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2006.04.27

映画『リバティーン』

 納品のしがらみから解放されて自由になった私は、自由の映画を観に行った。ジョニー・デップ主演の映画『リバティーン』である。「リバティーン」とは、放蕩(ほうとう)者という意味である。実は先日、彼主演のチャーリーとチョコレート工場をDVDで鑑賞して以来、彼の魅力にすっかりとりつかれてしまったのだ。「何となく、THE ALFEEの高見沢氏に似ているなあ」などと思いながらも、職場のパソコンの壁紙も、 『チャーリーとチョコレート工場』の壁紙に変えてしまったくらいである。

 私の場合、平日に映画を観ようとすると、相当気合いを入れなければならない。何故なら、三宮の映画館の最終上映時間は十九時前であることが多いのに、職場から映画館まで一時間近くかかってしまうからだ。しかし、『リバティーン』を上映している映画館を探していると、三宮から一駅だけ離れたところに、レイトショーで上映している映画館があることがわかった。しかも、映画館としての評判もなかなか良い。ガンモに電話を掛けてみると、仕事がとても忙しそうで、まだまだ帰宅できる雰囲気ではなさそうだった。ああ、ジョニー・デップが私を呼んでいる! 私はそう思いながら、レイトショーを観るのは次回に見送ることにして、レイトショー手前の夕方の上映に間に合うように、映画館への道のりを急いだ。

 初めての場所だったので、少し迷いながら映画館に辿り着くと、贅沢なことに、その回の上映を観るのは私一人だけだった。何と素晴らしい映画館だろう。私は一番見やすい席にどっかりと腰を降ろし、映画に見入った。(以下、少々ネタバレが入っているので、これから観たいと思っている方はご注意ください)

 この映画は、何と言ったらいいのだろう。ジョニー・デップ演じるロチェスター卿は、妻がいながら、特定の娼婦目当てで売春宿にせっせと通う。それだけでなく、芝居小屋で観客から罵声を浴び、挫折しかかっている女優を救い出し、真剣に演技指導をしながら、愛人関係に陥ってしまう。しかし、二人はどうも、魂のレベルで引き合っているようである。妻はそんな放蕩者の夫に失望してはいるのだが、体当たりでぶつかっている。

 夫婦関係がこのような形に変化してしまえば、自分自身が傷つかないように殻に閉じこもり、お互いにコミュニケーションを取らない方向に流れて行きがちだと思うのだが、彼の妻は、梅毒にかかってしまった夫をひどくののしりながらも、「あなたを愛している」と言って、強く抱きしめるのだ。おそらく、ああいう状況の中で夫の元を去って行く人は、単に自分を愛しているだけの人なのだろう。この妻のように夫を強く抱きしめることができる人は、夫を本当に愛している人だ。

 この映画を観ると、「自由とは何ぞや?」と考えさせられる。彼のような生き方は、本当の意味で自由と言えるのだろうか。私には、単に現実から目を背けているだけのように思えた。それは、彼が「今(現実)」を生きようとせずに、芝居という仮想の世界に魂を注ぎ込んだからだろうか。女優との愛人関係も、そこから始まったのだった。自由であるということは、しがらみのないことだと私は思う。妻と娼婦と女優の共存が、彼にはしがらみになっていたように、私には思えるのだ。

 梅毒になり、女優と別れ、再会した彼は、「君を妻にしたかった」と言うのだが、女優は、「私はいつまでも私のままで居たいので、あなたの妻にはなりたくない」と言う。この言葉が、女優なりの彼への愛だった。別れ際に女優は言うのだ。「私はあなたの心の中にずっと居る」と。もしかすると、真の放蕩者は、彼の愛人だった女優だったのかもしれない。

 果たして、真実の愛は、一体どこにあったのだろう。やはり、妻との間にあったのだろうか。それとも、彼の前から去って行った女優との間にあったのだろうか。

 なかなか解釈が難しいと言われているこの映画。ジョニー・デップがとにかくはまり役である。『チャーリーとチョコレート工場』で好演していた人とはとても思えない。ジョニー・デップは、一粒で二度おいしい俳優さんかもしれない。

※神戸近辺で『リバティーン』が観られる映画館
109シネマズHAT神戸ホームページ

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