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2006.09.14

しし座会議

 定時過ぎに仕事を上がり、メールをくれた派遣仲間の女性と二人で飲みに行った。まるでオフィスラブの雰囲気を味わうかのように、お互いに何気なく別々に仕事を上がり、職場の外で待ち合わせをした。何もここまで周りに気を遣う必要もないのかもしれないが、これまでお互いに話の長い女性と接する時間が長かっただけに、話の長い女性の前で、私たちがコソコソ結束しているような素振りを見せたくなかったのである。

 しかし、実際のところ、どうなのだろう。オフィスでできないもっと突っ込んだ話をするために、特定の対象を選びたいときは・・・・・・。掲示板で交流させていただいている人とメールを交わすようには行かないものなのだろうか。いや、それさえも、隠れたところで展開されているという意味では同じなのかもしれないが。特定の誰かと外にご飯を食べに行ったり、飲みに行ったりするということが、他の派遣仲間の知るところとなった場合、
「これから二人で飲みに行くんだけど、ごめんね。今日は二人だけで話があるんだ。また今度、一緒に飲みに行こうね」
と断るべきなのだろうか。もしそのように断った場合、それを言われた派遣仲間は、一体どのように受け止めるのだろう。誰もが平べったく関わり合っているオフィスでは、二人の間にどんな話があるのかと思うのではないか。そんなことを思いつつも、他の派遣仲間たちのことを気遣っているようでいて、実は自分たちの都合しか考えていないのではないかという気もしていた。

 居酒屋に入り、飲み物と食べ物を注文する。お互い、話の長い女性について、これまで感じていたことを話し合った。悪口を言っているという感じではなかった。私は、オフィス人間模様の記事にも書いた通り、自分が何故、話の長い女性に対して心で思っていることをなかなか言えないでいるのかということについて語った。つまりは、彼女に対する愛情がないからだと述べた。更に、今後、彼女に対して本当のことを言わないままでいるなら、彼女はこれからもずっと同じことを繰り返してしまうのではないかとも言った。そのためには、お互いのネガティヴな感情をさらけ出して、それを回収できるまでとことん付き合う覚悟を持つ必要があるのではないかとも言った。

 しかし、メールをくれた彼女は、今の自分には、そこまでの気持ちの余裕はないと答えた。実際のところ、私自身も同じ気持ちだった。それでも、私は最近、話の長い女性とはときどき会話をするようになって来た。そのために、いよいよ言えなくなってしまったというのもある。現在は、何事もなかったように、お互い会話をしているのであるのである。果たしてこれは、問題解決に向かっていると言えるのだろうか。

 話の長い女性は、今年いっぱいで契約を満了することに決めたそうである。もともと、直属の上司との折り合いが悪く、仕事の指示の出し方に関して上司とメールで口論になり、一晩考えた挙句、契約を満了する決意を固めたそうだ。そのことを私にもメールで報告してくれたのだが、
「最近、あまりお話ししてませんね」
というようなことが書かれてあったので、
「うん、実は、ここのところ、仕事中のおしゃべりに時間を費やしすぎたかなあと思って」
と書いて返信した。すると、話の長い女性は、
「私の長所はすぐに自分を開いてしまうところで、それが短所でもある」
というような内容の返事が来た。これは、彼女に私の想いが通じたと思っていいのだろうか。

 さて、話を居酒屋に戻そう。実は、メールをくれた派遣仲間の女性というのは、以前、「ガンまる日記」に書いた直径十二センチの女性なのである。彼女は今月いっぱいで仕事を辞めて、手術の準備に入る。仕事についても、コンピュータ業界というよりは、もっと他にやりたいことがあるらしい。彼女は、地球を大切にしたいと熱く語る。どんどん壊されて行く地球を、何とかして守って行きたいのだそうだ。

 私はかつて、お肉を食べないようにしていた時期があったことを彼女に語った。そして、愛情を持ってお肉を食べないことも、愛情を持ってお肉を食べることも、結果的には同じことだということに気がついたと言った。そして、手塚治虫先生の『ブッダ』の中で、ウサギが空腹の人間の前で、
「私を食べてください」
と言いながら火の中に飛び込んで丸焼きになるシーンがあることを話して聞かせた。すると、それを聞いた彼女は泣き出してしまったのだ。

 実は、彼女もまた、『ブッダ』を読んだとき、そのシーンが最も印象強く心に残っていたのだそうだ。私の話でそのことを思い出し、思わず涙がこぼれてしまったのだと言う。彼女の地球への想いは本物だ、と私は思った。

 不思議なことに、彼女との話は、あらゆる方面に及んだ。彼女が三ヶ月間、ヨーロッパに一人旅に出ていたときのエピソードも面白おかしく聞かせてもらった。好きな仕事をしてお金をもらうという葛藤と矛盾についても、お互いに語り合った。普段、職場では話せない、前世への退行催眠のことも、彼女には抵抗なく話すことができた。彼女とは、話ができる分野がとても広い。何を話しても、この話をするのはやめておこうというストップがかからず、自分でも驚いてしまった。もともと、お互いの持っている世界が似ているために、相手に受け入れられているという安心感があり、次々に言葉が出て来るのかもしれない。

 気がついたら、とっくに二十三時を回っていた。彼女は帰り際に、
「久しぶりに発散できました」
と喜んでいた。良かった。私も何だか興奮状態だった。酔いも手伝って、私はとてもいい気持ちのまま帰路についた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 七月生まれのしし座というのは、お互いに強く感化し合うものなのでしょうか。天に向かって投げた言葉をいつもちゃんと拾ってくれるような気がします。確か独身の頃、文通していた奈良に住む女性が同じ七月生まれのしし座で、一時的にかなり強烈な関係を結んだ覚えがあります。しし座は八月の半ば以降まで続きますが、おとめ座に近くなればなるほど、しし座特有の強烈な印象が和らいで行くように思えます。私は、パワフルなしし座に出会うと、自分自身を取り戻せそうな、そんな気がします。

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