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2006.06.26

ツインソウルのナンバープレートに導かれた職場

 席替え後の初出勤ということで、早朝から出勤しての作業となった。いつもより一時間半も早い出勤である。こんな日に限ってガンモの仕事が休みだった。私は、ガンモを朝早くから起こしてしまうことを申し訳なく思いながら、静かに支度を整え、家を出た。

 通勤時間が異なると、電車に乗っている人たちの顔ぶれも違う。いつもはほとんど見掛けない学生さんたちの姿が目に入って来る。いつも同じ電車を利用しているはずの彼らは、私の通勤とは時間帯が異なるために、これまで出会うことがなかった。私は、高校時代、定時制に通っている人たちが、全日制の私たちとは違う時間帯に同じ教室の机を使っていたことを思い出していた。

 勤務先の最寄駅に着いたとき、同じプロジェクトの派遣仲間に会った。日本一夫婦仲のいい彼女である(ちなみに、私は世界一である)。実は、彼女も私たちのプロジェクトに配属されてから、身体の不調を訴えている一人である。と言っても、空調のせいではない。彼女の直属の上司(私の上司とは違う)と仕事の相性が良くないらしく、ストレスを抱え続けているらしいのだ。詳しいことは書けないが、そのストレスが原因で、病院に通いながら仕事を続けている。

 彼女は、
「周りからは今の仕事を辞めたほうがいいって言われるんですけどね」
と言った。ああ、私と同じだ、と思った。実は最近、非公開掲示板の 「もっとソウルメイト! 掲示板」が燃えている。燃えていると書いたのは、本当にその通りだからだ。私が、オフィスの空調のせいで身体がおかしくなりかけている(と見えるらしい)のに、仕事をなかなか辞めないでいることに関してお叱りを受けているのだ。 私からすれば、そうした熱のこもったお叱りは大変ありがたい。しかし、私が「ガンまる日記」に綴った凍えるほど寒いという瞬間におけるインパクトが強かったせいか、ピントが少しぼやけてしまっていると感じる。

 仕事を辞めて、家事に専念したほうがいいと提案してくれる人もいる。そういう人たちからすれば、これまでずっと家事を避けて来たように映って見えるかもしれない。しかし、それは少し違うのだ。私には、一年ほど、仕事を辞めていた時期がある。そのときは、仕事がいやでいやで仕方がなかった。だから、仕事から逃げたのである。それからおよそ一年、自宅にこもり、家事をしながらガンモの帰りを待っていた。その頃は、家の中も片づけていたし、食事もちゃんと作っていた。しかし、楽しみを見いだしながら家事に専念していたわけではなかった。水の中で暮らす魚が、水の外では暮らせないように、自分にはもっと別の奉仕の方法がある。それは、外で働くことだとそのとき思ったのだ。ガンモもそれに同意してくれて、私の仕事への復帰を心から喜んでくれた。

 また、家の中がいつまで経ってもビックリハウスでも、狭いスペースで身体を寄せ合いながらご飯を食べるのが、私たちは好きなのだ。何故なら、キッチンが片付いていないせいで味噌汁がこぼれても、誰のせいにすることなく笑い合える私たちがいるからだ。仕事帰りにガンモと待ち合わせて帰宅することのほうが、ガンモの帰りを自宅でじっと待つよりも幸せなのだ。

 私は、空調に関しては、少しずつ状況が改善されていることを伝えているつもりだったのだが、どうも、最初の頃に綴っていた拷問のように寒い状態だけが強烈なインパクトとして残ってしまっているようだ。

 私は現在、半袖Tシャツで通勤し、仕事中もジャンパーを羽織ることなく仕事をしている。ただ、首にはスカーフを巻きつけ、毛糸の帽子もかぶっているし、大きめのペットボトルクーラーに両足を突っ込んで、机の下の冷たい空気から足を守っている。場合によっては、これまでのジャンパーの代わりに薄手のショールを羽織ることもある。このように、拷問のような状態は既に脱していて、守るべきポイントを押さえながら仕事を続けているのだ。

 私はこれまで、日本一の彼女から、いろいろな相談を受けていた。その内容をここに書くことはできないが、彼女は心の中では仕事を辞めたい気持ちもあるらしい。しかし、簡単には辞められないと言う。同じプロジェクトで働いている派遣社員として、私にも、彼女の気持ちが少しだけわかった。私は彼女に、
「そうなのよねえ。既に歯車となって働いている人と、周りから見た印象は違うのよね」
と言った。彼女は、私の言ったことに激しく同意してくれた。周りの人たちが客観的にどう判断しようが、実際に、歯車の中にいる人と歯車の外にいる人では、印象が異なるのだ。何故なら、歯車の中にいる私たちには、同じ歯車にいる人たちとの関わりがあるからである。

 今の私の気持ちは、彼女とは少し違う。確かに、空調がきつくてたまらないときは、これ以上はもう限界だと感じていた。しかし、今は違うのだ。そのことをどのように説明したら、歯車の外にいる人にもご理解いただけるのだろう。

 私の場合、現在の職場に派遣されてから、既に丸四年が経過している。派遣社員がどんどん使い捨てされる世の中で、四年という歳月は長い。私自身の派遣生活においても、一カ所に留まるという意味では、最長の契約となっている。契約は、三ヶ月ごとの更新だが、四年間、ずっと更新され続けて来たのだ。まだまだ不景気な世の中なので、派遣先によっては、何の前触れもなく、突然、契約更新が行われないまま契約満了ということもある。そういう意味で、これまで契約が更新され続けて来たのは、決して私だけの片思いではなかったと感じている。

 実は、初めて今の職場の面接を受けたとき、私は通勤が遠いので断わるつもりだった。派遣会社の営業担当に、通勤が遠いので気乗りしないことを前もって伝えていたのだが、面接だけでも受けてから判断してはどうかと言われ、しぶしぶ面接を受けることにしたのだった。神戸市のはずれにあるその職場には、広い駐車場スペースがあり、マイカー通勤が認められていた。

 面接のために初めてそこを訪れ、駐車場スペースに足を踏み入れた途端、私の視界には、一台の車のナンバープレートが飛び込んで来た。歩いてその職場にたどり着いたとき、真っ先に視界に入って来るそれは、ツインソウルの誕生日のナンバープレートだった。そのとき私は、もしかしたらこの会社に呼ばれているのではないかと思った。ここに導かれていると感じたのだ。

 実際、その面接は、面接とは言えないくらいアットホームな雰囲気で行われ、既に転勤になってしまった前部長と、グループ全体のとりまとめ担当と、機能単位のリーダー格の人が、私の緊張をほぐすかのように和気藹々と面談してくれた。面談中も笑ってばかりいたような気がする。堅い仕事内容についてはほとんど触れられず、その大半が世間話だったと記憶している。技術職の場合、スキルシートと呼ばれる業務経歴書が、派遣会社から企業に提出されることになっている。面接してくださった方たちは、既に私のスキルシートをご覧になっていたのだろうと思う。そして、スキルシートには書かれていない私の人柄を知ろうとしてくださったのだろうと思うのだ。

 私はその面談で、この会社は何とアットホームなのだろうと実感した。実際、そこで働く人たちが身につけている衣服も、普段着に近いラフな服装ばかりだった。居心地の良さそうなその雰囲気に、私は、単に遠いという理由だけで断ろうとしていたことが恥ずかしくなった。そして、派遣会社の営業担当から面接の結果について連絡をもらったとき、
「先方さんも是非とおっしゃってます」
というリクエストに対し、イエスの返事をしたのだった。

 長くなってしまうので、この続きはまた後日。

※予告編として書いておきますと、私が割り当てられた新しい席は、寒い席だったのです。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅れてしまい、申し訳ありません。昼休みに綴ろうと思っていたのですが、持ち歩いているPDAのキーボードが壊れ、文字をまともに入力することができませんでした。何の前触れもなく、突然、復活し、遅ればせながら、こうして綴っております。

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