、抜け落ちて行く作業もいくつかある。

 ホットヨガ十六回目は、デトックスの講演会に出掛けた日、十七回目は先週の土曜日、そして十八回目はこの日曜日にレッスンを受けた。入会から早くも三ヶ月近くが過ぎ、レッスンにも次第に慣れて来たので、私は六十分のビギナーコースを卒業し、七十五分のベーシックコースや、同じく七十五分のアクティヴコースに参加している。どのコースに参加するかは、自分で決められるようになっている。同じ回数券で、九十分までのコースに参加できるので、実力がつけばつくほどお得な回数券ということになる。

 少しばかりステップアップしたレッスンを受けた感触では、七十五分のベーシックコースは、六十分のビギナーコースの延長上にあるコースのようである。ポーズの取り方はビギナーコースとほとんど変わらないが、一つ一つのポーズを取る時間が少し長くなっている。ベーシックコースには、七十五分のコースのほか、九十分のコースもある。こちらはまだ参加していない。

 アクティヴコースは、ポーズがかなりアレンジされていて、六十分のビギナーコースや七十五分のベーシックコースよりも激しい運動量となっている。アクティヴコースにも九十分のコースがあるが、私は七十五分のコースで既にぜえぜえ言っているので、こちらに参加できるようになるまでには、もう少しかかりそうである。

 ホットヨガでは、これらのコースの他に、脂肪燃焼コースというのがある。脂肪燃焼コースは六十分のコースだが、このコースが一番激しいコースなのだそうだ。脂肪燃焼コースに参加するには、ベーシックコースとアクティヴコースに慣れた人であることを要求されているので、私はまだ脂肪燃焼コースには参加していない。

 七十五分のアクティヴコースは、三宮店で受けた。人気のコースらしく、同じレッスンを受けた人の数は、スタジオいっぱいの二十四名ほどだった。やはり、アクティヴコースは慣れている人が多いのか、遅刻して来る人、途中で退場される人が特に目立った。遅刻して来る人の態度で驚いたのは、大して悪びれた様子もなく無表情で入って来て、レッスンを始めることだ。私はまだ遅刻の経験はないが、もしも私が遅刻するようなことがあったら、既にレッスンが始まっていることに対し、バツが悪そうな顔をしてスタジオにコソコソ入るだろうと思う。そして、インストラクターに向かって、申し訳なさそうな視線を送って許しを請うだろう。しかし、皆さん、慣れていらっしゃるのか、堂々と遅刻してスタジオに入って来られる。

 そのうちの一人が、私のすぐ隣にやって来た。彼女は落ち着いた様子でヨガマットにバスタオルを敷き、準備を整えてからポーズを取り始めた。彼女は始終、ポーカーフェイスだった。喜怒哀楽がすぐに顔に出てしまう私とは、正反対のタイプの女性だと言える。私は、彼女が何かに動じないか、ときどき彼女の顔色をうかがっていた。例えば、思い切り激しいポーズを取ったときなど、彼女の顔に何らかの表情が現れるのを待っていたのだ。しかし、彼女は、例え私がひいひい言っているポーズであっても、表情も変えずに淡々とポーズを取っているだけだった。彼女の場合、集中しているから表情が変わらないとか、そういうわけではなさそうだった。遅刻してスタジオに入って来たときから、彼女の表情はまったく変わらなかったからだ。更衣室で彼女がお化粧をしている姿を見掛けたが、やはり同じ表情だった。自分で言うのも何だが、私はこのときばかりは、喜怒哀楽のわかり易い自分のことを愛らしく思ったものだ。同時に自分の感情に正直に生きるということは、周りと関わる覚悟があるということなのだとも思った。

 アクティヴコースのレッスンを終えた私は、初めてホットヨガを体験したときのような心地良い脱力感に襲われた。ガンモが夜勤だったので、私は「ガンまる日記」を書き上げ、映画を二本観てから帰宅した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ポーカーフェイスの女性は、美しいほどに身体が出来上がっていました。私のように、自分の身体を操縦することを持て余しているのではなく、自分の身体を自由自在に操っていました。ポーカーフェイスを守り抜くことで、自分の世界を保てるけれど、やはり、近寄りがたい雰囲気が漂ってしまっているのは事実です。彼女のような人は、街をすたすた歩き、勧誘の人をも寄せ付けず、観光客のカメラを受け取って、シャッターを押してあげることも少ないのかもしれません。その点、私は隙だらけの生き方をしていると言えます。その隙から、実にいろいろなものが入って来ます。私は、まるで人間ウォッチングをするかのように、周りをじっくりと見渡しています。しかし、ポーカーフェイスの女性は、他の人と目線を合わせることをしません。とにかく、私と対照的な存在だと思いました。彼女が私の前に現れたのは、お互いに分け合うものを持ち合わせているからかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.14

映画『記憶の棘(とげ)』

 とびっきりのラブストーリーを観たくてうずうずしている私の視界に、輪廻転生を扱った映画のポスターが飛び込んで来た。十年前に最愛の夫を亡くしてしまった未亡人の前に、かつての夫の生まれ変わりと称する十歳の少年が現れる。私は、ポスターに書かれている宣伝文句に心を躍らせ、これは、時代を超えて愛し合う男女の愛の物語に違いないと勝手に想像を膨らませた。そして、十歳の少年と未亡人の熱いラブストーリーが展開されることを期待しながら、私は映画館に入った。

 少々ネタばれになってしまうのだが、未亡人には再婚が決まった男性が居た。長いこと、夫を亡くした傷を癒やせずにいた彼女が、ようやく心を開くことができた相手である。しかし、ある日突然、十歳の男の子が彼女の前に現れ、自分はあなたの亡き夫の生まれ変わりだと言い、フィアンセとは結婚するなと忠告する。そんな十歳の少年に対し、未亡人は最初のうち、半信半疑で接している。輪廻転生のメカニズムを知っている人からすれば、この時点で、「あれれ?」と疑問を抱いてしまうことだろう。

 何故、疑問を抱いてしまうのか。この映画の中では、十歳の男の子の中にだけ、特別鮮明な記憶がある。それはそれでいいのだが、かつての夫と再会できたはずの未亡人にあるはずの、込み上げて来るような懐かしさが描写されていないからである。つまり、最初は半信半疑だった未亡人は、かつての夫の魂を感じることなく、十歳の男の子の言動により、彼をかつての夫と認識するようになるのである。また、愛し合う男女の粘着力も弱い。かつての妻を愛する記憶を持ち、転生して来たのなら、もっと、もっと情熱的に、と期待していまうのである。そんなふうに、物語全体がちょっと物足りない感じで進行し、魂の部分よりも、記憶や事実で輪廻転生の存在をアピールしようとしている。そのために、なかなか映画の中に引き込まれない状況に陥ってしまうのである。

 おそらくだが、この映画は、輪廻転生を「知識」という方面から扱った映画なのだろう。「知識」だから、「証明」が必要になってしまうのであり、最も感動的であるはずの魂の部分を使わない。だから、愛し合う男女が、魂として再会を果たしたときの喜びが表現されていないのである。魂が惹かれるというのは、事実や言動でもって証明してから惹かれるものではなく、理由もわからず、ただどうしようもなく相手に惹かれて行くものなのである。そこには、思い出せそうで思い出せないような、時空の歪みさえ現れる。また、初めて出会ったはずなのに、最初から、懐かしさと親しさが込み上げて来る存在なのである。

 もしも私が輪廻転生というテーマでこの映画の脚本を書くなら、魂の持つ記憶の部分を思い切りアピールすることだろう。例えば、生前の彼の口癖やしぐさなどを、十歳の少年の演技の中にふんだんに盛り込む。更に、十歳の少年の立場としては、再婚相手に嫉妬する存在ではなく、かつての妻の新しい人生を祝福し、見守る形で登場させる。つまり、人間の持つ、魂の部分をもっと寛大な形で表現したい。この映画では、十歳の少年は、ただただ混乱させるだけの存在として現れているように思える。彼は、言葉だけでかつての妻を愛していることを表現するのだが、もちろん、彼の魂からにじみ出て来るような愛の告白ではない。だから、映画を観ている私たちのハートに響かないのである。しかし、そのような魂からの愛の表現は、現実的には、十歳の少年の演技としては無理な話だ。

 この映画の中で唯一共感を覚えることは、十歳の少年が、前回の転生における遣り残しを達成しているところだ。それは、映画を観た人ならわかるのだが、生前の彼には、妻に対して、ある秘密があった。その秘密のために、今度は妻のことを一筋に愛する存在として生まれ変わって来たのではないかという気がしている。

 こうしたテーマは、広く一般に受け入れられるには難しいテーマだと思う。受け入れられようとして、「証明」という手段を使い、失敗した作品と言えるかもしれない。それでも、あの、どうしようもなく込み上げて来る懐かしさや親しさや、時空がぐにゃりと歪んでしまうような感覚を知っている人なら、知識や証拠で証明して行くようなテーマではないことを知っているはずだ。だからなのか、私はこういう映画を観ると、愛し合う魂が何度も何度もめぐり合うロマンを思い切り伝えたくなる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かなり深読みかもしれませんが、この映画は、「今を生きることが一番大切」ということを、もっとも逆説的に表現しようとしたのかもしれません。となると、この映画にとって、輪廻転生は主たるテーマではなく、「おまけ」ということになりますね。主役のニコール・キッドマンのショートヘアに影響されました。私もあんな髪型にしてみようかしら・・・・・・。

※この週末も、出掛けることが多く、掲示板のコメント返信のためになかなか時間が取れません。緑の亀になるまで、もうしばらくお時間くださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.13

人生のコマ

 金曜日のオフィスは、比較的早く仕事を上がれそうな雰囲気が漂う。私は十九時過ぎにオフィスを出て、ガンモに電話を掛けた。すると、いつもは客先に出掛けていることの多いガンモが、珍しく三宮の事務所で仕事をしていた。ガンモに、このあと待ち合わせできるかどうかを尋ねてみると、私が三宮に移動する頃までには仕事を終えられそうだと言う。

 私が三宮に着いたのは、二十時過ぎだったと思う。ガンモに電話を掛けて三宮に着いたことを知らせると、ガンモは、
「ごめん、もうちょっとかかる」
と私に言った。私は、
「わかったよ。じゃあ、ミントにいるから」
と言って、私は電話を切った。

 ミントというのは、今月の初めに三宮の駅前にオープンしたばかりのmint神戸のことである。基本的にはファッションビルなのだが、九階から十二階までが映画館になっている。もちろん、レストラン街もある。私は、映画でも観たい気分だったのだが、ガンモの仕事がもうすぐ終わるならと、ショッピングを楽しみながらガンモを待っていた。そして、個性的な雑貨屋さんで来年の手帳を購入してうれしくなっていた。

 途中でガンモから電話が入り、仕事が終わるにはもう少し掛かりそうとのことだった。私は、
「先に帰ってたほうがいい?」
とガンモに尋ねた。ずるとガンモは、
「ううん・・・・・・」
と曖昧な返事をした。こういうときは待っていたほうがいい。はっきりと口には出さないが、ガンモは私が待っていることを密かに期待していると感じた。

 そう言えばゆうべの仕事帰り、飲み会に参加したガンモが私よりも先に最寄駅に着いたが、私の帰りをしばらく最寄駅の駐輪場で待っていてくれたのだ。ゆうべのガンモと同じように、私もガンモの仕事が終わるのを待とう。そう思って、ショッピングを終えた私は七階のレストラン街のテーブル付きの椅子に腰を下ろた。

 私はノートパソコンを取り出して、一度書き上げた「ガンまる日記」を時間を掛けて推敲した。既に椅子に座ってから一時間ほど経過しただろうか。ガンモからの連絡もなく、ガンモの仕事はまだまだ終わりそうになかった。しかし、夕ご飯を食べていないので、だんだんお腹も空いて来た。お腹が空くと、人間、不機嫌になって来る。ガンモの仕事は一体いつ終わるのだ? 私は少しイライラしながら、ガンモに電話を掛けてみた。ガンモの職場は、休みの日でも遠慮なく仕事の電話が掛かって来るようなところなので、勤務時間中の携帯電話についても寛大である。仕事とプライベートの境界が薄いのだろう。一方、私の職場は、仕事とプライベートの境界がはっきりしているためか、休日に仕事のことで電話が掛かって来ることはないし、勤務時間中に携帯電話が鳴ると、ほとんどの人たちはオフィスの外に出て対応している。

 電話に出たガンモは、
「わかったわかった」
と言った。あとどれくらいで終わるとか、そういうことは一切言わずにガンモは私からの電話を切った。それから更に三十分くらい経ったろうか。それでもガンモは現れなかった。私のイライラはピークに達していた。ああ、お腹が空いた。レストラン街は二十三時までの営業だ。果たして、ガンモが来るまで営業しているのだろうか。私はガンモと一緒にご飯を食べられるのだろうか。そんなことを考え始めた。

 私はガンモに電話を掛けた。
「一体、仕事はいつ終わるの?」
と。ガンモはとても柔らかい口調で、
「わかったわかった」
と言った。何がわかっただよ。遅いよ、まったく。三宮に着いてからもう二時間待っている。これだけ待つなら、映画の一本でも観られたかもしれない。私は電話でガンモに怒りをぶつけた。今、これを書きながら思うのだが、ガンモの仕事が終わるのを待っていたのは私の意志だったにも関わらず、ガンモの仕事が遅いことに勝手に腹を立てていたのだ。

 ようやくガンモが姿を現した。私は、ふくれっ面でガンモを迎えた。お店はもう閉まりかけていた。あちこちのお店が、「本日の営業は終了しました」の札を掲げている。かろうじてうどん屋さんが開いていたので、私たちはそこに入った。

 ガンモの話によれば、月曜日に提出する資料を作成するために、部長をはじめ、何人かの人たちで遅くまで残って仕事をしていたのだそうだ。私がしびれを切らせて何度も何度も電話を掛けているのが同僚たちにもわかったらしい。まるで悪妻のようだ、と私は自分で思った。

 ガンモから、仕事が遅くなった理由を聞いた途端、私はすぐさま、とんでもないことをしでかしてしまったと後悔した。今更後悔しても、私が何度も電話を掛けたという事実は消えない。私からの「まだかコール」と、協力し合って仕事をしていた職場の人たちとの板ばさみになってしまっていたガンモ。そんな気苦労を、私はガンモに背負わせてしまったのである。私は、
「ガンモ、ごめん」
と心から謝った。ガンモが待ち合わせ場所になかなか現れなかったのには、ちゃんと理由があったのだ。その理由を頭の中で想像することなく、自らの意志で待っていたというのに、待ち合わせ場所になかなか現れないガンモを責めてしまった。私はガンモに対し、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 うどんを食べ終わったのは二十三時前だった。ガンモと二人で食べるうどんはとてもおいしかった。
「だって、他の人たちも一生懸命仕事をやってるんだから、仕方ないだろ?」
と言い訳をしなかったガンモを、私は凄いと思う。私はいつも、気に入らないことがあると、自分自身を正当化して守りたがる。そこに至った理由を考察しようとせずに、攻撃に出てしまうのだ。とにかく、ポジティヴにもネガティヴにも、感情が先走りするタイプの人間のようである。ガンモは、もっとも自然な形で私にそれを気づかせるように存在している。そして、擦れ違いに対するお互いの理解と許しは、二人の愛が深ければ深いほど、電磁波と同じくらいのスピードで起こる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしも怒りの感情をコントロールしてしまうなら、私自身の涙もろい部分も同時にコントロールされ、何に対してもぐっとこらえる感情の乏しい人間になってしまいそうな気がします。それはそれで静かな人生になるには違いないのですが、私にはやはり、惜しみなく感情を表現するというのが似合っているように思います。それが私自身の個なのだと。感情をむき出しにして生きていると、今回のように後悔することもあるのですが、冷静になったときの気づきはとても大きい気がします。まるで、人生を五コマ進めて三コマ戻すような生き方ですね。実際、感情をむき出しに生きていると、周りの人たちをも巻き込んでしまういます。感情をコントロールしながら生きている人たちからすれば、何でそんなに不器用な生き方の、と思われるかもしれません。それでも、大切なのは、感情を押し殺すことではなく、自分自身で気づいてコマを戻すことだと思うのです。優等生として気づくか、私のように失敗を重ねながら気づくか。それは、その人独自の生き方だと思うのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.12

マルチポスト

 技術者同士が知識や経験を共有するために集う掲示板がある。そうした掲示板では、誰かが「○○の実現方法についてわかりますか?」という書き込みをすると、それについて詳しい人が、「それは××のようにして行います」といったようなアドバイスのコメントを書き込む。

 私も、仕事でわからないことがあるときは、ときどき利用している。いや、利用していると言っても、職場のお約束により、掲示板に書き込みをすることは禁止されているので、書き込みはしない。何故、掲示板に書き込みをしてはいけないかと言うと、業務の内容をむやみやたらと漏らしてはいけないのと、掲示板に書き込みをすると、会社情報が流れてしまう(どこどこの会社の人がこのような書き込みをしたというのが記録として残り、掲示板の管理者にはわかってしまう)ためである。しかし、掲示板を参照することは許可されているので、ノウハウを蓄積するために参考にさせていただいている。

 ところで、そうした掲示板の一部に、「マルチポスト禁止」というお約束が掲げられているところがある。マルチポストとは、その名の通り、インターネット上の複数の掲示板やMLに同じ内容の書き込みをすることである。早急に解決したい問題を抱えている人からすれば、例えそれが広告のような方法であったとしても、藁をもすがる思いであちこちの掲示板に種を蒔いておきたい気持ちになってしまうものなのだろう。実際、そうしたほうが、解決の時期が早まる可能性は高い。

 しかし、技術者の多くは、類似した複数の掲示板に目を通している。そうなると、あちこちで同じ質問者からの質問を目にすることになり、マルチポストされた投稿は、新たな技術を習得するために複数の掲示板を参照している技術者によって、いち早く見つけ出されることになるのである。そのときに、マルチポストを見つけた技術者がどのように思うかだが、たいていの場合、マルチポストに対し、あまりいい印象は持たないようである。実際のところ、マルチポストを嫌う掲示板が多いのは確かだ。それは一体何故なのか。

 答えは、その質問をした人が、よその掲示板で解決策を得られたにもかかわらず、問いかけをしたすべての掲示板でフィードバックを行わないまま、その問いかけが放置されてしまう場合が多いからである。解決されたことが知らされないままでいると、掲示板を見ている人たちは、その問題が質問者にとってまだ解決されないものとして、質問者のためにわざわざ調べを進めていたりする。何故なら、そうした質問は、技術者としてとても気にかかるからだ。

 中には、「別の掲示板で回答が得られましたので、この質問スレッドは終了させていただきます」という書き込みだけをして去って行く人もいる。しかし、単に「解決しました」というだけの情報では、その掲示板の書き込みを読んだ人の技術として蓄積されて行くものが何もない。詳しく調べて答えようとしていたのに、その努力が実らない可能性があるのだ。だから、別の掲示板で解決したのなら、掲示板を見ている人たちのために、どのような経緯で解決に至ったのかを、解決した掲示板のリンクを貼るなどして知らせて欲しいと、技術系の掲示板を管理している人たちは願っているようだ。

 なるほど、言われてみれば確かにその通りである。実は、技術職の人たちに宿る技術者魂というものは、そういうところにある。トラブルがあったなら、その原因を徹底的に知りたい。一度乗りかかった船には乗ってしまいたい。そうした探究心がなければ、コンピュータ業界の仕事はつとまらないのである。だから、問いかけをしておいて、「別の掲示板で解決したのでこのスレッドは終了させていただきます」という一方的な書き込みに対し、掲示板を読んでいた人たちは、いきなり外に放り出されて宙ぶらりんになってしまったような感覚を覚えてしまうようである。

 技術者魂の話ではなく、もっと身近な話に例えてみよう。あなたの手元にコンサートのチケットが余っていたとする。あなたは、思いつく限りの友人に、
「コンサートのチケットが余っているので、誰か欲しい人がいたら紹介してね」
と言っておく。あなたの友人たちは、メールや電話という通信手段を駆使して、コンサートのチケットを欲しがっている人を探す。そうしているうちに、友人の一人が、コンサートのチケットを欲しがっている人を見つけてくれたとしよう。チケットは、無事に欲しがっている人の手に渡った。しかし、あなたがしなければならないのは、チケットを買ってくれる人を探してくれた友人にお礼を言うだけでなく、チケットを欲しい人がいたら教えてと声を掛けたすべての友人たちに、
「コンサートのチケットはもう買い手が付きました。ありがとう」
という連絡をすることである。それを怠ってしまったら、あなたの友人たちは、既に買い手が付いてしまっているコンサートのチケットを延々と探し続けてしまうことになる。これに技術者魂のエッセンスを加えるとなると、ちょっと難しい。かなり強引に関連付けるとするならば、チケットを買ってくれた人から、コンサートの感想を聞くところまで求めていることになるのかもしれない。

 この記事で何が言いたかったかと言うと、問題が解決したときの「後処理」の大切さである。情報化時代と言われている昨今、情報を広めるための効果的な方法がいくつも存在しているために、一度に広範囲に渡って問いかけることができる。しかし、その問いかけをクローズすることを怠ったり、話がよそで繋がっているのに非公開になってしまう場合が多いのではないかということである。

参考URL:マルチポスト

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような話は、何も技術者魂と結びつく内容でなくても、もっと身近なところであちこちに転がっているように思います。例えば、私がいつも意識しているのが、掲示板に書き込んでくださったコメントのお返事を、「ガンまる日記」に書かせていただくときです。「ガンまる日記」に書かせていただいても、掲示板として、話が繋がって行くように、「ガンまる日記」の記事をあとから貼り付けるようにしています。これは、話の繋がりを意識してのことだったのです。

ただ、こうした価値観は、掲示板の管理者であったり、また、掲示板にいつも目を通してくださっている方たち特有のものかもしれません。初めて訪問された方や、とにかく急ぎで何かを知りたいという場合は、その方なりの事情があるのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.11

地球を大切に

 携帯電話が壊れた。あるとき、電池を取り替えようと、切れてしまった電池を本体から取り外して、持っていた予備の電池をセットしたところ、携帯電話の立ち上がりがやけに遅かった。
「あれ? 何だか様子がおかしいぞ」
そう思いながら、ガンモに電話を掛けようとしてリダイヤルボタンを押すと、ガンモの名前が表示されていないことに気が付いた。
「一体何が起こっているの?」
と不安になった私であるが、何気なしに電話帳のページを開いてみて更に驚いた。「該当データがありません」と表示されているではないか。

 「電話帳のデータが一件もない?」
私はとにかく焦った。慌てて発信履歴と着信履歴を確認してみたが、そこに表示されているのは相手の電話番号ばかりで、電話番号に対応する登録名がどこにも存在しなかったのだ。携帯電話をNTT DoCoMoに変えてから十年。機種変更のときも問題なくデータ移行し続けて来た貴重な電話帳のデータが、きれいさっぱり消えてしまったのである。

 友人たちの電話帳データは、過去にメールでもらったり、アナログの文書でもらったりしていたはずだったが、私はそれらの情報を別の形でまとめて保存してはいなかった。すなわち、私にとっては、携帯電話の電話帳に入っているデータがすべてだったのである。

 私は、発信履歴や着信履歴を元に、一部のデータを復活させようと、認識可能な限りのデータを入力して新たな電話帳を作った。しかし、そのデータは、携帯電話の電源を落とすと再び消えてしまうことがわかってしまった。どうやら、単にデータを消失してしまっただけではなく、携帯電話が壊れてしまったようである。どうしよう。このままで、もうしばらく使い続けようか。いや、やはり、電話帳がないと困ってしまう。そこで私は、職場近くのDoCoMoショップに足を運んだのだった。

 今の携帯電話は、購入してから既に二年以上経過している。ということは、機種変更の対象範囲内にいるはずだ。いっそのこと、機種変更の手続きをしてしまおうかと私は思った。しかし、先日、新しい洗濯機を購入してしまい、物を大事にすることの大切さを痛切したばかりではなかったか。それならば、機種変更してこの携帯電話機の寿命を縮めてしまうよりも、修理に出してまた使おう。そう思ったのだ。

 カウンターで事情を話すと、修理も受け付けてくれるとのことだった。修理には二週間くらいかかるので、その間、別の携帯電話をお貸ししますと言ってくれた。そんなありがたいサービスがあったとは知らなかった。私は、携帯電話を修理に出してしまうと、その間、携帯電話を使用することができなくなるので、不便を感じてしまうだろうと思っていたのだ。代わりの携帯電話を貸し出してもらえるなんて、まるで車が故障したときの代車のようだ。

 DoCoMoショップのカウンターの女性の話によると、修理に出すと、携帯電話の本体メモリが初期化されてしまうのだそうだ。そのため、私はもう一度、発信履歴と着信履歴を念入りに確認し、表示されている電話番号のうち、認識できるものを書き写した。それから、メールの受信箱、送信箱の中身をメモリスティックに移動させた。メモリスティックと電池と電池カバーは、私が預かることになった。

 事務的な手続きが終わり、DoCoMoショップのカウンターの女性が私に貸し出してくれたのは、私が持っているのと同じくらい古い、二年ほど前の別の機種だった。なるほど、最新機種を貸し出さないところを見ると、DoCoMoショップでも、地球を大切にしているのだと思った。DoCoMoショップとしては、古い携帯電話を修理して使ってもらうよりも、顧客がどんどん新しい機種に心を奪われてくれたほうが、売り上げが伸びるはずだ。それなのに、貸し出す機種が新しい機種ではなく、古い機種だったことに、私は地球に対する優しさを感じたのだった。

 代車ならぬ代携帯電話を借りてすぐに、私はガンモに電話を掛けた。
「携帯電話を修理に出したよ。何と、代わりの携帯電話を貸し出してくれるんだよ」
と言うと、ガンモは、私が機種変更しなかったことに感心し、
「回転ベルトが壊れてるだけなんじゃないの?」
と言った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アナログとデジタル。どのような形でデータを保存しておくかについて、いつも悩みますね。デジタルは、コピーもデータ移行も容易ですが、バックアップを取っておかなければ、今回のように、消失してしまうのはあっという間です。アナログは、書いている紙をなくしてしまわない限り、ずっと残りますが、そのデータを元に、携帯電話に一つ一つ再入力するのが面倒です。おそらく、両方のバックアップ体制を整えておくことが必要なんでしょうね。ということで、私に携帯電話の番号を教えてくださっている皆さん、この度はデータを消失してしまい、ごめんなさい。m(__)m 過去のメールなどを元に、また登録しなおしたいと思います。今、お借りしている代携帯電話に登録しておけば、データ移行は簡単だそうです。トホホであります。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.10

良薬口に苦し

 三ヶ月ほど前から、我が家の主食を白米から玄米に切り替えた。横森理香さんの愛しの筋腫ちゃんを読ませていただいたことをきっかけに、玄米食に興味を持ち始めたものの、実践するまでに実に二年近くかかってしまった。あるとき、「食生活を改善するために、まずは玄米食から始めてみよう!」と固く決心し、しばらくの間、スーパーで売られている小さな袋に小分けされた玄米を買って食べていた。その玄米が比較的食べ易かったので、ネットオークションで思い切って三十キログラムの玄米を石抜きのみ指定で落札したのである。

 ネットオークションで購入した玄米を初めて炊飯器で炊いたとき、ガンモが私にこう言った。
「かなりワイルドな玄米です」
ところどころに籾がくっついているかと思われるほど自然体の玄米は、まさしくワイルドという表現がぴったりだった。炊き上がった玄米は、とてもパサパサしていて、白米のような粘着力がなかった。そんなワイルドな玄米を、私たちは白米も混ぜずに玄米百パーセントのままで、身体にいいからと自分に言い聞かせ、もりもり食べていたのだった。

 ところが、最近になって、玄米をそれほどおいしいとは思わなくなってしまった。ガンモからも、
「玄米、おいしくない。白米が食べたい」
という強い要望が上がっていた。そして、仕事帰りにガンモと待ち合わせをする度に、家に帰っておいしくない玄米を食べるよりも、どこかでおいしいものを食べて帰ろうとする傾向が強くなってしまった。せっかく自分たちの健康を考えて玄米食に切り替えたというのに、まるで玄米から逃げるような生活を始めてしまったのである。

 やがて私たちは、炊飯器に玄米を残すようになり、炊飯器に残った玄米をベランダにやって来る鳩に与えるようになって行った。最初のうち、鳩は喜んで玄米を食べていたが、次第に飽きて来たのか、炊飯器に残った玄米を餌皿に盛っても、餌皿に寄り付かなくなってしまった。市販の鳩の餌を盛ってやると、盛った直後に寄って来て、あれよあれよという間に食べ尽くしてしまうというのに、炊いた玄米には見向きもしなくなってしまったのである。

 私たちは、炊いた玄米が駄目ならと、炊かない米粒のままの玄米を鳩に与えるようになった。こちらは、炊いた玄米よりも食べ易いのか、鳩も良く食べていた。しかし、またしても飽きて来たのか、次第に玄米を残すようになってしまったのだ。私たちは考えた末に、市販の鳩の餌を玄米の上にトッピングして与えるようになった。すると、鳩は、トッピングされた市販の鳩の餌だけをきれいにつついて食べるようになった。それでも、しばらく時間が経つと餌皿が空っぽになっているので、いやいやながらも、おなかが空いたときにつついて食べているのだと思う。もしくは、鳩は食べないが、雀がやって来て食べているのかもしれない。

 ガンモは、
「鳩も食わぬ玄米です」
と言った。ガンモからも、鳩からも、玄米苦手ムードが強く漂い、私自身も玄米をおいしいとは思えなくなってしまった今、次第に百パーセントの玄米食を維持して行くことは難しいと感じ始めていた。しかし、一度に三十キロも買ってしまった玄米は、まだまだ十キロ余りしか食べておらず、あと二十キロ弱の玄米が我が家に残っていた。

 本来ならば、玄米を炊くには、数時間程度、玄米をお水に浸してから炊くのがお作法となっているようだ。しかし私は、忙しさにかまけて、そのプロセスを省略していたのだった。

 私はどうも、この手の下準備プロセスが大変苦手なようである。薬を飲むにしても、食後に飲む薬は忘れずに飲むことができるが、食前に薬を飲むのはとても苦手だ。つまり、食べるという行為に対し、計画的に働きかけることができず、いきなりお腹が空いて食べたいと思ってしまうタイプなのだと思う。だから、おなかが空く何時間も前からじっくりと時間をかけて食事の準備を整えることなど、私には到底できないことなのだ。食事の三十分前に服用する漢方薬でさえ、準備がままならないのだから。

 考えた挙句、私たちは玄米と白米をブレンドすることにした。白米と玄米を別々に洗い、同じお釜で一緒に炊くことにしたのだ。二人でそう決めたあと、ガンモと一緒に白米を買いに行った。まだこの方法でお米を炊いてはいないのだが、白米争奪戦にならないように、玄米をおいしく食べることができたらいいのに、と思っている。

 良薬口に苦しと言うが、身体に良いと言われているものは、味覚を追求するものではないようだ。こんなことになるくらいなら、普段からもっと食生活に気をつけておくべきだったと、今更ながらに後悔している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 玄米は、確かにデトックス効果が高く、お通じも盛んです。私たちが食べているのが、あまりにもワイルドな玄米だからかもしれませんが、手を抜いてしまうと、あまり食が進みません。これから、白米と混ぜ合わせることで、快適な玄米生活を送ることができるといいのですが・・・・・・。玄米食を実践されている方は、ご飯を炊くときは、百パーセント玄米なのでしょうか。以前、てんちゃんから「ゆるゆるのほうがいいよ」とアドバイスをいただいたのに、玄米百パーセントで突っ走ってしまい、このような結果になってしまいました。(苦笑)玄米をおいしく食べる方法があったら、教えてくださいませ。

ところで、先日の講演会で知ることになったフローエッセンスというカナダ産の薬草茶を飲み始めました。こちらもやはり食前三十分前に飲むものなので、何度も失敗しています。(苦笑)フローエッセンスに関しては、こちらをご覧ください。ただし、少々お値段が高いので、購入されるなら、送料は少々高くなりますが、こるこるドットコムのほうがお買い得かと思います。私もこちらでフローエッセンスの液体タイプと粉末タイプを購入しました。登録するだけで無料会員になることができ、会員になると割引が適用されるようです。日本語のサイトですが、実際はアメリカからの個人輸入になるので、日本で売られているフローエッセンス+(プラス)とは若干成分が違います。しかし、もともとフローエッセンス+(プラス)のほうが日本人向けに開発された商品ということなので、個人輸入するフローエッセンスのほうがオリジナルということになります。液体のフローエッセンスは、一回六十ミリリットルを同じ量の温かいミネラルウォーターで割って飲みます。味は、草の味です。(苦笑)しかし、かなりのデトックス効果があるとのことです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.09

ソウルメイトの床屋さん

 私が「ガンまる日記」を書いていると、ガンモはときどき私のパソコンをぞき込み、
「今日は何のネタを書いているの?」
と聞いて来る。
「洗濯機のことだよ」
と私が答えると、
「ああ、新しい嫁さんの話ね」
とガンモは言った。

 夜になって、私たちは一緒にお風呂に入り、およそ二ヶ月ぶりにサービス満点の床屋さんをした。確か、以前、サービス満点の床屋さんをしたのは、ハワイに出掛ける前のことだったように思う。お風呂の中でどのような会話が展開されたかをここで披露させていただくことにしよう。

まるみ「いらっしゃいませ。ずいぶんお久しぶりですね」
ガンモ「そうですね。あれからハワイに行って来よんですよ」
まるみ「へえー、どなたと行かれたんですか?」
ガンモ「あはは。妻とです。来月、北京にも行くんです」
まるみ「あらら、旅行がお好きなんですねえ。しかし、その時期の北京はずいぶん寒いんでしょう。大丈夫ですか? 風邪引いたりしないですか?」
ガンモ「風邪薬を持って行きます」
まるみ「北京との時差はどれくらいなんですかね?」
ガンモ「一時間らしいですよ」
まるみ「なるほど。じゃあ、大丈夫ですね。お客さん、それにしても伸びてますねえ」

 こんなやりとりをしながら、私はすっかり伸び放題になっていたガンモの髪の毛をハサミでジョキジョキカットした。ひととおりカットし終わると、最後は子供向けの電動カッターで首の後ろをきれいに仕上げた。するとガンモは、さっぱりとした青年に生まれ変わるのだ。私は、髪の毛を切ったばかりのガンモがかわいらしくて大好きだ。

 お風呂から上がると、私はガンモに、
「次は床屋さんの話を書くよ」
と言った。そのあと、
「そう言えば」
とガンモに話を持ちかけた。
「『ガンまる日記』のアクセス解析のログを見ていると、『ソウル 床屋』っていうキーワードでサービス満点の床屋さんの記事にアクセスされている方がやたらと多いんだよねえ」
「えっ? 何で?」
「多分、ソウルメイトのソウルと、床屋というキーワードで引っかかるんだと思うけど、何でだろう。ソウルに特別な床屋さんでもあるのかな」
「じゃあ、実際にその検索キーワードで検索してみればいいじゃん」

 ガンモの提案に従って、私は「ソウル 床屋」というキーワードでGoogleを検索してみた。すると、確かにサービス満点の床屋さんの記事が検索結果の一ページ目に表示されていることがわかった。更に、検索結果の中からソウルの床屋事情を探ってみると、どうやらソウルには、風俗とセットになった床屋さんが存在するらしいことがわかった。なるほど、そうした情報を取得したい人たちが、検索エンジンに「ソウル 床屋」というキーワードを入力して検索しているのだ。

 ソウルにこのような床屋の事情があったとは驚きだった。驚きと同時に、私はとてもがっかりしてしまった。風俗に対する私の考え方については、以前、風俗のチラシに思うという記事に綴った通りである。風俗のオプションの付いた床屋を利用する人たちは、一方的に排泄するだけで、床屋の女性から何も受け取らなくてもいい人たちなのだろうか。

 今回、この記事の中に「ソウル 床屋」というキーワードを埋め込んだので、いずれこの記事も「ソウル 床屋」の検索結果のページに表示されることと思う。「ソウルの床屋」を検索する人たちが、愛情たっぷりの「ソウルメイトの床屋」を知ってくれたら、私はとてもうれしい。男女が心と心を通い合わせて、双方向の関係を築きながら関わって行くことの素晴らしさを、少しでもここで伝えることができたら本望なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「ソウル 床屋」で検索された方は、この記事を最後まで読んでくださらないかもしれません。それでも、書いてみました。風俗の存在に関しては、賛否両論あろうかと思います。私には、風俗というものは、お金の存在と密接な関係を持っているように思えてなりません。世の中からお金がなくなれば、誰も風俗では働きたいとは思わないのではないでしょうか。ただ、風俗が存在するというプロセスを経て、学ぶべきことも多いからこそ存在しているのかもしれませんね。そう考えると、風俗もまた、愛の尊さを教えてくれる存在の一つなのですよね。

ところで、先日、変更したばかりのカウンタは、Firefoxなどのブラウザでは、Todayカウンタのみ表示されているようです。申し訳ありません。m(__)m

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.08

使い捨ての時代

 先日から、新しい洗濯機の話題が続いている。

 お昼ごはんを食べ終わると、
「ようし、これから新しい洗濯機を設置しよう」
とガンモが私に提案して来た。ガンモは、古い洗濯機が置かれていた場所を掃除機と雑巾を使って丁寧に掃除し始めた。長い間、洗濯機を置きっぱなしにしていたので、そこにはひどく埃が溜まっていた。私は、ガンモが掃除している間に、新しい洗濯機の梱包を解き、新しい洗濯機を室内に運び込めるように、玄関の荷物をいったん別の場所に移動させた。それから私は、新しい洗濯機が梱包されていた大きなダンボール類を折り畳み、マンション指定のダンボール置き場に捨てに行った。

 部屋に戻ってみると、ガンモの掃除も終わっていたので、私たちは二人で力を合わせて新しい洗濯機を「せーの」で抱え込み、えっさえっさと室内に運んだ。新しい洗濯機は、以前よりも少し縦幅が大きくなったために、配置に少々手間取ってしまったものの、何とか所定の位置に収まった。私は、新しい洗濯機に水準器が付いているのを珍しそうに眺めていた。この水準器のおかげで、洗濯機が床に対して傾いていないかどうかがわかるのである。ガンモが言うには、水準器は古い洗濯機にも付いていたと言う。十年も使っていたのに、そのことに気が付かなかったとはお恥ずかしい限りだ。

 ガンモは更に、水道の蛇口とホースと洗濯機をしっかりと接続した。それから、お風呂の残り湯を使えるように、残り湯を吸い上げるホースも繋いた。そして、最後に排水溝をれいに洗い、排水用のホースを固定させた。これで設定完了である。

 まるで儀式のように、
「では、スイッチを入れます」
とガンモが言った。ガンモが電源スィッチを押すと、洗濯機本体のランプが点灯した。ガンモは新しい洗濯機に向かって、
「はじめまして。洗濯担当のガンモと申します。末永くよろしくお願いします」
と言った。

 ガンモは、マニュアルを読みながら、新しい洗濯機の機能を確認し、
「今夜は初夜だから」
と言った。今夜、お風呂に入ったあとに、残り湯を使って新しい洗濯機を使う予定なのである。洗濯担当のガンモは、すっかり新しいお嫁さんをもらった気分でいるようだ。果たして、新しいお嫁さんの今後の働きぶりはどうなのだろう。

 そう言えば、新しい洗濯機を室内に運び込むとき、ガンモが
「軽いなあ」
と言った。ガンモ曰く、古い洗濯機はもっと重かったらしい。なるほど、新しいお嫁さんは軽いのか、と私は思った。カメラもそうだが、新しい製品が出る度に、どんどん軽くなっている。今のプラスチック製のカメラと違って、以前のカメラは金属製なので、とても重かった。もちろん、金属で創られていた時代に比べれば、本体は軽くなっても、技術の進歩により、機能は確実に増えている。しかし、それなのに、人々は一台のカメラを長く使おうとはしない。私も去年まで、数年間ずっと同じデジタルカメラを愛用し続けていたが、何年経っても同じデジタルカメラを首からぶら下げているので、カメラ仲間たちに珍しがられていた。今の時代は、低価格で次々に新しい機種が発売になる上に、入って来る情報量も多いので、すぐに新製品を買いたくなってしまうようだ。パソコンも、わずか二、三年で古くなってしまう。これでは、ものを大事にできない。

 ところで、価格の比較をすると、新しい洗濯機よりも、十年前に購入した古い洗濯機のほうが、価格が高かったように思う。パソコンも含め、家電製品のほとんどは、十年前よりも安くなっている。それだけ物が大量に出回り、少しでも動かなくなったら使い捨てされてしまう時代になったとも言える。それが災いしたのか、ゴミ問題を抱えている。また、価格が安くなった分、明らかに省略されてしまった機能もあるようだ。例えば、新しい洗濯機には、残り湯を使うホースを差し込むところに付いていたはずのフィルタがなくなっているそうだ。古い洗濯機にはそのフィルタが付いていて、お風呂の残り湯をよりきれいな状態で使えるようになっていたらしい。

 景気の低迷と技術の進歩と大量生産とゴミ問題。これらは密接な繋がりを持っている。経済を発展させるためには、できるだけ多くのものを生産し、流通させることが必要だった。しかし、それはやがて使い捨ての時代を呼び起こし、人々はものを大切にすることができなくなり、同時にゴミ問題も持ち上った。多くの商品が流通するわけではないが、人々がものを大事にしていた時代と、今の使い捨ての時代。一体、どちらが住み易い国と言えるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 少子化問題に加担している私が言うのも何ですが、これらの問題に少子化が加わっているのは、社会の規模をいったん小さくし、基盤を整え直してから拡大に向かえるチャンスなのかもしれませんね。(^^)

カウンタを新しくしてみました。本日の途中から導入したため、TodayとYesterdayは正しく表示されていませんが、明後日あたりから正しく表示されることと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.07

ドナドナ

 ガンモは突然、夜勤の仕事が入ってしまい、二十二時頃、出掛けて行った。夜中の三時頃には帰宅すると言っていたが、作業中にトラブルが発生したらしく、ガンモが帰宅したのは早朝六時頃だった。それなのに、また昼頃から仕事が入っているので出掛けて行くと言う。ガンモの仕事はお客さんの都合により、三連休など、世間が休みの間にシステムを停止させて行う作業が多いのだ。

 十時から十二時までの間に新しい洗濯機が届くことになっていたので、私はガンモにゆっくり睡眠を取ってもらうために、別の部屋で静かに待機していた。先日の電話工事のときにガンモが家の中を一生懸命片付けてくれたので、以前のような連携プレイの障害物競走をする必要もなくなっていた。

 十一時頃になって、ガンモは、
「寝られなかった」
と言いながらゴソゴソと起き出して来た。とても眠そうな顔をしている。しかし、ガンモはもうそろそろ起きて、出掛ける準備を始めなければならない時間らしい。ほとんど寝ていないのというに大丈夫なのだろうか。そんなことを思いながら、トイレに立ったガンモと抱き合っていると、インターホンがピンポーンと音を立てて鳴った。どうやら、新しい洗濯機がやって来たようだ。

 私は、インターホンに応答してマンションのエントランスのロックを解除したあと、玄関に出て、配達員が二人がかりで届けてくれた新しい洗濯機を受け取った。そして、十年間、愛用していた古い洗濯機を引き取ってもらった。私は配達員の方に、
「これは回転ベルトのゴムが伸びているだけなんです」
と言おうとして、その言葉を引っ込めた。配達員の方にそんなことを言っても困るだけじゃないか。この方は、ただ自分の仕事をこなしているだけなのだから。そう、自分に言い聞かせた。

 古い洗濯機は、新しい洗濯機が運ばれて来た台車の上に乗せられて、引かれて行った。洗濯機の後ろ姿を見送りながら、私は涙を流さずにはいられなかった。

 出発の準備をしていたガンモに、
「古い洗濯機を引き渡して来たよ。洗濯機の後ろ姿がね、何だか辛かったの」
と言うと、
「ドナドナだから」
とガンモが言った。そうだ、まさしくドナドナだ。そして、二人で古い洗濯機のことを思いながらドナドナを歌った。歌いながら、再び切なさが込み上げて来た。

 一方、ガンモは出掛ける前に、届いたばかりの新しい洗濯機の箱を確認した。そして、その箱を見ながら、
「新しい嫁さん?」
と私に言った。
「なあに言ってんの」
と私は言った。数日前に、ガンモから新しい洗濯機をヨ○バシカメラの通販サイトで注文したと聞いたとき、私が冗談交じりに
「お嫁さんも、古くなったら、ヨ○バシカメラの通販で買うの?」
と言ったことを覚えていたのだ。

 こうして、我が家に新しい洗濯機がやって来た。今度こそ、洗濯機の悲鳴をちゃんと聞いてあげられるように大切に使って行きたいものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、ドナドナについて調べていたら、大変興味深いページにたどり着きました。ドナドナのナゾというページです。こちらのサイトに書かれている内容によりますと、ドナドナの歌詞の中に綴られているのは、子牛との別れではなく、強制収容所に連れ去られて行く人間の妻と子供たちとの悲しい別れだとか。だから、元々の歌詞では、「子牛さえ」という訳になるのですね。もしもこれが真実だとすると、当時は言論の自由も認められず、子牛に例えて愛する家族との別れの辛さを表現するしかなかったのでしょう。それを思うととても切ないです。そのときの切なさを、古い洗濯機を失うときに知ることになろうとは・・・・・・。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.06

洗濯機

 洗濯機が壊れた。すすぎはするが、ほとんど脱水しなくなってしまった。脱水の終わった洗濯物を手に取り、洗面所でぎゅっと絞って水分を追い出してから干している。洗濯物を手で絞るなんて、もしかして、ここは旅先のホテルなのだろうかと錯覚してしまう。

 ガンモが、ヨ○バシカメラの通販サイトで新しい洗濯機を注文した。注文したその日まで、あるメーカーの洗濯機が特売されていたらしい。明日になると、通常の値段に戻ってしまうので、購入ボタンを押したらしい。

 私たちが結婚して十年間使い続けた洗濯機。私たちは地味婚だったので、おそらく、皆さんからいただいた結婚のお祝い金から買ったはずだ。ガンモは、
「もしかしたら、回転ベルトが駄目になってるだけなんじゃないのかなあ」
とつぶやいていた。そう言えば、以前、八ミリ映写機の具合がおかしくなってしまったとき、映写機に付いている回転ベルトを交換したら直ったことがある。回転ベルトのゴムが緩んでいたので、回転ベルトに使えそうなゴム買って来て、緩んだゴムと同じ幅に切り取って交換しただけだった。もしかすると、洗濯機も同じような症状なのではないかとガンモは思っていたらしい。洗濯機のメーカーのサイトでも、回転ベルトのゴムは千円程度で売られていると言う。しかし、それを確認するよりも前に新しい洗濯機を注文してしまったのだ。

 新しい洗濯機がやって来るので、ガンモは古い洗濯機を玄関まで運んだ。そのときに、洗濯機の回転ベルトを確認したらしい。やはり、伸びていたようだ。
「ああ、これを交換したら、多分、直ると思うんだけど」
とガンモはとても残念がっていた。日々の生活に追われ、洗濯機の悲鳴をちゃんと聞いてやれなかった。ちょっと周りを片付けて、洗濯機をひっくり返せば良かっただけなのに。新しい洗濯機は、この記事を書いている翌日、配達されることになっている。そのときに、古い洗濯機を引き取ってくれるとのことだった。今更、キャンセルはできない。

 回転ベルトのゴムが緩んでいるだけで処分されてしまうことになるであろう私たちの洗濯機。もしかすると、そんな洗濯機が、世の中にはたくさんあるのかもしれない。ただ単に、洗濯機のことを良く知らないだけなのに。私は、玄関に出された洗濯機をしげしげと眺め、別れを告げた。十年間、お世話になった洗濯機とのお別れは、思わず込み上げて来るものがあった。洗濯槽の周りにこびりついている汚れさえも、愛だった。

 せめて、この記事を読んでくださった方たちが、回転ベルトに注目して、これからの洗濯機を救ってくれますように、願いをこめて。私たちの洗濯機よ、十年間、本当にありがとう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、更新が遅くなり、申し訳ありません。他のブロガーさんたちのように、ランキングボタンを記事の中に埋め込ませていただくようになってからというもの、以前よりも時間を掛けて記事を書くようになりました。自分の中でGo! を出せるまで、内容と文章を練りに練るという状況が続いています。このような現象をどのように捉えて行くかですが、私としては、できる限り表現や言い回しを大切にした文章を書いて行きたいと思っていますので、そのための環境を自分で整えているとも言えると思います。おそらく、他のブロガーさんたちも、同じような気持ちで書いていらっしゃることと思います。ブログランキングは、決してお金がもらえるわけではないけれど、自分の書いた記事に対する手ごたえを直に感じることができるシステムだと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.05

直径十二センチの彼女の送別会

 直径十二センチの彼女は、九月いっぱいで、私のいる職場での勤務を終えた。彼女の最後の勤務の日、彼女はお世話になった人たち一人一人に丁寧にあいさつをして職場を去って行った。わずか九ヶ月の勤務だったというのに、何という丁寧な終わり方なのだろう。これまで、いろいろな事情で辞めて行く派遣社員たちを見送って来たが、簡単なあいさつだけで終わってしまう人が多かっただけに、彼女ような仕事の終え方はとても好感が持てたのだった。彼女の丁寧なあいさつは、「立つ鳥あとを濁さず」ということわざを思い出させてくれた。誰しも、自分から仕事を辞めると言い出したときは、後ろめたく感じているものだ。その後ろめたさに引きずられずに、最後まで丁寧にあいさつをした彼女にエールを送りたい。

 そんな彼女の送別会を開くために、一部の派遣仲間が三宮に集まった。私が働いているのは、神戸市のはずれにあるため、おしゃれなお店に行こうと思ったら、小一時間かけて三宮まで出掛けて行くことになる。お店が三宮であっても、私にとっては帰宅途中なので、まったく差し支えはないのだが、同じ職場に通っている多くの派遣社員たちは、職場のある地下鉄沿線に住んでいる。そのため、彼女たちと一緒に仕事帰りに三宮に出掛けて行くということは、彼女たちが住んでいる最寄駅を通過することになってしまうのだ。そんなこともあって、地下鉄沿線に住んでいる人からの提案でもなければ、三宮のお店が候補に挙がることは少ない。そして今回は、地下鉄沿線に住む人からの提案があって三宮のお店に決まった。

 以前も書いたように、派遣社員同士の人間関係がゴタゴタしていたこともあって、派遣社員全員には声を掛けず、一部の人たちだけで彼女を送別することになった。私は、オフィスという平べったい人間関係を築く場所では、特定の人と親しい関係を結ぶことに対し、気を遣ってしまうということを話した。私以外の人たちも、みんな同じ気持ちだったようだ。やはり、今回のように、誘わなかった人たちに対し、気を遣ってしまうらしい。これは、ホームページの管理人の気持ちと良く似ている。至るところに同じようなテーマが転がっているのは、私がまだこれに対する答えを見つけ出していないせいかもしれない。私は、公明正大でありたいという気持ちが先走ってしまい、オフィスで特定の人と親密な関係を結ぶことに対し、いつも躊躇しているのである。

 直径十二センチの彼女を囲んで、彼女が仕事で抱えていたストレスや、職場の人間関係の話をした。驚いたのは、そこに居たすべての人たちが、話の長い女性に対して、直径十二センチの彼女や私の思っていたこととまったく同じことを感じていたことだった。そして、すべての人たちが、これから先、話の長い女性とどのように接したらいいかで悩んでいた。

 ある派遣仲間が、
「彼女に最も近い人が彼女に教えてあげるべきであって、それは私の仕事じゃないと思う」
と言った。私は、
「ううん」
と頭を抱え込んだ。
「もしかすると」
と私は前置きしてから、
「彼女がいつまでも自分のことばかりしゃべり続けるのは、私たちが彼女にそれを許し続けているということなのかな?」
と言ってみた。確かにそうなのだ。こんなふうに、彼女のいないところで彼女の話をするのではなく、彼女に直接言えばいいのだ。しかし、私たちは全員、それができなかった。

 私は一人でこっそりと思考をめぐらせていたのだが、話の長い女性が本当に、そこに居たすべての人たちの鏡だとしたら、私たちは少しずつ、自分よりも弱い立場の人たちに向けて、話の長い女性と同じような態度を取っていることになる。しかし、集まった派遣仲間の中で最もエネルギッシュなのは私で、あとの人たちはとても大人しかったり、人の話に熱心に耳を傾けるタイプの人が多かった。ということは、全員の鏡ではないということになるのだろうか。おそらく、私にとっては、掲示板のコメントをなかなか返信できないでいることが別の形で現れたのだろうと思った。「受信」よりも「発信」のほうにエネルギーを注いでいるという意味で。しかし、他の人たちのことはわからない。もしかすると、私と同じような課題が隠されているのかもしれない。

 派遣仲間の一人から聞いた印象的な話を書いておこう。その派遣仲間と同じプロジェクトの人が、打ち合わせのときに、
「僕は仕事が遅いから、他の人たちのように、たくさんの仕事を一度にこなせない」
と言って、上司に対して切実に訴えたという話を聞いた。そのことを聞いた派遣仲間の一人が、
「その人の気持ち、とても良くわかる」
と言いながら、大きくうなずいた。そして、技術職というものは、ひとたび仕事が軌道に乗ると、仕事ができなかった頃の気持ちを忘れてしまいがちだという話になった。確かにその通りだと思った。しかし、私はその話を聞いたとき、不謹慎かもしれないが、そんな打ち合わせを少々うらやましく思ってしまったのだ。何故なら、私の参加しているプロジェクトは、そんなふうに、誰かが究極の感情を示すこともなく、淡々と仕事をしているからだ。もしかしたら、辛くても心の中にじっと感情を溜め込んで、怒りや悲しみの感情を抑え込みながら歯を食いしばって仕事をしているのかもしれない。しかし、そのような方法を取って、表面だけを取り繕うよりも、究極の感情をさらけ出すような打ち合わせに私も参加したいと思ってしまったのだ。

 今回の送別会には、一年ほど前に私が大喧嘩をした派遣仲間も参加していた。私は彼女に、
「そう言えば私たち、仕事中に大喧嘩したよねえ。派手に」
と言った。もちろん、彼女もそのことを覚えていた。現在は、彼女も私も、当時のしこりなど微塵も感じないくらいに会話している。何故、当時の感情を微塵も感じないのだろう。おそらく、あのときに、言いたいことを全部言って、怒りの感情を感じ切ったからだ。彼女と私は全速力で関わって、怒りを発散させたのだ。しかし、相手に感情をぶつけることができずに溜め込むと、どんどん利子がついて、もっと陰湿な関係に発展してしまうのではないだろうか。

 送別会は二十三時頃まで続き、時にはほっぺたが痛くなるくらいに笑った。今月いっぱいで、今回の送別会に参加した別の派遣仲間が今の職場での勤務を終える。そのときに、また同じメンバーで集まろうという約束をして、私たちは分かれた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私の中には、なかなか手放せないテーマがいくつもあるようで、いろいろとキャストや構成を変えては、また私のところに戻って来ます。次はどんなキャスティングで私を楽しませてくれるのやら。(苦笑)昔、携帯電話の電池を充電するのに、電池を一度使い切ってから充電したほうが長持ちするという時代がありましたが、人間関係もそれと似ているのかもしれませんね。やはり私は、それがプラスであっても、マイナスであっても、究極の感情を示し合うのが好きです。とにかく、そのことだけはわかりました。でも、究極の感情に転べないときが一番やっかいなのです。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.04

存在を愛する

 書くということについて、大前提としての大切なことを思い出させてくれた人がいる。それは、色眼鏡の記事に書いた「彼女」である。この頃の私は、とにかくもやもやしていて、もやもやに向き合うためにどうしても書かずにはいられなかった。書くことで自分の気持ちを少しでも前向きの状態にしておきたかったのである。わざわざ日記に書かなくても、というご意見もいただいたのだが、そもそも私の中に存在している意識として、ホームページを通じて交流して来た方たちとは、できる限りオープンな交流をしたいという想いがある。水面下で交流すると、何となく他の人たちに秘密を作ってしまっているような後ろめたい気持ちになってしまうのだ。これは、ホームページの管理人が抱く特有の想いかもしれない。もちろん、それ以外にもいろいろな想いが私の中で渦巻いていたのだが、それについては、現在、掲示板に書き込んでくださっているコメントに返信させていただくときに書かせていただくことにしよう。とにかく、できる限りオープンでありたいという想いがベースにあるために、電子メールで個別にやりとりするよりも、想いをシェアできる掲示板での交流を展開できないかと思っていたのだ。そのためのきっかけ作りとして、記事に書かせていただいたという次第である。しかし、今回は、前回の記事を撤回させていただく意味で、彼女の素晴らしさを伝えるために書かせて欲しい。

 さて、その後、彼女と私は何通かのメールを交わした。メールでのやりとりを始めた頃は、お互いに、相手に対する誤解があった。その誤解のために、お互いの本質がぼやけて良く見えていない状態だった。ウィークディに入り、私も仕事が忙しくなってしまったので、「返事が遅くなるけど、待っててね」という内容のメールと一部の返信を書いて送信した。すると、しばらくして、彼女からメールが届いた。その内容は、「言葉にとらわれるよりも、お互いの存在を愛そうよ」というものだった。そのメールの中には、彼女が実際に体験した、「存在を愛する」経験について綴られていた。

 私はそのメールを読んだとき、「うわあ! やられたア!」と思った。言葉にとらわれすぎて、そう、あまりにも彼女の言葉を追いかけ過ぎて、私は彼女自身に追いつくことができていなかった。彼女は、私からのメールを何度も読み返し、読む度に違う私がいるのを感じてくれたらしい。確かに私もそうだった。私は、彼女の言葉の中にあるいくつもの矛盾に翻弄されて、彼女自身を見失ってしまっていたのだ。

 彼女がそのメールをくれなかったら、私は今でも彼女の言葉を一心に追いかけていたかもしれない。色眼鏡の魔のループから先に抜け出したのは彼女だった。私は、「一体この感動を誰に伝えたらいいんだ!」と思いながら、またしても一人で悶々としていた。私の場合、それがプラスであってもマイナスであっても、感情が大きく揺れ動いたときに書きたくなるようだ。

 彼女がメールの中で使った存在を愛するということは、魂を感じるということに等しいと思う。○○だから好き、□□だから嫌いというふうに、好き嫌いに理由をつけるのではなく、ただ相手の生きている姿に感動することだ。そのひたむきな生き方に感動することだ。

 かつて私は、ちんちんかもかもという記事の中で、こんなことを書いた。

 先日、私は父ちゃんとじっくり見つめ合う機会があった。彼らは、私たちがベランダに面した寝室の窓から外をのぞいている間も、逃げることなく、ベランダでくつろいでいる。餌が欲しいときは、私たちの直前まで飛んで来て止まることもある。父ちゃんと見つめ合ったときは、餌を欲しがっているタイミングではなかったのだが、私が見つめると、父ちゃんも、じっと私の目を見つめていた。そのとき私は、魂を持った存在としての鳩を感じ、その愛しさに涙が出て来た。人間だけでなく、彼らも生命を持って、この世界で一生懸命生きている。彼らの魂を感じた瞬間、そのひたむきな生き方に感動せずにはいられなかった。

 そうだ、このときの感動と同じだ。魂として、存在としてあることの愛しさ。私も彼女のひたむきな生き方を知っている。そして、私も彼女の存在を愛していることを思い出したのだ。最初から、彼女の存在を愛して交流が始まったはずなのに、いつの間にか、○○をわかってもらえないからいやだとか、好き嫌いに理由をつけるようになってしまっていた。そのために、お互いの魂の部分からどんどん遠ざかってしまったのだ。

 私は、彼女が魔のループを断ち切ってくれた勇気をここでたたえたい。繰り返しのループから抜け出すということは、本当に勇気がいることである。魔のループを自ら断ち切ってくれて、存在を愛することの大切さを私に示してくれた彼女の深い愛にとても感謝している。本当にありがとう。

 そんな感動に浸っていたら、インターネットでツインソウルの息子さんの画像を見つけた。私は、彼の存在がとてつもなくうれしかった。その写真から、彼の何気ない表情の中に宿るやわらかな魂を感じ取った。これまで、両親に許容されながら、大切に育てられて来たことを感じさせてくれる尊い魂だった。なるほど、子供を持つということはこういうことだったのか。男女の愛が弾けて生まれた魂としての存在。このような形で子供を持つことの素晴らしさを示してくれるとは、ツインソウルの存在もまた偉大だと感じた。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「存在を愛する」ということは、魂を感じながら、しかるべき入口からその人の中に入ることではないでしょうか。入口を見つけられなければ、裏口から入ったり、また、二階から入ったりと、相手が無防備にしている場所から攻めてしまい、ますます本質からかけ離れた交流になってしまうような気がします。魂を感じ、しかるべき入口を見つけること。これはとても大切なことだと痛感しました。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.03

半二重と全二重

 先日より、「書く」ということについて、ポジティヴな方面からも、ネガティヴな方面からも考察を続けている。

 まず、私は何故、書いているのか。それは、書きたいからだ。では、何故、書きたいのか。それは、嗜好によるものだから、それ以上のことは答えられない。おそらく、理由があって好きなわけではない。昔、「何故、山に登るのか?」という問いかけに対し、「何故なら、そこに山があるからだ」と答えた人がいた。若い頃に何気なく耳にしていたこの問答だが、私自身の書きたいという情熱に置き換えてみると、「何故なら、そこに山があるからだ」という言葉の持つ本当の意味は、「何故なら、山の存在そのものが、私を無性に掻き立てるからだ」であることがわかる。

 ガンモと出会った頃、私たちはパソコン通信の電子掲示板に、たくさんのコメントを書き込みながら交流することに大きな喜びを見出していた。しかし、交流方法がネットからリアルに移行するにつれて、私たちは次第に書くことから遠ざかって行った。確かに、夫婦になって、毎日顔を突き合わせているというのに、まるで筆談でもするかのように、時間差の生じる「書く」という表現方法でやりとりするのもおかしい。相手が目の前にいるのに、言いたいことを書いていると、相手の時間にどんどん追いつかなくなってしまう。下手をすると、三日遅れのガンモに話し掛けるようなことにもなりかねない。そう考えると、バーチャルの対比として使われているリアルは、リアルタイムのリアルでもあったのかもしれない。

 通信の世界では、トランシーバのように、「はい、こちら○○です。応答願います、どうぞ!」と相手に呼びかけてから相手の応答を待つような通信を、半二重と呼んでいる。半二重は、通信回線が一本しかないので、呼びかけている側が通信回線を占有していると、回線はビジーになり、相手からの応答は受信できない。トランシーバでは、自分が話をするときに通話ボタンを押すようになっていたと思う。それは、これから自分が通信回線を占有するという宣言でもある。つまり、半二重は、送信と受信を同時に行うことのできないモードなのである。インターネットの掲示板や電子メールなどの「書く」という行為を介して行われるほとんどのやりとりは、相手の応答を待ってから書き込みをするので、半二重に相当すると思う。

 これに対し、全二重という通信方法がある。全二重は、通信回線が二本用意されているために、例え相手が話をしているときであっても、もう一方も口を開くことができる。つまり、送信と受信が同時に可能なのである。しかし、そうなると、二人が同時に口を開いてしまい、聞き手のいない会話に発展してしまうこともある。だから、必ずしも全二重のやりとりが半二重よりも進化しているとは言い切れない。通信回線が増えて、送受信できる情報量が増える分、オーバーフローを引き起こし、送信と受信のバランスが崩れてしまうことにもなりかねないからだ。

 ところで、私は、リアルの友人からメールをもらうと、長い時間をかけて返事を書くよりも、直接会って話をしたほうが早いと思ってしまうことがある。たくさん書けば書くほど時間差を生じさせてしまうので、書くことによるコミュニケーションは、毎日顔を合わせるようなリアルの交流には向かない。

 しかし、たくさん書くことによって時間差が生じてしまうことが欠点だとしたら、書くことの魅力は、時間をかけてじっくりと相手に向き合うことができるということかもしれない。緊急を要する内容でなければ、書くことによるコミュニケーションは最高に楽しい。私は少し前に、何日も何日もかけて、数百行にも及ぶ掲示板のコメントを書かせていただいた。このときの達成感と言ったらない。何もそんなに長いコメントを書かなくてもいいと思うのだが、書くことが楽しくてたまらない私は、これを受けてくださる方は大変だなあと思いながらも、ついつい書いてしまったのである。それも、心から楽しみながら。

 たいていの掲示板は、数百行にも及ぶコメントの入力を受け付けない設定になっていることだろう。しかし私は、自分の掲示板には思い切り長いコメントを書き込みできるような設定にしている。何故かと言うと、言葉がどんどんこぼれて行ってしまうことが悲しくてならないからだ。そのあたりのことは、以前もここに書かせていただいたので、割愛させていただくとして、思っていることを書くということは、お互いの交流の記録を残して行くことでもある。記録を取っておくと、時間を巻き戻して過去を振り返ることが可能になる。ある時期には理解できなかったことが、あとになってから理解できるようになるかもしれない。学校の授業をノートに取って、家に帰ってから復習するのも、理解を一層深めるための工夫だろう。私は昔から、掲示板の過去ログを読むのが大好きで、掲示板に書き込んでくださったすべての内容を保存し、時間のあるときに読み返しては感慨に耽っている。家の中のものをなかなか捨てられないのと同じように、皆さんが時間をかけて一生懸命書いてくださったコメントを捨てる気にはなれないのである。

 ただ、書くことに重点を置いていると、時間の進み方がスローになってしまうことは確かだ。私はそのために、時間の感覚が狂ってしまっているのかもしれない。時には掲示板の返信を数ヶ月遅れで書かせていただいたりもする。多少、言葉を取りこぼしながらでも、何とか先に進もうとする姿勢と、数ヶ月も経ってから、じっくりとコメントに返信が書き込まれるのとでは、どちらが好まれるのだろうか。人それぞれかもしれないが、私は、時間をかけてじっくりとコメントを書きたいタイプだ。言葉がどんどんこぼれて行ってしまうことがもったいと思うばっかりに、中途半端なことを書けないのである。数週間前から、私の掲示板に信号機の色をした亀が棲んでいるのは、そんなスローな私の状況を反映しているのかもしれない。そんな亀の存在に、いち早く気づいてくださった方たちもいて、スローな私を気遣って、独り言モードでコメントを書いてくださったりしている。いつもあたたかいお心遣いをどうもありがとう。亀がなかなか緑色に変わらなくてごめんなさい。m(__)m

 そうそう、私が魂を込めて文章を書くときは、身体がふわっと軽くなる。魂が文章の中に入って行くので、魂の抜けた分、身体がふわっと軽くなってしまうのだろうか。しかし、軽くなるのは一時的なもので、しばらくすると重みがまた戻って来る。だから、文章の書き過ぎによって死に至ることはないだろう。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 書くということは、スピードの面ではリアルタイムに負けますが、理解を深めるために記録を振り返ることができます。ビジネスの世界で、文書のやりとりが多いのは、記録を残すためでもあるのでしょうね。ただ、書かれたものは、それを書いた人の、ある時期における真実でしかありません。過去に書かれたものに対し、「あのときあんなことを書いていたのに」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、極端な話、例えば私がこれを書いた瞬間から、もう変化が起こっているとも言えます。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.02

下積み

 文章を書くのが好きだなどと公言したからかどうかはわからないが、別のブログに以下のようなコメントをいただいた。

はじめまして
ブロガースカウトの○○と申します。

文章力のあるブログを捜していましたところ、あなたのサイトが目に留まりました。

唐突ですが、私どもの商品をあなたのブログで宣伝してもらえないでしょうか。

もしよろしければ、私達のサイトをご覧になってくださいませ。

 多くのブログは、新しいコメントが書き込まれると、メールで通知されるようになっている。そのブログも、そうした設定になっていたのだが、メールではコメントの一部しか流れて来ないため、冒頭の部分だけをメールで先に読んで、果たしてこれはスカウトなのだろうかとドキドキしていた。しかし、ブログの管理画面にアクセスしてみると、何のことはない、上記のような宣伝の書き込みだった。

 このコメントに貼り付けられていたURLを参照してみると、自分のブログに広告の記事を一つ書くと、二百円から三千円の報酬を受け取ることができると書かれていた。なるほど、そういうシステムだったのか。そう言えば、自分のブログに、自分の書きたいこととは別に、商品の広告の記事をビシバシ掲載されている人がいる。ブログの普及を利用して、いつの間にか、このようなシステムが誕生したのだろう。

 お金をもらって仕事をするとき、例えそれが自分の好きな仕事であったとしても、時には、自分が心から望まない内容の仕事を受けることもあるのかもしれない。例えば、文章を書くことが好きだからという理由でそれを仕事にするにしても、自分が書きたい分野、内容とはまったく別のものを書くこともあるのかもしれない。手っ取り早くお金を手に入れたいと思っている場合は、特に。

 しかし、私は、自分のブログの中に、自分が本当に書きたいものではない記事を埋め込もうとは思わない。それはまるで、これまでノーカット、ノーCMで流れていた映画に対し、CMを埋め込むようなものだ。いや、それ以前に、私の場合、書きたくもない記事を書こうとすると、筆が固まってしまう。おそらく、嘘をつけない性格だからだ。隠すということも苦手で、喜怒哀楽がすぐに顔に出てしまう。だから私は広告屋さんにはなれない。自分が心からお勧めしたいとは思っていないものを、あたかもその商品が素晴らしいものであるかのように、ブログに記事を書いて、人にお勧めすることはできない。

 現在、大物と言われている人たちは、過去に仕事を選り好みすることはなかったのだろうか。例えば、私の好きなアーチストは、売れない頃、デパートの屋上で、子供たちに人気のヒーローが登場するショーのあとに音楽を演奏をしていた。彼らだって、決してそのような場所での演奏を望んだわけではなかったはずだ。それでも、例えほんのわずかでも自分たちの音楽を聴いてもらえるならという気持ちでその仕事を引き受けていたのだと思う。その当時からの地道な努力が実ったのかどうかはわからないが、やがて彼らはヒット曲に恵まれるのである。

 心から望まない仕事をする時期を下積みの時期とするならば、長い間、同じ業界で活躍されている人たちは、下積み生活を大事に重ねて来られた方々であるように思う。何の下積みもなく、急激にブレークした人は、人々の記憶から消え去って行くのも早い。ということは、ブログに広告の記事を書くことも、下積み生活の一つになるのだろうか。こうした地道な下積みの活動を経ずして、プロの物書きにはなれないのだろうか。

 現在の私の仕事には、私自身の「これを創りたい!」という気持ちはほとんど生かされていない。何故なら、使う人にとって便利で、会社にとって売り上げに繋がるものを産み出すお手伝いをしているからである。もしも私が現在の技術を生かして収入を得ようとするならば、自宅でシェアウェアの開発に携わることが最も手っ取り早いのだろう。しかし、今の私には、これと言って創りたいソフトはないのだ。つまり、自分が創りたいものを創っていない現在の私は、「これ創って!」とクライアントに頼まれて仕事をしている広告屋さんと、何ら変わりはないのである。ただし、売り上げのためでなく、「この広告を創りたい! 是非とも私にこの広告を創らせてください」という情熱を持って、自らクライアントに頼み込んで創らせてもらったような広告が存在するのなら、話は別だが。

 思えば、私にはずっと、本当に好きなことを仕事にしたくないという奇妙なこだわりがあった。おそらく、好きな仕事をお金で汚したくなかったのだと思う。そういう意味で、今の仕事は、お金を受け取ることに抵抗のない仕事だったのである。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。先日の講演会の刺激が強過ぎたのか、現在、気持ちがあちこちに分散しているようであります。少しずつ集まって来たバラバラのヒントが一つに繋がりかけて来ては途切れ、また繋がり、といったことの繰り返しです。再びパワーがみなぎって、「これだ!」と大手を振って断言できるだけの道が開けて来るのを静かに待ちたいと思います。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.10.01

定年をとうに過ぎた私

 この週末は、ガンモの仕事が休みだったことと、生理が始まったこともあって、ホットヨガの予約を入れずに、ガンモと二人で自宅でのんびりと過ごした。電話回線をいったんアナログ回線に戻したことによって、これまでのインターネット接続環境がスピードアップしたので、私たちは無料の動画などを観て楽しんだ。動画を観ながら思ったことは、私たちは、相当、凝り性だということだった。動画を一本観て、二本観て、三本観て・・・・・・。こんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか日がとっぷりと暮れてしまったのである。ガンモは、
「こんなことしてたら、他のことができない」
などと言いつつも、気になる動画がたくさんあるようで、観たい動画を選んでは再生ボタンを押していた。

 先日の講演会に出掛けて、現役の作家さんたちの偉大なエネルギーを感じてからと言うもの、私は平日の過ごし方について考え始めている。作家という仕事は、少なくとも、朝早くから起き出して、満員の通勤列車に揺られながら、わざわざオフィスまで出掛けて行って取り組むような仕事ではない。もしも私が作家になったとしたら、果たして平日と休日の過ごし方がどのように変わって行くのだろうと考えていた。というのも、自宅で過ごせる時間が長くなれば、例えホットヨガなどのレッスンで外に出掛けることがあったとしても、これまでほど外食の多い生活を送らなくても済むようになると思ったからである。

 現在は、月曜日から金曜日までのウィークディは、フルタイムでびっしりと仕事+残業で一日が終わってしまっている。となると、自分のための時間は、ほとんど週末に集中してしまっているわけである。週末は、ホットヨガに出掛けたり、映画を観たり、ガンモと二人で旅行に出掛けたりしている。作家の横森さんは、ヨガやベリーダンス、気功などのレッスンを受けていらっしゃるという。作家になって、ある程度、仕事が軌道に乗ると、これだけ多くの自分の時間を持てるようになるのだろうか。こうしたレッスンは、平日の昼間に開催されていることが多いので、おそらくだが、平日の仕事の時間を調節して、これらのレッスンの時間に充ててらっしゃるのだと思う。それだけでも、私にとって、作家という職業は、ものすごく魅力的な職業なのだ。

 しかし、時間の制約がなく、仕事のために外に出掛けて行く必要がない分、自己管理をしっかりしておかないと、どんどん堕落してしまうように思う。私はしばしば、長期休暇を無駄に過ごしてしまう傾向がある。長期休暇の前は、あれもやろう、これもやろうと計画を立てるのだが、いざ、休暇が始まってみると、日頃、味わえない解放感に満ち足りてしまい、やりたいと思っていることをどんどん先延ばしにしてしまう。そんなことをしているうちに、あっという間に長期休暇が終わってしまうのだ。そんな性格だから、自宅で仕事をするのは向いていないのではないかと思うこともある。

 どうも私は、弾圧されたオフィス生活の中で、ほんのわずかの自由である平日の有給休暇に喜びを見出すタイプのようである。だから、長期休暇よりも、平日に一日だけ取得した有給休暇を過ごすときのほうが充実している。それを考えると、仕事を辞めて、自分のために自由に使えるたっぷりの時間を手に入れたとき、堕落してしまわないように自分を管理できるのだろうかと心配になってしまうのだ。会社勤めをしている人たちは、普段から、そうしたメリハリの中で生きているように思う。

 私は現在、ソフトウェア開発の技術者として働いている。この仕事を通しての私の喜びは、技術者魂が刺激されることである。ソフトウェア産業がまだまだ新しかった頃、『三十五歳定年説』がささやかれていた。コンピュータとの戦いであるソフトウェアの開発は、頭が柔軟でなければならないので、三十五歳までが限度だろううということだった。現在、私の年齢は、定年だと言われた三十五歳などとうに過ぎ、もはや四十一歳だ。私と同じくらいの年齢の方たちも、まだまだこの業界に残っている。私たち技術者の定年は、三十五歳ではなかったようだ。しかし、こうしてソフトウェア技術者として仕事をできるのも、いくらあがいても、あと数年だろう。自分の寿命を知る前に仕事を辞めてしまうか、自分の寿命を実感しながら仕事を辞めるか、それはまだわからない。しかし、自分の限界を見ておきたい気もしている。

 先日のセミナーで、私は自分の夢を思い出すことができた。私は、書くことが大好きだったことを思い出したのである。しかし、これから先、どのような形で夢に向かって方向転換して行くのが自然なのか、まだまだ見出せないでいる。まずは、せっかく自由な時間を手に入れたとしても、決して堕落してしまわないように、強い精神力を養うことが大切だ。ああ、そうか。二年半以上にも渡って、毎日のようにこの「ガンまる日記」を書き続けて来たことは、これから先、私が堕落しないでいるための自信に繋がって行くかもしれない。

 確か、以前、読んでいた本に、「日記を五年間書き続けると大物になる」と書かれていた。となると、私が大物になるまであと二年半かかることになる。二年半あれば、ゆっくりと無理のない方向転換ができそうな気がする。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 活力を失っているときであっても、皆さんの応援に励まされています。本当にありがとうございます。m(__)m 私が文章に表していることは、書くことによって、考察を進めているため、その時点の私の真実であって、これから先、変化する可能性もあります。先日の講演会で受けた衝撃は、今も私の中にまだ残っています。しかし、夢に向かって行くためには、平日の自由を手に入れたときに堕落してしまわないようにコントロールすることが必要だと思い、この記事を書いてみました。でも、私は「ガンまる日記」に対して、これまで堕落せずに、二年半も毎日(後書き日記はありましたが)書き続けて来たのですよね。私が書きたいという情熱を持っていたこともありますが、毎日、楽しみに読んでくださっている方たちがいるから、ずっと書き続けることができたのだと思っています。皆さん、本当にありがとう! これからも、改めてよろしくお願いします。

今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »