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2006.09.12

オフィス人間模様

 先日、派遣仲間の女性から、真剣な相談メールを受け取ったことをここに書いた。私は、そのメールの返信の一部を、福知山に向かう電車の中で書いた。書いているうちにだんだん興奮してしまい、「とりあえず、ここまででいったん送信するね」などと結んで、そこでいったんメールを送信した。

 また、私は先日、自分の掲示板に、オフィスの人間関係でストレスを抱えていることを書いた。簡単に書いてしまうと、私の席の隣に座っている女性の話が長く、いつも聞き役に徹さなければならないことにストレスを感じていたのだった。仕事中に延々三十分も彼女の身の上話を聞かされるのである。途中で私が口を挟んで、自分の体験談や考えを述べようとしても、私の話にはほとんど耳を傾けず、私の話の感想も述べずに直ちに自分の話に戻してしまう。トイレに行けば、いろいろな人たちを捕まえては、自分の話をする。そして、長いときは一時間くらい休憩から帰って来ない。また、彼女自身に何か話したいことがあるときは、私が仕事を上がる時間をそれとなく察知して、
「駅まで一緒に行きましょう」
などと誘って来る。つまり、歩きながらでも自分の話をしたいわけである。そんな状況がずっと続いていたので、私はかなりストレスが溜まっていた。メールを送って来た派遣仲間は、同じ時期に派遣されて来たこともあって、その女性と仲が良かったのだ。

 驚いたことに、メールを送って来た派遣仲間の悩みは、私が悩んでいた内容とまさに一致していたのである。メールを送って来た派遣仲間は、彼女と密に接し続けているうちに、次第に自分らしさを失いつつあったようだ。私は、彼女の気持ちがとても良くわかったので、
「相対関係に振り回されることなく、いつも自分らしくあればいいんだよ」
とメールに書いた。彼女は私が同じような感情を抱いていたことがとてもうれしかったらしく、やはり興奮しながら、それに対する返事を丁寧にメールに書いて来た。私は、その丁寧さがとてもうれしかった。お互いの想いを受け取り合った上で、お互いの考えを述べる。これこそが対話と呼ぶべきものではないだろうか。

 こうしたことからも、私は相対性と絶対性について深く考えてしまう。人と人が何らかの関わりを持つ以上、そこに何らかの相対性が生まれる。その相対性によって、自分自身が大きく揺れる場合もあれば、元気をもらえる場合もある。皮肉なことに、相対性によって元気をもらえる人ほど、ネガティヴな揺れ方も大きい。しかし、自分を見失いそうになるほど揺れているなら、何とかして自分自身を取り戻すべきだと私は思う。そのためにはやはり、相手と距離を置くしかないのだろうか。

 メールを送って来た派遣仲間の女性は、彼女と距離を置いたほうがいいのではないかと考え始めているようだ。距離を置くということは、自らの身を守るということでもある。しかし、いきなり距離を置かれてしまっては、話の長い彼女は、自分がどこをどう改めたらいいのかわからないままなのではないだろうか。そう思いながらも、最近の私は、話の長い彼女とあまり話をしていない。彼女の話が始まると長いため、仕事に差し支えるからだ。果たして私たちが感じていることを、どのように話の長い彼女に伝えたらいいのか。

 相対性によって心がネガティヴに大きく揺れる場合、自分の思っていることをはっきりと相手に伝えられない場合が多い。例えば私は、話の長い彼女に対し、
「いつも話が長いし、私の話もちゃんと聞いてよ」
などと言うことができない。言えないからストレスが溜まる。しかし、何故、言えないのか。例えば相手がガンモなら、私は、自分の思っていることをはっきり口にするだろう。それは、例え自分の気持ちに正直になることでお互いの関係が大きく揺れたとしても、愛情によって、その揺れをちゃんと補正することができるからだ。私は、彼女に対してそこまでの愛情がないから言えないのだと分析した。

 相手に対する愛情があれば、次に繋がるような言い回しを思いつくことができる。もしくは、少々厳しいことを言えるだけの、日頃からの絆のベースに守られている場合もある。揺れに耐えられるだけの絆がない場合は、なかなか相手にネガティヴな感情をぶつけることができない。しかし、このままでは、話の長い彼女はずっと同じことを繰り返し続けるのではないだろうか。

 近日中に、メールを送って来た派遣仲間の女性と一緒にご飯を食べに行くことになった。そのときに、話の長い彼女に対して、次に繋がるように、どう対処すべきかを話し合おうと思っている。そして、話の長い彼女が私たちに届けようとしたメッセージが何であるのかについても、じっくりと探ってみたい。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m オフィスの人間関係は、距離の取り方がとても難しいですね。誰かと特別親しくするのも気を遣うし、反対に、突き放すのも気を遣います。私はオフィスラブの経験はありませんが、オフィスラブを経験している人たちが気を遣う気持ちも少しはわかるような気がします。

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