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2006.06.08

山口百恵さん

 三朝温泉からの帰りの車の中で、私たちは、接続しなおしたばかりのカーステレオに音楽CDをセットし、一九七〇年代後半から一九八〇年代前半にかけての歌謡曲に熱心に耳を傾けていた。そのほとんどが、青春時代に聴いていた曲ばかりだった。

 私は、子供の頃に聴き込んだ曲のイントロが流れると、コンマ何秒かで曲名を言い当てることができた。
「何でそれだけでわかるの?」
と驚くガンモに、私は、
「あのねえ、好きな曲って、本当に何度も何度も聴き込むのよ。そういう曲って、大人になっても忘れられないの」
と答えた。

 そう言えば、当時、クイズ・ドレミファドン!という流行歌をクイズにしたテレビ番組があり、私はその番組が好きで良く観ていた。特に、超ウルトライントロクイズは大好きで、いつもドキドキハラハラしながら観ていたものだ。最近は、テレビをまったくと言っていいほど観てないのでわからないが、クイズ・ドレミファドン!のような番組は存在しているのだろうか。

 あの頃の歌謡曲には、はちゃめちゃな曲も多い。こんな歌詞が良く歌になったものだと、ため息が出てしまうような曲もたくさんある。聴いていてこちらが恥ずかしくなってしまうのだ。

 そんな時代にあって、キラリと光る存在だったのが、山口百恵さんだ。リアルタイムで彼女の歌を聴いていたときは、彼女の凄さがわからなかったのだが、こうして私自身も成長し、当時の同世代の歌手と聴き比べてみると、彼女の才能だけが突出しているのがわかる。一体彼女は何者なのだ? 当時、彼女はまだ二十歳そこそこのはずではなかったか。それなのに、彼女の歌には、歌い手としての限りない可能性が秘められている。多くの持ち歌を右から左へと流しているのではない。それぞれの歌の中に、彼女の魂が込められているのだ。

 ご存知の通り、山口百恵さんは、俳優三浦友和さんとドラマの共演で運命的な出会いを果たし、結婚のために芸能界からきれいさっぱり足を洗ってしまった。あれだけ才能がある人なのに、愛のために栄光を捨てることができた人である。三浦友和さんとご結婚されてからは、どんな人がアプローチしようとも、芸能界に復帰することはなかった。それだけ三浦友和さんを愛しているということなのだろう。華やかな芸能生活と、結婚生活の両天秤はかけたくなかったということだ。その潔さに感服である。

 ビートルズもそうだが、本当に実力のある人たちは、時代を超えてもなお、人々に愛され続ける。今後、山口百恵さんのようなアーチストが日本に誕生するかどうかはわからない。しかし、多くの人たちの支持を受けたアーチストであるほど、活動期間が短く、人々に惜しまれながら引退してしまうのも不思議である。実力があるだけに、芸能界で生き続けることに対し、自分が本当に実現させたいこととのギャップを感じてしまうのかもしれない。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。m(__)m 私は、リアルタイムでは、山口百恵さんの才能にそれほど注目していたわけではなかったのですが、同じ世代の歌手とはまったく違うオーラを感じます。きっと何か、人とは違うものを持っている人なのでしょうね。機会があれば、聴き返してみてください。

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