« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月

2006.09.30

嗜好

 プロジェクト単位の昼礼のスピーチで、派遣仲間の一人が久しぶりに映画を観に行ったという話を始めた。一体何の映画だろうと思いながら耳を傾けてみると、何と、『パイレーツ・オブ・カリビアン/デットマンズ・チェスト』だと言う。おお、これはこれは、どのようなエキサイティングな感想が語られるのかと思いきや、
「周りから、面白くないという評判を聞かされていたのですが、やっぱり面白くなかったです。三時間の上映が長く感じられました」
という感想をあっさり述べて、彼女のスピーチは終わってしまった。私は、面白かったという感想を期待していただけに、面白くなかったと聞いて思い切りずっこけた。

 私は、彼女の述べた「面白くなかった」という感想がどうしても腑に落ちなかった。あれだけの大作を、「面白くなかった」という一言で片付けてしまえる彼女は、この映画に対してどのような期待を抱いていたのだろうと興味があった。だから、仕事の区切りが良さそうなときに、彼女に声を掛けて確認してみたのだ。
「あの映画のどういうところが面白くなかったの?」
と。すると、彼女は、
「前作を観ました?」
と私に聞いて来た。私は、
「うん」
と答えた。彼女も前作は観ているらしい。もしかすると、彼女も私と同じように、エリザベスとジャックのキスシーンが残念だったのかと期待した。しかし、彼女が口にした感想は、私が感じたものとはまったく異なっていた。まず、敵役のディヴィ・ジョーンズがとても気持ち悪かったのだそうだ。更に、あまりにもたくさんの人たちが死んでしまうことに対し、納得が行かなかったらしい。それを聞いた私は、どのような反応をしたらいいか、戸惑ってしまった。映画を面白いと思えるかどうかは、まったくもって、その人の持つ感性によるものであり、その人がこれまで培ってきたものが作用して、映画の世界に入り込めるかどうかが決まってしまうと思ったからだ。面白くなかったと感想を述べている人に対し、「ここが面白かったのに」と、言葉で説明するものではない。

 このことを通して、私はいろいろなことを感じた。私自身も、観た映画にがっかりして、あまり詳細な感想を述べられないことがある。そのときに、私の理解不足や偏見により、その映画を面白いと感じている人たちをがっかりさせていないだろうかと。確かに、自分が情熱を持って面白いと思っている映画を面白くないと評価されてしまうのは、あまり気持ちのいいものではない。単に映画の感想を述べ合うだけなのに、永遠にわかり合うことのできない厚い壁のようなものさえ感じてしまう。

 彼女の感想をきっかけに、私なりに『パイレーツ・オブ・カリビアン/デットマンズ・チェスト』を振り返ってみた。映画を観終わった直後の「ガンまる日記」にも書いたように、私だって、両手放しに面白かったと感想を述べたわけではない。思えば、次回作まで待ち切れないような終わり方でもあった。「ええ? ここで終わってしまうの?」という不満は残っている。しかし、登場人物が好きだから、例え不完全燃焼的な終わり方でも許せてしまう。そう、好意を持つ対象に生まれる特有の許容が起こっているのだ。また、前作で感じた、いい意味での裏切りもプラスに作用している。その裏切りとは、海賊でありながらもヒーロー的な存在のジャックではなく、海賊らしい狡猾なところが生きているキャラクターであることだ。ジャックがそういうキャラクターだからこそ、ときどき正義に傾くことに対し、意外性を感じるのである。多くの映画は、最初から主人公のキャラクターを思い切りプラスに傾かせてしまうのに、パイレーツ・オブ・カリビアンはそうではない。そこが面白いのである。

 彼女に、
「他に面白い映画があったら教えてください」
と言われ、思わず言葉に詰まってしまった。『パイレーツ・オブ・カリビアン/デットマンズ・チェスト』を面白くないと断言してしまえる彼女だから、私が面白いと思った映画を紹介しても、彼女の嗜好に合わないような気がしたからだ。彼女は一体、何が好きな人なのだろう。何をテーマに生きている人なのだろう。映画を観て泣いたりすることはあるのだろうか。私は悩みながらも、最近観た映画で面白いと思ったものをいくつか紹介したあと、派遣会社の福利厚生で、映画のチケットが安く手に入ることを教えてあげた。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画の感想を述べ合うのは、なかなか難しいものですね。まったく異なる感想であっても、相手の感想に対する完全な否定ではなく、お互いの見えていなかったものを示し合うような交流であれば、なかなか有意義な展開になると思います。また、同じ面白いという感想を持っているにしても、登場人物が好きなために、物語の展開に対する許容が大きく、盲目的に面白いと感じているのと、創り手の表現したかったものを充分理解した上で面白いと感じているのとではまた違って来ます。映画という擬似的な体験を通して、映画を観た人の人間像までが映し出されるのは、なかなか興味深いものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.09.29

ルール

 最近、とても気になっていることがある。それは、ルールについてだ。

 小泉内閣が解散し、新しい内閣が誕生したとき、新たに就任した長勢法相は、死刑問題について、以下のようにコメントしたそうだ。
「大変重大な刑罰で、慎重に考えなければならない問題だが、確定した裁判を厳正に執行することも大切なことだ」
このとき、長勢法相は、法の規定に沿って判断するとの考えを示したそうである。

 ここで出て来た「法の規定に沿う」という表現に対し、私は、「何だそれは?」という強い反発心でいっぱいになった。おそらく、長勢法相がすぐ近くを歩いていたなら、確実に呼び止めている。「ちょっとちょっと、法って何? 人を生かさない法があるの? 法とやらに、がんじがらめにされてないかい?」と。それでなくても、ここ最近の裁判で、死刑確定の判決を聞く度に、日本という国が、精神的に誇れる国ではないと感じていた。そして、そうした死刑の判決に対して同意する人たちのブログを拝見する度に、胸を痛めていた。

 今でも日本に死刑が残っているのは、怒りと悲しみを混同しているからだと私は思う。愛する人を誰かに殺されてしまったとする。そのときに、愛する人を失った深い悲しみと、殺した相手への激しい怒りがこみ上げて来る。愛する人を殺した犯人が死刑になれば、怒りは何とか収まるかもしれない。しかし、悲しみは消えないのだ。悲しみが消えない限り、死刑を執行しても解決にはならないのに、せめて怒りだけでも収めようとする方向へと動いて行く。そこに大きな誤算があるように思う。そして、その誤算を、法とやらで埋め合わせようとしているようにも思える。

 そもそも、ルールが存在しているのは、愛が行き渡らない部分においてのみである。愛が行き渡らない部分をルールでカバーしているのである。その証拠に、愛情で結ばれた間柄にはルールがない。愛情で結ばれている間柄は、お互いの自由意思を許容しているからだ。だから、例え愛情で結ばれていない間柄で、ルールが存在している場合であっても、ルールを取り締まる側と友好的な関係を結べば、ルールに反した行動を取っても見逃してくれたりする。

 どんなに激しい怒りを感じても、人を殺さないというのは、愛だ。その愛は、例え殺人を犯した人にさえも向けられるべきものではないだろうか。法で定められているから死刑を執行するというのは、本末転倒であって、私には納得が行かない。何が本末転倒かというと、愛がない部分をルールでカバーしていることを大前提にすると、愛がないことが根本原因なのに、その根本原因を素通りして、法で定められているから死刑を執行するという結論に安易にたどり着いてしまっていることである。

 どんな極悪人にも、魂の部分はあると思う。その部分に向かって働きかけることを簡単に諦めて、死をもって償う必要があると判断し、死刑を執行するというのは、魂の部分に対する信頼を失ってしまっていると思う。人を殺めてしまったとき、魂の部分が反応しないはずはないと私は思うのだ。だから、魂の部分においては、加害者も被害者も同等だと思う。殺人事件があったときは、被害者の苦しさだけがクローズアップされがちだが、加害者となった人やその周辺の人たちもまた同等に辛いはずなのである。

 また、別の見方をすれば、法は、人を殺すことを職業とする人たちを生み出していることにもなる。例えその人たちの行為が法で守られているとしても、果たして、死刑執行人の魂の部分はどうなのだろう。辛い仕事には、達成感で救われる部分が大きいと思うが、実際のところ、死刑執行人は、自分を騙しながら仕事をしていたりしはしないだろうか。

 ところで、タレントの向井亜紀さんのことをニュースの記事で読んだ。子宮がんのために子宮を摘出されている向井亜紀さんは、アメリカ人女性に代理出産を依頼し、めでたく双子の赤ちゃんを授かったという。しかし、この赤ちゃんの出生届が、長いこと品川区役所に受理されなかったそうだ。理由はおそらく、ルールに違反するからだ。先日の裁判で、ようやく、品川区役所に向井さんの出生届を受理するように指示が出たと言う。

 最初のうち、向井さんは、品川区役所の受付の人たちに対し、何と頭の固い人たちだろうと思ったことだろう。それだけに、今回の判決には、大きな喜びを隠し切れないご様子だ。ご自身は、子宮を摘出されて子供を埋めない状態なのに、代理母を依頼してまで子供を生もうとする姿に感動する人もいれば、こうした頑張りをひねくれて見てしまう人もいる。出産に向ける情熱は別として、私は、向井さんが取られたような究極の情熱を持って生きている人たちが大好きだ。その情熱を何に注いで行くかは人それぞれだ。その情熱がある人とない人では、魂の輝きが違う。そんな情熱を持って生きている人に向かって、ルールを突きつけるのはどうかと思うのだ。

 英語のことわざにもある。There is no rule but has exceptions. 例外のないルールはない。できる限り、ルールにとらわれないで生きたいと思う。しかし、もしも身近にルールが存在しているなら、それは、愛を注ぎ切れなかったことに対する戒めだ。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私も向井さんのブログを拝見してみました。(向井亜紀ブログ : 「一番星へ」)掲示板には、激励のメッセージばかり書き込まれているかと思っていたのですが、ひどくネガティヴな書き込みもありました。向井さんが既に子宮を失っていることに対し、お金があるから子供を授かったという見方をする方もいらっしゃいました。同じ状況にあるとき、お金がない人は子供を授かることができないという皮肉が入っているように思えました。何かを見聞きして、その感想を述べるとき、その言葉が光に包まれているかどうかは、その人の過去の経験によるものなのでしょうか。自分の中に光がなければ、情熱を持って輝いている人の行動が、まぶし過ぎて見えなくなるのかもしれません。

さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.09.28

味のある伊予弁

 たまにはこんな記事もいいじゃないか。今日は、そんな気持ちで書いてみようと思う。

 私は、生まれも育ちも愛媛県である。愛媛県と言うと、道後温泉や坊ちゃん団子などを思い浮かべる方もいらっしゃると思うが、私が住んでいたのは、道後温泉のある松山市から特急列車で一時間ほど走ったところにあった。高校までを愛媛県で過ごした私にとって、松山は、近くて遠い街だったように思う。

 そんな松山の名物に、タルトという和菓子がある。松山のタルトというのは、もともとポルトガルから伝わって来たお菓子らしい。皆さんの中でのタルトというのは、洋風のお菓子というイメージが強いかもしれない。しかし、私は小さい頃から松山銘菓のタルトに慣れ親しんで来たので、タルトと言えば、和菓子だった。現在、愛媛県には、タルトを製造している会社として、一六本舗、六時屋、ハタダ、あわしま堂などがある。実は、今日の日記で取り上げたいのは、一六本舗の一六タルトである。

 私が愛媛を離れて一人暮らしを始めた頃だったと思う。一六タルトのコマーシャルに、映画監督の故・伊丹十三さんが伊予弁で登場されるようになった。伊丹さんは、愛媛のご出身ではないのだが、以前、愛媛に住んでいらっしゃったこともあり、伊予弁の達人だったのである。

 ひとたび故郷を離れてみると、故郷の言葉というものは、とても新鮮に感じられるものだ。伊予弁が公共の電波に乗って流れているのを耳にすると、私たちは普段、このような話し方をしていたのかと、自分自身を客観的に見つめ直すことができるものだ。

 私は、伊丹さんが真剣に伊予弁を話していらっしゃるそのコマーシャルの魅力にとりつかれ、一六タルトが提供しているラジオ番組を録音し、伊丹さんが出演されている様々なバリエーションのコマーシャルをカセットテープに収めた。そして、録音したカセットテープを、コマーシャルの部分だけ何度も何度も繰り返し聞いては、その内容を暗記し、友人の前で披露していた。このコマーシャル好きが高じて、コマーシャルの中で伊丹さんがしゃべっている内容を原稿にして、便箋まで作ってしまったこともある。私は良く、その便箋を使って、友人に手紙を書いていたものだった。

 先日ふと、私自身にこんな時代があったことを思い出したのだ。そして、耳で聞いて覚えたことは、時間が経ってもほとんど正確に引き出せるということに驚きを感じていた。私はこれを、何かに書き留めておいたわけではない。当時、手作りした便箋も既になくなってしまっている。それなのに、好きで好きで何度も繰り返し聞いた伊丹さんのコマーシャルは、音として、今も私の中に残っている。

 というわけで、今日は、私が記憶しているいくつかのコマーシャルをここでご紹介したいのだ。本当は、このコマーシャルを音声で皆さんに聞いていただきたかったと思う。私が伊予弁でしゃべってもいいのだが、少々恥ずかしいし、それ以前に、音声を公開するとなると、我が家の機材では少々手間がかかってしまう。ということで、文章でお楽しみいただけたらと思う。一部、記憶が不鮮明な部分もあるが、どうかお許しいただきたい。

■その1
 
こんながお前方の嫁かや。
いよいよ色が白いじゃないか。
色が白いは七難隠すっちゅうが、こんなの場合は、七難も八難も隠しとるぞよ。

我が松山、我が一六タルト

■その2

おい、タルトを一切れ持ってこんかな。
何をしよんぞ、もう切れとるけん、一枚はぐるだけでええんじゃが。
ああああ、あらかましいねや。
ほがいな、お前、タルトがめげてしまいよるがね。

もうええ。
わしがするけれ、お前はもう一生、タルトにはまがられん。

我が松山、我が一六タルト

■その3

(冒頭の部分を忘れてしまった)
まあ、泣かいでもよかろがね。
ほうかや、兄ちゃんらにはせだにせられたんか。
ほう、よだれくりじゃのゆうたんか。
ほりゃ兄ちゃんが悪い。
兄ちゃんのほうがよわみそじゃ。

よしよし、おいさんがタルトをやるけれ、
もうお泣きな。

我が松山、我が一六タルト

■その4

もんたかや。まあ、一六のタルトでもお上がりや。
ほて、成績はどうじゃったんぞ。
どべかや。
ほらお前がのぶそうなけんよ。
つばえてぎりおったんじゃろうが。
残念なねやあ。
もう残念からげるぞよ。
まあせえ出して一六のタルトでも食べることよ。

我が松山、我が一六タルト

■その5

切ったら「の」の字になっとる、あれ、何じゃったかいのう。
何じゃったかいのう。

(そう言いながら、伊丹さんが、バスの中で一生懸命悩んでいる。
 これがもう、おかしくておかしくて。
 思わず、「おじさん、それはタルトだよ」と言いたくなってしまうのだ。
 このコマーシャルは、唯一、映像で見ていたコマーシャルである)

我が松山、我が一六タルト

 以上が、私が記憶している一六タルトの伊丹さんバージョンであるが、伊予弁で表現されている内容が、一体何を意味しているのかは、ご想像にお任せすることにしよう。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画などで、方言が採用されることも多いかと思いますが、さすがにネイティヴにはかないませんよね。そう言えば、少し前に観た『紙屋悦子の青春』は、すべて九州弁で成り立っていました。ネイティヴ九州人であるはずの原田知世ちゃんまでが、ネイティヴでないように映って見えたのがとても不思議でした。もしも伊丹さんが生きていらっしゃったら、全部伊予弁の映画を作ってくださったかもしれないのにと思うと、少し残念です。伊予弁は、本当に味がありますよ。

さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.27

脱・けものみち

 我が家の電話回線をひとまずアナログ回線に戻すために、NTTの人が工事にやって来ることになっていた九月二十六日火曜日、ガンモは仕事が休みだった。しかし、早朝から自宅近くの客先の仕事が入ってしまい、ガンモはなるべく早いうちに仕事を終えられるようにと、夜中に起きて客先まで出掛けて行った。私が仕事に出掛けるために目覚める頃、ガンモは仕事から帰宅し、ほとんど睡眠を取っていなかったにもかかわらず、最後の仕上げとなる片付けを始めた。前日までに、ある程度のところまでは片付けていたのだが、まだまだ胸を張って誰か家の中に案内できるような状況ではなかったからだ。それでも、NTTの人は午後からやって来ることになっていた。

 私は、仕事に出掛ける準備を整えながら、ガンモの様子を見守っていた。ガンモは、玄関周辺にあった荷物を、脱衣場や浴室に、ドーンと強制的にしまい込んだ。そして、床に掃除機をかけ、壁を拭き、玄関の鏡を拭いた。ガンモは汗だくになりながら、一生懸命掃除をしていた。このときのガンモの様子を思い出すだけでも、私は思わず目頭が熱くなってしまう。

 実は、そんなガンモが喜びとしていたのは、私の使っていないものを不要なものとして捨ててしまうことだった。一緒に掃除をしていると、
「まるみのバッグやら、バッグやら、バッグやらが一番多い」
と言った。しかし、実際のところ、我が家で最も場所を取っているのは、これまでガンモがオークションなどで買い集めて来た古いパソコンやプリンタなのだ。何しろ、我が家には、数十台のパソコンとプリンタが揃っている。リビングや寝室には入り切らないので、トイレにまでパソコンがあるのだ。それなのに、場所を取っているのは私のバッグだなどとガンモは言う。

 私が仕事に出掛けようとすると、ガンモは、
「ゴミ捨てて来て」
と私に言った。見ると、玄関の外に、大きなゴミ袋がある。
「何を捨てたの?」
とガンモに尋ねてみると、ガンモは、
「いや、見ないほうがいいと思うよ。早くこれを捨てて、仕事に行って来い」
と言う。どうやらガンモは、掃除をしているうちに、私の使っていないものをたくさん見つけてゴミ袋に捨てたらしい。私がゴミ袋の中身を確認してしまうと、私が未練を感じてゴミ袋の中からそれらを救出してしまうのがわかっているので、ゴミ袋の中身を確認せずに捨てて来いと言うのだ。従順な私は、ガンモの言う通りにして、ゴミ袋の中身を確認しないまま、マンションのゴミステーションに捨てた。誰かが思い切らなければ、我が家のものはなかなか減らない。そう思ったのだ。

 仕事に出掛けてからも、ガンモがNTTの工事の人をちゃんと家の中に案内できたかどうか、気になっていた。夕方の休み時間になり、「メシ、残業コール」をしてガンモに確認してみると、アナログ回線への工事は何とか無事に終了したと言う。しかし、まだまだ家が散らかっていることがあまりにも恥ずかしくて、工事の人と目を合わせられなかったそうだ。

 ああ、私は、ガンモにその役を押し付けてしまったのだと思った。そう思うと、ガンモに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。早く家に帰って、ガンモにありがとうと言いたかった。

 帰宅したとき、まず驚いたのは、我が家の玄関がとてもすっきりしていたことだった。何と、玄関から入ってリビングに通じる通路で、今までものに埋もれて見えなかったフローリングの床がたくさん見えているのである。私はガンモが片付けてくれた床の上をペタペタと歩いた。気持ちがいい! 私はガンモに抱きつき、何度も何度もお礼を言った。まだまだ散らかっている家の中で、NTTの工事の人に一人で対応してくれたことと、私たちの家を一生懸命片付けてくれたこと。ガンモへの感謝の気持ちでいっぱいだった。

 ガンモは、
「このままじゃ、いかん」
と危機感を持っていた。そして、
「これからは、俺が片付ける」
と宣言した。それはすなわち、
「まるみのものをどんどん捨てる」
という宣言なのだ。それでもまあ、いいか、と私は思う。私が家にいないときに、ガンモが私のものをどんどん捨てて、ガンモが家にいないときに、私がガンモのものをどんどん捨てる。そうすることで、我が家はどんどん片付いて行く。私はそんな様子をイメージしてみた。

 そう言えば、今回の大掃除で、ガンモはプリンタを二台処分した。ガンモとしては、かなり思い切った決断だったようである。

 先日の講演会で、桐島洋子さんがこんなことをおっしゃっていた。
「人間の身体は、窓ガラスと一緒で、曇っていると、汚れているところがとてもわかりにくいんです。でも、窓ガラスをいつもきれいに磨いていると、汚れがわかりやすくなるように、身体をいつも透明にしていると、悪いところがすぐにわかるようになるんです」
と。なるほど、確かにその通りかもしれない。

 作家になりたかったこと、ホットヨガではない平日のヨガに参加すること、家の中がきれいになること、身体が健康になって行くこと。私の中で、これまでお預けにしていたいろいろな宿題が急に連鎖して動き始めた。実際、誰かからアドバイスをいただいても、自分の中に危機感がなかったり、既に実践されている人たちから強い刺激を受けなければ、重い腰はなかなか上がらないものだ。今回のアナログ回線への工事で、我が家のけものみちは、
人間の通る道に変わった。そのことがとてもうれしく、早く家に帰りたい気持ちが一層募るのだった。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今日も更新が遅くなり、申し訳ありません。ううう、なかなかまとまった時間が取れません。(^^; ところで、電話回線をISDN回線からアナログ回線に切り替えただけで、我が家のインターネット回線は、ADSL回線相当のスピードが出るようになりました。(苦笑)これまで、我が家のインターネット接続環境が極端に遅かったのは、我が家のISDN回線が悪さをしていたようなのです。(苦笑)ということは、これから先、電話回線をADSL回線に変更して、新しいインターネット接続サービスに切り替えなくても、十分な状態になってしまったというわけです。でも、ガンモは、
「もう契約しちゃったし、新しいサービスは、一年間は解約できない」
と言っています。このような結末になろうとは、トホホであります。

そうそう、NTTの人が書いているブログで、「すごい家に工事に行った」という内容のブログを見つけた方は、私までご一報ください。

さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.26

家と地球

 私は、普段からテレビというものをほとんど見ていない上に、女性が好んで読んでいる雑誌も購読していないので、デトックスの火付け役となった大森隆史先生が、マスコミでどれほど活躍されている方なのか知らない。しかし、その著書の数からすると、デトックスについて、ライフワークのように真剣に取り組んで来られた先生だということがわかる。実際、講演会のときも、デトックスの必要性について、とてもわかり易く説明してくださった。

 まず、私たちの身体に何故、デトックスが必要かということから始めると、汚染された環境で生活している私たちは、知らず知らずのうちに、人体の中に有害な物質を蓄積させていると言う。ご参考までに、大森先生が資料に使われたチェックリストをご覧いただきたい。当てはまる項目が0~10までならデトックス必要度としては青信号、11~20までは黄信号、21~30までは赤信号だそうだ。ちなみに、私は10項目程度当てはまっていた。

デトックス必要度チェック

 大森先生は、環境汚染と人体の影響について、次のように述べられた。まず、汚染された海で育った魚を食べると、魚の中に含まれていた有害化学物質が人体に取り込まれてしまうそうだ。これについては、環境ホルモンについて調べていたときに、私も本で読んだことがある。また、鉛管が使用されていた昭和五十八年以前の水道管を通って出て来る水を飲むと、劣化した水道管から剥がれ落ちた鉛が体内に入り、蓄積されてしまうのだそうだ。他にも、歯に金属の詰め物があり、その金属がむき出しになっている場合、その金属は口の中で少しずつ溶けて体内に取り込まれ、人体に悪影響を及ぼすのだそうだ。このような化学物質がどのような影響を及ぼすかについては、次の写真をご覧いただきたい。

『デトックスの日』と『デトックス研究会』

 大森先生は、「これからは、足し算の健康法よりも引き算健康法の発想に切り替えて行く必要がある」とおっしゃっていた。足し算の健康法とは、これまで実践されていた、サプリメントなどで身体に足りないものを補って行くという健康法である。しかし、実際のところ、身体に良いものを摂取しても、なかなか効果が現れない場合が多いという。それは、体内に蓄積された有害物質が悪さをしているためで、まずはそれらを体内から排出してしまう引き算の健康法を実践して行くことから始めなければ、効率良く健康を取り戻すことはできないだろうとおっしゃった。そのためには、解毒作用のある食品を摂取することで、身体の中をきれいにして行くことが大切なのだと言う。

 私はこの話を聞いて、自分にも思い当たる節があると実感した。実は、あれだけ熱心にホットヨガに通っているというのに、私の身体はまだ痩せていないからである。ということは、身体の中に有害な物質が蓄積されていて、それらの有害物質が、痩せることを妨害している可能性があるということだ。すぐに思い憑くのは、歯の治療を受けたときに、銀の詰め物を入れてもらい、それがむき出しになっていることだ。こうしたものが私の身体に良くない影響を与えているかもしれない。

 今回の講演会は、カナダ大使館の支援のもと、カナダのフローラ社という会社がブレンドした解毒作用のある良質のハーブティーを講演会の参加者に紹介するためのものだった。しかし、決してこれらの商品の購入を迫られたわけではなく、自由意思を与えられながら、納得できるレベルの紹介方法だった。そのハーブティーは、七種類のハーブがブレンドされていた。講演会を主催した健康デザインという会社は、これまで日本では購入できなかったこのハーブティーのルートを確立し、比較的良心的な値段で販売していると言う。と言っても、良質のハーブであるだけに、お値段は少々高めである。しかし、これを飲んだ多くの人たちが、デトックス効果で末期ガンなどの厳しい状況から救われたそうである。これらのハーブのブレンド方法は、インディアンからカナダの一人の看護婦さんに伝わり、その看護婦さんがひっそりと調合して人々に処方していたところ、ガンが治るということで口コミでどんどん広まり、あまりにもその効果が高いために、本格的な医療の分野から圧力がかかったようである。

7種のハーブの神秘

 デトックスに関する大森先生の講演のあと、十五分間の休憩が取られた。休憩時間の間にハーブティーの試飲会があり、私も一口いただいたが、なかなか飲みやすい味だった。このハーブティーは、漢方薬のように、食間に飲むらしい。

 休憩に続いて、作家の桐島洋子さんの講演が始まった。私は、桐島洋子さんの著書は一度も拝読したことがなく、お名前しか知らなかった。しかし、桐島さんがステージの上に現れた途端、著名人としての強いオーラを感じて圧倒された。桐島さんは、カナダのバンクーバーにもお住まいを構えられ、一年のうちの何ヶ月かをそちらで過ごされているそうだ。

講演中の桐島洋子さん

 インドに四住期という思想があり、その思想に基づいた生活をされていると、桐島さんはおっしゃった。四住期についてインターネットで調べてみると、「二十歳までを勉学に励む学生期(がくしょうき)、四十歳までを家庭で家族と過ごす家住期、六十歳までを林の中で自己を見つめて暮らす林住期、それ以降を家を捨て放浪の旅にでる遊行期と言う」という思想なのだそうだ。若かった頃に一生懸命お仕事をされた桐島さんは、四住期の思想を少し前倒しにして、現在は、林住期を楽しんでいらっしゃるのだと言う。

 桐島さんは、気功を実践されている方で、大自然に囲まれてリラックスした気分になると、誰かから教わったわけでもないのに身体が勝手に動き出してしまうのだと言う。その動きはきっかり一時間も続き、ときどき八の字を描くような動きをするのだそうだ。あるとき桐島さんは、中国を旅行されていて、ご自分とまったく同じような動きを実践されている方に出会ったという。桐島さんは、誰かに教わったわけでもないその自然な動きが、異国の地のまったく見知らぬ人によって再現されていることを、とても不思議に思われたそうだ。しかし、気功の先生に尋ねてみると、気功の世界では、そのようなことは決して不思議なことではないことがわかったという。

 気功をしていると、小周天と呼ばれる温かい玉が身体の中を移動するのを感じると言う。その玉は、まるで身体の中で生きているかのように、桐島さんの身体の中を順番に巡り、やがては頭のてっぺんから抜けて行くのだそうだ。小周天は、気功の経験を積むことによって、体験できるようになる技らしい。

 私は、ステージに近い席で、桐島さんのお顔をじっくりと拝見しながら、歌手の加藤登紀子さんに近い魂を感じていた。だから、こうして、今、桐島さんのことを文章にしながらも、加藤登紀子さんのことを書かせていただいているような錯覚を覚える。加藤登紀子さんの魂が陰なら、桐島さんの魂は陽だ。私には、そのように感じられた。

 桐島さんは、おしゃべりが大変お好きなお方なのか、規定の時間をとっくにオーバーしているというのに、まだまだ興味深いお話を続けられた。きっと、世の中の人たちに、伝えたいことをたくさんお持ちなのだろう。そいういう方が作家になるのは、まったくもって自然の導きなのだと思った。桐島さんの表情を間近で拝見しながら、魂の経験は、表情に刻まれて行くものだと実感した。

 講演会の内容に耳を傾けながら、私が感じていたのは、個人の肉体の状態は、個人の家の状態と直結しているということだった。更に、肉体の上には人類という拡大型があり、人類の状態は、地球と直結しているということだった。すなわち、自分の身体をきれいにしたいと思ったら、家をきれいにすることが大切だったということだ。人類にとっての環境が地球であるように、人間にとっての環境は、家だったのだ。家は地球の一部でもある。ということは、家をきれいにしなければ、地球の汚染を止められないということにもなる。これまで、人から言われても強く認識することがなかったことが、ここに来て、ようやく繋がって来たのである。ものごとを理解しやすくするために、どこかに問題の縮小型が存在してくれていて良かった。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。実は、急に仕事が忙しくなり、休み時間が細切れになってしまいました。きのうの続きを楽しみにしてくださっていた方、申し訳ありません。デトックスという言葉は、広く世の中に知れ渡りましたが、デトックスと聞くと、私たちが真っ先に思い浮かべるのは、ダイエットではないでしょうか。

さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.25

夢を思い出させてくれた人たち

 先週のことである。直径十二センチの彼女から、「作家の横森理香さんの講演会に参加できることになったので、参加したら感想をお知らせします」という内容のメールが職場のアドレスに届いた。横森理香さんと言えば、愛しの筋腫ちゃんもっと健康、もっと幸せ!―愛しの筋腫ちゃん Part2などの著者でいらっしゃる。いくつもの子宮筋腫を抱えながらも、手術という選択をせずに、自分なりの健康法を確立して来られた横森さん。横森さんのこれらの手記に、どれだけ多くの女性たちが励まされて来たことだろう。

 直径十二センチの彼女も、横森さんの本を読んで、横森さんのスピリチュアル方面に傾いた、ノリのいいハッピーな健康法に強く惹かれたらしい。そして、アンテナを張って、横森さんが神戸で講演会を行われることをキャッチしたらしいのだ。

 私は、すぐにその情報をインターネットで調べてみた。すると、第8回からだ再教育セミナーのページがヒットした。しかし、残念なことに、既に参加申し込みの受付は締め切られてしまっていた。しかも、その講演会は平日である二十五日(月)の昼間に開催されることになっている。例え平日でも、このようなチャンスが二度とあるとはなかなか思えない。私も絶対にこの講演会に参加したいと思った。

 私の友人に、好きな音楽アーチストの公開録音の抽選に外れてしまっても、仕事を休んで、他の地方からわざわざ公開録音の会場までやって来る情熱的な女性がいる。彼女は、公開録音の入場券に当選していなくても、現地に来れば何とかなると思っているようだ。そういう私も、二十二年前に、好きな音楽アーチストの野外ライブの当日券を求めて、浪人生活を送っていた広島から横浜まで出掛けて行き、野宿までして野外ライブに参加した経験がある。そう、入場券を持っていなくても、情熱を持って現地に行けば、どうにかなるものだ。そのことを思い出し、私は、仕事が終わったら、講演会の主催者にコンタクトを取ってみようと思っていた。

 直径十二センチの彼女に「私もその講演会に行きたいので、主催者に問い合わせてみる」とメールすると、彼女曰く、送付されて来た当選ハガキには、「お誘い合わせの上、お越しください」と書かれていると言う。直径十二センチの彼女は、「もし良かったら、主催者に問い合わせて、同伴できるかどうか確認します」と言ってくれた。彼女は主催者とすぐに連絡を取ってくれた。ありがたいことに、主催者側から、同伴も可能だと了解をもらったそうだ。直径十二センチの彼女と主催者の方に感謝しつつ、私は踊る心で有給の申請をした。派遣社員としての勤続年数が長い私には、有給休暇が二十日間もあるのだ。このような滅多とないチャンスに、有給休暇を使わない手はない。

 講演会は十二時半から開始された。私たちは、二列目の右側の席を陣取った。そこは、主催者側の作業エリアに近く、ステージからも近いため、とても良く見えた。

 講演会のテーマは、「デトックスで成功するアンチ・エイジング」である。デトックスという言葉を世間に広めた大森隆史先生と、作家の桐島洋子さん、作家の横森理香さんの三人がそれぞれ研究内容や健康に関する哲学や経験談を語るというものである。この講演会の主催者は、健康デザインという会社で、カナダの良質なハーブをブレンドした医薬品(カナダにおける規格)を輸入・販売している会社である。アンチエイジングと言うと、若作りをイメージしてしまうが、ここでのアンチエイジングとは、自然な加齢に対する反発ではなく、老衰による病気への反発を意味していた。

 大森先生と桐島洋子さんの講演内容も、大変興味深い内容だったのだが、テーマが分散してしまうので、詳細は後日書かせていただくことにして、今日は横森理香さんについて書いておきたい。

 愛しの筋腫ちゃんもっと健康、もっと幸せ!―愛しの筋腫ちゃん Part2を読まれた方ならご存知だと思うが、横森さんは、三十三歳で子宮筋腫が発覚するまで、とにかく生活がすさんでいた。友達と夜中まで遊び歩いて深夜に帰宅するような日々が続いていたと言う。横森さんは、病気になってもおかしくないような状況を、自ら作り出していたのだった。

 そんな横森さんは、子宮筋腫の発覚で、健康について真剣に考え始める。横森さんの子宮筋腫は、最も大きいものが直径十センチで、数は十個くらいあったそうだ。私の状況とそれほど変わらない。横森さん曰く、今でも産婦人科に行くと、子宮筋腫は残っているのだそうだ。しかし、それだけ子宮筋腫があっても、筋腫は既にエネルギーを失っている状態なので、貧血に見舞われることもなく、もう悪さをしないのだそうだ。そう言えば、私も貧血の症状は現れていない。横森さんのその言葉で、また少し希望が沸いて来た。

 現在では、横森さんは生活をすっかり改め、健康維持に関するエッセイをいくつも書かれている。不健康な生活を送っていた横森さんが、健康を取り戻し、健康になることでハッピーになれたと、健康を取り戻してハッピーになるプロセスを世の中に伝えて行くために、健康に関する著書を書かれているのである。何と説得力のあることだろう。


講演中の横森さん1

病気はネガティヴな感情が引き起こし、健康はポジティヴな感情がもたらす横森さんはおっしゃった。

ネガティヴな感情は、呼び水のように、心配している状況を引き起こしてしまうのだそうだ。

幸せ(Happiness)とは、Love(愛), Work(仕事), Play(遊び), Worship(信仰)のそれぞれの中間地点にあると、横森さんはおっしゃった。この図は、横森さんが通っている歯科医院のホワイトボードに書かれていたものだそうだ。

講演中の横森さん2

ホメオパシーについて、ヴァイタルフォースの図を描いて説明してくださった。
中心にあるのは、おそらく魂と呼ばれるものである。
人間の身体は、魂を中心にして、図に描かれたらせん状の回転した状態を保ちながら、自分の身体にとって悪いものを自分の身体の外に押し出して行くパワーを持っている。

 私は、横森さんが、愛しの筋腫ちゃんもっと健康、もっと幸せ!―愛しの筋腫ちゃん Part2を執筆された頃よりも、数段パワーアップされているのを実感した。前出の著書を書かれた頃の横森さんは、スピリチュアルな方面に関して、まだまだ模索されている段階であったように思う。当時の横森さんは、他の人の言葉を借りながら健康について書き綴っているといった印象を受けていた。しかし、今回の講演会では、健康に関する講演内容が、既に横森さん自身のものになっていた。例え元は人から伝授された健康哲学であったとしても、横森さんが媒体となり、世の中の人たちに伝えて行くことに対し、迷いがない様子が伝わって来た。

 著書というものは、その作家にとってのある段階においての真実に過ぎず、著書だけが過去の産物として取り残され、それを書き上げた生身の作家自身は、どんどんパワーアップして行くものだ。そのために、講演会のように生身の作家に触れられる場所では、過去の著書と現在の作家とのギャップを埋める場所になって行くのだ。

 私は、三人の講師の方々の講演に熱心に耳を傾けながら、とてつもなく大きなエネルギーに包まれていた。講演会が終わったあとは、興奮状態に陥っていたほどだ。特に、桐島洋子さんと横森理香さんという生身の作家さんの講演は、私の中で潜在的に眠っていた「書きたい」という強い願望と夢を強烈に刺激してくれた。文月のふみの日に生まれた私の魂は、「書く」ということを職業にしている人たちを目の前にして、私自身も「書く」ことが大好きだったことを思い出したのだ。

 講演会が終わったあと、横森さんにお願いして、持って来ていた愛しの筋腫ちゃんにサインをいただいた。サインをいただくとき、私は、
「この本に励まされました」
と一言添えた。直径十二センチの彼女も、もっと健康、もっと幸せ!―愛しの筋腫ちゃん Part2にサインをいただいた。その後、横森さんに握手をしていただいた私たちは、興奮状態のまま、会場をあとにした。

横森さんにいただいたサイン

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、物書きになりたかったことを思い出しました。そのために、公募ガイドを毎月買っていたことも思い出しました。現在、「書く」という情熱は、「ガンまる日記」を毎日綴ることによって満たされています。でも、私の魂は、もっともっといろいろなことを思い出しました。私はいつか、ソウルメイトとツインソウルの愛の物語を映画にしたいのです。これは、ずっと以前からの私の夢でした。そして、今の私自身が、その大きな夢に向かって歩いているかどうかを考えました。講演会が終わってから、直径十二センチの彼女とお茶をしながら、その夢を語りました。彼女は、「本を書いて、手作り市で売ればいいんじゃない?」と言いました。(笑)そのとき私は、そんな身近なことにさえも向かっていないことに気がついてしまいました。

さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.24

家と体型

 ご存知の方も多いと思うが、我が家では、ガンまるコムという自宅サーバを立ち上げて、いくつかのホームページを運営している。我が家のインターネット接続環境は、マンション型の某VDSLなのだが、この接続環境が恐ろしく遅い。深夜になると、普段、通勤に持ち歩いているモバイルカードで接続したほうが速いのではないかと思えるほど遅くなることがある。我が家のインターネット接続環境が遅いということは、ガンまるコムにアクセスしてくださっている皆さんもまた、ご不便を感じていらっしゃるはずだ。

 そこでとうとう、我が家のインターネット接続環境にも、ADSL回線を導入することになった。と言っても、実は、現在の我が家の電話回線はISDN回線を使ってインターネットに接続していた頃のままなので、ADSL回線に切り替えるには、ISDN回線からいったんアナログ回線に戻さなければならない。

 これまで何故、ISDN回線にこだわり続けて来たかと言うと、ISDN回線で使えるデジタル電話機を好んで愛用していたことと、ISDNのiナンバーというサービスを利用して、電話番号を二つ持ち、通常の電話回線用とFAX用の回線を切り分けて使っていたからである。デジタル電話機は、コンサートの電話予約のときに効力を発揮してくれていた。デジタル電話機を使うと、通常のアナログ回線から電話を掛けるよりも、若干速く繋がるため、コンサートの電話予約には有利だったのである。しかし、最近は、郵便振替によるチケット申し込みが多くなり、コンサートのチケットを電話で予約することもなくなってしまった。また、電子メールの普及により、FAXを送信して来る人もほとんどいなくなって来た。そこで、この際、思い切ってアナログ回線に戻す工事をしてADSL回線に切り替えようと思ったわけである。その工事のために、近々、NTTの工事担当の人が我が家にやって来ることになっていた。

 実は、我が家に人がやって来るというのは、大変なことなのである。夫婦共働きで、二人とも大雑把なO型(一部のO型の人からは、おおらかなO型と言ってくれという声もあるかもしれない)の私たちである。家の中がどんなに汚くても、二人の間に愛があればそれでいいと思いながら、これまで一緒に過ごして来た。友人が我が家を訪問したがっても、ひたすら断り続けて来た。既に私たちの家は、私たち二人だけの秘密基地のようなものになりつつあった。しかし、NTTの工事の人がやって来るなら、家を片付けないわけには行かない。

 そこで、先日の三連休のあたりから、少しずつ二人で家の片付けを始めていた。鳩のいるベランダ掃除のときもそうだが、片付けのときはいつもガンモが率先して動いてくれている。私は、ガンモ隊長の指示に従って動いている。ガンモは汗だくになりながら、積極的に力仕事をこなして行った。しかし、せっせせっせと動いてくれるのはありがたいのだが、私がもう少し取っておきたいものを、容赦なくゴミ袋にどんどん捨ててしまうのだ。
「こら! 私の物だと思って、容赦なく捨てるね!」
と私はガンモに文句を言うのだが、片付けにノリに乗っているガンモにとっては、そんなことおかまいなしだ。そのくせ、私が片付けようとすると、
「まるみはもういいから、あっち行って休んでな」
などと言う。どうやら、自分がもう少し取っておきたいものを、私に捨てて欲しくないようである。そう、私たちは二人とも、極度の貧乏性なのだ。

 ところで、私が奥のほうで作業をしていると、片付けをしながら、ガンモが何かつぶやいているのが聞こえて来た。一体何を言っているのだろうと思い、ガンモの声に耳を傾けてみると、
「長いこと、どうもありがとうありがとう」
などと言っている。ガンモに目を向けてみると、ガンモが長年愛用した冬物のコートに向かって、語りかけているのが見えた。
「このコートはね、俺が社会人になって初めて買ったコートなの」
とガンモが私に言う。ガンモによれば、二十一年前に、ン万ン千円も出して買ったコートだそうである。ガンモは、袖がすり切れて、ポケットが破れてしまったそのコートに別れを告げたあと、そっとゴミ袋の中に埋めた。

 お風呂に入っているときに、ガンモがポロッと私に言った。
「そう言えば、まるみの○○○のリュック、捨てといたから」
「ええっ?」
私は驚いた。特別お気に入りというわけではなかったが、長いこと使っていなかったそのリュックを、ガンモは捨ててしまったらしい。捨ててしまったゴミは既に、マンションのゴミステーションの中にあるのだそうだ。確かにあのリュックは、四十歳を過ぎた女性が背負うものではなかった。しかし、自分のお気に入りの物に関しては寛大で、私のお気に入りの物は気前良く捨てるガンモに対し、私は、
「ええっ?」
と言いながらも、許容しているのがわかった。私たちは、どちらかが能動的になっているときは、もう片方が受動的になっている。そんな相性だ。

 結局、この一週間で、大きなゴミ袋に十袋以上のゴミを捨てた。ダンボールもたくさん潰して捨てた。そのくらい、我が家は不要なゴミを溜め込んでいたようである。しかし、それでもまだまだ家がすっきりしない。これをきっかけに、積極的に不要品を捨てることができればいいと思うのだが。電話工事だけでなく、近いうちに、絶対に断れないような大物が遊びに来たいと我儘を言ってくれないものだろうか。そうでもしなければ、我が家はなかなか片付かないような気がしている。どうも最近は、家と体型がリンクしているように思えてならないこの頃である。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「精神世界のはなし」のインフォメーションに書きました九月二十六日の情報に、一部修正事項があります。実は、九月二十六日は、ISDN回線からアナログ回線への切り替えの工事だけで、ADSL回線への切り替えは行われません。そのため、九月二十六日にガンまるコムへのアクセスが一時的に途切れるということはありません。のちにインフォメーションの内容を訂正させていただきます。それから、掲示板にたくさんのコメントをありがとうございます。現在、「コメントを一つも漏らさず返信しようキャンペーン」を実施中です。過去にいただいたコメントにまだまだ返信できていないものがあることや、電子メールのやりとりなどもあるため、順番に少しずつメントを書かせいただいております。どうぞご了承ください。さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.23

ホットヨガ(十五回目)と映画『日本沈没』/『もしも昨日が選べたら』

 「まるみ、ホットヨガには行かないの? もう十時半だよ」
隣に寝ているガンモの声で目が覚めた。ガンモが午後から仕事だと言うので、三宮店での十一時半からのホットヨガの予約を入れてあるのに、ベッドの中で二度寝してしまい、次に目が覚めたのは十時半だった。前日の夜、残業で帰宅が遅くなった上に、深夜まで活動していたため、目覚ましが鳴っても起きられなかったようだ。ガンモが起こしてくれなかったら、とても悔しい結果になっていた。私はガンモにお礼を言い、急いで支度を整えて慌しく出掛けた。ガンモが起こしてくれたおかげで、三宮店での十一時半からのレッスンに間に合った。スタジオに入ったのは、レッスン開始の五分前だった。

 先週の土曜日に出会ったあの魅力的なインストラクターに当たりますようにと、心の中で祈っていたが、それは叶わなかった。それでも、久しぶりに、バランスのポーズで鷲のポーズを体験し、ビギナーコースのレッスンに少しだけ変化が生まれた。

 朝起きてすぐに、ほとんど朝ご飯も食べずに出掛けたためか、スタジオに入った途端、汗が滝のようにダラダラ出て来た。ほとんど身体を動かすことのないウォーミングアップの段階から、私はたくさんの汗をかいていた。ホットヨガは、レッスン開始の二時間前までに食事を済ませておかなければならないのだが、実は、少しだけお腹がすいたので、カロリーメイトを二ブロックだけかじった。しかし、二ブロックだけでは足りなかったので、ほとんど空腹のままレッスンにのぞんだのである。空腹に近い状態だと、レッスン開始直後からこんなにも汗が出て来るものなのだろうか。このことから、消化のために費やすエネルギーが存在していることを実感した。身体の中に同じエネルギーしか存在しないなら、身体が消化のために費やすエネルギーを必要としない場合、その分のエネルギーは、カロリーの消費に回されるのだと思った。だから、ホットヨガはできるだけ空腹に近い状態でレッスンを受けるのが望ましいと感じた。

 レッスンを終えて、ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは既に仕事先に移動したようだった。何時頃仕事が終わるのかを確認してみると、二十一時頃までかかると言う。私は、先週と同じように、映画を観ようと漠然と計画していた。

 お昼ごはんを食べたあと、机のある場所で「ガンまる日記」を書き上げた。てんちゃん、りさちゃん、ここ数日の日記に対してのコメント、どうもありがとう。(あとから、ちーちゃんもコメントをくれていた。どうもありがとう。)そう、お互いにとっての鏡。実は、彼女にメールを書きながら、まさしく鏡であることを実感していた。本当は交流を辞めたくなかったことを正直に書いて送ったら、彼女からも丁寧なメールが届いた。まだ、お互いに相手に対して求めている部分があるが、メールの内容は、ある部分についてはとても耳が痛く、ある部分については心地良いという感じである。ただし、ものごとに対する考え方、感じ方がまったく異なる相手であることは否めない。これまでの交流では、その違いにスポットが当てられることが少なかった。しかし、話が通じないから私との交流をやめると言っている彼女が、丁寧なメールを書いて来てくれたことがとてもうれしかった。この先も、どちらかが相手の話を吸収しなければ、お互いの主張ばかりのやりとりになってしまうのだろう。しばらくは、彼女とメールのやりとりが続くことになるかもしれない。私がメールを書けば、ちゃんと返してくれる相手であることはわかった。

 「ガンまる日記」を書いたあと、私は映画を二本観ることにした。『日本沈没』と『もしも昨日が選べたら』である。金券ショップで格安の映画チケットを購入し、映画館に入ってからガンモに電話を掛けてみると、二十一時過ぎまで仕事にかかると言っていたガンモが、十八時過ぎには上がれると言う。突然、仕事の終了時間を変更されても、映画館に足を踏み入れてしまった私は(実は、入口で映画二本分のチケットを同時に切ってもらった。そういうことをする人はあまりいないらしく、係の人が戸惑っていた)、もう映画を観るしかない。

 ガンモの仕事が早く終わると聞いて、何となくしっくりしない気持ちを抱えながらも、私は一本目の『日本沈没』を観た。こちらは、さすがに酷評されているだけあって、なかなか感想を述べにくい映画であった。やはり、旧作が存在しているだけで、こんなにも比較の対象になってしまうとは。ただ、日本列島が崩壊して行くCGは、かなり手が込んでいたように思う。残念なのは、これほど壮絶なドラマでありながらも、心に残ったものがほとんどなかったというところだ。三十年前に公開された旧作をもう一度観てみたい気がする。

 『もしも昨日が選べたら』は、涙と笑いの絶えない映画だった。内容的には、『天使のくれた時間』と『バックトゥーザフューチャー』と『シティ・オブ・エンジェル』のエッセンスが少しずつ入っている映画だと思った。こういう映画を観ると、人は、失敗の中で学ぶことの方がいかに多いかを改めて実感させられる。万能リモコンで自分に影響を与える人物や出来事を早送りしたり、消音にしたり、巻き戻したりできるという発想は、なかなか面白い。しかし、便利なものは、同時に不便な要素も持ち合わせているといったことが的確に表現された映画でもあった。

 映画を観終わってガンモに電話を掛けてみると、何と、ガンモは三宮に着いたばかりだと言う。結局、いったん仕事を終えたものの、私が映画を観ているので、仕事先でそれとなく私が映画を観終わるのを待ちながら、車で来ていた同僚に三宮まで送ってもらったのだと言う。私はうれしくなり、すぐにガンモと合流した。ガンモと再会したあとの私は、
「帰りにガンモと会えて良かった」
と何度も何度も繰り返した。きっと、『もしも昨日が選べたら』の内容が、ガンモと半日離れていた私をセンチメンタルな気分にさせたのだと思う。

 それにしても、ホットヨガに通い始めてから、余計に外食が多くなってしまったような気がする。積極的に身体を動かすことを選択すると、どうしても外出するようになり、外出するとお腹が減ってしまい、外食することになる。更には、出掛けたついでに映画も観たくなって映画も観る。そうなると、帰りもおなかが空いて外食になってしまう。確かに身体を動かすことは実現できているものの、食生活にはあまり良くない。お弁当を作って持ち歩くには、ホットヨガの荷物があまりにも多過ぎるし、これから寒くなるにつけ、お弁当を食べる場所も限定されてしまう。はてさて、この問題をどうするべきか。『もしも昨日が選べたら』の通り、何かを選べば別のところで弊害が出てしまうのを実感してしまうのだった。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m きのうまでの件は、これからどのようにギャップを埋めて行くか、という段階に入ったのかもしれません。まだまだ気を抜ける状態ではありませんけれども。もしも気にかけてくださっている方がいらっしゃいましたら、この場をお借りして、厚くお礼を申し上げます。不思議なのは、直径十二センチの派遣仲間の女性も、話の長い女性とのことで、私とまったく同じような問題に直面していたことでした。職場のメールで、厳しいやりとりが展開されていたようです。

 『もしも昨日が選べたら』は、泣き笑いの連続でした。同じ映画館でも、声をあげて笑っている人がたくさんいらっしゃいました。私からのお勧めの映画です。

 さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.22

色眼鏡

 心の中でくすぶっているものを、なるべくわからないようにオブラートに包んで書くべきか、それとも、単刀直入に書いてしまうべきか。はたまた、まるで何ごともなかったかのように振る舞うべきか。「友達の友達は、皆、友達か」というテーマについて書き始めてからも、私の中では様々な想いが交差していた。でも、乗りかかった船だ。この際、乗ってしまおう。

 私が今回の一連の記事を書いている間、非公開掲示板で絶縁状態になってしまった女性が、私のサイトや「ガンまる日記」を読みに来てくれていた。私は、彼女のアクセス記録を確認し、彼女の中に何らかの後悔があって、もう少し私への理解を深めようとしてくれているのではないかと期待しながら、記事を書いていた。しかし、彼女のアクセス記録は、かつてのようにブラウザのお気に入りからのアクセスではなく、検索エンジンからのアクセスに変わっていた。管理人としては、これまでブラウザのお気に入りからアクセスしてくれていた人が、検索エンジンからのアクセスに切り替えてしまうというのは、なかなか寂しい気持ちになるものである。もう交流はしないと宣言されてからも、彼女はしばらく、私のサイトをお気に入りから外すことなく、しばしば様子を見に来てくれていた。私としては、もう少し彼女との交流を深めておきたい後悔があった。しかし、彼女は、彼女と強く結びついている心の友との交流を尊重したいために、私とは距離を置くことにしたのだと思っていた。その後、彼女は私のサイトをブラウザのお気に入りから外したが、外してもなお、気になっていたのか、検索エンジンを頼りにアクセスしてくれていた。

 きのうの記事を書き終わったとき、私は、自分の掲示板で彼女に向かって呼びかけようと思っていた。しかし、彼女のほうから私のところにメールが届いたのである。そのメールは、「『ガンまる日記』を読んで、気になることがあったのでメールする」という書き出しだった。

 掲示板に書き込まれた内容ならば、ここに引用しても差し支えないとは思うのだが、メールの内容については、詳しく書くことはできない。だから、メールの内容ではなく、彼女からのメールを読んだときの私の気持ちを中心に書き残しておこうと思う。

 一言で言って、私は彼女からのメールを読んで、彼女が見ている私の姿と、私が自分で見ている自分の姿との間に大きなギャップを感じた。彼女が私のことを想像しながら書いている内容が、ことごとく外れているのである。私は、彼女からのメールを読みながら、何度も何度も大きなため息を漏らした。時には、激しい怒りさえ感じた。そうなのだ。非公開掲示板を閉じる直前も、このようなチグハグなやりとりを繰り返したことを思い出した。彼女からは、本当の私が見えなくなってしまっていた。かつて、「ガンまる日記」を熱心に読んでくれて、何度も感想のメールを送ってくれたはずの彼女が、今では別人のように変わってしまっていた。かつての彼女は、「ガンまる日記」が好きだと言ってくれた。ガンモと私の愛がとても温かいと。私自身も、彼女の温かさに何度も触れた。それなのに、何がこんなに彼女を変えてしまったのか。それは多分、彼女を取り巻く相対性だ。

 彼女は私のサイトで、心の友に出会った。しかし、彼女の心の友は、私からはとても遠い存在だった。私は、彼女の心の友の魂には触れることができなかった。彼女の心の友が、何を大切にしながら生きている人なのかを理解することができなかった。しかし彼女は、自分の心の友のいる位置へと大きく傾いた。その結果、私が見えなくなってしまったのだ。彼女にこれまであったはずの、私への共感がなくなってしまった。彼女が私へのメールに書いて来た内容は、彼女が自分の心の友のほうに大きく傾いた位置から、色眼鏡をかけて私を見た内容ばかりだった。

 非公開掲示板を閉じる少し前に、オフ会の話が出た。私が関東地方に行くのは、ハワイから帰って来た直後であったこともあって、私はオフ会への参加には消極的な姿勢を示していた。夜はライブに参加する予定だったため、できるだけ身体を休ませておきたい気持ちもあったからだ。更には、掲示板を通じてうまく交流が成り立っていないというのに、実際に会って、何かが変わるとも思えなかった。私は、自分のサイトや「ガンまる日記」で自分らしさを最大限に表現しているので、そこで表現している私を受け入れられないと言っている人たちとリアルで会って、楽しい時間が過ごせるとは思えなかったのだ。しかし、彼女は、そのことについても、色眼鏡で見ていた。彼女が私との交流を断ったのは、私と話が通じないからであって、話が通じない私が、オフ会に対して消極的な姿勢を示したため、リアルで会ってカバーすることもできないので、言葉だけしかないネットの交流は難しいということだった。

 私は、これを読んだとき、とにかく大きなギャップを感じた。彼女の考えは、私の考えとはまったく異なっていた。私は、何故、オフ会に関する考え方がこんなにも違うのかを考えた。私は、絵は相当下手だが、自分の気持ちや状況を文章で表現して行くことに対しては抵抗がない。しかし、文章で自分を表現することが苦手な人もいる。そういう人は、リアルで会うことによって、文章で表現できない部分を埋め合わせたいのだろう。私の場合はそうではなく、ネットでの交流が成り立たないのに、リアルには転べないと思っていたのである。

 私は、彼女にメールの返事を書きながら、かつてのやりとりを思い出して、涙した。あの頃は私も、彼女の魂に触れることができたのに。そして、彼女へのメールに、私はあの頃のあなたが大好きだったと書いた。そのときに、かつて触れたはずの彼女の魂の感触を思い出した。かつての感覚が蘇って来たとき、私にはまるで、現在の彼女が別人の皮をかぶった存在であるかのように思えた。彼女が色眼鏡をかけて私を見ていることが、残念でならなかった。

 私は彼女に、もしも否定的な感情を持って私のサイトを見ているなら、私が私らしくいるために、私のサイトを訪問しないで欲しいとメールに書いた。そして、彼女の書いている私に関することが、彼女自身の色眼鏡を通して見た私の姿だと強く反論した。彼女からは、すぐにメールが返って来た。やはり、私とはわかり合えないから、私のサイトはもう訪問しないと書かれてあった。

 果たして、本当にこれでいいのだろうか。これで解決なんだろうか。単に、お互いに、かけていた色眼鏡を外せばいいだけなんじゃないだろうか。私は、かつて彼女の魂に触れていた頃の自分を思い出すことができる。その頃のことを、お互いに思い出せばいいだけなんじゃないのだろうか。サイクルを持って満ち欠けする月のように、人間だって、美しく輝ける時期もあれば、そうでない時期もある。でも、例えば月が新月に変わってしまったからと言って、二度と満月がやって来ないとは誰も思わないだろう。満月を見たいなら、満月になるのを待てばいい。満月になるのを待たずに、新月になって輝きを失った月を見放したりはしないだろう。人間だって、エネルギーが落ちている時期がある。その一番辛い時期に見切りをつけて、満月だった頃のことを簡単に忘れて、もうこれから先、ずっと光を失ってしまった存在であるかのように振る舞うのは何故なんだろう。何故、一番良かった時期を簡単に忘れてしまうのだろう。更には、本当の友達って何なのだろう。一番落ち込んでいるときに突き放すのが本当の友達なんだろうか。

 ああ、何だかまたもやもやして来てしまった。色眼鏡を外すということは、輝いていた時期を思い出し、過去を水に流すということだ。果たして、これから先、お互いにそれができるのだろうか。それは私にはわからない。このあと、彼女にメールを書く。最後のメールになるかもしれないし、お互いの色眼鏡を外すきっかけになるかもしれない。何か進展があったら、また報告させていただくことにしよう。できれば、明日は別の記事を書きたい。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一度晴れたはずのもやもやが、また戻って来てしまいました。人間関係は、何故、こんなにも醜くこじれてしまうのでしょう。せっかく長い時間をかけて交流しても、一度こじれてしまうと、過去にわかり合ったことや、共感していたことさえもすっかり忘れてしまうのは、とても悲しいものですね。今の彼女が本当の彼女なら、私はかつて、彼女の魂の偽物に触れていたのでしょうか。また、長いこと「ガンまる日記」を読んでくださっている方におうかがいしたいのですが、「ガンまる日記」の初期の頃と今の私で、私の考えが見えなくなってしまったということはありますか? それにしても、色眼鏡を外す瞬間って、一体どんなときなんでしょう。また、女性同士は、お互いに言いたいことを言い合ってもなお、交流を続けて行くということは難しいのでしょうか。さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.21

個別とグループ

 もう少し、心のもやもやを整理しておきたいので、きのうとは違う面からのアプローチをしてみたい。

 私は、長年、同じ音楽アーチストを応援し続けている。そのアーチストのライブに出掛けると、私と同じように、そのアーチストを長年、応援し続けているファンの友人たちと顔を合わせることが多い。これまでの主な流れとしては、ライブのチケットが届いた時点でお互いの座席番号を教え合い、ライブ当日の開演前にどちらかが相手の席まで出向き、話をするというものだった。世の中に携帯電話が普及してからは、開演前に会場の入口付近で現在地を確認し合い、話をすることが多くなった。

 このときにありがちなのは、誰かと話をしている最中に携帯電話が鳴り、別の友人から、
「今、どこにいるの? 私はここにいるよ」
などと誘われてしまうことである。私は内心、
「こっちの話がまだ終わってないんだけどなあ・・・・・・」
と思いながらも、電話を掛けて来てくれた友人にも愛想を振りまいている。しかし、電話を掛けて来てくれた友人は、私が先に話しをしていた友人とは面識がない。そのため、私が両方の友人と個別におしゃべりをすることになってしまう。

 ここで私は、ハワイでスターオブホノルル号に乗船したときのことを思い出す。あのとき、初めて顔を合わせたアメリカ人のカップル同士が、
"Nice to meet you."
と言いながら、手を差し出して、握手をしていた。そう、日本にはこれがないのだ。だから、いきなり、「友達の友達は、皆、友達」にはなりにくい。おそらくだが、上記した両方の友人が話を始めるのは、二人が別の場所で、私抜きに出会ったときだ。

 彼女たちは、
「まるみちゃんのお友達ですよね?」
などと言いながら、歩み寄り、私をネタにして話を始めるはずだ。そこで意気投合して初めて、「友達の友達は、皆、友達だ」が成り立つのである。

 ライブの行われる会場付近で、お互い面識のない友人同士の間に立って話をしているとき、私はいっそのこと、彼女たちが交友関係を結んで、話を始めてくれたらどんなに時間を短縮できるだろうと思うことがある。友人関係がブロックで繋がらず、個別の交流をしているときは、二人を相手に同時に話をすることができない。まず、最初に話をしていた友人に語りかけ、その反応を確かめたあと、もう一人の友人のほうを向き、話題を振るといった展開になる。そんなとき私は、個別に付き合いのある友人同士が、同じグループに属するならば、もっと効率的なコミュニケーションが成立するのではないかと考えてしまうのだ。例えば、私からのアクションが一つで、二人に向かって同時に語り掛けることができたらいいのにと。

 こうした役割を持って、効率良く成り立っているのが、インターネットの掲示板だと思う。だからなのか、私が個別に交流しているリアルの友人たちの多くは、私のホームページの掲示板には書き込みをしない。掲示板は、「友達の友達は、皆、友達」が成り立っているグループ向けのツールであり、個別の交流には向かないからだ。

 掲示板などのグループをターゲットにしたツールを使えば、複数の人と効率良く交流することができる。しかし、それでも、万事OKというわけには行かない。グループで交流を始めると、往々にして浮上して来るのは、「○○ちゃんにはこれを言えるけど、△△ちゃんにはこれは言えない」という問題である。掲示板で交流している場合は、こうした問題を電子メールでカバーすることになる。また、時には、人と人のブロックがうまく繋がらないこともある。そういうときは、繋がらないブロックがグループのチェーンから外れ、個別の交流に変わる。しかし、個別になれるならまだいい。きのうの記事のように、お互いに心に傷を残したまま、崩壊することもあるのである。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本当にたくさんの方が反応してくださって、とてもうれしく思っています。おかげ様で、きのうの記事を書き上げてから、心のもやもやは少し晴れたのですが、実は、新たな段階に入ったかもしれません。これは、前向きの兆しなのかどうか、確かめるために、私は近々、掲示板で、思い切った行動を取ることになるかもしれません。できる限り、愛を持って行動したいと思いますので、皆さん、どうか温かく見守ってやってください。さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.20

友達の友達は、皆、友達か?

 夏の初め頃からずっと、私の中にもやもやとした思いがある。今日はここで、そのもやもやした思いを整理してみたい。

 今でも放送されているのかどうか知らないが、昔、『笑っていいとも!』というバラエティ番組の中に、テレフォンショッキングというコーナーがあった。著名人のゲストが、自分の友達や知り合いを、次なるゲストとして自ら電話を掛けて呼ぶというものである。私は、次に呼ばれる著名人が大物ゲストだったらいいのにと、わくわくしながら見ていたものだった。

 そう言えば、私も、観覧希望ハガキを出して、何度か公開生放送を見に行ったことがある。昔のスタジオアルタは、『笑っていいとも!』のあとにも公開生番組が放送されていて、公開生放送の二本立てプラス放送終了後のお楽しみプログラムもあって、なかなか愉快なひとときを過ごすことができたのだ。テレフォンショッキングのゲストが、会場の人たちにプレゼントを持って来てくれるのも楽しみだった。それとは別に、私は、『笑っていいとも!』の「年齢当てコンテスト」の予選にも足を運んだことがある。しかし、私よりも年齢不詳の強敵が居たため、採用はされず、予選落ちになってしまった。さて、話が脱線しかけたので、話を元に戻そう。

 『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」のコーナーがきっかけになって、「友達の友達は、皆、友達だ。世界に広げよう、友達の輪。WA!」というフレーズが流行語になっていた時代があった。そう、前置きが長くなってしまったが、今回の記事で取り上げたいのは、本当に、「友達の友達は、皆、友達か?」というテーマである。

 数年前、私はインターネットの掲示板を通じて、二人の若い女性と出会った。彼女たちは、そのサイトの管理人さんも含めて、別サイトで知り合った間柄らしい。二人は、私の運営しているサイトの掲示板に書き込みをしてくれたり、二人と私が出会ったサイトの管理人さんの掲示板で会話を楽しんだりした。しかし、あることがきっかけで、私は、そのうちの一人の女性との交流が成り立たなくなってしまった。お互いに話がかみ合わず、ついには大喧嘩にまで発展してしまったのである。そのとき、彼女と仲の良かったもう一人の女性は、私とその女性のやりとりを静かに見守っていた。

 それ以来、大喧嘩をした女性とは、まったく交流がなくなってしまった。私は、彼女たちと出会ったサイトの管理人さんと、彼女と仲の良かったもう一人の女性を、私のいざこざに巻き込んでしまったことを申し訳なく思った。その後、私が最も頭を悩ませたのは、彼女と仲の良かったもう一人の女性と、今後、どのように付き合って行ったらいいか、ということだった。

 彼女は、私が大喧嘩をした女性とのことは抜きにして、今後も私と交流を持ちたいという意志を示してくれていた。しかし私は彼女に対し、どのような態度を取っていいかわからず、次第に彼女からのアプローチを避けるようになってしまった。今思えば、距離の取り方が難しかったのだと思う。大喧嘩をしなかった彼女とフレンドリーな関係を結んでしまうと、喧嘩をした女性が快く思わないのではないかと勝手に気を回したのである。しかし、私は彼女と直接大喧嘩をしたわけではない。ただ、彼女が私と大喧嘩をした女性と仲が良かったというだけのことだった。

 一方、二人と知り合ったサイトの管理人さんは、その後もちゃっかり私が大喧嘩をした女性とは交流を持っていた。しかし、その交流も、一年経ち、二年経った頃にはすっかり途切れてしまったようだ。現在は、そのサイトの管理人さんと私との交流が続いているだけで、彼女たちとの交流は一切なくなってしまった。また、彼女たち二人も、目に見えている限りでは、既に交流が途絶えてしまっているようである。

 こんなことがあってから、私は大喧嘩をしたわけではないのに避けてしまった女性に対し、ずっと申し訳ない気持ちを抱えていた。しかし、あのとき私はどうすれば良かったのかと考えると、なかなか答えを出すことができなかった。

 そうこうしているうちに、今度は私が逆の立場に回ることになった。またしてもネットでの話なのだが、先ほどとは別のサイトを運営していた管理人さんとの折り合いが悪くなってしまった。しかし、管理人さんとは折り合いが悪くなっても、そのサイトで知り合った別の人との交流が続くということがあった。その人は、サイトの管理人さんとの交流は別のところに取っておいて、私との交流を個別に進めてくれたのでる。私は、最初のうちは戸惑いながらも、そうした行為がとてもうれしかった。そのときになって初めて、「ああ、私も数年前に、このような選択を取ることができたら良かったのに」と思ったのである。

 先日、掲示板にも書かせていただいたように、今年の夏の初めに、五年間続いた非公開掲示板をクローズすることになった。そのときに、上記したような人間関係のもつれが、これまでとはまったく違う立場から起こった。そのとき、私には、個別であっても継続させたい交流があったのだ。しかし、私とは別のところでの結びつきが強く、それは適わなかった。私は今も、そのことが残念でならないのである。

 何しろもやもやしている状態なので、整理するために、あれこれ書いてしまって申し訳ない。これまた昔話になるのだが、私はガンモと結婚してから数年間、独身の頃から付き合っていた音楽関係の友人と、東京に出掛ける度に時間を作って会っていたことがあった。彼女はガンモと一緒には会うことができないタイプの友人で、私が彼女と会っているとき、ガンモには秋葉原で時間を潰してもらっていた。私は、ガンモと離れてしまうのが寂しくて、ガンモも一人で寂しくしているのではないかと気になって仕方がなかった。

 あるとき私はガンモに、
「まるみは東京に行く度に○○ちゃん(その友人)と会ってるけど、ほんとに○○ちゃんと話が合ってるの?」
と言われてしまった。ガンモはなかなか鋭いところを突いて来る。ガンモから見ると、私は○○ちゃんとは合っていないと思っていたらしい。事実、その通りだった。私は、何となく無理をして、ガンモと離れ離れになりたくないと思いながらも、無理に時間を作り、○○ちゃんと会っていた。

 ○○ちゃんは、アイドル系アーチストのファンでもあり、私の名前を使ってそのアイドル系アーチストのファンクラブに入り、コンサートチケットの獲得枠を増やしている人だった。もちろん、私が自分の名前を貸すことに同意したわけなのだが。また、そのアーチストが出演するテレビの公開番組に積極的に応募するために、私の名前やガンモの名前を使わせて欲しいと言って来て、しばしば応募ハガキを出していた。私は何となく、○○ちゃんとは友人の間柄ではなく、利用されている関係なのではないかと思っていた。○○ちゃんに対するそうしたストレスが、ガンモにも伝わっていたようだ。だから、○○ちゃんと会っているときは、私と離れて一人で行動しているはずのガンモのことが気がかりで仕方がなかったのである。

 結論から言ってしまおう。「友達の友達は皆、友達である」は真である。しかし、この命題が真であるためには、そもそも最初の友達同士の友情が真でなければならない。かつて、私が交流していた若い女性。彼女たちの友情はそれほど固かったわけではなく、わずか数年のうちに途切れてしまった。私は、二人を共同体のようにとらえ、ともに付き合うか、どちらとも付き合わないかの選択で四苦八苦した。おそらく、誰も我慢していなければ、このような展開にはならなかったのではないだろうか。誰かが何かを我慢し、どこかに無理があったからこそ、このような展開になってしまったのではないだろうか。また、会う度にガンモを寂しくさせてしまう○○ちゃんと私の友情も、真のものではなかった。だから、○○ちゃんはガンモと一緒に会うことができなかった。つまり、ガンモと私という真の友情に対し、ブロックのように繋がる相手ではなかったということである。

 友達と友達が両手で繋がることができれば一番いい。しかし、片手でしか繋がらない場合もあれば、片手さえも繋がらない場合もある。それは多分、どこかに結びつきが弱くなっている部分があるからだ。それを騙し騙しに付き合っていると、やがて弱いところが崩壊して行くような出来事を自分自身で引き起こすことになる。

 更に、私にとって、その人との関わりで何か我慢しているかどうかを判断する材料は、ガンモを交えた上で同じ時間を過ごすことができるかどうかであるように思う。例えそれが男性であっても女性であっても。最近の私は、ホットヨガのためにしばしば自分の時間を過ごしている。その時間は私にとって、とても有意義な時間だ。だから、ガンモと離れていることが、心の中では寂しいと思っていても、決して苦痛な時間ではない。しかし、そうでない場合は、ガンモの不在に思いを馳せてしまうのだ。そういう意味で、例えガンモと別々の時間を過ごして会うことになったとしても、その時間を共に有意義に過ごし、帰宅してからガンモに話して聞かせることができるような相手なら、私というブロックとも、ガンモというブロックとも共に繋がることのできる存在なのだと思う。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちょっと今回は、生みの苦しみを味わってしまい、更新が遅くなってしまいました。それでも、ここで表現することで、かなり心の中のもやもやが解消されたように思います。書いたことによって、結論が出たわけではありません。でも、非公開掲示板の崩壊も、自分自身で引き起こしたのですよね。自分自身がその出来事を通しての学びを希望しなければ、何事も起こるはずがありません。私は、同じような状況が起こったときに、自分がしてもらってうれしかったことを、他の人に返して行けばいいのだと思いました。皆さん、ここまでお付き合いくださってありがとうございます。m(__)m さて、今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.19

精油なるもの

 直径十二センチ(実際は、直径十二センチではなかったのだが、「ガンまる日記」に初登場したときの呼び名がそれだったので、しばらくはこのままの呼び名で書かせていただくことにしよう)の彼女から職場のアドレスにメールが届いた。彼女は以前から、
「もう使わなくなった布バックがあるので、まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)にあげます」
と言ってくれていたのだが、今日、その布バッグを持って来てくれたのだと言う。私がホットヨガに通い始めて、大きめの布バックを持ち歩いているのを見て、自分の使わなくなったその布バッグが私の好みに合うと思ってくれたようだった。彼女のメールには、
「手渡しすると目立つので、まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)のロッカーに入れておきました。ロッカーを勝手に開けてごめんなさい」
などと書かれていた。私はそれを読んで、思わず噴き出しそうになった。そこまでオフィスラブに徹するなんて・・・・・・。彼女にしてみれば、これまで仲良くしていた話の長い女性に対し、彼女なりに気を遣っているのだと思う。

 私は、帰り際にコソコソとロッカーからその布バッグを取り出し、中を開けて驚いた。緑を基調にしたデザインと言い、肌触りと言い、大きさと言い、まったくもって私の好みを見抜いていると思った。

 私は、皮バッグやビニール製のバッグよりも、布製のバッグに強く惹かれる。女性ならば、ブランドものの皮バッグを持ちたがる傾向が強いだろうが、皮靴も皮ケースも皮のバッグもあまり好きではない。毛皮のコートも然りだ。

 それはさておき、私はその布バッグがとても気に入ったので、布バッグをもらったお礼として、帰りに三宮でちょっとしたプレゼントを探そうと、漠然と考えていた。ガンモに電話を掛けてみると、仕事が終わるにはもう少し掛かると言う。三宮に着いた私は、ノートパソコンを取り出して、一度書き上げた「ガンまる日記」を推敲しながら、ガンモの仕事が終わるのを静かに待っていた。

 そろそろいい頃だろうと思い、再びガンモに電話を掛けてみると、
「仕事は終わったけど、今、○○なんだよ」
と言う。ガンモの居るのは、三宮に移動するまで、あと三十分は掛かってしまう距離だった。私は待ち合わせ場所を指定して、
「わかった、待ってるよ」
と言って電話を切った。

 私がガンモとの待ち合わせに指定した場所の近くに、雑貨屋さんがあった。普段、あまり利用したことのない雑貨屋さんだったが、もう二十時を回っているというのにまだ開いていた。私はそのお店の雰囲気が気に入ったので、直径十二センチの彼女に何かぴったりのものはないかを探し始めた。アクセサリや時計なども売られているのだが、良く見ると、お香やらアロマオイルやら、スピリチュアル系の補助グッズがたくさん並べられている。

 私は直感的に、これらのスピリチュアル系の補助グッズを直径十二センチの彼女にプレゼントしたいと思った。その中で特に惹かれたのが、エッセンスオイル(精油)だったのである。

 実は私は、この手のスピリチュアル系の補助グッズには少々疎い。それでも、自分自身が弱っているときに、パワーを引き出してくれるグッズであることは知っている。また、こうしたグッズはあくまで副として存在しているのであり、主にはなり得ないことも心得ている。そう言えば、直系十二センチの彼女は、自信を取り戻したいと言っていた。そんなことを思い出しながら、私はそれぞれの精油の説明を読み、これだと思う精油を彼女のために二本、自分自身のために二本、求めた。

 自分で精油を買ったのは、生まれて初めてのことである。私が買ったのは、集中力を高める精油とグレープフルーツのアロマオイルだった。どんなふうに使うのかも良くわからないまま、私は、集中力を高める精油を手に取り、自分の耳の周りにつけてみた。むむむ、なるほど! ほのかな香りが漂う中で、香りに意識を向けることによって、バラバラの意識が一つにまとまって来るのを実感した。私は、寒さから首を守るためにコットンマフラーを使用することが多いので、コットンマフラーに精油を振りかけて使ってみようと思っている。精油に守られているとなると、とても気分がいい。彼女も喜んでくれるといいのだが・・・・・・。

 精油を買って、お店の人に包装してもらった頃、ガンモが現れた。ガンモが私に与えてくれた三十分間は、直径十二センチの彼女と自分のために精油を選ぶ貴重な時間となった。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 投票してくださっている数が以前よりも確実に伸びていて、喜びの悲鳴を上げています。本当にありがとうございます。m(__)m 実は、投票ボタンを記事の中に埋め込んで、皆さんに応援クリックをお願いするのは、最後の手段だと思っていました。最後の手段だから、そこから落ちてしまったらもう立ち直れないだろうと思っていたのです。そういう意味で、少々大袈裟ですが、私は今、断崖絶壁に立っているのかもしれません。(笑)今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.18

ホットヨガ(十四回目)と映画『グエムル -漢江の怪物-』

 ガンモが早朝から仕事だと言うので、私はまたしてもホットヨガの予約を入れていた。ガンモは、先日、新車に買い換えたばかりの後輩の車に乗せてもらって、仕事に出掛けて行った。

 今回のホットヨガのレッスンは、三宮店で受けた。神戸店が休館日だったこともあったのか、またしてもスタジオ内にはびっしりとヨガマットが敷き詰められていた。両手を広げると、一人置いて隣の人に接触してしまうほど密着していた。ただ、キャンセルが出たのか、レッスン開始直前に、一人分のヨガマットがスタジオの外に運び出されていた。レッスンが始まってからは、バタバタとスタジオ内に駆け込んで来る人が二、三人居た。

 今回のインストラクターは、初めて顔を合わせるインストラクターだった。まだ感想も述べないうちからいきなりで申し訳ないのだが、単刀直入に言ってしまおう。美容院のようにインストラクターを指名できるなら、私は今後もこのインストラクターからレッスンを受けたい。ヨガの根本から丁寧に教えてくれる人で、彼女の知っていることをすべて学び取りたいという意気込みにさせてくれる素晴らしいインストラクターだった。彼女は、スタジオ内を見渡しながら、ポーズがうまく取れていない人を見つけると、その人のところに歩み寄り、その人の肉体を気遣いながら、そっと手を添えてくれる。これまで、十数回に渡ってホットヨガのレッスンを受けて来たが、ここまで歩み寄ってくれるインストラクターは初めてだった。私は彼女の歩み寄りに、母性を見た。

 入会以来、私はビギナーコースのレッスンを受け続けているのだが、彼女のレッスンは、これまで私が受けて来たレッスンで習ったポーズとは若干異なるポーズに導いてくれるため、とても新鮮な感じがした。アレンジされたポーズを見逃すまいと、インストラクターから片時も目を離せない緊張感が、また心地良かった。

 これまでは、レッスン中に自分の肉体の舵を取ることで精一杯だった私だが、そろそろ余裕が出て来たのか、次第に精神に意識が向くようになって来た。最初の頃はグラグラしてなかなか保つことができなかった片足で立つ木のポーズも、ようやくグラグラせずにすっと立つことができるようになって来た。それだけ集中力も高まって来たのかもしれない。

 レッスンを終えて昼食を取ったあと、テーブルのあるオープンな場所で「ガンまる日記」を書いた。私は、このあと観る映画を決めていた。それは、映画『グエムル -漢江の怪物-』である。この映画が公開されてからというもの、観ようかどうしようかと迷っていたのだが、せっかく観に行ってもあまり面白くなかったらどうしようという不安が先立ってしまい、なかなか決心がつかなかったのだ。しかし、先日、この映画を観てとても面白かったという感想をブログに綴っている人が居たので、ようやく観る決心がついたのだ。私は、金券ショップで映画の鑑賞券を格安でゲットして、映画館に向かった。

 映画の本格的な感想は、こちらに書いた。この映画は、韓国映画である。漢江という大きな川に突如として現れた怪物に、愛しい娘がさらわれてしまうというストーリーなのだが、娘の安否を気遣う父親カンドゥの様子が、とにかく尋常じゃない。果たして、現実の親でもここまで娘のことを大切に想うことができるのだろうかという演出なのだ。これまでバラバラだった家族が力を合わせ、娘を助けようとするプロセスがとても力強く描かれている。私は、スクリーンに釘付けになりながら、その尋常じゃないほどの感情に酔いしれ、度々涙を流していた。

 この映画は、あたかも家族愛を描いているかのようでいて、実は違うと感じた。賛否両論があるかもしれないが、家族愛そのものよりも、バラバラになった家族が、娘を失った代償として、本来あるべき家族の絆を取り戻して行くプロセスが描かれているように思う。私には、「代償」、「取り戻す」が、この映画のキーワードであるように思える。

 とにかく面白い映画だったので、私は観終わってから、ガンモと一緒に観たかったと少し後悔した。DVDが発売になったら、是非ともガンモと一緒に観よう。ガンモもきっと、この映画のことを気に入るはずだ。

 映画を観終わってからガンモに電話を掛けてみると、ガンモもそろそろ仕事を上がる頃だと言う。しかし、三宮のずっと先で働いていたガンモは、帰りも後輩の車で自宅まで送ってもらうことになっていたので、私は一人で電車に乗った。最寄駅に着くと、ガンモから、
「今、家に着いた」
と電話が入った。またしても、別々のルートを通ったのに、帰宅時間がほぼ同じであることがおかしかった。私たちは自宅近くの近所のスーパーで待ち合わせをして帰宅した。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m うれしくて、うれしくて、涙がちょちょ切れております。皆さんの応援クリックにちゃんと応えられるように記事を書いて行きたいと思っています。実は、このプレッシャーが、なかなか心地がいいのです。(^^) 今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.17

指定型★バトン『男女の愛』

 私は普段、バトンを受け取ることはあまりないのだが、任意のバトンは自主的に(?)もらって来ることがある。今回は、SHANAくんの( ゚Д゚)ヒョエー †dreamer・dreamer†金魚に水をかけられるより、「指定型★バトン」を受け取ってみることにしよう。

■■■〔指定型★バトンのルール〕■■■

◆廻してくれた人から貰った『指定』を 『』の中に入れて答えること。

◆また、廻す時、その人に指定すること。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

▼SHANAくんの指定 → 『男女の愛』

--------------------------------------------------------

◆最近思う『男女の愛』

 統計によると、日本には、セックスレスの夫婦が多いと聞いた。確かに、映画を観ていても、外国の人たちが取っているスキンシップと日本人のスキンシップは違う。日本人は感情を表に出すのが下手なのか、長年連れ添った夫婦は無表情になりがちだ。しかし、外国の夫婦は表情豊かだ。

 先日、電車の中で若い外国人カップルを見かけたが、満員電車の中で、男性が女性を包み込むようにして、後ろから抱きしめていた。普段からこのようなポーズを自然に取ることができるのだから、セックスへの流れもごく自然なのだろう。スキンシップの少ない日本人がセックスレスに転んでしまう要因もわかるような気がする。

 ただ、先日、ハワイに行って思ったのは、外国の人たちは、リタイア後の夫婦関係を良くしようと、意識的に働きかけているということだ。子供がひとり立ちして、夫婦だけの関係に戻ったときに、夫婦の会話がなくなってしまわないような「努力」をしているということである。私は、この「努力」には疑問を感じる(愛し合う二人に、「努力」は必要ないだろうという考え)のだが、外国の人たちは努力することで、夫婦関係を維持しようとしているらしい。そういう面においては、外国の男女の愛は、人工的な要素によって保たれているようにも思えて来る。


◆この『男女の愛』には感動!!!

 いつも掲示板に書き込みしてくださっている皆さんの愛の体験談。何があっても離れようとせず、魂の芯から繋がっている。相手に対する許容があり、いつまでも終わらない愛があることを積極的に示してくれている。私は、掲示板のコメントを書きながら、良く泣いている。

 また、我が家に住んでいる鳩の父ちゃんと母ちゃんの愛にも感動させられている。先日の「ガンまる日記」にも書いたが、父ちゃんが、母ちゃんのつぶれた目の周りを、悪いものをつつき出すようにつついていた

 映画で言うと、『ジェーンエア』。『シザーハンズ』も『君によむ物語』もいい。あと、『蝉しぐれ』も感動的。


◆直感的『男女の愛』

 直感的という表現が「既知感があり、ビビッと来た相手」のことを指すなら、素通りせずに関わってみよう。しかし、既知感がなく、舵の取れないほど引き込まれる相手には要注意。それでも、魂を成長させてくれるだけの課題を与えてくれるだろう。


◆好きな『男女の愛』

 仕事中に想いが込み上げて来て、トイレに駆け込む『男女の愛』。そこで感じるのは、早く家に帰りたいという強い想いと、居心地の良い家庭と職場のギャップである。

 特に私の場合は、ガンモと長い時間を二人で一緒に過ごすことを大切にしている。お互いの夏休みを合わせて長い旅に出掛けたり、仕事帰りに待ち合わせて一緒に帰ったりしている。しかし、長い時間を一緒に過ごせる居心地の良い対象と出会うと、長い時間を一緒に過ごせない対象との関係が、どんどん薄くなりがちでもある。


◆こんな『男女の愛』は嫌だ!

 目的と手段がごっちゃになった男女の愛。例えば、子供を産むために結婚相手を探すとか、玉の輿を狙って結婚するといった行為。つまりは、愛を後回しにした行為。これは、純粋な『男女の愛』からはかけ離れていると思う。『男女の愛』とは別のところにある目的を達成するために、『男女の愛』を手段として利用しているだけだと思う。

 それから、不倫。本来、自分が向き合うべき対象を素通りして、裏で別の対象と新たな関係を結ぶ行為。まるで、学校の宿題をせずに、進学塾に通う子供のようだ。以前は、不倫全般に対し、嫌悪感を抱いていたが、最近は、配偶者と話し合いをして解決して行く前向きな姿勢があるのなら、認められるようになった。これは、私なりの進歩かも。

◆この世に『男女の愛』がなかったら・・・・・・

 これは、なかなか想像力を掻き立ててくれる質問である。この世に『男女の愛』がなかったら・・・・・・。同性愛しか存在しないということになるのだろうか? 親子の愛も、男女の愛がなければ生まれて来ない? でも、単に子供を産むだけなら、愛がなくても性行為だけで生まれる。いやはや、これは、なかなか面白い解説になりそうだ。

 もしもこの世に『男女の愛』がなかったら、男女は手も繋がなければキスもせず、また服を脱ぎ、身体を密着させて固く抱き合うこともしないということになる。それでも、性行為だけが残っているなら、性行為は、単に子孫を繁栄させるためだけのものになってしまうだろう。そうして生まれた子供が、感情豊かに育つわけがない。

 また、『男女の愛』がなければ、不特定多数の対象との性行為が容易に成り立つのではないだろうか。嫉妬を感じることもない代わりに、特定の対象に対し、熱い想いに胸を焦がすこともないだろう。また、不特定多数の対象との性行為が成り立つなら、婚姻という制度もなくなるのではないだろうか。

 恐ろしいのは、『男女の愛』のない世界に居た人たちが、『男女の愛』のある世界を知ったときだろう。愛しいという感情を持って、手を繋ぎ、キスをして、服を脱ぎ、身体を密着させて固く抱き合う行為を知ったとき、果たして、その衝撃に耐えられるのだろうか。

 こうして『男女の愛』のない世界を想像してみると、現代は、『男女の愛』のない世界と『男女の愛』のある世界の折衷であると感じる。何故なら、現代には、愛のない性行為も存在しているからだ。『男女の愛』についてもっと純粋になって、『男女の愛』しかない世界を想像してみると、もっと楽しい。楽しいけれど、『男女の愛』しかない世界では、『男女の愛』を通して学ぶ苦悩を体験することはできない。ということは、『男女の愛』が存在している世界と『男女の愛』が存在しない世界の共存は、双方向からの学びを実現できる世界だと言えるのかもしれない。


◆次に回す人、5人(『指定』付きで)

 ごめんなさい。次に回す人は考えていないので、『職場』というお題で、どなたか受け取ってくだされ。実は、バトンをあまり受け取らないのは、次に回す人を考えるのが苦手だから。(苦笑)

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m きのうの私のお願いを聞き入れてくださって、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さんのご協力に深く感謝致します。おかげ様で、たくさんのエネルギーをいただいております。今後も引き続き、記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 下記のボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

2006.09.16

ホットヨガ(十三回目)

 三連休の初日。ガンモがお昼から仕事だと言うので、私はまたまた神戸店でのホットヨガの予約を入れた。以前よりもペースは落ちて来ているものの、相変わらず、中毒のように通っている。四十一年に渡る私の人生の中で、身体を動かすことに関してこれほど熱心になったことはないと胸を張って言える。何がこれほどまでに私を駆り立てるのか、今でもはっきりわからないのだが、とにかく、私はホットヨガを求め、ホットヨガもまた、私に合っていると感じている。

 今回のレッスンを受ける人の数は、過去最多の二十一名を記録した。ところ狭しと並べられているヨガマットを一枚陣取り、準備を整えて、レッスンの開始を待った。土曜日ということもあって、知り合いもしくはお友達と一緒にレッスンを受ける方が多く、スタジオ内には、にぎやかなおしゃべりの声が響いていた。

 インストラクターは、これまでで一番多く担当してくださっている女性だった。しかし、インストラクターがスタジオに入って来ても、なかなか活発なおしゃべりが止まない。平日のレッスンと違って、誰かと誘い合わせることが容易な休日のレッスンには、こういうところがある。精神統一をしてからヨガを始めるのに、周りがざわざわしていると、なかなかヨガの世界に入れない。こんなとき、多少汗が出にくくてもと、平日の最終レッスンの静けさに想いを馳せる。

 レッスンが始まってから、五分ほど遅刻してスタジオに入って来た女性が居た。そう言えば、私はこれまでに一度もレッスンに遅刻したことがない。そういうことからも、私のホットヨガへの情熱が特別なものであることがうかがえる。遅れて来たのは、以前から気になっている中性的な女性だった。彼女は、私の隣のヨガマットが最後の一枚で空いていたので、そこにやって来た。しかし、レッスンが終わってからも、一言も話をすることがなかった。

 今回のように、他の人たちのレッスン開始前のおしゃべりが気になってしまうと、ホットヨガのレッスンで誰かと新しい関係を結ぶことに対して消極的になってしまう。顔見知りになれば、スタジオ内で会話を始めるのは当然のことなのだが、その会話が他の人たちにも影響を与えてしまうであろうことを考えると、やはり、躊躇してしまう。

 そう言えば、先日、直径十二センチの彼女に、メールでこんな質問をされた。彼女は、自分の仕事が辛いときに私に話を聞いて欲しくて、女子トイレで訴えかけるような目で私を見ていたが、私がさらっと別の話を始めてしまうのは、自分の態度が重いために避けていたのですか、と。私は確かに、彼女の仕事が辛そうなことを感じ取ってはいたが、女子トイレで長話をすることに関しては躊躇していた。それは、先日の日記にも書いた、話の長い彼女とのことで自分自身も反省していたこともあるのだが、真剣な話をしている最中に、女子トイレにやって来る別の人たちのことも考えてのことだった。というのも、私自身が女子トイレに入ったときに、誰かが込み入った話をしている現場に出くわしたときの気まずさを実感しているからだ。女子トイレで込み入った話をしていると、公共の場所であるはずなのに、何となく自分がそこに居てはいけないような、そんな疎外感を感じてしまうのである。だから、私自身もなるべくそういう疎外感を人に感じさせないように注意していたのだった。私が事情を説明すると、直径十二センチの彼女は、快く納得してくれた。

 ここ最近の私のテーマは、グループという一つの塊から個々の存在に戻るとき、どのような関わり方をすれば自分自身に納得が行くのか、ということのようだ。先日、直径十二センチの彼女と二人で飲みに行くときに、何となくコソコソと職場を出てしまった選択が、私の中でずっと引っかかっているのである。

 おそらく、接点の学びを実践している人からすれば、「そんなもん、自分の好きなようにすればいいじゃない」と言いたくなることだろう。こちらがいちいち気遣わなくても、結果を判断するのは相手のすることだと。しかし、面の学びを実践している私からすれば、自分が相手に与える影響を考えてしまう。そして、考え始めると、身動きが取れなくなってしまうのである。これについては、まだまだ結論が出ないので、もう少し温めておくことにしよう。接点の学びと面の学びについては、いずれ、少子化のことも絡めて記事を書きたいと思っている。

 ホットヨガのレッスンを終えて、私は机のある場所で「ガンまる日記」を書き上げ、仕事を終えたガンモと合流した。ガンモの手には、海外旅行のパンフレットが山のように握られていた。夏休みに二人でハワイに行ってからというもの、海外に飛びたがっている私たち。十一月に北京に行きたいなどとガンモが言っている。さてさて、どうなることやら。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、「ガンまる日記」は、「哲学・思想ランキング」で新しいブロガーさんたちに押され気味であります。新しいブロガーさんは、ランキングへの投票ボタンをそれぞれの記事の中に埋め込まれているために、信じられないほどグングン伸びているようです。私はこれまで、あまりその手段を取りたくはなかったのですが、このままではどんどん下のほうに下がってしまいます。(^^;; ランキングサイトへの参加は、かなり励みになっていることもあり、誠に心苦しい状況ではありますが、今回の記事より、記事の中にランキングボタンを埋め込ませてください。よろしくお願いします。m(__)m

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2006.09.15

お作法カメラ

 早朝、突然、足が激しくつって目が覚めた。
「あいたたたたたたた!」
あまりの痛さに大声を出して、隣に寝ているガンモを起こしてしまった。右足のふくらはぎが突然パンパンになり、激しくつってしまったのだ。足を上下させたり、大きく呼吸したりしてようやく収まったが、衝撃的な一日の始まりだった。

 ガンモは、
「足がつるって何?」
と言う。ガンモは、足がつることも、肩が凝ることも経験がないのだ。何とも小憎らしいヤツである。

 出勤してみると、話の長い女性が、ロシア製のクラシックカメラを私に差し出した。以前、彼女と話をしているときに、カメラが好きだという話を聞いたことがあったのだ。ロシアカメラとしては有名なロモの他にもロシア製の古いカメラを持っているというので、カメラの名前を聞き出したところ、確か、「ゼ」で始まるカメラだと言う。「まさかゼニット?」と思い、なかなかマニアックな女性だと思っていたのだが、良く良く聞いてみると、ゼニットではなく、ゾルキーだった。「それにしても、何故にゾルキー?」と私は思いながら、
「じゃあ、今度、持って来ましょうか?」
と言う彼女の提案に、
「うん」
とうなずいていたのだ。聞くところによると、彼女はどうも、ゾルキーの使い方が、いま一つわからないらしい。

 ロシア製カメラの使い方がわからないと聞いて、すぐに思いつくのは、撮影後のフィルムの巻き取り方である。しかし、話を良く聞いてみると、ピントの合わせ方からしてわからないらしい。私は、彼女が持って来たゾルキーを自分の手に持ち、皮ケースを開いて、カメラの説明を始めた。カメラはゾルキー4で、製造番号からして、おそらく一九五八年製のものだった。

 その人が、カメラに対してどのくらいの愛情を持っているかどうかは、カメラにストラップを付けているかどうかでわかる。彼女のカメラには、皮ケースには紐がついていたものの、カメラ本体にはストラップが取り付けられていなかった。カメラを連れ回したい人は、皮ケースの紐は劣化させないように大事に取っておいて、カメラの耳にストラップを取り付けるものである。私のカメラ仲間の友人に、耳のないカメラに工夫をこらして、ストラップを取り付けて大事に持ち歩いている人がいる。その方は、好きが高じて速写ケースまで作ってしまった。本当に好きならば、ないものを生み出してまで、何とか便利にしようとするものなのだ。

 さて、レンズキャップを開けてみると、レンズはやはり、ジュピター8だった。このレンズは、ロシア製のレンズとしては、かなり写りがいいと評判のレンズである。とてもいいレンズなのに、使い方がわからないのはもったいない。私はそう思って、ファインダーにオフィスの壁時計を映し出してみた。レンズの真ん中に、黄色いぼやっとした領域があり、レンズを回すと、像が左右に揺れた。この時期のカメラはレンズに映る二重像を合致させてピントを合わせるようになっている。彼女はそのことを知らなかったようだ。私は彼女にカメラを渡し、レンズを回しながら、真ん中に見える黄色いぼやっとした領域の像が重なったらピントが合っている状態なのだと教えた。彼女は、ようやくピントの合わせ方がわかったと言いながら喜んでいた。

 次は、シャッタースピードと絞りである。マニュアルカメラを使いこなすには、頭の中に、シャッタースピードと絞りの相関関係が出来上がっていなければならない。しかし、一眼レフを少しいじったことがある程度だと言う彼女には、そうした相関関係は出来上がっていなかった。

 ゾルキーには、バルナックライカと同じように、スローシャッターがついている。私は、
「シャッターをゆっくり切る必要があるときは、スローシャッターと言って、こっちのダイヤルを回すことになるんだけど・・・・・・」
と言いかけて、やめてしまった。既にその時点で、彼女とかなりのギャップを感じてしまっていたからである。これから先、このギャップをどのようにして埋めて行ったらいいのだろう。

 また、彼女の持っていたジュピター8には、被写界深度を示す表記があった。彼女に、
「これは何ですか?」
と尋ねられたのだが、またまた言葉に詰まってしまった。カメラの初心者に、被写界深度の概念をどのように説明したらいいのか。私は、仕事中に話が長くならないように、
「被写界深度というキーワードでネットを調べたら出て来ると思う」
とだけ答えた。

 私が初めてバルナックライカを手にしたとき、確かに戸惑うことも多かった。知らないこともたくさんあった。しかし私は、詳しい人に聞くことよりも、自分でいろいろな文献を調べて、使い方を研究していた。そして、どうしてもわからないところだけを人に聞いた。私は、彼女が何故、ゾルキーを買ったのか、とにかく不思議でならなかった。私が初めてバルナックライカを手に入れたとき、うれしくてうれしくて枕元に置いて寝たものである。そこまでの思い入れは必要ないかもしれないが、相手を知ろうという姿勢で付き合って行かなければ、古いものはいつか死んでしまう。

 古いカメラのコレクターと言われている人たちは、例えカメラを使わなくても、時々シャッターを切っている。動かしてやることによって、古いカメラは生き続けることができるのだ。かくいう私も最近、カメラをいたわってやっていないので、あまり大きなことは言えないのだが・・・・・・。それと、何か趣味を始めたときに、同じ志を持った人たちと集うということはとても大切なことだと思った。私自身、そうした人たちに強く刺激されながら、成長することができたように思うからだ。

 最近は、インターネットなどの普及で、わからないことがあっても、調べたい情報を容易に手に入れることができる。同じ志を持った人たちで集うことも、知りたいことに対する積極的な姿勢があれば、たやすいことだ。しかし、自分からそれをせずに、知ることに受身になってしまうことについて、私はとても残念に思う。特に、彼女の場合はゾルキー4を購入してからずいぶん時間が経ってしまっていたのだ。私が直径十二センチの彼女の選択に好感が持てたのは、彼女は知ろうという姿勢を持って、徹底的に知ることを実践したからだと思った。

 そして、私自身の傾向として、こうした強い受身の姿勢に対し、いつもかなりがっかりした思いを抱いてしまうようだ。いつも対等でいたいという私は、ライバル意識を持つことによって向上して行く環境が合っているのかもしれない。彼女の場合、自分がお作法が必要なカメラを持っていることを理解していないと思った。クラシックカメラの世界ではそれほどマニアックなカメラではなくても、世間一般から見るとマニアックなカメラなだけに、持つなら覚悟を決めて、それの持つ良さを徹底的に生かして欲しいと強く思ってしまうのだ。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久しぶりにカメラのことを記事にしてみました。自分が力を入れて来た分野で、誰かと大きなギャップを感じてしまったときに、皆さんは、相手に対してどのような態度を取るでしょうか。私は、今回のことが、とにかく残念でなりませんでした。きれいなカメラなのに、ちゃんと使ってもらってなくて、とてもかわいそうに思えました。私も昔、ちょっと難しいカメラを使ってみたいと言って、マニアの方をひどく怒らせてしまった経験があります。お作法もわからないのに、そんなこと言うもんじゃないと思われたようです。世界的にも台数の少ないカメラだったので、その方が怒るのも無理はなかったのです。そのときは、そのカメラに対する愛情もないのに、触りたがった自分を恥じました。クラシックカメラの世界は、そういう世界でもあるのです。

※前日の夜、一緒に飲みに行った直径十二センチの女性と私は、お互いに、相手の夢を見ていたようです。飲んでいるときに話した内容があまりにも強烈で、お互いの中に残っていたのでしょうね。

|

2006.09.14

しし座会議

 定時過ぎに仕事を上がり、メールをくれた派遣仲間の女性と二人で飲みに行った。まるでオフィスラブの雰囲気を味わうかのように、お互いに何気なく別々に仕事を上がり、職場の外で待ち合わせをした。何もここまで周りに気を遣う必要もないのかもしれないが、これまでお互いに話の長い女性と接する時間が長かっただけに、話の長い女性の前で、私たちがコソコソ結束しているような素振りを見せたくなかったのである。

 しかし、実際のところ、どうなのだろう。オフィスでできないもっと突っ込んだ話をするために、特定の対象を選びたいときは・・・・・・。掲示板で交流させていただいている人とメールを交わすようには行かないものなのだろうか。いや、それさえも、隠れたところで展開されているという意味では同じなのかもしれないが。特定の誰かと外にご飯を食べに行ったり、飲みに行ったりするということが、他の派遣仲間の知るところとなった場合、
「これから二人で飲みに行くんだけど、ごめんね。今日は二人だけで話があるんだ。また今度、一緒に飲みに行こうね」
と断るべきなのだろうか。もしそのように断った場合、それを言われた派遣仲間は、一体どのように受け止めるのだろう。誰もが平べったく関わり合っているオフィスでは、二人の間にどんな話があるのかと思うのではないか。そんなことを思いつつも、他の派遣仲間たちのことを気遣っているようでいて、実は自分たちの都合しか考えていないのではないかという気もしていた。

 居酒屋に入り、飲み物と食べ物を注文する。お互い、話の長い女性について、これまで感じていたことを話し合った。悪口を言っているという感じではなかった。私は、オフィス人間模様の記事にも書いた通り、自分が何故、話の長い女性に対して心で思っていることをなかなか言えないでいるのかということについて語った。つまりは、彼女に対する愛情がないからだと述べた。更に、今後、彼女に対して本当のことを言わないままでいるなら、彼女はこれからもずっと同じことを繰り返してしまうのではないかとも言った。そのためには、お互いのネガティヴな感情をさらけ出して、それを回収できるまでとことん付き合う覚悟を持つ必要があるのではないかとも言った。

 しかし、メールをくれた彼女は、今の自分には、そこまでの気持ちの余裕はないと答えた。実際のところ、私自身も同じ気持ちだった。それでも、私は最近、話の長い女性とはときどき会話をするようになって来た。そのために、いよいよ言えなくなってしまったというのもある。現在は、何事もなかったように、お互い会話をしているのであるのである。果たしてこれは、問題解決に向かっていると言えるのだろうか。

 話の長い女性は、今年いっぱいで契約を満了することに決めたそうである。もともと、直属の上司との折り合いが悪く、仕事の指示の出し方に関して上司とメールで口論になり、一晩考えた挙句、契約を満了する決意を固めたそうだ。そのことを私にもメールで報告してくれたのだが、
「最近、あまりお話ししてませんね」
というようなことが書かれてあったので、
「うん、実は、ここのところ、仕事中のおしゃべりに時間を費やしすぎたかなあと思って」
と書いて返信した。すると、話の長い女性は、
「私の長所はすぐに自分を開いてしまうところで、それが短所でもある」
というような内容の返事が来た。これは、彼女に私の想いが通じたと思っていいのだろうか。

 さて、話を居酒屋に戻そう。実は、メールをくれた派遣仲間の女性というのは、以前、「ガンまる日記」に書いた直径十二センチの女性なのである。彼女は今月いっぱいで仕事を辞めて、手術の準備に入る。仕事についても、コンピュータ業界というよりは、もっと他にやりたいことがあるらしい。彼女は、地球を大切にしたいと熱く語る。どんどん壊されて行く地球を、何とかして守って行きたいのだそうだ。

 私はかつて、お肉を食べないようにしていた時期があったことを彼女に語った。そして、愛情を持ってお肉を食べないことも、愛情を持ってお肉を食べることも、結果的には同じことだということに気がついたと言った。そして、手塚治虫先生の『ブッダ』の中で、ウサギが空腹の人間の前で、
「私を食べてください」
と言いながら火の中に飛び込んで丸焼きになるシーンがあることを話して聞かせた。すると、それを聞いた彼女は泣き出してしまったのだ。

 実は、彼女もまた、『ブッダ』を読んだとき、そのシーンが最も印象強く心に残っていたのだそうだ。私の話でそのことを思い出し、思わず涙がこぼれてしまったのだと言う。彼女の地球への想いは本物だ、と私は思った。

 不思議なことに、彼女との話は、あらゆる方面に及んだ。彼女が三ヶ月間、ヨーロッパに一人旅に出ていたときのエピソードも面白おかしく聞かせてもらった。好きな仕事をしてお金をもらうという葛藤と矛盾についても、お互いに語り合った。普段、職場では話せない、前世への退行催眠のことも、彼女には抵抗なく話すことができた。彼女とは、話ができる分野がとても広い。何を話しても、この話をするのはやめておこうというストップがかからず、自分でも驚いてしまった。もともと、お互いの持っている世界が似ているために、相手に受け入れられているという安心感があり、次々に言葉が出て来るのかもしれない。

 気がついたら、とっくに二十三時を回っていた。彼女は帰り際に、
「久しぶりに発散できました」
と喜んでいた。良かった。私も何だか興奮状態だった。酔いも手伝って、私はとてもいい気持ちのまま帰路についた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 七月生まれのしし座というのは、お互いに強く感化し合うものなのでしょうか。天に向かって投げた言葉をいつもちゃんと拾ってくれるような気がします。確か独身の頃、文通していた奈良に住む女性が同じ七月生まれのしし座で、一時的にかなり強烈な関係を結んだ覚えがあります。しし座は八月の半ば以降まで続きますが、おとめ座に近くなればなるほど、しし座特有の強烈な印象が和らいで行くように思えます。私は、パワフルなしし座に出会うと、自分自身を取り戻せそうな、そんな気がします。

|

2006.09.13

ホットヨガ(十二回目)

 今日は、月に一回、正々堂々と定時に仕事を上がれる定時退社日だ。水曜日なので、ごく一部の映画館では千円で映画を観ることができる。ホットヨガに行くか、それとも映画を観るか。前日の夜に少しだけ考えて、私はホットヨガ神戸店での二十時半からの最終レッスンを受けることにした。

 実は先日、ホットヨガではないヨガも体験してみたいと思い、インターネットで近辺のヨガ教室を検索してみた。いくつかの教室は見つかったものの、ほとんどの教室は、平日の午後と土曜日のみのレッスンだった。そのタイムスケジュールでは、私のように仕事を持ち、また、土日に出掛けることの多い者には不向きだということがわかった。ホットではないヨガを体験するのは、自由な平日を手に入れてからでも遅くはないだろう。

 いつものように、腹ごしらえをしてから神戸に向かう。勤務先の最寄駅で、きのうの記事に書いた話の長い女性と、私の元上司が一緒に歩いているのが見えた。元上司は独身だが、話の長い女性は結婚している。決してこの二人は良からぬ関係というわけではないのだが、何となく二人の間に入ってはいけないような雰囲気を感じ取り、私は思わず後ずさりしながら物陰に隠れてしまった。

 あとになってから、どうしてあのとき物陰に隠れたりしたのだろうと自分なりに分析してみた。その結果、二人の間に流れていた沈黙のエネルギーに圧倒されたのだとわかった。何も会話をしないのに男女が一緒にいるという沈黙のエネルギーが、第三者によって、その沈黙を壊されたくないような雰囲気を生み出していたのだ。それと、私自身がホットヨガに出掛ける直前で、途中駅での乗り換えのために車両の一番後ろに乗ったほうが都合が良かったというのもある。自分が咄嗟に取った行動に驚いたが、こうして分析してみるとすっきりする。

 これまで、二十時半からのレッスンでは、汗をかくことが少なかったので、私は少し早めにスタジオに入り、三十八度の室温の中でリラックスしていた。レッスンのときに着用したTシャツは、シヴァ神のTシャツである。

 中に入ると、レッスン開始の十分以上も前だと言うのに、既にインストラクターがヨガマットの上でいろいろなポーズを取っていた。今回のインストラクターは、確か二回目のレッスンのときにお世話になったインストラクターで、とてもわかりやすくて好感を持ったインストラクターである。彼女はいつも受付で、私が着ているヒンドゥー教の神様Tシャツを興味深くご覧になり、好意的なコメントをしてくださっている。

 私は、インストラクターには二種類あると感じている。職業的インストラクターと、趣味的インストラクターだ。職業的インストラクターは、インストラクターであることを職業としている人で、知識で仕事をする。趣味的インストラクターは、好意を持ってホットヨガに取り組み、レッスン以外の時間もポーズを取ることを厭わない。私はこれまで十回余りレッスンを受けて来たが、レッスンの十数分も前にスタジオ入りし、ポーズを取っているインストラクターは、彼女の他にもう一人くらいしか知らない。そういう人は、インストラクターを仕事として割り切っているのではなく、ヨガがプライベートな喜びの延長線上にあるのだと思う。だから、両者は教え方もおのずと違って来る。職業的インストラクターは、誰かに教えられた通りの知識の声を出し、趣味的インストラクターは、自分の体験に基づいたしゃべり方をする。知識の声は丸暗記で感情がこもっていないが、体験からの声は、ヨガが既にその人自身のものになっていて、私たちがまだ経験していない世界まで、案内してくれそうな意気込みさえ感じられる。また、ポーズの取り方も違う。趣味的インストラクターには、身体の重心が据わっている。インストラクターの中心を流れるエネルギーが、光になって浮き上がって来るかのようだ。

 今回のインストラクターは、二週間の修行の旅に出ていたそうだ。もしかすると、ヨガの修行の旅だったのだろうか。レッスンを受ける人が十八人も居たので、個別に声を掛けることができなかったが、もしもチャンスがあれば、聞いてみたいと思う。

 今回、職業的、趣味的という言葉を使ったが、私自身の仕事はどうかと言うと、職業的エンジニアである。昼休みには一切仕事をせず、こうして「ガンまる日記」を書くことに喜びを見出している。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 職業的、趣味的に関しても、一長一短はあると思います。時には、仕事だと割り切らなければならないこともあるでしょう。そういうときは、趣味的であるよりも、職業的であったほうが、感情を切り離し易いと思います。果たしてそれがいいのかどうかはわかりませんが、感情を引きずるということは、陰にも陽にも転びやすいということですね。

|

2006.09.12

オフィス人間模様

 先日、派遣仲間の女性から、真剣な相談メールを受け取ったことをここに書いた。私は、そのメールの返信の一部を、福知山に向かう電車の中で書いた。書いているうちにだんだん興奮してしまい、「とりあえず、ここまででいったん送信するね」などと結んで、そこでいったんメールを送信した。

 また、私は先日、自分の掲示板に、オフィスの人間関係でストレスを抱えていることを書いた。簡単に書いてしまうと、私の席の隣に座っている女性の話が長く、いつも聞き役に徹さなければならないことにストレスを感じていたのだった。仕事中に延々三十分も彼女の身の上話を聞かされるのである。途中で私が口を挟んで、自分の体験談や考えを述べようとしても、私の話にはほとんど耳を傾けず、私の話の感想も述べずに直ちに自分の話に戻してしまう。トイレに行けば、いろいろな人たちを捕まえては、自分の話をする。そして、長いときは一時間くらい休憩から帰って来ない。また、彼女自身に何か話したいことがあるときは、私が仕事を上がる時間をそれとなく察知して、
「駅まで一緒に行きましょう」
などと誘って来る。つまり、歩きながらでも自分の話をしたいわけである。そんな状況がずっと続いていたので、私はかなりストレスが溜まっていた。メールを送って来た派遣仲間は、同じ時期に派遣されて来たこともあって、その女性と仲が良かったのだ。

 驚いたことに、メールを送って来た派遣仲間の悩みは、私が悩んでいた内容とまさに一致していたのである。メールを送って来た派遣仲間は、彼女と密に接し続けているうちに、次第に自分らしさを失いつつあったようだ。私は、彼女の気持ちがとても良くわかったので、
「相対関係に振り回されることなく、いつも自分らしくあればいいんだよ」
とメールに書いた。彼女は私が同じような感情を抱いていたことがとてもうれしかったらしく、やはり興奮しながら、それに対する返事を丁寧にメールに書いて来た。私は、その丁寧さがとてもうれしかった。お互いの想いを受け取り合った上で、お互いの考えを述べる。これこそが対話と呼ぶべきものではないだろうか。

 こうしたことからも、私は相対性と絶対性について深く考えてしまう。人と人が何らかの関わりを持つ以上、そこに何らかの相対性が生まれる。その相対性によって、自分自身が大きく揺れる場合もあれば、元気をもらえる場合もある。皮肉なことに、相対性によって元気をもらえる人ほど、ネガティヴな揺れ方も大きい。しかし、自分を見失いそうになるほど揺れているなら、何とかして自分自身を取り戻すべきだと私は思う。そのためにはやはり、相手と距離を置くしかないのだろうか。

 メールを送って来た派遣仲間の女性は、彼女と距離を置いたほうがいいのではないかと考え始めているようだ。距離を置くということは、自らの身を守るということでもある。しかし、いきなり距離を置かれてしまっては、話の長い彼女は、自分がどこをどう改めたらいいのかわからないままなのではないだろうか。そう思いながらも、最近の私は、話の長い彼女とあまり話をしていない。彼女の話が始まると長いため、仕事に差し支えるからだ。果たして私たちが感じていることを、どのように話の長い彼女に伝えたらいいのか。

 相対性によって心がネガティヴに大きく揺れる場合、自分の思っていることをはっきりと相手に伝えられない場合が多い。例えば私は、話の長い彼女に対し、
「いつも話が長いし、私の話もちゃんと聞いてよ」
などと言うことができない。言えないからストレスが溜まる。しかし、何故、言えないのか。例えば相手がガンモなら、私は、自分の思っていることをはっきり口にするだろう。それは、例え自分の気持ちに正直になることでお互いの関係が大きく揺れたとしても、愛情によって、その揺れをちゃんと補正することができるからだ。私は、彼女に対してそこまでの愛情がないから言えないのだと分析した。

 相手に対する愛情があれば、次に繋がるような言い回しを思いつくことができる。もしくは、少々厳しいことを言えるだけの、日頃からの絆のベースに守られている場合もある。揺れに耐えられるだけの絆がない場合は、なかなか相手にネガティヴな感情をぶつけることができない。しかし、このままでは、話の長い彼女はずっと同じことを繰り返し続けるのではないだろうか。

 近日中に、メールを送って来た派遣仲間の女性と一緒にご飯を食べに行くことになった。そのときに、話の長い彼女に対して、次に繋がるように、どう対処すべきかを話し合おうと思っている。そして、話の長い彼女が私たちに届けようとしたメッセージが何であるのかについても、じっくりと探ってみたい。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m オフィスの人間関係は、距離の取り方がとても難しいですね。誰かと特別親しくするのも気を遣うし、反対に、突き放すのも気を遣います。私はオフィスラブの経験はありませんが、オフィスラブを経験している人たちが気を遣う気持ちも少しはわかるような気がします。

|

2006.09.11

脱線事故現場を通過する

 私たちは再び北条鉄道に乗り、粟生(あお)まで折り返した。そこから更に西脇市まで出て、西脇市から谷川まで行き、加古川線を制覇したあと、谷川から福知山線に乗り換え、福知山まで出た。ガンモの最初の計画では、福知山で日帰り温泉に入る予定だったらしい。しかし、福知山に着いたのが十八時前だったため、日帰り温泉への入浴は諦めて、夕ご飯を食べるだけに留めた。

 福知山からは、大阪行きの快速電車に乗り、尼崎まで出た。福知山線の快速電車と言えば、すぐにあの脱線事故のことを思い出すのだが、福知山から出ている快速電車は、事故のあった車両とは違う。それでも、事故後、初めて現場を通過すると思うと、かなり心が揺れた。

 脱線事故から三週間ほど経った頃、私たちは事故現場に手を合わせに行った。尼崎駅から歩き、事故現場にたどり着いた。電車の走らなくなった福知山線(愛称:宝塚線)のレールが錆びていたのが印象的だった。しばらく電車が走らないと、レールが錆びてしまうという事実を初めて知った。レールは事故現場付近で切断され、ここに再び電車が走る日が訪れるのだろうかと心配にさえなった。昼休みに流れるニュースで脱線事故の第一報を聞いたとき、とにかく胸がざわついて仕事にならなかった。仕事をしている人を見ると、どうしてこんなときに普通に仕事ができるのだろうと思っていた。確かあの日は、楽しみにしていたスピッツのライブの日だったのだ。私は、ざわざわした気持ちのまま、スピッツのライブに出掛けた。重い内容だったからか、スピッツのライブのMCでは、脱線事故のことは一言も触れられなかった。

 宝塚線は、かつて私が通勤に利用していた路線でもある。私が利用していたのは快速電車ではないが、事故のあった尼崎から塚口の間も、何度も何度も行き来したものだ。私は、塚口の先の猪名寺(いなでら)という駅を利用していた。自分にとって、それほど身近だった路線が大きな脱線事故を起こすなど、一体誰が想像できようか。あの事故は、全国レベルで人々の知るところとなり、私が近辺に住んでいることを知っている人たちは、
「大丈夫だった?」
と声を掛けてくれた。しかし、当時の私の想いはとても複雑だった。自分が大丈夫だったことを知らせることで、気にかけてくれた人から安堵の想いが伝わって来ると同時に、事故で尊い命を失ってしまった人たちのことを思うと、その安堵の向こう側にある深い悲しみを意識せずにはいられなかったからだ。
「大丈夫だよ」
と答えて、
「良かった」
と応答が返って来る度に、私は複雑な想いを抱えていたものだった。その福知山線に乗り、あの脱線事故後、初めて事故現場を通過するのだ。

 確か、今年になってからだったと思うが、ガンモと二人で福知山線の川西池田から伊丹まで乗車したことがある。先頭車両に、やけに人が少なかったのを覚えている。先頭車両に乗車していて亡くなられた方が多かったので、ほとんどの利用客は先頭車両に乗りたがらないのだとわかった。こういうところにも、脱線事故の後遺症は残っていた。

 私たちが乗った快速電車は伊丹を過ぎ、尼崎へと向かった。やがて、胸がドキドキして来た。事故列車がぶつかったあのマンションは、一体どうなっているのだろう。事故で亡くなられた方たちの魂は、天に召されたのだろうか。そんなことを思いながら、窓の外の景色に意識を集中させていたが、外が暗くてわからなかった。私たちは、進行方向右側の座席に座っていたのである。事故現場を見るために、わざわざ席を移動するほどの野次馬じゃない。私は、事故現場を通過したことが確認できるまで、祈るように、胸の前で手を組んでいた。これからも、ここを通過する度に、多くの人たちが胸を痛めるのだろう。

 尼崎で神戸線に乗り換え、私たちは帰宅した。寝不足のまま出掛けた日帰り旅行だったが、充実した一日だった。これにて、青春18きっぷ消化の旅は幕を閉じたのである。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 掲示板のコメントですが、編集モードで内職のように書かせていただいております。編集モードで更新しても、記事が上に上がりませんが、最終的には投稿のしなおしをして、記事を上に上げる予定です。私の返信が遅いので、一度書き込んでくださったコメントを削除される方もいらっしゃるようですが、現在、すべてのコメントに返信させていただく意気込みでコメントを書かせていただいていますので、気長に待ってくだされば幸いです。

|

2006.09.10

五百羅漢と大雨

 名古屋のチケットショップで買い足した青春18きっぷが二枚、余っている。この青春18きっぷを消化するために、ガンモは夜勤明けの帰宅にもかかわらず、
「出掛けるから」
と言った。どうやら、ガンモなりの日帰りプランがあるらしい。

 私は、前日の夜、暑さのために寝苦しくてあまり良く眠れなかった。クーラーをかければ良かったのかもしれないが、クーラーの良く効いた映画館で立て続けに映画を二本も観て身体を冷やし過ぎてしまったせいか、何だか調子が悪く、後頭部にカイロを当てて温めているような状態だった。そのため、扇風機の風だけを頼りに何とか眠りに就いたのだが、やはり寝苦しくて早朝から目が覚めてしまったのだ。

 こんな寝不足のまま出掛けるのはあまり気が進まなかったが、ガンモは徹夜明けでも、青春18きっぷの旅となるとやけに元気になる。せっかく買い足した青春18きっぷだ。ガンモの話では、日帰り温泉にも入る予定だと言う。私は、日帰り温泉につられて、眠い目をこすりながら、身支度を整えた。

 新快速電車で加古川まで出て、加古川線に乗り換えた。加古川線で粟生(あお)まで行き、そこから北条鉄道に乗り換えた。終点の北条町で降りて、まずは昼食を取った。北条町には、五百羅漢という何体もの石仏のある羅漢寺というお寺があると言う。私たちは、北条町駅で無料のレンタサイクルを借りて、五百羅漢へと向かった。

参考URL:北条五百羅漢
    加西市 「五百羅漢」の石仏と岩石

 境内に入ってみて、とにかく目を見張るほど驚いた。お寺の境内の奥のほうに、何体もの石仏がこちらを向いて立っているのである。この石仏は、一目見て、プロの仏師が掘ったものではないと感じた。ダイナミックな彫り方ではなく、彫った線が細いのである。それでも、中には単に合掌している石仏もあったが、ほとんどの石仏がちゃんと印を結んでいる。それも、一種類の印ではない。いろいろな石仏が、いろいろな印を結んでいるのである。

 私たちは、それらの石仏に見惚れ、何枚もの写真をカメラに収めた。一体誰が何のために、これだけたくさんの石仏を彫ったのだろう。お寺の説明によると、それらの時代背景もわからないままらしい。そう言えば、手塚治虫さんの『火の鳥』の中に登場する我王のことを思い出した。彼は人殺しをするが、たくさんの石仏を彫りながら、次第に改心して行くのである。私は、一つ一つの石仏を眺めながら、我王のような人が実際に存在したのかもしれないなどと勝手に想像していた。

 列車の時間があったので、私たちは五百羅漢を見学したあと、すぐに駅前に戻った。レンタサイクルを返さずに、駅前のスーパーに入り、買い物をして外に出ると、激しい雨がざーっと降っているのが見えた。しまった、駅まで帰って来たのなら、早めに自転車を返しておけば良かった。私たちは、カメラもパソコンも持っている。自転車を返却するために、大雨の中に飛び出せば、これらの電気製品は壊れてしまうだろう。やがて、ガンモが意を決したように、
「俺が返して来る」
と言った。私は、カッパを持っていたので、それをガンモに託した。ガンモはそのカッパを着込んで、大雨の中を飛び出して行った。そして、二台の自転車を駅に返却し、戻って来た。ガンモは上半身はあまり濡れていなかったものの、カッパの防御が及ばなかった下半身はずぶ濡れだった。私は、日帰り温泉で使う予定にしていたタオルをガンモに貸した。ガンモは、それで濡れた身体を拭き、日帰り温泉に入ったあとに着る予定だったTシャツに着替えた。

 その後、途中の駅で私は、ホットヨガのレッスンではけそうなズボンを三本、格安で見つけた。私はそのズボンを、下半身ずぶ濡れになったガンモに差し出した。しかし、ガンモが足を通してみたところ、少々ピチピチしてしまい、とても人前には出られない状態になってしまった。やはり、男性用と女性用のリラックスウェアは、かなり作りが違うようである。とにもかくにも、ガンモよ、大雨の中、自転車を返しに行ってくれてありがとう。

 このあとも私たちの日帰りの旅は続くのだが、長くなってしまったので、この続きはまた明日。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 掲示板のコメントの返信が遅れてしまい、申し訳ありません。m(__)m 平日は思い切り仕事をして、休日は思い切り遊んでいるため、いつもパンパンの毎日でございます。今週の半ばには、少し時間ができるかと思いますので、時間を作ってコメントを再開したいと思っています。

|

2006.09.09

ホットヨガ(十一回目)とガンモの夜勤

 八日振りのホットヨガは、休日のレッスンとしては初めての三宮店で受けた。休日の午前中のレッスンとあって、スタジオ内にはヨガマットがぎっしりと並べられ、レッスンを受ける人の数は三宮店としては最大の十九名に上っていた。隣の人との間隔がとても狭く、一人置いて隣にいる人にさえ、広げた両手が接触しそうなくらいの近さだった。インストラクターは、前回、三宮店で平日十九時半からのレッスンを受けたときと同じ女性だった。

 今回、私は初めて午前中のレッスンを受けた。そのせいだろうか。これまでにないほど大量の汗が出て来たのだ。しかも、大量の汗が出ているというのに、身体はそれほど水分を欲しがらない。私は、身体からどんどん不要なものが排出されて行く心地良さを実感していた。

 八日振りのホットヨガということで、私の身体はとても喜んでいたようである。しかし、お風呂セットを持って来るのをうっかり忘れてしまった。先週、ガンモと名古屋に出掛けたときに使った旅行カバンから、お風呂セットを取り出しておくのを忘れてしまったのである。私は仕方なく、レッスン後のシャワーは、石鹸をつけずにお湯だけ浴びることにした。結局、スタジオを出てからも大量の汗をかいてしまったので、石鹸で身体を洗っていたとしても、あまり変化はなかったことだろう。

 朝、ホットヨガに出掛ける前にメールをチェックすると、同じ職場の派遣仲間の女性から、真剣な悩みごとの相談メールが届いていた。私は、このメールに返信するよりも、彼女と直接会って話をしたほうが、時間差が生じなくていいのではないかとも思った。たまたま、今夜はガンモが保守の仕事で夜勤だったので、帰りが遅くなっても差し支えない。彼女に連絡を取って、三宮で落ち合おうか。

 ガンモは夜勤のときは、昼間のうちにたっぷりと睡眠を取ってから出掛けている。ガンモの安眠のためには、私が帰宅してガタゴトと物音を立てるよりも、一人でゆっくり睡眠を取ったほうがいいと思っていた。だから私は、この機会に、少し前から観たいと思っていた映画を観るつもりでいたのだ。

 彼女に連絡を取って三宮で落ち合うか、それとも、観たい映画を観るか。私はかなり迷った。誰かと会うことについて、私はいつも慎重になっる。特に、当日思い立って、これから会う約束を取り付けるような場合は、例え相手の相談に乗ることが目的だったとしても、連絡を取ることを躊躇してしまう。おそらく、実際に私の周りにそういうアプローチをする友達がいて、私自身、かなり困惑した経験があったからだと思う。もっと以前からわかっていれば、積極的に動くこともできたのだが。

 とりあえず、お昼ご飯も食べたかったし、「ガンまる日記」もまだ書いていなかったので、書ける場所を探して書き上げた。しかし、そうこうしているうちに、時刻はすっかり夕方近くになってしまったのだ。

 結局私は、彼女にはメールで相談に乗ることにして、観たかった映画を観ることを選択した。その映画を観るために、三宮から、ホットヨガの神戸店のスタジオのあるビルまで移動した。最初からここで映画を観ることがわかっていたのに、三宮店でなく、神戸店の予約を入れれば良かったのにとあとから思った。

 観たかった映画とは、『ゆれる』である。『ゆれる』の上映時間は十八時半からだったので、それが上映されるまでの時間を利用して、『紙屋満悦子の青春』を観た。どちらも大変見ごたえのある素晴らしい映画だった。この日はつまり、同じ映画館で日本映画を二本続けて観たことになる。これがほんとの二本映画? いや、そんなことを言いたいわけではない。(映画の感想については、リンクをご参照ください。)

 映画を観終わったのは、二十一時前だった。特に、『ゆれる』を観終わったあとの私は、急激にガンモに会いたくなっていた。映画の中で、兄に対して罪悪感を持った猛(オダギリジョー)と、今日一日、好き勝手なことをした自分が重なったのかもしれない。私はガンモに電話を掛けてみた。そろそろ夜勤に出掛ける準備も整い、家を出る頃ではないだろうか。ガンモは、
「二十二時頃、家を出る」
と私に言った。となると、これから帰宅する私と入れ違いになってしまうではないか。私はガンモに会いたさのあまり、大急ぎで帰宅した。たった半日離れていただけで、ガンモに会いたくて会いたくてたまらなかった。

 私が帰宅して十数分のうちに、ガンモは仕事に出掛けて行った。昼間はゆっくり寝られたそうである。私はガンモと軽く抱き合い、ガンモを送り出した。私にとっては一日の終わりでも、ガンモにとってはこれからが一日の始まりだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m とても励みになっています。『紙屋満悦子の青春』『ゆれる』は、とても見ごたえのある良い映画でした。お勧めの映画です。しかし、この時期の映画館は、冷房が効き過ぎていて、とても冷えますね。皆さんも、映画館にお出かけの際は、温かくしてお出かけくださいませ。

|

2006.09.08

道は分かれても

 今週は、仕事がとても忙しかった。残業をする日は、いつも社員食堂でご飯を食べている。そのため、ガンモには、
「メシ、残業」
の合言葉で電話を掛けている。「メシ、残業」は、「ご飯を食べて、残業するよ」という意味だ。来週半ばから、私たちの作成したプログラムを東京に持って行き、実機で動作させてテストを行うため、その準備に忙しかったのだ。しかも、毎度のように、直前になって、大切なことがバタバタと決まる。これは社風なのか、他の人たちに影響がある部分を後回しにする癖がある。

 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモもそろそろ上がると言う。お腹が空いたので、私が三宮に移動するまでの間に、どこかでご飯を食べるそうだ。私は、もたもたしていて三宮に到着するのが予定よりも遅くなってしまった。ガンモは、時間をつぶしながら、私の到着を待っていてくれた。三宮に着いて、再びガンモに電話を掛けてみると、ガンモは駅のホームに居ると言う。私は、ガンモのいるホームへと急いだのだが、どうしたことか、ホームが人で溢れかえっている。電車も数分程度の遅れが出ている。何かあったらしい。

 そこへ、ちょうど、新快速電車が入線して来た。私はガンモに電話を掛けた。
「どこに居るの?」
と尋ねると、
「先頭」
と言う。
「先頭?」
そう言いながら、私は人で溢れかえったホームを見渡した。私が立っているのは、ガンモのいる場所とは反対方向の最後尾だった。これだけの人を掻き分けて、最後尾からガンモのいる先頭まで移動するのは、並大抵のことではない。それよりも私は、今、来たばかりの新快速電車に乗ってしまいたい。仕事が忙しくて、せかせかしていたのだろうか。人で溢れ返ったホームから離れたかった。私はガンモに、
「今、来てる新快速電車に乗るから」
と言った。すると、ガンモは、
「俺は普通で行く」
と言った。どうやら、ガンモの立っている先頭付近は、新快速電車に乗る人で混雑しているようだった。混雑した電車に乗るくらいなら、空いている普通電車に乗って帰りたいとガンモは思ったようだ。私は、
「じゃあ、芦屋(三宮駅を出た新快速電車が最初に止まる駅。新快速電車を利用するとき、私たちはいつもここで降りて、普通列車に乗り換えている)で会おう」
と言って、新快速電車に飛び乗った。私が立っていた最後尾は、新快速電車の車両はそれほど混雑していなかったのである。

 私は、新快速電車の中で、「夫婦なのに、何で同じ電車に乗って帰らないのだろう」と思いながら、自分に腹を立てていた。五分ほど走ると、電車は途中の芦屋駅に到着した。ここで待っていれば、ガンモが乗った普通電車がやって来るはずである。私はそう思って、芦屋駅のホームの先頭方向に向かって歩こうとした。すると、ホームにアナウンスが流れた。

 「神戸駅の線路内に人が立ち入ったため、安全の確認を行っております。そのため、上下線とも、列車に遅れが出ております」
ガンモに電話を掛けてみると、ガンモはまだ三ノ宮駅のホームにいると言う。何かトラブルがあり、私が乗った新快速電車が発車してから、運転を見合わせているのだそうだ。私は、神戸駅の線路内に人が立ち入ったらしいことをガンモに伝えた。

 結局、私は芦屋駅で十五分ほど待つことになってしまった。いつもなら、新快速電車を降りると、隣のホームで待っている普通電車に乗り換えできるのである。しかし、芦屋駅に着いても隣のホームに普通電車は待っていなかったし、電車もなかなか来なかった。ガンモのいる三ノ宮駅でも電車が動いていないのだから、無理もない。

 しばらく待って、ようやく快速電車がやって来た。ガンモはそれには乗っていなかった。ガンモは、快速電車の数分後にやって来た普通電車に乗っていた。先頭車両をのぞくと、ガンモは、落ち着いた様子で、北京のガイドブックを読んでいた。
「北京に行くの?」
と私は尋ねた。
「うん」
と、ガンモはにこっと笑いながら答えた。ガンモは人に影響されやすく、鉄道関係のブログで交流している人が北京に行って来た話を聞いて、自分も行きたくなったらしい。
「万里の長城に、長城(カメラの名前)を持って行こう!」
などと、一人で盛り上がっている。

 北京はともかく、私たちは不思議な縁で結ばれていると思う。三ノ宮駅で道が分かれても、電車が来ないために、私は一人では帰宅することができなかった。しかし、あれだけホームに人が溢れ返っていた状況で、どのような選択をすれば一番良かったのだろう。ガンモは、人が溢れて来たために、ホームの先頭に移動した。一方、最後部に近い場所のエスカレータでホームに上がった私は、比較的空いていた最後部から新快速電車に乗った。ここで、二人の道はいったん分かれた。しかし、その後、電車が止まり、二人は分かれたままにはならなかった。普通電車に乗り換えて最寄駅まで到着した私たちは、いつものように一緒に自転車を走らせ、帰宅したのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日はこんな記事を書いてみましたが、芦屋駅に着いて、普通電車が待っていなかったとしても、私はガンモの乗った普通電車が到着するのをじっと待っていたと思います。(笑)だから、外的な要因も内的な要因も、私たちには関係ないのですが、何となく、記事を運命的に書いてみたかったのでした。

|

2006.09.07

事実の裏側

 私の心は毎日、揺れる。仕事から帰宅して、インターネットのニュースの記事を読むと、女子高専生を殺害したとされる男子高専生の遺体が見つかったことが報じられていた。どうやら、犯行直後に自殺したらしい。それを読んだ私は、ガンモの前で何度も何度もため息をついた。

 ガンモに、
「何でそんなに何度も大きなため息をつくの?」
と聞かれ、私は、
「やりきれない気持ちでいっぱいだから」
と答えた。

 何と言ったらいいのか。殺害した相手が異性であることと、殺害直後に自殺したであろう状況から、男子高専生は、彼女のことが好きでたまらなかったが、彼女が自分の思い通りにならなかったのではないかと想像した。もしも男子高専生が生きていて、何十年も経ってから、この事件のことを自ら語ることがあるとしたら、こんなことを口にするかもしれない。
「あなたは、人を殺したくなるほど愛したことがありますか?」
と。

 男子高専生の死の一報を受けて、ご遺族の口から、「最悪の事態」という言葉が出たそうである。しかし私は、その言葉を前に、ちょっと待てよと立ち止まりたくなった。ご遺族の方たちからすれば、娘を失った深い悲しみに加え、事件の真相が解明されないまま闇の中に葬り去られることになることを「最悪の事態」と表現されたのだろう。しかし、かなり慎重に表現しなければならないのだが、例えどんな罪を犯していようとも、命は平等だと私は思うのだ。だから、女子高専生の命が尊いなら、男子高専生の命も同じように尊い。「最悪の事態」という言葉は、男子高専生の死を無表情で通り過ぎ、女子高専生の死にだけ注目した表現だと私は思ったのである。

 そもそも、二人が同級生ならば、生前は、そこに相対的な関係が成り立っていたはずである。その相対的な関係の中で、ひょうきんだったと言われている男子高専生が女子高専生を殺めるに至った何らかの要因が存在したはずなのだ。言い方は悪いが、彼女自身が男子高専生に何らかの影響を与え、彼女自身を死に至らしめるような行動を取った可能性があるということだ。

 もしも男子高専生が生きて逃げ回っていたのであれば、彼はどこまでも加害者だったかもしれない。しかし、彼女を殺害したあと、すぐに自殺しているなら、おそらく彼は、泣きながらバイクを走らせ、自分の最期の場所を探したのではないかと思う。そして、最期の場所を見つけると、親しい人たちに別れも告げず、自ら命を絶った。私はそこに、彼の一途さを垣間見る。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m きのうの記事もそうですが、ニュースで報じられている事実だけでなく、報じられない部分からも状況を察することが、光と闇の存在への理解に繋がると思います。おそらく、ニュースで報じられるのは、光だけか、闇だけのどちらかでしょう。事実の裏側に潜んでいるものに注目することも大切ではないでしょうか。

|

2006.09.06

親王さまのご誕生に思う

 私の職場では、お昼休みになると、NHKのニュースが流れる。そのニュースの第一報で、紀子さまが男の子の赤ちゃんをご出産されたと聞いて、私の心は大きく揺れた。何だろう、このざわざわした気持ちは。雅子さまのお気持ちを想像すると、決して両手放しには喜べない状態であった。

 私は、専修大学文学部文学部国文学科の卒業生である。専修大学に在学中、小和田教授という漢文の先生から、漢文学を学んだ。小和田教授は、雅子さまのお父様のお兄様に当たる方である。私は言語学のゼミに入ったので、漢文を研究する小和田ゼミではなかったのだが、授業を受けたという意味で、小和田教授の姪に当たる雅子さまを影ながら応援する立場を取っている。ちなみに、現在の専修大学には、国文学科という学科も、小和田教授の存在もない。

 そんな背景から、雅子さまが流産されたときも、私はひどく心を痛めたものだった。そうした苦難を乗り越えて、雅子さまがようやく女のお子様をご出産されたときは、ほっと胸をなでおろしたものだった。ところが、世間はお世継ぎとなる男のお子さんの誕生を期待している。雅子さまのプレッシャーを考えると、胸がつぶれる思いだった。子供を待ち望んで流産された雅子さまのお気持ちを、果たしてどのくらいの人たちが想像することができただろう。

 私はかつて、男尊女卑という記事を書いた。この記事を今、読み返してみると、これ以上のことはもう書けないと感じる。私が皇室に対して感じていることのすべてが、この記事の中に詰まっている。私の中にあるのは、「何が伝統だ!」という反発心である。決して、すべての伝統を否定しているわけではない。最も大切であるはずの愛をどこかに置き忘れたまま守り抜かれたような伝統ならば、くそくらえだということである。

 側室という立場まで用意して守り抜かれて来た男性天皇。単に元気な男の子のお世継ぎを産むためだけに迎えられた側室。昭和天皇の時代から、側室制度がなくなっただけでも、愛を大切にする時代になったと言えるのかもしれない。私は、皇室だけを特別視したくない。自分と同等に考える。自分と同等に考えると、子供が生まれないから側室を迎えるなどという制度がまかり通っていた時代に腹が立って来るのだ。子供は、愛がはじけて生まれて来る存在なのではないだろうか。そして、愛をはじけさせる方法は、子供を生んで育てる以外にもあると思う。

 そう思う反面、紀子さまに男のお子様が誕生されたことで、雅子さまはプレッシャーから解放されたのではないかという気もしている。これは私の勝手な想像だが、雅子さまは、年齢的にも、自分はもう子供を生めないと感じていらっしゃるかもしれない。それを考えると、紀子さま、ありがとうと言いたくなる。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大きな喜びの裏側に存在しているものに注目し、今回の記事を書かせていただきました。本当は、もっといろいろ書きたいことはあるのですが、また別の機会に。

|

2006.09.05

直径十二センチの彼女のその後

 紀子さまのご出産のニュースで心は揺れている。しかし、「ガンまる日記」は一日遅れで書いているので(いったん書き上げたあと、あとから日付を更新している)、これから書こうとしているきのうの日記に紀子さまご出産のニュースを綴ると、未来の出来事になってしまう。だから、紀子さまご出産についての内容は、後日書かせていただくことにしよう。

 さて、心が揺れる中で、何を書こう。出産というキーワードが出たので、以前、お話しした直径十二センチの子宮筋腫の彼女のことを書かせていただくことにしよう。

 あれから彼女は、MRIの検査を受け、自分の筋腫が直径十二センチではなく、数センチ程度の筋腫が連なってエコーに写っていたことを知る。彼女は子宮の温存を強く望み、安全な妊娠の準備を整えるため、セカンドオピニオンも立てた上で、筋腫だけを取る筋腫核手術を受けることを決意した。彼女には現在、親しい恋人がいるわけではないが、来るべき日のために(筋腫核手術を受けたとしても、子宮に妊娠の準備が整うまでに一年はかかる)身体の準備を整えておきたいらしい。

 最初のうち、「できれば手術は年末に」と言っていた彼女だったが、彼女の抱えている仕事の状況が彼女自身に追い討ちをかけ、彼女はこれ以上仕事を続けたくないと思うところまで追い込まれてしまったようだ。そのため、仕事を辞めて、十月の下旬に手術を受けるために、既に手術の予約をしたようである。私は、彼女が自分の病気について熱心に調べていたので、私と同じ選択を取らなかったことについて、もう何も言わなかった。

 不思議なのは、彼女と一緒に仕事をしている上司が、以前の私の上司だということである。今年の六月から仕事の体制が変わり、彼女は私の以前の上司と一緒に仕事をするようになった。現在、彼女とその上司は二人で一緒に仕事をしているのだが、かなりストレスが溜まっているらしい。そう言えば、私もかなりストレスが溜まり、あちこちのブログに彼の悪口をたくさん書いていたっけ。(苦笑)

 あるとき彼女が私に言った。
「○○さん(上司の名前)は、鞭はくれるけど、飴はくれない」
私は、確かにその通りだと思った。彼女の上司はとても頭の切れる人で、仕事の苦労をあまり知らず、いつでも最短距離を行く人である。しかし、自分が切れるばっかりに、少々人をばかにする傾向がある。その上、部下を誉めない。そういう上司の下に居ると、目標を失ってしまうのも事実である。また、一緒に仕事をする人と、感情面での繋がりを持たない。私たちは、冗談交じりに、
「○○さん(上司の名前)の下につくと、子宮筋腫ができるのかねえ」
などと言って笑っていた。決して笑いごとではないし、上司の責任でも何でもないのだが。

 彼女とは、スピリチュアルな面での繋がりが生まれ始めていたのに、職場で会えなくなってしまうのはとても残念なことである。生年は違うが、私と誕生日が近く、ものごとに対して熱いところがとても良く似ていた。彼女と私は、ときどき本の貸し借りをしているのだが、それが、何とも怪しいスピリチュアル系の本なのである。私はいまだかつて、職場の人とこの手の本の貸し借りを行ったことはなかった。しかし、短期間のうちに、彼女は私がその手の分野に興味があるということを見抜いたのだった。

 彼女は、筋腫核手術を受けたあと、再び筋腫ができないようにするために、現在、私の実践している天然のプロゲステロンの補給を行うつもりでいるようである。

追記:
 この記事を書いた直後に、職場のメールアドレスに、彼女から報告のメールが届いた。企業との話し合いの結果、今月いっぱいで、仕事を辞めることになったそうである。そのメールの中に、「手術をしてからは、ホメオパシーやヒプノセラピーなどのスピリチュアルな選択をして行きたい」と書かれてあった。それを読んだ私の胸はきゅーんと鳴った。職場で「スピリチュアル」とか「ホメオパシー」とか「ヒプノセラピー」などという言葉を目にすることがあろうとは、思ってもいなかったからだ。また、彼女は、「私の選択は、現代医学に対して受身なのでしょうか?」とも書いていた。私は、自分の納得の行くまで調べたのだから、受身ではないと思うと、心をこめて返信した。

 彼女は今、いろいろな意味で転機を迎えているらしい。それならば、この流れに乗ってみようと思ったのかもしれない。影ながらではあるが、これからはスピリチュアルな選択をして行きたいと言った彼女を応援して行きたいと思う。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 彼女のように、曇りなく手術にのぞむのは、ある意味、とても気持ちがいいと感じました。もしも彼女が迷っていたら、「もう少し待ってみたら」と言うのですが。(苦笑)彼女の仕事の状況を考えると、強い意志とともに、道は開けて来るものなのだと思いました。彼女の仕事の状況が、手術へと追い風を立てたように思えてなりません。しかし、それは、彼女にとって、逃げなのかどうか。同じことが、追試としてやって来るのかどうか。それは、彼女にしかわからないことであります。

|

2006.09.04

ちんちんかもかも

 ハワイに出掛ける前、我が家では、七月に生まれた鳩の雛のタップがそろそろ巣立ちをしようとしていた。何故タップと名付けたかと言うと、カラスの攻撃から巣を守るために設置したダンボールの上で、タップダンスを踊るからだ。本人は、タップダンスなど踊っているつもりはないのだろうが、ダンボールの上に乗ってゴソゴソ動く仕草がタップダンスをしているように聞こえるので、タップと名付けたのである。

 タップは、私たちがハワイから帰ると、立派に巣立ちしていた。そして、その代わりに、母ちゃんが新しい卵を抱いていたのである。母ちゃんが卵を温めていないときを見計らって、こっそり巣の中をのぞいてみると、卵はちゃんと二つあった。母ちゃんは、私たちがハワイに出掛けている間に新しい卵を産んだのだ。ガンモと私は、思わず顔を見合わせた。

 鳩がベランダに巣を作るようになってから、一年余りが過ぎた。ガンモは休日ごとに、糞で汚れたベランダをホースできれいに洗っているが、そうした作業を楽しみながらやっている。私たちにとって、鳩の世話をすることは、既に喜びに変わりつつあった。最初に生まれたモリゾー、よそで生まれたキッコロ、カラスに連れ去られてしまった二羽の雛、そしてタップと、父ちゃん、母ちゃんの仲良しペアは、私たちのマンションのベランダで、新しい生命の誕生の感動的なドラマを次々に展開してくれている。

 先日、私は父ちゃんとじっくり見つめ合う機会があった。彼らは、私たちがベランダに面した寝室の窓から外をのぞいている間も、逃げることなく、ベランダでくつろいでいる。餌が欲しいときは、私たちの直前まで飛んで来て止まることもある。父ちゃんと見つめ合ったときは、餌を欲しがっているタイミングではなかったのだが、私が見つめると、父ちゃんも、じっと私の目を見つめていた。そのとき私は、魂を持った存在としての鳩を感じ、その愛しさに涙が出て来た。人間だけでなく、彼らも生命を持って、この世界で一生懸命生きている。彼らの魂を感じた瞬間、そのひたむきな生き方に感動せずにはいられなかった。

 あるとき、私が台所に立っていると、父ちゃんが、母ちゃんの右目の周りを、くちばしでチョンチョンチョンとつついているのが見えた。以前も書いたように、母ちゃんの右目は、一時、つぶれかけていたのだが、その後、持ち直したものの、今は穴が開いたように凹んでしまっている。父ちゃんは、母ちゃんの凹んだ右目の周りを、愛情を持ってくちばしでつついていたのだ。まるで、母ちゃんの右目の周りにある悪いものを取り除くかのように、チョンチョン、チョンチョンと。私は、父ちゃんの愛情深いその行為に思わず涙が出て来た。鳩は本当に仲がいい。このように、男女の仲が睦まじい様子を、「ちんちんかもかも」と言う。

 父ちゃんの様子を見て、私は以前、ホームページの掲示板で交流させていただいていた方が聞かせてくれた話を思い出した。その方は、乳がんの手術を受けられた方である。離婚の経験があり、ツインソウルらしき男性と出会い、離婚後にその男性と親しくお付き合いをされたそうである。しかし、タイミングが合わず、しばらく離れている間に、その男性は別の女性と結婚することになってしまったそうだ。彼女は私に、ツインソウルらしき男性は、乳がんの手術をした自分の乳房を優しく愛撫してくれたと聞かせてくれた。離婚された元夫は、彼女の乳房には決して触れようとはしなかったそうだ。私は、その話を聞いたとき、胸がきゅーんと熱くなり、涙を流したのを覚えている。

 痛みを持って醜くなった部分を避けて通ろうとする人と、醜くなっても、愛情を絶やさず、そこを愛撫できる人。父ちゃんが、母ちゃんの凹んだ目の周りをくちばしで丁寧につついている様子を見て、彼女が語ってくれた愛の物語を思い出したのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この話は肉体に限ったことではなくだけでなく、精神面においても応用できることだと思います。また、男女の愛に限ったことでもないように思えます。愛の深さ、絆の深さとは、その人の最も醜い部分にさえも目をそむけないで愛情を注ぐことができるかどうかで決まるように思います。でも、最も醜い部分を愛撫してくれない人がいるからこそ、それができる人に対して、愛の深さを実感することも事実です。

|

2006.09.03

桃花台線と並んで食べたひつまぶし

 名古屋はもう何度も訪れている。今回、青春18きっぷの旅のターゲットを名古屋にしたのは、今月末で廃線になってしまう桃花台(とうかだい)線を乗り潰しておこうという目的だった。

 桃花台線は、片道およそ十五分程度の有人の新交通システムである。自動化された新交通システムで有人運転というのも珍しい。通常、列車というものは、前方と後方に運転席がある。列車が終点に行き着いて折り返すとき、運転士が反対側の運転席まで歩いて移動する。しかし、桃花台線には、運転席が前方にしかないので、列車が折り返すときは、運転士ではなく、列車自身が迂回し、乗車専用のホームに停車しなおして新たな乗客を迎える。おそらく、こうした作業を無人で行うことができないために、新交通システムでも有人化されているのだろうと思う。

 今月末で廃線になるということで、ホームにはカメラを構えた鉄道ファンの姿が見受けられた。桃花台センター駅の近くにある歩道橋の上にもまるで引退を惜しむかのように、たくさんの人たちがカメラを構えていた。

 私はかつて、岐阜市内を走る名鉄の路面電車が廃線になるときのことを思い出した。あのときも、その月いっぱいで廃線になるという時期に岐阜を訪れたのだが、引退まであと二週間しかなかったため、別れを惜しむたくさんの鉄道ファンで賑わっていた。鉄道会社としては、いつもこれだけ多くの人たちに利用してもらえば、廃線にならなくても済むのにと、複雑な気持ちだろうと思う。岐阜を走っていた路面電車は、現在、豊橋で活躍しているらしい。私たちも、引退した名鉄の路面電車のあとを追って、豊橋まで出掛けたのだが、路面電車の車庫で、岐阜で見た路面電車の姿を見つけたときは、ひどく感動したものだった。

 廃線になったり、車両を入れ替えたりするとき、別の地域の鉄道に、車両が引き取られるということは良くあるらしい。以前、静岡県の岳南鉄道に乗車したとき、妙に懐かしい車両だと思っていたら、京王井の頭線のお下がり車両だった。私は昔、東京の下北沢に住んでいたので、井の頭線の車両とは馴染みがあったのである。

 この先、桃花台線の車両がどのような行く末をたどるのかはわからない。沿線に住んでいる人たちにとっては、例え廃線になったとしても、乗り慣れた車両がどこかで人を乗せて走っていてくれたら、また会えるのに、という気持ちになるのではないだろうか。

 桃花台線に別れを告げたあと、私たちはむしょうにひつまぶしが食べたくなり、あつた蓬莱軒へと向かった。あつた蓬莱軒は、名古屋出身の方にお勧めいただいたお店で、名古屋市内に全部で三店舗ある。初めて足を運んだのは、神宮南門店だった。驚くほど人気の高いお店で、一時間待ちは当たり前である。それでも、うなぎ料理なので、回転は速い。料亭のような雰囲気のお店で極上のひつまぶしをいただき、そのおいしさに酔いしれた。その後、別の機会に、本店にも足を運んだ。本店は、神宮南門店よりも古い建物で、やはり、料亭のような造りのお店だった。本店と神宮南門店は、比較的近いところにある。どちらも、私の大好きな熱田神宮の近くにあるお店である。

 あつた蓬莱軒は、栄にある松坂屋デパートにも店舗を構えている。こちらは、デパートの中のレストラン街の一角なので、料亭風とは行かない。それでも、いつ足を運んでもものすごい人たちが列を作って待っている。私たちも以前、松坂屋店でひつまぶしを食べたことがある。しかし、料亭風の飯台で食べる雰囲気を知ってしまうと、何となくひつまぶしを食べているという気がしなかった。そう思って、本来ならば、神宮南門店か本店に足を運びたかったのだが、どちらのお店もお昼のラストオーダーが十四時半前後だった。乗り潰しを終えて時計を見ると、十四時前だった。これから電車を乗り継いで移動するとなると、ラストオーダーには間に合わない。そこで、松坂屋デパートの中にあるあつた蓬莱軒に決めたのだった。

 松坂屋デパートに入り、レストラン街でエレベータを降りると、十四時半頃だと言うのに、百人ほどの行列ができていた。この時間でこれだけの行列なら、お昼どきはもっと混むのだろうか。根気強く待って、おいしいひつまぶしを食べるか、それとも、別のお店に入って空腹を満たすか。ここに来ると、いつもそんな選択に迫られる。ガンモは、
「こんなに待てない。もう、腹減った」
と言った。私も、ガンモの気持ちは良くわかったが、とりあえず、トイレに行ってから考えようということになり、二人でそれぞれトイレに入った。

 女子トイレはとても混んでいたので、ガンモをかなり待たせることになってしまった。しかし、トイレを出てみると、ガンモはあつた蓬莱軒の長い列の最後尾にちゃっかり並んで待っていたのである。待つことが嫌いな上に、「もう、腹減った」と言っていたガンモだが、やはり、ぷりぷりのひつまぶしの誘惑には勝てなかったようである。ひつまぶしを諦めかけていた私は、とてもうれしくなった。

 結局私たちは、一時間程並んで、ようやくひつまぶしにありつくことができた。お店に入って注文してからも、なかなか出て来なかったひつまぶしだが、並んで待っただけあって、喜びもひとしおだった。温かいご飯にまぶされた、ぷりぷりのうなぎを、「一杯目はそのままで、二杯目は薬味で、三杯目はお茶漬けで」というお作法に従って、じっくりと味わいながらいただいた。

 ひつまぶしを食べたあと、私たちはほんの少し、名古屋の街を散策してから帰路についた。帰りももちろん、青春18きっぷである。青春18きっぷは、若者のグループの利用者も多いが、お年寄りのグループの利用者も多い。旅も楽しいが、仲間たちとのおしゃべりも楽しい。そんな切符である。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 青春18きっぷは五枚綴りの切符なので、二人で使用すると、一枚足りなくなるか、一枚余ります。そこで私たちは、チケットショップに出向き、奇数枚数分の残りの青春18きっぷを購入しました。青春18きっぷの使用期限が迫ると、使いかけの青春18きっぷをチケットショップに買い取ってもらう人がいるのです。チケットショップは、買い取った使いかけの切符を、一枚二千三百円よりも少し高めに売っています。今回は、帰りの切符が一枚だけ足りなかったので、一枚分の残り券を求めようとしたのですが、チケットショップには、三枚券しか売られていなかったのです。私たちは悩みましたが、結局、その三枚券を買うことにしました。そのうちの一枚を名古屋からの帰りに使いました。ということは、あと二枚、余っているわけなんです。私はこれを使ってホットヨガの別のスタジオに行きたいのですが、ガンモが何やら日帰りの旅の計画を立てたがっているようです。

※そうそう、記事の内容とは関係ないのですが、はづきさんは男性だったのですね。私はてっきり女性だとばかり思っていました。(^^;

|

2006.09.02

信楽高原鐵道とガンモのゴミ箱あさり

 夏休みに使った青春18きっぷが余っている。青春18きっぷの有効期限は九月十日。有効期間内に消費しておくために、私たちは青春18きっぷ消費ツアーへと出掛けることになった。行き先は、名古屋である。毎回、青春18きっぷが余ると、名古屋に出掛けている私たちだが、今回は少し寄り道をして、信楽高原鐵道を乗り潰すことにした。

 新快速電車で草津まで行き、そこから草津線に乗り換え、貴生川(きぶがわ)まで出た。貴生川から信楽高原鐵道に乗り換え、終点の信楽(しがらき)で街を散策した。信楽高原鐵道というと、一九九一年にJRの列車と正面衝突事故を起こし、数十名の死者が出たことが思い出される。その信楽高原鐵道は、もう立ち直っているのだろうか。

 信楽高原鐵道は、その名前にふさわしく、高原を走る鉄道だった。車窓から見える緑の草木が、まるで遠足に出掛けるかのような、のどかな気持ちにさせてくれる。こんなにも平和でのどかな場所で、大きな鉄道事故が起こったことなど、信じられないことだった。当時、利用していた人たちは、どんなに心を痛めたことだろう。亡くなられた人たちへの追悼の想いとともに、廃線になって欲しくない気持ちも強かったのではないだろうか。事故から十数年経ち、信楽高原鐵道は、のどかな鉄道として、平静を取り戻している。

 ところで、ご存知のように、信楽は、たぬきの焼物で有名な信楽焼の里である。飲食店の数よりも、信楽焼を扱うお店のほうがだんぜん多い。しかも、屋内で売るよりも、焼物を屋外にずらりと大量に並べて売られているのが特徴である。信楽に着いたのがちょうどお昼どきだったので、私たちは飲食店を探して歩いていた。しかし、商店街があるわけでもなく、想像していたよりもはるかに静かな街だった。ようやく飲食店を見つけたと思って近くまで寄ってみると、飲食店ではなく、信楽焼を扱うお店だということが何度もあった。信楽焼が屋外で売られているのは、飲食店と間違われないようにするための工夫なのかもしれない。

 ようやく私たちは、串かつのお店を探し当て、そこで昼食を取った。お店で使われていた陶器のほとんどが信楽焼だった。食べ終わった串の入れ物までも信楽焼なのである。あとで知ったことなのだが、信楽焼は、ラジウム鉱石との縁が深いらしい。確かに、信楽焼の焼き上がった陶器の色は、北海道の二股ラジウム鉱石の色と良く似ている。

 お昼ごはんを食べて信楽駅まで戻る頃、ちょうど次の列車の時間が差し迫っていた。ガンモの話によると、これを逃すと、次の列車まであと一時間待たなければならないと言う。私たちは駅まで急いだ。駅に着き、いつものように、ガンモが二人分の切符を買ってくれた。私は、駅のコインロッカーに預けておいた荷物を取り出していた。すると、どうしたことか、ガンモがゴミ箱をあさり始めたのである。

 一体、何が起こったのか? と私は思った。それよりも、ガンモがゴミ箱をあさっているという行為がとても恥ずかしく、周辺の人たちに対し、何か弁明しようとした。
「ガンモ、どうしたの? ゴミ箱をあさったりしてみっともないよ」
と私は言った。ガンモは、
「ゴミと一緒に、切符を一枚捨てちゃった」
と言いながら、必死になってゴミ箱の中を探している。ガンモの手元には、確かに切符が一枚だけ残されている。ガンモはついさっきまで、コンビニで買ったカップコーヒーを飲んでいた。それを捨てるときに、券売機で購入したばかりの帰りの切符の一枚を、一緒にゴミ箱に捨ててしまったらしい。最初のうち、ガンモは遠慮がちにゴミ箱の中に手を突っ込む程度だったが、やがて大胆にもゴミ箱の蓋を取り、ゴミ箱の中に身を埋めるかのように、本格的にゴミ箱の中をあさり始めた。私は、その姿があまりにも恥ずかしく、
「ゴミ箱の中から探さなくても、切符なら、また買えばいいじゃない?」
と言った。しかしガンモは、汚いゴミ箱の中のゴミを掻き分けながら、なくしてしまった切符を一心不乱に探していた。列車の発車の時間は刻一刻と差し迫っている。

 売店のおばちゃんが、私たちの様子に気づき、声を掛けてくれた。
「あの列車に乗るの?」
と言う。私たちがうなずくと、何かガンモの手助けになれるように、気にかけてくれているのがわかった。私は、切符をもう一枚買えばいいのではないかと思いつつ、ガンモと一緒にゴミ箱の中を探すでもなく、おろおろしながらガンモの様子を見守っていた。

 「あった!」
ようやく、ガンモがあさっているゴミの中から、紛失した切符が出て来た。ガンモは素早くその切符を拾い上げ、ゴミ箱を元に戻した。
「手が汚いから、どこかで洗ったほうがいいよ」
と私が言うと、売店のおばちゃんが駅員さんに事情を説明してくれて、駅のホームまで誘導してくれた。そして、駅のホームにあった水道の蛇口をひねり、ホースをガンモに差し出してくれた。
「ありがとうございます!」
私たちは、おばちゃんに丁寧にお礼を言った。何と優しいおばちゃんなのだろう。ガンモは、売店のおばちゃんのおかげで手を洗うことができた。

 私たちは、乗ろうと思っていた列車に間に合った。おばちゃんが、ガンモのために水道の蛇口をひねってくれた瞬間から、私は自己嫌悪に陥っていた。おばちゃんがガンモのために水道のあるところまで誘導してくれたのに対し、妻である私はガンモのために何をしたのかという自己嫌悪だった。私は、必死になって切符を探しているガンモと一緒にゴミ箱をあさるでもなく、ただ傍観していただけだった。しかも、ガンモがゴミ箱をあさるという行為が恥ずかしく、周りに対して弁明することばかり考えていた。

 列車の中で、ガンモは笑いながら、ギロっと私を見た。その顔は、落胆と許しが同時に起こっているときの表情だ。私はガンモに、
「ガンモ、ごめん。私は、周りの目が気になって、ガンモがゴミ箱をあさっていることに対し、一生懸命弁明しようとしてた」
と謝った。いつも冷静なガンモが周りを省みず、必死でゴミ箱の中を探し回っているというのに、私はガンモと一緒にゴミ箱の中の切符を探さなかった。いつも同じ意志を持ったソウルメイトである私たちの中で、意思の分離が起こっていたのである。私はガンモに、
「怒った?」
と聞いた。ガンモは、
「いや、怒ってはないけど、がっかりした。まるみも一緒にゴミ箱をあさってくれると思ったのに」
と言った。私もガンモと同じ気持ちだった。私は、自分がガンモと一緒にゴミ箱をあさらなかったことに落胆していた。なくした切符を探すことに一生懸命になっているガンモよりも、周りの目のことが気になっていた。このことで、私たちはしばらく落胆モードに入ったが、なくした切符を一生懸命探そうとしていたガンモの気持ちを想像し、落胆した気持ちを解放することで、やがていつもの私たちに戻った。

 意思の分離が起こったときに最も大切なことは、その日のうちにお互いの心の内を示し合い、消化してしまうことである。早期のうちに消化を行うことで、ネガティヴな感情の蓄積が起こらない。これは、ダイエットと似ているかもしれない。怒りや落胆の感情を、次の日まで持ち越さないようにすることは、忘却(燃焼)が起こりやすいのである。普段のモードに戻るのが遅れれば遅れるほど、相手に対して言えない感情が溜まってしまうのだ。

 昔、伊集院光さんが『笑っていいとも! テレフォンショッキング』に出演されたとき、奥さんと結婚したいと思ったのは、奥さんが、自分の趣味である「ゴミあさり」(伊集院さんは、マンションなどのゴミ捨て場に捨てられている不用品を集めるのが好きらしい)を一緒に楽しんでくれる女性だったからだと語ったことを思い出した。他の人が顔をしかめてしまうような行為を、自分と同じ目線で体験してくれる人は、絆の強い同志になるのだ。

 歩み寄りのプロセスを経て、ネガティヴな感情を解放した私たちは、草津線に戻り、関西本線を経由して名古屋に入った。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回のことは、自分でも情けなくなるほどの嫌悪感を感じる出来事でした。(苦笑)夫婦が歩み寄れず、同じ目線で物を見ることができなかったときの寂しさは格別です。特に、自分自身が利己的な感情に支配されていると感じたときは・・・・・・。話を少し発展させると、本来、人間の持つ、こうした感情を信頼できるようになると、刑罰などは必要なくなるのかもしれませんね。言い換えると、自分自身で嫌悪感を感じなければ、改心できないということでもありますし、自分自身で嫌悪感を感じることが、改心への最短距離になるということでもあります。

|

2006.09.01

ホットヨガ(十回目)

 ホットヨガに行きたい! 前日の反動からか、とにもかくにもホットヨガに行きたい気持ちが高まっていた。私は、仕事の状況を見ながら予約を入れようと思い、ウェアや着替え、シャワーセットなど、仕事帰りにホットヨガのレッスンを受けられるように準備を整えてから仕事に出掛けた。ガンモに、
「今日、ホットヨガに行くから」
と言うと、
「また行くの?」
と言われた。ホットヨガ回数券消費推進委員会を発足させていたガンモだが、私がこれまでにない勢いで通い続けていることに対し、驚きを隠せないようである。

 仕事は、何とか早めに上がれそうな雰囲気だった。夕方近くに急な動きがあると上がれなくなってしまうので、私は予め、昼間のうちに一緒に仕事をしている人たちとの打ち合わせを重ね、進めるところまで仕事を進めておいた。

 しかし、予測していた生理が、とうとう始まってしまったのだ。確か、ホットヨガの申込書を書いたとき、生理中のレッスンは控えたほうがいいと書かれていたはずだ。またしても、条件が揃わずに、ホットヨガに行くことができないのか。それは絶対にイヤだ。そう言えば、確か、他のヨガのサイトでは、むしろ生理中にヨガを行うと、生理痛などの症状が緩和されると書かれていたはずだ。もう、どっちでもいい。生理中にホットヨガを行ってもいいかどうか、自分が判断すればいいだけだ。私は、生理だろうが何だろうが、今日という今日はホットヨガのレッスンを受けに行くと心に決めていた。

 ホットヨガのレッスンは、会員になれば、Webからの予約が可能なのだが、レッスン当日の予約となると、電話で予約することになっている。私は神戸店で会員になったので、会員証に記載されている電話番号は、神戸店の電話番号となっている。十九時半からの三宮店の予約を入れようと思っていたが、三宮店の電話番号を控えておくのを忘れてしまったので、三宮店の電話番号がわからない。神戸店に電話を掛けても、三宮店で行われるレッスンの予約は取れるのだが、神戸店のスタッフの方のお手間を取らせてしまうのは申し訳ないような気もしていた。そう言えば、ゆうべ、Webで調べたときに、神戸店での二十時半からのレッスンは、既に予約が埋まっていたはずだ。ということは、いったん神戸店の二十時半からの予約状況を確認したあと、それなら三宮店の十九時半からのレッスンはどうですか、という流れに持って行けば良いのではないかと思っていた。

 ところが、実際に電話を掛けてみると、神戸店の二十時半からの最終レッスンを予約できてしまったのである。運良く、最後の一人の枠が余っていたらしい。以前、三宮店での十九時半からのレッスンを受けたときは、かなり慌しく仕事を上がったので、受けるなら、二十時半からのレッスンがベストだと思っていた。私はすっかりうれしくなり、仕事に精を出した。

 仕事を上がり、腹ごしらえをしたあと、私は神戸店へと向かった。月曜日以来、レッスンに通うペースを落とそうと思っていたホットヨガだったが、身体がホットヨガを強く求めているのがわかった。私の身体は大喜びし、これまで受けた二十時半からのレッスンの中で、一番、汗をかいた。身体がホットヨガを欲していたのがわかる。インストラクターは、二回目のレッスンのときのインストラクターだった。彼女とは本当に縁が深い。

 私は、スタジオの中をぐるっと見回しながら、ヨガマットの数を数えた。インストラクターの分を外して、鏡の前に九個、鏡の後ろに十一個のヨガマットが敷かれている。一回のレッスンに、最大で二十名の枠があるようだ。もっとも、人数が少ないときは、もっと広めにヨガマットが敷かれている。今夜のレッスンは、私で最後の予約と言われたが、キャンセルが一人出たのか、ヨガマットが一つ空いていた。

 レッスン十回目と言っても、私はまだまだインストラクターの手引きなしにはポーズを取ることができない。インストラクターの動きに注目していないと、ときどき間違えてしまうのだ。精神にも意識を向けられるくらい余裕が出て来るのは、果たしていつのことだろう。

 いつものように、二十一時半に瞑想をしてレッスンが終わった。レッスンが終了する前に、スタジオを出て行く人は一人しかいなかった。そのため、レッスンが終わったあとに浴びるシャワーはひどく混雑していたが、それでもたくさんの汗を出した身体は、大満足だった。汗をたくさんかいて、身体の中に溜まっているものをできるだけ排出し、きれいな酸素と水を身体の中に取り入れる。私がホットヨガのときに飲んでいるのは、いつも実家から送ってもらっている海洋深層水だ。十年ほど前に、私の好きなアーチストが海洋深層水を飲み始めたので、身体の弱い母に勧めたところ、母がとても気に入り、今度は私に飲むようにと、月に何度が送って来てくれているのである。

 シャワーを浴びてスタジオを出ると、二十二時を回っていた。ガンモに電話を掛けてみると、既に帰宅していると言う。今度は、寂しい気持ちにならなかった。ホットヨガに通うという要因を成り立たせるだけの私の意志が強かったからかもしれない。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もう少しペースを落としてレッスンを受けようと決意したものの、週末に出掛ける予定が入っているため、どうしてもレッスンを受けておきたい気持ちが高まり、思わず予約を入れてしまいました。まるで中毒のようですが、おかげで、私の中の細胞は活発に活動を始めてくれたようです。もしも、かつての私のように、ひどい倦怠感に悩まされている方がいらっしゃいましたら、ホットヨガはとにかくお勧めです!

|

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »