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2006.04.06

チップ

 先日、仕事が休みだったガンモは、大阪に出掛け、肩から斜めにかけるポーチとハワイの本格的なガイドブック、それから、日常会話が満載されている一人で歩ける英会話の本を買って来た。コンセントの変換プラグも買って来たようだが、もともとハワイでは、電気製品を長時間使用するのでなければ、変換プラグは必要ないそうである。

 ガンモは、英会話の本で元気が出て来たらしく、
「この本を持って、ハワイを散策しなきゃいけないから」
などと言いながら、真剣に見入っている。

 「チップをどうしたらいいか、困ってるんだけど」
とガンモが言った。日本で生活している私たちにとって、チップを渡すという行為は、あまり馴染みがないものである。日本にもチップ制のトイレがあったりもするが、実際にチップを払って利用している人をほとんど見たことがない。

 ガイドブックなどには、その国の最小単位の紙幣をチップとして渡すと書かれているそうである。メイドさんには、枕の下にチップをそっとしのばせておくと良いそうだが、実際のところはどうなのか、ネットで検索しても、生の情報がなかなか入って来ないようである。

 そう言えば、私が独身の頃、日本のとある高級ホテルに宿泊したときに、ホテルのボーイさんに部屋まで荷物を運んでもらったことがある。そのとき、ボーイさんにチップを渡さなければと思い、千円くらいのお金をティッシュペーパーに包んで渡そうとしたのだが、
「宿泊料金に含まれておりますので、ご辞退させていただきます」
と、丁重に断られてしまった。だから、メイドさんのために枕の下にチップをしのばせることも実践しなかったという想い出がある。日本では、チップに相当するだけの金額が給料に含まれているため、チップを渡す週間はないのである。

 これまた独身の頃、高級旅館で仲居のアルバイトをしていた私は、お心付けなるものを何度かいただいたことがある。金額は、五千円とか一万円だった。お心付けを受け取った仲居は、お心付けをいただいたことを女将に報告し、女将に預ける。すると、女将がお客様にお礼を言ってくれて、そのあとで、いただいたお心付けを仲居のみんなに分けてくれるのである。

 かつてヨーロッパ旅行に出掛けたとき、私は何度かチップを渡したことがある。チップを渡すと、相手はものすごく喜んでくれるのだが、何となく、偉そうな観光客に成り上がってしまったような気がしてならなかった。チップという制度は、払う側を、少なからず傲慢な気持ちにさせてしまうようだ。

 しかし、今になって、チップを渡すときのあの照れ臭い感覚を思い起こしてみると、私は、義務としてチップを渡していたように思う。実際は、義務ではなく、感謝の気持ちがこぼれてお金に変化したものであるはずだ。義務として、チップを渡さなければならないと思うから、形式にこだわろうとするのだ。仲居をしていた頃に受け取ったあのうれしい気持ちを思い起こせば、チップを払う人の気持ちが見えて来る。義務ではなく、チップを渡したいのだ。

 さて、数日後にハワイに旅立つガンモも、私と同じ結論を導き出すだろうか。

※皆さん、いつも応援チップをありがとうございます!

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