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2006.06.07

メンテナンス

 この記事の下書きを書いている今、ココログがメンテナンス中なので、今日はメンテナンスというタイトルを掲げてみた。メンテナンスにちなんで、これまであまり書いたことのなかった我が家の車のことを書いてみようと思う。

 三朝温泉を出発した私たちは、餘部(あまるべ)鉄橋、城崎温泉を満喫して、ようやく我が家に辿り着いた。走行したルートを参照してみると、ずいぶん遠回りしてしまったようだ。それでも、カーナビが壊れてしまったにもかかわらず、夫婦揃って無事に我が家にたどり着くことができたことに感謝した。私は免許を持っていないので、一人で運転してくれたガンモにお疲れさんを言った。

 以前、お金を何に変えるかという記事には少しだけ書いたことがあるのだが、我が家の車は、少々古い一九八八年製のメルセデス・ベンツ 190Eだ。この車は、ガンモの職場の同僚から、カーナビ付きを三十万円という破格値で譲り受けたものである。ちなみに、今回壊れてしまったカーナビは、ベンツを譲り受けたときに付いていたものではない。

 譲り受けるときは、その人の家までガンモと二人で出掛けて行った。その人は、私たちの前で、
「ベンツは維持費がかかって大変なんだよね」
とぼやいていた。彼は、ベンツをしょっちゅう修理に出していたと言う。とにかく、すぐに調子が悪くなってしまうらしい。しかし、調子が悪くなっても、メンテナンスの方法がわからないので、毎回、正規代理店にメンテナンスをお願いしていたらしい。その人は、これまでベンツにかかったメンテナンス費用を領収書とともに見せてくれた。それを見ると、確かに恐ろしいほどの手のかかりようだった。カーナビ付きで三十万円という破格値で譲り受けることができたのも、今後のメンテナンス費用がかさむことを考慮してくれたのかもしれなかった。

 ガンモは、中古のベンツに買い換えるまではずっと、国産のビックリカーに乗っていた。ビックリカーは、昭和四十五年製のセドリックという手のかかる車だったが、ガンモは自分でメンテナンスをすることが好きなので、車のことも良くわかっていた。だから、維持費がかかると言われているベンツでも、自分でメンテナンスする覚悟で譲り受けたらしい。

 実際、ガンモはすぐに大きな本屋でMercedes Benz 124 Series (85-93) Service and Repair Manual (Haynes Service & Repair Manuals) (ハードカバー) という本を見つけて購入し、熱心に読んでいた。この本は洋書だが、ベンツを自分でメンテナンスしたい人にはもってこいのマニュアルだ。ガンモはこの本を熟読し、ベンツのおおよその仕組みを理解した。そして、たいていの不具合に関しては、正規代理店に持って行くことなく、自分で修理した。

 不具合の中で最も顕著だったのは、信号待ちなどでエンジンを掛けたまましばらく停車すると、貧乏揺すりのような症状がしばしば発生したことだ。ガンモは、そうした症状が出る度に、購入したマニュアルを確認しながら、エンジンを爆発させるプラグを根気強く何度も何度も布で拭いたり、新しいものに取り替えたりした。ガンモが行った処置は応急処置ではあったが、やがて、いつも車検を出している修理会社のおじさんに状況を説明したところ、車検のときにほぼ完璧に修理してもらうことができた。こうした作業も、自分でメンテナンスするという覚悟がなければ、正規代理店に持って行くことが正当なやり方だと思い込み、選択肢が狭まってしまったことだろう。

 車の修理も、人間の身体も、同じようなものかもしれない。私は最近、ありとあらゆるものが、身近な何かとリンクしていることに感じ入っている。人任せにしてしまう前に、まずはその対象を良く知るということが大切なのではないだろうか。車のことを良く知らなければ、不具合が発生する度に、正規代理店に持って行かねばならず、莫大なお金がかかってしまう。そして、いつまで経ってもその繰り返しから抜け出すことができない。しかし、車のことを良く知れば、自分でメンテナンスできる場合もあるし、どのようなことに気をつけたらいいかについても、ある程度、予測がつくようになる。

 身体についても同じだ。自分の身体を良く知らなければ、誰かに自分の身体のことを尋ねなければならない。それは、自分の知らないことに対して、受身の姿勢を取り続けるということでもある。しかし、自分の身体のことなのだから、自分の身体に尋ねてみればいいのではないだろうか。その証拠に、自分の身体と対話すればするほど、自分の身体のどこを守ればいいかがわかるようになって来る。信じられないかもしれないが、私は年間を通してほとんど風邪を引かない。それは、冷えの経験を通して、自分の身体のどこを守れば良いかを試行錯誤して来たからだと思う。

 そして私は、自分の知っていることに関しては受身に、知らないことに対しては能動的に働きかけることで、状況を変えられるということに気がついたのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ココログのメンテナンス中により、更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。更新を楽しみにしてくださっている人がいたとしたら、とてもうれしいです。(^^)

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