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2006.07.09

お父さん二号

 二階では、義妹の連れ子たちがテレビゲームをしていた。彼らは小学校一年生と二年生の兄弟だ。年齢が一つしか違わないせいか、弟が兄の名前を呼び捨てにしている。いい関係だなあ、と私は思った。ひねくれたところがなくて、とても素直ないい子たちだった。彼らは、血の繋がりのない義弟にとても良くなついている。私には、義弟が、映画『ネバーランド』のジョニー・デップのように思えた。

 これまで、ガンモの実家の二階には、テレビゲームなど置いていなかった。おそらくだが、テレビゲームを置いたのは、義弟の取り計らいではないだろうかと、ふと思った。義妹との間に血の繋がった子供が生まれ、家族で実家を訪れると、生まれたばかりの子供中心の団欒になってしまう。義弟は、そうした環境の中に、彼らの居場所を作ってあげたかったのではないだろうか。私は、テレビゲームの画面を見つめながら、そんな義弟の優しさに感動していた。

 二人の兄弟は、ガンモのことを「お父さん二号」と言った。彼らが最も親しみを込めて使う「お父さん」という言葉の後ろに、「二号」という称号を添えてくれたのだ。私はうれしくて、彼らを抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、テレビゲームが苦手なガンモは、二階には上がって来なかった。彼らは私に、
「お父さん二号を呼んで来て」
と何度もせがむのだった。私は、ガンモを呼びに階下に降りて行ったが、ガンモはゲームが苦手だと言って、上がって来なかった。ガンモは、テレビゲームで彼らと対戦しなければならないと思い込んでいたらしい。

 それでも、ガンモはガンモなりに、彼らに気を遣っていた。というのも、ハワイのお土産を、既に彼らに渡していたからだ。彼らは喜び、そのお土産を早速開けていた。私は、ガンモが自分からお土産を渡すようなタイプではないことを知っているので、この光景には驚いた。ガンモもまた、姪中心のコミュニケーションを心苦しく思っていたのだ。

 義弟たちが帰ったあと、私はガンモとこの日の出来事について語り合いながら、知らず知らずのうちに涙を流していた。義妹の連れ子たちが、本当にいい子たちだったからだ。彼らが乗り越えて来たであろう苦しみを思うと、兄弟が二人居て本当に良かったと思った。小さいうちに実の父親と離れ、小学生のうちに名字が変わるという経験のない私たちには、到底理解できないことかもしれない。彼らが義弟と出会って本当に良かった。義妹の環境をも取り込む義弟の大いなる決断に、私たちは深く感動した。

 そして、私たちは誓ったのだ。姪に対しては、義父と義母が積極的にフォローして行くだろう。だから私たちは、上のお兄ちゃんたちをフォローして行こうと。そして、次に来たときに、何をお土産に買って来ようかと二人で相談したのだった。

 私は義妹に言いたかった。子供を三人も産んでくれてありがとうと。しかし、面と向かっては言うことができず、「凄い」とか「素晴らしい」という表現しか出て来なかった。義妹ともっとフランクに関われるようになったら、いつか面と向かって言おうと思う。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事を書きながら、そのときの光景を思い出し、ウルウルしていました。田舎で実践するのは大変だったと思いますが、義弟は素晴らしい結婚をしたと私は思っています。こんな回り道をしながら、義妹は義弟に出会ったのですね。

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