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2006年8月

2006.08.31

時間と空間の分離

 決まるべきことがなかなか決まらず、忙しくなるはずの仕事が停滞気味だ。残業をしても仕方がないので、私は十八時半過ぎに仕事を上がった。ガンモに電話を掛けてみると、何やらひどく慌しい様子で、
「今日は先に帰ってて」
と言う。どうやら、会社の人たちとご飯を食べに行くことになったらしい。

 私は一人、制約のない空間の中に放り出された。こんなときこそホットヨガに行きたいが、神戸店での木曜日の最終レッスンは、初心者の私にはまだまだ難しい「脂肪燃焼コース」だし、十九時半からの三宮店での最終レッスンのビギナーコースにはとても間に合わない。それに、万が一、間に合うとしても、ホットヨガに出掛けることをまったく予定していなかったので、ウェアやお風呂道具の用意もない。ホットヨガがダメならと、映画を観に行きたい気持ちもあったが、この時間から三宮方面に移動していては、最終上映には間に合わない。おまけに、何の日でもない木曜日は割引がない。時間だけが私に味方してくれているというのに、状況がなかなか揃わないのだ。私はイライラしていた。

 これからまっすぐ家に帰ったとしても二十時過ぎだ。私はお腹が空いたので、お店に入り、一人で夕ご飯を食べた。カバンの中に入っていたホットペッパーをパラパラとめくっていると、岩盤浴の割引チケットが目についた。なるほど、岩盤浴! 岩盤浴なら、何も用意がなくても手ぶらで出掛けられるのではないか。そう思ったが、のんびり食事をしてしまったので、時計を見るともう十九時半を過ぎていた。これから三宮方面に向かったとしても二十時半近くになってしまう。となると、岩盤浴の受付もギリギリの時間である。せっかくの岩盤浴初体験なのに、慌しく過ごすのは嫌だ。おまけに、今にも生理が始まってしまいそうな状況でもある。私は、岩盤浴を諦めることにした。これを、岩盤浴ではなく、「いさぎよく」と言う。

 結局私は、不完全燃焼の想いを抱えたまま帰路についた。勤務先が三宮か神戸なら、仕事を早く上がった日の行動も制約されることなく、自由に選べるのではないか。ふと、そんなことを思った。しかし、そうなると、通勤時間が短くなるので、電車の中でパソコンを広げてゴソゴソすることもできなくなってしまう。私には、電車の中でパソコンを広げてゴソゴソする時間も大切だ。所詮、あれもこれも同時に選択することはできないということだ。

 三宮に着いて、新快速電車に乗り込み、しばらくすると、ガンモから電話が入った。ガンモもようやく帰る頃だと言う。ガンモは、私の乗った新快速のすぐあとの快速電車に乗ったようだ。私は、自宅近くのスーパーで用があったので、私たちはスーパーで待ち合わせて一緒に帰宅した。

 今回は、時間はあるのに、空間が追いつかなかった事象の典型だ。良く、旅行をしたいと思っている人が、学生時代は、時間はあるのにお金がないが、社会人になると、お金はあるのに時間はないなどと嘆いているが、それと似ている。私たちはいつも、いろいろな要因が同時に組み合わさることで、一つの事象へと導かれる。起こるべくして起こったなどという言葉が使われるのも、そのためだと思う。

 結果的には、ガンモと一緒に帰宅することができたのだから、その過程がどうであれ、よしとすることにしよう。終わり良ければすべて良し。しかし、なかなか状況が揃わなくて、エネルギーが分散し、悶々としてしまった日の出来事として、私の記憶に留めておくことにしよう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。急に涼しくなりました。夜、窓を開けて眠ると少し寒いくらいです。どうか体調など崩さないよう、お気をつけください。

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2006.08.30

二十万ヒットありがとう!

 二〇〇四年二月から書き始めた「ガンまる日記」のアクセス数が、めでたく二十万ヒットを記録した。現在の一日の平均アクセス数は三百ヒット前後。二十万ヒットを二年半で割ると、平均して一日当たり二百二十人強の方たちが読んでくださったことになる。

 初めてホームページを開設したのは一九九八年のことだった。その後、ホームページをいくつかのカテゴリに分岐させ、その中で最も多くの方たちが訪問してくださっているのが「精神世界のはなし」というページである。六年ほど前に立ち上げたページであるに関わらず、こちらはあと少しで二十万ヒットと言ったところである。この「ガンまる日記」は、「精神世界のはなし」のサブカテゴリとして書き始めた日記である。

 数年かけてもまだ二十万ヒットに達成していないことを考えると、わずか二年半で二十万ヒットを記録した「ガンまる日記」の勢いはすごいと思う。後書き日記であろうが何だろうが、何が何でも毎日更新し続けて来たわけだが、その勢いに同調してくださった皆さんの勢いもすごいと思うのだ。皆さん、この場をお借りして、本当にありがとう。きのうの相対的な関係の話ではないが、毎日読んでくださる方がいなければ、毎日書き続けることはできなかったと思う。本当に感謝している。

 以前、ホームページの掲示板に、
「『ガンまる日記』は、毎日更新される上、内容が多岐に渡っているため、なかなか追いつくことができませんでした」
と書かれたことがある。その方は、私のホームページを何度か訪問されたあと、しばらく訪問をお休みすると宣言をされた方だった。おそらく、私のホームページを訪問しても、これ以上、読み続ける気持ちが起こらなかったために、そのような書き込みをされたのだと思う。自分では、それほど多岐に渡っているつもりはなかったのだが、なるほど、自分で作ったカテゴリを見てみると、鉄道や旅、ソウルメイトの夫婦愛、ツインソウル、魂の愛、コミュニケーション、事件、音楽、映画・テレビ、精神世界、心と身体、鳩、日常など、確かに多岐に渡っている。日替わりメニューでこれらのカテゴリの中から話題が提供されるにしても、毎日読んでくださる方にとってはめまぐるしい内容かもしれない。

 しかし、いくらカテゴリが多岐に渡っていたとしても、私が最も大切にしているのはやはり、「男女の愛」なのである。私がここで綴る「男女の愛」について共感してくださる部分が少なければ、「ガンまる日記」を読み続けてくださることは難しいだろうと思う。いくらカテゴリが多岐に渡っているといえども、その他のカテゴリは、「ガンまる日記」のおまけみたいなもので、「男女の愛」に間接的に繋がっているだけである。

 さて、掲示板と言えば、ホームページに設置している掲示板に、大変興味深い書き込みをしてくださった方がいた。何と、私たちと同じ時期にハワイに滞在されていた方からの書き込みだった。滞在していた時期がほぼ一致していることだけでも奇遇なのに、その方は、ハワイ滞在中に、ホテルの部屋でインターネットをしているときに「ガンまる日記」を見つけてくださったそうだ。しかも、その方の奥様が、私と同じように、コインランドリーで失敗されたそうである。それだけでなく、ポリネシア・カルチャー・センターにも足を運ばれた上に、カハラモールにも出掛けられれ、更にはヒルトンのタイムシェア・コンドミニアムの説明会にも参加されたそうである。部屋でインターネットができて、ホノルル動物園からも近いホテルとなると、私たちが滞在していたホテルと同じかもしれない。あのとき発信していた内容が、同じホテルの別の部屋からアクセスしてくださった方の目に留まったのだとすると、本当に不思議なことだ。(書き込みしてくださった「ハワイのこと」さん、どうもありがとうございました。時間はかかるかもしれませんが、また改めて返信させていただきたいと思います。)

 こんな奇遇な出会いもあるから、私はこれからも旅先や職場にノートパソコンを持ち込み、「ガンまる日記」を発信し続けて行く。支えてくださっている皆さん、本当にありがとう。二十万ヒット、本当にありがとう。そして、これからも末永くよろしく!

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2006.08.29

集団の持つ相対性

 最近、相対性について深く考えることが多い。私の場合、自分自身の絶対性を守り抜きたいと思っていても、相対性に揺れてしまうからだ。例えば、私の参加しているプロジェクトでは、昼休みあとにプロジェクトメンバ全員が参加する昼礼の司会進行役を、持ち回り制で決めている。その役は、単なる司会進行役だけでなく、最後に何か一言スピーチをすることになっている。これはとてもいいアイディアだと思うのだが、スピーチに耳を傾けるプロジェクトメンバの反応がいまいちなのである。

 先日、私に当番が回って来ることになった。私は、夏休みに出掛けたハワイの話をしようと思っていた。日立の樹を観に行った話をすれば、何か手ごたえが感じられるのではないかと期待していた。スピーチの前日、ガンモと打ち合わせをしながら、リハーサルをした。私の勤務先は、メーカーの子会社なので、ガンモが、
「『○○○(そのメーカの名前)の樹があったら、観に行ったんですけども』と、一言添えたらいいんじゃないかな」
とアドバイスをくれた。

 私は、当日、日立の樹の話をしたあと、ガンモのアドバイス通り、
「○○○(そのメーカの名前)の樹があったら、観に行ったんですけども」
と添えてみた。私としては、ここでみんなに笑って欲しいところだった。しかし、私の話に耳を傾けていたプロジェクトメンバは、ウンでもスンでもなかったのである。とうとう場が持たなくなった私は、ついに、
「ここは笑うとこなんですけど」
と自分でフォローを入れた。

 何だかとてもみじめな気持ちだった。ガンモとリハーサルまでしたのに、彼らはずっとポーカーフェイスだった。プロジェクトメンバ、一人一人と話をすると、なかなか面白い個性を引き出すことができるのだが、全員揃うと、とても静かな集団になってしまう。仕事の相性についてもいま一つで、うまく連携が取れないことが多い。技術者集団のせいか、コミュニケーションの取り方が下手な人が多いのだ。飲み会の席でも、とにかくみんな受身のポーズ(ヨガのポーズではない)を取っていて、とても静かである。みんな、誰かが話を始めてくれるのを待っているのだ。プロジェクトメンバ全員が揃うことで、何となく意心地の悪い感じを抱いているように見える。

 自由意思で結びつく友人たちとは違って、仕事の仲間は、会社の意志によって集められる。そのような形で集められたことにも、きっと何か大きな意味があるのだろうが、一人一人と話をすると面白いということは、プロジェクトメンバが集められて相対性を築いて行くとき、それぞれの持っている個がつぶされてしまっているのだと思う。大勢の中にいても、個が生かされなければ、人は生き生きして来ない。

 集団の持つ相対性が素晴らしいと、その集団と関わって行く人のエネルギーも大きく上に伸びて行く。例えば、漫才師は、観客に拍手をしてもらうことによって、自信を持つことができる。ミュージシャンは、ノリノリの観客の前でおもしろおかしく羽目を外し、大きく弾ける。もしも絶対性だけで生きて行くなら、観客の拍手に関係なく、いい漫才をすることであり、観客のノリに関係なく、パワフルな演奏を披露することだと思う。しかし、それはなかなか難しいのではないだろうか。

 相対性を感じながら生き生きすることは、相手に自分自身を預け、相手から返って来る循環のエネルギーを感じながら自分らしく輝いて行くことかもしれない。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 考えてみると、掲示板でのやりとりなども相対性ですね。相手の中に自分を映し出すときに、心地がいいかどうかによって、自分のエネルギーを存分に発揮できる場合とそうでない場合があるような気がします。他の人の影響をまったく受けずにいるということは、生きて行く上で相当難しいのではないでしょうか。

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2006.08.28

ホットヨガ(九回目)

 早朝からの勤務だったガンモは、朝五時過ぎにタクシーに迎えに来てもらい、出掛けて行った。ガンモの早朝出勤は、月に一、二度の割合でスケジュールが組まれている。場所は、私の勤務先近くの客先だ。電車で移動すると一時間半ほどかかってしまうので、ガンモはいつも自家用車で高速道路を走って出勤していたのだが、実は、自家用車の三十万円のベンツが夏休み前に壊れてしまい、どうにもこうにも動かなくなってしまった。六月の初めにベンツで三朝温泉に出掛けたとき、カーナビが煙を吹いて壊れたが、壊れたカーナビとほぼ同じ型で中部地方限定の地図媒体の入ったカーナビをネットオークションで格安で落札し、従来のカーナビに付いていた全国版の地図媒体と差し替えて使っていた。しかし、今度はベンツ自身のエンジンがかからなくなってしまったのである。エンジン系統がいかれてしまったらしく、油が発火していないようである。こうした症状が走行中に発声すれば、後続の車と接触する可能性があり、非常に危険だ。これも考え方ひとつで、走行中に壊れなくて良かったと思うべきなのだろう。ガンモがタクシーに乗って仕事に出掛けて行ったのは、このような経緯であるが、ベンツは夏休み前のバタバタしている時期に壊れてしまったので、修理にも出せずにそのままになっている。

 さて、早朝出勤ということで、ガンモの仕事は早く終わるというのに、私はホットヨガの二十時半からのレッスンの予約を入れていた。ということは、レッスンを終えてスタジオを出るのは二十二時だ。こうした状況は、何となく、ホットヨガに導かれていない日であるような気もする。それに加え、仕事中、急に十八時から打ち合わせを行うという話が浮上した。ホットヨガのレッスンを予約していた私は、
「ええっ?」
と困ったような反応を示した。すると、打ち合わせに参加する別の人が、
「俺も今日は十八時頃にはここを出る」
と言ってくれた。どうやら、遠方からお偉いさん方が来られていて、親睦のために一部の人たちで飲み会が行われるらしい。私は内心、「やった!」と思った。その人が参加できないため、十八時からの打ち合わせは延期になった。

 十八時頃、私は仕事を上がった。仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは自宅近くの客先に移動して仕事をしていた。そこでの仕事が終われば、今日は仕事から解放されると言う。ガンモが自宅近くで働いているときは、待ち合わせをして一緒に帰ることができないので、何となくつまらない。
「これからホットヨガに行って来るよ」
と私は言ったが、内心、とても寂しい気持ちになっていた。何だろう、この寂しさは。ご理解くださる方は少ないかもしれないが、いつも同じ意志を持っているソウルメイトが別行動を取っているときの寂しさだ。自分から望んで予約を入れたはずなのに、別行動を取ると寂しくなってしまうのだ。

 私は、腹ごしらえをして、地下鉄を乗り換え、神戸へと向かった。そして、ガンモと別行動を取っていることへの寂しさを振り切りながら、ホットヨガのスタジオに入った。確か前回は、この時間帯のレッスンではあまり汗が出なかった。果たして、今夜はどうなのだろう。

 受付で、
「今日のレッスンは、受講される方が少ないですよ」
と言われた。前回、今回と同じように二十時半のレッスンを受けたとき、この時間のレッスンがいつも混み合うのかどうか、私が尋ねたのを覚えてくださっていたのだ。そのときは、二十時半のレッスンはいつも混んでいるので、早めに予約を入れたほうがよろしいですよと言われた。しかしどうしたことか、今日のレッスンは、受付の方も驚かれるほど少ない、十人程度のレッスンだった。

 インストラクターは、若くてかわいらしい女性だった。彼女のきゃしゃな身体に見惚れ、私は自分が女性に生まれたことに喜びを感じた。自分自身も女性だから、美しいプロポーションの女性に目を向けてたとしても、決して怪しまれないからだ。しかし、どうしたら彼女のような美しいプロポーションを作り上げることができるのだろう。私は、自分自身の旅が果てしなく遠いと感じた。美しくない肉体を、どのようにして愛すればいいというのだろう。肉体が美しければ、肉体を愛することができる。しかし、それは、美しい肉体を愛するという、条件付の愛情なのか。肉体に対して無条件の愛を注ぐことは、かなり難しい。もちろん、これまでちゃんと愛してやれなかったから、醜くなってしまっているわけなのだが。

 彼女のレッスンは、他のインストラクターよりも少し速いスピードで、どんどん進んで行った。そう、一つ一つのポーズを取る時間が短いのである。それでも、内容が盛りだくさんなのか、これまであまり取ったことのない鷲のポーズも登場した。思わず、「人間は、考える鷲である」と言いたくなってしまうようなポーズだった。

 ところが、レッスンが始まって三十分を過ぎても、汗があまり出て来ない。やはり、この時間帯は身体が休息モードに入ろうとしているのかもしれない。いつもなら、顔からタラタラと汗が出て来るポーズでも、ぽつりぽつり落ちて来るといった程度である。もしかすると、ポーズを取る度に取る水分のほうが、出て行く汗よりも多いのではないだろうか。そうなると、せっかくホットヨガのレッスンを受けても、レッスン後のほうが体重が増えているなんてことになったりしないだろうか。そんな不安が頭をよぎった。

 レッスンが始まって四十五分を過ぎたあたりから、ようやくたくさんの汗が出始めたが、やはり、通常のペースには追いつくことができなかった。確か、ヨガをいつ行うのがいいかという質問に対し、午前中と答えているヨガのページがあった。午前中にヨガのレッスンを受けられれば理想的なのかもしれないが、仕事を持っているとなかなかそうは行かない。休日の午前中をホットヨガに当てられるとしても、せっかくの休日だから、できるだけのんびりしたい気持ちもある。

 それでも、人数の少ないレッスンというのは、かなり魅力的な環境だった。いつもは二十人くらいの人たちが、ところ狭しと並べられたマットの上でポーズを取っている。しかし、今夜はその半数だ。大人数の中の一人よりも、少人数の中の一人のほうがいい。インストラクターや一緒にレッスンを受けている人たちとの距離が近いからだ。それに、人数が少なかったせいか、途中で退出してしまう人の数も少なかった。人数が多いと、自由意思を主張したくなってしまうのかもしれない。

 レッスンが終わってガンモに電話を掛けてみると、早朝から仕事をしていたガンモは仮眠を取っていた。私は、ガンモを起こしてしまったことを謝ったが、もしも私がガンモと一緒に帰宅していたら、ガンモは睡眠不足を解消するための自分の時間を持つことができなかったのではないか。そんなことも思った。私は、静かに帰路についた。今後もこの時間のレッスンを受けるかどうか、じっくりと考察しながら。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、あまりにもハイペースでホットヨガに通い続けて来たので、これから少しずつペースを落として行こうと思っています。しかし、二十時半からのレッスンは、とても悩みます。これからも少人数のレッスンになるなら、時間的にも何とか通える時間なので、とても魅力的ですが、汗が出にくいのはちょっと・・・・・・。それでも、十九時半からのレッスンでは、これまでにないほど汗がたくさん出ているので、もう少し、統計を取ってみたい気もしています。

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2006.08.27

休日のデスクワーク

 ハワイから帰って来た翌日に金沢まで出掛け、金沢に着いたの日の夜の寝台特急北陸で上野まで出て、二日間連続で行われた野外コンサートに参加した。関東地方から青春18きっぷで帰宅したあとは、夏休み明けの仕事をこなし、ようやく迎えた週末は、二日連続でホットヨガのスタジオへと通った。そんな怒涛の日々から肉体を解放し、今日は、八月に入ってから、初めて自宅でのんびりできる休日となった。

 このような慌しい毎日を過ごしていても、時間に追われているという感覚はなかった。好きなことをしているという充実感があったので、自分を見失うこともなかったのである。ただ、楽しかった夏休みが終わり、特別だった非日常から日常へと移行しつつも、ハワイで撮って来た写真をいつまでも整理できないでいるということは、ハワイで過ごした特別な時間が非現実的なものとなり、どんどん遠のいてしまうような気がしていた。そのためにも、デジタルカメラに収めたハワイの写真を確認することで、ハワイで過ごした時間を確実なものにしておきたかった。

 私は、ノートパソコンに保存していたハワイの写真を、自宅で使用しているデスクトップパソコンにすべて転送した。デジタルカメラの画像整理は、デスクトップパソコンの大きな画面で編集するのが一番いいのである。デスクトップパソコンの画面に大きく広がるハワイの海と、日本では見られないほどクリアで青い空。ああ、写真が証明する通り、私たちは本当に、夏休みをハワイで過ごしていたのだ。私は、ハワイで撮影した何百枚もの写真を確認しながら、私たちがともに過ごした夏休みを取り戻した。

 仕事が休みだったガンモも、去年出掛けた旅の整理がようやく終わったようだ。ガンモはクリアファイルに、旅行に出掛けたときに乗車した列車番号や乗車した列車の時刻表、その土地でもらったパンフレットなどをきれいに整理してまとめている。久しぶりにのんびりできる休日に、私たちはお互いデスクワーク(?)に励んだのだった。

 旅行と言えば、ガンモが旅行のブログで交流している人に、定年退職された方がいる。その方も、私たちと同じくらいのペースでご夫婦で旅行に出掛けられている。その方が、先日、ガンの手術をされた。しばらくは安静にしておかなければならないというのに、じっとしていると、とにかく旅行に出掛けたくてたまらないのだそうだ。八月いっぱいは旅行に出掛けるのを控えるつもりで静養していたが、とうとう我慢し切れずに、行き先も決めず、奥さんと一緒に家を飛び出したそうだ。そして、フェリーに乗って突然決めた目的地に向かって行こうとしたが、乗ろうとしていたフェリーが満員のため乗船することができず、やむなく行き先を変更し、旅を楽しんだとか。

 旅行好きでない人が聞いたら、それこそ呆れ返るような内容だが、私たちには、鉄砲玉のように家を飛び出して行ったその人の気持ちが痛くわかる。旅行が好きな人は、既に旅行のペースが出来上がっている。一度訪れたら、なかなか忘れられない土地がある。非日常と日常の繰り返しをメリハリにしながら生きている。そのために、普段の仕事を頑張る。もちろん、たまには自宅でのんびり過ごす休日も必要なのだが。

 旅行が好きな人は、頻繁に旅に出掛けても、旅の様子を記録する。風景をカメラに収めたり、ガンモがいつも実践しているように、乗車した列車の車両番号を控えたり、時刻表を整理したり。旅に出掛けて外の世界を体験したあとは、デスクワークでじっくりとおさらいする。旅好きの人には、このようなサイクルが出来上がっている。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 少しだけ整理したハワイの写真をまるみNatureに掲載しました。自然をテーマに集めた写真です。まだまだたくさんの写真がありますので、整理が付き次第、ご紹介させていただきます。

※「ガンまる日記」をお借りしているココログの週間ココログガイドというページで、「ガンまる日記」をご紹介いただきました。ココログのスタッフ様、ありがとうございます。紹介文を拝見し、その的確な描写に驚きました。丁寧に読んでくださらないと書けない紹介文だと思いました。とても丁寧に読んでくださってありがとうございます。ココロより感謝致します。m(__)m

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2006.08.26

ホットヨガ(八回目)

 ホットヨガに対し乗りに乗っている私は、金曜日の夜のレッスンに加え、土曜日の昼のレッスンの予約も入れていた。しかし、ホットヨガ八回目のレッスンの今日は、ガンモの休日に当たってしまった。休日と言っても、客先に何かトラブルが発生すればすぐに出掛けて行くことになるという仕事の待機日だった。鍼灸医院に通っていた頃は、鍼灸医院が自宅のすぐ近くだったので、ガンモが休日で家に居ても、出掛けて行くことに対してあまり抵抗はなかったのだが、ガンモと離れてわざわざ神戸まで出掛けて行くとなると、かなり後ろ髪が引かれてしまうのだった。ガンモが待機日で自宅に一緒に居るときは、できるだけ離れ離れにならないように、客先でトラブルが発生しないことをひたすら祈っているものだが、離れ離れで行動することに慣れていない私たちは、こんなときこそ客先でトラブルが発生してくれれば、夕方、ガンモと待ち合わせて帰宅できるのに、などと思ってしまうのである。

 それにしても、これだけ日を置かずに通っていると、レッスンのときに身につけるウェアを買い足したくなってしまう。安いものを探すのが大好きな私は、雑貨屋さんの店頭に並べられている千円以内に値下げされたリラックスウェアのパンツをちょこちょこ買ったりしている。最近は、そうした買い物が、ちょっとした楽しみになっている。

 また、三宮店に足を伸ばしてからは、いろいろな店でレッスンを受けてみたいと思うようにもなった。ホットヨガのレッスンを受けると、回数券にスタンプを押してくれる。これが、子供の頃に押してもらったラジオ体操のスタンプみたいで、とても楽しい。しかも、お店によって、スタンプの色が違うのだ。このスタンプを、もっと彩りのあるものにしたい。旅行好きの私はそう思うのだった。

 ホットヨガのレッスンを、鉄道乗り潰しの旅とセットにしてしまうのも楽しいかもしれない。しかし、そうなると、ホットヨガは女性専用のスタジオが多いので、ガンモとは別行動になってしまう。とりあえず、今度出掛ける予定の名古屋にある名古屋駅前店の様子をWebで調べてみた。名古屋には既に何度も出掛けているので、ホットヨガのレッスンに時間を当てたとしても、観光する時間を惜しんでいるようには思わない。ガンモに予定を確認してみると、
「夜のレッスンなら行ってもいいよ」
と言ってくれた。しかし、残念なことに、プログラムを確認してみると、休日は夜のレッスンがなかった。となると、やはり、もっと近場から攻めて行くしかないのか。そんなことを考えていると、とにかく楽しくて仕方がない。

 ところで、ホットヨガと通常のヨガの違いは何なのだろうと考えてみた。ホットヨガは三十八度の室温、六十五パーセントの湿度に保たれたスタジオで行うヨガである。私は、通常のヨガの経験がないので想像するしかないのだが、ホットヨガは暑いスタジオで運動するため、意識が肉体に向かいやすいのではないかと思う。一方、通常のヨガでは、もっと静かな気持ちで肉体と向き合うことができるため、肉体よりもむしろ精神との対話が実現しやすいのではないだろうか。ホットヨガの場合、肩こりや身体の冷えを解消することが主な目的とされているため、そこに到達しやすいような環境を作り上げているのだろう。一口にヨガと言っても、実にいろいろな種類がある。言い換えれば、目的に合ったヨガを選択できるようになっていると言っても過言ではない。私の場合は、肩こりや冷えの改善を目的としているので、ホットヨガは私の目的に合っているヨガだと言える。

 スタジオに通う回数を増やした結果、ホットヨガは、子宮筋腫にもいいと感じる。ただし、子宮筋腫を抱えている人にはかなり厳しいポーズもある。それは、お腹を下にして体重をかけることになってしまうバッタのポーズだ。私は、バッタのポーズを取るときは、動作を控えめにしている。

 さて、レッスン八回目となった今日は、またまた二回目のレッスンで聞き取りにくいと思ったインストラクターだった。しかし私は、既に彼女の発声に慣れていた。八回のレッスンのうち、三回も彼女と当たるとは、これからも縁が深くなって行くのだろうか。

 縁が深くなると言えば、土曜日の昼のレッスンで会う会員の女性に、とても気になる女性がいる。私よりもずっと年下の女性なのだが、中性的なエネルギーを放っていて、とても存在感があるのだ。これまでに何度か顔を合わせてはいるが、まだ一度もおしゃべりをしたことがない。スタジオの雰囲気は、見知らぬ者同士が話を始められるような雰囲気ではない。そうした状況からスタートして、縁を感じながら、人と人との出会いがどのように育って行くのかも楽しみである。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモにも驚かれるほど、ホットヨガに一生懸命通っています。ハワイネタがしばらく続いたように、これから先もしばらく、ホットヨガネタが続くかもしれませんが、単なる状況説明ではなく、気づきや感情を加えながら綴って行きたいと思っています。

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2006.08.25

ホットヨガ(七回目)

 朝、通勤の途中にもらったホットペッパーに、私が通っている系列ではないが、別のホットヨガ系のスタジオの割引チケットが掲載されていた。ホットヨガは、既にブームになりつつあるようである。

 さて、私は定時にコソコソと仕事を上がり、腹ごしらえをしたあと、三宮へと向かった。今日は、初めてホットヨガの三宮店でレッスンを受けることになっているのである。夏休みにスタジオに通えなかった分の遅れは十分取り戻しているのだが、九月になるとまた旅行に出掛けたり、仕事が忙しくなってしまうこともあって、受けられるときに、できるだけレッスンを受けておこうと思ったのだ。

 三宮店での最終レッスンの開始時間は十九時半だった。レッスンの二時間前までに食事を済ませておかなければならない上に、職場から三宮までの移動に一時間近くかかってしまうため、仕事を終えて何とか無理をしながら通えるギリギリの時間である。

 初めての三宮店は、ロッカールームに好感が持てた。やはり、神戸店と比較してしまったのだが、神戸店のロッカールームが長い二つのブロックに分けられている上に、シャワールームに近いブロックにだけ長いソファーが設置されているのに対し、三宮店のロッカールームは、いくつかの小さなブロックに分割され、ところどころに短めのソファーが設置されているため、とても使い勝手が良かった。また、シャワールームの数も多く、レッスンの後も待つことがなかった。

 驚いたのは、トイレである。中に入ると、トイレの蓋が自動的に開いてびっくりした。ハワイで見た日立の機の近くにあった、それぞれの個室にドアのないオープンな公衆トイレにも驚いたが、蓋が自動で開くトイレにもびっくりだ。しかも、用を足してトイレから出ようとすると、今度は蓋が自動的に閉まるのである。何と至れり尽くせりのトイレなのだろう。ただし、神戸店のように、ペーパータオルは設置されていなかった。何かがあると、何かが足りない。世の中はこんなふうに、バランスが取られているものなのかもしれない。

 平日の最終レッスンとあって、やはり混みあっていた。インストラクターは、若い女性だったが、とてもわかりやすかった。水曜日に神戸店で受けたレッスンでは、汗があまり出て来なかったのだが、今日は滝のように汗が出て来た。私は、水をごくごく飲みながらレッスンを続けた。汗をたくさんかいたおかげで、とても気持ちがいい。私は、充実感に酔いしれていた。しかし、やはり早く帰りたい人が多いのか、レッスンを最後まで受けずに、終了間近にスタジオを出て行く人が数人居た。

 レッスンのあと、いつものようにシャワーを浴びたのだが、シャワーの温度調節が難しくて、しばらくシャワーと格闘することになってしまった。どうやら、他の人がシャワーを使っているときは水温がぬるくなり、他の人が使うのをやめると熱くなってしまうようである。ホテルに泊まっても、ときどきこういうことが起こるので、私は特に気にならなかった。それよりも、シャワールームのデザインが気に入った。神戸店よりもシャワーセットの背が高く、洗練されたデザインであるように思えた。ただ、神戸店のように、ちゃんとしたタオルハンガーがないのは不便だった。神戸店は、それぞれのシャワールームの外に、タオルハンガーが設置されているのだが、三宮店は、荷物を引っ掛ける突起のようなものがあるだけだった。

 三宮店のロッカールームは、小さなブロックごとに分かれているため、ちょっとした迷路のようになっている。シャワールームも二箇所に分かれている。慣れるまでは、迷路の中で、出入口やトイレを見つけるのが大変かもしれない。ブロックごとに分かれているということは、着替えやすいという便利な面もあるが、慣れるまでは迷いやすいという一面もあるのだ。

 着替えを済ませて、いざ、帰る段階になると、スタッフの方に、
「従業員用出口までご案内します」
と言われた。どうやら、ビルの出入口が既に閉鎖されてしまっているため、従業員用出口から出て行かなければならないらしい。なるほど、三宮店が神戸店のように、二十時半からのレッスンをプログラムできないのは、ビルの閉店時間が早いからなのだ。

 案内された従業員用出口には、百円の自動販売機があったので、私はそこでドリンクを買った。自動販売機のドリンクが百円になっているのは、従業員用の出入口を利用できるメリットだ。

 外に出て、時計を見ると、二十一時を回っていた。ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは三宮の事務所でまだ仕事をしていたが、もう少しで終わると言う。私は、ガンモの仕事が終わるのをしばらく待っていたのだが、待っている間中、次から次へと汗がダラダラ出て来た。いつも、神戸店で休日の昼間のレッスンを受けたあとは、クーラーのきいたお店でショッピングを楽しむため、汗をかくことがないのだ。しかし、今回は、レッスンの直後にビルの外に出たので、ホットヨガで温まった身体が汗をかきたがっているのである。持って来たタオルは身体を拭くときに使って濡れてしまったので、私は、オフィスで寒いときに使っているスカーフで汗を拭った。しかし、拭っても拭っても、しばらく汗は噴き出し続けた。

 仕事を終えたガンモと合流すると、
「『運動して来ました』って顔してるよ。それにしても良く続くなあ。すぐに挫折するかと思ったけど」
と言われた。挫折しないでいられるのは、回数券を無駄にしたくないのと、肩こりや冷えの症状が緩和されていることが大きい。

 私は帰りの電車の中で、ガンモに、ホットヨガで習っているレッスンの中に、鳩のポーズがあることを教えた。鳩のポーズは、片方向だけのぺしゃんこ座りをして、両手を頭の後ろで組み、斜め上を見上げるようなポーズである。我が家のベランダには、もう一年以上、鳩が巣を作り続けているので(詳しくは、カテゴリをご参照あれ)、本物の鳩の様子を知っている。斜め上を見上げるのは、鳩の仕草を良く観察した人がつけたポーズだと思う。鳩のポーズと聞いて、ヨガの鳩のポーズを知らないガンモは、肩を回し、両手を羽のようにゆっくり広げたあと、下から上を見上げ、鳩の仕草の真似をした。私は、
「ガンモ、それは鳩のポーズじゃなくて、鳩の真似だよ」
と言って笑った。

 男性会員も受け入れているホットヨガスタジオの梅田店に、いつかガンモを連れて行きたい。しかし、鳩のポーズを取るときに、ガンモは私を笑わせようと思って、鳩の真似をするのではないだろうか。そんな心配も、ふと心をよぎるのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休み前にバタバタしていた仕事がようやく落ち着き、新たなプロジェクトに突入しました。仕事帰りにホットヨガスタジオに通えると、充実感を味わうことができますが、通えたとしても、一長一短であるように思えます。何故なら、十九時半からのレッスンだと、定時に仕事を上がるなどして、少し無理をしなければならないのですが、着替えを済ませても二十一時に終わるので、仕事を終えたガンモと待ち合わせて帰宅することができます。二十時半からのレッスンだと、残業のないときには比較的余裕を持ってスタジオに通うことはできるのですが、その分、終了時間が遅くなるので、ガンモと待ち合わせて帰ることができないかもしれません。また、勤務先から通うには、三宮店のほうが便利なのですが、三宮店の最終レッスンは十九時半です。どれを選択したとしても、何かを諦めることになってしまうのですが、今のところ、うまい具合に流れています。いろいろな条件が揃ったときに初めて、レッスンに導かれるのかもしれませんね。

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2006.08.24

本当に好きとは?

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』の数々のグッズを職場に持ち込んだところ、派遣仲間たちから、
「まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)は、本当にパイレーツが好きなんですねえ」
と言われた。私は驚いた。本当に好き? 私が? パイレーツ・オブ・カリビアンを? 確かに、海賊の帽子に加え、数種類のクリアファイル、ペンケース、缶入りメモなどを持参した上、仕事で使っているパソコンの壁紙もスクリーンセーバーもパイレーツ・オブ・カリビアンに固めている。しかし、果たしてこれが本当に好きということなのだろうか? 単にグッズで固めているだけじゃないか。

 私は咄嗟に、
「私にとって、本当に好きっていうのは、こんなもんじゃないよ。パイレーツは、普通に好きなだけ」
と答えた。すると、彼女たちは、
「えええ、めっちゃ好きそうに見えますよお」
と驚くのだった。そうか、彼女たちは、私の本当に好きという感情を知らないのだ。
「じゃあ、一番好きな映画って何ですか?」
と尋ねられたので、私は少し考えて、
「ううん、『シザーハンズ』かなあ」
と答えた。すると、彼女たちは、
「ああ、やっぱりジョニー・デップやあ」
と言った。更に、彼女たちの一人が、
「私、『シザーハンズ』の映画のパンフレット持ってますよ」
と言った。私は、
「リアルタイムであの映画を観たとはうらやましい」
とコメントした。

 それにしても、本当に好きとは、一体どういうことなのだろう? 人によって、定義が異なって来るのかもしれない。私にとっては、何をおいても優先し、その想いがいつまでも持続するということだ。想いがもっと強くなれば、仕事をしていても一日中頭の中から離れず、また、想い余った感情を制御し切れずに、仕事中にトイレに駆け込むことさえある。電車に乗っていても、愛する気持ちでいっぱいになり、涙が出て来て仕方がない。パイレーツ・オブ・カリビアンやジョニー・デップに対して、私はそこまでの感情を持ち合わせてはいない。ジョニーが好き! と思いながら、トイレに駆け込んでもいないばかりか、まだ想いが始まったばかりで持続していないのである。だから自分では、普通に好きなだけなのだと思っていた。

 ガンモにこの話を聞かせたところ、
「普通、女性っていうのは、お化粧品にお金をかけるとか、服にお金をかけるとかするだろ? 映画のグッズに何千円も使ってるから、本当に好きと思われたんじゃないの?」
と言われた。なるほど。お金をかけた上で愛でるというのは、好きを判断する材料の一つになるかもしれない。でも、お金じゃない。私にとっては時間を費やすことができるかどうかだ。瞬間的に燃え上がり、短期間のうちに冷め切ってしまう感情もある。しかし、本当に好きというのは、何が起こっても離れようとしない根気強い姿勢だ。炎は、酸素がなくなれば、やがて燃え尽きてしまう。しかし、あたかも自分自身で酸素を補うかのように、決して燃え尽きることのない炎もある。私は、そうした感情を持ち合わせていながら、職場ではその感情を押し隠して仕事をしている。だから、こんな熱いブログを書いているわけなのだが・・・・・・。熱い感情を隠し持っている私からすると、パイレーツ・オブ・カリビアンのグッズを集めただけで本当に好きと言われてしまうのは、職場での自分がいかに偽者であることをまざまざと認識させられる出来事であった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m 掲示板のコメントの返信が遅れてごめんなさい。週末には続きを書けるようにしたいと思います。あと、ハワイの写真もまとめたいのですが、なかなか時間が取れないでいます。こちらも、近いうちにまとめたいと思っています。請う、ご期待!

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2006.08.23

ホットヨガ(六回目)と時給交渉

 レディースディに早く上がって映画を観に行けるなら、ホットヨガのレッスンにも顔を出せるのではないか。そう思って、私は二十時半からの最終レッスンの予約を入れてみた。前日に仕事を早く上がったので、何となく上がり辛かったが、レディースディで早く仕事を上がるとき、
「明日もヨガなので早く上がりますよ」
と宣言しておいたのだった。

 腹ごしらえをしたあと、十九時過ぎに職場の最寄駅を出発した。ここからスタジオのある神戸までは、およそ一時間かかってしまう。それでも、早めに出発したせいか、比較的余裕のある時間にスタジオに着いた。だいたいこれくらいの時間に仕事を上がって、ご飯を食べて、というタイムスケジュールが私の中で出来上がった。同じ週にレディースディの映画とホットヨガを両立させることは難しいかもしれないが、どちらか一つであれば選択できそうである。

 さて、スタジオに入ってみてびっくり! いつもよりも人が多いのである。やはり、私と同じように仕事帰りの人が多いのだろう。休日のレッスンのように、友達同士でおしゃべりをしながら待っている人は誰もいない。私は、引き締まった気持ちでレッスンを受けた。今日のインストラクターは、二回目のレッスンを担当してくださったインストラクターだった。あのときは、まだ二回目だったので、彼女の声が聞き取りにくいと感じてしまったのだが、次第にレッスンに慣れて来たので、彼女が何を言っているのか、予測できるようになっていた。

 肝心の汗のかき具合だが、そろそろ身体が休息しようとしている時間帯だったからだろうか。いつもよりも汗をかかず、喉もあまり渇かなかった。それとも、身体がそろそろ次の生理の準備を始めていて、水分を溜め込もうとしているのかもしれなかった。もしも活動的な昼間のほうがたくさん汗をかくことができるなら、夜のレッスンは避けたほうがいいのだろうか。あと何回か夜のレッスンを体験してみて、判断しようと思う。

 レッスンが終わったのは、二十一時半だった。この時間帯になると、さすがに早く帰りたがる人がいるのだろう。最後までレッスンを受けずに退出してしまう人が三名もいた。人が多いので、シャワー室が混んでしまうという要因もあるのだが、彼女たちがもしも早く帰りたいだけの理由で退出しているのなら、少し残念に思えた。

 レッスンが終わり、シャワーを浴びてスタジオを出ると、二十二時前だった。ガンモに電話を掛けてみると、まだ仕事をしていると言う。実は、ホットヨガに出掛ける直前にガンモに電話を掛けたとき、ガンモに厳しいことを言われてしまったのだ。私の派遣仲間の一人が六月から時給を上げてもらったという話を聞き、私は少々落ち込んでいた。彼女は、私よりも実務経験は少ないが、かなり残業して頑張っているので、最初に来たときよりも五百円以上、時給を上げてもらっている。今回の時給アップで、私の時給を越えてしまったのではないかという気がして、少し落ち込んでいたところ、ガンモが、
「当たり前だよ。だってまるみは努力してないもん」
と、とどめをさしたのだ。私はかなりムカッと来たが、ガンモがとても忙しそうだったので、そこでいったん電話を切ったのである。

 私は、ガンモがとっくに帰宅しているものと思い込んでいたので、まだ仕事をしていると知って驚いた。同時に、私がホットヨガに出掛けているのに、ガンモが一人で帰宅していたらと思うと、申し訳ないような気持ちにもなっていたのだが、まだ仕事をしているということで、すぐさまその申し訳ない気持ちから解放されることになった。私は、ガンモにあとどのくらいかかるか尋ねたが、あと一時間はかかると言うので、夜も遅いし、私は一人で先に帰宅することにした。

 自宅の最寄駅に着いて再びガンモに電話を掛けてみると、ようやく上がれそうだと言う。私は、時給のことを蒸し返した。
「オフィスの冷房がきつかったときに、私は自分でもかなり頑張ったはずなのに、『努力してない』はないんじゃないの?」
私は半分、涙声になっていた。ガンモは申し訳なさそうに、
「ごめん。仕事が忙しくて余裕がなかったんだよ」
と謝った。

 派遣社員の時給は、営業担当との相談で決まる。派遣社員のほうから営業担当に申請すると、営業担当が企業と交渉してくれるのだ。私は、こういうことに無頓着で、もう二年くらい、営業担当と時給の話をしていない。しかし、たまたま、六月の更新のときに、営業担当に頼んでみたのだ。
「もう二年くらい、時給を上げていただいていないので、そろそろ上げていただけないか、企業と交渉してください」
と。そのときは、オフィスの空調の件ですったもんだしていたので、営業担当は言い出しにくかったのかもしれない。願いごとと同じように、企業に対して、あれもこれもお願いとは行かないものだ。企業との面談のあと、営業担当からは、空調の件だけを聞かされたが、時給アップの話はなかったのである。私は、空調の件が解決しただけでもありがたかったので、時給の件は確認しなかった。九月の更新の企業との面談はもう終わってしまったので、次回は年末である。そのときにもう一度、営業担当に交渉してみることにしよう。二年も経っていれば、一時間にこなせる仕事の量は、確実に増えているはずなのだから。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 水曜日は、ホットヨガのスタジオの隣にあるミニシアター系の映画館がレディースディだということが判明してしまいました。ミニシアター系の映画館は、情緒的な作品も多く、見逃せません。ホットヨガに足を運ぶか、映画を観るか。とにかくいろいろ悩んでしまうこの頃です。

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2006.08.22

海賊の帽子

 火曜日は、神戸・三宮方面の映画館がレディースディで、女性の料金が千円になる。私は、十八時に仕事を上がり、三宮へと急いだ。もう一度、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』を観ておきたかったのである。

 ガンモに電話を掛けてみると、何と、仕事を上がれそうな雰囲気だった。いつも私が映画を観たいと思うと、ガンモが忙しく仕事をしていて、ちょうど映画が終わる頃に一緒に待ち合わせをして帰れる状況だったはずなののに、今回に限って、ガンモは仕事が忙しくないようである。私は迷ったが、
「今日はレディースディだから、『パイレーツ・オブ・カリビアン』をもう一回観たい」
とだだをこねた。するとガンモは、
「じゃあ、行って来い。俺は帰っとくから」
と言った。何となく寂しい気持ちになったが、いくらレディースディで女性は千円で映画が観られると言っても、ガンモは一度観た映画を割引なしの金額で観ようとはしないだろう。それに、ガンモが仕事をしている場所から映画館の場所まで移動するにしても、十九時からの放映には間に合いそうにない。私は意を決して、一人で映画館へと向かった。

 三宮に着き、映画館のある神戸国際会館へと向かう。ここに、神戸国際松竹という映画館があるのだ。十九時の上映時間ギリギリに一階のエレベータホールに到着すると、エレベータに、
「本日分のパイレーツオブカリビアンの座席はすべて完売致しました」
という張り紙があるのを見つけた。私はがっかりしたが、もしかしたら状況が変わっているかもしれないと淡い期待を抱きながら、とりあえず、エレベータに乗って映画館の前まで行った。私の直前に窓口で話をしていた人たちが、何もチケットを買わずに帰っている。やはり、売り切れなのだろうか。
「パイレーツ・オブ・カリビアンは完売ですか?」
息を切らしながら、私は尋ねた。窓口の人は、申し訳なさそうに、
「申し訳ありません。本日は完売なんです」
と答えた。

 公開から既に一ヶ月も経っているというのに、この人気の高まりは一体どういうことなのだろう。これまでに何度もレディースディに映画を観て来たが、満席で入れないというのは初めてのことだった。このような事態を想像してもいなかった私は、休日の上野でこの映画を観られたことが奇跡のように思えた。おそらく、寝台特急で上野に着いて、午前九時台の朝一番の上映だったからだ。

 私はしばらくの間、映画館の近くの庭園でうなだれていた。映画館は九階にあるのだが、円形になっているビルの凹んだエリアが庭園になっているのだ。映画館に入れなかったことで、ガンモと別行動を取ったことへの寂しさが余計に募って来た。やはり、流れに逆らうとこうなるのか、と私は思った。

 せめて、パイレーツのグッズだけでも買って帰ろうと、私は映画館の中に入った。幸い、鑑賞券を持っていなくても入ることができた。上野で買ったパンフレットに、松竹系の映画館でパイレーツのグッズが販売されていると掲載されていたのだ。そのパンフレットを見たときから、私は買うものを決めていた。映画の中でジョニー・デップがかぶっていた海賊の帽子のレプリカである。

 さすがに購入者が殺到しているのか、既にいくつかの商品は品切れになっていたが、海賊の帽子はまだあった! 他に、缶入りメモやペンケース、クリアファイルを各種と、旧作のパンフレットも一緒に買い込んで、私は大満足で映画館をあとにした。海賊の帽子は、ビニールでできていて、ほとんど風を通さない。これは、オフィスの冷房対策にいい! 私は、オフィスでこれをかぶって仕事をすることを想像して、ニヤニヤしていた。

 家に帰り、ガンモの前に海賊の帽子をかぶって登場した。ガンモは興味津々の様子で、私がかぶっていた海賊の帽子を自分の頭にひょいとかぶせた。似合う! まるで、ガンモのためにあつらえたみたいだ。もしかするとガンモは、前世で海賊だったのかもしれない。

 公開されて一ヶ月経ってもなお、人気が衰えることのない映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』。私の前を素早く通り過ぎて行ったストーリーをおさらいするのに、DVDの発売まで待つか、それとも、公開中のレディースディに再び挑戦してみるか。やはり、ななちゃんの紹介してくれた、全国で七箇所でしか発売されていないという限定ポップコーンをまだ食べていないので、食べに行かねばなるまい。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これを書いている今、私は海賊の帽子をかぶっています。海賊の帽子は、横に広がり過ぎるので、業務用クリップで両端を留めて折り曲げていまが、ビニール製なのでクーラーの冷たい風が頭に当たることなく、なかなか快適です。(^^) ただし、色は、映画の中でジョニーがかぶっていた実物とは異なります。皆さんも、お一ついかがでしょう?

松竹のパイレーツ・オブ・カリビアンのグッズ販売のページ

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2006.08.21

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』

 ハワイから帰国した次の日に特急雷鳥で金沢まで行き、その日の夜の寝台特急北陸で上野に着いた朝に、ガンモと二人で観た映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』。この映画を観た直後に書いた「ガンまる日記」では、一日中、余韻をひきずったと書いた。さて、その余韻とは・・・・・・。

※ここから先は、ネタバレを含みますので、これから映画を観られる予定のある方はご注意ください。

 前作では、逆境の中で強く引き合うエリザベスとウィルの愛がとても印象的だった。私がこの映画に魅せられたのも、彼らの引き合う強さに惚れ込んだからと言っても過言ではない。しかし、今回の作品では、決して引き合う強さが弱まってしまったわけではないのだが、エリザベスとジャックが似たもの同士として互いに認め合い、更には、男女としても意識してしまう展開なのである。しかも、理由はどうであれ、エリザベスとジャックのキスシーンがあるのだ。私は、そのキスシーンが残念で残念でたまらず、映画を観たあとも、一日中、その余韻を引きずっていたのだった。

 エリザベスとウィルは、結婚式を挙げる寸前の恋人同士だ。エリザベスがジャックとキスをしたとき、ウィルの目の届く範囲に居たのだ。結果的に、エリザベスのキスは、ジャックを油断させるための作戦だったのだが、前作でエリザベスとウィルの強く引き合う美しい姿に惚れ込んでいた私は、そのキスが残念で仕方なかった。しかも、もしもエリザベスがジャックに対して憎しみさえも抱いているのだとしたら、その憎しみを水に流すことができたなら、ウィルよりもジャックとのほうが絆が深いかもしれないという気さえして来る。

 それはさておき、今回の作品には、新しいキャストも加わっているが、前作で登場したキャストが勢ぞろいしている。前作では位の高い役だったはずのノリントン提督が、落ちぶれた水夫として登場する。前作では、彼は、エリザベスに求婚していたが、エリザベスの心はずっとウィルにあったため、彼は恋に破れた。その彼が、ひどく落ちぶれた姿でエリザベスと再会するのだ。更には、デイヴィ・ジョーンズの魔の手から身を守るために、ジャックも昔の恋人の力を借りることになる。このあたりに、この映画に隠されたテーマが見えて来る。それは、過去のことを水に流して、新たな関係を築くということである。

 前作で、ウィルとジャックは、剣を使って手加減なしに戦った。しかし、その後、二人は心を通い合わせ、海賊として捕らえられたジャックの解放をウィルが要求するまでになる。エリザベスに振られてしまったノリントン提督も、決してバツの悪い登場ではなく、エリザベスと新たな関係を築いている。ジャックも、元恋人の前では悪びれる様子もなく、素直に彼女の力を借りている。過去のことを水に流し、新たな関係を築くことができるのは、国民性の違いなのだろうか。しこりを残さないという意味で、こうした関わり方が、「今を生きている」ことにも繋がると思う。

 ストーリーの展開が速く、なかなか追いつけないシーンも多かったが、すれすれのアクションシーンには十分笑わせてもらった。映画の中のシーンが現実のものであれば、登場人物のほとんどは死に至っているか大怪我をしている可能性が大である。それでも、映画だからこそ許せる部分が大きい。

 デイヴィ・ジョーンズが恋に破れたという設定も情緒的だった。彼は、激しい心の痛みに耐えかねて、自分の心臓を宝箱の中に封印してしまうのである。デッドマンズ・チェストというサブタイトルは、おそらくここから来ている。

 何と言っても、注目すべきは、俳優ジョニー・デップである。『エド・ウッド』、『シザーハンズ』、『ネバーランド』、『チャーリーとチョコレート工場』、『リバティーン』などで主演していた人物と同じ人とはとても思えない演技力である。この中の一体どの役が彼の素に近いのだろうか。

 水車のようにぐるぐる回る人間関係。一生懸命走らなければ、水車に飲み込まれてしまう。慌しいスケジュールの中で観た、とても慌しい内容の映画だった。今回の映画で完結というわけではなく、来年の五月に公開される第三作に続く内容となっている。果たして、ジャックはどんな復活シーンを見せてくれるのだろうか。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 松竹系の映画館では、パイレーツ・オブ・カリビアンの関連グッズを販売しているようです。私が出掛けた映画館では販売されていなかったので、是非ともグッズを入手できる映画館に行き、グッズも買った上で、もう一度ゆっくり映画を鑑賞したい気持ちでいっぱいです。

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2006.08.20

ホットヨガ(四回目/五回目)

 ホットヨガの三十回分の回数券を購入したにもかかわらず、旅行に出掛けてしまったため、八月になってからは一度もレッスンを受けることができなかった。ホットヨガを始めてからというもの、辛い肩こりから解放されていた私だが、ホットヨガを三週間お休みしただけで、早くも肩こりの症状が現れ始めていた。そのため、私の身体はホットヨガを強く欲していた。

 先日の土曜日は、ガンモが仕事だったので、ホットヨガの予約を入れていた。ガンモが休みで家に居るとなると、一人では出掛けて行きたくないものだが、ガンモが仕事なので、ガンモと連れ立って、三宮方面へと出掛けた。

 久しぶりのレッスンで、私の身体はとても喜んでいるのがわかった。どんなに旅行でアクティヴに動き回っていても、私の身体には、停滞を生み出してしまう何かがあるようだ。それが、ホットヨガによって停滞を解いてくれる通り道ができる。三十八度に保たれたスタジオで失われて行く水分を補給しながら、私の身体は新陳代謝を繰り返した。

 六十分のレッスンのあと、どどっとシャワー室になだれ込む。信じられないくらいの汗をかいている。ホットヨガは、たくさんの汗をかくことで、達成感を味わう。

 ホットヨガのもう一つの楽しみは、休日にショッピングや映画を楽しめることだ。ホットヨガのスタジオがあるビルには、ショッピングに最適なお店がいくつも存在している上、ミニシアター系の映画館もある。私は、ガンモの仕事が終わるまで、スタジオのあるビルからほとんど動かないでいるのだった。

 夕方、仕事を終えたガンモと連絡を取り合って、一緒に帰った。私の頭の中には、日曜日もホットヨガに行きたい気持ちがふつふつと湧き上がっていた。ガンモは、日曜日も仕事だと言う。
「ガンモが仕事なら、私もホットヨガに行くよ」
私はそう言って、Webから予約状況を確認した。すると、日曜日のレッスンにも空きがあり、予約可能だったので、私は迷わず予約を入れた。

 ガンモは、回数券を余らせることは大禁止派なので、私が二日間続けてホットヨガに出掛けると聞いて、喜んでいた。半年間有効な三十回分の回数券を購入しているということは、月に五回は活用しないと損なのである。

 こうして私は、二日間続けてホットヨガに通った。しかし私には、まだまだうまく取れないポーズがある。長いこと、身体を気にかけてやることができなかったせいだろうか。身体がなかなか言うことを聞いてくれないのだ。そういう意味で、ホットヨガは、身体と仲直りをするチャンスでもあるのだ。

 日曜日のレッスンは、これまでで一番汗が出た。二日連続してホットヨガに通うと、効果が高まるのだろうか。肉体的に疲れてはいるが、とても心地良い疲れだ。ホットヨガのあと、私は机のある場所で「ガンまる日記」を書き上げ、ガンモと待ち合わせをして帰宅した。

 毎回思うのだが、ホットヨガのインストラクターの女性の身体はとても美しく締まっている。私はガンモに、
「あの引き締まった身体は、ヨガをしているからそうなったのか、もともと締まっている人がヨガをしているのか、どっちなんだろう。私も、ヨガのインストラクターを目指そうかなあ」
などと言ってみた。それに対し、ガンモは、「インストラクターなんて無理無理」と言ったような気がする。

 少し前までの私は、血行不良を改善するために、一回四千五百円程度投資して、鍼灸医院に通っていた。しかし、今は、一回二千二百円のホットヨガに通い、自分自身で身体を動かしている。どう考えても、今のほうが健康的だ。自分の身体に関しては、受動ではなく、もっと早くから能動になるべきだったと、今になって思う。

 ホットヨガは、梅田店が、男性会員も受け入れているそうだ。いつかガンモと一緒にホットヨガを体験してみたい。それが私のささやかな夢である。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガを三週間お休みしただけで、肩こりの症状が復活してしまうとは、情けない話ですが、ハワイで身体を冷やす食べ物ばかり食べていたことも影響しているのだろうと思います。汗をどんどんかいて、失った水分を水で薄めて行くと、体質改善に繋がるのでしょうかね。

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2006.08.19

ハワイの出来事・タイムシェア・コンドミニアム編

 現地ツアーを申し込んだとき、ヒルトン・グランド・バケーション・クラブによるタイムシェア・コンドミニアムの説明会への参加をご案内をいただいた。ヒルトンの子会社であるヒルトン・グランド・バケーション・クラブが、世界的なリゾート地であるハワイにいくつかのコンドミニアムを建設し、それらを期間分譲するというものである。ヒルトンの子会社であるヒルトン・グランド・バケーション・クラブは、一年間を五十二週に分割し、そのうちの一週間だけ、豪華なコンドミニアムを所有できる権利を販売しているのだった。もちろん、一週間というのは標準的な目安であり、金銭的に余裕がある人は、一週間よりももっと長い期間、所有できることになる。

 説明会に参加できる条件としては、九十分の説明に耳を傾けることと、夫婦揃って説明会に参加できることと、世帯収入がヒルトンの定めた年収に達していることだった。説明会当日は、宿泊先のホテルまで送迎バスが迎えに来てくれる上に、説明会に参加するだけで、100$の報酬を受け取ることができると言う。私たちは、ハワイでの予定がパンパンではなかったので、おもしろ半分にその説明会に申し込み、その場で100$の報酬を受け取った。

 さて、説明会の当日、送迎バスが私たちを迎えに来てくれた。ヒルトンというだけあって、日本人の運転手さんだった。送迎バスは、別のホテルでもう一組のご夫婦を拾ったあと、説明会の行われるヒルトン・グランド・バケーション・クラブへと向かった。

 中に入ってみて、その豪華さに驚いた。受付で名前を告げると、待合いロビーに案内され、
「飲み物やパンなど、どうぞご自由にお召し上がりください」
と言われた。お言葉に甘えて紅茶やパンをいただいていると、隣のテーブルのご家族のところにヒルトンの担当者がやって来た。既にお得意様なのか、
「今日はご家族にプレゼントをお持ちしました」
などと言って、ヒルトンのご年輩の担当者が親しげに何か贈り物をしていた。ああ、こういう世界なのか、と私は思った。

 紅茶をいただきながらしばらく待っていると、かわいらしい感じの日本人女性が現れた。ヒルトン・グランド・バケーション・クラブの社員で、Kさんと名乗る女性だった。本格的な説明に入る前に、Kさんは、私たち夫婦のことを知るために、いくつかの質問を投げかけて来た。Kさんはまず、私たちがそれぞれデジタル式の一眼レフカメラを持っていることに注目してくださった。Kさんのご主人さんはアメリカ人だそうだが、カメラが大変お好きなのだと言う。しかし、Kさんご自身は、自分のカメラを持ちたいと思うほど写真が好きではないので、カメラは一家に一台でいいとおっしゃった。

 旅行が好きかどうか尋ねられ、大好きだと答えた。夫婦で鉄道乗り潰しの旅をしているため、国内では、ほぼ一ヶ月に一回のペースで旅行に出掛けていることを話した。そして、今年は結婚十周年なので、夫が四月に仕事がらみで出掛けて来たハワイに、二人で訪れることにしたことも話した。Kさんご夫婦もお子さんがいらっしゃらないそうである。Kさんは、ご主人さんと一回り以上の年齢差があるそうだ。そのため、リタイアしたあと(定年後)のことを真剣に考えていらっしゃるようで、早いうちからこうしたタイムシェア・コンドミニアムには注目されていたという。既にアメリカでは、リタイアしたときのことを考えて、タイムシェア・コンドミニアムを購入しておくことは、ごく自然な流れになっているらしい。

 私たちの趣味や仕事や旅行のペースなどについて聞かれたあと、具体的な説明に入った。待ち合いロビーから場所を移して、室内に展示されたパネルを見ながら、ハワイだけでなく、全世界のヒルトンホテルやヒルトンの提携ホテルを利用できることなどが説明された。ハワイに縛られることなく、五十二週分の一週間をどのように使うかは購入者の自由で、例えば、ラスベガスに行きたいと思ったら、ラスベガスのヒルトンを利用してもいいということだった。

 全世界のヒルトンホテルとヒルトンの提携ホテルを利用できると言っても、場所やホテルのグレードによって価格が異なって来るので、タイムシェア・コンドミニアムのシステムは、ポイントで管理されていると言う。そのため、同じポイントを使用するなら、宿泊料の高いホテルには一週間よりも短期間の滞在となり、比較的宿泊料の安いホテルには一週間よりも長期間滞在可能になると言う。つまり、管理されているのは滞在期間ではなく、あくまでポイントであるということである。

 更に場所を移動し、実際に販売対象となっているコンドミニアムを見学した。部屋の中に入ってみてびっくり! 豪華な家具付きの、広くて素晴らしい部屋だった。(スペックのいいパソコンと通信環境でアクセスされている方は、こちらをご参照ください。バーチャルツアーを体験できます)窓の外からは、ワイキキビーチを見渡すことができる。私たちは、リッチなその雰囲気に、深いため息を漏らした。

 寝室が二部屋あるタイプと、寝室が一部屋だけのタイプを見せてもらったあとは、三十代の日系の男性が現れ、契約に関する突っ込んだ話が始まった。購入するに当たって、かなり具体的な金額も提示された。最も安いタイプのもので四百万円ちょっとの金額だった。毎年八万円程度の管理費は必要になるにしても、その金額で、生涯、一週間分のコンドミニアムを所有できるわけである。私たちは、
「ううん・・・・・・」
とうなった。まったく手の届かない金額でないところが微妙だった。Kさんが最初に聞かせてくださった統計によれば、説明会に参加された三割の方が購入されていると言う。購入された方の写真やメッセージが、きれいにクリアファイルにまとめられていて、既に数百ページにも上っていた。それを見ていると、
「衝動買いしてしまいました」
などと書いているオーナーの声もあった。中には、初めてハワイに来たばかりだと言うのに、話を聞いて、オーナーになったという人も居た。もちろん、不動産扱いなので、固定資産税もかかるし、不要になれば譲渡もできるそうである。

 Kさんは、今回の私たちのハワイ滞在にどのくらいのお金がかかっているかを聞き出し、計算を始めた。半分は飛行機代で、半分はホテル代だとすると、毎回、これだけの金額を支払って、今回宿泊したクラスのホテルに宿泊するのと、ゴージャスなヒルトンのコンドミニアムに宿泊するのとどちらがいいかと私たちに尋ねるのだった。私たちは、うんうんうなるしかなかった。

 正直言って、これから先、ハワイに毎年足を運びたいという気持ちはあるが、本当に実現できるかどうかはまだわからなかった。国内旅行に関しては、ほぼ月に一回のペースが出来上がっているとしても、海外旅行に関してはまだまだこれからという段階であり、しっかりとしたペースが出来上がっていないので、購入したとしても、利用できるかどうか不安だと私たちは答えた。それに、渡航先も、ヒルトンがあるところしか選ばないようになるとすると、自由度がなくなるのではないかと付け足した。

 すると、三十代の日系の男性が、
「そういうお客様のために、毎年利用のコースではなく、隔年利用のコースがあるんです。隔年ですと、二年に一回の利用権になりますので、権利のないあいだに、他のホテルに浮気をしていただけます」
と口を開いた。これまで紹介されていたのは、毎年一週間、ヒルトンのコンドミニアムやホテルを利用できる権利の話だった。しかし、毎年海外旅行ができるかどうか自信がないという人のために、最初に提示された金額からおよそ半額の価格で、隔年コースというのがあるらしい。それを提示されて、私たちはもう、逃げ場がなくなってしまった。正面から断る理由がなくなってしまったのである。

 しかし、ガンモも私も、心は一つになっているのがわかった。私たちは、こうした勧誘に非常に強いところがある。ヒルトンの方も、決して無理にお勧めするものではないと、最初からおっしゃってくださっていたので、私たちはうんうんうなりながらも、丁重にお断りしたのだった。

 帰り際に、Kさんが、もし本日中に気が変わったらご連絡くださいと、名刺を渡してくださった。しかし、私たちは電話を掛けなかった。ヒルトンを出たあと、ガンモは、
「いやあ、参った。隔年のコースが出て来るとは思わなかった」
と冷や汗をかいていた。ご丁寧に、私たちは、帰りのタクシーチケットまでいただいて、ヒルトンをあとにした。

 Kさんと話を始めた最初のうちは、楽しい会話が成り立っていたのに、契約の話になると、私たちはだんだんトーンダウンし、口数が少なくなってしまった。お断りをした今でも、少しだけ、この話を思い返すことがある。Kさんは、
「コンドミニアムがあるワイキキの周辺は、日本で言うと、銀座の一等地ですので、決して値段は下がりません。持っていて損はないと思いますよ」
とおっしゃっていた。隔年のプランを提案してくださった日系の男性も、
「このプランは、一週間以内に必ずなくなってしまうでしょう」
とおっしゃった。彼らが私たちに不快な印象を与えたわけでは決してない。しかし、私たちは、彼らの提案をのまなかった。その理由は、果たして何だったのだろう。既に私たちは、自分たちのためにたくさんのお金を使い過ぎているという気持ちもあった。しかし、何よりも、これから先の旅を計画する楽しみを取っておきたかったのだと思う。どこのホテルに泊まるか、どんなところへ行くか。ヒルトンと契約することで、そういう旅の計画の楽しみが半減してしまうような気がしてしまったのである。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ヒルトンは、このキャンペーンを大々的に行っているようなので、既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。確かにハワイは、リピーターの方が多いので、どうせ何度も来るならと、契約される方も多いのかもしれません。ご興味のある方は、直接ヒルトンへどうぞ。(^^) 「ヒルトン タイムシェア」というキーワードで検索されると、いろいろな情報がヒットするかと思います。

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2006.08.18

ハワイの出来事・工具編

 国内旅行にノートパソコンを持って行くのと同じように、私たちは、ハワイにもノートパソコンを持って行った。ハワイ滞在中も、私は「ガンまる日記」を書き続けたかったし、ガンモも自分のブログを毎日更新しているので、書き続けたいようだった。「何も海外に行くのに、わざわざノートパソコンを持って行かなくても・・・・・・」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、コンピュータ業界で仕事をしている私たちにとって、ノートパソコンを持ち歩くことは、ごく当たり前のことなのである。そのため、宿泊するホテルも、客室内でインターネットの使えるホテルにこだわった。

 あれは確か、滞在二日目の夜のことだったと思う。ホテルに帰り、ノートパソコンを立ち上げるために、ACアダプタを本体に差し込もうとすると、なかなかささらない。私は驚いた。ACアダプタの差込口に何かくっついているのかと思い、恐る恐る、ACアダプタの差込口を確認してみると、あろうことか、丸いはずの差込口が、楕円形を通り越して、ぺしゃんこに変形してしまっていた。

 私は、何が起こっているのかすぐに理解した。私たちは、毎日、ホテルの部屋を出て行くときに、部屋を掃除してもらうために、スーツケースの中に荷物を片付けて出て行く。そのときに慌ててしまったのか、パソコンのACアダプタの差込口を、スーツケースに挟み込んでしまったようなのである。そのため、ACアダプタの差込口が変形してしまったのだ。ACアダプタの差込口は、ぺしゃんこにつぶれてしまっているため、ノートパソコン本体にはささらなくなってしまっていたのである。

 これは絶望的だ、と私は思った。私が持ち歩いているノートパソコンの電池は、大きめの電池を装着しているので、七時間余り持つ。日本国内で鉄道乗り潰しの旅が始まったとき、ガンモが私のために、長時間利用できる電池パックを買ってくれたのだった。それでも、これから先のハワイ滞在中、ずっと持ちこたえてくれるとは思えなかった。一方、ガンモは、国内旅行のときは私と同じノートパソコンを持ち歩いているのだが、今回は海外旅行なので、荷物を少なくするために、いつもよりも小さめのノートパソコンを持って来ていた。そのため、ガンモと私はACアダプタを共用できなかった。せめて、「ガンまる日記」を書くときだけでも、ガンモのノートパソコンを拝借しようか。私はぼんやりとそんなことを考え始めていた。

 私はとりあえず、思いつくことをやってみた。ホテルの部屋に設置されている机の下にACアダプタの差込口を注意深く敷いて、机の上から思い切り重力をかけてみた。つぶれてしまったのと反対の方向に重力がかかれば、形が元に戻るのではないかと思ったのだ。しかし、それはうまく行かなかった。どこかで工具を買って来て、つぶれてしまったACアダプタの差込口を元に戻すしかない。そんなことを考えながら、私は独身時代に旅行したヨーロッパでの出来事を思い出していた。

 私は独身時代、イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアの五ヶ国を短期間で回ったことがある。最初に訪れたイギリスで、日本円でおよそ千九百八十円くらいの安いカバンを買った。そのカバンに荷物を詰め替え、旅行中にセカンドバックとして愛用していたのだが、いかんせん、安いカバンだったので、使っているうちに重みのために金具が曲がり、金具に繋がっている紐が取れかけてしまった。それを修理するために、私はスペインのマドリッドでホームセンターのようなところに入り、トンカチを買った。そのトンカチで曲がった金具を叩いてやれば、金具は一時的に元に戻り、しばらくカバンを使い続けることができた。私は旅行中、ずっとそのトンカチを手放さなかった。

 今回も、ぺしゃんこになったACアダプタの差込口をトンカチかペンチで矯正してやれば、復活できるのではないかと思っていた。ハワイのホームセンターに行って、工具を買おう。私は翌日、ガンモと連れ立って、KAHALA MALLを訪れた。

 LONGS DRUGSというスーパーのような薬局のようなホームセンターのようなお店があり、私はそこでペンチを買った。ホテルに帰り、そのペンチをガンモに託すと、ガンモは慎重にACアダプタの差込口を矯正し始めた。もともと機械いじりが大好きなガンモは、工具を使うことも得意である。これまでにも、ガンモのおかげでこうした危機を何度も乗り越えて来た。ただ、矯正に失敗すると、ACアダプタが完全につぶれてしまう可能性もあった。しかし私は、ガンモを信頼し、ガンモにすべてを任せた。

 「はい、これで差してみて」
矯正が終わったACアダプタを、ガンモが私に渡してくれた。見ると、差込口が元通り、まんまるの形に戻っている。私はすぐにACアダプタの差込口をノートパソコンの本体に差し込んでみた。すると、ノートパソコンは、電気が通ったときの反応を示したのだ。
「ガンモ、ありがとう!」
私はうれしくてうれしくて、ガンモに抱きつき、チュッチュした。ガンモのおかげで、私のノートパソコンは、息を吹き返したのだった。ハワイ滞在中でも、「ガンまる日記」を書き続けることができたのは、ガンモのおかげだったのである。

 「ところで、そのペンチ、日本に持って帰るの? 空港で何か言われるんじゃないの?」
とガンモが言った。私は、ヨーロッパ旅行のとき、マドリッドで買ったトンカチを日本に持ち帰った。あの頃は、テロ事件もなく、手荷物チェックも厳しくなかったが、今のご時世、ペンチを持ち帰るのも一苦労かもしれない。
「えー、実は、ノートパソコンのACアダプタの差込口がつぶれてしまったので、ペンチを買って直した次第です」
これを、ホノルル国際空港で尋ねられたら、英語でちゃんと説明できるのだろうか? そんな心配もよぎったが、スーツケースの中に入れておいたペンチは、無事に日本に持ち帰ることができたのだった。

 そんなわけで、私は、海外旅行に出掛ける度に工具を買う人になってしまった。しかも、工具を使うのが得意なガンモがついてくれていて、とても心強い。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 海外では、思い出に残るようないろいろなハプニングが起こります。マドリッドで買ったトンカチも、旅行中はかなり情けない気持ちになっていましたが、今となっては良き思い出です。荷物については、帰りはそれほど厳しくなかったのですが、行きの関西国際空港では、ガンモがスーツケースの中身まで細かくチェックされました。手荷物のチェックが厳しいのは理解できるのですが、機内に預けるスーツケースの中身まで調べられたのは驚きでした。このように、アメリカへの入国は、大変厳しいようです。工具を持ち込むのがアメリカ国内でなく、日本で良かったと思いました。

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2006.08.17

ハワイの出来事・乗物編

 ハワイで利用した乗物は、混載バス、TheBus(ザ・バス)、ワイキキトロリーバス、スターオブホノルル号だった。これらの中でも最も利用したのが、ハワイを走る路線バス、TheBusである。

 私たちは、ABCストアでTheBusに四日間乗り放題できる切符を買った。価格は20$だった。ガンモが日本からTheBusのガイドブックを持って来ていたので、それを参考にしながら、TheBusを何度も利用した。

 TheBusに乗ってみて、驚いたことがいくつかある。まず、ほとんどの運転手さんが女性だったということだ。がっちりした体格の女性が、ハワイの正装であるアロハシャツを着て元気に運転していた。TheBusは、日本のバスよりも大きい。大型バスの運転を女性が担当するなんて、日本ではあまり考えられないことである。

 また、TheBusの中は、いつもギンギンにクーラーが効いていた。とにかく寒い。私はTheBusを利用する度に、スカーフで身を守っていた。

 TheBusは、車椅子での乗り降りが自動でできる。車椅子に乗った乗客が乗り降りするときは、運転手さんの操作で、運転席に近いほうのドアに、自動で平らな橋がかかる。私が日本で利用している電車では、乗車駅から知らせを受けた駅員さんが板を持ってホームで待っている。そのせいか、車椅子に乗っている人たちが駅員さんの力を借りることに対し、恐縮しているように思える。しかし、ハワイでは違う。すべてのTheBusに、こうした自動装置がある。運転手さんに手間をかけないことが作用しているのか、車椅子に乗っている人たちも凛としていて、行動が自立している。周りの人たちも、むやみやたらに手を貸したがらない。周りが手を貸さないから、自立する。そして何よりも、素直に「サンキュー」と言えるハートがある。シャイな日本人は、「ありがとう」を口にすることさえ苦手だ。私は、ハワイと日本の間に大きな文化の違いを感じた。

 また、TheBus後方のドアは、自動で開閉されるタイプもあるのだが、多くのバスは手動で開閉するようになっていた。そのため、手動でドアを開けて降りたあとに、ドアから手を離してしまうと、ドアが閉まってしまう。そうなると、続いて降りる人が不便を感じてしまうので、降りた人がわざわざドアが閉まらないようにドアを手で持ってくれるというありがたいマナーが成立していた。他の人のためにドアが閉まらないように持ってあげるというありがたい行為に、思わず「サンキュー」という言葉が自然に出て来る。そして、自分もまた、他の人に対し、同じことをしてあげようという気持ちになるのだった。

 また、席の譲り合いの精神も素晴らしい。ご老人やお子さんを連れた女性に対し、若い人が積極的に席を譲っている光景をしばしば目にして、温かい気持ちになった。

 障害を持っている人が自立し、他の人にも優しくできる場所。私にとって、ハワイはそんな素晴らしい場所だった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 掲示板の書き込み、ありがとうございます。返信が遅れてしまい、申し訳ありません。少しずつですが、週末にはお返事書かせていただきたいと思っています。

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2006.08.16

ハワイの出来事・飲食編

 いろいろな意味において、ハワイで一番困ったのが、飲食に関することだった。

 例えば、私はいつも、温かいミルクティーを好んで飲んでいる。季節はもう夏なので、日本の自動販売機においても、温かいミルクティーを入手することは困難になってしまったが、それでも、冷たいミルクティーを買えば、何とかミルクティーにありつくことができる。しかし、ハワイには、自動販売機というものが極端に少ない上に、売られているのは色の付いた冷たい飲み物ばかりだった。1ブロック歩くごとに出くわすABCストアにも、ミルクティーは売られていなかった。唯一、私がミルクティーにありつけるのは、ホテルで取る朝食のときだけだった。

 しかし、ホテルの朝食で用意されるコーヒーや紅茶は、発泡スチロールのコップに注がれていた。これに温かい飲み物を入れると、発泡スチロールの成分が溶け出してしまうのではないかと心配になってしまった。資源が有り余っているのか、それとも、エイズの感染をできる限り防ごうとしているのか、ハワイには、使い捨ての文化がはびこっていた。

 例えば、トイレに入ると、必ずと言っていいほど便座シートとペーパータオルが設置されていた。公衆トイレにさえも、設置されているのだ。しかし、買い物客で賑わうインターナショナルマーケットプレイスの公衆トイレには、誰が書いたのか、
"GOD MADE EVEN PAPERS."(だったと思う)
とマジックで走り書きされていた。日本人とは文章を組み立てる方法がまったく異なっている。これが日本なら、さしずめ、
「紙を大切に」
とストレートに書くところだろうか。

 私たちは、食事代わりに何度かABCストアでちょっとしたものを買って食べた。しかし、売られている出来合いのものは、とにかく冷蔵庫で冷やされているものばかりだった。つまり、身体を冷やす食べ物ばかりだったのである。だから、チャイナタウンで温かいものにありつけたときは、身体がとても喜んでいたのだった。ハワイに何日か滞在するなら、コンドミニアム形式の部屋に泊まって自炊するのが一番いいと思う。

 さて、好奇心旺盛な私たちは、マクドナルドも体験してみた。ガンモが、ハワイのビッグマックに挑戦したいと言ったからである。あいにく、メニューにはビッグマックがなかったので、私たちは、ハンバーガーとポテトのセットを注文した。私は当然、ミルクティーを飲みたかったので、店員さんに
「飲み物は?」
と聞かれたときに、
「ホットティー」
と答えた。私の注文を聞いた店員さんが、カップにお湯を注いでくれた。私たちは注文した品を受け取り、席に付いた。ハンバーガーをかじってみると、日本のマクドナルドよりも真剣に作られているのがすぐにわかった。中身が詰まっていると言ったらいいのだろうか。とても密度の高いハンバーガーだった。

 私は、お湯の注がれたカップの中にティーバックを浸してしばらく待った。実は、このカップがまた、驚くほど大きかったのだ。日本で言うところのLサイズのようだが、ハワイではこれがレギュラーサイズに相当するらしい。それでも、久しぶりに温かいミルクティーがたっぷり飲める。そう思って、私はわくわくしながら、ティーバックを取り出すために蓋を開けた。

 あれれ? 何やら色がおかしい。ガンモが私の様子に気づいて、カップの中を覗き込んで言った。
「お茶だ!」
「・・・・・・」
驚いて、ティーバックの空袋を確認してみると、
"GREEN TEA"
と書かれていた。

 何で紅茶じゃないの? 私が日本人だから? おそらく、店員さんが気を利かせてくださったのだろうと思う。私は、やっきになって、大きなカップの緑茶を一生懸命、飲み干した。私の人生、あとにも先にも、緑茶をあんなにガブ飲みしたのは初めてのことだった。願わくば、ミルクティーであって欲しかったと思う。「ホットティー」ではなく、「ホットミルクティー」と言えば良かったのかもしれないと、今になって後悔するのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こうしたハプニングがあるからこそ、私たちは明日を失敗しないように生きられるのでしょうね。こんなことがあっても、私たちは早くもハワイが恋しくなり、旅行パンフレットを集め始めています。 飲食に関するマイナスポイントを考慮したとしても、ハワイはとても魅力的な場所であります。

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2006.08.15

ハワイの出来事・コインランドリー編

 今日から少しずつ、ハワイで起こった出来事で、まだここに書いていなかったことを書いて行こうと思う。

 私たちは、ホノルル市内のホテルに五泊した。宿泊先のホテルには、コインランドリーの設備があると予めわかっていたので、私たちは三日分の着替えだけを用意し、着替えが足りなくなれば、ホテルのコインランドリーで洗濯してまかなおうと思っていた。普段、自宅では、ガンモが全面的に洗濯を担当してくれているのだが、ホテルのコインランドリーとなれば外交的な要素を持っているので、旅に出ると、たいてい私が洗濯を担当することになる。

 三日分の着替えがなくなり、コインランドリーでの洗濯が必要になった。ハワイのコインランドリーが一体どのようなものなのか、私たちはまず、下調べのために、ホテル内のコインランドリーのある階でエレベータを降りてみた。GUEST LAUNDRYと書かれた部屋に入って行くと、洗濯機が数台、目に入った。良く見ると、洗濯機の種類は大きいものと小さいものがある。大きいものは1$25¢、小さいものは75¢と書かれている。ガンモは、
「俺らは75¢の小さい方でいいんじゃない?」
と言った。

 1$25¢と75¢。どちらも、25¢の倍数になっている。使用できる硬貨も25¢ばかりのようだ。財布の中身を確認してみると、75¢分の25¢硬貨がなかったので、私は1$札を持ってフロントに両替に行き、4枚の25¢硬貨に替えてもらった。ガンモは、
「でかした」
と言って、私を誉めてくれた。やはり私は外交担当なのである。

 私は、フロントで両替してもらった25¢硬貨を三枚持ち、溜まった洗濯物を抱えて、再びコインランドリーを訪れた。洗剤は、日本から持って来ていた。

 私は、迷わず一番左にあった75¢の洗濯機を選び、蓋を開けて、中に洗濯物を入れようとした。しかし、通常の洗濯機のような形はしているものの、上からふたを開けて洗濯物を入れるのではなく、前面の扉を開けて洗濯物を入れなければならなかった。もしかして、この洗濯機は乾燥までも一緒にしてくれるのだろうかと思いながら、75¢で乾燥までしてくれるとはとてもラッキーだと思った。壁には洗濯機についての日本語の説明もあり、「洗濯/乾燥」と書かれていた。私は、洗濯物を入れたあと、中に洗剤を入れ、蓋を閉めた。

 さて、これから硬貨を入れようという段階になって、硬貨の入れ方がわからないことに気がついた。硬貨を平らに並べたあと、中にスライドさせるのかと思っていたが、どうも違うようである。落ち着いて観察してみると、硬貨を縦に並べて入れるらしい溝のようなものが数本あるのを見つけた。しかも、そのうちの左にある三本だけが良く使い込まれていて、右にある二本が小さな埃で埋もれかけていた。
「そうか、25¢硬貨をここに差し込むんだ!」
私はそう思い、埃で埋もれていないほうの溝に25¢硬貨を三枚差し込んでスライドさせた。カチャッと音がして、洗濯機が硬貨を飲み込むと、洗濯機が音を立てて動き始めた。完了までに三十分も時間があるので、私はガンモのいる部屋に戻った。

 部屋に帰ると、私はガンモに、ハワイの洗濯機は、日本の洗濯機とは違って、乾燥機のように前面から洗濯物を入れるのだと説明した。そして、ふと思いついた。そう言えば、かわいい子には旅をさせよという言葉がある。私は、三十分後の洗濯物の回収をガンモに任せようと思った。ガンモは、快く了解してくれた。

 三十分後、ガンモがコインランドリーに出向き、洗濯物を回収して来てくれた。ガンモが洗濯物を持つ手から想像すると、洗濯物は、ちゃんと乾いているようである。しかし、ガンモはとても神妙な顔つきをして私に尋ねた。
「あれに洗剤を入れたの?」
私は、ガンモが何を言いたいのか良くわからなかったが、洗剤を入れたことは間違いないので、
「うん、入れたよ」
と答えた。
「ふうん。じゃあ、それだけ乾燥機が強力なのかな。いや、洗剤のあとがないからさ」
「???」
ガンモは一体何を言おうとしているのだろうと私は思った。
「えっ、どういうこと?」
ガンモはしばらく間を置いて言った。
「乾燥機も、これだけ強力だと、水洗いしたのと変わりないね」

 ガーン。いやはや、おかしいとは思ったのだ。私が洗濯機だと思って洗剤を入れた75¢の機械は、「洗濯機/乾燥機」ではなく、「乾燥機オンリー」だったのだ。
「だって、水道の線が来てなかったでしょ!?」
とガンモが得意げに言う。
「だってだって、ガンモが『俺らは75¢の洗濯機で充分だ』って言ったんだよ。それに、日本語で『洗濯機/乾燥機』って書いてるし」
「それでも、注意深く観察すればわかるでしょ!? まったくまったく」
と言いながらも、ガンモは私の失態をとても喜んでいた。
「うちの奥さん、洗濯もできないの」
と言いながら、頭を抱えてはいたが、しっかり顔が笑っていた。海外での思わぬハプニング。こういうことが、生涯心に残る、旅の良き思い出となるのだ。

 結局、洗濯は、一からのやりなおしとなった。私はガンモにすべての洗濯を任せることにした。ガンモは、1$25¢払って洗濯をし、再び75¢払って乾燥を完了させた。75¢を無駄にしてしまったので、もう一度、ホテルのフロントに両替に行く必要があったが、うまくできているもので、コインランドリーのある部屋には自動販売機があり、その自動販売機の飲み物の値段が1$25¢だったのだそうだ。つまり、お札で2$入れると、75¢のおつりを手に入れることができるようになっていたそうだ。ガンモは、フロントに両替に行かずに、自動販売機で飲み物を買って、コインランドリーのための硬貨を捻出した。

 洗濯を終えたあと、ガンモはこう言った。
「ハワイのコインランドリーは、高い」
75¢余分に払うことになってしまったことに加え、自動販売機で飲み物を二本も買う羽目に陥ってしまったため、思わず出て来た言葉だった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さんは、夏休みを過ごしていらっしゃる頃でしょうか。どうか、夏休みを思い切りエンジョイしてくださいませ。思い切り遊んで、また思い切り仕事をしましょう。(^^)

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2006.08.14

夏休みをガタンゴトンで締めくくる

 いよいよ明日、関西に向けて帰ろうかというとき、 
「帰りはガタンゴトンだから」
とガンモがボソっと言った。
「えっ?!」
私は、またしても驚きのあまり、しばらくの間、あっけに取られていた。長い間、「ガンまる日記」を読んでくださっている方にはおわかりのことと思うが、ガタンゴトンというのは、青春18きっぷを利用した普通列車の旅である。青春18きっぷとは、二千三百円で普通列車が一日乗り放題できる切符のことである。五枚セットになっていて、グループで利用することもできれば、一人で五回利用しても良い。青春18きっぷなどという名前が付いているが、大人でも利用できる。関東地方から関西までガタンゴトンで帰宅するのは、これまでにも何度か経験済みだが、まっすぐ帰ったとしても、片道八時間はかかってしまう。旅も終盤にさしかかり、帰りは新幹線の中でのんびり睡眠をとりながら帰宅できるものとばかり思い込んでいたのは間違いだったようだ。
「えーーーーっ? 何だってえ?」
ようやく声を出すことができた私は、ガンモに抗議をしようとしたが、ガンモは、
「だって仕方ないじゃん。18きっぷがあるんだもん」
と言いながら、赤きっぷ(昔の赤い台紙に印刷された青春18きっぷ仕様の切符)をちらつかせた。
「18きっぷがあるって言ったって、それはアンタが買ったんでしょうが!」

 ガンモは、そんな私の態度を見ながら、ニヤニヤ笑っていた。ガンモのことだから、まっすぐ帰るつもりはないのだろう。きっと、どこかで途中下車して、まだ乗り潰していない沿線の私鉄を乗り潰そうとするに違いない。

 夏休み最後の日、ホテルをチェックアウトしたあと、私たちが最初に向かったのは藤沢だった。藤沢駅のホームにある、湘南電車型のKIOSKを見学するためである。ガンモが交流している鉄道関係のブログを書いている人の記事に登場したときからとても気になっていたのだ。

 藤沢駅に降り立つと、すぐにそのKIOSKを見つけることができた。緑とオレンジで構成された湘南電車の車両の中に、KIOSKがすっぽりと収まっている。と言っても、車両を改造しているわけではない。KIOSKの外観を湘南電車に仕立てた建物である。これがまた、鉄道ファンにはたまらない売店なのである。ガンモが交流している鉄道関係のブログを書いている人が、お店の周りを三周したと言うので、私も負けずに三周しておいた。

 待望の湘南電車型KIOSKを見学した私たちは、再び電車に乗り、熱海まで向かった。そこから今度は豊橋行きの電車に乗り換えた。青春18きっぷのシーズンだからだろうか。やけに若者が多い。しかも、何やらコミック系の手提げ袋をたくさん手に抱えているいる。どうやら、東京ビッグサイトでコミケ(コミックマーケット)が行われていたらしい。

 コミケ帰りと思われる中年男性が二人、私たちの座っている席のすぐ近くに立った。私たちも人のことは言えないが、見るからにオタク系の二人だった。一人はやたら声が大きくて、もう一人は、男性でありながら、自分のことを「あたし」と言っていた。二人で完全にコミケの余韻に浸り切っている。彼らは、都内で発生した停電のことを話題にしていた。停電のため、東京ビッグサイトに通じる鉄道が止まっていたらしい。あの停電が一日遅れていたら、大変なことになっていたなどと話している。自分のことを「あたし」と呼ぶ男性が、
「オタクを殺すには刃物なんかいらないんだよね。ビッグサイトに行けなくすればいい」
などと言った。これは、コミケが行われる日程に、仕事などののっぴきならない用事が入ってしまい、ビッグサイトに足を運べない苦しさを表現していると思われる。交通事情による足止めも然りである。声の大きい男性がそれに反応し、とにかく、停電が」一日遅れで良かったと言っていた。私は、電車の中で「ガンまる日記」を書いていたのだが、彼らの話し声が気になって気になって、なかなか集中できなかった。

 私たちは、豊橋で降りて少々遅い昼食を取った。本来ならば、静岡で降りて昼食のはずだったのだが、静岡で降りてしまうと、ひどくにぎやかな二人が私たちの座っていた席に喜んで座るに違いないと思い、なかなか立つ気にならなかったのだ。昼食にありつける時間を遅らせてでも、ちょっと意地悪をしたくなってしまうような、そんな二人だった。

 そんな意地悪が自分たちの元へ返って来たのか、その後、米原行きの新快速電車に乗車して席を確保することができたものの、信号故障のため、ダイヤに大きな乱れが発生し、途中の大垣で降ろされてしまった。大幅なダイヤの乱れのため、大垣駅は、たくさんの人たちでごった返していた。この時期は、青春18きっぷを利用して遠出をする人が多いのだ。

 私たちは次の列車を待ち、終点の米原で降りた。そこから更に新快速電車に乗り換え、新大阪駅で快速電車に乗り換えて、二十二時過ぎに帰宅した。ホテルを出たのが十時過ぎだったので、昼食のために途中下車した時間も含めると、十二時間かけて帰宅したことになる。私たちの夏休みの終わりは、このような感じで幕を閉じた。夏休みよ、たくさんの楽しい思い出をありがとう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 座席を確保することができれば、青春18きっぷの旅は、なかなか楽しいものです。周りが静かであれば、なおよろしいです。夏休み最後の一日のほとんどを、電車の中で過ごすというのも、考え方によっては贅沢なことかもしれませんね。終点に着いて、次の電車に乗り換える度に方言が違って来るのも、また奥ゆかしいものです。

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2006.08.13

完全燃焼

 朝、目覚めたとき、ひどく身体が重かった。夏休みの間ずっと旅を続けて来て、さすがに疲れが出て来たのだろうか。それでも、トイレに行き、もうひと眠りすると、身体はもう軽くなっていた。ホテルの窓から空を見上げると、多少の雲が広がってはいるものの、傘を持ち歩かなくても良さそうな天気だった。どうか今夜のライブも天候に恵まれますように。

 ホテルで朝食を取っていると、ほとんどの宿泊客が私たちと同じ目的を持っているということがわかった。友人同士で宿泊しているグループもいれば、一人で宿泊している人もいる。彼女たちは、好きなアーチストを象徴する何らかのグッズを身につけている。驚いたのは、年配のご両親と一緒に家族でやって来ている人たちが居たことだ。おそらく、娘さんが熱烈なファンなのだろう。ガンモの出身の香川県の方言と思われる言葉を話していた。今回の野外イベントの他にも、六月に行われた大阪でのライブにも家族で一緒に出掛けていたらしい。娘さんの出掛けて行きたい気持ちに合わせて家族で旅行するとは、何と優雅で素晴らしい旅行なのだろう。

 朝食を終えて部屋に戻り、インターネットで野外ライブに関する情報を集めていると、私たちの参加した野外ライブと、野外ライブ会場の沿線を走る鉄道会社がタイアップして、私の好きなアーチストのヘッドマークを付けた列車が運行されていることがわかった。鉄道好きにはたまらない情報だ。ヘッドマークというのは、その列車の名札である。例えば、SMAP好きの人がいるとしよう。その人が、SMAPの名札を付けた列車に乗車できるとしたら、とてもわくわくするに違いない。私は、
「○○列車(好きなアーチストのヘッドマーク付き列車)に乗る!」
とガンモに宣言した。その鉄道会社のホームページを見てみると、私の好きなアーチストのヘッドマーク付き列車の運行スケジュールが掲載されていた。私たちはそれを確認してから、ホテルを出発した。

 お昼ご飯を食べるために私たちが向かったのは、横浜の中華街だった。神戸・元町、長崎、ハワイと中華街を歩いて来た私たちだが、横浜の中華街は日本最大級だ。私はガンモに言った。
「『チャイナタウンのはなし』というサイトでも立ち上げようかな」
私がホームページを作り過ぎているのを知っているガンモは、それを聞いて苦笑いした。

 横浜の中華街は、たくさんの人たちで賑わっていた。中華街の入口を象徴する立派な門がいくつもあり、横浜の中華街が本格的なものであることを物語っていた。ガンモが肉まんを食べたそうにしていたので、私たちは昼食を軽い定食で済ませたあと、肉まんをほおばった。

 それから私たちは横浜に向かい、ショッピングを楽しんだ。その後、待望の好きなアーチストのヘッドマーク付き列車に乗るために駅のホームで待っていたが、入線して来た列車は、ヘッドマークの付いていない普通の列車だった。一体どうしたのだろうと思っていると、どうやら車両故障のため、その列車を運行できない状況に陥っていたらしい。せっかく楽しみにしていたのに、乗車することができなくてとても残念だった。私たちは気を取り直して、野外イベントの会場へと向かった。

 この野外イベントが終われば、楽しかった私たちの夏休みが終わってしまう。とびきりの非日常で私たちを魅惑したハワイ。ハワイの素晴らしさは、ハワイを離れてしばらくしてからじわじわと実感することになる。ハワイの雰囲気をいつまでも忘れたくない私たちは、片言の英語で会話していた。しかし、ときどき日本語と入り混じって、英語なのか日本語なのかわからなくなってしまう。例えば、こんな感じだ。
「ガンモ、○○するの」
「いやあ」
「えっ? しないの?」
このとき、ガンモは日本語で否定を意味する「いやあ」ではなく、英語で肯定を意味する「イヤア」を使っているのだった。

 野外イベントはほぼ定刻に開始された。きのうよりは多少蒸し暑いものの、とても心地良い風が吹いていた。演奏する彼らは、開演直後から、とにかく爆走している。まるで、明日のことなど考えたくないかのように、乗りのいい曲ばかりを何曲も休みなく演奏し続けている。観客は、曲のリズムに合わせて体を揺らせながら、拳を大きく振り上げている。雨が降らなかったせいか、きのうよりは音質がいい。回りを見渡すと、周辺の建物からライブの様子をうかがっている人たちがいる。私は、会場の中に居られることに対し、誇り高い気持ちになった。

 演奏中、メンバーの一人の声があまり伸びていないのを感じた。ところどころ、歌詞も間違えている。息もピッタリ合っていない。ロックバンドとしては高齢の彼らも、二日間連続の野外ライブとあって、疲れが出ているのだろうか。しかし、長年のファンは、そんな彼らを厳しくチェックはするが、ライブが完璧でないからと言って、決して彼らから遠ざかったりはしない。むしろ、人間臭ささえ感じてしまうのだ。

 二回のアンコールに応え、三時間余りの公演はとうとう幕を閉じた。例年通り、終演にともなって、いくつもの美しい花火が打ち上げられた。私たちは、その花火を見上げながら、夏の終わりを予感した。私たちの夏休みがとうとう終わってしまう。それでも、ハワイを去るときのような寂しさはなかった。夏休みを満喫したという満足感が、私たちの心を豊かなものにしていた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 十日間の夏休みも、とうとう終わりを迎えようとしています。ガンモとずっと一緒に過ごした十日間。夫婦で夏休みを一緒に過ごせる幸せをかみしめています。思い切り遊び回ったせいでしょうか。夏休みが終わることへの抵抗がありません。完全燃焼できて、とても満足しています。

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2006.08.12

雨天決行

 寝台特急北陸は、六時過ぎに上野に着いた。走行中、かなりの揺れを感じた割には、比較的良く眠ることができた。目覚めた直後は少々眠気を感じていたものの、上野に着く頃にはすっきりと頭が冴えていた。

 上野駅構内のコインロッカーに荷物を預け、朝食を取ったあと、喫茶店に入り、「ガンまる日記」を更新した。そして、ガンモの提案により、上野駅近くの映画館の朝一番の上映で、待望の映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』を観た。金沢でも時間があったので、金沢で観ても良かったのだが、金沢の映画館は郊外型らしく、金沢駅周辺には映画館がなかった。それに、せっかく金沢に来ているのに、映画を観るのはもったいないという気持ちもあった。そのため、遊び慣れた東京で観ようということになったのである。

 映画の感想は、また別の機会に触れることにしよう。一言で述べると、余韻の残る映画だった。私は、一日中、この映画の余韻を引きずることになる。

 映画を観たあと、ガンモとアメ横を散策した。途中でガンモとはぐれてしまい、ガンモの携帯電話に電話を掛けてみると、
「駅に居る」
と言うので、私は上野駅まで歩いて行った。そこでもう一度電話を掛けてみると、今度は
「二木(にき)に居る」
と言う。二木(にき)というのは、お菓子のデパートである。ガンモは、駅(えき)ではなく、二木(にき)に居たのだ。二木と駅を間違えて、大笑いになった。

 十四時過ぎに、上野駅のコインロッカーから荷物を取り出して、宿泊先のホテルに向かった。今夜は野外イベントなのに、どうも天候が芳しくない。上野に居る間も、小雨が降ったり止んだりしていたが、私たちが上野を離れる頃には、いつの間にか大雨に変わっていた。しかも、雨ばかりでなく、雷までゴロゴロ鳴り始めた。

 これまでの経験からすると、激しい雨の中でも、野外イベントは決行される。そうなれば、カッパを着込んでライブにのぞんでも、やがて全身ビショビショになってしまう。雨で身体が濡れて体温を奪われるために、寒さでブルブル震えながらライブを鑑賞したことも何度かあった。カバン類もビニール袋に包んで防水しておかなければ、ライブが終わる頃には、カバンの中身まで間違いなくビショビショになってしまう。また、ステージが滑り易くなっているので、演奏する彼らも大変だ。ステージで転んでしまうこともあれば、機材が雨に濡れて感電する危険性も高い。とにかく、雨の日のライブは、観る側も演奏する側も必死なのである。長い野外イベントの歴史の中で、またしても伝説に残るライブになるのだろうか。

 あと少しで宿泊先のホテルの最寄駅に着くというとき、私たちの乗っていた電車に車内アナウンスが流れた。
「現在、秋葉原と神田間で停電が発生しているため、この電車も運転を見合わせています」
どうやら、停電が発生するほどの大雨になってしまったらしい。
「現在のところ、復旧の見込みは立っておりません。振替輸送を行っておりますので、そちらをご利用ください」
参った。時計を見ると、十五時過ぎである。開演にはまだまだ時間があるが、電車を止めるほどの威力を持った雨に支配されてしまっている。果たして、これから一体どうなるのだろう。

 私たちは、乗っていた電車を降りて、振替輸送が行われている別の路線に乗り換えた。駅の外に出てみると、小降りになってはいたものの、宿泊先のホテルまで歩く間、時折雷が鳴っていた。

 ホテルにチェックインして、着替えを済ませてから部屋を出た。同じホテルには、私たちと同じ目的を持った人たちがたくさん宿泊していた。彼女たちが持っている独特の雰囲気と、身につけているグッズですぐにわかるのだ。彼女たちに混じって、野外イベント会場までガンモと歩いた。そう、私たちの宿泊するホテルから、野外イベントが行われる会場まで、歩いて行ける距離だった。

 会場まで歩いて行く途中で、ファンの一人が話しているのが聞こえて来る。
「ずっと暑い日が続いていたから、考え方によっては恵みの雨だし、何よりも涼しいよね」
確かにそうだ。うだるような暑さに比べれば、確かに涼しい。ライブ中に雨が降らなければ最高なのに。私はそう思っていた。

 会場に着き、いつもの夏のイベントの開始前の希望に満ちた雰囲気を味わう。全国から、この日を楽しみに集まって来たたくさんのファンが、思い思いの格好をして、再会の喜びを確認し合っている。私たちにとっては、年に一度のお祭りなのだ。

 不思議なことに、いつの間にか、雨は止んでいた。空を見上げると、少し晴れ間も見えている。ありがたいことに、天候はすっかり回復し、ライブの間中、一滴の雨も降らなかった。まるで、膿を出してしまうかのように、開演時間の数時間前に、集中的に雨を降らせた。その雨のおかげで、涼しい夜になった。電車を止めたほどの豪雨からの奇跡的な回復である。

 MCで、メンバーの一人が、雨が降っていたので、一九八四年のライブを思い出したと言った。そのライブは、今回のライブ会場の近所にある球場で行われた。確か、そのときも雨が降っていた。彼は、
「あのときのライブに来ていた人!?」
と、会場に向かって問いかけた。私は、
「はあい」
と言いながら手を上げた。私の他にも、手を上げた人たちがたくさん居た。
「それだけ年を取ったということですね」
とメンバーの一人が言った。いつの間にか、あれから二十二年も経っていた。あのときの私は、ちょうど広島で浪人中で、チケットも持たずに一人でコンサート会場まで出て来た。当日券が発売されると聞いたからである。前日の昼間に会場に着いて、そのままチケット売り場に並んだ。夜は、チケット売り場の近くに寝転がって休んだ。私と同じように、当日券を求めてやって来た人たちが何人か居て、彼女たちとすぐに打ち解けて友達になった。昔から、そんなはちゃめちゃなことを経験して来た私だった。あの頃知り合った友達とは、既に交流がなくなってしまったが、彼女たちは今でも彼らのライブに足を運び続けているのだろうか。

 涼しい夜に思う存分浴びたサウンドシャワー。雨上がりだったせいか、音質は少し悪かったが、天候にも恵まれ、美しい花火を見ることもできた。年齢にもかかわらず、素敵な夜をありがとう。そして、明日もよろしく。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関東地方の皆さん、こんにちは。雷と雨が凄かったですね。あまりにも凄い雨で、一時はどうなることかと思いましたが、何とか天候にも恵まれ、一日目の夜が無事に終わりました。雨を恵みだと思えるかどうかは、雨をとらえる人の傾き方によるのかもしれませんね。ライブの間、雨が降っていたとしても、思い出に残るライブになることは間違いありません。そんなライブも、これまでに何度か体験して来ました。何かを本当に好きというのは、楽しいか楽しくないかを、他の要因に左右されない状態のことをさすのかもしれません。

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2006.08.11

良く働き、良く遊べ

 ハワイ旅行の予約を入れたあと、好きなアーチストの夏の野外イベントの日程が発表された。幸か不幸か、その日程は、ハワイ旅行直後の土日と重なっていた。場所は、関東地方である。夏休みが続いている以上、決して参加できない日程ではない。しかし、帰国直後の時差ボケのことを考えると、少し身体を休ませておきたい気持ちもあった。

 それでも、毎年のように、楽しみに参加し続けている夏の野外イベントだ。この日のために、全国から、熱烈なファンがわんさと集まって来る。しかも、今年の野外イベントは、年数としての区切りがいい。例年よりも熱のこもったステージが見られるに違いない。

 おまけに、夏休みの日程が例年よりも一日長くなっているのが不思議だった。毎年、夏休みは九日間のはずだったが、どういうわけか、今年に限って十日間あるのだ。つまり、十四日の月曜日まで夏休みなのである。毎年、土日連続で行われる野外イベントに参加すると、私は翌日の月曜日の午前中だけ休みを取って、早朝から新幹線で移動し、午後から出勤していた。しかし、今年は月曜日まで休みなので、早朝に起きて慌しく動き回る必要がなくなる。これは、野外イベントに導かれているのだろうか?

 私は、ガンモと相談し、野外イベントに参加するかどうかを話し合った。ガンモはしばらく考えていたが、何か計画を思いついたらしく、
「よし、行こう」
と言ってくれた。私はとてもうれしかった。このようなはちゃめちゃなアドベンチャーに付き合ってくれるガンモに心から感謝した。

 ハワイに出掛ける少し前のことだった。ガンモが突然、妙なことを言い始めた。
「ハワイから帰って来たら、翌日から出掛けるから、野外イベントに出掛ける用意もしておくように」
「ええっ? どういうこと?」
私は驚いた。当初の予定では、ハワイから帰って来て、丸一日休んで翌々日から出掛ける予定だった。一日休んで出掛けるだけでも体力的にきついのではないかと心配になっていたくらいなのに、時差ボケもかまわず、翌日から旅に出掛けてしまうなんて、一体どういうことだと思ったのだ。
「翌日の昼間に大阪から特急雷鳥に乗って金沢まで行って、その日の夜に寝台特急北陸に乗って上野に向かう」
私は驚きのあまり、しばらく声が出なかったが、気を取り直してすぐに抗議した。身体のことも考えず、はちゃめちゃに動き回ろうとするガンモに腹が立ったのだ。しかし、ガンモはどうしても、寝台特急北陸に乗りたいようだった。
「東京に行くのに、いつも同じルートじゃつまらない」
とガンモは言う。わかった、わかった。わかりましたよ。夏の野外イベントに付き合ってくれるなら、私もガンモの提案する行程に付き合おう。私は、腹をくくってハワイに出掛けたのだった。

 さて、ハワイから帰った翌日の今日、私たちは朝十時過ぎに家を出て、大阪から特急雷鳥に乗った。十四時過ぎに金沢に入り、コインロッカーに荷物を預けると、街を散策し始めた。特急雷鳥の中で少し眠ったせいか、時差ボケを感じることもなく、身体は元気だ。どうしてこんなに元気なのだろう。おそらく、好きなことに向かっているから元気なのだ。好きだという気持ちには、細胞を活性化させるエネルギーが宿っている。

 金沢へは、何度目の訪問になるのだろう。私は、独身時代にも訪れたことがある。独身時代に来たときは確か社員旅行だったのだが、たまたま私の好きなアーチストも金沢でライブを行っていて、彼らが宿泊しているホテルまで出向き、少しだけ顔を合わせた思い出がある。そのために、私は社員旅行にわざわざスーツを持って行ったような・・・・・・。ああ、懐かしい。

 結婚してからは、ガンモと二人で二回ほど訪れているはずだ。社員旅行で出掛けた忍者寺にガンモを案内し、きときと寿司を食べて感動したのを覚えている。

 今回は、メインの目的が寝台特急北陸に乗車することだったので、金沢での目的も特になく、単にぶらぶらしただけだった。ふらっと金沢というループバスに乗り、市内をぐるぐる回った。

 寝台特急北陸に乗る前に、私たちは金沢駅から近い銭湯に入った。とても暑い一日だったので、汗を流すことができてさっぱりした。

 寝台特急北陸は、二十二時過ぎに金沢を出発した。私たちは、B寝台の上下段を床にした。いつものように、外の景色を見たいガンモは下の段、高所恐怖症を克服する必要のある私は上の段で眠った。A寝台と違って、B寝台はかなり狭いので、普段、一つのシングルベッドに寝ている私たちでも一緒には寝られない。だから、B寝台に乗るときは、それぞれの時間を過ごすことになる。すぐ近くに他の乗客もいるので、話をしていると、かなり響くのだ。

 私が上の段にいると、下の段にいるガンモが上の段のカーテンをそろりと開けて、私の様子を伺いに来る。私は、その瞬間のガンモの表情がとても好きだ。

 やがて、寝台特急北陸は、ガタンゴトンと揺れながら、上野に向かって走り始めた。普段、めいいっぱい仕事をして、休みのときにはとことん遊ぶ。これが、私たちのスタイルだ。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今は、上野駅構内のお店でこれを書いています。皆さん、どうか、呆れないでくださいませ。(苦笑)良く学び、良く遊べという言葉がありますが、社会人にとっては、良く働き、良く遊べかもしれませんね。

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2006.08.10

My husband

 とうとうハワイを発つときがやって来た。ホテルで朝食を取ったあと、十一時のチェックアウトタイムまでゆったりとくつろいだ。スーツケースに荷物をまとめ、ベランダから見える最後の景色を写真に収めた。次にこの景色を目にすることができるのはいつのことだろう。そう思うと、何だかこみ上げて来るものがあった。

 十一時少し前に、お世話になった部屋を出てフロントへと向かった。部屋を出て行くときに部屋を振り返ると、たまらず涙が出て来た。ガンモと二人で五泊したこの部屋。ダブルベッドとシングルベッドがあったが、私たちはダブルベッドだけを使っていた。毎日、外に出掛けて行くときは、お世話になっているルーム係の人にチップを置いて行った。室内に設置されているコーヒーメーカーを有効活用するために、ガンモがコーヒーとフィルターを買って来た。このコーヒーは、LIONコーヒーのようにとても甘い香りのするコーヒーで、コーヒー党でない私でも、お砂糖を入れずにミルクを入れて飲むだけでも十分おいしく飲むことができた。私たちはタンスの中に下着類をしまい込み、まるで自分の家のように生活していた。その部屋と、とうとうお別れするのだ。私は、目に涙を浮かべながら、部屋に「ありがとう」と言った。またここに戻って来られますようにと願いを込めながら。

 フロントに降りて行くと、チェックアウトタイムとあって、フロントはひどく混み合っていた。電話の料金のことでフロント係の人ともめているアメリカ人女性がいる。彼女にとっては、身に覚えのない請求らしい。ガンモの話では、こうしたことは、他のホテルでも良くあることなのだそうだ。フロント係の人が彼女の対応に追われているため、チェックアウトにひどく時間がかかってしまった。十一時二十分には旅行会社の用意してくれた送迎バスが、ホテルまで迎えに来てくれることになっていたのだが、予定よりも早く、十一時五分過ぎに送迎バスが到着してしまった。幸い、送迎バスの中には、まだ誰も乗っていないようだったが、送迎バスの運転手さんをひどく待たせてしまったので、彼に待たせたことへの詫びを言うと、気にしなくていいと言ってくれた。

 送迎バスは、同じ旅行会社から参加しているツアー客をいろいろなホテルで拾ったあと、私たちをホノルル国際空港まで送ってくれた。ユーモアたっぷりのとても陽気なアメリカ人の運転手さんで、とても楽しそうに仕事をしていた。彼のように楽しく仕事をするということを、私は日本に帰ってから見習わなければと思った。

 帰りの飛行機は、比較的空いていた。行きと同じように、トイレ近くの席を確保できた。空いていたおかげで、私たちの隣には誰も座らなかった。行きと同じく、トイレに行き放題である。機内を見渡してみると、やはり、圧倒的に日本人が多い。相変わらず、飛行機の中がとても寒かったので、私はスカーフで首や肩を守った。飛行機の中で遅い昼食を取ったあと、私たちは少し眠った。目が覚めたとき、ガンモが、
「首が寒いのでバンダナをちょうだい」
と私に言った。オフィスの空調の冷たさを経験してからというもの、私は、首を守るために、大きめのバンダナを持って歩いている。あまりに寒いときは、ガンモもそれを使うことがあったのだが、行きよりも寒さが少しマシだったので、今回は大丈夫なのだろうと思い、ガンモに確認もせずに寝てしまっていたのだ。しかし、どうやらガンモは寒いと感じていたらしい。

 私は、寝ている間、ガンモが首の寒さを我慢していたのかと思うと、たまらない気持ちになった。
「ガンモ、ごめん」
そう言って、ガンモのために持っていた大き目のバンダナをガンモに渡した。ガンモはすぐにそれを自分の首に巻いた。

 そのとき、私は、ガンモに対して、
"My husband!"
と強く思った。この人が私の夫。十年間、一緒に過ごして来た夫。これからも一緒に過ごし続ける夫。私は、男女間の密な面の付き合いを体験するためにガンモと出会ったと感じた。相手がガンモだからこそ、面の付き合いが実現できている。接点の付き合いも自由で力強いけれど、私が体験したかったのは、間違いなく面の付き合いだった。帰りの飛行機の中で、私はそのことをはっきりと確信した。だから私は、面の付き合いの素晴らしさを世の中に発信し続けよう。

 飛行機の中で、短い映画を二本観た。どちらも日本語の吹き替えをイヤホンで聴くことができた。軽い夕食が出されたあと、しばらくすると、飛行機は着陸体制に入った。

 定刻よりも七分遅れだったが、私たちは無事に関西国際空港に着陸した。パイロットの皆さん、長い間、どうもありがとう。私たちの世話をしてくださったフライトアテンダントの皆さん、どうもありがとう。そう思いながら飛行機を降りると、私は、機長に直接お礼も言わずに飛行機を降りるのは何故だろうと考えていた。八時間もの間、飛行機を操縦してくれたパイロットの皆さんにお礼も言わずに帰るのは変じゃないか。ああ、そのために、私はお金を払っているのか。お金が、ありがとうの代わりなんだ。何だか腑に落ちないが、私はそう思った。

 飛行機の外に出て、私たちの口から最初に出た言葉は、
「あちぃ!」
だった。いつも、東京から新幹線に乗り、新大阪で降りると、私たちは同じ言葉を発している。それだけ、関西は蒸し暑いところなのだ。
「ハワイの涼しさが恋しい」
ハワイは涼しくて、汗をかくこともなく快適に過ごすことができた。汗をかいたとしても、ハワイの心地良い風がすぐに乾かしてくれていたのかもしれない。しかし、関西には風はない。気温も高く、ムシムシしている。一歩足を踏み出した途端、ハワイが恋しくなるなんて、それだけハワイの気候が素晴らしいということだ。

 行きと同じ関西国際空港に居るというのに、気持ちの上でも旅行者への対応についても、行きと帰りではまったく異なっていた。行きは、これから始まる旅行への期待に大きく胸を膨らませているが、機内に持ち込む、預けるにかかわらず、荷物のチェックがかなり厳しい。ペットボトルに入った液体を持ち込もうとすると、比重をチェックされる。アメリカ合衆国への入国も、指紋を取られたりと、かなり念入りに行われる。スーツケースは、いつ開けられてもいいように、鍵を掛けないでおく。そうしなければ、スーツケースの鍵を壊されてしまうのだそうだ。しかし、帰りは、実にあっけなかった。ホノルル国際空港で、靴を脱いでチェックされたくらいのものだった。日本への再入国も、実に楽ちんだった。

 キャッシュカードを使って銀行にお金を預けるときは、暗証番号は要らないが、お金を引き出すときは、暗証番号が必要になる。キャッシュカードでお金を引き出すのと預けるのとでは意味が反対になってしまうが、入国と出国でチェックの厳しさに違いがあるあることは、INとOUTのアンバランスを思い起こさせるのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m おかげ様で、無事に日本に帰り着くことができました。ヒースローでテロ未遂があったようですね。これから夏休みで海外に出掛けられる方は、機内に飲み物を持ち込めないなど、ご不便を感じられることも多いかもしれません。どうか気を引き締めて、お気をつけてお出掛けください。

※掲示板のコメントが遅れて本当にごめんなさい。余裕ができたときに書かせていただきますね。実はこれから、皆さんが呆れるほどの行程が待ち構えているのです。(苦笑)

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2006.08.09

スターオブホノルル号のクルージング

 ハワイで過ごすのも残すところあと一泊となってしまった五日目の今日は、午前中から、ある説明会に参加した。なかなか面白い体験だったのだが、これについて書き始めると、今日一日の出来事がとても長くなってしまうので、この説明会については、後日書かせていただくことにしよう。

 さて、ハワイで過ごす最後の夜を特別なものにするため、私たちはスターオブホノルル号のクルージングという現地ツアーの予約を入れていた。このツアーは、スターオブホノルル号という船の中でディナーを楽しむというものである。

 現地ツアーを申し込んだときに聞いた説明によれば、指定された時間にホテル近くの集合場所で待っていれば、送迎バスが迎えに来てくれると言う。きっとまた、日本人観光客ばかりなのだろうと思い込んでいたのだが、待ち合わせ場所に着いてみると、私たちの他には日本人観光客は誰もいなかった。送迎バスは、私たちを含む十人を乗せて、スターオブホノルル号の停泊する場所に向かって走り始めた。

 私たちは、送迎バスの一番後ろの席を陣取ったのだが、後ろから見ていると、実に不思議な光景だった。送迎バスと言っても、日本で言うところのバンに相当するタイプの車だった。まったく見知らぬ異国の方たちと、同じバンに乗り合わせているという不思議、というよりも、偶然を実感せざるをえなかった。この日のスターオブホノルル号に乗るという計画を立てた上に、宿泊ホテルが近くなければ、決して出会うことのなかった人たちかもしれない。しかも、これからの人生で、二度と会うことのない確率が非常に高い人たちでもある。何もこうした状況でなくても、出会いの一つ一つを大切にしなければならないはずなのに、私たちは誰とも言葉を交わすことなく、じっと、後ろの席で他の国の人たちの様子をうかがっていた。中には、バンの隣同士の席で挨拶を交わし始める人たちも居た。私たちもその中に混ざりたいと思ったが、自分から話しかけるのは何となく気が引けていたのだった。ああ、やっぱり私たちは日本人だ。

 目的地に着き、送迎バスを降りると、すぐにスターオブホノルル号の船内に案内された。私たちは、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。私の左手には、同じ送迎バスに乗って来た若いカップルが座っていた。四人用のテーブルだったが、私たちの隣には誰も来なかった。私の右隣のテーブルには、インド人らしいご家族が座った。船内を見渡してみると、やはり、日本人観光客はほとんど居ない。おそらくだが、日本人観光客は全体の一割にも満たなかったのではないだろうか。

 テーブルに落ち着いてしばらくすると、デジタルカメラを持った女性が写真撮影にやって来た。
「良かったら、あとでこの写真を22$で買ってください」
と言う。彼女は、映画『ティム・バートンのコープスブライド』に出て来たコープスブライドに笑えるほどそっくりの女性だった。

 飲み物のオーダーを聞かれたので、私たちはチチとブルーハワイを注文した。どちらもトロピカルな冷たい飲み物だった。私は、どちらかと言うと温かい飲み物を飲みたかったが、せっかくクルージングに来たのだからと思い、冷たい飲み物を覚悟して飲んだ。

 それから少しずつ料理が運び込まれ、生ギターの演奏と生歌のショー、いくつかのポリネシア系の踊りなどが次々に披露され、船内はとてもにぎやかになった。

 実は、ハワイには、先日、自分で取っ手を縫い付けたばかりの手提げカバンを持って来ていた。この手提げカバンは、インドの文字が書き込まれたインド製の布バックだった。ガンモは、私の右隣に座っていたインド人のご家族の反応が見たくて、わざわざそのバッグを彼らの視界に入る場所に置いた。ガンモの話によれば、そのとき、彼らの様子が変わったのがわかったらしい。

 しばらくすると、彼らと話をする機会に恵まれ、
「そのバッグはどこで買ったの?」
と尋ねられた。私は、
「日本のインターネットショップで買いました」
と答えた。私はガンモに、
「隣にインドの方が座るとわかっていたら、いつもホットヨガに着て行っているインドの神様Tシャツを着て来るんだった」
と言って残念がった。そうすれば、少なくとも彼らとは話がはずんだのに、と思ったのだ。そのとき私たちは、ハワイでは正装に当たるアロハシャツを着ていたのだ。

 一方、私たちの左隣のテーブルでは、
"Nice to meet you."
などと言いながら、友好の握手が取り交わされていた。外国映画では良く見る光景だが、よもや、自分の目の前でそのようなことが行われようとは思いもしなかった。私にも
"Nice to meet you."
と声を掛けて欲しいと思ったが、誰も声を掛けてくれなかったので、私はガンモに右手を差し出して、
"Nice to meet you."
と言った。ガンモもそれに習って、
"Nice to meet you."
と言iいながら手を差し出した。ああ、私たちはどうしてこんなにもピュアな日本人なのだろう。

 しばらくすると、夕日が沈みかけているのが見えて来た。ガンモはすかさず甲板に出て写真を撮っていたが、私がもたもたしているうちに、夕日は沈んでしまった。夕日が沈むと、まるで素早くバトンタッチが行われたかのように、すぐに大きな月が、太陽が沈んだ方向とは反対側に現れた。月は私たちの間近に迫っていた。ハワイは、月との距離が近いのだろうか。あんな大きな月を、日本では見たことがなかった。

 そのうち、生演奏の人たちが中心になり、踊りを促し始めた。更に乗客に向けて、
「記念日の方はいらっしゃいますか? 新婚さんはいらっしゃいますか? お誕生日の人はいらっしゃいますか?」
と質問した。私はすぐに、
「私たちは結婚十周年だ」
と思ったが、自分から名乗りを挙げて前に出て行くのが恥ずかしくて、黙っていた。ああ、私たちはどうしてこんなにもシャイな日本人なのだろう。日本に居るときは、自分が日本人であることを忘れてしまうくらい日本人離れしているつもりだったのに、ハワイに来て初めて、自分が日本人であることを実感してしまうとは、皮肉なものである。

 やがてスターオブホノルル号は、出発地点まで戻り、静かに着岸した。船を降りると、送迎バスが停車している場所まで歩いた。帰りは、行きよりも大きな観光バスタイプの送迎バスでホテル近くまで送ってもらった。私たちの乗ったバスには、日本人観光客は誰も乗っていなかった。

 異国の方たちと大した会話もできないままに、ハワイ最後の夜が終わろうとしていることが、残念で仕方がなかった。と言っても、もう少しハワイに留まりたい気持ちがあるわけではない。日本を離れて早五日。このままハワイに残っても、特別やりたいことがあるわけではなかった。それでも、何か寂しいような、不完全燃焼のような感覚に襲われていたのだった。

 そんな私の気持ちを察してか、ガンモは、
「また来るから」
と言った。私が、
「うん」
と言うと、
「じゃあ、今回のハワイツアー最後のABCストアに行くか」
とガンモが言った。私は気を取り直し、
「うん」
と答えた。

※ハワイ滞在中、応援クリックしてくださった皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m 皆さんからの励ましのおかげで、ハワイ滞在中も「ガンまる日記」を書き続けることができました。長い旅行記を読んでくださってありがとうございます。m(__)m これを書き上げた数時間後には飛行機に乗り、日本時間の夕方、日本に到着します。帰国してからも、しばらくは、書き足りなかったハワイのお土産話を書かせていただくことになろうかと思いますが、引き続きよろしくお願いします。

※私がいつも着ているインドのTシャツは、最近ほとんど更新していないTシャツのはなしというサイトにアップしてあります。インドTシャツに興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。

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2006.08.08

日立の樹と日光浴

 ハワイ四日目の今日は、TheBusに乗ってカメハメハ大王の像を見物したあと、ダウンタウンまで歩いた。そこからチャイナタウンを通って別のバスに乗り換え、日立の樹を見に行った。日立の樹とは、

♪ この樹 何の樹 気になる気になる樹 ♪

のCMで有名なあの樹である。

 TheBusを降りて、ガンモの案内する方向へと歩いて行くと、民家の前で住民のご夫婦と目が合った。私たちに何か話しかけてくださったのだが、良く聞き取れず、きょとんとしていると、奥さんのほうが、
"Hitachi Tree?"
と尋ねてくださった。驚いた私たちが、
"Yes, Yes."
と言うと、
「こっちじゃなくてあっちよ」
と説明してくださった。おそらく、日立の樹を見に来て、その周辺をうろうろする日本人がたくさんいるのだろう。教えられた通りの道を行くと、やがて広い公園の入口が見えて来た。あっ、日立の樹がある! と思ったのだが、あれれ? 向こうにもあっちにも、同じような樹が何本かある。しかし、どう見てもそれらしいのは一本しかない。おそらくこれだろうと思いながら、私たちはその樹を念入りに写真に収めた。

 すると、向こうから日本人観光客の団体さんがやって来た。本当にその樹が日立の樹なのかどうか、♪ 気になる気になる樹 ♪ だった私たちは、日本人観光客の皆さんがどのような行動を取るのか、観察していた。すると、やはり彼らは、私たちが狙いを定めた樹を念入りに写真に収めていた。ガンモに、
「やっぱりあれが日立の樹なんだよね」
と言うと、ガンモは、
「うん、間違いないよ。だって、他にも何本か樹があるのに、あの樹しか見てないもん」
答えた。

 日立の樹は、とても不思議な樹だった。上に向かって枝が伸びていくのが一般的な樹だと思うのだが、日立の樹は、両手を広げるようにして横に伸びた枝がいくつもあった。確かに気になる樹だった。私は日立の樹の幹に手を当てて、エネルギーをもらった。

 日立の樹の近くに、公園の公衆トイレがあったので入った。ところが、入ってみてびっくり! 何と、何と、個室の扉がないのである。三つある個室は、すべてオープンなスペースとなっていた。さすが、オープンな国、アメリカである。と私は思ったのだが、ガンモは、
「安全のためにドアを付けてないんじゃないのかな」
と言った。トイレという密室の中で、何が起こってもおかしくない国だからなのだろうか。

 他に誰も利用客がいなかったので、私は思い切って、オープンスタイルの公衆トイレで用を足した。なかなか新鮮な気分だった。日本も同じようなスタイルを取ってみればいいのにと思ったと、少々強がっておこう。

 そこから再びTheBusに乗り(実は、帰りのバス停をかなり探し回ることになった)、チャイナタウンに戻って、本格的な中華料理を食べた。出て来た料理の量が、とにかく多くて驚いた。日本の一.五倍くらいの量が出て来るのである。このままでは、日本に帰る頃には身体までも一.五倍になってしまうという危機を感じながらも、久しぶりに口にする温かい料理に、涙がちょちょぎれるほど感動した。私の身体は、温野菜を強く欲していたのだった。

 このお店には、メニューに日本語がなかったので、日本人はあまり利用していないと思われる。お昼どきだったにもかかわらず、店内には、私たちの他には日本人は誰もいなかった。私たちが店内に入ってからも帽子をかぶったままでいると、お店のお客さん(中国人の方)に注意されてしまった。

 ガンモは、日本語のメニューもない上に、お店に入ってチップをどう渡せばいいのか、とても不安だったらしい。しかし私は、他のお客さんがどのようにお勘定を済ませているかをじっと観察していた。支払い終わる前に、テーブルの上に置いておく人、もらったおつりの中から店員さんに手渡しする人の二パターンがあった。私たちは、飲食料金の十五パーセントをチップとしてテーブルに置いて店を出た。こんなちょっとしたことでも、私たちにとっては大冒険だった。

 十分な腹ごしらえをした私たちは、再びTheBusに乗り、ビーチへと向かった。せっかくハワイに来たのだから、ビーチに行って泳いだり、身体を焼いたりしようということになったのだ。そのため、私たちは、出掛ける前から水着を着用し、その上にアロハシャツを羽織っていた。ビーチに着くと、寝転がれるように、ビーチの近くにあるABCストアで99¢のゴザを二枚買った。

 ビーチのトイレには、貴重品用の小さなコインロッカーが設置されていた。ここに貴重品を預けておけば、安心して海に出られるようである。しかし私たちは、貴重品をたくさん持ち歩いていたので、コインロッカーには預けずに、変わりばんこで海に入ることにした。

 まず最初に私が海に入った。思っていたよりも、ハワイの海の水は冷たかった。良く見ると、小さな魚が群がって泳いでいる。しかし、ビーチ付近の水はゴミが混じっていて、少々汚い。また、比較的浅瀬ではあるが、打ち寄せて来る波が高い。そのためか、サーファーたちの姿も多い。彼らも必死で波に乗っていた。

 日差しは否応なしに強く照り付けて来た。しかし、雲が多いために、ときどき日差しが弱くなる。現地ツアーのガイドさんに、ハワイの紫外線は日本の八倍もあるので、日焼け止めクリームを塗っておいたほうが良いとアドバイスをいただいたので、私たちはそれに従った。二時間ほど、ビーチで戯れていただろうか。満足した私たちはビーチを引き上げ、今度はホテルのプールに入ることにした。

 プールサイドに並べられた、角度を調整できる日焼け用のチェアに寝転がり、私たちは優雅なリゾート気分を味わった。プールサイドには、木陰で本を読みながら身体を焼いている人、何か物を食べている人などが居て、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。日本に帰れば、また仕事が待っている。しかし、ハワイという場所は、そんなことをすっかり忘れさせてくれるほどの国際的リゾート地だった。

 時計は十七時近くを指していたが、まだまだ日差しは強かった。プールで一時間近く過ごしたあと、私たちは部屋に戻り、シャワーを浴びた。

 きのうのダイアモンドヘッド焼けの上に、ビーチ焼けとプール焼けが重なり、私たちの肌は手を中心に黒くなっていた。ダイアモンドヘッド焼けのほうが強烈なのか、焼けたところとまだ焼けていないところに落差がある。ガンモは、本格的に肌を焼いたのは、小学校以来のことだと言う。日焼け止めをあまり塗っていなかったが、大丈夫なのだろうか。シャワーを浴びて、バスタオルで身体を拭くときに、既に痛いと言っていた。

 少し休息を取ったあと、私たちは再び街に繰り出した。JCBカード会員は無料というトロリーバスに乗り、ハワイを訪れた日本人なら誰でも出掛けるというアラモアナショッピングセンターへと出掛けた。そこで一.五人前のスパゲティーとドリンクを堪能したあと、プロゲステロンクリームを買って、アラモアナショッピングセンターをあとにした。

※撮影した写真はまるみNatureで公開しています。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こんなふうに、毎日、アクティヴに動き回っております。ハワイへの滞在も、残すところあと一泊となりました。毎日、リゾート気分を味わい過ぎているせいか、帰国してからのギャップが怖いような気もしています。(^^;

※ななちゃん、掲示板の返信についてのコメント、どうもありがとう。できないことを約束してしまったなあと、申し訳ない気持ちになっていたところだったので、本当に助かったよ。そのせいか、自分が日本から遠く離れてしまっているような、妙な気持ちだったの。ななちゃんのコメントで、日本との接点を取り戻すことができたよ。本当にどうもありがとう。(^^)

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2006.08.07

ダイアモンドヘッドに登ってみる

 旅行に出掛けるときはいつも、ガンモが綿密な計画を立ててくれる。ハワイ三日目の今日は、ダイアモンドヘッドに登ることになっていた。ダイアモンドヘッドというと、ベンチャーズ、そして、大林宣彦監督の映画『青春デンデケデケデケ』を思い出していた。そのダイアモンドヘッドに登る? 私は、ダイアモンドヘッドというのは、単なる海岸だと思っていたのだが、そこに登ると聞いて初めて、単なる海岸ではないことを知った。

 ダイアモンドヘッドまでは、TheBusという路線バスを利用した。日本人観光客の多くは、ワイキキトロリーバスという少々高めのドアや窓のないオープンな観光客向けの路面電車風バスを利用している人たちが多い。ワイキキトロリーバスに乗れば、ダイアモンドヘッドのある公園の入口まで運んでくれる。しかし私たちは、アメリカンな人たちに混じってTheBusに乗り、入口からは少々遠いバス停で降りた。

 ダイアモンドヘッドは州記念自然記念公園の中にあり、$1の入場料を払って入る。入口から見上げると、小高い山が見えている。山頂までの高さは百七十メートル。山頂には展望台があるらしい。私はガンモに、
「あれを登るの?」
と尋ねた。百七十メートルと言っても、下から見上げるとかなり遠いように思える。ふと、体力的に大丈夫なのだろうかと心配になった私は、
「行きたくない」
とだだをこねた。しかしガンモは、
「せっかく来たんだから、行くから」
と言いながら、私の手を引いた。

 百七十メートルの山は、思っていたよりもゆるやかな傾斜になっていた。そのため、身体に負担のかからない登山ができるようになっている。登山道には金属製の手すりが取りつけられていた。さすが、世界的な観光地とあって、各国からたくさんの人たちが訪れている。陽気なアメリカ人男性は、上半身裸になって歩いている。他にも回るところがあるのだろうか。日本人観光客は比較的少ない。

 なめらかな傾斜は、とても心地良い運動になった。しかし、いよいよ山頂までラストスパートという段階になって、うんざりするほど長い階段が目の前に現れた。高所恐怖症の私は、恐怖のために足がすくんだ。その狭い階段は、上りと下りの人が同時に利用することになっている。ということは、片方の手すりしか持つことができないわけである。これだけの階段を、片方の手すりだけを持って登るのは無理だと思い、私は、
「ごめん、ガンモ。もう登れないよ」
と言った。ガンモはその階段の途中まで登っていたのだが、私が一向に登って来ないのを見て、降りて来た。そして、
「大丈夫、大丈夫。せっかくここまで来たんだから登ろうよ。あともう少しだから。降りて来る人がいないときに、両方の手すりを持って一気に登ればいいから」
と言った。そして、タイミングを見計らって、
「今だ!」
と声を掛けた。私はとても怖かったが、階段を一気に登り上げる覚悟で足を踏み出した。そして、両手を使って両方の手すりにつかまり、身体を支えながら一生懸命登った。しかし、私と同じペースで後ろからも人がついて来る。その人を待たせることのないように、私は息切れする暇もなく、ほとんど一気に長い階段を登った。階段の終点では、下りの人たちが列を作って待ってくれていた。私たちが両方の手すりを占有してしまっていたからだ。ああ、ありがとう。

 ようやく長い階段を登り切り、ほっと一息ついていると、今度は目の前に螺旋階段が現れた。
「ええっ!? まだあるの?」
と、私はがっくりうなだれ、
「まるで燈台みたいだ」
とガンモに言った。これまでに、いくつかの燈台を訪れて来たが、どの燈台も狭い螺旋階段になっていて、高所恐怖症のリハビリになるのだ。長い階段をほとんど一気に駆け上った私は、少し自信がついていたのか、螺旋階段はそれほど恐怖を感じることなく登ることができた。螺旋階段を登り切り、天井裏のようなところに這い出ると、そこはダイアモンドヘッドの山頂だった。

 下を見ると、美しいハワイのビーチが見える。ホノルルの高級ホテル街も見えている。エメラルドグリーンの海に波が白く泡立っている。何と美しい景色だろう。吹き付けて来る風もまた心地良い。私はガンモに、
「励ましてくれてありがとう。とてもいい景色だよ。登って良かった」
と言った。

 ダイアモンドヘッドの山頂で三十分くらい過ごしただろうか。これからまた時間を掛けて降りて行くことを思うと、かなり億劫だったが、あれだけ恐怖を感じた階段も、ガンモに励まされながらほとんど一気に駆け下りた。途中で休憩しながら、およそ一時間程度でTheBusのバス停まで戻った。

 私が臆病なままだったら、あの美しい景色を見ることはできなかった。山頂で見た美しい景色は、困難を乗り越えた者だけが目にすることのできるご褒美だった。ガンモの強い励ましがあったからこそ、ダイアモンドヘッドの美しい景色を目にすることができた。私はガンモに、何度もありがとうを言った。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ハワイでは、歩くのが困難なほど太った人を良く見かけます。おそらく、太り易い食生活なのでしょう。しかし、ダイアモンドヘッドに来ている人たちは、比較的スリムな人たちが多かったのです。ハワイに来て、アメリカという国は、高カロリーの食事ばかりで太り過ぎている人が多いというイメージがあったのですが、高カロリーの食事を取っていてもスリムな人は、自分なりに身体を動かしているのでしょうね。または、食生活をコントロールしているのかもしれません。身体を動かすことの大切さを学びました。

※写真の掲載がなかなか追いつかなくて申し訳ありません。ホテルに帰ると、バタンキューの毎日が続いております。近いうちに掲載できるといいのですが・・・・・・。

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2006.08.06

HONOLULU ZOOとポリネシア・カルチャーセンター

 ホノルル二日目の今日は、ポリネシア・カルチャーセンターへの現地ツアーを申し込んでいた。集合時間まで、まだ時間に余裕があったので、私たちはHONOLULU ZOO(ホノルル動物園)までてくてく歩いて行った。私は、動物は大好きだが、動物園はあまり好きではない。自由を奪われた動物たちが、檻の中での生活を強いられている姿を見るのは忍びないからだ。

 ビーチのすぐ近くにあるHONOLULU ZOOは、日本では考えられないくらいの敷地を持っていた。とにかく広い。広々とした敷地の中で、動物たちも幾分、生き生きとしているように見えた。ただ、広いだけに、水が濁っていたり、水の上に葉っぱが浮いていたりと、充分な手入れは行き届いていないように見えた。それでも、日本の動物園に閉じこめられている魂が抜けたようになっている動物たちと比べれば、少なくとも、HONOLULU ZOOの動物たちには魂が残っていた。日本の家屋は「ウサギ小屋」などと言われているが、動物園についても同じことが言えるようだ。自由を奪われながらも、広い敷地でのびのび生活できるのと、狭い敷地で魂が奪われたような生活を強いられるのでは、動物たちの輝きの度合いは異なって来ることだろう。

 HONOLULU ZOOの利用客のほとんどは、アメリカ本土からやって来た人たちで、日本人観光客は比較的少なかった。どこの国にも共通で言えるのは、動物に興味を示す子供たちに対し、親は子供たちに動物を見せたがる傾向があるということだった。

 HONOLULU ZOOでおよそ二時間を過ごしたあと、私たちはツアーバスのお迎えに間に合うように、宿泊先のホテルに戻った。これから、ポリネシア・カルチャー・センターの現地ツアーに参加するのだ。ツアーバスはやや遅れてやって来て、私たちを拾ったあと、他のホテルからの日本人参加者を次々に乗せて、ポリネシア・カルチャーセンターへと向かった。

 ホノルルからポリネシア・カルチャー・センターまでは、バスでおよそ一時間二十分かかった。その間、ガイドをつとめてくれたのは、大阪出身の日本人女子大学生だった。彼女は、こちらの大学に留学し、観光学を学んでいると言う。ポリネシア・カルチャー・センターで日本人観光客を案内するアルバイトをしながら、ハワイでの高い生活費をまかなっていると言う。彼女が言うには、何と、ポリネシア・カルチャー・センターで働く人の九十パーセント以上を、彼女と同じような立場の学生たちが占めているそうだ。

 ポリネシア・カルチャー・センターとは、トンガやタヒチなどポリネシアの七つの島々の様子を再現しながら、それぞれの文化を紹介する施設で、上半身裸の原始人風の男性たちの愉快なパフォーマンスや小気味よく腰を振り続ける女性たちの踊りなどを見学することができる。ポリネシア・カルチャー・センターへのツアーは、かなりポピュラーなツアーらしく、駐車場にはたくさんのツアーバスが停車している。そのため、バスを降りるときは、自分たちの乗って来たバスのナンバープレートを記憶しておくように、しっかりと念を押された。

 ポリネシア・カルチャー・センターでは、申し込んだコースによって、いくつかのグループに分かれることになった。コースによって料金が異なっていて、食事やメインとなるポリネシアン・ショーの座席が区別されているのだ。私たちが申し込んだのはスタンダード・コースで、夕食はバイキング、夜に行われるポリネシアン・ショーはステージからかなり遠い席というコースだった。

 施設内でガイドを担当してくれたのは、千葉から来ている日本人女子大学生だった。私たちがいつでも見つけ易いように片手を上げて、後ろ向きに進みながら、大きな声で施設内の説明をしてくれた。後ろ向きに歩くことで、ツアーの参加者に顔を向けたまま説明ができるというわけである。人の多い場所で、後ろ向きに歩くのは心許ないことだろう。いつ、誰にぶつかってもおかしくない状態である。私たちのために、とてもありがたいことだと思った。

 実際、ポリネシア・カルチャー・センターで働いているハワイの大学への留学生はとても多かった。彼女たちの中には、ハワイの大学に留学したいという希望が、若いうちから根付いていたのだろうか。日本の大学に進学するか、それとも海外の大学に留学するか。それだけでも、道は大きく分かれてしまう。私が若い頃には思いつきもしなかった選択肢を選んだ彼女たちが、とても頼もしく思えた。

 施設内を彼女に案内をしてもらいながら、数々の面白いパフォーマンスを見学した。中には、観客参加型のパフォーマンスもあった。選ばれた観客との関係はアドリブのはずなのに、とても自然な上に機転が利いていた。パフォーマンスをしている人たちは、場の雰囲気を掴む能力に長けているばかりでなく、間の取り方がすこぶるうまいのだ。おかげで私たちは、始終笑いっぱなしだった。

 夕方になり、バイキングを食べたあと、いよいよポリネシアン・ショーが行われる会場へと移動した。小振りの球場くらいの大きさの会場が、世界各国からやって来た人たちでぎっしりと埋まっていた。座って開演を待っていると、会場の端のほうから、人の波がやって来た。さすが、アメリカだ。
「フー」
と言いながら両手を上げて立ち上がると、その波を受け継ぐかのように、隣の塊が両手を上げて立ち上がった。私たちの塊の順番がやって来たので、私たちも「フー」と言いながら手を上げた。そんなことを数回に渡って繰り返した。アメリカは、最初から乗りが違う。会場のこうした乗りが演じる側にも伝わり、より一層面白いパフォーマンスが成り立っているのかもしれない。

 さて、いよいよお待ちかねのポリネシアン・ショーが始まったのだが、ショーが始まった途端、あろうことか、私たちは揃ってコックリコックリ居眠りを始めてしまった。時差ボケは解消されたと思っていたものの、寝不足であることには変わりがなかった。ポリネシアン・ショーが行われていたのは、日本時間では昼間のはずだったが、とにかく眠くて眠くて仕方がなかった。おそらく、照明が落とされ、暗くなっていたからだと思う。それに加えて、踊りだけの大人しいパフォーマンスが続いたからかもしれない。

 ところが、その後、完全に目が覚めるきっかけになるパフォーマンスに出会うことになる。それは、原始人のような格好をした男性が、ひらひらした草のスカート(?)に火をつけ、仲間うちで砂を使って消したりしているパフォーマンスだった。観客のひどく騒がしい声で目が覚めたのだ。日本では、このようなパフォーマンスを目にすれば、驚きの悲鳴が一斉に上がるに違いないのだが、ハワイに来ている陽気な人たちは、みんな大声で笑っていた。おそらく、次に彼らが何を引き起こすかについての信頼があるのだろう。

 更に、火のパフォーマンスはエスカレートした。左右に火のついた炎の棒を持って、バトンのようにグルグル回しながらポーズを取っている。火のついていないバトンでさえ、落とすこともあるというのに、火がついていると、失敗は許されない。失敗すると、火傷をして自分の身体を痛めてしまう。しかも、火のついたバトンを自分の足に挟み込み、ポーズまで取っている。バトンを足で挟んだ左右からは、火がボーボー燃えているのだ。

 ここまで来れば、まるでサーカスだと私は思った。非常に危険な行為であるには違いないが、失敗の心配などないほどの熟練を感じさせてくれる素晴らしいパフォーマンスだった。他にももっとたくさんのパフォーマンスが行われていたはずだったが、残念なことに、居眠りしてしまったせいで、私たちはそのほとんどを見逃してしまった。ガンモは、
「また来るから」
と言った。旅先でやり残したことがあるときの、ガンモの決まり文句である。

 およそ一時間半に渡るポリネシアン・ショーはそこで幕を閉じ、私たちは駐車場で自分たちの乗って来たバスを探して帰路についた。確かに、バスのナンバープレートを覚えていなければ、迷ってしまうほどのバスの数だった。帰りのバスの中でも、さすがに疲れが出てぐったりしていた。ホテルに着いたのは、ハワイ時間の午後十一時だった。半日余りをポリネシア・カルチャー・センターで過ごしたわけである。ホテルに着いてからは、ポリネシアン・ショーの熱気を残したまま、私たちはお風呂に入り、ベッドになだれ込んだ。

参考URL:
Honolulu Zoo Home Page
ポリネシア・カルチャー・センター

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m ううう、すみません。掲示板に何か書けると思っていたのですが、油断した隙に、どっと疲れが出て来てしまいました。せっかく来たのだから、いろいろ回っておきたい気持ちと、体力回復のためにたっぷり睡眠を取りたい気持ちが交差しています。今のところ、いろいろ回りたい気持ちのほうが勝っているようです。(^^; 可能な範囲で対応させていただきます。m(__)m

※一部、差別用語に相当する表現を用いていたかもしれないと思い、表現を変えました。表現が気になられた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。

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2006.08.05

ハワイ上陸

 家を出る直前に、ガンモが1.5リットル入りの海洋深層水を私の手提げカバンの中に滑り込ませた。いきなり重いものを持つ羽目になった私は、
「何でこんな重いものを持って行くの?」
と文句を言いたくもなったが、
「いいから、いいから」
とガンモが言うので、持って行くことにした。しかし、このときの水が、飛行機の中で大いに役立つことになる。

 関西国際空港に着いてから、空港内の銀行でUS$に両替をした。四月にガンモがハワイに出掛けたときは、神戸市の大きな郵便局で長い時間をかけて両替をした。慣れない仕事で郵便局員さんにはすっかりお手間を取らせてしまったが、両替のためにわざわざそんなところに出掛けて行かなくても、関西国際空港で両替できたのだ。私たちは、
「また一つ勉強になったね」
と笑い合った。

 私は、関西国際空港内の免税店で、インド綿のスカーフを四枚買った。オフィスの空調の冷たさから身を守るため、私は今でも職場ではスカーフを首に巻いているのだが、値段が安かったので、ついつい四枚も買ってしまったのだ。このスカーフもまた、のちに私たちを大いに助けてくれることになる。

 私たちが乗った飛行機は、アメリカの飛行機会社のものだった。乗務員の方たちもアメリカ人が多かった。私たちは、彼らに勝手に名前をつけた。
「彼女は、キャサリン」
「彼女は、アン」
「彼は、テツヤ」

 私たちの席は、三列ある窓際と真ん中の席だったが、通路側の席に誰も来なかったので、リラックスすることができた。もしも通路側に人が座れば、トイレに立つときに気を遣ってしまう。しかも、ありがたいことに、トイレは、私たちの席のすぐ近くにあった。
「ラッキー。トイレ、行き放題だから」
とガンモが言った。

 飛行機は、日本時間の二十一時過ぎに関西国際空港を飛び立った。寝不足が続いていた私は、とにかく眠くて仕方がなかったが、ガンモの話では、およそ一時間後に機内食が配られると言う。私たちは、関西国際空港に着いてから、既に軽く夕食を済ませていたのだが、せっかくの機内食だ。食べたくもなるだろう。私は、眠い目をこすりながら、必死になって起きていた。機内食は、親子丼で、小さなパンもデザートもサラダも付いているしっかりしたものだった。お腹がいっぱいになると、私は眠り支度を整えた。

 飛行機の中は、クーラーが良く効いていて、ひどく寒かった。客席には薄い毛布が用意されていたが、それだけではとても寒さをしのぐことができず、私たちは、空席になっている通路側の席の毛布も拝借した。更には、関西国際空港で買っておいたインド綿のスカーフが、私たちの身を寒さから守ってくれたのだった。

 おまけに、フライト中はやけに喉が渇いて仕方がなかった。飛行機の中がひどく乾燥していたのかもしれない。出発直前に、ガンモが私の手提げカバンの中に滑り込ませた水を、一体何度口に含んだことだろう。機内にペットボトルを持ち込むには、テロ活動を防止する意味で比重検査の対象になったが、ガンモのとっさの判断に助けられたのだった。

 飛行機は、およそ八時間でホノルル国際空港に到着した。日本時間で言うと午前五時である。到着のおよそ一時間前、すなわち、日本時間の午前四時くらいに、軽い朝食の機内食が配られた。お腹が空いてもいないのに機内食の晩御飯を食べ、そのあとすぐに眠り、まだ眠いうちから起こされ、機内食の朝食を取る。自分のペースで行動できないことが少しもどかしくもあったが、流されるのではなく、自分で流れを作ろうと心掛けた。何と言っても、私にとっては初めてのアメリカなのだ。空港の税関は、ほとんどが日本人観光客ばかりだった。税関を通り、出発前に預けたスーツケースを受け取ると、私たちは空港の外に出た。

 今回のツアーは、現地係員の方に世話をしていただくツアーだった。比較的リーズナブルなツアーなので、高級ホテルへの宿泊ではない。そのため、同じ旅行会社から申し込んだ人たちとの混載バスに乗ってホテル近くまで送り届けられることになっていた。

 混載バスと聞いて、私はすぐに、昔観たシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』という映画の中のシーンを思い出していた。確か、シャーリーが南米に出掛けたときのシーンで、ニワトリと人間が同じバスに乗り込む光景が映し出されていた。混載バスと聞いて、私はそのシーンを思い出したのだ。

撮影した写真:混載バス

 混載バスの案内をしてくれた現地係員の一人(日本人ではない)が、さも楽しそうに仕事をしているのを目にして、私は衝撃を受けた。こんなに陽気に楽しく仕事ができるものなのだろうか。私は、普段の自分の仕事の態度を振り返りながら、他の人に衝撃を与えられるほど楽しく仕事をしているだろうかと反省した。

 混載バスは、私たちをDFS GALLERIA WAIKIKIで降ろした。ここは免税店となっていて、高級ブランド品が税金なしで購入できるらしい。高級ブランドに興味のない私たちは、買い物もせず、同じビルにあるNTT DoCoMoのお店に足を運んだ。日本で使っているそのままの番号で、ガンモが携帯電話をレンタルしたのだ。ハワイでは、携帯電話のレンタルは当たり前のことである。日本で事前に申し込みをしておけばもう少し安くもなったのだが、事前申し込みをしていなかったので、少々割高になってしまった。

撮影した写真:DFS GALLERIA WAIKIKI

 それから私たちは、ハワイでの注意事項や帰りの集合場所についての説明を受けた。更に、オプショナルツアーの申し込みを済ませ、DFSをあとにした。ハワイには、日本語の通じるスタッフがたくさんいる。ハワイに魅せられて、永住している人たちなのだろうか。そういう人たちが、日本人観光客の力強い味方になってくれている。日本人観光客に支えられながら生活しているという実感があるからだろうか。とても親切にしてくれるのだ。

 街を歩いているのは、日本人も多いが、アメリカ本土の人たちも多い。ホノルルは、とにかくたくさんの観光客で賑わっている。気温が少し低い上に、湿気が少ないせいだろうか。日本よりも少し涼しいくらいに感じられる。まさしく、国際的リゾート地の名にふさわしい場所である。四月に一度訪れているガンモは、
「紹介しとくから」
と言いながら、ホノルルの街に関して自分の知っていることを次々に私に叩き込んでくれた。

 私たちが宿泊するホテルは、アメリカ本土の人たちの利用も多いリーズナブルなホテルである。私たちは、ここに五泊することになっている。三朝温泉に滞在したときに、湯治宿を選んだように、高級ホテルに泊まるよりも、もっとハワイを身近に感じられるような気がしている。

その他、撮影した写真:
ハワイ

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日本の皆さん、お元気ですか? 時差があるせいか、日本が少し遠いように感じられます。しかし、寝不足のままこちらにやって来たのがかえって良かったようで、時差ボケもほとんどなく、元気に過ごしております。ホテルにチェックインしてから、少し休息を取ったのが良かったようです。ただ、食べ物はあまり身体に良くない気がします。せっかく日本で食改善を始めたのに、こちらに来てからは、身体を冷やす食べ物ばかり口にしています。自分なりの工夫をしなければなりませんね。皆さんも、素敵な夏休みをお過ごしください。(私たちと同じ時期とは限りませんが)

※もう少し余裕が出て来たら、コメントの返信を再開させていただきますね。

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2006.08.04

行って来ます

 「ただいま」、「おかえり」の記事を書いたので、「行って来ます」という記事が登場してもおかしくはないはずだ。

 四月にガンモがハワイから帰って来た直後から、私たちは今年の夏休みにハワイに出掛ける予定を立てていた。私の夏休みは、派遣先の企業に合わせて決まってしまうが、ガンモは自由に夏休みを取ることができる。そのため、いつも私の派遣先の夏休みにガンモが合わせてくれている。ここ数年に渡り、鉄道旅行中心の国内旅行を重ねて来たが、今年は結婚十周年なので、奮発して二人でハワイに出掛けて行こうという話になっていたのだ。しかし、義母の病気のことや、仕事の都合など、どのような展開になって行くのか読めないまま、ツアーを予約して二、三ヶ月経ってた。

 義母の様子が気になってはいたものの、先月の私の誕生日より少し前に無事に手術を終えたので、私たちは思い切ってハワイに出掛けることにした。ところが、今度は私の仕事が極端に忙しくなってしまった。ハワイに出掛けると決めてから、休日を利用して、少しずつ旅行の準備を整え始めていたので、持って行くものを揃えることに関してはほとんど支障はなかったのだが、深夜の帰宅でかなりの寝不足が続いていた。おまけに、私たちは旅行の日程を一日でも長く確保するため、夏休みが始まる前日の金曜日の夜から旅立つことにしていたのだ。夏休み前の最終日に仕事の納品の締切が延びたとしても、それまでに仕事を終えて本当に出掛けられるのだろうかという不安がないわけではなかった。何故なら、ガンモは金曜日を休みにしていたが、私は十五時に仕事を上がらなければ間に合わなかったからだ。

 私は予め、夏休み前の最終日には十五時で仕事を上がりたいと宣言しておいた。ありがたいことに、私の職場は、そうしたことに関してはとても寛大である。予め予定を言っておけば、個人の事情を尊重してくれるのだ。それでも、残された多くの仕事を他の人たちに任せて、自分だけが十五時に仕事を上がるのは、少々気が引けるような気がしていた。

 私は、少しでも早く仕事を片付けるために、いつもより少しだけ早めに出勤して仕事をした。不思議なことに、早朝から目が覚めて、活力が沸いていた。私がハワイに導かれているなら、きっと切り良く仕事を上がれるだろうと思っていた。

 ありがたいことに、最後までバタバタしながらも、私はやるべき仕事をほぼ完了させることができた。十四時過ぎの段階で、何やら複雑な文書を手作りで作成しなければならない状況に陥りかけたのだが、
「ごめんなさい。今日は十五時までしか仕事ができないんですよ。本当に申し訳ないです」
と言うと、一緒に仕事をしていた人が、思い出したように、
「ああ、そうでしたね」
と言ってくださった。その結果、複雑な文書を手作りするのではなく、作ろうとしている複雑な文書に相当する画像を採取して貼り付けるだけで良くなったのだった。(もともと、わざわざ手作りしなくても、画面のビットマップ画像を貼り付けるだけで十分ことが足りる内容だった。)その作業が終わったのが、十五時直前だった。十五時になり、一緒に仕事をしていた人のところへ行き、
「それでは、あと、よろしくお願いします。今年で結婚十周年なので、私はこれから、ハワイに行って来ます」
と言った。何も事情を話していなかったので、その人はとても驚いていたが、
「それはおめでとうございます」
と言ってくれた。その人に、
「夏休み中の連絡先は?」
などと聞かれたが、それは冗談だったらしい。私は、まじめに、
「ノートパソコンは持って行きますので」
などと答えてしまった。夏休み中にも仕事の対応はあるのかと尋ねると、それはないという答えが返って来たので、ひとまず安心した。

 私は職場の人たちに、
「楽しい夏休みを!」
と言い残して職場を去り、ガンモの待つ我が家へと向かった。職場を離れた途端、夏の暑い日差しが強く照り付けて来た。その日差しを身体いっぱいに浴びたとき、私はようやく仕事から解放され、ハワイに導かれていると実感した。私は踊る心でガンモに電話を掛けて、仕事を終えたのでこれから帰宅することを伝えた。職場から一時間半かかる道のりを、とにかく大急ぎで帰宅して、十七時過ぎには再び家を出なければならなかった。

 帰宅途中の電車の中で、私は「しまった!」と思った。十五時に仕事を上がるという自分の問題に精一杯で、私に
「それはおめでとうございます」
と言ってくれた人に対し、
「夏休みはゆっくり休んでください」
と言うのを忘れてしまったからだ。そう、彼こそが、二時過ぎまで仕事をしていた男性だった。その男性に、労いの言葉を一言も言えずに職場を出て来てしまったことがとても悔やまれたので、私は派遣仲間の女性にメールを書き、私の言い忘れたことを伝えて欲しいと伝言を頼んだ。

 帰宅した私は、大急ぎでシャワーを浴び、最後の荷物をスーツケースと手荷物に詰め込んで、ガンモと連れ立って、関西国際空港へと向かった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、これを書いている今、私たちは無事にハワイに到着しています。直前まで、いろいろな心配もありましたが、うまく流れてくれました。これからしばらくは、ハワイでの出来事を綴って行きますね。

※少々寝不足のため、睡眠不足を解消できるまでは、掲示板の返信、メールの返信などができないかもしれません。あしからずご了承くださいませ。

※きのう、日本にいる間に、この記事を書いておきたかったのですが、結局、バタバタしていて書けませんでした。記事を書くには、連続した時間が必要ですね。同じ日にもう一つ、記事を書くなど、期待させてしまってごめんなさい。

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2006.08.03

しっちゃかめっちゃか

 昔、「しっちゃか」という名前の男の子と、「めっちゃか」という名前の女の子がいました。二人は幼なじみでとても仲良しでしたが、良く喧嘩もしました・・・・・・。

 いや、今日はそういう話ではない。しっちゃかめっちゃかなのは、仕事である。

 もともと、七月末に納品する予定の製品のリリースが遅れている上に、発注元からテスト(作成したプログラムの評価)が足りないと言われた。作り込んだプログラムは、しっかりテストを行ってからリリースしないと、ユーザの手に渡り、運用に入った段階で不具合が発生すると、大変なことになってしまうからだ。

 しかし、複数の製品がほぼ同時期にリリースされることになっている上に、発注元からの要求も二転、三転してしまっている。製品をリリースするときには、いくつかの文書も一緒に納品することになるのだが、締め切り直前になって、
「やっぱりあの文書が必要なので用意してください」
とか、
「本格的なテストを実施するために、夏休み中に東京に来ることは可能ですか?」
などと、次から次へと無理難題を押し付けて来る。この場に及んで何ということだ。人間を、将棋の駒みたいに扱っている。

 私と一緒に仕事をしている男性社員は、プログラムだけでなく、いくつかの文書も作成しなければならないため、午前二時過ぎまで会社で仕事をしているらしい。電車だと、終電の時間に縛られるので、しばらくの間、バイク通勤に切り替えたようだ。彼は、ここ数日の睡眠不足から、いつ倒れてもおかしくない状態かもしれない。もうすぐ夏休みだ。ゆっくり身体を休ませて欲しい。

 ソフトウェアが世の中に出回るためには、少なくとも、ソフトウェアを使いたい人、ソフトウェアを開発する人、ソフトウェアを売り込む人が必要だ。しかし、それぞれの立場の人たちが、それぞれの言い分を持っている。実は、それらの言い分が激しくぶつかり合うことも多いのだ。今回の場合は、ソフトウェアを売り込んでくれる人たちが、いろいろ言って来ているらしい。こういう状況にもっとも効果的なのは、輪廻転生と同じように、全員がそれぞれの立場を立場を経験し尽くすことだ。そのためだろうか。開発を担当していた人が、売り込む側の部署に出向を命じられることもある。

 仕事でいろいろな人たちと関わりを持つと、力が分散する組み合わせと力を集結させられる組み合わせの違いを実感することがある。納品の日が過ぎても、このようにしっちゃかめっちゃかの状態でいるのは、力が分散する組み合わせと言える。果たして、こんな状況の中で、無事に夏休みを迎えられるのだろうか。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m きのうの記事を気に入ってくださった方がいらっしゃったようです。ありがとうございます。m(__)m 仕事が忙しくてハイになると、ノリが良くなるのかもしれません。睡眠不足なので、お化粧のノリは良くないと思いますが。

※都合により、もしかすると、今夜、もう一度、記事の更新を行うかもしれません。万が一、行わなかった場合は、明日の更新は遅れるかもしれません。

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2006.08.02

一寸の虫にも五分の魂

 仕事中、一匹の蟻がディスプレイの上を這っていた。二階にある私たちのオフィスに、蟻が迷い込んで来るなんて珍しい。私は、仕事の忙しさにかまけて、蟻の姿を確認したあと、そのまま仕事を続けていた。蟻は、どうやら私の向かい側の席の派遣社員の女性のところまで歩いて行ったらしい。彼女は、突然の蟻の登場に驚いていた。その後、彼女は立ち上がり、蟻を団扇に乗せて、一階まで降りて行き、解放したのだ。私は、彼女と気が合うと思った。

 その様子を見ていた日本一の女性が、
「凄い。わざわざ一階まで行ったんですか?」
と感激しながら彼女に尋ねた。
「一階のアスファルトに放して来た」
と彼女が答えると、日本一の女性が、
「じゃあ、蚊も殺さない?」
と彼女に尋ねた。彼女は、
「(殺さずに)手で払う」
と答えた。日本一の女性はますます感動していた。それを横で聞いていた私は、
「私もそうだよ」
と口を開いた。日本一の女性は驚いて、
「じゃあ、ゴキブリも殺しませんか?」
と私に尋ねて来た。私は、
「ウチにはゴキブリがいないからわからないけど、よそでゴキブリを見掛けても何もしないよ。一寸の虫にも五分の魂って言うじゃない?」
と答えた。

 日本一の女性は、虫が怖いと言う。だから、虫を見ると無視できないらしい。私は、
「虫を殺すから怖いんじゃないの?」
と言ってみた。すると彼女は一瞬考えて、
「深いですねえ、それ」
と言った。
「ありがとう。実は私、こういう話が好きなんだよね」
と自分の正体をばらしておいた。日本一の女性は、
「仕事が落ち着いたら、いろいろお話ししましょう」
と言ってくれた。

 同じ日に耳にした、人間以外の生き物にちなんだ話をもう一つ書いておこう。一緒に仕事をしている男性社員が、自宅近くの夏祭りで金魚すくいをしたらしい。夏祭りがお開きになる頃、金魚すくいを主催していたお店は、売れ残った金魚を、夏祭りに来ていた子供たちに無料で配ったらしい。そのとき、主催者は、売れ残った金魚を無理にさばこうとして、小さなビニール袋に、およそ二十匹もの金魚を詰め込んでいたと言う。そんなに詰めてしまっては、金魚が酸素不足で死んでしまう。その光景を目にした男性社員は、「動物に対する愛がない」と嘆いていたのだった。

 私たちは、誰かの生き様を観察しながら、様々な感情を刻んで行く。何が正しいとか正しくないといった感情ではない。あらゆ出来事は、自分が何を選択したいかを思い出させてくれるだめに存在しているのかもしれない。この日の出来事も、いろいろな立場の人たちに、経験として取り込まれて行った。蟻は、彼女の元に歩いて行って、正解だった。きっと、蟻にとっても、アリがたい一日だったことだろう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻(蟻が十)ございます。m(__)m 感謝、感謝であります! 忙殺されつつある日々の中で、心温まる出来事でした。小さな心の動きを見逃さずに生きて行きたいですね。

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2006.08.01

おかえり

 「ただいま」と来たら「おかえり」である。それがバランスというものだ。では一体、何が「おかえり」なのか。それは、「私」である。

 ホットヨガを始めてからと言うもの、本来の「私」を取り戻しつつあると感じている。活発に動き回っていた頃の私は、いくつものホームページを運営しながら、様々な側面からの「私」を表現していた。仕事が忙しくても、休み時間に掲示板のコメントをせっせと書いていた。だから、仕事が忙しくなると、「私の仕事の休み時間は何時何分から何分までと何時何分から何分までなので、掲示板のコメントの返信は、それらの時間帯に書かせていただきます」などと公言していたものだった。

 以前も書いたことだが、230を超えればエネルギー過多と言われているエネルギー指数が、私は293ある。エネルギー指数の説明に書かれているような「私」が、本来の「私」なのだろうと思っている。その「私」は、ここ二年ほどの間、すっかり失いつつあった「私」だ。

 八月に入ってからも仕事は忙しく、帰宅時間はすこぶる遅い。それでも、「私」の時間が極端に少ないからこそ、時間を大切にしたいと思う「私」に次第に戻りつつある。私がずっと仕事を辞めないでいたのも、そんな「私」のパワーを信頼し、活用して来たからだ。

 もう少しで、活気づいていた頃の「私」に戻れるかもしれない。短時間の間に、いくつものことをこなせる「私」に。そんな期待と希望に胸をふくらませながら、最後の追い込み作業に取り組んでいる。これを乗り切れば、待ちにまった夏休みが始まる。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ありがとう、ありがとう、ありがとう! 本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

※またまた更新が遅れてごめんなさい。昼休みに書いていた内容が、クラッシュにより消えてしまいました。トホホでありますよ。

※すみません。記事のタイトルを「おかえり」にするつもりだったのに、「ただいま」と書いて、しばらくおすまし顔でいました。ようやく気がついたので、修正します。ゲラゲラゲラ。

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