沈黙に関する考察
さて、今日は引き続き、掲示板に書き込んでくださったななちゃんへのコメントを書かせていただこうと思う。ななちゃん、お待たせ!
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■No1518に返信(ななこさんの記事)
ななちゃんへ
コメントどうもありがとう。
> まるみんへ
>
>
> 私はね、昨日のガンまる日記、
> 「やっぱり・・・」というのが、正直な感想。
>
> いつの頃からか、どことなく感じてたよ。
> ようこちゃんの書き込みがあった頃・・・よりも前からかな。
そうか、それとなく感じ取ってくれていたんだね。
> 日記の内容と同じようなことを感じてはいても、
> これに関しての書き込みはできなかったんだな。
> だってここは、まるみんのHP・掲示板だもの。
ええっ?
ななちゃんも、私と同じようなことを感じていたの?
だけど、わからないのは、
「 だってここは、まるみんのHP・掲示板だもの。」
という表現。
これは、どういうふうにとらえたらいいの?
私のHP・掲示板だから、どんな展開になろうとも私の問題なので、私に一任されていたということ?
> それプラス・・・
> まるみんの求める愛、話したい愛が分かっていても、
> 今は、語れるものを持ってないから、書き込めないし。
私の求める愛、話したい愛って、ななちゃんから見ると、どんなふうに映ってたんだろう?
ななちゃんがそれを持っていないとなると、ますます気になるなあ。
それでもななちゃんが、私のサイトから離れないでいてくれたことが有り難いよ。
> それに、自分がパワー不足では、書き込めないのよね。
> 言葉がでないんだもの。
>
> こぅ書き込みを控えることが、
> これまた、まるみんを寂しくさせてしまうのかな!?
> というのも感じてたんだけど・・・
ああ、これね。
冷静になって考えてみると、私自身にも同じことが起こってたんだよね。
私もパワー不足のために、掲示板の返信がなかなかできなかった。
それなのに、他の人がパワー不足不足だったり、黙っていたことを寂しく思っていた。
これって、変じゃない?
私の感じていた寂しさは、他の人たちの寂しさとイコールだったんじゃないかって思えて来たんだ。
掲示板に書き込みをしてくださっても、なかなか返信できずに放置してしまったコメントがたくさんある。
それらのコメントを私が書き込んだとしたら、どうだろう。
皆さんほど、根気強くは関われないかもしれないと思う。
もしかしたら、自分の書き込んだコメントに返信がなかったら、そのホームページを訪問するのさえやめてしまうかもしれない。
だけど、例え私がコメントを書けなくても、他の方たちが一生懸命コメントを書いてくださったから、こうして掲示板での交流が活発に続いてるんだよね。
そんな有り難い状況だったのに、私は孤独を感じてしまっていたんだということがわかった。
自分が孤独になるということは、同時に、誰かを孤独にさせてしまっているということなんだね。
だけど、本当に言葉が出て来ないとき、私たちはどうすればいいんだろう。
以前、mikiさんが、「せめて新しく来られた方たちには、優先的に何か一言コメントしてください」なんて書いてくれたことがあったけど、
交流が深まって来ている人を後回しにしてしまうのに、新しい人はどんどん受け入れる姿勢でいるのはどうかと思ったりもする。
いやあ、困ったねえ。(苦笑)
私の場合、以前は、言葉が出て来ないときは、
「言葉が出て来ないからちょっと待っててね」
なんて書き込みをしていたこともあった。
それが、過去に私が立ち上げた「皆さんへ」というトピックだと思う。
でも、そういう書き込みで新たな発信をすると、今度はそれに対してコメントを書いてくださる方もいる。
そうなると、そのコメントも無視できなくなる。
例えは悪いけれど、まるでサラ金みたいに、返信すべきコメントがどんどん増えて行くことになるんだよね。
となると、やはり、パワー不足のときは、ひたすら黙るしかないか。(苦笑)
それでいいんだろうな、本当は。
例え長い沈黙があっても、パワーが復活すれば、再び交流できるという信頼を作り上げることが大切なんじゃないかな。
そのためには、双方向の関係を築いて行くことが大前提だと思うけど。
一方向だと思うから、孤独を感じてしまうのかな、と思う。
> でも、文字が主体の交流だと、
> 書かなければ、居ないと同じなんだよね・・・う~ん、難しい。
リアルの世界では、表情が見えるからね。
あ、今、機嫌悪そうとか、疲れてそうだなとか、忙しそうにしてるなあとか。
> と、ストレートに書いたけど、
> こんな感じで見守ることしかできなかった、です。
どうもありがとうね。
りさちゃんのコメントにもあったけど、見守るという姿勢もあるのだね。
今回のことで、私も、いろいろ気づくきっかけを与えてもらったよ。
沈黙が怖いというのは、私のテーマでもあるし。(苦笑)
私自身も、沈黙を創り出していることもあったのにね。
自分のしていることは、誰かが鏡になってくれないとわからないのかもしれないな。
このあとに交わされた、てんちゃんとの対話も読ませてもらったよ。
私の時間が追いつけば、混ざらせてね。(^^)
※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m ななちゃんは、ある時期、掲示板での対話がひやひやした展開になっても、それを乗り切ってくださった勇敢な人です。今になって思えば、あの対話が愛に包まれていたということなんですね。あのときも、信頼すれば良かったのに、私は気が短いのかもしれませんね。(苦笑)
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