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2006年7月

2006.07.31

ただいま

 仕事が忙しく、気分がかなりハイになっている。だから今日は、とびきりハイな記事を書いてしまうかもしれない。

 納品が差し迫っているため、終電一つ手前まで仕事をした。一緒に仕事をしている男性が気を遣ってくれて、
「まるみさん(実際に呼ばれたのは私の名字)、何時くらいまで残れますか?」
と尋ねてくれた。私は、
「終電で帰ると、帰宅時間が午前一時頃になってしまうので、できれば終電の一つ前で帰りたいです」
と答えた。

 彼は、私が帰る時間をずっと気にかけてくれた。同じプロジェクトの他のメンバーも、電車の時間を調べてくれて、そろそろ上がったほうがいいとアドバイスをくれた。ちょうど、車で通勤している他のグループの男性が帰ろうとしているのを見つけた彼は、
「○○(車で通勤している他のグループの男性)に駅まで送ってもらったら、○分の電車に間に合いますよ」
などと言ってくれた。ありがたい提案だったが、私は、
「噂になると困りますので」
などと言って、駅までの送迎を丁重にお断りした。その男性は、社内恋愛で結ばれた奥様が同じ社内にいらっしゃるのだ。ソフトウェア業界は、とにかく社内恋愛が多い。ちなみに、社内恋愛であって、車内恋愛ではない。夜中に駅まで送ってもらったりしたら、同じ社内の奥様に顔向けできないではないか。私のつぶやきに対し、
「大丈夫ですよ、噂になんかなりませんよ」
と誰かが笑いながら答えた。
「えっ? それは、どういう意味?」
と思ったが、既に頭が回り切らなくて、それ以上、突っ込むことができなかった。私は、自分の歩いて最寄駅まで行き、電車に乗った。

 ガンモは仕事が休みだった。ガンモが一日、家に居たというのに、私は何をやっているんだろう。そんなことを思いながら、玄関のドアを開けた。ガンモは、クーラーの良く効いた寝室で、そろそろ寝る準備を整えていたようだ。クーラーをかけて寝室のドアを締め切っているので、私が帰って来たことに気がつかない様子だった。

 いつもなら、いったん寝室に行って、ガンモの顔を見るのだが、汗もかいていたし、何より疲れていたし、私はできるだけ時間を短縮したかった。自宅の最寄駅に着いてから、電話で確認したところによると、ガンモがお風呂にお湯を張ってくれているという。そして、
「俺はもう入ったからね」
などと言った。もう午前一時前だから仕方がない。ガンモも明日、仕事なのだ。

 私は、寝室に行かずに、汗をかいた服を脱いで、そのままお風呂に入った。そして、身体をふいて、歯磨きをして、コンタクトレンズを外して、すっぽんぽんのまま、寝室に向かった。

「ただいま」

 たまにはこんな帰宅方法も悪くない。なかなか色っぽい帰宅じゃないか。

 私は職場で、駅まで車で送ってもらう話が出たことをガンモに聞かせた。そのとき、
「噂になると困りますので」と言ったら、「噂になんかなりませんよ」とぼそっと返されたことを話して聞かせた。ガンモは、深夜に帰宅して、とにかく良くしゃべる私に、
「そんなギャグはいいから、早く寝よう」
と言った。

※皆さん、きのうの記事に反応してくださって、応援クリックをありがとうございます。m(__)m おかげ様で、ほんの少し持ち直しつつあるようです。まだまだ落ち込んだ状態にはありますが。(^^; それにしても、きのうの記事はかなり泣きが入っていました。(苦笑)力強い励ましを、どうもありがとうございます。m(__)m 引き続き、「ガンまる日記」をどうぞよろしくお願い致します。

※既にお気づきのことと思いますが、逆アクセスランキングなるものを設置してみました。これは、特定のページがどのような方法でアクセスされているかをランキングしてくれるサービスです。検索エンジンからたどり着いてくださる方、いつもお気に入りから読んでくださっている方、「精神世界のはなし」からアクセスしてくださっている方など。検索エンジンに入力されたキーワードなども表示されていますので、ご参考になさってみてください。

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2006.07.30

自然には太刀打ちできない

 自宅のお風呂にラジウムボールやラジウム鉱石を持ち込んで入浴するようになってから、三週間余りが過ぎた。現在、ラジウムボールを二キログラム、ラジウム鉱石を二キログラム、それぞれ小さな洗濯ネットに入れて入浴している。しかし、肉体的にはこれといった変化はない。三朝温泉に湯治に出掛けていたときは、およそ一週間で湯あたりの症状が出ていたはずだ。湯あたりの症状が出れば、温泉の効果が現れていることの兆しなのだ。湯あたりの症状が出てからいったん入浴をお休みしたあと、ぐんぐん調子が良くなって来るはずである。しかし、私の身体には、湯あたりのような症状はまったくと言っていいほど現れていなかった。

 これらのラジウムボールやラジウム鉱石からは、本当に微量の放射線が放出されているのだろうか。私は、一体どのくらいの放射線が放出されているのか計測してみようと思い、eBayでガイガーカウンター(放射線の測定器)を落札した。日本でもガイガーカウンターは手に入るのだが、デジタル表記のないものや、デジタル表記はあっても十数万円もする高価なものしか見当たらなかったので、カメラ仲間にアドバイスをもらって、eBayでデジタル表記のものを見つけて落札したのだ。そのガイガーカウンターが、この週末にようやく届いたのである。

 私は、届いたばかりのガイガーカウンターのスィッチを入れ、まずは寝室の放射線量を測定した。値は、0.15μSv/h(マイクロシーベルト/時間)だった。少々高めの値ではあるものの、まずまず自然界の値と見ていいだろう。それから私は、ガイガーカウンターを浴室に持ち込んだ。

 洗濯ネットを通して、二キログラムのラジウムボールの真上にガイガーカウンターを置いてみた。ガイガーカウンターは、ピピピピと連続的な音を発しながら、最高で9.38μSv/hを計測した! ガイガーカウンターは、放射線を検出してカウントアップするときに音が鳴るように設定してあるのだ。ラジウムボールの上に置いただけで、とにかくうるさいくらいの音を発し続けていた。この値は、とにかく凄い。

 続いて、ラジウム鉱石の上にガイガーカウンターを置いて計測してみた。とても不思議なことなのだが、ラジウムボールよりもラジウム鉱石のほうが音が鳴らない。計測値も、1.19μSv/hだった。これは一体どういうことなのだろう? ラジウムボールはセラミック加工されるときに、何か特別な細工が施されたのだろうか。それとも、ラジウムの種類が違うのだろうか。確か、オーストラリアのバドガシュタインというところのラジウム鉱石は、放射線の量が多いと聞いたことがある。このラジウムボールは、それを元に丸く削られているのだろうか。

 今度は、最初に購入した「岩盤のお湯箱」という商品の上にガイガーカウンターを置いてみた。値は、0.54μSv/hだった。この中にもラジウムボールが入っているので、ガイガーカウンターの値が少し上がったのだろう。

 そして、最後に私は、これらを浴槽に入れた上で、浴槽にお湯を張った状態で、浴室内の放射線量を計測してみた。非常に残念なことだが、その結果、寝室とほとんど変わらない値が表示されたのだ。これは一体どういうことなのだろう?

 簡単に言ってしまうと、ラジウムボールやラジウム鉱石そのものには放射線が含まれているが、それらを自宅のお風呂に持ち込んだからと言って、三朝温泉や秋田の玉川温泉のように、ラドンガスが放出されているわけではないということである。私は、ガイガーカウンターの突き付ける値を見て、とにかくがっかりした。

 三朝温泉や玉川温泉は、何年もかけて、ラジウムが溶け出しているのだ。それを、にわかラジウム温泉のように、家庭のお風呂の中に入れたとしても、ラドンガスが発生してくれるわけがない。しかも、ラドンガスは、発生してもすぐに消滅してしまうほどの貴重なガスらしい。

 特に三朝温泉は、下からお湯が湧き出るかけ流しタイプの温泉だ。こういう温泉は、かなり贅沢な温泉なのだそうだ。普通の温泉は、温泉の吹き出し口みたいなのがあって、そこからちょろちょろ熱いお湯が出ている。そういう温泉は、お湯を循環させているらしい。しかし、三朝温泉は、地下から沸き上がって来る源泉をそのまま使っている。だから、贅沢なのだ。

 おそらく、自然界には、そうした絶妙なコンビネーションがあるのだろう。それを、自宅のお風呂でも再現しようなんて、まったくおこがましい。

 玉川温泉の治癒力に注目した人が、「玉川の湯」などという大変高価な湯の花入りの入浴セットを販売しいている。玉川温泉にある北投石(ほくとうせき)という石がラドンガスを発生させてくれるというので、後生大事に木の箱の中に入れて販売さているらしい。十万円近くする。類似品も出回っていて、中には十万円以上の値段がつけられているものもある。

 もしもこれらが単にお湯に入れるだけの商品なら、私の行った実験と変わりのない結果が出ることだろう。高価な買い物をされた方たちには申し訳ないが、人間がどう頑張っても、自然には太刀打ちできない。これが私の出した結論である。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、手を抜いているつもりはないのですが、投票してくださる方の数が減ってしまいました。(^^; そのせいか、ちょっとランキングが落ち込み気味です。もしも応援してくださってもいいという方がいらっしゃいましたら、左上の「哲学・思想ランキング」ボタンをポチっと押してくだされば幸いです。(^^)

※カウンタに不具合があったため、新たなカウンタを設置しました。今日のカウンタ、昨日のカウンタをご覧になりたい場合は、カウンタの数字の上にマウスを当ててみてください。マウスの左下に表示されます。ゆうべ遅くに設置したので、昨日のカウンタは少ないですが・・・・・・。

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2006.07.29

ホットヨガ(三回目)

 今日はホットヨガ(三回目)のレッスンだった。通勤用リュックはロッカーに入らないことを学習したので、お気に入りの手提げカバンに必要なものを詰め替えて出掛けた。

 今回も、新しいインストラクターとご対面した。初めてのレッスンのときに教えてくれたインストラクター同様、若くて淡々とした感じのインストラクターだった。気のせいか、一つ一つのポーズにかける時間が少し長いような気がした。そのため、いつもよりも消費カロリーが多いように感じられた。それにしても、一体何人のインストラクターが控えていらっしゃるのだろうか。

 もともと、ホットヨガを始めたのは、同じ職場の日本一仲の良いご夫婦の派遣仲間の勧めがあったことも手伝っている。実は、先週も同じレッスンで彼女と顔を合わせたのだが、今週も再び顔を合わせることになった。仕事が休みの日に、同じ職場の人と仕事以外の場所で顔を合わせるのは、少々照れ臭いものである。

 三回目のレッスンということもあって、少しずつレッスンにも慣れて来た。相変わらず、レッスン中はものすごい量の汗をかく。レッスンが終わると、Tシャツもズボンも汗でびちょびちょになっている。シャワーを浴びるためにTシャツを脱ごうとすると、Tシャツが汗で身体にべっとりと張り付いてなかなか脱ぐことができない。格闘しながらTシャツを脱ぐと、汗でびっちょり濡れたレッスン着を素早く巾着袋にしまい込み、シャワーを浴びてスタジオを出る。

 少しずつペースがつかめて来たのか、レッスンで感じる疲れが心地良い疲労感に変わっているのを実感した。確か、初めてレッスンを受けた日は、興奮を覚えてしまうほどの疲れを感じていたように思う。三回目にしてようやく疲れを自分のものにできたわけである。

 ホットヨガのレッスンを始めてからは、ピップエレキバンを貼る必要がなくなってしまった。つまり、肩こりを感じなくなったのである。少し前までの私は、磁気ネックレスを付けたり、ピップエレキバンを肩に貼り巡らせていた。それが、まるで嘘のように肩こりから解放されている。また、冷えを改善する漢方薬も飲んでいない。毎朝、十分間、必死に煎じていた漢方薬を飲まなくても、冷えを感じなくなったのだ。

 血行不良は、身体を動かさないでいたことから始まっていたと感じる。しばらくの間、身体を動かして、汗をかくというサイクルから、かけ離れたところで生活していたのだ。それを改善するために、私は鍼灸医院に通っていた。しかしこれは、まったくの悪循環だった。あの頃を思い出すと、不健康の文字が頭に浮かぶ。

 更に気がついたのは、身体を動かして汗をかくと、身体の中の細胞が活性化されるのか、やる気がみなぎって来るということだった。ここ二、三年の間、私をずっと苦しめ続けて来た倦怠感から、ようやく解放されそうな兆しが見えて来た。肉体と精神は密接な繋がりを持っている。おそらくだが、それを密接に繋げているのは、腹式呼吸だ。腹式呼吸で体内に酸素をたくさん送り込むことによって、多くの症状が改善されるのではないかと思う。私は子供の頃から鼻がつまり易く、鼻から息をせずに口で息をすることも多かった。そのため、
「あんこ口を開けている」
などと馬鹿にされたものだった。今になって思えば、
「鼻がつまり易いんだから仕方がないでしょ」
と反発すれば良かったのだ。

 というわけで、私は少しずつ本来の自分の肉体を取り戻しつつある。

 ホットヨガのあとは、休日出勤していたガンモと待ち合わせて一緒に帰宅した。帰宅してからの私は、ホットヨガに持って行くことにした手提げカバンの取っ手が短か過ぎて肩からぶら下げられないので、カバン用のひもを買って来て手提げカバンに丹念に縫い付けた。その様子をじっと見守っていたガンモが、
「いいよ、いいよ。裁縫してる姿がいいよ」
と言った。普段の生活では、意欲を持って裁縫をすることもなく過ごしていたので、私が裁縫をしている姿がガンモにはとても新鮮だったらしい。もちろん、私だって、必要に迫られれば裁縫をすることくらいはある。しかし、意欲を持って裁縫をするということはほとんどなかったのだ。もしかすると、ホットヨガがここまで私を変えてくれたのかもしれない。私は、とにかく、その手提げカバンを肩からぶら下げたくて仕方がなかったのだが、そうした変化をも、ガンモは喜んでくれている。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 細胞が活性化されて来たおかげで、「もっと! ソウルメイト掲示板」の〆のコメントを書くことができました。もうすぐ閉じようとしている掲示板にNew! マークが付いていたのは、そのためです。長い長いコメントでしたが、書いている途中も、集中することができました。もしも私と同じように、ここ最近、パワー不足に悩まされていたり、肩こりや冷えの悩みを抱えていらっしゃる方には、ホットヨガはお勧めです。(^^)

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2006.07.28

砂漠の中のオアシス

 私は最近、骨盤矯正ベルトを愛用している。骨盤が開いていると感じていたので、骨盤矯正ベルトを使ってビシッと締めようと思ったのだ。不思議なもので、骨盤が開いていると、何となくだらだらしてしまう。骨盤を締めると、歩き方も締まって来る。独身の頃から、ダイエット目的で川津祐介さんの勧める骨盤体操を実践していた私は、骨盤には注目していたのである。座るだけで骨盤が締まるという椅子も、通販で購入して愛用している。

 さて、職場でトイレに入ったとき、骨盤矯正ベルトのマジックテープの部分に髪の毛が一本、からみついているのを発見した。私は、その髪の毛を、マジックテープの間からするすると引き抜いた。その髪の毛は、私の髪の毛ではなかった。私のとは違って、黒くて固いガンモの髪の毛だった。

 「ガンモだ!」
と私は思った。一本の髪の毛に、ガンモの魂が宿っていると感じた。私は、その髪の毛に深い愛情を投げかけた。そう言えば、最近、私の仕事が忙しくて、仕事を終えたあと、待ち合わせて一緒に帰宅することもできない。帰宅しても、ほんのわずかの時間しかガンモと接することができない。でも、ガンモは間違いなくここ(髪の毛)に居る。

 私は、ガンモの髪の毛を、お守りのように大事に持っていたい衝動に駆られた。しかし、夫の髪の毛を肌身離さず持っているなんて、まるで、ガンモの肉体が消滅してしまったかのようだと我に返った。そして私は、ガンモの魂の宿った髪の毛を、トイレの汚物入れの中に静かに落とした。

 「砂漠の中のオアシス」などという言葉がある。カラカラに乾いた砂漠の中で、ようやく見つけたオアシス。私にとって砂漠とは、忙し過ぎる仕事であり、オアシスとは、そんな忙しさの中で骨盤矯正ベルトのマジックテープにからみついていたガンモの髪の毛だった。最終的には汚物入れに落としてしまったが、その髪の毛を見ながら、ガンモの分身を大切にしようと思った。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 忙しい毎日の中で、忙殺されつつある大切なことを思い出させてくれる出来事でした。私たちは、何かを思い出すようにできているのですね。

※同じタイトルで、日々の気づき:砂漠の中のオアシスも綴ってみました。こちらは全然、違う内容ですが、よろしければどうぞ。

※本日のカウンタと昨日のカウンタが壊れております。近いうちに何とかします。見苦しくてごめんなさい。

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2006.07.27

筋腫三人娘

 私の職場には、夕方の休み時間が二回ある。一回目は一七時十五分から十五分、二回目は十八時半から三十分だ。もっと遅くなれば、別の休み時間もあるのだが、それはさておいて。一回目の休み時間に、私は一度書き上げた「ガンまる日記」を推敲している。

 いつものように、私が「ガンまる日記」を推敲していると、背後から突然、声がして驚いた。振り返ってみると、かつて、筋腫を小さくするためにホルモン療法を選択していた社員の女性だった。彼女は、
「お借りしてた本を、○○さん(直径十二センチの彼女)に渡しましたから」
と言う。そう、リー博士の『医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の一生の健康を守る! 』『続・医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の健康を守る! 』の二冊を、私は長い間、彼女に貸していたのだ。直径十二センチの彼女と私がトイレで筋腫の話をしているのが、しばらく本を貸していた彼女に聞こえたらしい。そのときに、私の実践している方法が書かれた本をその女性に貸していることを話したところ、本を貸していた女性が気を利かせて、その本を直径十二センチの彼女に回してくれたのだ。しばらく本を貸していた彼女もまた、私と同じ頃に筋腫が見つかり、トイレで顔を合わせる度に、お互い励まし合って来た筋腫仲間だった。つまり、現在の職場には、わかっているだけでも、私を入れて三人の筋腫持ちがいるわけである。筋腫以外には、PMSや子宮にポリープができたという女性もいる。もしかすると、コンピュータ業界は、婦人病に侵され易い職業なのかもしれない。

 それからしばらくの間、筋腫三人娘で筋腫の話で盛り上がった。本を貸していた彼女の口から、やはり、手術をするには半年間ホルモン療法を行い、筋腫を小さくしなければならないこと、夏休み程度の入院期間では済まされないことなどが語られた。私は、直径十二センチもあれば、ホルモン療法で一時的に筋腫を小さくすることから始めたらいいのではないかと言ったのだが、実際にホルモン療法を行っていた本を貸した彼女は、ホットフラッシュの現象が顕著だったので、ホルモン療法はお勧めできないと言った。私は、
「これから先、手術するつもりでいるとしても、半年間も猶予があるんだから、その間に何かできることがあるはずだよ」
と言った。

 すぐには手術できないとわかった直径十二センチの彼女は、子宮筋腫についてもっと知りたいと思ったらしく、私の推薦するリー博士の本を読んでみますと意欲的な姿勢を示してくれた。これから先、直径十二センチの彼女が私と同じ道を選択するかどうかはわからないが、今後、彼女がどのように変化して行くのか、とても楽しみな気持ちでいっぱいである。そう、直径十二センチの彼女は、私と同じ七月生まれの獅子座なのだ。そして、同じ職場で唯一、スピリチュアル系のツボを刺激してくれるありがたい存在でもある。

 夕方の休み時間に「ガンまる日記」を推敲していた私だが、その日に書き上げた記事を早くも修正したい気持ちに駆られていた。ということで、きのうの記事を撤回する意味で、今日の記事を書かせていただいた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 同じ職場に三人も子宮筋腫の女性がいるとは、実に不思議な環境です。私の職場の女性の数は十三人ですので、やはり、四人に一人は筋腫を抱えているという計算は正しいようですね。これだけポピュラーな病気なのに、医学的には切るしか方法がないなんて、反発したくもなります。(^^)

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2006.07.26

知識と経験の敗北

 「夕方の休み時間に食堂に行くなら、ご一緒したいです」
というメールが、直径十二センチの筋腫を抱えた彼女から職場のメールアドレスに届いた。彼女の状況を聞かせてくれたもう一人の派遣仲間が、彼女の状況を私に話したことを彼女自身に伝えたらしい。ここのところ残業続きの毎日なので、夕方になれば、私が社員食堂で夕御飯を食べているのを彼女は知っているのだ。彼女自身も仕事が忙しいので、お互い、仕事帰りにご飯を食べに行く時間はない。だから、夕方の休み時間の三十分を一緒に食堂で過ごすことは、とても有意義なことだと思った。そして、彼女の状況を最初に話してくれた派遣仲間も交えて、社員食堂で夕御飯を食べることになった。
 
 自分の経験して来たことや知識を共有できるときがやって来たことを喜んではいたものの、私は少しがっかりしていた。彼女の状況を最初に教えてくれた派遣仲間にしても、直径十二センチの彼女にしても、過去に、私の状況を伝えてあったはずだ。それにもかかわらず、子宮筋腫という問題がもっと身近なものになるまで、私の話を右から左へと流していたこにがっかりしていたのだ。とりわけ、彼女の状況を私に話してくれた女性は、PMSの症状を抱えている。私の実践している天然のプロゲステロンクリームがPMSの症状にも効果があると言われていることを、以前、私は彼女に話したことがある。しかし、彼女は単にその話を聞いていただけで、私が何故、天然のプロゲステロンクリームを使用しているか、気にもとめなかっようだ。

 夕方の休み時間になり、私たちは食堂へとダッシュした。そして、一緒に夕御飯を食べながら、三十分の休み時間を子宮筋腫の話題で花を咲かせた。

 直径十二センチの彼女は、現在、MRIの検査結果待ちだそうだ。もしかすると、他にも小さな筋腫があるかもしれないと言う。担当医からは、いろいろな方法を提示されたが、どれも一長一短の選択なので、やはり迷ってしまうらしい。それでも彼女は、彼女なりに一生懸命考え、夏休みを利用して筋腫だけを切りたい(筋腫核手術)と考えているらしい。

 私は、直径十二センチもあれば、筋腫核手術を受けるにしても、ひとまず筋腫を小さくしてからになるのではないかと言った。それに、私が過去に医師から言われた入院期間は二週間だったはずだ。それは、子宮を全摘する場合の入院期間かもしれないが。夏休みは、八月五日から十日間だ。果たして、その間に、筋腫のみを手術して、何ごともなかったように夏休み明けに出勤できるものなのだろうか。

 子宮筋腫の手術は、出産経験があるかないかによって、開腹手術になるか、膣からの手術になるかが分かれる。私も彼女も出産経験がないので、開腹手術になる。開腹手術となると、全身麻酔だ。あな、おそろしや。

 直径十二センチの彼女は、これから先、妊娠・出産を望んでいるのだと言う。大きな筋腫に子宮を占領されていると、胎児が育たないので、できるだけ筋腫を切っておきたいと思ったようである。そこで私は思った。私は何故、手術をしないのだろうと。手術が怖いというのが最も大きな理由である。もしかしたら、麻酔から覚めないかもしれない。歯医者さんの麻酔もイヤなのに、全身麻酔なんてとんでもない。私はそう思っている。更に、筋腫ができたら手術すればいいという考えが大嫌いなことも原因の一つだ。悪いところを取っても、病気が治ったとは言えない。いらないものを取ってしまうことよりも、もっと子宮筋腫という病気を知りたい。外科的な手術で取り除くのではなく、自分の身体の中に変化を起こしたい。

 私は、自分の実践して来たことを直径十二センチの彼女に話して聞かせた。年末にラジウム温泉に湯治に出掛けたこと、自宅のお風呂にラジウム鉱石やラジウムボールを持ち込んでラジウム温泉のようにして入浴していること、ジェイソン・ウィンターズティーを愛飲していること、天然のプロゲステロンクリームを生理の周期に合わせて皮膚から吸収していること、女性ホルモンのバランスのこと、環境ホルモンが人体に与える影響のことなどを。

 しかし、直径十二センチの彼女と私は、選択しようとしている道が異なっていると感じた。彼女は、これから先、妊娠・出産を強く望んでいる。だから、子宮をきれいにしておきたいという考えがまず先に立っているのだ。そのために、勇気をもって、辛い手術に立ち向かおうとしている。私はと言うと、手術が怖い上に、子宮筋腫という病気をもっと知りたいと思っている。切ってしまったら、子宮筋腫を知ることはできないだろう。とにかく、直径十二センチの彼女と私は、観点が異なっていた。もちろん、直径十二センチの彼女自身が、子宮筋腫との付き合いが短いこともあるのだが。

 自分の経験して来たことや知識を共有できるのは、同じ道を進もうとしたときにのみ限られるのかもしれない。別々の道を歩もうとしている場合、いくら先行く人であったとしても、知識や経験は役に立たない。私は、天然のプロゲステロンクリームのMLで交流させていただいている子宮筋腫を抱えた人たちのことを思い出していた。どんなものを食べたら筋腫が固くなったか、ノートにつけるようにしているという話を聞かせてくれたことがある。これこそが、子宮筋腫と向き合おうとしている美しい姿じゃないだろうか。私は、このような姿勢に涙が出て来てしまう。プロゲステロン信者の皆さん、一生に頑張りましょう!

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 産婦人科の医師をギャフンと言わせようと頑張っている私と、子宮筋腫があると宣告されたばかりの彼女とは子宮筋腫との付き合い方が異なっていることはわかっているのですが、この話題になると、ついつい熱くなってしまいます。症状や今後の人生の目的などによって、道が分かれるのは仕方のないことですね。 直径十二センチというのは、確かに大きな筋腫であることには間違いないですし。

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2006.07.25

知識と経験の共有

 健康診断で、派遣仲間に子宮筋腫が見つかったらしい。数は一個だけだが、何と、直径十二センチもあると言う。私よりも健康的な彼女に、これほど大きな子宮筋腫が見つかるなんて、とにかく驚いた。私は彼女の状況を人づてに聞いたのだが、現在、産婦人科で再検査をしてもらっている状況だと言う。そう言われてみれば、歩くときに少し痛みのようなものを感じていたと彼女は言っていたそうだ。また一人、私の辿って来た道を歩み始めた人に出会った。しかも、こんな身近な場所で。

 彼女の状況を教えてくれた派遣仲間に、私も子宮筋腫を抱えていることを告白した。かつて私は、彼女に自分の状況を告白したはずだったが、彼女はすっかり忘れてしまっていたようである。私は彼女に言った。
「私は真剣に、○○さん(子宮筋腫を抱えた派遣仲間)の相談に乗れる自信があるよ」
これまで私が蓄積して来た知識や経験を共有できるときがやって来た。それが役に立つのなら、喜んで分けてあげよう。

 おそらくだが、筋腫の数が一個で、直径十二センチもあるのなら、筋腫だけを取る手術を勧められていることだろう。自分は健康だと信じて疑わない状況で検診を受けた者にとって、そのショックは計り知れないものである。唯一の救いは、子宮筋腫は良性のこぶであるということだけである。私は、彼女と同じように健康診断で子宮筋腫が見つかって、地元の産婦人科を訪れたときのことを思い出した。女医さんだったが、
「切るしかないですね」
と、淡々と言われた。何を食べたらこうなるので控えたほうがいいとか、そんなアドバイスは一切なかった。原因がわかっていないのだから、仕方のないことなのかもしれないが、とにかく、筋腫は切ればいいと思っている。子供を産まないなら、子宮は取ってしまえばいいと思っている。日本の産婦人科は、そんな状況なのだ。

 私がこれまでに試して来た数々のこと。ラジウム温泉、ジェイソン・ウィンターズティー、冷えを取るための漢方薬、玄米食、天然のプロゲステロンクリーム。これらのついての詳細を、同じ道を歩み始めた人たちのために、どこかにまとめておきたい。実は、少しずつまとめ始めてはいるのだが、公開はもう少し先になるだろう。更に、筋腫が見つかったという彼女のはなしも直接聞いてみたい。

 以前、少し書いたが、私は現在、自宅のお風呂をラジウム温泉と同等の状況にしている。もともと、「岩盤のお湯箱」という商品を購入したことがきっかけになったのだが、その中に入っていたラジウムボールからラジウム鉱石を入手できるところまでたどり着いたわけである。現在は、ラジウムボールとラジウム鉱石を合わせて二キログラムを、自宅の浴槽で洗濯ネットに入れて入浴している。

 実際、どのくらいのラドンが放出されているのか、ガイガーカウンター(放射線の量を測定する機械)で計ってみようと思い、つい先日、デジタル式のガイガーカウンターをeBayで落札したばかりである。こういうことには多分、女性はめっぽう疎いはずだ。ガイガーカウンターがまだ届いてないので、報告できないが、届いたら計測してお伝えしようと思う。もしも本当に自宅のお風呂がラジウム温泉と同等になっているなら、自宅でもホルミシス効果が充分期待できるというわけである。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 関西地方は、まさしく夏の到来といった感じであります。鳩の記事は、あまり受けが良くないみたいですね。(苦笑)ガンモからも、「俺は、母ちゃんに対してもっと愛情を持って接している。目に涙さえ浮かべているんだからな」などとお叱りを受けてしまいました。(苦笑)

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2006.07.24

母ちゃんの右目

 もう少し鳩のはなしをしよう。前回は、母ちゃんの右目がつぶれかっていたところまでのことを書いたと思う。

 あれから、母ちゃんの目の病気についてネットでいろいろ調べてみたものの、これと言った手がかりらしいものは見つけられなかった。母ちゃんの状況よりも、鳩の糞が人間の人体に良くない影響を及ぼすことばかりがヒットして来る。私が知りたいのは母ちゃんの目の状態を良くすることなのに。

 母ちゃんの目の状態については、私よりもむしろ、ガンモのほうがひどく胸を痛めていた。母ちゃんの苦しそうな鳴き声が聞こえて来ると、ガンモは朝早くから起き出して、ベランダの様子をうかがっていた。また、鳩は夜には鳴かないはずなのに、母ちゃんは夜に苦しそうな鳴き声を上げることもあった。

 右目を失いかけていた母ちゃんは、平衡感覚を失ってしまっているのか、飛ぶのもおぼつかない様子で、一日のうちほとんどを我が家のベランダで過ごすようになっていた。現在のように、雛を温める必要がなければ、昼間は元気にどこかに出掛け、夜もどこか別のところで眠っていたはずだった。目が見えないせいで恐怖が増しているのか、私たちが近づくと逃げるようになってしまった。それでも母ちゃんは、そんな身体に鞭打って、ピジョンミルクを出して雛に餌を与えようとしていた。元気な父ちゃんは、具合の悪い母ちゃんにじっと寄り添っていた。鳩の夫婦は本当に仲がいい。これから先、母ちゃんにもしものことがあったら、父ちゃんはきっと寂しい思いをするに違いないと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいだった。

 母ちゃんの右目は、膜に大きな皺(しわ)ができて、つぶれかかっていた。そう、腐った魚の目のようになりつつあったのだ。私は、ガンモにこんなことを提案した。
「水鉄砲の中に抗生物質の入った目薬を入れて、母ちゃんの右目を目がけて吹き付けてみようか?」
母ちゃんは野生の鳩なので、私たちが捕獲して動物病院に連れて行くわけには行かない。これまで手を出したことのない私たちが、母ちゃんを捕獲するために手を出してしまうと、母ちゃんがショックを受けるのではないかと思ったのだ。そういうこともふまえた上で、ガンモは私の提案に対し、
「でも、そんなことしたら、母ちゃんは相当びっくりすると思うよ。それに、鳩に豆鉄砲なら聞いたことあるけど、水鉄砲なんて聞いたことがない」
と言って反対したのだ。私は、せめて殺菌だけでもしたほうがいいのではないかと思い、水鉄砲が駄目なら、霧吹きの中に黒酢でも入れて母ちゃんに吹きかけてみようと思っていた。しかし、ガンモは母ちゃんは野生の鳩だから、そっとしておいたほうがいいと私の提案を却下した。

 病気の鳩の糞は、人間の人体に良くない影響を及ぼすとネットで知ったので、ガンモはマスクをして、こまめにベランダの掃除をしていた。外に餌を探しに行けない母ちゃんのために、ガンモは母ちゃんにせっせと餌を与えた。右目を失いかけている母ちゃんは、餌箱の中に餌が盛られても、なかなか食べないことがあった。体力が弱まっているのか、餌が見えないのか、わからない。あれほど食欲のあった母ちゃんは、もはや別人、いや、別鳩のようだった。

 そんな状況が数日ほど続いただろうか。ある日、母ちゃんの様子を見ようと、ベランダで休んでいる母ちゃんに目をやると、母ちゃんの右目が元に戻りつつあるのを発見した。私は急いで寝ているガンモを起こし、
「母ちゃんの右目が元に戻りつつあるよ!」
と言った。ガンモはとても驚いていた。そして、自分の目で、回復しつつある母ちゃんの目を確認した。確かに、母ちゃんの目は元に戻りつつあった。自然に治癒して来たのだろうか。これからも、父ちゃん、母ちゃんの仲の良い姿を見ていられると思うと、私たちは、ほっと胸をなで下ろした。

 ガンモは、
「俺の看病が良かったから元に戻ったんだ」
などと自負していた。

 目の回復とともに、母ちゃんは、目が見えるようになったらしく、餌箱に餌を入れてやるとガツガツ食べるようになった。こうして少しずつ、これまでの母ちゃんに戻ってくれることを、私たちは楽しみに待っている。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 鳩の糞には、オウム病などの深刻な病気の要因になる菌が含まれているそうです。そういうものに対する恐れは、自分と他者を区別する心を生み出します。しかし私には、こうした病原菌は、自分と他者を区別する気持ちにつけ込んでやって来るような気がしてなりません。

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2006.07.23

幸せ太りに気をつけましょう

 文月のふみの日に生まれた私は、とうとう四十一回目の誕生日を迎えた。実は、誕生日を迎えた瞬間、私は、最寄駅から自宅までの道のりを自転車で走っていた。そう、ホットヨガのあとで映画を観て、ガンモの仕事が終わるのを待っていたら、そんな時間になってしまったのだ。同じように私の前を自転車に乗っていたガンモが振り返り、
「お誕生日おめでとう」
と言ってくれた。
「え? もう零時過ぎたの?」
と尋ねる私に、
「うん、さっき過ぎたよ」
とガンモが答えた。ガンモと迎える誕生日も、これで何回目になるのだろう。入籍の日が六月だったから、今年で十一回目になる。こうして、一緒に過ごす時間をどんどん積み重ねて行くのだ。やがて、その時間は、親と過ごして来た時間よりも長くなる。

 誕生日と言っても、特別なことは何もないままに一日を過ごした。私たちは毎日が特別な日を過ごしているので、ガンモと一緒に居るだけで、私は言いようのない幸せを感じていた。いつものように、ガンモとハグをした。二人ともお腹が出て来て、ハグをしているときもつっかかる。
「以前よりもフィット感がないよね」
などと言いながら、笑い合った。

 少し前に、私はガンモにこんなことを尋ねた。
「結婚した頃とは全然違う身体になってしまったけれど、ガンモはそれでもいいの?」
すると、ガンモは、
「俺はまるみの外見を好きになったわけじゃないからね」
と言ってくれた。

 ああ、だからなのか。私たちは、結婚してから、ずいぶん太ってしまった。そう言えば、同じ職場の日本一の彼女も、結婚してから九キロ太ったと言っていた。やはり、ご主人さんも一緒に太ってしまったそうだ。ちなみに私たちは、彼女が増えた体重よりも太ってしまった。(^^; 私が思うに、楽ちん夫婦は、幸せ太りの傾向が極端に強い。楽ちん過ぎて、ついついぐうたらしてしまうのかもしれない。ジェットコースターに乗っているほどの運動量がないのである。楽ちん夫婦の皆さん、気をつけよう。

※たくさんのお祝いメッセージをありがとうございました。m(__)m

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。「外見を好きになったわけじゃない」という言葉は、いろいろ考えますね。言葉の取り方によって、肉体に対する甘えが出て来るようにも思いますし、許容されている喜びを感じられるようにも思えますし。

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2006.07.22

ホットヨガ(二回目)

 午前中は、鍼灸治療の予約を入れていたので出掛けて行った。と言っても、ピップエレキバンを外し、漢方薬を飲むのをやめてしまったにもかかわらず、肩こりもそれほどひどくなかったし、下半身の冷えも落ち着いていた。鍼治療を受けながら、既に私の身体には鍼による治療が必要なくなって来ているのを実感していた。

 いつものように、およそ一時間半に渡る治療が終わり、
「次回の予約はどうなさいますか?」
と聞かれたので、
「実は、ヨガを始めたので、時間的にも両立は難しいかと思っています。しばらくヨガに専念してみたいのですが」
と申し出た。身体に対して、受身ばかりではいけないと思い始めたこともあわせて伝えた。鍼灸医院の先生は、私のヨガに対する姿勢ついていろいろ質問を投げ掛けながらも、私の申し出を快く了承してくださった。こうして、私の中で、およそ三年間続けて来た鍼灸治療がひとまず終わった。

 私はその足で、ホットヨガのトライアルコースに出掛けて行った。先週に引き続き、二回目のレッスンである。

 今回のインストラクターは、先週とは違う女性だった。年齢は私と同じくらいだろうか。準備を整えてスタジオに入ると、身体の柔らかそうな女性がヨガのポーズを取っていた。私は、まだレッスンが始まる前からヨガのポーズを取っているなんて、ずいぶん熱心な人だと思っていたのだが、実はその女性がインストラクターだったのである。レッスンの時間外にもヨガのポーズを取るくらいだから、本当にヨガが好きな人なのだろう。私は、いっぺんに彼女のことが好きになった。

 レッスンが始まると、彼女に対する好感は、ますます高まって行った。というのも、先週のレッスンで担当してくださったインストラクターは、何を言っているのか聞き取りにくい部分が多かったのだが、今回のインストラクターは、レッスンを受けている人たち一人一人に話し掛けるようにはきはきと発声してくれたため、彼女から多くのものを学び取ろうという意欲が湧いて来たからだ。もちろん、人を比較するのはあまり好きではないし(自分がされるのも嫌だから)、二回目のレッスンという要因も大きかったには違いないが、私はヨガの基本的なことから外れないレッスンを受けたと実感している。

 ホットヨガということで、今回も大量の汗が出て来た。お水は、八百ミリリットルくらい補給しただろうか。レッスンのあと、シャワーを浴びてロビーに出ると、今回でトライアルが終了したので、入会するかどうかの意志を確認された。私は、迷わず、
「入会します」
と即答した。

 そして、契約書にサインをして、半年間で三十回分の回数券を購入した。この回数券だと、月に五回は足を運ばないと損になる。週末だけでカバーできなければ、仕事帰りに何とか時間を作って出掛けて行きたいものである。

 契約の段階になると、さきほどのインストラクターの女性があいさつをしてくださった。私は彼女に、
「とてもわかりやすいレッスンでした」
とお礼を述べた。彼女は、私の着ていたインドの神様がプリントされたTシャツを気に入ってくださった。レッスン中にも別のインドの神様Tシャツを着ていたのだが、そのことをしっかり覚えてくださっていた。受付に居た他のスタッフの女性も同じように、私の着ていた神様Tシャツに興味を示してくださった。なるほど、ヨガとインドは、切っても切り離せないものなのだ。同じTシャツを職場にも着て行っているのに、興味を示してくれる人はほとんど居ない。声を掛けてくれたスタッフの女性に、インドが好きかどうか尋ねてみると、彼女自身はそれほど好きというわけではないらしいが、こんな話しを聞かせてくれた。
「以前、ここで働いていたスタッフにインドが好きな人がいまして、彼女はアーユルヴェーダを学びにインドに出掛けて行ったんですが、そちらで彼氏ができてそのままインドに残ったんです」

 おそらく、ヨガを実践し続けると、精神的な開拓をも同時に行うことになるのだろう。というよりも、精神と肉体を繋げるパイプのようなものを見つけ出すことが、ヨガ上達のきっかけになるような気がした。

 スタジオをあとにした私は、先週と同じようにテーブルのある場所で「ガンまる日記」を書き上げた。ガンモが夕方から三宮で仕事が入っているというので、ガンモの仕事が終わるまでの時間を利用して、映画を観ることにした。観た映画は、ローズ・イン・タイドランドである。

 映画を観終わると、既に二十二時を回っていた。それでも、ガンモの仕事はなかなか終わらなかったが、待ち合わせをして仲良く一緒に帰宅した。ガンモにホットヨガを正式に申し込んだことを言うと、
「それはいいことだ」
と喜んでくれた。そして、
「そこは体験コースもあるの?」
と私に聞いて来た。どうやらガンモもホットヨガなるものを体験してみたいらしい。
「体験コースはあるけど、女性だけなんだよね」
と私が答えると、
「え? 女性だけなの?」
と、とても残念そうにしていた。おそらく、男女一緒にすると、更衣室を別々に作らなければならないからだろう。ビルの一角にあるスタジオでは、狭すぎるのだ。ガンモも一緒だと、私たちはきっと良きライバルになれるだろうに、そのことが少し残念でもある。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m インストラクターによって、こんなにも感触が異なって来たのは驚きでした。自分だけの世界に留まっているか、自分と他者を繋げようとしているかの違いなのかもしれません。そう言えば、学生のときに、授業に熱心に耳を傾けるのが苦痛になってしまう先生がいたことを思い出しました。教えるのが上手な人は、ハートを掴むのがうまい人なのでしょうね。

※たくさんのお祝いメッセージありがとうございます。のちほど、一人一人にコメントさせていただきます。

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2006.07.21

続・ペシッ

 久しぶりに鳩のことを書こう。以前、書いたのは、生まれたばかりの鳩の雛が、二羽ともカラスに連れ去られてしまったところまでだったと思う。その現場を見ていたわけではないが、その後の父ちゃん、母ちゃんのカラスに対する態度は、自分の子供たちがカラスに連れ去られるのを目の前で見ていたのではないかと思えるほどの怯え方だった。

 雛が連れ去られたことに心を痛めていた私たちは、再び彼らが巣作りしやすいように、ベランダの一角を人工芝生のカーペットで覆ってトンネルを作ってやった。玄関に置いてある台車の下に巣作りを始めてしまうくらいの彼らだから、この一角を見逃さないはずはないだろうと思ったのだ。

 父ちゃん、母ちゃんは、カラスの声にとても敏感になっていた。遠くのほうからカラスの声が聞こえて来るだけで、例え腹ぺこで餌を食べている最中であっても、バサバサバサと飛んで行ってしまうのだ。父ちゃん、母ちゃんにとっては、カラスとの対面がすっかりトラウマになってしまっているようだ。

 私たちの思惑通り、彼らは私たちの用意したベランダの一角に新しい巣を作った。雛を失ってから、半月くらい経っていただろうか。彼らとは毎日のように顔を合わせていたが、どこかに雛を失った悲しみが染み込んでいるように思えた。だから、すぐには巣作りを始めないだろうと思っていたのだ。

 彼らは、ベランダの排水口のところに残っていたかつての巣の一部を再利用したようだった。私は、私たちの用意したトンネルの中に、立派な巣が出来上がっていたので、ガンモが古い巣をそこに運んだのではないかと思い、あるときガンモに確認してみた。
「ベランダの排水口のところに落ちていた古い巣を、新しい巣に運んだ?」
すると、ガンモは驚いて、
「いいや、俺は運ばないよ。まるみが運んだんじゃなかったの?」
と言った。ガンモも新しい巣が立派になって行く様子を観察していて、私が古い巣で使っていた材料を運んで彼らを手伝ったのではないかと思っていたらしい。お互い、同じことを考えていたわけである。

 巣作りが終わり、立派な巣も出来上がったのだが、どういうわけか、母ちゃんはすぐには卵を産まなかった。まだ雛を失ったトラウマから解放されていないのかもしれなかった。巣が完成して数日経ってからようやく、母ちゃんは卵を産んだ。しかし、卵の数は一個だけだったのである。そればかりか、その卵をなかなか温めようとしなかった。とにかく、雛を失ってからの母ちゃんの様子はおかしかった。子供を産んで育てることへの恐怖を感じているようにも思えた。

 それからしばらくすると、母ちゃんは卵をもう一つ産んだ。そして、卵が二つ揃ったところでようやく卵を温め始めたのである。精神的なショックから、卵を産むエネルギーが落ちていたのだろうか。二つ目の卵を確認した私たちは、安心して彼らを見守っていた。

 ところが、どうしたことだろう。数日経って、巣の中をのぞいてみると、つい先日まで二つ揃っていたはずの卵が一個に減っているのである。しかも、殻もない。またしてもカラスに持ち去られたのだろうか。もしそうなら、母ちゃんたちはもっと怯えているはずだ。卵の数が減ってしまったのは、今でも謎のままである。

 カラスに雛を連れ去られてから初めての産卵となったわけであるが、これまでは夕方から朝にかけて卵を温めるのが母ちゃん、昼間が父ちゃんだったのだが、当番が入れ替わっていた。しかし、入れ替わっていたのは最初のうちだけで、次第に元の当番に戻って行ったようである。

 三週間くらい経って、ようやく雛が孵った。その雛は、父ちゃん、母ちゃんの愛情をいっぱい受けながら、すくすく育っている。そろそろ産毛も取れつつあり、餌を自分で食べ始める頃である。

 先日、ガンモがベランダの掃除をしたときに、ウンチまみれになっている巣の中をきれいにしてやりたかったらしい。巣の中に居る雛に声を掛けながら、手の届く範囲でスコップを使ってウンチをかき出していると、またしても雛に、ペシッと叩かれたらしい。ガンモ曰く、
「モリゾーのときとまったく同じパンチだった。鳩の親は、パンチの仕方を雛に教えるのかな」

 私たちのマンションのベランダで誕生したいくつかの小さな命。二羽の雛は、カラスに連れ去られてしまったが、最初に生まれたモリゾーは、父ちゃん、母ちゃんに何度も追い払われながらも、今でもときどき我が家のベランダに餌を食べにやって来る。そして、今、育ちつつある新しい命。彼らは、夫婦仲良しでいつも一緒にいる父ちゃん、母ちゃんから生まれた。彼らに出会わなければ、私は鳩の習性を知らないままだった。一つの存在に注目し続けるということは、いつか表面的な殻を破るものだ。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m きのうの記事に、たくさん応援クリックをいただきまして、とても感謝しています。現在、鳩の母ちゃんは、右目が病に侵され、見えなくなってしまっているようです。動物は、病気や死に対していつも受身ですね。どうしたら目の病気が治るのか、調べてみようと思っています。

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2006.07.20

ありがとう、「もっと! ソウルメイト掲示板」

 五年間続いた非公開掲示板「もっと! ソウルメイト掲示板」が、幕を閉じようとしている。もともと、この掲示板を立ち上げたのは、ソウルメイトに関する話題が非常にデリケートな内容であると判断されたため、クローズドな空間で語り合いたいという想いがあったからだ。そして、実際にソウルメイトに出会った方たちをお迎えして、細々と交流を続けていた。その頃は、公開掲示板は設置していたものの、書き込みもほとんどなかったので、非公開掲示板での密な交流が生まれたのは、ごく自然な流れであったと言える。

 非公開掲示板にして良かったことは、メンバー制のクローズドな空間であるがゆえに、個人情報すれすれのところでの密な交流が実現できたことである。誰が読んでいるかがわかっているという安心感も手伝って、より密な空間を作り上げることができた。その反面、新しいメンバーをお迎えするという局面を迎えると、必ずと言っていいほど誰かの反対があった。これまで重ねて来た密な交流は、クローズドな空間だからこそ実現できたのであり、同じ空間を体験していない新しいメンバーには過去ログを読まれたくないと主張する人も多かったのだ。

 一方、ソウルメイトやツインソウルのはなし、とりわけ、男女の愛のはなしを続けて行くことが難しいと感じた人や、管理人である私と生き方に対する選択が著しく異なっていることが明るみになって来た人たちとの交流は、次第に途絶えて行った。決定的な瞬間がやって来るまでは、何とか騙し騙しの交流が続いて行くのだが、分かれるときがやって来ると、突然、道は分かれる。分かれるときに、対立した人もいれば、いつの間にか交流がなくなってしまった人もいる。ネットの世界においても、リアルの世界においても、いろいろな分かれ道があるという点では変わりがない。

 「もっと! ソウルメイト掲示板」を立ち上げたとき、私は、ソウルメイトに出会った人たちならきっと、男女の愛について、尽きないほどたくさんの愛の物語を聞かせてくれるだろうと思っていた。つまり、私と同じように、男女の愛のはなしが好きで好きでたまらない人たちが集まってくださるものと思い込んでいた。しかし、実際は、ソウルメイトに出会っても、それ以上の親しい関係を築けなかった人たちも多かったのだ。実は、交流が途絶えてしまったのは、そういう人たちが多かった。反対に、長く交流が続いている人は、継続的な男女の愛を体験し続けている人だ。もちろん、私がホームページで表現したり、掲示板で語り合いたかったのも、継続的な男女の愛のはなしであることは間違いない。

 「もっと! ソウルメイト掲示板」に参加してくださった様々な方たちとの交流を通して思うことは、相手が良く見えないままで深い交流を進めて行くべきではないということだった。女性同士は特に、激しい対立には持ちこたえられないようにできている。決定的な一言を発してしまうと、「それなら、交流はこれで終わりにしましょう」ということになってしまうのだ。

 私は、今になって、ツインソウルとの激しいバトルが愛に包まれていたことを実感した。ツインソウルと私には、激しいバトルを何度繰り返しても、いつもいつも、相手をもっともっと知りたいという欲求がお互いの中にあった。ちょっとやそっとのことでは交流を諦めない根気強い姿勢があった。しかし、それと同じ勢いで他の誰かをまくし立てると、その言葉は最後の切り札になってしまうのだ。あんなに激しく対立しても、いつの間にかケロっとしているツインソウルという存在は、何と強烈な関係なのだろうと、私は改めて思った。苦しくてたまらないと思っていたツインソウルとの対話も、私の中で、いつの間にか宝物になっていたことを知った。「もっと! ソウルメイト掲示板」で対立した人たちが、そのことを教えてくれた。わざわざこのようなな形を取ってまで、私にツインソウルとのバトルの大切さを思い出させてくれるなんて、何とリスクの大きい交流だったのだろう。思い出させてくれた人、ありがとう。

 ちなみに、ツインソウルと私は、最近、激しいバトルをしていない。今はお互いにエネルギーが落ちているのだろう。とても穏やかな交流だ。あのエネルギーを久しぶりに感じたいと思うこの頃である。

 「もっと! ソウルメイト掲示板」が幕を閉じようとしているその背景には、私自身の中に、公開掲示板と非公開掲示板の区別をなくしてしまいたいという想いがあったことも否定できない。「もっと! ソウルメイト掲示板」は、ホームページの訪問者が少なかったからこそ成り立っていた掲示板なのだと思う。

 「もっと! ソウルメイト掲示板」で関わってくださった皆さん、本当にありがとう。私に大切なことを思い出させてくれてありがとう。それから、いつまでも根気強く関わってくれているちーちゃん、本当にありがとう。道は分かれても、お互いの進む道に光があることを祈りながら。非公開掲示板はこれでおしまい。長いこと、お疲れ様。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「ガンまる日記」を支持してくださって、本当にありがとうございます。

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2006.07.19

ベストではない選択

 月に一度の定時退社日だった。仕事は切羽詰まった状態にあったが、社員の人たちが残業をしないと言うので、私も十九時過ぎに仕事を上がった。そして、セミナーのために大阪の支社に出掛けて行ったガンモと合流するためにガンモに電話を掛けた。お腹がとても空いていたが、ハワイに出掛けるためのスーツケースも買っておかなければならない。本来ならば、先日の三連休に大阪まで出掛けて行く予定だったのだが、行こうと思っていた日に大雨が降ってしまったため、出掛けられなかったのだ。

 私はとにかくお腹が空いていたが、ガンモと話し合って、一時間半かけて大阪まで出掛けて行くことにした。大阪に着いたのは二十時半くらいだったろうか。もたもたしているとお店が閉まってしまうので、私はYodobashi-Umedaの二階にあるスーツケース売場へと急いだ。ここは、スーツケースの数が豊富なのだ。

 スーツケース売場でガンモと合流すると、私たちは熱心にスーツケースを選び始めた。私が持っているスーツケースはとても古いので、スーツケースを転がすための安定した取っ手が付いていない。確か、付いていたのは、少しアンバランスな引っ張り棒だったはずだ。最近のスーツケースには、どのスーツケースにも、折り畳み式の取っ手が付いている。

 私たちは、閉店までのわずかな間に、どのスーツケースにするか、あれこれ悩んだ。まず、サイズを選択するのにしばらく悩むことになった。最初のうちは、大きなスーツケースを買って、二人で使えばいいのではないかと思っていたのだが、移動のことを考えると、大きなスーツケースを一つだけ買うよりも、中くらいのスーツケースを二つ買って、各々が持ったほうがいいのではないかという結論に達した。しかし、いざ大きさを選ぼうとすると、できるだけ大きなスーツケースを買っておいたほうが今後のためにいいのではないかとも思えて来た。そんなことで迷い始めると、なかなか決断を下すことができなかった。

 結局、大きさは、一番大きなスーツケースよりも一回り小さいサイズのスーツケースに決めた。しかし、ようやく大きさは決まったものの、今度は色で悩み始めた。私が欲しいと思った大きさ、デザインのスーツケースには、二番目に好きな色であるオレンジがなかったのだ。オレンジは、第二チャクラの色でもある。私の最も好きな色は緑なのだが、ガンモもまた緑が好きなので、お揃いのものを買うときは、ガンモが緑、私がオレンジを選ぶことに決めているのだ。しかし、そのデザインのスーツケースには、ガンモの好きな緑もなかった。それでも、閉店時間がひどく差し迫っていたので、デザインの気に入ったそのスーツケースを買うことに決めた。お互い、好きな色は諦めて、グレーと白にしたのである。

 ところが、いざ、お会計の段階になり、店員さんに確認してみると、オレンジならあると言う。私はすかさず、
「じゃあ、白をオレンジに変えてください」
と申し出た。私がオレンジを選ぶと、ガンモの選んだグレーとは少し色合いが合わなくなってしまった。何となく、ベストではない選択のような気がして来た。それでも、購入したスーツケースは、メーカーからの直送になるが、わざわざ持ち帰らなくても自宅に配送してくれると言うので、少しだけ小躍りした。

 売場を離れたあと、ガンモが、
「やっぱり亀のタイプにするんだった」
とボソッと言った。亀のタイプとは、スーツケースの背中の部分が衝撃に耐えられるように黒い蛇腹のクッションになっていて、表の部分が亀の甲羅のようにテカテカ光る緑のコーティングが施されたスーツケースだった。そのタイプのオレンジがあれば、私も迷わずそれに決めたかったのだが、店員さんに確認するまでもなく、オレンジ色はないものと決め込んで、最初から避けてしまったのである。

 私たちのスーツケース選びは、本当にハワイに行けるのかどうか判断できずに躊躇し続けている私たちの気持ちを反映しているようでもあった。しかし、ガンモがハワイに出掛けるときも、かなり躊躇し続けていた。躊躇し続けて出掛けて行った割には、ずいぶん楽しめたようで、結局、ハワイを楽しんで来たガンモの提案で、結婚十周年の旅行をハワイに決めることになったのだった。スーツケースを選ぶときに、ベストではない選択のように感じられたとしても、人生、どんな結果が待っているかわからない。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 選択肢がいろいろあることはありがたいのですが、何ごとも、「これ!」というインスピレーションを感じながら選択して行きたいものですよね。そうでないと、本格的な始まりまでの期間を思い切り楽しく過ごせないような気がしています。

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2006.07.18

旋律

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』 の音楽が、意識の中で流れ続けている。印象的な映画を観たあとは、映画のシーンや音楽が心に残ることも多い。今回の場合は、特に音楽が残ったようだ。今の私のように、『チャーリーとチョコレート工場』の軽快な音楽がずっと耳に残っている人も多いのではないだろうか。

 映画音楽は、主ではなく、副として、映画に花を添える。音楽が主であるとは、文字通り、音楽が主役になることである。例えば、映画音楽ではなく、楽器を使った生演奏やCDで鑑賞される音楽などがこれに相当する。音楽が副になるとは、音楽が主役ではなく、脇役であるということである。映画音楽もそうだが、ゲームミュージックもこれに相当する。ゲームという主があり、ゲームミュージックという副が存在するわけだ。

 素晴らしい映画音楽が、映画の感動的なシーンを思い出させてくれるように、素晴らしいゲームミュージックは、ゲームの感動的なシーンを思い出させてくれる。

 私が昔、ドラゴン・クエストにはまっていた頃、す○やま先生の創られるドラクエの音楽が大好きだった。ゲーム中に流れる音楽ばかりでなく、ドラクエの音楽を交響楽団が演奏したアルバムCDも購入し、通勤の途中などに何度となく繰り返し聞き込んでは、ゲームの感動的なシーンを思い出していた。音楽を聞けば、ゲームの主人公がどんな町にいるか、また、どんな戦いをしているかを思い浮かべることができた。

 あるとき、こんな素晴らしい曲を作曲されているす○やま先生と、実際にお会いする機会があった。クラシックカメラの趣味をお持ちのす○やま先生は、私たちが参加している(していた?)クラシックカメラのサークルの会員だったのだ。そのサークルが主催するクラシックカメラの交換会に参加したとき、長い間聞き込んだドラクエのアルバムにサインをいただいた。私にとって、何度も何度も聞き込んだ音楽の産みの親であるす○やま先生にお会いできたことは大きな喜びだった。何度も何度も聞き込んだアルバムだからこそ、サインをいただけた喜びもひとしおだった。そして、例えほんのわずかでも、このアルバムを聞き込んだという熱い想いを、す○やま先生ご本人にお伝えできたことがとても光栄だった。

 別ブログにも書いたことなのだが、まったく別の機会に、す○やま先生と音楽についてお話しさせていただく機会に恵まれた。下手の横好きとは良く言ったもので、私はオリジナルMIDIを制作する趣味を持っているのだが、す○やま先生が作曲されるときも、MIDIの作成環境を母体にされているのかと思い、私自身がMIDIで音作りをしていることもふまえた上で、音の創り方について質問してみたのだ。すると、す○やま先生も、MIDI環境をお持ちだと答えてくださった。 す○やま先生が普段使用されている楽譜作成ソフトにシーケンサが付いているため、作曲された曲をMIDI化されることもあるのだそうだ。私は、ゲームミュージックを愛する人たちが、あのドラクエの音楽をわざわざ耳で忠実にコピーしてまでMIDI化していることを知っている。そういう人たちにとって、す○やま先生が自作されたMIDIファイルは、喉から手が出るほど欲しくなる代物だろうと想像した。

 私はす○やま先生に、作曲の方法について尋ねた。
「最初に主旋律だけを書いて、あとから伴奏を肉付けして行くのですか?」
このように尋ねたのは、私自身の音の創り方がそうだからだ。すると、す○やま先生は、
「オーケストラをやっている関係で、最初からすべての音が一斉に浮かぶ」
とおっしゃった。さすがである。

 す○やま先生曰く、
「絵に例えて言うなら、主旋律は輪郭だけ。全体は色彩」
この言葉は、私にとって、大きなカルチャーショックだった。

 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』 の音楽が、私に、過去のす○やま先生との会話を思い出させてくれた。心に残る良い音楽とは、後付けではなく、最初から色彩として成り立っている旋律なのだろう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。時間的に余裕のない毎日を送っております。掲示板のコメントへの返信も遅くなりますことをご了承ください。

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2006.07.17

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』

 ゴニョゴニョに失敗したと思っていた映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』だが、他のツールに頼ってみたところ、問題なく観られるようになった。ガンモと二人で観ようと思っていたが、ガンモはお昼寝を始めてしまったので、まずは私が一人で観たあと、今度はガンモと二人でもう一回観ることになった。

 ジョニー・デップ扮するジャック・スパロウは、私が勝手に想像していたような海賊ではなかった。初めての登場にしても、もっと格好良く登場するものだとばかり思い込んでいたのだが、今にも沈没しそうな小さな船に乗って、船内に浸水した水を掻き出しながらの登場となった。どうやら彼は、船を失い、新しい船を物色している最中の海賊らしい。嘘つきで、自分の利益になるように仕向けて行くのだが、どこか憎み切れないキャラクターだ。

 オーランド・ブルーム扮するウィル・ターナーは、子供の頃に、気を失った状態で海の中を漂っているところを、キーラ・ナイトレイ扮するエリザベスのった船に救助される。そのとき、ウィルは、海賊を意味する首飾りをつけていた。大人たちにウィルが海賊だと思われたくなかったエリザベスは、ウィルを保護するために、とっさにその首飾りを彼の首から外し、長いこと預かっていた。この二人はやがて、身分違いの恋をすることになる。

 やがてウィルは、海賊を憎みながら大人になり、ウィルの住む町にやって来たジャック・スパロウと激しく戦うことになる。このとき、お互いに容赦なく戦うことができたからこそ、のちに二人が固い友情で結ばれるようになったのではないかと私は思う。戦いのときに、手加減しなければならないような相手なら、ずっと手加減したままの関係が続いて行くのではないだろうか。ポジティヴもネガティヴも、エネルギーの出所は同じで、状態によって、どちらかに傾いているだけなのだと思う。そして、ラストシーンでは、容赦なく戦った相手との絆が本当に深いことを教えてくれる。私は、今にも絞首刑になろうとしているジャックを助けようと必死になっているウィルの行動に涙が出て来た。そのとき、ジャックと一緒に死ねるなら本望だとウィルは言う。これが、容赦なく戦ったことのある二人の切っても切れない強い絆なのである。

 格式高い英国の海軍と、自由な海賊ジャック・スパロウとの対比が良く描かれている。制服を身にまとった海軍は、たくさんの仲間たちに恵まれてはいるが、上からの命令に従って動くだけで、人間的な繋がりは希薄である。しかし、孤独なはずのジャックを慕う人は多い。ジャックを憎んだり、ジャックの行動にひどく腹を立てたりしながらも、ジャックとの繋がりを絶とうとはしない。そういう意味で、この映画は、ネガティヴな感情を解放する方法を教えてくれている。

  お嬢様のエリザベスが単なるお嬢様でなかったことは、この映画の魅力を一層引き立てている。彼女は愛するウィルを救い出すために命を賭ける。船さえ戻れば、遅れている仲間のことはどうでもいいと思っている海賊たちに、本当に大切なものは何かを思い出させてくれる。

 ウィルもまた、ジャックと組んで、手強い海賊から必死にエリザベスを救い出そうとした。エリザベスの身分にふさわしいとされている男性の目の前で、ウィルがようやく彼女に「愛している」と告白することができたのは、彼女と命懸けの困難を乗り越えて来て、絆が深まったことと、ジャックと一緒に死ねるなら本望だと思ったからこそである。それほどまでの究極的な感情を味合わせてくれる素晴らしい映画だった。この興奮を引きずったまま、第二作に期待したい。

 映画を見終わったガンモは、早速、ジャック・スパロウの物真似を始めた。私は、そんなガンモがかわいらしくて、思わず抱きしめた。私は、穏やかな幸せを感じていた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 激しい感情を交わした相手とは、なかなか切れないものなのですね。(^^)

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2006.07.16

ホットヨガ(一回目)

 ガンモが仕事に出掛けて行ったので、私は以前から行こうと思っていたホットヨガ スタジオ O(オー)-HOTYOGA STUDIO Oに電話を掛けてみた。ここは、派遣会社の福利厚生で、トライアル料金が割引になっているのである。

 ホットヨガ スタジオ O(オー)-HOTYOGA STUDIO Oは、神戸に三宮店と神戸店の二つの店舗を構えている。我が家から出掛けて行くには、三宮店のほうが近いので、三宮店に予約を入れようとしたところ、既にビギナーコースは満員だと言う。しかし、神戸店には若干の余裕があると言われたので、神戸店に出向くことにした。

 ホットヨガは、三八度に保たれた部屋で水分補給をしながら行うヨガである。そのため、1リットル以上のお水を持参することになっている。ただ、お水は、スタジオでも売られているし、初回受講者には、五百ミリリットルのお水がプレゼントされる。他に、着替えの下着と洗面道具、シャワーを浴びたあとに身体を拭くタオル、ヨガのときに着るリラックスウェアなどを持参する。なかなかの大荷物になってしまったが、私はそれらを持って神戸へと出掛けて行った。

 ホットヨガ スタジオ O(オー)-HOTYOGA STUDIO Oの神戸店は、映画館のすぐ隣にあった。何と素晴らしい環境なのだろう。ここに来れば、一日中楽しめるではないか。

 受付で名前を確認され、トライアルの申込書に必要事項を書き込んだ。なかなかハードなヨガらしく、肉体的に受講可能な状態かどうかを丹念にチェックされる。レッスン中に気分が悪くなったときは、いつでも退室できることも教えてもらった。無理をせず、自分の可能な範囲でレッスンを受けていいらしい。

 ロッカー室に案内されると、細長いロッカーがあった。私が持ち歩いているリュックはそのロッカーには入らなかったので、リラックスウェアに着替えたあと、お水やタオルと一緒にリュックもスタジオ内に持ち込んだ。

 スタジオに入ってみると、ムンとした熱気が漂っていた。ガスファンヒーターが点けられ、室内はとても熱かった。スタジオ内では、既にたくさんの受講生たちがスタンバイしていた。ホットヨガ スタジオ O(オー)-HOTYOGA STUDIO Oは、女性専用のスタジオである。中には友人と一緒に参加している人もいたが、ほとんどの人たちが一人で来ているようだった。私は、他の人たちがしているのと同じようにヨガマットの上にバスタオルを敷き、インストラクターが来るのを待っていた。

 レッスンの時間になり、インストラクターが入って来た。私よりもずっと若い女性である。思わず、彼女の美しいボディラインに見とれてしまった。また、良く観察してみると、受講生たちのほとんどが、美しいボディラインを保っていた。

 インストラクターが、
「初めての方はいらっしゃいますか?」
と尋ねると、私の他に数名が手を上げた。初めての人は、全体の四分の一程度だった。

 それからおよそ一時間に渡り、三八度のスタジオの中で、様々なヨガのポーズを取った。一つのポーズをクリアするごとに、水を飲むように指示される。汗がだらだら出るために、ひどく喉が渇くのだ。受付でもらった五百ミリリットルの水は、レッスン開始三十分くらいですっかり飲み干してしまった。

 いろいろなポーズを取りながら思ったのは、私の身体はひどく固いということだった。そして、至るところについてしまっている脂肪が、美しいヨガのポーズを作り上げるのを邪魔していると感じた。私が見とれてしまった美しいボディラインを持った女性たちは、ヨガのポーズを取っている姿も美しかった。彼女たちは、自分の身体との対話が成り立っている。しかし、私はなかなか言うことを聞いてくれない身体と悪戦苦闘しているといった感じだった。

 難しかったのは、片足で立つ木のポーズ。体重に反して足のサイズが二十二センチと小さいため、バランス感覚が悪いのか、よろよろとしてしまい、長く立っていられなかった。また、足の付け根にもう片方の足を添えられないのである。それと、バッタのポーズ。こちらは、筋腫に負担がかかるような気がして、躊躇してしまった。それ以外は、筋腫に負担がかかるようなポーズはなかった。

 ビギナーコースといえども、何から何まで手取り足取り教えてもらえるわけではなかったので、途中で付いて行けなくなることが何度もあった。熟練されたインストラクターの口調がはっきり聞き取れないのである。彼女の口調はリズムを持ってはいるのだが、彼女自身は何度も同じ言葉を発してはいても、初めて彼女の言葉を耳にする私には、一度聞いただけでは理解できないことも多かったのだ。ビギナーコースを何度かレッスンを受けて行くうちに慣れて来るのかもしれないが、こういうところに、私の探している母性が隠されているようにも思えた。

 一時間のレッスンを終え、ロッカー室に戻り、シャワーを浴びた。リラックスウェアは、上下とも汗でビチョビチョだった。心地良い疲れを体験できたと思った。着替えを済ませ、スタジオを出たあと、私はガンモに電話を掛けた。ガンモは、夕方まで仕事が終わらないと言うので、私は時間を潰しながらガンモの仕事が終わるのを待つことにした。

 ヨガスタジオをあとにした私は、テーブルのある場所でノートパソコンを取り出して、「ガンまる日記」を書き上げた。身体に残る疲労感がとても心地良かった。ただ、レッスンを終えたあともしばらくは喉が渇いて仕方がなかった。

 お昼ご飯に、おにぎりを二個しか食べていなかったにもかかわらず、なかなかお腹が空かなかった。玄米食に切り替えてからというもの、一時的にはお腹が空いてたまらない時期もあったが、先日の体調不良のあとから、胃が小さくなったのか、多くの食べ物を受け付けなくなってしまった。これは、なかなかいい傾向かもしれない。

 仕事を終えて合流したガンモに、ヨガで木のポーズがなかなかできなかったことを話して聞かせると、
「じゃあ、鳩の母ちゃんに教えてもらえばいいのに。鳩の母ちゃんは、いつも一本足で立って寝てるから」
と言われた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。ホットヨガは、まだトライアルの段階で、二週間以内にもう一度トライアルコースのレッスンを受けたあと、正式入会となります。回数券やフリーパスの制度があるのですが、一体どれを選択するべきか、迷っています。それと、ヨガの効果を知るために、しばらくの間、肩こりの緩和のために貼っているピップエレキバンを辞めてみようと思います。冷えが改善されるかどうかについても知るために、漢方薬を飲むのをしばらく辞めてみようと思っています。はっきりと効果が現れて来たら、またこちらでご紹介したいと思います。顔から汗が噴き出したせいでしょうか。顔面が赤ちゃんのようなツルツルのお肌になっています。

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2006.07.15

失われた性を求めて

 楽しみにしていた三連休が始まった。ガンモは真ん中の日に仕事が入っていて、初日と最終日だけが休みだ。その初日に、ガンモと二人でゴニョゴニョしている映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』を観ようと思っていた。しかし、何ということだろう。いざ、再生しようとすると、ゴニョゴニョに失敗していることに気がついた。結局、DVDをもう一度レンタルしなければ観られないことがわかってしまった。一部の地域では、この三連休に映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』が先行公開される。しかし、前作を観ていない私たちは、それを観に行くこともできないわけである。

 おまけに、私はクーラーの当たり過ぎでひどく頭が痛く、うんうんうなっていた。お昼に食べたものを全部戻してしまい、ガンモが優しく介抱してくれた。戻したあとは、少し楽になり、夜になるとすっかり元気を取り戻していた。ああ、こんなふうに、せっかくの三連休の初日が台無しになってしまったわけである。ここのところ、本当についていない。何かしようと計画する度に、足止めを食らってしまうのだ。あたかも、じっとしていなさいと言われているかのように。その代わり、一晩で一キログラム以上痩せた。それを思えば、ちょっとだけついているかもしれない。

 元気になった私は、とあるブログに釘付けになった。

オカマだけどOLやってます。

 性同一性障害を抱えている戸籍上は男性の能町みね子さんが綴られたブログである。私は、気に入ったブログを見つけると、すべての記事を一気に読んでしまう。みね子さんのブログも、食い入るようにして、すべての記事を完読させていただいた。彼女(?)の綴る文章には、とても好感が持てる。私の求めている「中性」をみね子さんの中に見出したからだろうか。

 肉体的には男性なのに、ご両親にカミングアウトされた上で、肉体的にも女性になろうとされているみね子さん。スーツを着てネクタイを締めるのが嫌だったというみね子さん。付き合っていた女性に、性器を触られたとき、激しく泣きじゃくってしまったというみね子さん。そんなみね子さんのブログには、肉体的にも少しずつ女性になって行くプロセスが赤裸々に綴られている。女性性が欠けている私は、みね子さんの文章を読みながら、改めて女性性について考えたかった。女性でありたいというのは、一体どういうことなのだろうと。

 ある時期までのみね子さんは、声の低さを気にされていた。声を高くするために、これまでいろいろな苦労をされているらしい。そう言えば、私も声は低いほうだ。声を高くすると、女性性も一緒に高まって来るのだろうか。

 また、みね子さんは、肉体的にも女性に近づくために、女性ホルモンを摂取されているらしい。私も、天然のプロゲステロンを皮膚から補充している者として、とても興味を持った。しかし、副作用をかなり気にされていたので、みね子さんが摂取されているのは、どうやら人工ホルモンらしい。現在は、プロゲステロンのみの摂取だとか。女性ホルモンはバランスが難しいので、肉体的な男性が一から摂取するのはとても難しいだろう。みね子さんは、胸は大きくなくてもいいと書かれているので、エストロゲンを摂取されないのだろうか。エストロゲンを摂取するときは、過剰摂取に注意しなければならないので、そのほうが賢明かもしれない。

 それにしても、私は何故、こんなにもみね子さんに好感を持ってしまったのだろう。私は性同一障害ではないので、みね子さんの苦しみを理解することはできない。男女の愛をずっと大切にして来た私は、特定の男性との熱い恋愛を望んで来た。そして、ガンモと出会い、その願いは叶った。果たして、みね子さんが求めている女性性と、私が探している女性性は同じなのだろうか。求めているものが同じだから、私はこんなにもみね子さんに好感を持ってしまったのだろうか。いや、違う。多分、失ってしまったものを求めようとしているみね子さんの姿勢に、激しく共感したに違いない。現段階では、私は、みね子さんほど本格的に女性性を求めてはいない。だから、失われた性を求めようとする姿勢に共感を持ったみね子さんから、女性性を学び取りたいと思ったのだろう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。みね子さんのブログは、ユニークなイラストもあり、とても読み応えのあるブログです。是非訪問してみてください。さて、私は、体調も回復して来たので、ホットヨガを体験して来ました。明日は、ホットヨガについて書きたいと思います。

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2006.07.14

きらりと光るひととき

 最近の私は、ガンモと一緒に帰宅することもできずに、残業に明け暮れている。今月末に仕上げなければならない仕事がなかなか思うようにはかどらないのだ。ということで、今月末までは、多忙な日々が続きそうである。夕方の休み時間になると、私はガンモに電話を掛け、
「今夜も残業。社員食堂でご飯食べるから」
と言う。唯一ありがたいことは、社員食堂の定食のメニューがなかなかヘルシーだということである。

 そんな毎日が続く中で、仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、いつもならとっくに帰宅しているはずのガンモが、まだ仕事をしていた。ガンモは、
「あと一時間くらいはかかるかな」
と言う。私は、
「ええ? じゃあ、久しぶりに待ち合わせできるね」
と息をはずませながら会話をし、いったん電話を切った。

 それからおよそ一時間かけて、ガンモが仕事をしている最寄駅へと移動した。三連休前の金曜日とあって、電車の中には飲み会帰りのサラリーマンが多かった。ガンモが仕事をしている最寄駅で降りて、ガンモと連絡を取り合いながらガンモを待っていると、やがて懐かしいガンモの姿が現れた。そして、私たちは久しぶりに一緒に自宅の最寄駅に降り立ったのである。

 ガンモとの久しぶりの待ち合わせは、仕事が忙しい中にあって、きらりと光るひとときだった。どうやら、仕事は私たちに、こうしたメリハリを与えてくれているようである。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。更新が遅れてしまい、申し訳ありません。あまりにも暑かったので、自宅でとうとうクーラーを入れたのですが、身体を冷やし過ぎてしまい、不覚にも体調を崩してしまいました。ただ今、回復中です。(^^; 皆さんも、冷やし過ぎには十分ご注意ください。

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2006.07.13

ゴニョゴニョ

 映画『チャーリーとチョコレート工場』のDVDをガンモと一緒に観たとき、ガンモは、映画の中で表現されていたブラックユーモアについて、少々批判的だった。映画を見終わったあと、
「これ、B級映画なんじゃないの?」
などと言い放った。ガンモは、ティム・バートンという映画監督のことも、ジョニー・デップという俳優の知名度も知らなかったのだ。

 それからしばらくして、ガンモと一緒にレンタルビデオショップに足を運んだときのことである。レンタルビデオショップの棚に、『チャーリーとチョコレート工場』のDVDがずらーっと並べられているのを見たガンモは、自分がB級映画などと言ってしまったその映画が、とても人気の高い映画だったことを知って驚いたようだ。

 それからというもの、私が好きなものをどんどん吸い込んで行くガンモは、私がジョニー・デップをひどく気に入り、彼の出演している映画のDVDを頻繁に借りて来るようになると、次第にジョニー・デップに興味を持ち始めた。

 ところで私は、DVDをレンタルすると、ほとんど毎回、ゴニョゴニョする。(注:ゴニョゴニョは、法律では禁止されている行為なので、ここには書けない)しかし、『チャーリーとチョコレート工場』のDVDを借りたときは、ゴニョゴニョしなかった。ガンモに、
「『チャーリーとチョコレート工場』は、ゴニョゴニョしなかったんだよね」
と言うと、ガンモは、
「どうしてゴニョゴニョしなかった? あんな有名な映画なのに」
などと言った。『チャーリーとチョコレート工場』をB級映画扱いしたくせに。

 実は、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の第一作目も、レンタルしてゴニョゴニョしている。しかし、時間がなくて、まだ観ていない。(ああ、ゴニョゴニョの意味が何なのか、ばれてしまった。まあ、いいか。実は、この際だから告白してしまうと、以前、てんちゃんやちーちゃんにお勧めいただいた『ガンジー』も、ゴニョゴニョしてあるのだが、まだ観ていない。)ガンモに、
「もうすぐ第二作が公開されるんだよ。アドベンチャー映画だから、ガンモもきっと楽しめると思うよ」
と言うと、
「一緒に観に行くから」
とガンモが言った。
「じゃあ、その前に、ゴニョゴニョしてある第一作を一緒に観よう」
と私が言うと、
「観るから」
とかなり乗り気だった。今度の三連休の間に、ガンモと二人でゴニョゴニョしている第一作のDVDを観ようと思う。

 こんなふうに、いつの間にか、私の好きなものがガンモの好きなものになっている。ガンモの好きな鉄道も、私の好きなものになった。近いうちに、ガンモが好きになったハワイも、私は好きになるのだろう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。こちらに綴れない二日間、本当にありがとうございました。メンテナンスのおかげで、管理画面へのアクセスが快適になりました。(^^) さて、日本では、この週末は三連休です。皆さんも、有意義な三連休をお過ごしください。

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2006.07.12

情熱

 七月二十二日より公開される映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』のPRのために、ジョニー・デップが来日していた。彼を出迎えるために、成田空港に史上初の三千五百人ものファンが詰め掛けたとか。六本木で来日会見を行ったあと、六本木ヒルズアリーナでジャパンプレミアイベントが行われたそうだ。六本木ヒルズアリーナには、およそ五千人ものファンが集まったと言う。

 私は、ネットで公開されている、成田空港や六本木ヒルズに詰め掛けたというファンの綴ったレポートに目を通した。その方は、ジョニーの来日のために、前日から成田のホテルに宿泊し、早朝から成田空港に出向き、ジョニーの到着を何時間もの間、ずっと待ち続けていたと言う。待っている間も退屈することなく、たくさんのジョニーファンと新たな友情を結びながら、ようやく生ジョニーに会えたことへの感動が綴られていた。

 ああ、わかる。私には、彼女の情熱がわかるのだ。この日と決めたイベントのために、普段からせっせと仕事に精を出し、とっておきの日の仕事を休みにする。そして、わざわざ遠方から、そのイベントが行われる場所へと出掛けて行く。出掛けた先には、同じような情熱を持った人たちが全国から集まって来ている。彼らが理解し合うのに、多くの言葉は必要ない。そして、気がついてみると、いつの間にか全国に友達ができている。

 情熱を注ぐ対象が同じでなくても、私はこのレポートを書いた人と通じ合えるものが自分の中にあることを感じ取っていた。私には、彼女の居場所が見える。彼女の書いたレポートを読みながら、私まで胸が熱くなって来た。同じ熱いもの同士で結ばれた友情。そうした友情が、彼女にとってとても大切なものであろうことが、彼女と言葉を交わさなくてもわかってしまう。

 ただ、こうした情熱にも盲点はある。これは、私自身が経験し、以前、「ガンまる日記」にも書いたことなのだが、スピッツという国民的ロックバンドのライブに出掛けたときのことである。私は、ライブで演奏された曲目を演奏された順番通りにメモに走り書きし、曲名のわからないものに関しては、歌詞を書き留めておいた。そして、帰宅してからCDで正確な曲目を確認しながらセットリストを作成し、その内容をホームページに公開した。MCで語られた内容についてもメモしておいたので、書き留めている範囲で公開した。すると、それを見た、スピッツ好きを名乗る知り合いが、
「まるみさん、ライブを録音されてるの?」
と言って来た。私はムカッと来た。その人は、自分はスピッツ好きだと公言していたものの、ライブに出掛けたり、ファンクラブに入ったり、CDがリリースされるのを待ち望んで購入したりするようなファンではなかった。その人には、好きなアーチストのライブに出掛け、演奏される曲目を順番に書き留めておきたくなるほどの情熱がわからないのだと思い、腹が立ったのだ。しかも、好きなアーチストであればあるほど、録音などという禁止行為をするはずがないのに。

 情熱を持って生きていると、同じように情熱を持っている人とは繋がり易いが、同じような情熱を持っていない人とは、なかなか繋がりにくい。おそらく、情熱を持っている者同士は、同じところが開いているからなのだろう。しかし、片方が開いているのに、もう片方が閉じてしまっていると、なかなか繋がりにくい。開いている者同志が繋がる心地良さを知っているだけに、そこが盲点になってしまうのである。

※ミラーサイトに綴っているにもかかわらず、応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。ああ、本当にありがたいです。この二日間、とても励みになりました。そろそろココログのメンテナンス画面にログインできる頃です。休み時間か帰宅後に、記事を本家に戻しておきたいと思います。本当にありがとう!

※ココログの管理画面にアクセスできるようになりました。二日間に渡るご協力、誠にありがとうございました。m(__)m

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2006.07.11

タイミングに見放される

 健康診断のため、仕事を休んで、朝から三宮に向かった。私が登録している派遣会社では、年に一度、派遣会社指定の医療機関で健康診断を受けることになっている。いつもは、三宮から十五分くらい歩いたところにある健康診断センターのようなところで受診しているのだが、今年から三宮駅に近い医療機関でも受診できるようになったので、駅から近いほうを選んでみたのだ。

 そこは、病院も一緒になっている医療機関だった。三宮駅から近いせいか、いつも行っていたところよりもひどく狭い。しかも、男性の受診者が多い。いつも行っていたところは、婦人科検診を受診できる日を選んで出掛けていたので、女性ばかりだったのだ。そのため、ロッカー室に荷物を預けたあとは、検査着に着替えてウロウロすることができた。今回の場所は、病院ということもあって、ロッカー室もない。そのため、自分の荷物を持って歩き回ることになる。

 他の受診者が多く、レントゲンや胃の検査がなかなか回って来なかった。しかも、この病院には婦人科の先生がいらっしゃらないそうで、乳がんの検診を行うためのマンモグラフィーの装置もなく、また、子宮ガン検診については、近くの産婦人科の病院まで出掛けて行かなくてはならなかった。そうした様々な事情に加え、私は四月に病院で子宮ガン検診をしてもらったばかりなので、今回は乳がん、子宮がん検診を見送ることにしたのだった。

 すべての検査が終了したあと、さきほど撮影した胸部のレントゲン写真と胃のレントゲン写真を見ながら、内科の先生が問診してくださった。いつも行っていたところでは、問診はあるものの、検査の結果に基づいた問診ではなかったので、これについてはありがたいと思った。さすが、単に健康診断を専門に行っている機関ではなく、病院である。

 先生は、胃のレントゲン結果を見ながら、
「ここに映っているのはポリープかもしれませんので、念のため、胃カメラの検査をされたほうがよろしいでしょう」
と信じられないことをおっしゃった。見ると、確かに突起のようなものが写ってはいたが、私には、周りに写っているものと同化しているように思えた。先生が、
「食べ物が飲み込みにくいとか、そういったことはないですか?」
と尋ねてくださったので、
「はい、そんなことはありません」
ときっぱり答えた。

 村上春樹さんが肩こりというものを知らないのと同じように、私は「胃が痛い」という経験をほとんどしたことがない。長い人生の中で、たった一度だけ、「これが胃痛か?」と思えるような出来事があったくらいだ。それも、もう十年も前のことである。そんな私の胃の中に、ポリープができるはずなんかないのだ。私は、先生の勧めを無視して病院を出た。

 胃のレントゲン検査をするため、朝から何も食べていなかったので、検査を終えた私は、ブランチを取った。そこで、「ガンまる日記」を更新した。十四時になれば、「ガンまる日記」の管理画面にアクセス出来なくなってしまうため、私はかなり焦っていた。しかも、メンテナンス直前だからだろうか。管理画面がひどく重たかった。更新できない間のミラーサイトのURLも掲載し、ようやく「ガンまる日記」を更新し終えた。

 せっかくの平日休みなので、本来なら、ホットヨガと岩盤浴を体験しに行こうと思っていた。しかし、あろうことか、月曜日から生理が始まってしまったのだ。健康診断の掟としては、生理期間中は避けることになっている。だから私は、生理の時期を外して健康診断の予約を入れたつもりだったのだが、予定よりも数日早く生理が来てしまったのだ。最近の私は、こんなふうにタイミングに見放されてしまっている。

 その後、ガンモが申請してくれていたパスポートを受け取りに行った。いよいよ来月、結婚十周年のハワイ旅行に出掛けることになっているのだが、こちらも義母の経過次第である。

 ホットヨガも岩盤浴も見送った私は、レディースディだったので、映画を一本だけ観て帰宅した。母性を感じさせてくれる映画だった。

※おおお! ミラーサイトからの更新なのに、ちゃんと本家サイトから応援クリックをしてくださっている方がいらっしゃいます。皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m 元気が出て来ます。(^^)

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2006.07.10

温泉療法への扉

 ガンモの実家に一泊したあと、私たちはこれからのことについて、義母と話し合った。六月に義母の元を訪れたときにも確認したことだが、症例のある大阪の病院に転院することについては、やはり、消極的な姿勢だった。これまでお世話になった地元の病院で治療を続けたいそうだ。今更、病院を変わることはできないと義母は言う。その背景には、今まで義母の病気に取り組んでくださった担当医たちへの恩があると思う。

 担当医のはなしを聞いているのは、義母のほか、義父と義弟だと言う。それを聞いて、私は少し安心したのだった。また、担当医は、義母の症例に対してまったくお手上げ状態というわけではなく、これからも薬の投与を続けるか、手術を受けるかの決断を義母に委ねたと言う。義母としては、薬の副作用も激しく、薬は効いていないようなので、仕方なく四回目の手術を受けるつもりらしい。

 私は、義母に言った。
「手術はもう、今回限りにして、手術をしたら一ヶ月半くらい、温泉に療養に行きましょうか。そのときは、私も一緒に行きたいです」
実は、先月、義母の元を訪れたときも、温泉のはなしは持ち掛けておいたのだ。義母は、おだやかな顔つきで、
「そうやなあ。温泉で療養するのはええなあ」
と言ってくれた。私は、先日下調べした三朝温泉にある病院のことを義母に話して聞かせた。糖尿病の患者を受け入れている病院なので、義母の病気を受け入れてもらえるなら、義父と一緒に入院できるということ、病院内に温泉プールがあることなども合わせて伝えた。そして、空気中に溶け込んでいるラドンを吸い込むことで実現される三朝温泉のホルミシス効果には、古い細胞をどんどん押し出して、新しい細胞を作る働きがあることも伝えた。三朝温泉と同じように、ラジウム温泉で有名な秋田の玉川温泉には、難病を抱えた人が全国からやって来て、旅館の予約も一年待ちだということも伝えた。わざわざ秋田まで出掛けて行かなくても、鳥取県に同じような温泉があるということも伝えた。

 義母が温泉での療養に前向きな姿勢を示してくれているので、近いうちに、義母や義父と一緒に三朝温泉に行くという夢が叶うかもしれない。三朝温泉に行けば、糖尿病の義父も良くなるのだとしたら、こんなありがたいことはない。ただ問題は、義父がウンと言ってくれるかどうかなのだが・・・・・・。それと、私が仕事を離れるタイミングである。

 それとは別に、私は最近、自宅のお風呂にラジウム鉱石やラジウムボールを持ち込んで、三朝温泉のように、浴室内をラドンで満たしている。実際にどのくらいのラドンが放出されているのか、測定してみないとわからないのだが、オークションなどでラジウム鉱石やラジウムボールを売っている人がいたので、購入してみたのだ。だいたい五百グラム単位で売られているので、合わせて一.五キログラム程度のラジウム鉱石を落札し、それらを湯船に入れて入浴している。これで私の子宮筋腫が小さくなるなら、わざわざ三朝温泉まで出掛けて行かなくても、自宅のお風呂が温泉での療養と同じ働きをすることになる。まずは私が試してみて効果があれば、義母にも紹介したいと思っている。

 義母をラジウム温泉に案内するに当たって、私がもう少し調べを進めておかなければならないことがある。それは、悪性腫瘍がラジウム温泉の禁忌症になっているということだ。ちなみに、子宮筋腫は悪性腫瘍ではない。かの有名な玉川温泉もラジウム温泉だが、悪性腫瘍は禁忌症として挙げられているはずである。それにもかかわらず、ガンなどの難病を抱えた多くの人たちがそこで療養し、奇跡が起こっているという数々の事実は一体・・・・・・。この矛盾について、解明することが、私の当面の宿題である。

※温泉療法に関する私のお勧め本
私たちは「やわらぎの湯」でがん・難病を治した―最後の望みを賭けた感動の証言集 (単行本)
「やわらぎの湯」とは、福島県にあるラジウム温泉です。この中に、ラジウム温泉に入り続けて、子宮筋腫がなくなった人のはなしが書かれています。

※先日よりお知らせしていますが、ココログメンテナンスのため、七月十一日一四時より二日間、「ガンまる日記」の参照はできますが、ココログの管理画面んいログインできなくなり、更新できなくなります。その間は、陰陽のはなしという別ブログに書かせていただくことにします。

※ランキングへの投票にご協力くださっている皆さんへ
いつもクリックしてくださって、本当にありがとうございます。m(__)m ランキングへの投票は、この「ガンまる日記」からのクリックでないと無効になってしまいますので、臨時に「ガンまる日記」を綴るサイトにはランキングの投票ボタンを設置しないことにします。もしも、臨時サイトに綴る記事を読んでくださって、「ガンまる日記」を応援してもいいなと思ってくださった場合は、大変お手数ですが、こちらの「ガンまる日記」本家サイトよりクリックしてくだされば幸いです。m(__)m

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2006.07.09

お父さん二号

 二階では、義妹の連れ子たちがテレビゲームをしていた。彼らは小学校一年生と二年生の兄弟だ。年齢が一つしか違わないせいか、弟が兄の名前を呼び捨てにしている。いい関係だなあ、と私は思った。ひねくれたところがなくて、とても素直ないい子たちだった。彼らは、血の繋がりのない義弟にとても良くなついている。私には、義弟が、映画『ネバーランド』のジョニー・デップのように思えた。

 これまで、ガンモの実家の二階には、テレビゲームなど置いていなかった。おそらくだが、テレビゲームを置いたのは、義弟の取り計らいではないだろうかと、ふと思った。義妹との間に血の繋がった子供が生まれ、家族で実家を訪れると、生まれたばかりの子供中心の団欒になってしまう。義弟は、そうした環境の中に、彼らの居場所を作ってあげたかったのではないだろうか。私は、テレビゲームの画面を見つめながら、そんな義弟の優しさに感動していた。

 二人の兄弟は、ガンモのことを「お父さん二号」と言った。彼らが最も親しみを込めて使う「お父さん」という言葉の後ろに、「二号」という称号を添えてくれたのだ。私はうれしくて、彼らを抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、テレビゲームが苦手なガンモは、二階には上がって来なかった。彼らは私に、
「お父さん二号を呼んで来て」
と何度もせがむのだった。私は、ガンモを呼びに階下に降りて行ったが、ガンモはゲームが苦手だと言って、上がって来なかった。ガンモは、テレビゲームで彼らと対戦しなければならないと思い込んでいたらしい。

 それでも、ガンモはガンモなりに、彼らに気を遣っていた。というのも、ハワイのお土産を、既に彼らに渡していたからだ。彼らは喜び、そのお土産を早速開けていた。私は、ガンモが自分からお土産を渡すようなタイプではないことを知っているので、この光景には驚いた。ガンモもまた、姪中心のコミュニケーションを心苦しく思っていたのだ。

 義弟たちが帰ったあと、私はガンモとこの日の出来事について語り合いながら、知らず知らずのうちに涙を流していた。義妹の連れ子たちが、本当にいい子たちだったからだ。彼らが乗り越えて来たであろう苦しみを思うと、兄弟が二人居て本当に良かったと思った。小さいうちに実の父親と離れ、小学生のうちに名字が変わるという経験のない私たちには、到底理解できないことかもしれない。彼らが義弟と出会って本当に良かった。義妹の環境をも取り込む義弟の大いなる決断に、私たちは深く感動した。

 そして、私たちは誓ったのだ。姪に対しては、義父と義母が積極的にフォローして行くだろう。だから私たちは、上のお兄ちゃんたちをフォローして行こうと。そして、次に来たときに、何をお土産に買って来ようかと二人で相談したのだった。

 私は義妹に言いたかった。子供を三人も産んでくれてありがとうと。しかし、面と向かっては言うことができず、「凄い」とか「素晴らしい」という表現しか出て来なかった。義妹ともっとフランクに関われるようになったら、いつか面と向かって言おうと思う。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事を書きながら、そのときの光景を思い出し、ウルウルしていました。田舎で実践するのは大変だったと思いますが、義弟は素晴らしい結婚をしたと私は思っています。こんな回り道をしながら、義妹は義弟に出会ったのですね。

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2006.07.08

家族団欒

 火曜日に、義弟からガンモに、義母に投与されていた薬が効かなかったとの連絡が入った。義母は、薬の副作用で苦しんでいるようだった。どうやら、一ヶ月前に私が調べたことは的中していたようだ。おそらく、今の病院では義母の病気は症例がなく、治療できないのだろう。

 薬が効かないとなると、再び手術が必要になる。となると、この次の手術でもう四回目の手術である。そろそろ年齢的にも体力に限界が来る頃だ。今の病院で手術を受けるのか、それとも、症例のある大阪の病院に転院して手術を受けるように私たちが促すのか。私たちはその判断を下しあぐねていた。大阪の病院に転院するには、義母に、病気の正確な状況を伝えなければならない。それは、とても勇気の要ることだった。

 そんな中で、私は三朝温泉のことを考えていた。三朝温泉には、二つの病院がある。それら二つの病院のホームページを見ながら、私は知らず知らずのうちに涙を流していた。三朝温泉で私が受けて来た自然の恵みのありがたさを思い出したからだ。

 義母が再び手術を受けることはまぬがれないだろう。その手術をどこで受けるにしても、手術後の療養のために、三朝温泉にある二つの病院のどちらかに入院して温泉治療を受けたほうがいいのではないかと思ったのだ。そのときは、私も三朝温泉に同行しようと考えていた。これが、私が仕事を辞める正式な流れに繋がるかもしれないと思い始めていた。そして、これが仕事を辞めるという正式な流れなら、私は仕事からフェイドアウトできるはずだと思っていた。しかし、私の仕事は予想に反して忙しくなってしまったのだ。

 幸い、どちらの病院も、糖尿病の患者を受け入れてくれることになっていた。だから、糖尿病を患っている義父も義母と一緒に入院できる。そう思っていたのだが、残念なことに、どちらの病院も、肝心の義母の病気を受け入れてくれそうな病院ではなかった。しかも、肝心の義母と義父がウンと言うかどうか、まだわからなかった。地元で生まれ育った二人だから、地元が一番いいと言うのは何となく目に見えていた。

 この週末をガンモの実家で過ごそうと決めたのは、義母のお見舞いと、去年結婚したばかりの義弟たち家族に会うためだった。義妹や姪との対面を果たすとともに、義弟たち夫婦に生まれた子供に会わせてもらうことになっていたのだ。

 義妹は、前夫との間に生まれた小学生の男の子二人を連れて義弟と結婚した。そのあたりの複雑な人間模様については、後日綴ることにしよう。

 義母は病院から外泊許可をもらい、一時帰宅していた。病気を抱えてはいるが、寝た切りではなく、普通に歩き回れて家事も十分こなせる状態だ。義父も義母も、孫がやって来たことをとても喜んでいた。まだ一才にも満たない姪は、義弟夫婦や義父、義母の愛情をいっぱいに受けながら、みんなの注目を集めていた。家族団らんの中心は、姪にあった。最初のうち、私はそのエネルギーに包まれていたが、次第にコミュニケーションの取り方に不自然さを覚えるようになってしまった。それは、義妹の連れ子の男の子たちも一緒に来ていたからなのだが。彼らも同じ子供なのに、姪を中心に行われるコミュニケーションに違和感を感じてしまったのだ。もう一つ、姪を中心に行われるコミュニケーションが、直接的でなく、間接的だったからかもしれないが。私はムズムズしてしまい、二階でゲームをしているという義妹の連れ子の男の子たちのところへ出掛けて行った。

 長くなってしまうので、この続きはまた後日綴らせていただくことにしよう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。最近、大殺界の苦しさを実感している毎日です。自分らしさを表現できない、誤解がある、言葉が空回りする、そんな時期を体験するものなのですね。こんなとき、"A friend in need is a friend in deed."という昔から好きなことわざを思い出します。本当に大殺界があるのだとしたら、あと半年。何とかして乗り切りたいです。

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2006.07.07

技術者魂

 今月末納期の仕事が動き始め、再び仕事が忙しくなった。今月いっぱいは、ずっと残業の毎日になるであろうことが予想される。ガンモに飲み会の予定が入っていたこともあって、私は久しぶりに社員食堂で夕食を食べ、残業にのぞんだ。

 ソフトウェアの開発業務は、おおまかに言って、設計→コーディング(プログラミング)→単体テスト→結合テスト→マニュアル作成といったプロセスを辿る。現在はまだ設計の段階で、開発に携わるメンバー三人が集まって、どのような方法でそのプログラムを実現させるかの打ち合わせを行った。

 三人寄れば文殊の知恵とは良く言ったもので、視点の異なる者同士が意見を出し合い、なかなか充実した設計会議となった。六月から体制が変わり、一緒にプログラム開発の仕事をするメンバーが一部変更になったのだが、現在のメンバーは、誰かの欠点をカバーし合える組み合わせだと感じている。

 設計会議に参加し、私の提案に対して、開発メンバーから確かな手ごたえが感じられるとき、私はこの仕事がとても好きだったことを思い出す。普段の私は、自分の仕事が好きかどうかをあまり実感することなく仕事をしている。むしろ、本当に好きなものは他にありそうな気さえしているくらだ。しかし、開発者同士が知恵を絞り出し合いながら設計会議を進めるとき、私の中にある何かが激しく刺激されるのだ。それは多分、技術者魂(ぎじゅつしゃだましい)と呼ばれるものだと私は思っている。

 私の中にある技術者魂は、ホームページの運営においても大いに役立っている。例えば、管理人として、掲示板のコメントスパムをブロックすることに激しく燃える。コメントスパムの中には、時として、アクセスしただけでスパイウェアをインストールしてしまう悪質なサイトの紹介もある。だから、管理人として、技術者として、コメントスパムを野放しにすることはできない。

 私の技術者魂は、ガンモの技術者魂とも繋がっている。私たちはベッドの中で、NAS(Network Attached Storage)のはなしをしたりする。お互いの持っている知識を分け合うことで、お互いの知識が次第に増幅して行く良い関係だ。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ポイントがアップしていると、とてもありがたい気持ちでいっぱいになります。クリックしてくださっている皆さんから、多くのものを受け取っています。本当にありがとう。

※現在、ガンモの実家に居ます。更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

※きのうもお知らせしましたが、ココログメンテナンスのため、七月十一日より二日間、「ガンまる日記」の参照はできますが、更新ができなくなります。その間は、別ブログに書かせていただくことにします。詳細については、後日ご案内させていただきます。

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2006.07.06

女性性を肯定するには?

 苦手なものを好きになるにはどうしたらいいのだろうか。必要性を切実に感じることかもしれない。最近、ふと、そんなことを考えている。

 以前、まるみはスケベなんだよという記事を書いた。その記事を読み返してみると、私は女性同士の密な付き合いが苦手だということが良くわかる。私自身も女性であるはずなのに、女性という一つの性に傾き過ぎている状態が苦手なのだ。かと言って、男性が特別好きなわけでもない。男性についても、男性という一つの性に傾き過ぎている状態は苦手だ。つまり、女性らしい人や男臭い人、女性だけの集まりや男性だけの集まりは苦手だということだ。だから私は、電車に乗っても、女性の匂いがプンプン漂う女性専用車両はほとんど利用しない。香水や化粧品の匂いもあまり好きではないので、あまりに匂いがきつ過ぎると、思わず鼻を押さえてしまうことさえある。

 これから新しい友達を作るのだとしたら、男性と女性、どちらを望むだろう。そう考えたときに、私は、
「男性でも女性でもない存在」
と答えてしまう。これから先、子供に恵まれるとしてもそうだ。
「男性でも女性でもない存在」
を望むと答えるだろう。

 どうやら私の中では、

一つの性に傾いていること = もう一つの性が足りていない

という公式が成り立っているようだ。そして、足りていないもう一つの性を補おうとする。しかし、そのような私を周りから見ると、

女性なのに女性性が欠けている

となってしまうようである。足りていないものを補おうとしている状態ではなく、本来あるべきものがそこにない状態が強調されて映ってしまうのだ。私と同じように、一つの性に傾くことを苦手とする方はいらっしゃらないだろうか。それとも、こんなことを考えているのは私だけだろうか。

 私の場合、人間としての完全な形は両性具有だと思っているところがある。女性とは、そこから男性性が欠けてしまったと考えているのだ。だから、自分が持っているものよりも、欠けてしまったものを一生懸命取り戻そうとしている。しかし、多くの人は、さずかった性を大切にし、時には一つの性に大きく傾く。私との違いは、足して持ち寄るか、一から引くかの違いだろう。

 女性性に傾いている人は、男性性に傾いている人と一緒に過ごすことでバランスが取れる。それと同じように、女性性に傾かない人は、男性性に傾かない人と一緒に過ごすことでバランスが取れている。そういう意味で、男性性に傾き過ぎないガンモと女性性に傾きすぎない私は、とてもお似合いのカップルなのだ。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 自分自身に欠けている女性性を取り戻すには、女性性を好きになることから始めなければと思うのですが、そもそも、一つの性に傾き過ぎることが苦手なので、思わずこんな記事を書いてみました。しかし、全然、解決になっていませんね。(^^; ああ、 苦手なことを克服するにはどうすればいいんでしょう。自分で答えを探して、また発表します。(笑)

※ココログメンテナンスのため、七月十一日より二日間、「ガンまる日記」の参照はできますが、更新ができなくなります。その間は、別ブログに書かせていただくことにします。詳細については、後日ご案内させていただきます。

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2006.07.05

独り

 さて、今日も、掲示板に書き込んでくださったコメントへの返信を書かせていただこうと思う。今回は、少し前に投稿してくださったちーちゃんへのコメントだ。ちーちゃん、「もっとソウルメイト! 掲示板」では、母性愛のこもったコメントをどうもありがとう。

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■No1498に返信(ちひろさんの記事)

ちーちゃんへ

ゆうべ、突然、激しい孤独を感じてしまってね。
そのときに感じた想いを、ちーちゃんへのコメントの中に綴らせてもらおうと思っている。

> >>まるみんへ
>
> こんにちは!
> まるみん、ガンまる日記読んだよ。
>
> 肉体を知ることは大切だと私も思う。
> 深く共感したよ。
> 人にまかせたところで、根本的なことは改善されないもんね。

ありがとう。
うん。家の片付けと同じだと思ったよ。
お金を払えば、ある程度のところまでは、散らかった家の掃除を誰かが請け負ってくれるだろう。
でも、人任せにしてしまったら、家を片付けて元に戻すという大変なプロセスを体験できないまま家が片付いてしまうために、またお金を払えばきれいになるさと、しばらくすると同じように散らかしてしまいそうな気がする。

人任せと言えば、実は今、鍼灸治療を続けて行くことに疑問を感じ始めているところなんだ。
鍼灸治療を受けているとき、私は完全に受身なの。
鍼灸医院の先生も、私が継続的にそこに通うことを望んでいるように思える。
お互いに、相手に対する依存が出来上がっている。
そろそろ私は、自分の足で立って歩いて行く時期なんじゃないかと、受身であり続ける自分との決別を考え始めている。

> 生殖器が病むのは、ストレスと深い関係がある。
> 血流も、ストレスに関係する。
>
> 根本が何かを見つけ・・というか、もう既に知ってるんだろうな。
> ただ、実行しないだけで。そんな気がするよ。

ストレスかあ。
まず、入って来るものがいっぱいで、出て行くものが少なかった。
このアンバランスが、今の状況を産んだと思える。

ストレスなんて、自分ではあまり意識したことがなかったし、誰に対してもおおかたのことは言えるはずの自分だったけれど、いつの間にか、あれも言えない、これも言えない自分になっていた。
いつも、誰かの期待に応えなくてはと思っている自分がいる。

掲示板の運営に関する流れから少しずつはっきりして来たことがあるの。
それは、私には、関わって行きたい対象がはっきりしているということだったよ。
学びのテーマの異なる人をも含む大多数の方たちと関わって行くよりも、男女の愛という共通の学びをベースにして、より突っ込んだ関わりをしたいということだった。
ちーちゃんとの交流も、そうやって温めて来たと思う。

でも、最近の私には、「私はこうだ!」と主張できるものが足りていなかったんだ。
だから、他の人から私を見たときに、私という存在がぼやけてしまってたんじゃないかな。

>>ちーちゃんのコメントはいつも、謎ときパズルのようだよ。
>>ほんの短い表現の中にも、ヒントがいっぱい詰まっている。
>>まるで、あんこのいっぱい詰まった鯛焼きみたいだ。(^^)
>
> あんこ好きだからかなぁ。
> きっと、本音を言ってるからだろうね。^^
> それと、まるみんが言葉を大切にしてるからだ。

ちーちゃんは、あんこ好きなの?
私は、あんこは苦手なのに、どういうわけか、例えに出してしまった。(笑)

本音。うん、それもあるね。
最近、隠すことによって、物事は遅延するということに気がついたよ。
隠さないでいることは、超特急で相手に響くということがわかって来た。

> わたしはね、その他にも、まるみんがかけがえのないものを
> 三朝温泉から受け取ったと思うよ。
>
> まるみんは『独り』を体験したんだ。
> その体験は孤独だっただろうけど、独りで、存在から力をもらう方法を
> 知ったんじゃないかな。
>
> わたしには、まるみんの言葉から
> 三朝温泉の光が見えるもの。

なるほど!
ちーちゃん、今の私はね、三朝温泉という言葉をイメージしただけで、熱い想いでいっぱいになって、涙が出て来るんだよ。
ゆうべも、三朝温泉に関するホームページを見ながら泣いていた。
健康な人にとっては何でもない温泉かもしれないけれど、健康でない私には、三朝温泉のありがたさが身にしみてわかるんだ。
私は、それだけ多くのものを、三朝温泉で受け取ったのだね。
ああ、何だかこれを書いていても、涙がにじみ出て来るよ。

三朝温泉で体験した『独り』。
あの孤独は、本当にどうしようもない孤独だったよ。
ソウルメイトが離れ離れになることの悲劇を、身を持って体験した。
でも、その独りがきっかけになって、自然の恵みを分けてもらえたんだろうか。
私は、それに関してはわからないな。

というのはね、ゆうべ、どうしようもない孤独を感じてしまったからなの。
ガンモは職場の人たちと飲み会で、帰りが遅かったの。
孤独になったのは、それが原因ではないんだけど。

自分がどことも繋がっていないような、そんな孤独感だった。
私にとって、今という時期は、人生で一番の落ち込みの時期だと思える。

一人で家に帰り、真っ暗な部屋の中で自分だけの存在を感じながら、以前、ちーちゃんが言ってた「独りあることの孤独」って、こういうことなのかなと考えてたの。
今の私は、理解者を求めていると思う。
でも、私がこうして「ガンまる日記」に綴っている内容に、一体どれだけの人たちが共感してくれているのだろうと思うと、激しい孤独を感じてしまったんだよ。

夜になればまた会えるのに、朝、夫を仕事に送り出すという孤独。
そんな孤独を知っている人が、一体どれだけいるだろうと思うと、寂しくなってしまった。

また、こうも思った。
例えば仮に、私に子供がいたとする。
例えば仮に、ガンモに万が一のことがあったとして、子供と私だけが残されたとする。
そのときに、子供の存在が、ガンモの不在を埋め合わせてくれるのだろうかと考えていた。
答えはノーだった。

ガンモがハワイに出掛けていたときも、私の孤独は他の何かで満たされることはなかった。
愛する人の不在による孤独は、他の何かで埋め合わせられるものではないというのが今の私の結論だ。
ただ、その孤独を感じ切れば、少しだけ余裕が出て来るのは確か。
三朝温泉にしても、ガンモがハワイに出掛けたときの不在にしても、少しずつ不在の状況に自分が慣れて行く。
そうすると、新しいものを受け入れる余裕が生まれて来るようになるんだと思った。
でも、本当に孤独を感じているときは、何かと繋がる部分が閉じてしまっているために、他とは繋がれないと思ったよ。

>>>>それが実現できると、もはや、隣人が他人ではなくなる。
>>>>そのとき、隣人がヒーラーになるんじゃないのかな。
> >>
> >>ふふ、隣人は自分になるのだよ。^^
>>
>>そう!
>>隣人が自分になるという感覚を、
>>ソウルメイトと一緒に過ごしている人たちは、
>>感じ始めていると思うんだ。
>
> ツインとあきらめずに過ごしている人も、感じてると思うよ。

そうか!
その通りだったね。

ソウルメイトとツインソウルは、「一つ」の概念が違うじゃない?
ソウルメイトは、一つのものを仲良く分け合うけれど、ツインソウルは、二人で持ち寄って一つになる。
でも、どっちも「一つ」だったんだ。

>>それは、自分と区別がつかないとか、相手と境界線がないといった、
>>おかしな感覚から始まるんだけど。
>
> そうそう、それ。

おおお!
この感覚をわかってもらえてうれしいよ。(^^)

> >>見ている場所が違うんだと思うんだ。てんてんさんは、独りなんだよ。
>>
>>ああ、ここらへんの感覚は、私にはわからないなあ。
>>私がガンモと一緒に過ごしている限り(苦笑)。
>
> 三朝温泉に独りで行っていた時、どんな気持ちだった?
>
> ツインと過ごすと、いつも厳しさを感じる。
> 厳しくて愛のある存在。
> それから、独りである自分と「神とよばれるもの」の関係。
>
> 三朝温泉の時のまるみんの状態を読んでいて
> ツインと過ごす私と重なったよ。

確かに、ツインソウルとの関わりは厳しいね。
私もずいぶん鍛えられた。
でも、最近は、穏やかになって来た。
激しく対立してた頃がちょっぴり懐かしいな。(笑)

ツインソウルは、ソウルメイトのように、面での関わりじゃないからか、孤独を感じることが多い。
ツインソウルは何故、面で関われないんだろう。
だけど、本当に根気強い愛だよね。
粘着力の弱い関係なら、とっくに投げ出している。

ソウルメイトは、離れることで、激しい孤独を感じる。
三朝温泉に出掛けた直後は、とにかく寂しくてたまらなかったよ。
でも、ツインソウルは、一緒に居ても孤独を教えてくれるんだよなあ。
本当に厳しい存在だ。

私たちは、孤独を知ると、神への入口を見つけるのかな。

>>一人は孤立、独りは個を意味してるのかな?
>
> 独りは、存在の全てを意味してる。
> 独りでなければ繋がらない。
>
> 独りは、「特別」が消えていくから。

なるほど!
最近、私は、ツインソウルという存在は、ツインソウル以外の存在すべてとイコールだ感じたの。
もしかすると、その気づきとイコールかもしれない。

>>>でも、旅は独り。
>>>一人じゃないけど、立ち向かうのは独りなんだなぁって
>>>私は体験を通して思ったの。
>
> これが、まさに三朝温泉の時のまるみんだとわたしは思った。
> ガンモさんが心にいる。
> でも、湯治場にいて子宮筋腫と対で向き合ってるのはまるみん。
> ガンモさんには、向き合っている時のまるみんを支えることが出来る。
> でも、同じ感覚では向き合えない。

ううん、そうなのかなあ。
「でも、同じ感覚では向き合えない。」というところは、ちょっと立ち止まりたくなる気持ちだ。
これは、肉体が別々に存在しているから、肉体の痛みまでは共有できないことへの諦めなのかな?
確かにそうなんだけど、それを最初から諦めようとしないのがソウルメイトなんだ。
何でも分かち合おうとするの。本当にギリギリのところまで。
分かち合えないことは、二人にとって、悲劇なんだ。

>>私には、これがわからない。(苦笑)
>>自分の経験を通して、独りだとは思ってないんだなあ。
>>独りにさせないのが愛だと思っている。
>
> 孤立させたら愛ではないと思う。
> わたしはね、私をこの宇宙に独りの存在だと気づき
> そういう風に生きられるようになった今
> 唯一、このことに気づかせることが出来た夫を
> 最良のパートナーだと思ってる。

むむむ、私とは逆の学びをしているんだね。
やはり、面の学びと接点の学びの違いを感じるなあ。
面の学びは、面から離れることが孤独になる。
それをベースに考えると、ちーちゃんの言っている独りと、私の言っている独りは別物になってしまうね。
両者は、日常と非日常ほどの違いがあるように思える。

> わたしは、歓喜天のように夫と絡み合ってるよ。
> 魂が熱を持ってね。
> だから、独りを知った。独りは、相対的な存在と混ざる。
> 存在の全てに神聖を感じられるんだ。

うんうん、想像できる。(^^)
こんなふうに絡み合っていることを、ここで公言できるちーちゃんが大好きだ。
「魂が熱を持って」という表現もいいなあ。
私にも、その感覚がわかるよ。(^^)

そうした絡み合いの中で、自分という個が存在のすべての中の一つであることを実感するんだろうな。

> まるみんの想像する独りとは多分違う意味だと思うよ。
> 愛に感動して震える独りだ。^^

うん、違うね。
私の独りは閉じているけれど、ちーちゃんの独りは、開いている。

ちーちゃんの独りは、私の感じている独りの裏側にあるものだ。
コンピュータの世界に、補数という概念があるの。
まさしく、裏側という意味なんだ。
持っている情報を反転させるの。
でもね、もともとの情報に、裏側の情報を足すと、足りてないものを足すということだから、完全になるの。

>>でも、地球は丸いから、
>>独りにさせるのも愛で、独りにさせないのも愛でいいんだ。
>
> 本当のところ、孤立なんてありえない。
> 心がそう決めたら別だけどね。

どんな相対的関係の影響も受けない強い意気込みが感じられる。(^^)

>>>言葉が波動を持っている。
>>>魂の言葉がでてきてるね!!^^
>>
>>そう感じてくれたのかあ。
>>どうもありがとね。
>>でも、実はあのあと、すぐにまたダウンしちゃった。(^^;
>
> 言葉を失ってるんだね。
> まるみんが、話したいようなことがきっとあまりないのだろう。
>
> 男女の愛も、辛い事ばかりだものね。

そういう意味で、これまで掲示板に参加できなかったわけではないんだよ。
辛い男女の愛でも、根気強く乗り越えて行こうとするエネルギーを感じられるような男女の愛は素晴らしいよ。(^^)

> セックスの時、わたしは夫と見つめあう。
> クライマックスも、見つめあう。
> 瞳には力がある。
> 一緒に昇る鍵を持ってる。
>
> 愛は、することじゃない。
> もうそこにあるものを感じきることだよね。
>
> 私たちは忘れているけれど、愛はいつでもそこにある。
> 思い出させてくれる人は数少ないけれど・・。^^

私たちのセックスも、ずっと見つめ合うよ。
お互い、その瞬間がもったいなくて、目なんかつぶっていられない。(笑)
見つめ合っているその瞬間を、魂に刻み込んでいる。
来世で再会したときも、ガンモを思い出せるように。
相手の真剣な瞳を見つめていると、涙が出て来るよね。
それで、私は良く泣いている。
だから、決して欲望には走らない。

私も、「するセックス」は、違うと感じてしまう。
映画のラブシーンでも、私の知っているセックスシーンをずっと探している。
でも、なかなか見つからないね。

そんなセックスのはなし、もっとしたいよねえ。(^^)

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ココログの投稿画面からの投稿ができず、更新が遅れてしまいました。今回は、メールからの投稿にチャレンジしてみました。(^^)

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2006.07.04

ゆるゆる食改善

 今日は、掲示板に書き込んでくださったてんちゃんへのコメントを書かせていただこうと思う。

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■No1555に返信(てんてんさんの記事)

> ■No1551に返信(まるみさんの記事)
>
>> てんちゃんへ
>
>> てんちゃんの書き込みに便乗させてもらって、現在の状況をお伝えさせてもらう
>
>>私たちの食生活や自宅の汚さが、ガンモや私の健康状態に反映されていると、お叱りを受けていたんだ。
>>そのお叱りがね、ものすごいエネルギーに包まれていた。
>>自分でも目を覆いたくなるほどの状況をさらされていたんだけど、
>>頭ごなしに否定されるのではなく、上から見下すのでもなく、
>>導くというエネルギーだった。
>
>> 私は、すごい人たちと出会ったと思ったよ。
>
>> 最初のうちは、反発したい気持ちでいっぱいだったの。
>>でも、本当に愛に溢れている書き込みっていうのは、
>>例えそれが目を覆いたくなるほどの描写であっても、
>>何度でも読み返したくなるような書き込みなんだね。
>
> そうだね。
> 読んでいて、親子みたいだと思ったよ。
> 子供がまるみんね。(笑)

ああ、エネルギーを感じ取ってくれていたんだね。
ありがとう。
確かに親子で、私が子供だな。(苦笑)
でも、本当は、子供になるのも親になるのも苦手なんだ。
人に弱いところは見せたくないし、包み込むような愛情も持ってないし。(苦笑)

こんなふうに叱ってくれることが母性なのかなあ。
私は、こんなふうに誰かを叱ることができるんだろうか。

ちーちゃんがね、母性(女性性)を取り戻すようにアドバイスしてくれたの。
だから私は、母性とは何か、女性性とは何かについて考えているところ。

確か、はづきさんのブログにも書かれてあったけど、
女性生殖器の疾患って、女性性の否定から来ていると言われてるじゃない?

思えば私は、いつどんなときも誰かと対等でいたかったんだよ。
だから、学校の先生には向かないと思った。
子供を持つことに対して消極的な姿勢を取っているのも、そうした要因も含まれていると思う。
同じ力を持った者同士が刺激し合いながら切磋琢磨できる環境には憧れるけれど、対等じゃない付き合いはずっと苦手だったんだ。
今でも苦手なんだけど。(苦笑)

きのう、仕事の帰りに子犬を見掛けて、コミュニケーションを取ろうとして思わずしゃがんだんだけど、それが母性かな?
相手に動いてもらうんじゃなくて、自分が動くということ。

>> まあ、簡単に言うと、仕事を辞めて、家をちゃんと片づけて、
>>ガンモと二人で健康的な食生活を送るように改善すべし、ということだった。
>
>> 私は、できることから始めてみようと思っている。
>
> うんうん。
> そうだね。
> 仕事を続けても、家の片付けはできるかもね。
> 風を通していく作業は、必要な気がする。
> まるみんのように、自開症の人は、特に必要なのかもね。(笑)

あははは。自開症(じかいしょう)かあ。
うれしい響きだ。(笑)

仕事を持っていても、少しずつの片付けならできるよね。
まずは、要らないものの整理から始めているところ。
実は、この件が起こる少し前から、ガンモが家を少しずつ片づけ始めていたんだ。
まだ、整理整頓というよりも、不要なものを処分しているという段階だけどね。
どういうわけか、我が家は、ガンモがチェックしたものでないと捨てられないことになっている。(苦笑)
整理整頓は、まずは不要なものを処分して、スペースを確保してからだな。

てんちゃんのエネルギーが落ちていた頃、家の中のどこに何があるかわからなくて、いつも探し回っていたと書いてくれていたよね。
家は、住む人の状態をそのまま反映するのかなあ。
今まで、あんまり認めたくなかったことだけど。(苦笑)

> 少し自分への時間を大事にすべし・・というところなのかな?
> まるみん自身のことを後回しにして欲しくないんだろうなあ。
> みんなまるみんが好きなんだね。

自分への時間ねえ・・・・・・。
これまであまり意識したことがなかった表現だよ。
自分への時間って何だろう。
自分を大切にする時間?
えっ? 私自身のことを後回しに?
ああ、なるほど!
確かに、そういうことはずっと後回しにして来た気がする。
そうか! わかったよ。
てんちゃん、気づかせてくれてありがとう。

>>ただし、今はまだ、仕事を辞める時期ではない。
>
> うん。そこでの学びは終わっていないみたいだものね。

うん。
実は、まだ公開はできないけど、これに関しては、新たな大きな流れがあるの。
いろいろな要因が複雑に絡み合いながら、必要な学びが目の前に形として現れるのだなあと実感する毎日だよ。
バラバラのものが少しずつ同じ方向を向いて来て、一つの方向に向かい始めるんだね。
バラバラの状態のときは、単なる候補に過ぎないんだ。
その状態では、ストーリーは出来上がらない。

>>>だから、私は・・・気にならないんだ。
>>>まるみんの書いていた 差別 という感覚が分からなかったかなあ。
>>>もしかしたら?私は鈍感なのかしら?(笑)
>
>> そうか。ありがとう。
>
>> あちらの掲示板で語られていることは参照できないのに、
>>こちらで語られていることは読めるわけだから、
>>ついつい、差別という言葉を使ってしまったよ
>
> ははは。(笑)
> そこにあるのは、差別じゃないよ。
> 非公開・公開という区別だけだ。
> そこには、そこにしかないものが存在するから、いいんだと私は思うよ。

なるほど! 差別と区別かあ。
てんちゃん、いつもいいこと言うなあ。
いやあ、マイッタ。

差別というと、意図的にピシャッと戸を締めているような感覚だったね。
区別というと、単に区分が違うだけの柔らかい感じかな。
でも、ほんとにピシャッと戸を締めているけどね。(苦笑)

>>>テストのつもりで書き込みしてみました。
>>>書き込みできない間、私用でとても忙しくてね。読むことしかできなかったから、
>>>ちょうど、よかったんだ・・(笑)
>
>> そうか、ちょうど良かったのかな?
>
> そうそう。私にはね。(笑)
> なんでも、ちょうどいいんだって。(爆)

あははは。
ある意味、宇宙の法則を信頼した受身の生き方だね。

> 食改善をし始めたまるみん、
> とにかく、何かを変えるとバランスは崩れるから・・
> あせらないでね。
> 今まで、違う支点でとっていたバランスが、崩れると体も少し崩れる。
> 支点を大幅に移動することは、体がついていかない時もある。
> 排毒が、ガーっと出てくるときもあるしね。

ありがとう。
先行く人からアドバイスをもらえるのは、とっても心強いよ。
うん、今のところ、焦ってはいないと思う。
お食事中の方には申し訳ないんだけど、排毒がガーっと出て来ているのか、確かにお通じは頻繁にあるね。
おかげで、少しだけ体重が減ったよ。
まあ、ほんの少しだけだけどね。(苦笑)

> 私のような、ゆるゆる健康食生活でも、砂糖を減らした時には
> 体が甘みを求めて仕方なかった。
> 玄米食べて、そのあとチョコレートを食べていたりした。
> 一気に食事を変えた反動だった。その後寝込んだし・・。
> それで、私はゆるゆる食改善することにしたんだ。
> 玄米が苦手だった家族も、徐々に玄米になじんでくれている。
> 今は玄米:白米=7:2 それにパンが1くらいの割合かなあ。

そうかあ。
確か、「愛に関する掲示板」でも、そんなことを書かれていたよね。
寝込むほどの反動を体験しちゃったから、ゆるゆる食改善なんだね。
ダイエットと同じで、無理に節制すると、反動が来るのかもね。

私は今のところは大丈夫なんだけど、一つだけ、難点があるの。
お昼のお弁当のカロリーが少ないのか、仕事が終わる頃、やけにお腹が空いてしまうんだよ。
私はもともと、間食はしない主義なので、晩御飯を食べるまでに何か食べて空腹をしのぐということができないんだ。
だから、家に帰るのが、とにかく待ち切れない。
まあ、いろんな意味で待ち切れないんだ。(笑)

ところで、てんちゃんは、どうして玄米食に切り替えたの?
やはり、健康管理のため?
海外に住んでいても玄米が手に入るなんて、素晴らしいことだね。
それだけ健康を気遣う人が多いということかな。

> とにかく、バランスが崩れることも予想されるので、ゆったりゆったりね。
> 体の冷えを改善するときに、長時間のぬるま湯につかっているみたいだね。
> 塩気が体から出ないように、一つまみの塩を入れるといいよ。

ありがとう。
確かに、ぬるま湯に長くつかると、顔から汗がダラダラ出て来るよ。
今は、お風呂の中で漫画を読んでる。(笑)
そうか、汗をいっぱいかくから、塩分の補給が大切だったんだね。
冷えを克服するサイトにも、塩分は大切だと書かれてあったよ。
貴重なアドバイスどうもありがとう。

> それから、もう知っていると思うけど
> 夏場の冷たいものは、控えるといいよね。秋から冬に疲れが出るから。
> できれば、ぬるいものを。
> 果物も食べ過ぎると体を冷やすものも多いからね。

うん、本当にその通りだね。
私も体験してみてわかった。
冷たい飲み物を取ると、すぐに腰が冷えるもの。
考えてみれば、腰って、第二チャクラの入口だった。
多分、パワー不足なのも、第二チャクラが閉じているからだ。
何とかして、ここを活性化してやらないとね。

ガンモがね、いまだに冷たい飲み物や果物を好んで摂取してるの。
あれをやめてもらうにはどうしたらいいか、悪戦苦闘中。(苦笑)
アイスクリームも大好きみたいだし。
やっぱり、本格的な冷えを体験して身体をいじめてしまわないと、改善できないのかもしれないなあ。

> 私も浅い知識だから、誰かにアドバイスできるとは思わないけど・・。
> まあ、ゆるゆる てんてん の言うことだから、適当に聞いておいて!(笑)
>
> まるみんの体はまるみんのもの。まるみんが大切にしてあげれば
> きっと体も喜ぶよ。

てんちゃん、本当にどうもありがとう。
うん、私もできる限りゆるゆるで行くよ。

これまで、自分の身体が喜ぶなんて、考えてもいなかったよ。
私の身体、本当に喜んでくれるだろうか?
実は、今でも半信半疑だ。(苦笑)

これからも私は、てんちゃんの影響を多分に受けて行くと思う。
ヨガは、ホットヨガだけど、割引券を手に入れたの。
そしたら、ヨガのはなしもしようね。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。ここのところ、ちょっとダウン気味だったので、とっても励みになっています。本当にありがとうございます。m(__)m 初心、忘るるべからずですね。

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2006.07.03

待ち切れない

 玄米がなくなってしまったので、職場近くのダイエーに寄り、玄米と野菜を買い込んだ。玄米は、現在、オークションで入札中なのだが、落札までまだ日にちがあるので、落札できるまでの繋ぎのために購入した。買い物を終えて、ガンモが仕事をしている三宮まで移動すると、既に二〇時を回っていた。ガンモに電話を掛けてみると、仕事が終わるには、もう少しかかると言う。これから家に帰れば二十一時前には家に着くだろう。ガンモの帰りを自宅で待ちながら、ご飯の支度を整えるか、それとも、このままガンモの仕事が終わるのを待って、一緒にご飯を食べて帰るかどうか、悩んでいた。

 結婚したての頃、私は自宅から一時間以上かけて、大阪方面の会社に仕事に出掛けていた。通勤時間だけで考えると、現在の職場よりも近い。その頃、私は仕事を終えると、ガンモと待ち合わせをするために、電車に乗って、自宅の最寄駅を通過して、ガンモが仕事をしている神戸方面まで移動していた。私たちの最寄駅は、神戸と大阪の中間にあるのだ。私は、ガンモが仕事をしている最寄駅の待合い室にどっしりと腰を降ろし、長い時間、ガンモの仕事が終わるのを待っていた。何時間待つことになったとしても、私はいつも、最も早くガンモに会える方法を探していた。

 大阪方面での勤務を終えて、神戸方面の仕事に移ったとき、自宅の最寄駅を通過することなく、自然な方向でガンモと待ち合わせをして一緒に帰宅できることがとてもうれしかった。だから、休日に出勤して、振替休日のために平日に休みを取るガンモが、私の出勤日に家に居るということは、居ても立ってもいられない気持ちになってしまうのだ。帰宅途中のどこかでガンモと合流できるわけでもなく、一時間半かけて帰宅しなければ、ガンモに会うことができないからだ。ガンモが自宅に居るとき、とにかく、帰宅途中も待ち切れない気持ちでいっぱいになるのである。仕事を終えてガンモに電話を掛けると、ガンモも、
「早く帰って来い」
と私に言う。

 だから私は、ガンモが平日休みのときは、そそくさと仕事を終えて、まっしぐらに帰宅する。お互い、仕事がある日、私たちは携帯電話で連絡を取り合いながら、
「じゃあ、○○で待ち合わせね」
と言って、自分たちの現在地点と移動時間を照らし合わせながら、待ち合わせ場所を決める。私の職場はいつも同じだが、ガンモはあちこちの客先に移動しながら仕事をしているため、待ち合わせ場所は不定なのだ。

 そんなふうに、二人で待ち合わせをして帰宅するということをずっと大事にして来た私たち。それが、仕事を終えて帰宅してご飯を作るということは、私が先に帰宅して、ご飯を作って待っているということになる。いくら身体のためといえども、私は、その点に関しては、抵抗したい気持ちを覚えた。ガンモが平日休みのときに、私だけが自宅まで移動するのでさえも待ち切れないと言うのに、私だけがガンモの居ない家に先に帰宅し、ご飯を作り、ガンモの帰りを静かに待つというのは、何と孤独な作業なのだろうと感じてしまったのだ。例えば仮に、私が仕事を辞めてガンモの帰りを自宅で待つにしても、やはり孤独を感じてしまうのではないかと思う。

 私がまだ仕事を始めていなかった結婚したての頃、仕事に出掛けて行くガンモを送り出すときに、「愛し合っている者同士が、何故、仕事という名目で離れ離れにならなければならないの?」と真剣に思っていた。私は、目に涙をいっぱい浮かべながらガンモを送り出したものだった。今でこそ、別々の部屋で別々のことをできる間柄になったが、もともと私たちは、そこからスタートした夫婦なのだ。だから、今でもその名残はある。

 そんなことを思い起こしていると、私は意地でも、このままガンモの仕事が終わるのを三宮で待っていようと思っていた。結局、ガンモの仕事を終わったのは二十一時半だった。そして私たちは、二人でインド料理のお店に行き、夕食を取って帰宅したのだった。今日、買った野菜は、明日のお弁当のおかずにしようと思いながら。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 健康生活を始めてみたものの、同時に孤独との戦いでもあるような気がします。職場で、焼却炉で亡くなられた老夫婦について、私の思うところを述べたところ、やはり、同意は得られませんでした。夫婦二人だけの生活というのは、それだけ特殊なのかもしれませんね。

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2006.07.02

丸ごと愛する

 今日は、掲示板に書き込んでくださったななちゃんへのコメントを書かせていただこうと思う。ななちゃん、お待たせ!

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■No1538に返信(ななこさんの記事)
> まるみんへ
>
> レスありがとうね^^
> でも、思いっきり言葉足らずだったから、m(__)m
> 一部分抜粋して、先に書くことにする。
> まるみんの想いが日記に綴られていくことで、
> 書きやすくなったような感じはしているんだけど・・・
> 書いて良いのか悪いのかも分からないけど・・・
> 向き合っていくために書くことにした。

こちらこそ、どうもありがとう。
とってもうれしいよ。
ななちゃんが言葉を補ってくれがおかげで、これまでよりも一層、ななちゃんのことが見えて来たよ。
私の経験からすると、「書いていいかどうかわからない」と思ったときは、書いたほうがいい。(笑)
「書いていいかどうかわからない」と躊躇してくれた想いが伝わると、受け取る側はそこに愛を感じて、少々耳の痛い内容であっても吸収が起こるんだ。

多くの場合、こうした根気強いプロセスを省略して、前へ前へと進みたがるのかもしれないね。
その結果、いつの間にか一方通行の関係を作り上げてしまい、相互理解に苦しむようになるのかも。

ここのところ、不思議なんだよ。
「沈黙」と向き合い始めると、同じテーマで悩んでいる人が私の周りにもいたりして、客観的に「沈黙」を体験することができる。
しかも、客観的に体験すると、沈黙を理解できることがわかって来た。

>>だけど、わからないのは、
>>「 だってここは、まるみんのHP・掲示板だもの。」
>>という表現。
>>これは、どういうふうにとらえたらいいの?
>>私のHP・掲示板だから、どんな展開になろうとも私の問題なので、私に一任されていたということ?
>
> ここ。そういう意味ではないよ。
> でも、まず書き直すね。
>
> 対象者、テーマ(内容)、意見、要望、苦情、対応・・・etc
> HPの管理・運営の大変さ、難しさは、よぉく分かるんだ><、
> まず始めにここの視点が私の中にあって、
> まるみんの想いや掲示板の流れを汲みつつ・・・
>
> どこに視点を置くかで、見解が変わってしまうんだけど。
> HPの管理・運営側の視点で見れば、カラーやテーマ、管理者と訪問者の相対関係。
> まるみんの想いの視点で見れば、掲示板は一人歩き。
> 精神世界の観点からいけば、
> 掲示板はここに関わるみんなの相対関係(グループワーク)で展開している。
>
> このあたりを感じてたんだけど、こういった波紋を投げかけるのは、
> 何だか管理・運営へ立ち入る形にもなるような感じがするなぁ・・・
> そこはまるみんの領域になってしまうんじゃないか?
> もしかすると、私の思いこみからの行為になのかもしれない・・・
> と思って、私に出来ることはなんだろう!?を考えたんだ。

なるほどお!
そういうことだったのかあ。
うん、確かに、どこに視点を置くかによって、見解は変わって来るね。
私は管理人だから、管理人としての見方をしてしまう。
管理として、
「これが足りていない」
と、足りていないものを欲しながら、孤独を感じていた。
問題はここだったんだね。
自分の欲しいものを探すという姿勢。

でも、訪問してくださっている人からすれば、
グループワークという素晴らしい相対関係を実現できる場所になっていた。

私も、そのグループワークの中に混ざれば良かったんだね。
ただそれだけのことなのに、それができない状態だった。

皆さんと、サイクルが違うからかな。
あっちのコメントをようやく書ける!
なんていうときに、別の大きなうねりがあると、それに乗らなければならないような。
それで、タイミングを失ってしまったりもして。
多分、私だけでなく、他の方たちもそうじゃないかな。
掲示板の交流は、時間差のある交流だから。

でも、一番大きな原因は、私のパワー不足にあるんだけど。

> それで、自分が忙しくなったのと、言葉がでないとき等々、が
> 多少なりとも重なったのもあるけど、
> 書き込みを控える行動を取ることにしていたんだ。
> で、書く時は負担がかからないようなるべく手短にしよう・・・と思ってた。
>
> そんな風に考えてたんだけど、書いて良いのかも分からないから書けなかった。です。m(__)m

あああ、そんな気遣いをしてもらっていたんだね。
どうもありがとう。m(__)m
そうか、ななちゃんも忙しくなっていたんだね。
忙しいのに、この課題に向き合ってくれてありがとう。

魂と魂を突き合わせながら関わって行く以上、書き込みをしてくださっている方たちにも、私と同じように書けなくなることがあるんだね。
また、りさちゃんもそうだったけど、書き込みをしてくださっている方たちは、私に負担が掛からないようにと、気遣ってくださっていた。
私は、それを知らずにいたんだ。

自分に起こっていることは、他の人にも起こっているということを認識すべきだった。
自分にパワーがないから、他の人たちがすごく元気に映っていたんだと思う。

>>私の求める愛、話したい愛って、ななちゃんから見ると、どんなふうに映ってた?
>>ななちゃんがそれを持っていないとなると、ますます気になるなあ。
>>それでもななちゃんが、私のサイトから離れないでいてくれたことが有り難いよ。
>
> ん~、男女の愛~~~♪(。-_-。)ポッ
> それも愛が溢れて涙がこぼれるような。
>
> そういった愛の存在は持っているの。
> 聞いたり読んだり、映画も好きだし、泣いたりもしちゃうの。

あははは。なるほどね!
このサイトが、男女の愛を大切に思っている人たちを対象にしているサイトであることは確かだよ。
男女の愛のはなしを観たり聞いたり読んだりしながら、泣いたりする人たちが、私は大好き。

> だけど、自分自身の実体験を通した、
> 男女の愛は・・・語れるものが・・・見つからないなぁ、と。orz
> きっとね、これはこれからなんだ~♪

観たり聞いたり読んだりしながら泣けるのは、それに対して既に準備が整っている証拠だと思うよ。
同じ熱い想いが自分の中に既にあるから泣けるんだと思う。
きっと、刺激によって、隠し持っている男女の愛のエネルギーが引き出されるんだ。

そうでなければ、このサイトで相対関係を結ぶのは難しいと思う。
多分、途中で息切れしてしまうだろう。(笑)
映画『シザーハンズ』の想いがわかるななちゃんだから、きっと大丈夫。(^^)

ななちゃんはこれから先、どんな恋愛をするんだろう。
ななちゃんが、自分の恋愛にむせび泣く日が来るのを楽しみに待っているよ。
ななちゃんの恋愛で、私を泣かせて欲しいな。

> 日常のふとしたことで愛を感じて涙がこぼれた、という話で良ければ・・・
> てんちゃんへの書き込みの時みたいな感じだけど。(汗)
> あれはあれで、私は愛が溢れてる状態なんだよ^^

うん、そうだったのか。
以前は、ななちゃんの感情が読みとりにくかったけど、最近、少しずつわかるようになって来た。

ななちゃんがわかりやすくなったのか、私がこれまで見えていなかったものを見えるようになったのか、それはわからないけれど、一人の人を根気良く知るという作業が、この掲示板では行われて続けて来たのだね。

愛が溢れているという状態は、みんな違うんだなあ。
私はトイレに駆け込み派。
でも、トイレに駆け込まなくても、愛を溢れさせることはできるんだね。
それが、今、ここにあるものに感謝するということなのか。

> でもね、そういったことよりも、
> まるみんのことが、みんなのことが大好きなんだよ♪

あはは。それはありがたいけど、何だかくすぐったいね。
掲示板について、大きな波紋を投げかけさせてもらって、本当に良かったと思う。
直接的な解決にはまだ遠いけれど、今回のことで、見えて来たものがたくさんある。
自分がどんな交流を望んでいたか。
皆さんがどんな交流を望んでいたか。

掲示板での交流は、時間差があるものだから、なかなか難しいとは思うけど、やっぱり他では見られない交流を実現させて行きたいね。
皆さんの懐の広さに感謝している。
ありがとう。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。しばらくこの問題を放置してしまい、申し訳ありません。マクロビオティック風に、じゃがいもやにんじんの皮をむかずにいただいたとき、じゃがいもについている土さえも愛おしいと思いました。丸ごと愛するというのは、こういうことだったのですね。まだまだ道のりは遠いですが、掲示板もそうでありたいものです。

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2006.07.01

食生活の改善

 午前中、鍼灸治療を受けたあと、スーパーに寄って、野菜を買い込んだ。身体の冷えを克服するためには、温野菜を摂ることが大切だとわかって来たからだ。これまでの私の食生活を振り返ってみると、生野菜など、身体を冷やす食べ物ばかりを口にして来たように思う。

 冷えを克服するためのサイトを熱心に読んでいたところ、本格的に冷えを克服するには、新たな何かを始めるのではなく、これまで実践していたことをやめるという方法になるのだと書かれていた。つまり、生活習慣や食生活の改善ということである。これはなるほど、と思った。

 そう言えば、二年前に愛知県の整体師さんに診ていただいたとき、冷たい飲み物を取るのを控えなさいと言われたことがある。私はその頃、ひどい下半身の冷えを抱えていたにもかかわらず、整体師さんに指摘された通り、冷たい飲み物ばかり好んで飲んでいた。整体師さんの忠告通りに冷たい飲み物を控えた結果、私の下半身は驚くほど温かくなって来た。もちろん、漢方薬や鍼灸治療の効果もあるのだが。冷たい飲み物を控えるようになってから、夏の暑い日に冷たい飲み物をゴクゴク飲んでしまうと、腰が冷えるようになった。やはり、飲み物の温度は身体に影響していたのである。今では、真夏でも、温かい飲み物でなければ落ち着かないくらいだ。

 ところで、身体を温めてくれる代表的な食品として、納豆がある。私は納豆が大好きだ。ちなみに、ガンモは納豆が大の苦手である。あんなにおいしいのに、匂いがダメなのだそうだ。私は、温かいご飯に納豆と生卵をかけて食べるだけで、大満足である。しかし、湯治の直後に納豆を食べたあと、湯治で柔らかくなっていたはずの筋腫が一気に固くなってしまったことから、納豆に含まれる植物エストロゲンを摂取することに対し、慎重になっていた。植物エストロゲンは、体内のエストロゲンレセプターと結び付いて、体内のエストロゲンの増加を抑制する働きがあると言われている。しかし、これが本当のことかどうかは、いまだにわからない。そのため、たとえ冷えを克服するために有効な食品だとしても、慎重になってしまうのだ。

 子宮筋腫の場合、食事だけでなく、環境ホルモンによる影響も大きいと言われている。溶け出したプラスチックが、体内のエストロゲンを増加させるとのことなので、私は少し前にお弁当箱をステンレス製のものに買い換えた。また、経皮毒と呼ばれる化学物質が女性の身体に良くない影響を与えることもわかって来た。そのため、買い置きしているボディシャンプーやシャンプーがなくなったら、せっけんシャンプーなるものを購入する予定である。

 私は、子宮筋腫に関しては、現在も生理の周期に合わせて使用している天然のプロゲステロンクリームを今後も使い続けるとともに、食生活に関しては、以前、「ガンまる日記」でもご紹介させていただいた食事で治す 前更年期症候群―細胞から元気になるクッキング (単行本)に従おうと思っている。何故なら、この本は、女性ホルモンに関して知識のある方が書かれているからだ。自律神経の乱れとホルモンバランスの崩れと冷えは、どこかで繋がっているはずなのだ。

 ちなみに、子宮筋腫は、西洋医学的には、筋腫そのものを切除するか、子宮を全摘してしまうか、ホルモン療法を半年間行うという選択肢しかない。現在、日本の産婦人科で行われているホルモン療法は、エストロゲンとプロゲステロンの両方の分泌を止めてしまう方法(エストロゲンを重視した方法)である。日本においては、更年期の治療に関してもエストロゲン様様(さまさま)で、プロゲステロンの効果は注目されていない。子宮筋腫は、エストロゲンが過多になって起こる病気なので、エストロゲン過多の状態に天然のプロゲステロンを加えるという療法を現在、アメリカから輸入して行っているいるというわけである。詳しくは、日本の産婦人科事情をご参照あれ。

 さて、肉体的な改善方法としては、先日、派遣会社の福利厚生のページから、ホットヨガの体験チケットを申し込んでみた。現在、土曜日に受けている鍼灸治療をホットヨガに移行できればと考えている。しかし、鍼灸医院と違って、場所が自宅近くでないことや、鍼灸医院の先生に何と切り出したらいいかで少し悩んでいる。鍼灸治療を辞めて、ホットヨガに切り替えたいとはなかなか言い出しにくい。私がそのように思うということは、鍼灸医院の先生は、私の身体が良くなることを望んではいないことになる。通い始めてそろそろ三年にもなるだけに、鍼灸医院の先生をがっかりさせてしまうようで、何となく切り出しにくいのだ。しかし、そもそもこういう考えがおかしいのかもしれない。私自身に治りたいという気持ちがないことに等しいのだろうか。

 ガンモに、
「野菜をたくさん買って来たから、夜は久しぶりにカレーにしようと思うの」
と言った。温野菜をたっぷり食べようと思うと、真っ先に思いつくのがカレーだった。先日、玄米食に切り替えたことをここに書いたが、以前から、愛しの筋腫ちゃんなどの本で、玄米の排毒作用には注目していた。

 野菜は、マクロビオティック風に、じゃがいもの皮もむかず、ニンジンの皮もむかず、大きめにカットした。ガンモは、
「野菜を煮込む匂いがする」
と言いながら、うれしそうな表情で台所を覗き込んでいた。

 私は、子供の頃、母が作ってくれたカレーのことを思い出していた。母は私と違って、何から何まで家事をこなした人だ。私は何故、母に似なかったのだろう。多分、その理由は私にはわかっていた。小さい頃、二つ年下の従妹と比較されたことで、私は女性らしさを捨ててしまったのだ。二つ年下の従妹は、料理や手芸が好きで、年下の従妹からも慕われていた。彼女と比較された私は、勉強に逃げ込んだのだ。

 出来上がったカレーは、自分で言うのも何だが、とてもおいしかった。私は、子供の頃からカレーが大好きだった。今になって思えば、カレーは、野菜嫌いの子供たちに温野菜を食べさせるために効果的な料理だったのだ。自分で作ったカレーは、お店で食べるカレーとも違うし、レトルトのカレーとももちろん違っていた。それは、ゴールデンウィークに出掛けた鳴子温泉の旅館に泊まったときに食べた家庭料理の味だった。

 ガンモもとても喜んでくれた。カレーにいんげんを入れたのがプラスポイントになったと思われる。このようにして、私たちの身体の中に取り込まれた色とりどりの温野菜。ガンモは、鍋に残ったカレーを小さな入れ物に移し変えて、冷蔵庫にしまってくれた。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 外食が多く、仕事帰りにスーパーに寄っても、安くなったお惣菜を買って帰って食事を済ませて来ました。そんな私たちが、これまでの食生活を変えようとしています。ちなみに、家の片付けと洗濯は、もっぱらガンモの担当です。まずは捨てるものを決めていかなければならないのですが、私が勝手にモノを捨ててしまうのは、どうやら禁止らしいです。(笑)

※ちなみに、玄米は、スーパーで買うとお値段が少々高めですが、オークションサイトに行くと、農家の方たちが安く売っていたりします。いずれにしても、産地からの直送がお安いようです。
Yahoo!オークション - 玄米

※「愛に関する掲示板」にコメントスパムが増えて来ましたので、近いうちに公開パスワード制の掲示板に変更させていただきます。

※フニさんへ
コメントありがとう。この場をお借りして、プチ返信(笑)。子宮筋腫に関しては、西洋医学でも東洋医学でも、完治させることは難しいので、私は、天然のプロゲステロンを補給するという選択を取っているの。東洋医学を取り入れるのは、冷えの改善においてだけになると思うよ。

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