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2006.06.12

管理人の孤独

 どなたのブログだったか忘れてしまったのだが、ホームページが更新できない管理人さんがブログを綴られていたことがある。その方はホームページを持っていらっしゃるのだが、あれやこれやと理由をつけてみては、「そういうわけで、今日もホームページの更新ができませんでした」と締めくくられていた。そのブログに、「私のホームページには掲示板があるのだけど、管理人がいなくても会話がすっかり成り立っているので、管理人の入り込む隙間がない」などと書かれていたことがあった。実は、今の私の気持ちは、それに近い状況かもしれない。

 ソウルメイトやツインソウルがブームのようになり、更には、私自身が「ガンまる日記」を書き始めてからというもの、たくさんの方たちが掲示板に書き込みをしてくださるようになった。確か、初めて掲示板を立ち上げたのは、二〇〇一年のことだったと思う。その頃は、書き込みも少なく、すべてのコメントにまんべんなく返信できていた。私は、せっかく書き込んでくださったコメントは、すべて保存しておきたい主義なので、その頃の掲示板の過去ログもすべてHTML化して保存している。ただ、現在は公開していない。ときどき私は、書き込みをしてくださったすべての方たちと関わることができたあの頃を懐かしく思うことがある。しかし、あの頃から私のホームページを見てくださっている方が、果たしてどれくらいいるのだろう。もしかしたら、ゼロかもしれない。

 あの頃は、今のように、私が掲示板のコメントに返信できないでいると、私の代わりにコメントを書き込んでくださる方は誰もいなかった。それに、一つの話題がずっと続いて行くような継続的な関わり方ではなく、一つの話題に対して管理人が返信すると、それに対する返信ではなく、再び新たなコメントが書き込まれるという途切れ途切れで一方通行の関わり方だった。もっと話を繋げて行きたい私は、一つの話題が続かないことをもどかしく思っていた。それでも、すべての人と関わることができていたという点においては、達成感があった。

 今のように、たくさんの方たちが書き込みしてくださるようになってからは、得たものもあれば、失ってしまったものもある。どれを取ってみても、一長一短と言える。失ってしまったものの一つは、書き込みをしてくださるすべての方たちとの関わりだ。関わる人が多くなったことに加え、ここ二年ほどの間に、私はすっかりパワーを失ってしまった。以前の私を知っている人からすると、想像できないほどの衰えようだと思う。何をするにも時間がかかり、文章を綴るということに関しては、毎日、「ガンまる日記」を書き上げることで精一杯である。私にとっては、「ガンまる日記」こそが表現して行きたいことである。だから、書くことは辞めたくない。しかし、私が書けば書くほど、私を見つけてくださる方が増えて行く。これは、私自身が望んでいたことなのだが、実際に想いがかなってみると、なかなかうまくことが運ばない。

 ホームページの管理人は、自分のページも更新した上で、書き込んでくださった掲示板のコメントにも返信する。また、書き込みをしてくださった方たちのサイトがあれば訪問もする。これは、パワーがみなぎっていなければ、とても難しいことだ。少し前までは、パワーがみなぎっていたはずの私なのに、ここ二年くらいの間に、すっかり低迷してしまった。その状況が、なかなか改善されないのだ。しかも、管理人がどんな状況にあろうとも、掲示板はどんどん進行して行く。管理人がひどい冷えに苦しんでいようが、義母の病気が深刻な状況に陥ろうが、筋腫が少し小さくなって喜んでいようが、そんなことは一切おかまいなしに。

 私が返信できないでいるうちに、私のホームページの掲示板から、私のカラーがどんどん剥がれ落ちて行った。私のカラーはどこへ行ってしまったのだろう。もはや、私はそこには居ない。自分のホームページなのに、私は自分の居場所をなくしてしまった。だから、私は自分のホームページで孤独を感じる。私自身の居場所として立ち上げたホームページなのに、自分の居場所を見つけられないでいるのだ。私は単に、交流できる場所を提供しているだけなのだろうか。

 私がコメントできないでいると、別の方がコメントを書いてくださる。それは、大変ありがたいことだ。しかし、中には私の考えていることとは異なる書き込みも多い。そうなると、パワーを失っている私は、ことを荒立てたくなくて、書きたかった言葉を引っ込めてしまう。そのようにして更に、私のカラーはどんどん失われて行く。

 自分自身でホームページを運営していると、自分のホームページの運営もままならないのに、他の人のホームページに頻繁に出掛けて行くということはあまりできない。そんな私でも、ある方のホームページに完全に入り浸り、掲示板に一生懸命書き込みをしていた時期があった。掲示板で交流するということが面白くて、いろいろなことを話した。だから、掲示板の交流の楽しさを自分のホームページでも伝えて行きたいと思っていた。

 私は、その人のホームページを隅から隅まで読んでいた。どこに何が書いてあるかもちゃんと把握していた。むしろ、管理人よりも詳しかったくらいだ。その人のホームページが更新されると、とにかくうれしくて、すぐに更新されたページをチェックしていた。今は、そのページは更新をお休みされているし、掲示板の書き込みもほとんどなくなってしまった。それでも、そういう関わり方が、私の理想であったことは確かだ。

 現在の私のホームページは、そうした流れではなくなって来ている。もしも、掲示板に書き込みしてくださっている人たちの中で、更新情報を楽しみにしながら、ページの隅々まで読んでくださっている方がいるとしたら、私はとてもうれしい。かつて、私の同級生が殺人を犯したことを綴ったページがどこにあるか、ご存じの方がどのくらいいらっしゃるだろう。聞いてみたい気もするが、怖い気もしている。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。皆さんの暖かい応援とメッセージに支えられています。ここのところ、感じていたことを思い切って書かせていただきました。やはり私は、多くの人と関わるなどという力量は持ち合わせていないのかもしれません。私の魂は、少数の人と密に関わることを望んでいるように思えます。

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