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2006.07.18

旋律

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』 の音楽が、意識の中で流れ続けている。印象的な映画を観たあとは、映画のシーンや音楽が心に残ることも多い。今回の場合は、特に音楽が残ったようだ。今の私のように、『チャーリーとチョコレート工場』の軽快な音楽がずっと耳に残っている人も多いのではないだろうか。

 映画音楽は、主ではなく、副として、映画に花を添える。音楽が主であるとは、文字通り、音楽が主役になることである。例えば、映画音楽ではなく、楽器を使った生演奏やCDで鑑賞される音楽などがこれに相当する。音楽が副になるとは、音楽が主役ではなく、脇役であるということである。映画音楽もそうだが、ゲームミュージックもこれに相当する。ゲームという主があり、ゲームミュージックという副が存在するわけだ。

 素晴らしい映画音楽が、映画の感動的なシーンを思い出させてくれるように、素晴らしいゲームミュージックは、ゲームの感動的なシーンを思い出させてくれる。

 私が昔、ドラゴン・クエストにはまっていた頃、す○やま先生の創られるドラクエの音楽が大好きだった。ゲーム中に流れる音楽ばかりでなく、ドラクエの音楽を交響楽団が演奏したアルバムCDも購入し、通勤の途中などに何度となく繰り返し聞き込んでは、ゲームの感動的なシーンを思い出していた。音楽を聞けば、ゲームの主人公がどんな町にいるか、また、どんな戦いをしているかを思い浮かべることができた。

 あるとき、こんな素晴らしい曲を作曲されているす○やま先生と、実際にお会いする機会があった。クラシックカメラの趣味をお持ちのす○やま先生は、私たちが参加している(していた?)クラシックカメラのサークルの会員だったのだ。そのサークルが主催するクラシックカメラの交換会に参加したとき、長い間聞き込んだドラクエのアルバムにサインをいただいた。私にとって、何度も何度も聞き込んだ音楽の産みの親であるす○やま先生にお会いできたことは大きな喜びだった。何度も何度も聞き込んだアルバムだからこそ、サインをいただけた喜びもひとしおだった。そして、例えほんのわずかでも、このアルバムを聞き込んだという熱い想いを、す○やま先生ご本人にお伝えできたことがとても光栄だった。

 別ブログにも書いたことなのだが、まったく別の機会に、す○やま先生と音楽についてお話しさせていただく機会に恵まれた。下手の横好きとは良く言ったもので、私はオリジナルMIDIを制作する趣味を持っているのだが、す○やま先生が作曲されるときも、MIDIの作成環境を母体にされているのかと思い、私自身がMIDIで音作りをしていることもふまえた上で、音の創り方について質問してみたのだ。すると、す○やま先生も、MIDI環境をお持ちだと答えてくださった。 す○やま先生が普段使用されている楽譜作成ソフトにシーケンサが付いているため、作曲された曲をMIDI化されることもあるのだそうだ。私は、ゲームミュージックを愛する人たちが、あのドラクエの音楽をわざわざ耳で忠実にコピーしてまでMIDI化していることを知っている。そういう人たちにとって、す○やま先生が自作されたMIDIファイルは、喉から手が出るほど欲しくなる代物だろうと想像した。

 私はす○やま先生に、作曲の方法について尋ねた。
「最初に主旋律だけを書いて、あとから伴奏を肉付けして行くのですか?」
このように尋ねたのは、私自身の音の創り方がそうだからだ。すると、す○やま先生は、
「オーケストラをやっている関係で、最初からすべての音が一斉に浮かぶ」
とおっしゃった。さすがである。

 す○やま先生曰く、
「絵に例えて言うなら、主旋律は輪郭だけ。全体は色彩」
この言葉は、私にとって、大きなカルチャーショックだった。

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』 の音楽が、私に、過去のす○やま先生との会話を思い出させてくれた。心に残る良い音楽とは、後付けではなく、最初から色彩として成り立っている旋律なのだろう。

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