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2006.06.15

面と接点

 今日は、てんちゃんへのコメントを書かせていただこうと思う。てんちゃん、コメントをありがとう。いくつかコメントをいただいているのだけれど、初めに書き込んでくださったコメントに返信させてね。

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■No1515に返信(てんてんさんの記事)

てんちゃんへ

ここ二、三日、カラオケのマイクをずっと自分一人で握っているような感じだよ。
しかも、私が予約した曲をすべて歌い終わるまで、皆さんがじっと待ってくださっている。
これが、私の望んだ管理人のカラーを出すということなんだろうか。

カラオケのときは、誰がマイクを握っていようとも(例えそれが部長であっても)、順番待ちをしている人たちは、次に自分が何を歌うか、必死になって探し回ってるんじゃなかったっけ。

何だか私ののろのろペースに皆さんを巻き込んでしまっていることが申し訳ないような気持ちだ。
そう言えば、以前、皆さんがこうして待ってくださっている頃、私は良く謝っていたなあ。
どうぞどうぞ皆さん、管理人はこっちで好きなことやってますから、皆さんでくつろいで行ってくださいと言いたくなる。
何だか変だよ。
今の私は独裁者のようだ。先日までの状態が早くも恋しい。

> まるみんへ
>
> 何から書き出そうかなあ。(苦笑)
> ここに来てからもう1年がたった。

そうか、もう一年経ったんだ。
一周年おめでとう、だね。(^^)

てんちゃんは確か、別の場所で私のホームページを紹介してくださったmikiさんの書き込みに導かれたんだよなあ。
実に不思議なご縁だ。

mikiさんは、今でもときどきメールで近況を知らせてくれている。
mikiさんと交流されて来た方たちのためにお知らせしておくと、mikiさんのお父さんとお母さんが、一ヶ月くらい、アメリカのmikiさんのところで滞在されたらしい。
これまでのmikiさんの書き込みから判断すると、神戸の震災以来、お父さんとお母さんの夫婦仲は、あまりよろしくなかったはず。
そのお二人が、一緒にアメリカに渡れるなんて、奇跡が起こったんだね。

> 私はまるみんのパワー不足状態で出会ったんだ。

いつか、私のパワーが全開のときを見て欲しいなあ。

> 私の人生を振り返ると、そういう人に私は引き寄せられている。
> そして、流れを変えてしまう。
> その流れが予測つかない方向らしいの。
> そして、転機を与えてしまう。。。
> 私の中の宇宙がそれを引き起こしていく。

私は車の免許を持っていないから良くわからないけど、車を運転しているときに、まっすぐ走らずに、急に曲がり角を曲がるのと似ているのかもしれないね。
ハンドルを握っている運転手は、このまままっすぐ走るつもりでいるんだけど、助手席に座っている人が突然、
「さっきのドライブインで忘れ物したから、そこ右に曲がって!」
と叫ぶ。
てんちゃんは、自分のことをそんなふうに表現したかったのかな?

> 起こるべくして起こったこのことの意味を
> 私はたぶん知っている。

同じ車に乗車した時点で、運命共同体なんだろうなあ、きっと。

> 私は速度を速める存在なんだよ。
> 急激に出会った人を加速させていく。
> 目が回るように・・・。

おそらくだけど、人と人の繋がり方には、少なくとも二通りの方法があるんだろうね。
一つは、面で繋がる方法。そして、もう一つは、接点で繋がる方法。

面で繋がる方法は、共感ベースになるのかな。
一つの車に乗ってドライブするにしても、急なカーブを曲がることなく、ひたすらまっすぐに進んで行く。
カーブを曲がることがあっても、それはお互いの同意のもとで行われる。
また、移動するにしても、面での移動になるから、時間もかかる。
だから、変化のペースはゆっくりで、時間や空間を共有する繋がりになる。

接点で繋がる方法は、ポイントだけを押さえた交流になる。
面で繋がらない多くの部分を、お互いの自由意思で埋め合わせて行く。
自由意思で埋め合わせる部分をどれだけ省略できるかによって、時にはぴったりフィットしたり、反対に、接触不良が起こったりするのかも。
また、面と違って、接点の繋がりは、フットワークが軽い分、短時間での移動も可能なのかも。
そして、関わることで、お互いに変化するきっかけを与え合うんじゃないのかな。

てんちゃんは、接点で繋がる方法が得意なのかもしれないね。
私は、どちらかというと面だと思う。

> 昔出会った人は、私に怒りをぶつけた。
> 精神世界の達人は、彼女もあなたにあって学んでいる と言った。
> そのときの私は泣くだけだった。

その人とてんちゃんは、今でも交流があるの?
もしあるのなら、怒りをぶつけてもらったことは、関係を存続させる上で、とても素晴らしい。
もしないなら、それがきっかけて交流が途絶えてしまったの?
そうだとしたら、お互いの中に、何か達成されない想いが残ってるだろうな。
その想いがきっと、二人に再会のチャンスを与える。

> 繰り返すループの中に変化した私がいる。

うん、少しずつ変化しながらの繰り返しなんだね。

私の中にもループがあったよ。
これまでにも、掲示板での交流に関しては、何度も何度も壁にぶつかって来た。
多分、いつまで経っても、見えないものが恐ろしいんだろなあ。
ツインソウルとのトンネルが開通したとき、目に見えないもの、言葉で表現されないものを克服できたと過信していたけれど、まだまだ無関心との区別がつかなくなることが多い。
目に見えないもの、表現されないものは、失ってみないとわからないみたいだ。
大切な言葉は、蛍光塗料で塗られているのかもしれないな。

> 泣いていた私は、自分の存在を否定し、家から一歩を出なく生活をした。
> 何もできない生活をした。
> 夫は家を出て別居し、食べさせる子供のために、ピザを取った。
> かろうじて外食できるときは、同じ店にいかないように噂にならないように
> 気をつけた。そんな中でお金を得るために働き始めた。
> ストレスで胃がよじれそうだった。家ではいつも横になっていて
> 子供の相手をしてあげた記憶は、その頃一切無い。
> 家中が汚くて、物がどこにあるのか分からなくなり、その度に探し回って
> 疲れ果てて・・・。自己否定はそんな時を私に与えた。

完全に光を失ってしまうという、正真正銘の孤独だね。
私が感じていた孤独なんかとは、比べものにならない。
まるで申し合わせたかのように、いろいろな出来事が、いっぺんにてんちゃんに降りかかったんだね。

> 私は自分の存在を否定しない。
> 私はそういう存在なのだと・・今は理解できている。
>
> こういう孤独もあるだと、今の私は理解できる。
> それでも、私でしかいられない。それがこの世での私の役割だから。

ああ、今のてんちゃんがここにあることが奇跡だよ。
人生、何が起こるかわからない。
どんな曲がり角を曲がるかわからない。
孤独を感じていた先に、てんちゃんが、光の差すほうの曲がり角を曲がって良かった。
本当にそう思うよ。

本物の孤独を知っているてんちゃんだからこそ、闇の中にいる人たちに向けて書いてくれているた言葉が、いつも本物なんだ。
私がコメントできないほどの経験をして来た人たちにまで、いつもコメントしてくれていることに感謝している。
本当にありがとう。

> まるみんが感じている孤独を思いながら、書き込みをしていた。
> 出会った期をどう感じていくか。。。。
> 思うとおりに行こうと決めた。言葉が生まれるままに行こうと。

うん。それで良かったんだよね。
私は、掲示板に対して望んでいることがちぐはぐだったよ。
掲示板に書き込みをしてくださる方たちと対等になりたいと思いながらも、対等であることに対し、孤独を感じていた。
それは、何かが過剰になって、何かが不足していたからなのか。
とにかく、軸が揺れて、バランスを崩していたんだね。

> 私はここに出会って、本当によかったと思っている。
> 本当によかったと感謝している。
> まるみんに孤独を導いたのは、私よ。
> さびしい思いをさせてごめんね。
>
> ここは、まるみんの創った場所で
> まるみんの魂が導いた場所だと私は思うよ。
>
> 愛している。

私も、てんちゃんと出会えて本当に良かった。
そして、ちーちゃんとてんちゃんがここで出会えて良かった。
てんちゃんの乗り越えて来たものを想うと、涙がどばーっと出て来て抱きしめたくなる。
面を使って抱きしめたくなるんだよ。
女性に言うのはとっても恥ずかしいけど、私もてんちゃんを愛しているんだ。
ああ、でも、恥ずかしいと思ううちは、愛じゃないのか。(^^;
でも、やっぱり恥ずかしい。(苦笑)

てんちゃん、本当にありがとう。
そして、これからもどうぞよろしく。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 掲示板の流れを止めてしまってごめんなさい。多対多の交流をどのような形で進めて行ったらいいのか、試行錯誤しています。その結果、今、自分が見ている世界をちょっとだけ広げてみるということを、それぞれの人たちが意識的にやってみるのはどうかと提案します。今まで、足元だけを見て歩いていたなら、数メートル先を見ながら歩いてみるのです。まずは、そんなとこから始めてみませんか。

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