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2006.04.03

太陽と月

 最近になって、私は芸術に対してとんでもない誤解をしていたことに気がついた。

 芸術好きのツインソウルとの交流が途絶えていた間、ツインソウルの活動は停滞気味で、積極的に何かを生み出そうとはしなかった。私には、そのことがとても不思議だったのだ。何故なら、芸術は、創り手の不安定な気持ちから生み出されるものだと思い込んでいたからだ。

 しかし、交流が復活した途端、ツインソウルはまるでこれまでの遅れを取り戻すかのように、再び活動を始めた。そして、私はようやく理解したのだ。芸術を愛する人たちは、ネガティヴな感情を吐き出すために作品に向かうのではなく、作品の中で、常にポジティヴな想いを表現したいのだということを。だから、不安定な状況のときには、自分自身のポジティヴな想いを集結させて、新たな作品を生み出すことができないのだ。

 更に私は、芸術を愛する人たちは、一人の時間が好きなために、制作に没頭したがるのだと思っていた。しかし、一人の時間に没頭することは、あくまで芸術を生み出すための手段であって、目的ではなかったのだ。過去の私はいつも、自分に対して直接的に還元されないことに苛立ちを感じていた。しかし、芸術に没頭する人たちは、何らかの安定があってこそ、初めて芸術に没頭できるのだ。

 確か、いつも掲示板に書き込みをしてくださっているSHANAくんが、安定しているときにこそ絵を描きたくなると言っていた。私はその言葉を受けたとき、まだピンと来ていなかった。しかし、芸術に対する理解が少し深まった今、私にとってもっとも身近な、文章を書くという行為に置き換えてみれば理解できる。

 不安定のときに生み出す言葉は、ネガティヴな感情を吐き出す言葉となり、人々の感動を誘い出すことはできない。不安定の状態にあるときは、言葉を通して、単に自分の中から不要なものが出て行くだけだ。しかし、安定の状態にあるときに綴る言葉は、これまでの自分の経験や想いを集結させて、ポジティヴな言葉をどんどん生み出して行く。吐き出すのではなく、生み出すのだ。

 創り手にとって、安定した状態にあることは、自分の立っている位置から、自分を照らす太陽が常に見えていることだと思う。そういう意味で、芸術を志すひとたちは月なのだ。一方、太陽には、月からはね返って来る光を期待するのではなく、月が輝いているのをじっと見守る姿勢が必要だ。ここに、これまで私に足りていなかった、芸術への理解があった。

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