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2006年4月

2006.04.30

魅惑された一日

 鳴子温泉をあとにした私たちは、陸羽東線、石巻線を乗り継いで、仙台方面へと向かった。途中の石巻(いしのまき)で降りて昼食を取るだけの予定だったが、石巻駅の楽しい雰囲気に魅惑され、予定を変更して石巻駅のコインロッカーに荷物を預け、数時間滞在することにした。

 一体、石巻駅の何が私たちを魅惑したかと言うと、まず、駅の階段に仮面ライダーを始めとするいくつものキャラクターが描かれていたことだ。また、駅の改札口には仮面ライダーの人形と、サイボーグ009の人形が立っている。更には、コインロッカーにも、様々な漫画のキャラクターが描かれているのだった。私たちは、漫画の町に迷い込んでしまったのだろうか。誰だって、そのような光景を目にすれば、「一体この町は何なのだ?」と不思議に思い、探求したくなってしまうことだろう。私たちは、これから起こることにわくわくしながら、駅でもらった石巻の探索マップを片手に、町の中へと繰り出したのだった。

石巻(駅)

 駅ほど顕著ではなかったが、町の至るところに漫画のキャラクターのオブジェが設置されていた。例えば、郵便ポストの上に仮面ライダーやロボコンが乗っかっていたりする。また、駅の改札にあったような仮面ライダーの人形が、まじめな建物の前に設置されていたりする。マンホールにもロボコンが描かれている。この町は確かに、キャラクターの町だった。

石巻(ポスト)

 実は、この町には、石ノ森萬画館という漫画家の石ノ森章太郎さんが生み出した漫画のキャラクターに関するミュージアムがある。石ノ森章太郎さんは、石巻のご出身ではないようだが、石巻に縁(ゆかり)のある漫画家さんらしい。石ノ森萬画館は、石巻の商店街をずんずん歩き、橋を渡ったところにどっしりと構えられた、大きな宇宙船のような建物だった。

 私たちはここで昼食を取り、石ノ森章太郎さんの生み出した数々のキャラクターの世界を堪能した。ミュージアムの中では、石ノ森章太郎さん以外の漫画家さんの展示物もあった。ちょうど、藤子不二雄さんに関する展示物があり、私たちは、どこでもドアを通り抜けたり、のび太たちが良く遊んでいた空き地のドラム缶をデジタルカメラに収めたりした。

石ノ森萬画館

 歴代の仮面ライダーの変身シーンが映像で流れていて、私たちは思わず真剣に見入ってしまった。仮面ライダー一号、二号、V3、ライダーマン、ストロンガー、アマゾンライダーなど、懐かしい顔ぶれが揃っていた。どれも、子供の頃にリアルタイムで見ていたキャラクターばかりだった。ちょっと恥ずかしい話だが、子供の頃の私は、改造人間になって、彼らのようなヒーローになりたいと思っていたものだった。

 仮面ライダーの変身シーンの映像は、やがて、私たちの知らない世代の仮面ライダーの映像に切り替わってしまった。しかし、このような特撮ものの製作に、今でも真剣に取り組んでいる人たちがいるのだなあと改めて感心した。同じ人たちが撮り続けているのではないとすれば、子供の頃にこうしたヒーローたちに憧れて大人になって行った人たちも、そろそろ創り手に回っているはずだ。仮面ライダーは、近代的なヒーローに世代交代しながららも、現代の子供たちに受け継がれているのだ。現代の子供たちもやがて大人になり、私たちのように、子供の頃に見ていた仮面ライダーを懐かしく思うときが来るのだろう。

 それから私たちは、鉄道乗り潰しのために再び石巻線に乗り、終点の女川(おながわ)まで出た。そこですぐに折り返す予定だったのだが、またまた楽しいものを見つけてしまったのだ。それは、女川駅前にある公衆浴場、女川温泉ゆぽっぽである。しかもその温泉は、お座敷列車を持っていて、まるで鉄道好きの私たちを魅惑するかのように、お座敷列車を女川駅のホームからのぞかせているのだった。

 女川温泉ゆぽっぽは、今年の三月に開設されたばかりの公衆浴場である。入泉料は大人五百円で、最近流行りの岩盤浴も付いている。お風呂の種類は檜風呂と岩風呂の二種類で、それらが男風呂と女風呂に分かれている。私たちが入ったときは、男風呂が岩風呂で、女風呂が檜風呂だった。

 お風呂でゆっくりと温まったあと、私たちはお座敷列車に足を運んだ。お座敷列車の中にはカラオケの設備もあり、数人の地元の人たちがにぎやかに語り合っていた。普段利用している列車が、宴会場に造り替えられているのはとても面白い。こうした遊び心は、非日常を楽しみたい私たちの気持ちを激しくくすぐるのだった。

女川温泉ゆぽっぽ

 それにしても、東北地方は温泉の宝庫だ。一体、いくつの温泉があるのだろう。普段、厳しい寒さに耐えている人たちへの、自然からのご褒美なのかもしれない。

 女川温泉を堪能した私たちは、元来た道を戻り、石巻駅のキャラクターの描かれたコインロッカーに預けておいた荷物を取り出して、今度jは仙石線に乗り換え、仙台へと向かった。途中で、ロボコン号とすれ違う。ロボコン号とは、JRの列車にロボコンの絵が描かれている車両だ。この手の車両で、サイボーグ009号もある。石巻は、どこまでも大人の遊び心をくすぐる町だ。

 石巻から一時間半ほどで、仙台に着いた。仙台は、雨を降らせながら、私たちを迎えてくれた。確か、三年前に仙台を訪れたときも雨だった。そんなことを思いながら、私たちは宿泊先のホテルへと急いだ。

※女川温泉ゆぽっぽについての詳細は、下記サイトをご覧ください。
女川町公式ホームページ

※鳴子温泉の画像を公開しました。
鳴子温泉(足湯)
鳴子温泉(こけし)
鳴子温泉(自然)
鳴子温泉(食べ物)

※てんちゃんへ

ゆきさんからのコメントを拝見して、「愛に関する掲示板」のてんちゃんへのコメントを、電車の中でしこしこ書いていたんだけど、エディタの上で書いて、保存しないままでノートパソコンをスリープさせたら、次に立ち上げたときにブルースクリーンになってしまって、跡形もなく消えてしまったの。引用行も含めて二百行くらいあったのにショック! と思って落ち込んでいたんだけど、新たに書き込んでくれたてんちゃんのコメントを拝見して、あのコメントを書くまでもなかったんだなあと思った。私が書こうとしていた内容よりも、ゆきさんの時間も、てんちゃんの時間も進んでいたんだ。だから、できるだけ今の時間に合わせて、改めて書かせてもらうね。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。励みになっています。私たちは今、東北地方を満喫しています。この旅を通して、普段、触れることのなかったいろいろなものを見て感じ取りたいと思っています。

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2006.04.29

鳴子温泉

 「急行きたぐに」の中では、比較的良く眠れた。おそらく、「急行きたぐに」が機関車に牽引される列車ではなく、自分の力で動く電車だからだろう。「急行銀河」のように、機関車に牽引される列車の場合、停車するときにガクンガクンと激しい揺れを感じて何度も目を覚ましてしまうのだ。

 朝、新潟駅に着いてから、駅の構内にある飲食店で朝定食を食べた。朝食も含めて二時間近く新潟に滞在したあと、新潟から「快速きらきらうえつ」に乗り、日本海の美しい海岸沿いの景色を眺めながら列車の旅を続けた。不思議なことに、単に海だけの景色よりも、岩も一緒に視界に入って来たときにシャッターを押したくなってしまう自分に気がついた。

 やがて、美しい海岸沿いの景色に別れを告げ、「快速きらきらうえつ」は庄内平野に入った。庄内平野は、日本でも有数のお米の産地である。視界に入って来たのは、見渡す限りの大平野。どこを向いても田んぼだらけだった。私はその壮大なスケールに引き込まれ、ここで作られているお米が、日本全国の家庭の食生活を成り立たせているのかと思うと、深い感動を覚えた。いつもお世話になっているお米の産地を直接訪れることができるのは、ありがたいことだ。

 更に、映画『蝉しぐれ』の舞台になった鶴岡市を通過して、私たちは次の列車に乗り換えるために余目(あまるめ)で降りた。

 余目から「快速最上川」に乗り、新庄まで出て、新庄から鳴子温泉行きの列車に乗り換えて、終点の鳴子温泉で降りた。鳴子温泉までの陸羽西線は、温泉の宝庫で、「奥の細道 湯けむりライン」の愛称があるらしい。今回の私たちの宿泊先は鳴子温泉である。

 鳴子温泉で降りると、硫黄の臭いが漂って来た。本格的な温泉街なのである。駅のすぐ外には足湯があり、数人の観光客が利用していた。私たちはチェックインを済ませ、夕食まで少し時間があったので、温泉街を散策した。お土産屋さんにはたくさんの「こけし」が並んでいる。鳴子温泉の名産品は「こけし」なのだ。

 駅前の足湯の他にも、二箇所ほど足湯があった。足湯があるということは、温泉が豊富な上に、温泉の温度も比較的熱いのだろう。私たちは、駅前の足湯ともう一箇所の足湯を利用したおかげで、身体がぽかぽかして来た。自然の恵みは本当にありがたい。足湯は、こうした自然の恵みを惜しみなく与えようとするありがたい施設だと思う。

 鳴子温泉周辺では、桜が咲いていた。旅館の人の話によれば、今年はこの辺りで採れる山菜も、およそ一ヶ月遅れで咲いていると言う。桜の開花もようやくきのうから始まったばかりなのだそうだ。ようやく桜が咲きかけたと思えば、すぐに満開になってしまったと言う。桜は、開花するタイミングを待ち望んでいたのかもしれない。関西地方では、何週間も前に散ってしまった桜が、時間差で東北地方にも咲いている。まるで、ガンモのハワイ行きのことで頭がいっぱいで桜を十分堪能できなかった私たちを歓迎してくれているかのようだった。

 散策から帰ると、間もなく夕食の時間だった。夕食は部屋に運ばれ、何と、テーブルではなく、お膳に盛られていた。私たちは座椅子に座り、まるで精進料理をいただくかのように、お膳に並べられたお料理をつついた。

 このお料理がまたまた素晴らしかった。私は、自分でほとんどお料理をしていないので、お料理を味わうだけの立場から書かせていただくのだが、シェフや料理長のプライドを感じてしまうような挑戦的なお料理ではなく、丁寧に、そして愛情がしっかりと込められた暖かい家庭料理の味だった。私は、お料理に込められた愛情に触れ、愛情のこもったお料理が私たちの前にあることがありがたくてありがたくて、感動の涙を流しながら、しっかりと残さずいただいた。

 おなかがいっぱいになったあとは、お待ちかねの温泉だ。私たちの宿泊した旅館には、全部で四種類の温泉があり、私は硫黄泉と、塩分を含んだ二つの温泉に入った。露天風呂もあったのだが、数は一つだけで、ずっと男性の利用時間に当たっていて、利用できなかった。単純温泉もあったのだが、こちらは時間の関係で入らなかった。硫黄泉に入ったのは、ずいぶん久しぶりのことだった。鳴子温泉の硫黄は、臭いもそれほどきつくなくて、身体にいい反応をしてくれているように思えた。

 お風呂から上がったガンモが、私に変色した指輪を見せてくれた。実は、ガンモと私の結婚指輪は、二人ともサイズが合わなくなってしまったので、私が二つとも引き取り、左手につけている。かつて私が左手の薬指にはめていた結婚指輪は、私の左手の小指に、かつてガンモが左手の薬指にはめていた結婚指輪は、私の左手の薬指に納まっている。それらの結婚指輪はプラチナ製なので、硫黄に負けることもなく、変色はしていなかった。しかし、結婚指輪のサイズが合わなくなったガンモに、私が一回り大きいサイズの銀製の指輪をプレゼントしたのだ。その指輪が硫黄泉で化学反応を起こし、すっかり変色してしまっているのだ。

 ガンモに変色した指輪を見せられた私は、自分の右手を見て驚いた。私の右手には、別の指輪もはめているのだが、銀製であろうそれらの指輪も、ガンモの指輪と同じように変色していた。私たちは、指輪が変色したことが面白くて、笑い合った。硫黄泉に入るために警戒して、わざわざ指輪を外してお風呂に入っていたら、こんなに笑うこともなかっただろうと思うのであった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東北地方の皆さん、こんにちは! 「東北地方は、まだまだ寒いのでは?」という思い込みがあり、防寒の準備をして来たのですが、このGWはずいぶん暖かいですね。普段、あまり馴染みのない東北地方にいるはずなのに、東北に来ていることに違和感がありません。それにしても、陸羽西線は、温泉の宝庫でびっくりしました。寒さの厳しい地域でも、温泉により、自然の恵みを受けているのですね。

※この日撮影した写真
鳴子温泉(足湯)
鳴子温泉(こけし)
鳴子温泉(自然)
鳴子温泉(食べ物)

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2006.04.28

「急行きたぐに」の旅、再び

 朝、通勤の途中、上司にばったり会った。沈黙にならないように何を話そうかと思いあぐねていると、きのう私が出掛けた映画館が、上司の自宅近くだったことを思い出したので、思い切って、
「HAT神戸って知ってますか?」
と持ちかけてみた。すると上司は、その映画館の会員になって映画を楽しんでいると言う。いやいや驚いた。上司はいつも休み時間もせっせと仕事をしているので、私はてっきり体育会系だと思い込んでいたのだ。

 仕事は、次なる納品に向けて動き始めたのだが、新たな問題が発生し、少々あたふたしてしまった。それでも、職場全体がゴールデンウィーク前の希望に満ちたモードになっているので、私はできるところまで仕事を終え、定時過ぎに帰宅した。夜のうちに支度を整え、大阪を二十三時二十七分に発車する「急行きたぐに」に乗車する予定なのである。

 自宅でご飯を食べてからお風呂に入り、ばたばたしながらも、出発の準備が整った。そして私たちは、大阪に向けて出発した。

 「急行きたぐに」は、以前にも乗車したことのある列車である。そのときは、ガンモの歯痛が激しくて、寝台列車の非日常をあまり楽しむことができなかったのだ。だから、今回の旅は、記憶を塗り替えるための旅ということになる。

 大阪駅に着いて、「急行きたぐに」が発車するホームに移動する。しばらく待っていると、三つ目の「急行きたぐに」が入線して来た。いよいよ旅の始まりである。

 今回、私たちが乗車したのは、B寝台の二段になっているところだ。「急行きたぐに」のB寝台は通常、上段、中段、下段の三段構成なのだが、場所によって、通常の三段構成が二段になっているお得な寝台があるのだ。しかし、もともとは三段構成を前提に作られているので、下段には大きな窓があるものの、天井はひどく低い。座っただけでも上段の寝台に頭がぶつかってしまう。一方、上段は、三段構成を二段構成にしている分、天井が少し上に伸びている。窓については、小窓が一つあるだけだ。

 寝台列車に乗るときは、外の景色をじっくり眺めたいガンモが下段、私が上段で寝る。「急行銀河」はA寝台を利用するため、一つの寝台に寄り添って寝られるだけの広さがあるのだが、さすがにB寝台となると、A寝台よりも幅が狭い。広さを見て、もしかしたら一緒に寝られるかもしれないとも思ったが、やはり狭いので、それぞれの寝台で眠ることになった。

 私は、前回、乗車したときに、歯が痛くて顔をふくらませているガンモが、私の様子をうかがいに来たことを思い出した。あのとき、私はとてもうれしかったのだ。うれしかったのに、眠気に負けてしまい、そのまま寝てしまった。だから今回は、下段で消灯までの時間をガンモと一緒に過ごせたことがうれしかった。狭い空間を二人で共有できることで、私はこの上のない喜びを実感するのだった。

 消灯の時間が来たので、私はトイレに行き、洗面を済ませて上段の寝台へと移動した。寝台列車の上段で一夜を過ごすことは、高所恐怖症の私には素晴らしいリハビリになる。B寝台は、足元に荷物を置くと、ちょっと狭い。私は安眠のために、MP-3プレイヤーを取り出して再生しながら眠りに就いた。新潟での素晴らしい朝を迎えられることを期待しながら。

※前回、乗車したときに撮影した「急行きたぐに」の画像
まるみデイリー:急行きたぐに

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。待ちに待ったゴールデンウィークが始まりました。私たちは、新潟入りしたあとは、東北地方へ向かいます。新潟や東北地方からアクセスしてくださっている皆さんを身近に感じて来たいと思います。

※ななちゃんも『リバティーン』を観たのだね! 確かに、映画の内容は難しかった。十七世紀に実在したという人物らしいけど、私たちは、一人の男性の生き様を見せられた、という一言に尽きるのかもしれないね。私も、一度観ただけでは理解し切れない部分が多かったので、DVDが出たら、また観てみたいな。『チャーリーとチョコレート工場』は、DVDの発売が二月だったので、一週間レンタルできるはず。私はTSUTAYAで借りたけど、確か一週間レンタルだった。彼の他の作品、まだあまり知らないので、観てみたいと思ってるよ。ななちゃんの好きな作品も、いつか観てみるね。

※鏡子さんの掲示板のコメントに泣けた! 久々に掲示板で泣かされた。辛くて苦しい想いを重ねながら、愛を貫いて来た人たちが、同じように苦しい想いを体験している人たちの道標になっている。私はその素晴らしさに酔いしれている! 愛ちゃんも、いつか、同じように苦しい想いをしている人たちの道標になるんだろうな。

※コトリさんの、人を理解しようとする心をビンビン感じる。コトリさんはいつも、一つの事象に対する考察が深いね。人の想いを流さない人。私から見たコトリさんは、そんなイメージ。

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2006.04.27

映画『リバティーン』

 納品のしがらみから解放されて自由になった私は、自由の映画を観に行った。ジョニー・デップ主演の映画『リバティーン』である。「リバティーン」とは、放蕩(ほうとう)者という意味である。実は先日、彼主演のチャーリーとチョコレート工場をDVDで鑑賞して以来、彼の魅力にすっかりとりつかれてしまったのだ。「何となく、THE ALFEEの高見沢氏に似ているなあ」などと思いながらも、職場のパソコンの壁紙も、 『チャーリーとチョコレート工場』の壁紙に変えてしまったくらいである。

 私の場合、平日に映画を観ようとすると、相当気合いを入れなければならない。何故なら、三宮の映画館の最終上映時間は十九時前であることが多いのに、職場から映画館まで一時間近くかかってしまうからだ。しかし、『リバティーン』を上映している映画館を探していると、三宮から一駅だけ離れたところに、レイトショーで上映している映画館があることがわかった。しかも、映画館としての評判もなかなか良い。ガンモに電話を掛けてみると、仕事がとても忙しそうで、まだまだ帰宅できる雰囲気ではなさそうだった。ああ、ジョニー・デップが私を呼んでいる! 私はそう思いながら、レイトショーを観るのは次回に見送ることにして、レイトショー手前の夕方の上映に間に合うように、映画館への道のりを急いだ。

 初めての場所だったので、少し迷いながら映画館に辿り着くと、贅沢なことに、その回の上映を観るのは私一人だけだった。何と素晴らしい映画館だろう。私は一番見やすい席にどっかりと腰を降ろし、映画に見入った。(以下、少々ネタバレが入っているので、これから観たいと思っている方はご注意ください)

 この映画は、何と言ったらいいのだろう。ジョニー・デップ演じるロチェスター卿は、妻がいながら、特定の娼婦目当てで売春宿にせっせと通う。それだけでなく、芝居小屋で観客から罵声を浴び、挫折しかかっている女優を救い出し、真剣に演技指導をしながら、愛人関係に陥ってしまう。しかし、二人はどうも、魂のレベルで引き合っているようである。妻はそんな放蕩者の夫に失望してはいるのだが、体当たりでぶつかっている。

 夫婦関係がこのような形に変化してしまえば、自分自身が傷つかないように殻に閉じこもり、お互いにコミュニケーションを取らない方向に流れて行きがちだと思うのだが、彼の妻は、梅毒にかかってしまった夫をひどくののしりながらも、「あなたを愛している」と言って、強く抱きしめるのだ。おそらく、ああいう状況の中で夫の元を去って行く人は、単に自分を愛しているだけの人なのだろう。この妻のように夫を強く抱きしめることができる人は、夫を本当に愛している人だ。

 この映画を観ると、「自由とは何ぞや?」と考えさせられる。彼のような生き方は、本当の意味で自由と言えるのだろうか。私には、単に現実から目を背けているだけのように思えた。それは、彼が「今(現実)」を生きようとせずに、芝居という仮想の世界に魂を注ぎ込んだからだろうか。女優との愛人関係も、そこから始まったのだった。自由であるということは、しがらみのないことだと私は思う。妻と娼婦と女優の共存が、彼にはしがらみになっていたように、私には思えるのだ。

 梅毒になり、女優と別れ、再会した彼は、「君を妻にしたかった」と言うのだが、女優は、「私はいつまでも私のままで居たいので、あなたの妻にはなりたくない」と言う。この言葉が、女優なりの彼への愛だった。別れ際に女優は言うのだ。「私はあなたの心の中にずっと居る」と。もしかすると、真の放蕩者は、彼の愛人だった女優だったのかもしれない。

 果たして、真実の愛は、一体どこにあったのだろう。やはり、妻との間にあったのだろうか。それとも、彼の前から去って行った女優との間にあったのだろうか。

 なかなか解釈が難しいと言われているこの映画。ジョニー・デップがとにかくはまり役である。『チャーリーとチョコレート工場』で好演していた人とはとても思えない。ジョニー・デップは、一粒で二度おいしい俳優さんかもしれない。

※神戸近辺で『リバティーン』が観られる映画館
109シネマズHAT神戸ホームページ

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m とっても励みになっています。いよいよGW間近! お気に入りの映画館で映画三昧なんていうのもいかがでしょうか。

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2006.04.26

二度あることは三度ある

 納品作業は最後までバタバタしてしまい、ようやく片づいたのは二十三時前だった。職場を出てすぐにガンモに電話を掛けてみると、ガンモは飲み会に参加しているようだった。そう言えば、朝、ガンモが出掛けて行くときに、
「今夜は飲み会だから」
と言ったのを思い出した。私はケロッと忘れてしまっていたのだ。

 地下鉄三宮に着いてから、もう一度ガンモに電話を掛けてみると、ガンモはまだ飲み会の席にいるようだった。私は、今夜はガンモと一緒には帰れないと思い、JR三ノ宮駅のホームに上がった。次の電車の発車案内を見ると、二十三時四十八分と表示されている。いつもは数分ごとに運行しているはずのJR神戸線だが、この時間帯になると、さすがに本数も減って来る。次の発車までおよそ十五分もあったので、私は自動販売機で温かい飲み物を買って飲んだあと、駅のホームでぼんやりと電車が到着するのを待っていた。

 ようやく電車が到着したので、私はいそいそと電車に乗り込んだ。そして、自宅の最寄り駅で降りて、すぐ側にあったエレベータに乗った。私が乗ったエレベータに、慌てて滑り込んで来る人がいたのだが、私はPDAを片手に持ってネットにアクセスしていたので、意識がその人に向かなかった。しかし、視界の向こうにチラチラ映って見えている人の雰囲気が妙に懐かしい。「もしや?」と思って顔を上げてみると、やはりガンモだった。

 「最近、良く会うね」
と、エレベータの中でガンモが言った。私は驚きのあまり、きょとんとしていた。ガンモは、私と電話で話をした直後に飲み会がお開きになり、JR三ノ宮駅のホームに入ったと言う。そして、いつも私がいる場所を探してみたが、私の姿が見当たらなかったので、私はもう電車に乗って帰ってしまったのだと思い込み、私が立っていたホームの向かい側のホームを歩いて、私の立っていた自動販売機のある裏側の売店付近で電車の到着を待っていたのだと言う。私も、いつもガンモを待っている場所で電車を待っていれば良かったのだが、ちょうどその辺りには飲み会帰りの大学生たちが集まっていてひどくにぎやかな様子だったので、静かな場所を選んで待っていたのだ。私が既に電車に乗ったかどうかを電話で確認すれば良かったのだろうが、ガンモは私が既に電車に乗っていると思って、電話を掛けるのを遠慮したようだ。それでも、実際は二人とも同じ電車に乗っていたのである。

 実は、その前日にも、同じことが起こっている。私は納品前の残業で、ガンモはどういうわけか仕事ではまっていた。三宮に着いたときにガンモに電話を掛けてみると、良く聞き取れない状況の中で、
「もしかすると、帰りは同じくらいの時間かもしれないなあ」
とガンモが言った。私は、ガンモがどこか遠い場所で作業をしていて、新快速に乗って帰って来るものだと勘違いし、一人で快速列車に乗り、ガンモとは待ち合わせをしなかった。私たちの利用している通勤圏内の途中の駅には、快速列車と新快速列車の待ち合わせはないからだ。しかし、最寄り駅で電車を降りた途端、ガンモから電話が掛かって来たのだ。
「今、○○駅(最寄り駅)だけど?」
ガンモの掛けている電話の背景で、同じ音が聞こえてくる。
「えっ? 私も○○駅だよ。まさか、同じ快速電車に乗ってたの?」
と尋ねると、
「そう」
とガンモが言った。

 私たちは本当に驚いた。お互いに仕事が忙しかったり、どちらかが飲み会だったりと、普段の帰宅時間よりも遅いはずなのに、まるで申し合わせたように最寄り駅でばったり会うことになる私たち。しかも、二人とも同じ電車に乗って帰宅しているのだ。そう言えば、つい先日も、交差点でばったり会ったばかりだ。私たちはこのような必然に、とても強い絆を感じるのだった。

 昔から、「二度あることは三度ある」とは良く言ったものである。

※ようやく納品が終わり、ほっと一息ついております。いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.25

呼ばれている

 仕事が忙しく、精神的に余裕のない日々が続いている。夕方から打ち合わせに入ったが、休憩時間も返上して打ち合わせを続けてしまいそうな雰囲気だったので、私はおもむろに立ち上がり、
「休憩を取りたいです」
と申し出た。夕方には、十七時十五分から十五分間と、十八時三十分から三十分の休憩時間がある。夜になると、二十一時三十分から三十分間の休憩時間もあるのだが、ほとんどの人は休憩を取らずに仕事を続けている。しかし、休息を取っても、取らなくても、申告する作業時間からはマイナスしなければならない。

 私はいつも、十七時十五分からの休息時間を、昼休みに書き上げた「ガンまる日記」を推敲する時間に当てている。しかし、その時間が打ち合わせで潰れてしまったので、私はイライラしていた。いつも食前に飲んでいる漢方薬も飲んでおきたい。トイレにも行きたい。残業が長引くなら、食堂でご飯を食べておきたい。「ガンまる日記」の推敲もしておきたい。いつも、夕方の休み時間にこなしていることが叶わないので、私は休憩を取りたいと主張したのだった。

 私が休憩から打ち合わせコーナーに戻ってみると、他のメンバはまだ打ち合わせを続けていた。何となく後味の悪い雰囲気だった。打ち合わせのテーブルを見ると、お菓子がいくつも並んでいる。どうやら、おなかが空いたので、お菓子を食べながら打ち合わせを続けていたらしい。彼らはそういう食生活でも身体が成り立つ人たちなのだ。私は、残業をするならしっかり食べておかないと頭が働かないタイプである。

 そんなすさんだ日々の中で、唯一支えになっているのが、もうすぐ始まるゴールデンウィークの九連休だ。前半は、ガンモと旅行に出掛け、後半は、映画三昧とライブの予定になっている。さて、このライブなのだが、実は例年と違って、ちょっと面白い状況になっている。

 私は毎年、ゴールデンウィークになると、好きなアーチストのライブに遠征している。遠征先は、中国地方と、私の地元、四国地方だ。特に毎年、ゴールデンウィークの時期には、必ずと言っていいほど鳥取県のライブが入っていた。三朝温泉で湯治をしているであろう私にとっては好都合だと思っていたのだが、どういうわけか、今年に限って、ゴールデンウィークの鳥取公演が予定されなかった。私の地元の四国のライブについても、私は三朝温泉に湯治に出掛ける予定を立てていたので、ライブのチケットを手配しなかった。あとになってから湯治の予定を変更したが、公演直前になっても、チケットは何とかなるだろうと思って、結局のところ、手配しなかったのだ。

 そうこうしているうちに、好きなアーチストがちょうど四国で公演をする頃、別のアーチストのライブの予定が入って来た。そのアーチストとは、私が中学生の頃に熱狂的な想いを寄せていたゴダイゴである。彼らはこの度、七年振りに再結成し、音楽活動を再開することになったのだ。前回の再結成のときの興奮を思えば、ゴールデンウィークに参加する予定の再結成ライブはとても楽しみである。

 そう言えば、つい先日のことである。ガンモと私が仕事帰りに各駅停車の電車に乗っていると、途中の駅で快速列車の待ち合わせのために、電車がしばらくホームに停車した。そのとき、反対側のホームに、ゴダイゴのベーシスト、スティーヴ・フォックスが立っているのが見えた。どうやら、スティーヴも、その駅で快速列車か新快速列車に乗り換えようとしているところだった。確かスティーヴは、神戸で宣教師をしているはずだ。私はガンモに、
「あれ、ゴダイゴのスティーヴだよねえ」
と言った。ガンモも彼をじっと見つめて、
「うん、そうだと思うよ」
と答えた。

 後日、テレビで彼らの再結成インタビューを見たガンモが、
「あれはやっぱりスティーヴだった」
と私に言った。ガンモは、テレビに映ったスティーヴの顔を見て確信したようだった。

 中学生の頃、ゴダイゴが載っている雑誌の切り抜きやポスターを必死になって集めていた。私が大好きだったのはタケだったが、あまりにも熱狂的だった当時の私が、駅のホームでスティーヴを見掛けようものなら、それはもう大変な騒ぎになっていたことだろう。それが、熱狂的な時代から三十年近くも経って、駅のホームで、熱狂的に好きだったバンドメンバーの一人を見掛けることになろうとは。しかも、彼らが再結成ライブを行う少し前に。

 私は、ゴダイゴに呼ばれているとしか思えない。いつも参加しているアーチストのチケットを手配しなかったのも、すべて彼らの再結成ライブに参加することへと繋がっていたのではないかと思うのだ。

 何度も何度も解散しては再結成するゴダイゴ。ゴダイゴはGO-DIE-GOと書く。「行け、死んでも行け」という意味らしい。彼らは本当に、その勇ましい名前に匹敵するバンドになった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。二十六日までは、あたふたと仕事に追われていますが、九連休のゴールデンウィークを目指して頑張りたいと思います。

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2006.04.24

たくたく

 何かの拍子に突然、過ぎ去ってしまった過去の記憶が呼び覚まされることがある。同性のソウルメイトについて思いを巡らせていたとき、ふと思い出したのが、社員として働いていた頃の同僚のことだった。

 彼女のニックネームは「たくたく」と言う。名字に「宅」が付いていたことから、みんなに「たくたく」と呼ばれていた。一方、私は旧姓が越智(おち)だったため、会社では「おちおち」と呼ばれていた。

 その会社は、私が唯一、会社員として働いた職場でもある。そこを退職してからはずっと、会社員にはならず、派遣社員やフリーで働き続けている。その会社では、大学を卒業してから四年間だけお世話になった。楽しい同期に恵まれて、はちゃめちゃな会社生活を送ったものだ。たくたくも、楽しい同期の一人だった。新人の頃、与えられた課題が終わらずに、同期の女性と二人でラブホテルに泊まったことも、今となっては懐かしい想い出である。

 そんな職場でしばらく一緒に働いていたたくたくは、実は私と同じ大学の同じ学部、学科出身だった。私は一浪、たくたくは現役でその大学に入ったので、実年齢は一歳違うのだが、私の通っていた大学にはクラス制度があり、たくたくとはクラスまで一緒だった。学生時代は、同じクラスといえどもほとんど会話をすることはなかったのだが、同じ職場で働くようになってから、同じ大学出身の同期ということもあって、良く話をするようになった。

 不思議なことに、たくたくとは配属先も同じだったのだ。そのため、同じプロジェクトで仕事をしていたこともある。たくたくと二人で夜中まで残業し、笑いながら駅までの道のりを一緒に歩いて帰ったこともしばしばあった。若かったあの頃は、仕事に対する責任もなく、残業がひどく続いた日々でも笑っていられたのだ。いや、もしかすると、忙しくても楽しく仕事ができたのは、たくたくが居てくれたおかげかもしれない。

 会社の先輩たちは、たくたくと私のことを良く間違えた。私がたくたくに間違えられることはなかったのだが、たくたくは何度も何度も私と間違えられたと言う。ある先輩などは、たくたくに、自分の撮影した写真を取り出して、おもむろに説明をし始めたと言う。たくたくは、何が起こっているのかわからずにきょとんとしていたらしいが、実はその先輩と私は、以前、カメラや写真の話題で盛り上がったことがあったのだ。その先輩は、たくたくを私だと勘違いして、たくたくに一生懸命、自分の撮影した写真の説明を始めてしまったらしいのだ。たくたくは良く、
「またおちおちに間違えられたよ」
と笑いながら、間違えられた話を私に報告してくれたものだった。

 私がその会社を退職してからも、同期の人たちとはときどき飲み会を開いていた。その席には、必ずと言っていいほどたくたくが参加していた。やがてたくたくも結婚し、時をほぼ同じくして、ガンモと私も結婚した。ガンモと結婚してからも、たくたくを交えて、前の職場の人たちと飲み会を開いたことがある。実に不思議なことなのだが、ガンモはたくたくと並ぶと、とてもお似合いだった。ガンモもたくたくのことがとても気に入ったらしい。私は、そんな二人を一枚の写真に収めた。二人の並んでいる姿は、とても微笑ましかった。

 私がホームページを立ち上げたことを報告したとき、たくたくはこう言った。
「ホームページは、おちおちにとって、本当にぴったりな作業だよ。こんなぴったりな作業、他にないよ」
たくたくがこう言ってくれたのは、文章を書くことを好きな私が、会社で新聞部なるものを立ち上げたからだ。たくたくは、私の立ち上げた新聞部にも力を貸してくれた。だから、私が会社を辞めるときは、たくたくに新聞部の部長を委ねたのだ。

 しかし、結婚してしばらくすると、たくたくとは次第に疎遠になってしまった。お互いにマメに連絡を取り合うようなタイプではなかったからだろう。それに、二人とも同じ職業でずっと忙しい毎日を送っていた。私は年賀状を書いたり書かなかったりだったが、たくたくは毎年のように年賀状をくれている。そんなたくたくにも子供が生まれ、退職し、今は専業主婦になっている。

 考えてみると、ホームページを立ち上げてからと言うもの、私はネットでの交流に夢中になり、リアルの友達を大切にしていなかったように思える。私はたくたくに、出産のお祝いも贈っていないのだ。

 今回、たくたくのことを記事にしてみて、このような不思議な出会いはとても貴重なものだったのではないかと思い始めている。私は、同性のソウルメイトに出会っていたのに、大切にできていなかったのではないだろうか。今からでも、きっと間に合うはず。しばらく交流が途絶えていたたくたくと、連絡を取ってみようと思う。

※きのうの記事に共感し、応援クリックしてくださった皆さん、本当にありがとうございます。久々にわーわー泣けたことで、少し自分を取り戻せたような気がしています。皆さん、本当にありがとう!

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2006.04.23

くっつき虫

 相変わらず、私たちのマンションのベランダには、毎日のように鳩が餌を食べにやって来ている。去年、私たちが愛シチュー博に出掛けている間に鳩が巣を作り、雛が孵ったのだ。私たちはその雛にモリゾーと名付けた。更に、最近になって、まだ産毛のある若い鳩が鳩夫婦と一緒に餌を食べに来るようになった。どうやら鳩夫婦にまた新しい雛が生まれ、巣立ちしたようである。

 少し前まで、鳩夫婦の夫と妻が代わる代わる餌を食べに来ていたことがあった。きっとどこかで巣を作って、かわりばんこで卵を温めているのだろうと思っていたが、やはりその通りだったようだ。

 鳩夫婦は、去年生まれたモリゾーには、一人立ちさせるために餌を食べさせないように追い払ってしまうのに対し、新しい雛に対してはまだ寛大で、一緒に餌箱をつつくことを許している。私たちは、この雛にキッコロと名付けた。

 しばらくそんな毎日を送っていたために、私たちのマンションのベランダは、鳩の糞ですっかり汚れてしまっていた。この週末、ガンモは突然、エンジンがかかったと言って立ち上がり、徹底的にベランダの掃除を始めた。というのも、去年、鳩が巣を作ってから、ベランダに布団を干すことができなくなってしまっていたからだ。

 ガンモは、鳩の糞で汚れたベランダをブラシできれいにこすり、鳩の糞を水で洗い流した。ついでに、ベランダに置いてあった不要なものを次から次へと処分した。ガンモのエンジンがかかったおかげでベランダがすっかりきれいになった。私は、ガンモがまとめてくれたゴミを出すために、マンションのゴミ捨て場まで四往復した。

 私がゴミを捨てるために玄関に出たとき、玄関に置いてある台車の下に、木の枝が数本、チラチラ顔をのぞかせているのが見えた。「こんなところに木の枝が・・・・・・?」と思い、台車の下をのぞき込んでみると、何と何と、木の枝を何本もドーナツ状に集めた作りかけの巣があった。最近、玄関のあたりに糞が多いのが気にはなってはいたのだが、彼らは台車の物陰にせっせと巣作りを始めていたのだった。さすがに、玄関に巣作りされてはたまらない。確か、以前にも同じようなことがあり、ガンモが巣を撤去している。今回も、ガンモに報告すると、ガンモがすぐに巣を撤去した。どうやら鳩は、私たちのマンションが気に入ってしまったようだ。

 まったく人騒がせな鳩たちである。しかしこの一年、鳩夫婦をずっと観察して来たが、私たち夫婦のようにとても仲が良い。卵を温めている時期以外はずっと一緒にいる。彼らはくっつき虫なのだろうか。

 ベランダの掃除が終わり、のんびりと部屋でくつろいでいるときに、ガンモがとても優しい表情をして私の顔を見つめた。私はガンモのその表情に深い愛を感じて、涙がドバーッと出て来た。そのまましばらくガンモと見つめ合いながら、私は久しぶりにわーわー泣いた。私は、この上のない幸せを感じて泣いたのだった。

 夜、お風呂に入っているときに、ガンモの髪の毛をカットした。サービス満点の床屋さんである。私たちはいつもこんなふうに、何かを一緒にすることで、相手の領域へと立ち入っている。これが私たちの最も心地よい関わり方だ。こんなふうに、相手がガンモだからこそ実現できていることがたくさんある。私はガンモにくっついていて、ガンモは私にくっついている。そうしたくっつき虫のような関わり方が、私たちには大きな喜びなのである。

※パワー不足の私を応援してくださった皆さん、どうもありがとうございます。とてもうれしく思います。

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2006.04.22

映画よ、今日もありがとう

 仕事が忙しかったウィークディが終わり、ようやくの週末だ。ゴールデンウィーク前に納品が一つ控えているため、今はそれに向けて全速力で働いている。

 そんな中で、生理が始まってしまった。私にとって、仕事が忙しい時期に迎える生理は、少々きつい。短時間に多くのことをこなさなければならないのに、頭の働きがにぶくなってしまうからだ。生理が来ると、たくさんの血液が身体の外に出て行くせいか、貧血に近い状態になってしまうのだ。

 それに加え、生理中に鍼灸治療を受けたため、一気に身体がだるくなってしまった。私は、特に何の予定もない休日は鍼灸治療に出掛けているのだが、生理のときはいつも身体がだるくなってしまうのだ。そんなわけで、鍼灸治療から帰宅するとぐったりしてしまい、自宅でのんびりしていた。パソコンに向かっても、「ガンまる日記」をなかなか書き上げることができずに、四苦八苦していた。

 こんな日は、映画を観ながらとことん受身になろう。そう思って、借りて来たDVD二本とオンラインサービスの映画を一本観た。ブロードバンドの時代になり、インターネットで無料配信されている映画を観られるようになったのは、とてもありがたいことだ。我が家の回線は少々遅いので、ときどき映像と音声が途切れたりする。それでも、映画を観ることによって、自分の中で眠ってしまっている愛の感覚を呼び覚まして欲しい。そんな期待でいっぱいだった。

 仮想世界を体験することによって、自分が現実世界に生きていることを改めて実感する。究極の感情を味わうことで、これまで自分が愛に生きていたことを思い出すのだろう。パワー不足のときは、まぶし過ぎる愛の映画よりも、ちょっとすさんだ映画のほうが、私の持っている愛の部分が引き出されやすい。

 映画よ、今日もありがとう。

※無料で観られるインターネット映画
総合動画サイト - BIGLOBEストリーム - ブロードバンド動画配信、無料動画ストリーミング、ビデオ・ネット映像配信
パソコンテレビ GyaO [ギャオ] 無料動画  |映画|
Yahoo! 動画

※観た映画の感想
映画と演劇のはなし

※応援クリックしてくださっている皆さん、ありがとうございます。うむむ、まだまだ不調であります。もうちょっと、自分自身の愛の部分を引き出せるよう、パワーをあたためて行きます。

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2006.04.21

続・Mさんからのメールに対する返信

 きのう書いたMさんからのメールに対する返信という記事の内容が、どうも気にかかっている。あまりにも結論を急ぎ過ぎた感があり、まだまだ書き足りない部分があるので、もう少し追記させていただきたい。

 Mさんの「同じすぎて一緒にいる意味がないと感じました」という表現に対し、少し反論させていただいたのだが、もしかすると、世の中には少なくとも二通りの人間がいるのかもしれない。

 一つは、同じであることや、お互いの歩み寄りに大きな喜びを見出す人たち。そして、もう一つは、同じであることや、お互いの歩み寄りに大きな喜びを見出さない人たちである。

 言うまでもなく、私は前者のタイプである。何故なら、きのうも書いた通り、根がマニアックだからなのか、職場でも私生活でも、価値観のぴったり合う人に巡り合えるということがほとんどないからだ。だから、自分と似た人に出会えると、まるで同志を見つけたような気がして、とてもうれしくなるのだ。

 後者のタイプの場合、普段の生活の中で、比較的、価値観の似通った人たちに恵まれているのではないだろうか。あるいは、もともと自分と同じ価値観の人に巡り合えるということに対して、妙な割り切りがあるかのどちらかだろう。だから、ある程度、価値観が違っていたとしても、強く弾き付けられる人との関わりを大切にできるのではないだろうか。

 更に、Mさんの表現の中で気になったところがある。それは、「また、話しているときに、まるで自分の分身のようなので、相手の欠点もよくわかり、それがまた自分の通ってきた道でもあり、初対面ゆえ指摘できない歯痒さとか、自分の欠点を見ているようで嫌悪感がしたなどなど」という部分だ。

 見方によっては、Mさんは、自分の欠点が好きではないと書かれているように思える。ここが、私とは大きく異なっているところだ。

 そこで考えてみたのだが、私はもともと自分のことが好きなので、自分と似ている人が好きということになり、それは結局のところ、単に自己愛に過ぎないのかもしれない、ということだった。私はあくまでも、自分の中に留まろうとしているのだろうか。しかも私は、自分自身の欠点に対してさえも寛大である。

 一方、自分にないものを持っている人との関わりを重視しているMさんは、自分の欠点を好きになれないという観点からも、自分自身のことが好きなわけではなく、自己愛に留まってはいないということなのかもしれない。

 価値観の同じ人や似て来る関係を重視し続けると、自分と違うものを排斥する傾向が強くなる。親和性が、常に愛を感じさせてくれるからだ。反対に、自分にないものを持っている人との関わりを重視し続けると、価値観の同じ人や似て来る関係に出会えたときに、心からの感動を味わえない。それは、親和性の学びを選択している私からすると、ひどく淡白であるように思える。

 その人にとって、何が大きな喜びに繋がって行くのかについては、その人の立っている位置によって異なって来るのかもしれない。その人が今、何を見ているか。それによって、喜びというものは、大きく異なって来るものなのだろう。例えば、おなかがいっぱいの人は空腹を満たしたいとは思わないが、おなかがひどく空いている人は、空腹を満たしたいと思うのと同じように。

 もう一つ、Mさんの表現の中で気になったところがある。それは、「ツインソウルは、お互いが人格的に成熟した人間であればぶつかり合うことなく、まるで一対の世界を構成するような素晴らしい陰陽の調和を生み出せるのではないでしょうか。」という部分だ。

 お互いが人格的に成熟した人間であればぶつかりあうことなくという部分は、特に気に掛かる。というのは、本当に人格的に成熟した人間ならば、そのような表現を好まないだろうと思うからだ。

 私は、対立はあってもいいと思う。何故なら、愛情ベースの対立は、陰湿な対立と違って、すぐに流れて行くばかりか、大きな精神的気づきをもたらすからだ。それよりも、お互いに腫れ物に触るかのように、対立もせず、波風も立てないでいることのほうが怖い。

 男女のツインソウルが、お互いの違いを認め合う関係になるためには、対立のプロセスは必須だと思う。何故なら、対立のプロセスを経て、相手を許容する方向へと動いて行くからだ。そのプロセスは、時にはいばらの道であるかもしれない。しかし、長い長い対立を経て、あるとき我に返るのだ。これまで、自分にないものを守っていてくれてありがとうと。心からそう思えるようになったとき、対立は終わる。それは、相手が、かつて失われたもう一人の自分であることに気づくことができたときかもしれない。

 そのプロセスが、人格的に成熟することとイコールであるとは言い難い。出会った直後から対立がないことが、人格的に成熟していると表現されることよりも、ある時期までは対立があったが、次第に相手を許容するプロセスへと移行しつつあるツインソウルのほうが、私にとっては真実味がある。

※パワー不足の私を応援してくださった皆さん、本当にありがとうございます。応援クリック、とってもうれしく思いました。感謝、感謝であります。パワー不足の自分を奮い立たせ、また、男女の愛のはなしを書いて行きたいと思っています。

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2006.04.20

Mさんからのメールに対する返信

 今日は、およそ一年前にいただいた、同性のツインソウルに出会われたというMさんからのメールに返信させていただこうと思う。Mさんからのメールは、Mさんの承諾をいただいて、私のサイトの「ご意見メール紹介」のコーナーに既に掲載させていただいている。

はじめまして。ソウルメイトに関する文章を大変興味深く拝読させていただきました。共感する部分も非常に多く、おもしろかったです。私にもソウルメイト・ツインソウルに関する体験と実感がありますので、僭越ながら自分なりの見解をメールさせていただこうと思いました。初対面にもかかわらず非常に個人的な内容のメールになってしまいますことをお許しくださいませ。

Mさん、まずは私のホームページを訪問してくださってありがとうございます。
ずいぶん前にメールをいただいているのに、長いことお返事できなくて、本当にごめんなさい。

何故、これまでお返事できなかったのか、正直に申し上げますと、Mさんの学びは私自身の学びとかぶるところがとても少なくて、どのようなアプローチをすれば心地よい対話が成り立つのか、考えあぐねていたからです。

でも、今回は、思い切って、私の考えを書かせていただくことにします。

まず、ソウルメイトと思しき人とは1度だけ出会ったことがあります。男性で、異性でした。初めて会ったにもかかわらず、人見知りをする私が心を開いて会話することが出来、普通であれば個対個の人間関係がまるで一つの世界であるかのように調和した状態、そしてすばらしい至福感でした。同じ感覚で会話できる、まるでもう一人の自分を見ているような感覚でした。思考パターンも同じであれば深い部分も同じすぎて心もとなく、逆に不安定感を覚えました。始めは「すわ恋愛か」とどきどきしたり、結婚するならこのような人がいいなと思ったのですが、逆に同じすぎて一緒にいる意味がないと感じました。また、話しているときに、まるで自分の分身のようなので、相手の欠点もよくわかり、それがまた自分の通ってきた道でもあり、初対面ゆえ指摘できない歯痒さとか、自分の欠点を見ているようで嫌悪感がしたなどなど。あのときの不思議さは今でも忘れられません。最終的にケータイ番号とメールアドレスを交換しましたが、今では連絡を取っていません。

素晴らしい至福感を体験されたにもかかわらず、このような結末になってしまったことが、私にはとても残念に思えました。
それは、私自身がソウルメイトの学びを重視しているからでしょうか。

まず、「同じすぎて一緒にいる意味がない」という感覚が、良くわかりませんでした。
私の場合、「同じであること」や「お互いに似て来ること」は、とても大きな喜びに繋がって行きます。
それらの感覚を通じて、一つであることや、他者との繋がりを実感することができます。
私自身がとてもマニアックだからでしょうか。
自分と同じ考えの人に出会うと、砂漠の中でようやく見つけたオアシスのような感覚さえ抱いてしまうのです。

Mさんとその彼は、お互いに連絡先を交換し合ったのに、結局のところ、連絡を取り合わなかったのですよね。
それは、「同じ過ぎて一緒にいる意味がない」と感じたというよりも、単に、男女として共に歩んで行く約束をしていない相手と巡り合っただけなのかもしれませんね。

次にツインソウルですが、私の場合ツインソウル「かもしれない」人は同性、女性です。調べてみるとツインソウルは男性である/激しい関係性/同じ人生を歩むことは稀という説が定説のようですが、もしかしたらツインソウルというのは、同性という場合もあるかもしれないなあと彼女と出会って思うようになりました。

いえ、ツインソウルが異性であるというのは、定説ではないと思います。
これまでにも、同性のツインソウルに出会ったという方はいらっしゃいましたし、同性愛を貫いていらっしゃる方の多くは、同性のツインソウルに出会っていると言えるのではないかと私は個人的に思っています。

ですから、Mさんのツインソウルが同性であっても、決して定説から外れているわけではないと私は思います。

また、ツインソウルと同じ人生を過ごすことが、特別珍しいわけではないと思います。
とにかく、踏ん張りが必要な関係なので、関わり続けて行くことに対して、途中で挫折してしまうことも多々あるようではありますが。

彼女とは、同い年で、同郷で、何もかも素晴らしく対照的です。これは私の推論ですが、もしかしたら、どちらも進化した魂である場合は、離れ離れになって男女の身体を分けて生まれてくる必要性も、離れて暮らす必要性もないので、ともに人生を歩むこともありえるのではないかということです。

えっ? これは、MさんとMさんのツインソウルが、進化した魂であるとおっしゃっていますか?

私は、魂としての陰陽は重視していますが、肉体の性別はあまり意識していません。
男女として一緒に過ごすか過ごさないかについても、あまり重視していません。

Mさんの考えだと、男女として生まれて来ないツインソウルは、あたかも完成しているかのように感じてしまうのですが。
Mさんにとって、ツインソウルが完成しているとは、どういうことなのでしょうか。
私には、別々の存在で生まれて来ること自体、完成していないことの証であるように思えます。

二人とも素晴らしく正反対ですが、そこに自分とはまったく反対だから相手を否定するという関係性ではなく、正反対だからこそおもしろいという陰陽感です。お互い自分とは反対の相手の部分を補足しあうといいますか、認め合うという関係です。ソウルメイトが個体対個体の一致感に対して、ツインソウルは一つのワールドを形成しておりまさしく陰陽のようであると感じます。「私たちって本当に正反対だよね」という言葉がどちらからともなく出てくることがよくあります(笑)。たとえば、彼女が、納得がいかなければ徹底的に自分のことを論理立てて説明して議論する人、どこまでも徹底的に自分を貫き通す人であれば、私は全てにおいて内剛外柔を信念としていたり。お互い創作をしていて、彼女が私のことを「自分は何でもこなすから、ひとつの深い世界観があって羨ましい。」という傍らで私は「いろんなものを深く描けて羨ましい。オールマイティで深くて素敵」と言ったり。彼女が完璧な晴れ女であれば私が雨女だったり。嗜好や好みも、絶対に自分がスルーするようなところを彼女は好きといい、彼女が好きでないところを私が好きといったり。ものの捕らえ方が素晴らしく逆だったり。総じて、素晴らしくお互いの隙間を埋め合うようなものの捕らえ方をした凹凸の会話は今まで数知れません。お互い自分にないものを相手がもっているので「羨ましい」と言い合うことも多々あり、プラスの相補説の関係を築いてます。「隣の芝生は青いだねー」というような会話をすることもありました。その原因はおそらく、お互いに偏見や「こうでなければならない」といった固定観念がなく、相対的な視野の広い見方が出来るためであると思われます。喧嘩をしたことは一度もありませんし、相手に責任転嫁をしたことも一度もありません。あと、意思のテレパシー?ですね。あれをしてほしいなーと強く思ったことが、けしかけたわけではないのになぜかやってくれたりということが数回。相手にとっては迷惑この上ないことです(笑)。

ああ、まさしくツインソウルの関係ですね。(^^)
同性ですと、お互いの理想を押しつけ合うような関係にはならないのでしょうか。
お互いが補い合う関係を築いていらっしゃるのは、ツインソウルが、本来進むべき道を示していらっしゃると思います。
ただ、私はそこに、お互いの距離感を感じ取ってしまいます。
本当に、鼻と鼻を付き合わせて関わったら、一体どうなるのでしょう?
ツインソウルが男女である場合は、そのような付き合いをとことん実践しているように思えます。

ツインソウルは、お互いが人格的に成熟した人間であればぶつかり合うことなく、まるで一対の世界を構成するような素晴らしい陰陽の調和を生み出せるのではないでしょうか。彼女は私にもっていないものを多くもっている人であるが故、学ぶことがとても多いと感じます。正反対ということは、すなわち自分にないものを相手が持ってる、ということですからね。

確かにツインソウルは、お互いにないものを持ち合わせている関係です。
でも、私は、対立はあっても、調和はあると思っています。
ツインソウルは、互いに相対的に正反対です。
それだけで、調和があるのです。
対立ができるということは、相手の強さを信頼していることにもなると思います。

実際、対立を通して見えて来るものも多いのです。
対立を乗り越えて行く関係は、お互いがどんどん脱皮して、常に新しい自分を見いだして行くような、そんな関係になります。
脱皮するためには、強い刺激が必要なのですよ。
脱皮がなくて、最初から調和だけがあるのだとしたら、二人の間にはどのような学びが残されているのでしょう。

何だか、完成されていることへの戸惑いをテーマにすると、Mさんはソウルメイトに対してそれを感じ、私は、対立のない、Mさんとツインソウルとの関係にそれを感じてしまっているようでありますね。(^^)

※最近の私は、おそらくあまりいい記事が書けていないのでしょう。ランキングの順位がかなり落ち込んでしまいました。(^^; そんな中でも、いつも応援してくださっている方がいてくださるのは、とても心強いです。お名前がわかれば、ここで声を大にしてお礼を申し上げたいくらいです。本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.19

まるみSPIRIT

 またまたオフィスの空調との戦いの季節がやって来た。私のオフィスはパソコンが多いためか、四月に入ると涼しい外気が取り入られる。それが次第にクーラーに取って代わり、昼間はとても寒いオフィスになる。私は、なりふりかまわず、首にマフラー(タオルマフラーやスカーフ)を巻きつけ、足にはレッグウォーマーを履いて仕事にのぞんでいる。しかし、レッグウォーマーを履いていても、時には足首が凍傷にかかったように冷たく感じてしまう。他の人たちは、私のように厳しい寒さを感じることはないらしく、ごく普通に仕事をしている。だから、彼らからしてみれば、私は一風変わった人なのである。

 私がこれほどまでにクーラーの冷気に敏感になってしまったのは、現在の職場で、冷たい風に当たり過ぎてしまったせいだと思われる。まだ派遣されて間もない頃、空調の温度を調節するつまみを勝手に回してはいけないと思い込み、寒いのをじっと堪えて踏ん張っていた。そうしたら、私の身体はすっかりおかしくなってしまっていた。自然の風が冷たいのは平気で、むしろ、寒い日に温かくして外に出掛けるのは好きなほうだ。しかし、クーラーの冷気だけは、極端に苦手になってしまった。

 クーラーの冷気を感じると、私は激しく咳き込む。心臓が、身体を温かくしようとして一生懸命頑張ろうとするのに、血液を送り込むポンプがなかなか追いつかないような感じである。咳き込むときは、風邪のときに出て来るような咳ではなく、「うぇっほ、うぇっほ」といったような、ひどく苦しい咳になってしまう。私がどれだけ寒がっていても、オフィスに居る人たちは、私の症状にはほとんど無関心だ。これが、愛情で結ばれていない関係の象徴なのだろう。しかし、中には私の身体を気遣って、声を掛けてくれる人もいる。そういう人は、自分自身が身体を患っている人だ。

 私の場合、カイロは寒い冬には使わなくて、温かくなってからオフィスで使う。腰のあたりに冷えを感じることが多く、カイロで温めることにより、冷えが緩和されるのである。このような生活は、おかしいんじゃないかと自分でも思う。それなのに、私がいつまでも仕事を辞めないでいるのは、何故なのだろう。月見想のりえちゃんにも、「そろそろ仕事を引退して静養することは考えないの?」と尋ねられたことがある。

 まず、私の場合、基本的にぐうたらなのだと思う。だから、自分を追いつめるような状態をわざわざ作り上げなければ、重い腰がなかなか上がらない。ランキングに参加して、自分をいつも厳しい状態に置いているのも、根がぐうたらだからだ。私の腰は本当に重いのだ。

 更に、外で働くという行為は、家事がそれほど好きでも得意でもない私が、ガンモにできる最大の奉仕であるように思える。ガンモもまた、私が外で働くことに対し、極めて肯定的である。しかも、私がオフィスで寒い思いをしているのを知っていても、その判断を私に任せ切っている。子宮筋腫がたくさんあることが発覚したときも、「手術するなら仕事を辞めるけど、それまでは働く」ということで、お互いの意見が一致した。

 私が何故、そこまでして働くかというのは、先日観た映画『SPIRIT』の中に答えがあるように思う。私の場合、今の仕事が決して好きなわけではない。今の仕事に多少のプライドは持っているものの、生涯を捧げるほどの仕事であるとはとても思えない。ただ、自分に負けたくないだけなのだ。いつも負けそうになると、「もうちょっと頑張れるはずだ」と、自分自身を励ますのである。

 そのために、寒いだとか、忙しいだとか、いろいろ文句を垂れる。しかし、文句を垂れたあとは、再び前を向いている。この調子でいつまで頑張れるかわからないが、私の仕事の道はまだもう少し続いていると感じる。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m 毎日のように読んでくださって、感謝しています。

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2006.04.18

ガリバーくん

 夏休みに出掛けるハワイ旅行をツアーで申し込んだものの、いろいろと調べているうちに、宿泊するホテルのインターネット設備は、私たちの望んでいるタイプのものではないことが判明した。どうやら、そのホテルの各部屋に付いているインターネット設備は、ケーブルテレビに付属のものであり、テレビからアクセスするタイプのものらしい。おそらく、日本語の入力はできないだろう。いくつもの後書き日記はあったにせよ、これまで二年以上も毎日書き続けて来た「ガンまる日記」を一週間も止めてしまいたくはない。「持続」がテーマの私にとって、簡単には妥協できない問題だった。

 確実にインターネットが使えるホテルもあるのだが、料金は安いが朝食がひどくお粗末だったり、反対に、料金がひどく跳ね上がったりする。そんなこともあって、私はハワイ行きに関して、一気にブルーになってしまった。もしかすると、これが本当のブルーハワイなのかもしれない。

 ガンモは、結婚十周年の旅行なのだから、ちょっと奮発してもいいんじゃないかと言う。だから、オプショナルツアー込みの比較的安全なツアーにしたいようだ。しかし私は、閑散期の料金を知っているだけに、繁忙期のひどく高い料金設定が気に入らない。やはり、夏休みに出掛けようとすると、本当に進みたい方向が曇って来るようだ。GO! GO! ガリバーくんじゃないが、王様の旅にするか、ガリバーくんの旅にするかで迷ってしまうのだ。しかし、迷っているうちに、夏休みに飛び立つ飛行機の空席は、どんどん埋まってしまう。困ったものだ。

 私はきっと、王様の旅ではなく、ガリバーくんの旅がしたいのだと思う。「結婚十周年はスィートテンガタンゴトンだ!」と言っていたのに、ハワイから帰って来たガンモはすっかり変わってしまった。国内旅行のガタンゴトンには、もうワクワクしなくなってしまったなどと言うのだ。今度のゴールデンウィークも旅行の計画を立てているのだが、私のパスポートがないために、海外旅行に切り替えられないのがとても残念だとガンモは言った。外の世界を経験したガンモは、日本という小さな国を回るよりも、世界に羽ばたきたいと思い始めてしまったらしい。

 私は、ガンモと一緒ならば、どこへ出掛けるのだってかまわない。ただ、結婚十周年といえども、必要以上に豪華なツアーには参加したくない。多少質素でもいい。単なる観光客としてでなく、現地の人たちとのふれあいがあるような、ガリバーくんの旅をしたい。

※まだまだ悩める子羊たちでございます。いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m

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2006.04.17

スィートテンハワイ旅行

 ハワイでウィークデーを過ごし、リゾート気分がなかなか抜け切らないガンモは、
「仕事になんか行きたくない」
と言って嘆いていた。私は、
「そんな甘えたことは許しません!」
と言って、半ば追い立てるようにしてガンモを仕事に送り出した。

 夜、仕事を終えてからガンモに電話を掛けてみると、ガンモは仕事で呼ばれて、大阪の天王寺に居ると言う。
「俺は○○線で帰るから」
とガンモが言った。普段、私たちが通勤で利用している路線とは違う路線である。三ノ宮駅に着いて、もう一度ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは梅田に居ると言った。私が三ノ宮から帰宅するのも、ガンモが梅田から帰宅するのも、ほぼ同じくらいの時間のはずだ。最寄駅を降りた私は、いつものようにスーパーで買い物を済ませてから、自宅への道のりを自転車に乗って走っていた。

 自宅近くの交差点に差し掛かり、私が信号待ちの体勢に入ったとき、交差点の右手のほうから、懐かしい雰囲気を持った男性が歩いて来るのが見えた。ガンモだった。自宅近くのその交差点は、私たちが普段利用している路線への最寄駅に向かう道と、ガンモが梅田からの帰りに利用した路線への最寄駅に向かう道がちょうど交差する場所だった。特に申し合わせたわけでもないのに、まったく同じ時間に交差点の信号待ちをできるほどのグッドタイミングで、私たちが出会うことになろうとは驚きだった。
「これは、運命的な出会いだから」
と私は言った。ガンモもまた、この運命的な出会いにひどく感激していた。

 ガンモは、大阪の旅行会社から、ハワイ旅行のパンフレットをわんさと持ち帰っていた。一昨年の夏休みは二人で九州に出掛け、去年の夏休みは二人で北海道に出掛けた私たち。夏に涼しい北海道が気に入って、来年の夏もまた来ようと誓った北海道。しかし、つい先日出掛けたばかりのハワイのことがなかなか忘れられないガンモは、帰国してからもずっと、ハワイのことで頭がいっぱいなのだった。それに加え、結婚十周年ということで、気持ちが盛り上がっているのだろう。

 しかし、先日も書いた通り、夏休みのような繁忙期は、旅行代金が通常の二倍以上にも跳ね上がる。しかも、どのホテルに滞在するかで、旅行代金に大幅な違いが出て来る。少々節約してグレードのあまり高くないホテルを選ぶか、それとも、お金を掛けて少しグレードの高いホテルを選んでみるか。そこが私たちにとって、一番の悩みどころなのである。ガンモはグレードの高いホテルに泊まらせてもらったので、ホテルのグレードを落としたくないようだった。しかも、ハワイ滞在中もブログの更新をしたい私たちは、インターネットの設備が完備されているホテルに泊まりたい。

 ああでもない、こうでもないと、私たちはさんざん悩みながら、ガンモが持ち帰った旅行パンフレットを細かくチェックして、ついに自分たちの探している条件に合ったツアーを選び出した。そして、善は急げと、ツアーの申し込みを済ませたのである。関空発七日間のツアーだ。

 結婚したときは地味婚で、結婚式も行わず、ハネムーンにも出掛けなかった私たち。今でもそれは必要ないと思っている。それでも、結婚して十年経ったら、スィートテンガタンゴトン(ガタンゴトンとは、青春18きっぷの旅)に出掛けようと言っていた。それが、ガンモのハワイ旅行をきっかけに、スィートテンハワイ旅行に変わってしまったのである。あれよあれよという間にハワイ旅行が決まり、まだまだ実感の沸いて来ない私である。

※皆さん、いつもはちゃめちゃな私たちを応援してくださってありがとうございます! 例えはちゃめちゃでも、交差点で運命的な出会いができるほどの私たちだからいいかあと思うのであります。

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2006.04.16

日本の産婦人科事情

 今日は、先日の検診の様子について書いてみようと思う。

 超音波エコーによる検査をしたのだが、前回の検診では直径九センチと言われた、数ある筋腫の中でも最も大きな筋腫が二センチ小さくなり、直径七センチになっていた。医師は、
「数ミリ程度の誤差はありますよ。でも、まあ、大きくはなっていないようですね」
と言った。そのため、前回は、
「そろそろ手術を考えたほうがいいですよ」
と言われたのに対し、今回は、手術のことなど何一つ触れられなかったのだ。自覚症状としては、以前のように、筋腫がふくらんでパンパンになっているという感じもなく、私の筋腫は確かに柔らかくなっているようだった。

 昨年末に十日間、ガンモと離れて鳥取県にあるラジウム温泉の三朝(みささ)温泉で湯治した。そのときも、筋腫は柔らかくなった。その後、納豆を食べたことで植物エストロゲンの大豆イソフラボンが体内に取り込まれ、あれよあれよという間に湯治で柔らかくなった筋腫が固くなってしまった。しかし、あれからいろいろ調べているうちに、大豆イソフラボンなどの植物エストロゲンは、体内のエストロゲンレセプターと結びついて、過剰なエストロゲンを抑制する働きがあると知った。もしそれが本当なら、わざわざ豆類を敬遠する必要はなかったのである。

 湯治を終えた頃、月見想のりえちゃんが、奇跡のハーブティー、ジェイソン・ウィンターズ・ティーを飲み続けた人が、長年の筋腫が流れ落ちたという話を聞かせてくれた。奇跡のハーブティーと言われているのは、飲み続けているうちに、いつの間にかガン細胞がなくなっていたというケースがあるからである。私は、早速ジェイソン・ウィンターズ・ティーを購入して、毎日飲むように心掛けた。

 ジェイソン・ウィンターズ・ティーと時を同じくして、リー博士の著書、医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の一生の健康を守る!続・医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の健康を守る!に出会った。

 これらの本に書かれていることは、本当に画期的な内容だった。子宮筋腫や重いPMSに悩まされている人たちは、体内のエストロゲンが優勢になっているため、ほとんど副作用のない天然のプロゲステロンを皮膚から吸収することによって、エストロゲンとプロゲステロンのバランスを取り戻すことができるようになり、症状が改善されるというものだった。私は、天然のプロゲステロンクリームをネットオークションで購入し、生理の周期に合わせて、お風呂上がりに塗るようになった。

 これらのことを実践して三ヶ月。その結果、私の筋腫は柔らかくなり、二センチ小さくなったのだ。検診のときに、女性ホルモンについて、医師と少しはなしをしたので、ここにご紹しておきたい。

まるみ:「やはり、子宮筋腫はエストロゲンが関係しているのですよね?」
医師: 「そうです。それについてはわかっています」
まるみ:「ホルモン療法では、エストロゲンとプロゲステロンの両方の分泌を止めてしまうのですか?」
医師: 「そうです。脳からの、二つの女性ホルモンを分泌する命令を止めてしまうのです」
まるみ:「エストロゲンが影響していることがわかっているのに、どうしてエストロゲンの分泌だけを止められないのですか?」
医師: 「脳に対して、一つのホルモンの分泌だけを止めるように命令するのが難しいのです」
まるみ:「では、プロゲステロンを補うという治療法はありますか?」
医師: 「ありません。何故なら、プロゲステロンの補給は意味がないからです
まるみ:「血液検査の結果をモニタして、自分のプロゲステロンレベルを知りたいのですが」
医師: 「血液検査は、貧血が起こっているかどうかを調べるために行いますが、その結果を見ても、意味がないですよ。更年期になると、エストロゲンが少なくなるので、筋腫も小さくなります。また、エストロゲン不足の人のために、エストロゲンを補充するホルモン療法もあります。でも、プロゲステロンを補充するという治療法はありません。何故なら、意味がないからです

 医師は、プロゲステロンを補充することは意味がないと、何度も繰り返し強調した。つまり、日本の産婦人科事情は、プロゲステロンの働きよりも、エストロゲンの働きのほうに重点を置いているのである。

 しかし、先日も書いたように、アメリカでは、プロゲステロンを補充するという考えが、ごく当たり前のように存在している。アメリカでは、健康食品のコーナーで天然のプロゲステロンクリームを手軽に購入することができるのだ。ガンモがハワイで買って来てくれた天然のプロゲステロンクリームにも、「PMS、更年期」というようなキーワードがパッケージに印刷されていた。それにもかかわらず、日本ではまだまだプロゲステロンが注目されていないのである。だから、日本においてプロゲステロンクリームを入手しようと思ったら、個人輸入するしかないのである。天然のプロゲステロンを補充する治療に関しても、正式には認可されていないために、日本の病院で処方されることはない。

 医師はまったく、プロゲステロンの効果については聞く耳持たずといった感じだった。だから私は、プロゲステロンを補充するという現在の方法を取り続けながら、ジェイソン・ウィンターズティーを飲み続け、ときどきラジウム温泉に入り、筋腫を小さくして、医師を驚かせようと思っている。直径九センチもあった私の筋腫が、検診ごとに小さくなれば、日本の医師もプロゲステロンに注目し始めるかもしれないと思うのだ。そして、どのようにして小さくなったのかと医師に尋ねられたら、プロゲステロンを補充したことを正直に話すつもりだ。

 そうなれば、子宮を全摘する苦痛を味わうこともなく、多くの女性たちが救われることになるだろう。そのことにより、現在、天然のプロゲステロンクリームを自己の責任のもとで使用しながら、自分にとって適度なクリームの量がわからず、試行錯誤を繰り返している人たちに対し、専門的な知識を持った医師が手を差し伸べてくれる時期がやって来るかもしれないからだ。

※もしも、私と同じような症状を抱えていらっしゃる方がいれば、以下のリンクを辿ってみてください。きっと参考になろうかと思います。

※実際、天然のプロゲステロンクリームでプロゲステロンを補充する方法は、試行錯誤の繰り返しです。プロゲステロンクリームの量が過剰になると、眠気やだるさなどの副作用が出て来ます。

※なお、『医者も知らない~』というタイトルは原題にはなく、日本語の翻訳をした人が勝手に付けたタイトルだとか。

◆参考文献

・リー博士の著書。医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の一生の健康を守る!
医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の一生の健康を守る!

・リー博士の著書。続・医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の健康を守る!
続・医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の健康を守る!

・食事で治す 前更年期症候群―細胞から元気になるクッキング
食事で治す 前更年期症候群―細胞から元気になるクッキング

◆参考URL

・女性ホルモンについて、かなり詳しく書かれているページ
Tried & True

・リー博士の本の内容をまとめたページ
医者も知らないホルモンバランス

・私の参加しているML。ジョン・R・リー博士の自然のプロゲステロンクリームについて語ろうグループ
progesterone_BHRT_rev

◆ショップ

・ジェイソン・ウィンターズティーやプロゲステロンクリームが安いところ。ただし、送料がかかる
サプリメントギガショップ こるこるドットコム

・ジェイソン・ウィンターズ・ティーが1,980円。1万円以上購入で送料無料
アメリカ製サプリメントのサプマートU.S.A

・ガンモが買って来てくれたプロゲステロンクリーム
ProgestaCare

※いつも、応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

※2012.3.26追記

結局、私の子宮筋腫は、プロゲステロンクリームの使用でも小さくはならず、むしろ成長し続けました。よって、私と同じように、子宮筋腫を小さくするためにプロゲステロンクリームの使用を考えている方たちには、プロゲステロンクリームはお勧めできません。もしかしたら、子宮筋腫を成長させてしまう可能性もあります。詳しい経過については、子宮筋腫カテゴリの記事をご参照ください。

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2006.04.15

宝塚宙組公演『NEVER SAY GOODBYE』とハワイ旅行計画

 あっという間に私たちの生活は日常に戻り、私たちは連れ立って、宝塚宙組公演『NEVER SAY GOODBYE』を観に行った。もともと、宝塚観劇の趣味は、私の友人を介して始まったのだが、今ではガンモのほうがすっかりはまってしまい、毎回、ガンモがチケットを手配してくれている。

 今回は、宙組トップの和央ようかさん、花總(はなふさ)まりさんらの退団公演ということで、発売日の発売時間に電話予約したにもかかわらず、二階席だった。

 いつもの公演は、ミュージカルのあとにレビューという構成だが、今回は、ミュージカルが一部と二部に分かれていて、途中で休憩を挟んだ。その間に、私たちは昼食のお弁当を食べた。これぞ、本当の幕の内弁当である。休憩時間が終わると、ミュージカルの二部が始まり、ミュージカルが完結すると、今度はレビュー形式で、美しい衣装に身を包んだ人たちが次々に登場した。

 対照的だと思ったのは、今回が初舞台になるという五十名弱の新人さんたちが、初々しい姿で舞台に立っていたことだ。希望で胸をいっぱいにふくらませた新人さんたちと、今回の公演で退団が決まっているトップスターさんたち。それらの対比が、何とも言えない雰囲気をかもし出していた。

 今回の公演で退団が決まっているトップスターさんたちは、いつもよりも熱のこもった演技を見せてくれたように思う。二〇〇〇年に姿月あさとさんが退団されたあと、初めて和央ようかさんがトップになられたときの舞台を拝見したとき、切れ味の悪い彼女の発声方法がひどく気になったものだった。無理して男性の声を出そうとしているように思え、声がこもりがちでとても聞き取りにくかったのだ。

 しかし、公演を重ねるごとに、和央さんの声が少しずつ聞き取れるようになって来た。私の耳が慣れて来たのか、それとも、和央さんが発声の方法を変えたのか、それは良くわからない。しかし、ようやく和央さんの声が聞き取れるようになって来たと思ったら、今度は和央さんの退団が決まったのだ。

 スポーツ選手にしても、芸能人にしても、宝塚のトップスターにしても、長い間、トップの座を守り続けることは難しい。何らかの事情により、惜しまれながら引退して行く人たちもいれば、次第に人気が下火になり、やがて人前に姿を見せなくなってしまう人たちもいる。そこに留まる人たちもいれば、夢を諦めてしまう人たちや、別の道に進んで行く人たちもいる。人の気持ちとともに、時代はどんどん移り変わって行くものだ。

 宙組公演を観劇したあと、私たちは地元の図書館に寄り、しばしの間、読書を楽しんだ。図書館が大好きなくせに、いつも利用している駅の近くに図書館がないために、普段、図書館とはあまり縁のない私たち。図書館を利用するのは、今回のように、別の路線を利用したときだけだ。休日ののんびりした時間を、こんなふうに図書館の本に囲まれながら過ごせたら、どんなに幸せだろうと思う。見ると、図書館のソファで、幸せそうな表情で昼寝をしている人たちがいた。図書館に来ると、ついついリラックスしてしまって、眠ってしまうのだろう。きっと、その人たちにとっても、のどかな休日なのだと思った。

 図書館を出たあと、旅行会社に寄り、海外旅行のパンフレットをいくつももらって来た。実は、今回のハワイ行きで、ガンモがすっかり海外旅行づいてしまい、早くも私と一緒にハワイに出掛けたがっているのだ。ガンモは、
「特に二日目は、まるみがいなくてとても寂しかった。今度は絶対一緒に行くから」
と言った。

 ガンモは、今回のツアーで利用したホテルの朝食が忘れられないようだった。その朝食を、私にも食べさせたいのだと言う。ちなみに、ガンモがハワイで宿泊していたのは、シェラトン・ワイキキである。そこのオーシャン・フロント(海に面した部屋)だったそうだ。

 ガンモは、帰宅してから、海外旅行のパンフレットに真剣に見入っていたが、夏休みの旅行代金が異常に高いことに頭を悩ませていた。九日間の夏休みはいつも、一週間程度の旅行に出掛けている私たちだが、今年は私たちの結婚十周年に当たるので、ちょっと奮発して、海外旅行に出掛けてもいいのではないかと思っている。しかし、夏休み中に出発するツアーはどれも料金が高い。通常料金のおよそ二倍の料金が設定されているのだ。

 夏休みは利用客が多くてサービスが行き届かないはずなのに、料金が高くなるのはおかしいと私は思う。閑散期に料金が安いのは、少しでもたくさんの人に利用してもらうためだろう。閑散期のときは、明らかに利用客のことを考えた料金設定になっているのに、繁忙期になったとたん、自分たちの売上をより良くすることを考えてしまう。利潤を追求する人間の気持ちとは、本当に身勝手なものだ。しかも、利用客は、少々高くても、夏休みであることを優先させてしまうのだ。いや、もしかすると閑散期さえも、利用客のことを考えているわけではなく、単に利用して欲しい一心で価格が安いだけなのかもしれない。

 ところで、まだまだハワイの時間で生活しているガンモは、パンフレットに見入っているうちに、次第に眠くなってしまったようである。いつの間にかおとなしくなったと思ったら、ガンモはすやすやと眠っていた。月曜日から通常勤務だと言うのに、まだまだ日本の時間に戻せないガンモである。

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2006.04.14

涙の再会

 朝、起きてからメールをチェックしてみると、日本時間の午前三時半過ぎにガンモから、「ホノルル通信最終回」というタイトルのメールが届いていた。
「あと三十分でチェックアウト。帰るから!」
と書かれてある。ああ、いよいよガンモが帰って来るのだ。

 ガンモの乗った飛行機は、日本時間の午前七時二十分にホノルル空港を出発する予定だった。日本への到着時間は、午後四時過ぎの予定である。私は、ガンモがこちらを発って行ったときのように、ホノルル空港のフライト情報をモニタしようと思っていた。しかし、ホノルル空港のページにアクセスしても、フライト情報を見付けることができなかったので、私はがっかりした。それでも、ガンモの乗る飛行機が日本の航空会社であることを思い出して、今度はその航空会社のページにアクセスしてみたところ、フライト情報を確認できるページを見つけた。そこで照会してみると、ガンモの乗った飛行機は、およそ十五分遅れでホノルル空港を飛び立っていたことがわかった。私は興奮した。三泊五日の旅を終えて、本当にガンモが帰って来るのだと実感した。この喜びを誰かに伝えたいと思ったが、この喜びを一番噛み締めているのは私自身であることに気がついた。

 私は仕事に出掛け、仕事をこなした。ちょうど納品の日に当たっていたので、バタバタする予定だった。多少の残業も覚悟していた。しかし、どういうわけか、納品の予定が突然、流れたのだ。午前中、その仕事の今後の方針を決める会議が行われ、納品がもう少し先になったと言う。

 しかも、一緒に仕事をしている人が、私用のために午後四時で仕事を上がって行った。普段、休み時間でさえもせっせと仕事をしている人たちが多い職場で、このような状況が発生することは奇跡に近いものがあった。

 私は、その人に便乗して仕事を早く上がりたい気分だった。しかし、私の職場から関西国際空港までは、三時間は掛かってしまうだろう。だから、ガンモを迎えに行くことは難しい。それでも、覚悟していた残業がなくなったことで、私は気が抜けて、返って落ち着きを取り戻したのだった。

 私は、携帯電話をオフィスのデスクの上に出しておいた。帰国したガンモから、電話が掛かって来るだろうと思っていたからだ。午後四時半過ぎに、予想通り、ガンモから電話が入った。
「帰って来たから!」
ガンモは元気な声で私に語り掛けた。私はオフィスの外へ出て、ガンモが帰国した喜びを噛み締めながら少し話しをした。そして、今夜はあまり遅くならないことを伝えて電話を切った。

 定時を少し回った頃、私は仕事を上がった。ガンモに電話を掛けてみると、関空から電車に乗り、ちょうど自宅の最寄駅まで帰って来たと言う。私は、家まで一目散に帰りたい気分だったが、私の職場から自宅までは片道一時間半掛かってしまう。せめて、職場から最寄駅まで、一生懸命走りたかったが、日頃の運動不足のせいか、何だか身体がれろれろしてしまって、うまく走れなかった。ようやく最寄駅にたどり着き、待っていた電車に飛び乗った。

 途中の三宮で再びガンモに電話を掛けてみると、ガンモはもう帰宅していた。しかし、ハワイの時間ではもう夜中なので、眠いと言う。ようやく身体がハワイの時間に慣れた頃だったのだ。私は、
「寝てていいからね」
と言って電話を切った。

 自宅の最寄駅に着いて、駅の駐輪場に停めてあった自転車にまたがり、買い物を済ませてから自宅までの道のりを急ごうとした。しかし、あまりに急ぎすぎて何かあってはいけないと思い、できる限り普段のスピードで自転車を走らせることにした。そして、自宅マンションに着いて、エレベータを降り、ガンモの待つ我が家へと向かった。

 玄関を空けると、ガンモの靴があった。踊る心で家の中に足を踏み入れると、ガンモがハワイに持って行ったDoCoMoで当たった旅行カバンが視界に入って来た。
「あれれ? 私が帰って来たのに、ガンモは出て来ないのだろうか?」
などと思いながら、そろそろ寝室に足を踏み入れてみると、ガンモがベッドに横たわっているのが見えた。私は、「寝てていいから」とガンモに言っておきながら、ガンモに再会できる喜びが先立って、自分の言ったことをすっかり忘れてしまっていたのだ。ガンモは、私の帰りを待っているうちに、うとうとしてしまったらしい。ハワイの時間に慣れているガンモにとって、日本時間の夜はもう夜中なのだから、無理もない。私がベッドまでそろそろと近寄ると、ガンモが目を覚ました。

 「ガンモ!」
「まるみ!」
私たちは同時に声を発したあと、私がベッドになだれ込む形で固く抱き合った。私の身体がガンモの身体にすっぽりと収まる。ああ、この感触。あまりもの懐かしさと、ガンモが無事に帰って来たことに安堵して、涙がドバーッと出て来て泣いた。私たちはそのまましばらく抱き合っていた。やがて私は起き上がり、ガンモの顔の輪郭を手で触って確認した。ガンモの顔の感触、そして表情。そうしたものを一つ一つ確認した。

 ガンモはとても疲れていたようだったが、ハワイで体験して来たことを次々に私に聞かせてくれた。
「ハワイはね、凄い。日本人が多いし、お店の人も日本語話せるし。ハワイの観光地では、英語なんて要らない」
と言った。最初の頃、英語が通じないのではないかと懸念していたことがばかばかしくなるくらい、日本語が通じたそうだ。

 ハワイで行われたレセプションでは、ガンモの会社の人たちが、全国から千二百人ほど集まっていたと言う。私はすっかり忘れてしまっていたのだが、実はガンモは十年前にも、今回のようなハワイ行きのプレゼントを会社から指名されたと言う。しかし、その頃は新婚だったので、旅行の代わりにお金を受け取ったそうだ。そう言えばそんなこともあったと、ガンモに言われておぼろげながらようやく思い出した私である。次回はまるみと一緒にプライベートで行きたいとガンモは言った。

 ガンモは眠い目をこすりながら、買ってきたお土産を一つ一つ見せてくれた。私がカメ好きなのを知っているガンモは、カメのグッズをたくさん買って来てくれた。カメのTシャツ、カメの携帯ストラップ、カメのキーホルダーなど。カメのグッズに囲まれて、私はとても幸せな気持ちになっていた。

 「まるみはスーツケース持ってるんだっけ?」
とガンモが言った。
「うん、持ってるよ」
と私が答えると、
「今度はそれで行くから」
とガンモが言った。どうやら、DoCoMoで当たった旅行カバンでは小さかったらしいのだ。
「最初、リュックでハワイに行くって言ってた人、いたけど」
と私が言うと、ガンモは、
「リュックなんかで行ってたら、向こうでスーツケース買ってた」
と答えたので大笑いした。

 英語のことと言い、旅行カバンのことと言い、経験する前に頭であれこれ考えるよりも、経験をもとに、自分の考えを改めて行くことの大切さを思い知らされたようだった。

※ガンモが無事に帰って来ました。日本から見て、ハワイは東の方向に当たるのでよろしくないという九星方位学は、ガンモにはあまり影響がなかったようです。(^^; 少々、天気が良くない程度のものだったらしいです。 出発直前に、行きたい気持ちが募ったことが良かったのかもしれません。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、ガンモの帰りを一緒に待っていてくださった皆さん、本当にありがとうございます!

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2006.04.13

国際電話

 日本時間の午後三時過ぎ、私の携帯電話が鳴った。私は勤務時間中だった。普段は、勤務時間中の携帯電話の音など聞こえて来ないのに、その電話に限って、呼び出し音がはっきり聞こえて来たのだ。勤務時間中は、携帯電話の着信音を切っているわけではないのだが、バッグの中にしまい込んでいるため、携帯電話が鳴ってもなかなか気がつかないことが多いのだ。「こんな時間に掛かって来る電話は、もしかしてワン切りかもしれない」などと思いながらも、「もしや?」という期待もあって、携帯電話を開いた。私の携帯電話は開閉型で、開くと、掛かって来た電話をすぐに着信できるように設定している。私が携帯電話を開くと、電話を掛けてきた相手の番号を確認する間もなく、電話が繋がった。

 「もしもし?」
「あ?」
受話器から聞こえて来たのは、聞き慣れた、懐かしいガンモの声だった。まぎれもなく、ガンモの声だった。私は携帯電話を持ってオフィスの外に出て、ガンモと話しをした。
「アメックスの暗証番号を設定してなかったみたいで、公衆電話でクレジットカードが使えなかった。今、硬貨で掛けてる」
とガンモが言った。日本のように、課金される度にブチブチという音が聞こえては来ないが、まるで国内で会話しているかのように鮮明だった。

 実は、はじめてのおつかいじゃないが、私はガンモに買って来て欲しいと頼んでいるものがあった。それは、日本では市販されていないが、アメリカでは普通に手に入れることのできる天然のプロゲステロンクリームだ。私のように子宮筋腫を抱えている人は、エストロゲンが過剰なので、足りていないプロゲステロンを皮膚から吸収し、補うことで症状が改善されて行くそうだ。実際、プロゲステロンの補充のおかげなのか、先日の検診において、私の最も大きな筋腫は二センチ小さくなっていた(この件に関しては、後日改めてご報告させていただくことにする)。筋腫が次第に柔らかくなって来ていたので、ある程度の予感はしていた。そういう経緯もあって、私は、そうした商品を扱っているハワイのお店の住所をプリントアウトして、ガンモに渡しておいたのだ。
「あそこは住宅街の寂しい通りだったから、行くのをやめて、他のお店で見つけて買った。ゴミ箱をあさってる人がいたし」
と言ってくれた。
「そうか、ごめんね」
と、私は謝った。私が頼んだおつかいのせいで、ガンモに何かあったら身も蓋もない。私は、ほっと胸をなで下ろした。こうして、本当に、はじめてのおつかいが実現したのである。

 「あと一泊したら帰国する」
とガンモは言って、電話を切った。久しぶりにガンモの声を聞いた私は、幸福感に包まれながら仕事に戻った。

 夜、寝る前に、ガンモからもう一度メールが入っていた。
「ようやくハワイに慣れて来たけど、まるみがいないとつまんない。今度、一緒にハワイに来るから。明日の朝、ビーチでメシ食ったら空港へ行く。明日、帰るから!」
私はそれを読んで、胸がいっぱいになった。いよいよガンモが帰国する。ガンモが帰国したら、また、シングルベッドに寄り添って眠れる。ガンモが家を歩くときのペタペタという音が聞ける。ガンモがコーヒーを飲むときのカチャカチャ音も聞ける。私たちに、再び日常が戻って来る。私は、再会の瞬間を想像しながら、眠りに就いた。

※三泊五日のハワイ旅行も終盤にさしかかり、ようやくガンモが帰国します。明日のタイトルは多分、「涙の再会」でしょう。いえ、「涙の最下位」じゃありません。いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.12

時差

 「寝不足で寝てないけど、ちょっと散策して来る」
と、日本時間の午前三時過ぎにガンモからのメールが届いていた。しかし、その後、何の音沙汰もないと思っていたら、日本時間の夕方になって、Yahoo! JAPANのフリーメールアドレスを使って、ガンモからメールが届いていた。そのメールには、
「メーラーが壊れた」
と書かれてあった。「詳しくはチャットのページに」と書かれていたので、チャットのページにアクセスしてみると、
「PDAに差し込んでいたSDメモリが壊れてしまったかもしれない」
とのことだった。PDAは、ハードディスクの容量が極端に少ないので、SDメモリやコンパクトフラッシュなどの外付けディスクにデータを保存するようにしている。ガンモの使っているメーラーも、SDメモリから起動していたのだ。ガンモは、PDAをリセットしたり、初期状態(PDA出荷時の状態)に戻してみたりしたが、埒があかないと言う。もしかすると、電圧の違いから壊れてしまったのだろうか。チャットページでのガンモの書き込みは、
「今日は疲れたから、もう寝る」
という発言で結ばれていた。

 ガンモの残したメッセージを読んだ私は、最大の通信手段であるPDAの調子がおかしくなったことで、ガンモは異国の地で孤独を感じていたに違いないと思った。国際電話があるじゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、時差がある上に、私が仕事を持っていることが重なって、電話は掛けられないのである。おまけに、職場に設置されている公衆電話は国際電話対応ではないし、私の使っている携帯電話からも、国際電話を掛けることができない。

 私はガンモに、ガンモが普段使っているメールには、Webメールのサービスもあることを調べてチャットページに書き込んだ。すると、現地時間では真夜中であるはずの時間帯にガンモからメールが届いて、
「Webメールが使えた。ありがとう。時差の関係で、あまり眠れない」
などと書かれてあった。せっかくのハワイ旅行なのに、夜、眠れないのは、相当身体がきついことだろう。しかも、常夏のハワイだと言うのに、Cloudyな天候のせいで、半袖でも少し肌寒いのだと言う。寝不足のために、体調を崩さなければいいのだが。

 ところで、仕事から帰宅してみると、思わず顔がほころぶようなうれしいことがあった。以前、おたまアニメの記事でご紹介させていただいたRちゃんが、ガンモの不在ですっかりふさぎ込んでいる私に、手作りおたまをわざわざ速達郵便で送ってくださったのだ。開封してみると、いつも写真で拝見しているおたまが、ひょっこり顔をのぞかせていた。しかも、そのおたまには、着脱可能な耳まで付いていた。おたまの耳オプションである。私は、おたまの顔を目にした途端、ニヤニヤして来た。更に、おたまを実際に手に取って、またニヤニヤした。おたまはしっかりと編み込まれ、思っていたよりも固くて重かった。きっと、Rちゃんの愛情がぎっしり編み込まれているのだろう。Rちゃんのおたまに癒された。Rちゃん、わざわざ速達で送ってくださって、本当にありがとう。そのお心遣いがとてもうれしかった。顔が思い切りほころんだよ。Rちゃんは、こんなふうに、愛を運ぶことができる人なのだなあ。

 ガンモは金曜日に帰国する。私は多分、残業だ。寝不足の上、帰国しても時差ボケが激しいなら、私が帰宅するまでゆっくり休んでいて欲しいと思う。それまでは、おたまを見ながらニヤニヤすることにしよう。

※もうすぐガンモが帰国します。時間はどんどん過ぎて行くものですね。いつも応援クリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.11

遠距離恋愛

 朝、パソコンを立ち上げてメールをチェックしてみると、ガンモからメールが届いていた。メールが届いたということは、ガンモが無事にハワイに到着したということである。私は、はやる気持ちを押さえながらメールを開封した。ガンモは無事にハワイ入りし、インターネットにも問題なく接続できたようである。私は、ほっと胸をなで下ろした。ガンモの短いメールがたまらなくいとおしかった。ガンモからのメールには、
「チャット」
と書かれてあった。送信日時を見ると、たった今送信されたばかりである。日本時間では午前八時過ぎ、ハワイの時間では日本から見た前日の午後一時過ぎだった。

 実は、出発前に、ガンモが自宅サーバ上にあるチャットのページを教えてくれていた。それは、自宅サーバを立ち上げたときに、ガンモが試験的に設置したチャットのCGIスクリプトからなるページだった。いわゆる、「元祖チャット」と呼んでいいくらいの代物である。いや、実は、私たち二人とも、インターネットのチャット経験が皆無なので、このあたりの事情が良くわからないというのが本音だ。パソコン通信時代に出入りしていた写真フォーラムのリアルタイムチャットなら、多少、経験があるのだが。

 私は、ガンモが教えてくれた自宅サーバのチャットページにアクセスしてみた。すると、ガンモがそこに居たのだ。時差があり、私の出勤までのほんのわずかな時間だったが、私たちは、生まれて初めてインターネットのチャットを楽しんだ。まるで、遠距離恋愛でもしているみたいだ。そこで話した内容によれば、ガンモは飛行機の中では一睡も出来なかったらしい。トイレにも行きたかったが、窓際の席だったので、隣の人に遠慮して我慢してしまったそうだ。そのため、夕方から行われるレセプションに向けて、少し睡眠を取っておきたいとのことだった。

 ガンモの安全を確認できた私は、少し元気になった。インターネットの技術は本当に素晴らしい。時代は更に進んでいて、今では音声チャットなるものも存在しているらしい。音声チャットと言われるくらいだから、お互いの声を送り合うのだろう。本当にそんなことができるなら、わざわざ高い料金を払って国際電話を掛けるよりもだんぜんお得なわけである。しかも、音声だけでなく、お互いの映像を送り合うこともできるらしい。それはまるで、テレビ電話のような感じなのだろうか。だとすると、ただ単に、肉体がそこにないだけ、という気がする。

 月見想のりえちゃんも、海外に住んでいるフニさんと、毎日のようにチャットを楽しんでいるそうだ。今まで経験がなかったが、チャットというものは、お互いの肉体が遠く離れた場所にある人たちにとっては、素晴らしい効力を発揮してくれるツールのようだ。もちろん、海外に住んでいる人と、リアルタイムで関わって行くには、時差の問題が残されているのだが。好きな人と繋がっていたい。そういう想いが、チャットをここまで便利なものに発展させたのかもしれない。

 海外とのやりとりと言うと、私は独身の頃、海外のカメラ屋さんからクラシックカメラを度々買っていたことを思い出す。いわゆる個人輸入である。FAXで注文して、クレジットカードで決済してもらって購入していた。海外のお店からの受注完了の返事もFAXで届いていたのだが、時差があるために、毎回、決まって深夜か早朝に電話が鳴って、起こされていた。その当時は、電話とFAXを同じ回線で使用していたため、FAXを受信するときでも、電話の呼び出し音が鳴ってしまっていたのである。私はその度にベッドから起き上がり、眠い目をこすりながら、届いたFAXを確認していた。

 インターネットの普及により、海外から電子メールが届いても、着信時の呼び出し音に起こされて睡眠不足に陥ることはなくなった。通信費用も格安になったばかりか、音声や映像まで送受信できるようになった。つなぎ放題という概念がまだなかった頃は、接続料金も従量制だったのだ。今や、インターネットも常時接続が当たり前の時代になった。ネットにおけるコミュニケーションの歴史を振り返ってみれば、本当に便利になったものだ。映画『ザ・フライ』じゃないが、まさかこの先、肉体までも送信できるようになったらどうしよう。その頃には、遠距離恋愛などという概念は、消え去っているかもしれない。

※りえちゃん、記事で紹介してくださってありがとう! そうそう、好きなもの【33】=精神世界の記事の中にあるチャネラーさんは、ケビン・ライアソン氏だと思う。私も以前、セミナーで彼の生のお姿を拝見したことがあるの。りえちゃんの記事に、

> 大柄で、髪は金髪の長髪、青い瞳で白いTシャツにジーンズという服装で現れた。穏やかな感じの人だった。

と書かれてあるけど、私がセミナーで拝見した人も、まさしくそんな感じの人だから。フニさんとりえちゃんの交流も、遠距離恋愛みたいな感じなんだろうなあと、想像しているよ。(^^)

※皆さん、いつも応援クリックを本当にありがとうございます。少しずつ気持ちも安定し、自分らしさを取り戻して来ました。ガンモの帰国まであと少し! お土産話を楽しみに、ガンモの帰りを待っています。

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2006.04.10

「出発済み」

 とうとうガンモの出発の日がやって来た。ガンモの出発を惜しむ私の気持ちが反映されたのか、外は本格的な雨が降っていた。午前中、私は病院に出向き、半年に一度の検診を受けた。これについては、後日改めてご報告させていただくことにする。

 いつもは一時間以上待つことになる診察も、どういうわけか順調で、わずか四十分程度の待ち時間で名前を呼ばれた。そのため、病院をあとにしたのも比較的早い時間帯だった。

 私は、その足で郵便局へと向かった。日本円をアメリカドルのトラベラーズチェックとアメリカドルの現金に換金するためである。しかし、私が出向いた、町の小さな郵便局ではそれらを取り扱っていなかったので、JR神戸駅近くの神戸中央郵便局まで改めて出向くことになった。

 窓口で、アメリカドルのトラベラーズチェックとアメリカドルの現金に換金したいと申し出ると、神戸中央郵便局といえどもあまり慣れない業務だったらしく、係員の方をあたふたさせてしまった。それでも、係員の方はとても丁寧に対応してくださり、多少の時間はかかったものの、無事に換金することができた。私の申し出に少々戸惑いながらも対応してくださる係員の方に、慣れない業務をお願いしてしまって申し訳ない気持ちになる一方で、こうした経験が、係員の方の業務経験をより豊かなものにするであろうというポジティブな面も見いだしていた。

 私は帰宅し、ガンモにアメリカドルのトラベラーズチェックとアメリカドルの現金を渡した。アメリカドルは、チップのために、1ドル札を中心に換金したのだ。ガンモは、初めて見るトラベラーズチェックをしげしげと眺めながら、トラベラーズチェックに署名していた。

 刻一刻と、ガンモの出発の時間が近づいていた。心臓が破裂しそうになるほどの非日常に、私たちはとても興奮していた。私は、ガンモと顔を合わせる度に、
「ガンモ、行くの? ハワイに行くの?」
と確認した。ガンモもかなりハイな気分になっていて、
「ワイハーに行くの」
などと答えた。更に、私に対して、まるで外人さんに話し掛けるかのごとく、
「ハーイ」
などと言った。少し前までは憂鬱な気分一色だったガンモだが、今ではハワイへの希望に満ち溢れているようだった。

 夕方五時前に、ガンモは関空に向けて出発した。
「やっぱり関空まで見送りに行きたい」
と私は言ったのだが、
「それでは約束が違う」
とガンモが私の申し出を跳ね返した。そして、普段、仕事に出掛けるのと同じように、ガンモは普通に出掛けて行ったのだ。

 関空で、ハワイで使える携帯電話をレンタルする予定だったガンモだが、関空への到着が予定よりも遅れてしまったため、携帯電話のレンタルを見送ったそうだ。ネットで調べてみると、ハワイでも、携帯電話のレンタルサービスが充実しているようである。ガンモがそのサービスを利用するかどうかはわからないが、とりあえず、連絡を取り合う手段としては、私が普段持ち歩いているのと同じタイプのPDAを持って出掛けたので、うまくすればインターネットに接続できるそうだ。有料だが、ホテルの各部屋にはインターネットに接続できるLANの口が用意されているという。

 ガンモが飛行機に乗り込む少し前まで、ガンモと携帯電話で話していたのだが、私はまだまだ実感が沸いて来なかった。ガンモの仕事が遅くなって、私が先に寝ていても、いつの間にか帰宅して、シングルベッドにすべり込むようにして寄り添って来たガンモ。ガンモが家の中を歩くとき、いつもペタペタと音がした。ミルクコーヒー好きのガンモは、コーヒーカップの中にスプーンを入れて歩き回る癖があり、コーヒーカップとスプーンの音が擦れ合って、カチャカチャ言った。例えほんの短い不在だとしても、普段、当たり前のように耳にしていたそれらの音を、しばらく聞くことができないのだ。

 ガンモが飛行機に乗り込む時間を過ぎると、私は関空のホームページを開き、フライト情報を案内するページでガンモの乗った飛行機の離陸状況をチェックした。ガンモの乗った飛行機は、離陸予定の時間をしばらく過ぎても、ステータスは「搭乗中」のままだったが、間もなく、「出発済み」のステータスに変わった。私は、それを確認して初めて、ああ、ガンモは本当にホノルルに向けて出発したのだと認識した。寂しさなのか何なのかわからないが、私はそのページを開いたまま、ひとしきり泣いた。あとは、飛行機が無事にホノルル空港に到着してくれることを祈るばかりだった。

※ガンモのハワイ行きの記事にお付き合いくださって、どうもありがとうございます。もう少し続くとは思いますが(笑)。応援クリックにも感謝しております。いつもクリックしてくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.09

アトラクションへの信頼

 ここ数日、時間の進み方がとてもゆっくりになっている。ガンモの出発が目前に迫っているのだが、出発の時期を素早く通り過ぎてしまって、ガンモが早く帰国してくれたらいいのにという期待を抱いているのだ。時間を早回ししてしまいたいような、そんな感覚である。だから、今の私には、時間の進み方がとても遅いと感じられる。

 実際、ガンモの出発を控えた私の心境はとても複雑である。あるときは、しばらくガンモと離れ離れになってしまう寂しさを感じては涙したり、またあるときは、一人でハワイに出掛けて行くガンモを頼もしいと感じたりもしている。

 愛する人と離れ離れになってしまう寂しさを感じることは、自己愛なのだろうかと、私は密かに自問自答している。先日、職場で、日本一夫婦仲が良いと自負する女性に、ガンモのハワイ行きが決定して、しばらく離れ離れになってしまうことが寂しいと話したところ、
「そういうお話を聞くと、やっぱり私はまだまだ日本一なんだなあと思いますねえ」
と言われた。彼女は、去年のゴールデンウィークを十連休にして、その大半を一人で東京の実家に帰って過ごしていたらしい。しかも、その間、ご主人さんに電話を掛けたのは、たった一回だけだと言う。
「そのあたりがとっても淡泊なんですよね、私」
と彼女は言った。私は、あっけらかんとした彼女の態度に、戸惑いさえ感じたものだった。

 以前、焼却炉で亡くなられた老夫婦のはなしをここに書いた。私は、その老夫婦の選択にとても共感しているが、その記事を読んでくださった多くの方が、私の書いたことに共感してくださったとは思いがたい。しかし、それは、二人でいつも一緒にいられることの喜びを知っているかどうかの違いであるようにも思える。二人でいつも一緒にいることの喜びを知ってしまうと、離れ離れになることが本当に辛くてたまらないのである。しかし、それは、ある方面から見れば、自己愛になってしまうのだろうか。

 二人で共に過ごす時間に重点を置かず、人間はもともと一人であるという割り切った考えを持っている場合、今の私が感じているような寂しさを感じなくて済むのかもしれない。しかし、そうした考えは、今の私の学びではないとはっきり感じる。何故ならそれは、私たちが結婚してから辿って来た道とはまったく異なっているからだ。

 私たちは、結婚してからずっと、一つのシングルベッドに寝続けている。狭いシングルベッドを二人で分かち合って来たのだ。歯ブラシも一個。ご飯を食べるときのお味噌汁も一個。湯飲みも一個。子供のいない夫婦二人だけの家で、ずっとそんな生活を続けて来た。

 そんな私たちだから、私が一人で湯治に出掛けて、しばらく離れ離れになってしまったことは、お互いにとって、本当に悲劇的なことだったのだ。そして、これから私は、ガンモが一人で自宅で過ごしていたときの寂しさを感じようとしている。ちなみに、ゴールデンウィークに私が一人で出掛けようと思っていた湯治は中止することにした。ガンモと離れ離れになってしまうことの精神的ダメージを考えると、私が湯治を選択するのは、最終手段であるように思えるからだ。

 刻一刻と、ガンモの出発は迫っている。ガンモと離れ離れになってしまうのはとても寂しいことだが、かつて、遊園地のアトラクションを体験しているときに感じたような信頼が、今の私たちには必要なのかもしれない。アトラクションを信頼し、流れに身を任せ、アトラクションと一体になったときの恍惚を思い出すことにしよう。きっと、ガンモのハワイ旅行は、スケールの大きなアトラクションに違いないのだから。

 そう考えると、この記事を書きながら、次第に落ち着きを取り戻しつつある自分を感じる。一人で歩けるガイドブックを買い、ABCマートで日本円を使うことを楽しみにしているガンモを応援しようではないか。

※とうとう出発が目前に迫りました! 皆さん、いつも応援クリックを本当にありがとうございます。m(__)m

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2006.04.08

Mostly Cloudy

 ハワイに持って行く荷物を次々にリュックの中に詰め込んでいたガンモだが、とうとう本格的に旅行カバンを選択する時期がやって来た。

 私は、
DoCoMoで当たった旅行カバンで行ったほうがいいよ」
とガンモに促したのだが、ガンモはその旅行カバンが気にはなっているものの、なかなか首を縦に振ろうとはしなかった。

 そんなやりとりをしているうちに、出発時の見送りの話になった。以前も書いたが、ガンモがハワイに向けて出発する日、私は半年に一度の検診の日に当たっているため、休暇を取っている。ガンモの出発は夜なので、関西国際空港(関空)まで見送りに行くことも可能なわけである。夜の出発といえども、仕事をしていたら間に合わない時間だったので、休暇を取っていることは好都合だった。私は、ガンモを見送るために関空まで出掛けて行くつもりだった。しかしガンモは、私が関空まで見送りに行くのを嫌がるのだ。

 「どうして?」
と私が尋ねると、
「永遠の別れじゃないんだから、来なくていい」
と言うのだ。

 なるほど、そういうことか、と私は思った。また帰って来るために、普段と同じように送り出して欲しいのだろう。私は、
「わかったよ。じゃあ、見送りには行かないから、旅行カバンだけはDoCoMoでもらったやつにしてよね」
と取引を持ちかけた。すると、ガンモは、ようやく
「わかった」
と言ってくれたのだった。

 出発の準備がほぼ整い、あとは持って行くお金をどうするかという話になった。ガンモは現地か空港で換金しようと思っていたらしいが、検査の帰りに私が銀行に立ち寄って、トラベラーズチェックとドルに換金することにした。大きな買い物については、アメックスかVISAのクレジットカードで間に合うようだ。

 次第に余裕も出て来て、Yahoo!.comのページでハワイの天候を調べたところ、どうやら、ガンモが出掛ける頃のハワイの天候はあまりすっきりしないらしいことがわかった。Mostly Cloudyなどと書かれている。私はおかしくなって、ゲラゲラ笑った。わざわざハワイまで出掛けて行くのに曇りだなんて、これが笑わずにいられようか。ガンモは、
「何がおかしい。笑うの禁止!」
と言った。ガンモの滞在中はほとんどPartly Cloudyと予報されている。しかも、ガンモがハワイをあとにすると、Mostly Sunnyという予報に変わっているのだ。ここで私はまたおかしくなって、ゲラゲラ笑った。

 実際に、この天気予報が当たるかどうかはわからない。日本三景の一つ、天橋立に出掛けたときも雨に見舞われた私たちである。あのときは、二人一緒だったので天候の悪さも笑い飛ばすことができたが、果たしてガンモは一人でハワイに出掛けて、楽しい旅行気分を天候に影響されずに済むだろうか。

 そんなことでゲラゲラ笑いながらも、もう少しでしばらく離れ離れになってしまうのだと思うと、ひどく寂しさが募り、少しでも二人の時間を大切にしようと仲良く寄り添っている私たちである。

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2006.04.07

はじめてのおつかい

 きのうの記事を読んだガンモが、
「まるで、はじめてのおつかいみたいだから禁止!」
と言った。私によって、自分の日常生活が料理されるのが恥かしいらしい。

 着々と旅行の準備を進めているガンモだが、ハワイに持って行くものをどんどんリュックに詰め込んでいる。
「まさか、本当にリュックだけでハワイに行くつもりなの?」
と私が尋ねると、
「もちろん」
と答えるのだ。どうやら本気でそう考えているらしく、ひげそりまでリュックの中に詰めているのを確認してしまった。

 私は、このままではいけないと思い、長年入ったことのなかった物置部屋に足を踏み入れた。そこには、サイズの合わなくなった服や、使わなくなったカバンなどがところ狭しと押し込まれている。そして、ようやく、探していた旅行カバンを見つけたのだ。先日の記事でご紹介したNTT DoCoMoのキャンペーンで当たった旅行カバンである。

 ガンモは、私の掘り起こした旅行カバンを見ながら、
「これなら機内に持ち込める大きさだなあ」
と言いながら、その旅行カバンを丁寧に調べ始めた。待つことが苦手なガンモは、飛行機が到着してから、預けた荷物が回って来るまでの時間を節約したいらしいのだ。そのため、できる限り荷物を機内に持ち込めるように配慮していたらしい。

 ポケットがたくさん付いているその旅行カバンは、ガンモの気持ちを強く引きつけたようである。やがて、ガンモがぼそっと言った。
「これなら、『はじめてのおつかい』にならなくて済む」

 その旅行カバンは、私がしばらく使っていたため、新品ではなかったのだ。だから、少し旅行慣れしているように見えるらしい。
「これでハワイに行く?」
とガンモに確認すると、
「いや、まだ検討中」
とガンモは答えた。しかし、あの様子からすると、私の探し出した旅行カバンを使ってくれそうな雰囲気である。

 そろそろ私の中にも、ガンモとしばらく離れ離れになるという寂しさが募って来た。「はじめてのおつかい」のように、ガンモのハワイでの様子をテレビカメラが映し出してくれると楽しいのだけれど。

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2006.04.06

チップ

 先日、仕事が休みだったガンモは、大阪に出掛け、肩から斜めにかけるポーチとハワイの本格的なガイドブック、それから、日常会話が満載されている一人で歩ける英会話の本を買って来た。コンセントの変換プラグも買って来たようだが、もともとハワイでは、電気製品を長時間使用するのでなければ、変換プラグは必要ないそうである。

 ガンモは、英会話の本で元気が出て来たらしく、
「この本を持って、ハワイを散策しなきゃいけないから」
などと言いながら、真剣に見入っている。

 「チップをどうしたらいいか、困ってるんだけど」
とガンモが言った。日本で生活している私たちにとって、チップを渡すという行為は、あまり馴染みがないものである。日本にもチップ制のトイレがあったりもするが、実際にチップを払って利用している人をほとんど見たことがない。

 ガイドブックなどには、その国の最小単位の紙幣をチップとして渡すと書かれているそうである。メイドさんには、枕の下にチップをそっとしのばせておくと良いそうだが、実際のところはどうなのか、ネットで検索しても、生の情報がなかなか入って来ないようである。

 そう言えば、私が独身の頃、日本のとある高級ホテルに宿泊したときに、ホテルのボーイさんに部屋まで荷物を運んでもらったことがある。そのとき、ボーイさんにチップを渡さなければと思い、千円くらいのお金をティッシュペーパーに包んで渡そうとしたのだが、
「宿泊料金に含まれておりますので、ご辞退させていただきます」
と、丁重に断られてしまった。だから、メイドさんのために枕の下にチップをしのばせることも実践しなかったという想い出がある。日本では、チップに相当するだけの金額が給料に含まれているため、チップを渡す週間はないのである。

 これまた独身の頃、高級旅館で仲居のアルバイトをしていた私は、お心付けなるものを何度かいただいたことがある。金額は、五千円とか一万円だった。お心付けを受け取った仲居は、お心付けをいただいたことを女将に報告し、女将に預ける。すると、女将がお客様にお礼を言ってくれて、そのあとで、いただいたお心付けを仲居のみんなに分けてくれるのである。

 かつてヨーロッパ旅行に出掛けたとき、私は何度かチップを渡したことがある。チップを渡すと、相手はものすごく喜んでくれるのだが、何となく、偉そうな観光客に成り上がってしまったような気がしてならなかった。チップという制度は、払う側を、少なからず傲慢な気持ちにさせてしまうようだ。

 しかし、今になって、チップを渡すときのあの照れ臭い感覚を思い起こしてみると、私は、義務としてチップを渡していたように思う。実際は、義務ではなく、感謝の気持ちがこぼれてお金に変化したものであるはずだ。義務として、チップを渡さなければならないと思うから、形式にこだわろうとするのだ。仲居をしていた頃に受け取ったあのうれしい気持ちを思い起こせば、チップを払う人の気持ちが見えて来る。義務ではなく、チップを渡したいのだ。

 さて、数日後にハワイに旅立つガンモも、私と同じ結論を導き出すだろうか。

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2006.04.05

神の自由意思

 日本では、次第に暖かさが増して来て、冬から春へと移り変わりつつある。日本に四季があるのは、地球が二十三.四度の地軸の傾きをもって公転していることが大きく影響していると言われている。地軸が傾いているために、地球のそれぞれの地域から見上げる太陽の位置が異なっているためだそうだ。

 それは、言い換えれば、太陽の恩恵を過剰に受けている地域もあれば、恩恵が極端に少ない地域もあるということである。日本という国は、年間を通して、太陽の恩恵が比較的強い時期もあれば、ちょうどいい時期もあったり、また、比較的弱い時期もあるということなのだろう。

 私はしばしば、規模の大きいものと小さいものを同一視する傾向にある。例えば、国家の縮小形は家庭だ。だから、日本中の家庭が平和であれば、日本という国家は平和だということになる。更に、家庭の縮小形は個人だ。だから、それぞれの個人が幸せであれば、家庭も国家も幸せということになる。

 さて、私は今、地球上の国という単位と、個人の魂を同一視しようとしている。このとき、地球は私たちの魂の集合体で、太陽の存在は、そのまま神に置き換えられる。神は、地球に与えたのと同じような傾きを、私たちの魂の集合体にも施した。そのために、個が生まれた。ある魂は神の恩恵を過剰に受け、ある魂は神の恩恵から極端に遠ざかった。しかし、それはあくまで一時的な判断に過ぎなかった。魂の集合体は、傾きを持っているために、長い長い年月をかければ、すべての存在が神の恩恵を均等に受けられるようになっていたのだ。

 魂の集合体の傾きは、創造主である神自身の遊び心、いや、自由意思なのかもしれない。長い長い時間をかけて、完成に向かうように創られている。おそらく、地軸の傾きもまた、神の自由意思なのだろう。傾きはまた、不確かさやあいまいさをも生み出している。もしも傾きが存在しなければ、長い長い時間をかけずに、すべてが均等な存在になってしまうだろう。そうなると、個は生成されない。個が生成されないということは、愛も生まれないのだろうか。何故なら、傾きが個を生成し、愛が個と個を強く結びつけているからだ。

 ひょっとすると、ガンモと私が出会ったのだって、地軸が二十三.四度傾いていたからかもしれない。

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2006.04.04

ガンまる、世界に羽ばたく?

 ガンモのハワイ行きが目前に迫って来ている。現在、少しずつ出発に向けての準備を始めているところだ。

 つい先日まで、一人でハワイに行くのは憂鬱だと言っていたガンモも、次第にハワイに対する希望を持って来たようである。しかし、結局、オプショナルツアーの申し込みはしなかったらしい。
「自由時間、どうするの?」
と尋ねると、
「決めてない」
とガンモは言う。

 そこで私は、ガンモがハワイの海を存分に楽しめるように、海水パンツをプレゼントすることにした。しかし、この時期、海水パンツはネットショップでもなかなか入手することができない。ようやく見つけても、ハワイには似合わない競泳用だったり、ガンモには似合わない派手なサーファー用だったりする。そこで私は、ネットオークションで新品の海水パンツを売っている人を探し出し、手に入れた。ありがたいことに、その人は、新品のアロハシャツも販売していたので、海水パンツとあわせて購入した。

 落札した商品が届いて、ガンモが海水パンツを試着してみると、まるであつらえたみたいにサイズがぴったりだった。見かけも普通の短パンと変わらないので、ガンモはハワイではこれで過ごすと言ってくれた。

 また、ビーチサンダルや眼鏡の上に取り付けるサングラスも購入した。こうして少しずつ揃って行くのは楽しいが、ハワイに持って行くものは、普段、私たちが使用していないものばかりだ。

 ガンモは初め、リュックでハワイに行くと言っていた。リュックの中に、着替えも何もかも詰め込んで出掛けると言うのである。少し大きめのリュックだが、滞在期間が短いので、何とかなると思ったらしい。私は、
「海外旅行にリュックで行く人なんていない!」
と言って、ガンモのアイディアを阻止した。私のスーツケースが、探せばどこかにあるはずだが、ガンモの言うように、滞在期間が短いので、小さめの旅行カバンで充分だろうと思っている。実は、十年ほど前に、NTT DoCoMoのキャンペーンで当たった旅行カバンがあるのだ。これくらいの大きさなら、今回のハワイ旅行にはぴったりだろうと思う。

 この他にも、
「パスポートを入れるウェストポーチがいる」
「はいはい」
「小銭入れがいる」
「はいはい」
とまあ、毎日、このような会話を続けている私たちである。

 私は、ガンモがハワイに出掛けている間、自宅に居ても寂しいので、三宮あたりのホテルに宿泊して仕事に出勤するのもいいかもしれないなどと考えてもいる。そのことをガンモに話すと、
「俺はまるみが湯治に言ってる間、ずっとここに居たのに」
とガンモが言う。確かにその通りだ。更に、私が自宅にいなければ、毎日、餌を食べに私たちのもとを訪れて来る鳩夫婦がひもじい思いをしてしまう。鳩夫婦はずっと、仲良く連れ立って、私たちのマンションのベランダにやって来ているのだ。

 少し前までは、あまり気乗りがしていなかったためか、デジタルカメラも持って行かないと言っていたガンモだが、ようやく前向きな気持ちになれたのか、デジタルカメラを持って行く気になったようである。そのために、平日の休みを利用して、コンセントの変換プラグを探しに行く予定も立てているようだ。

 一時はどうなることかと思ったが、出発の日が近づくにつれて、次第にハワイ行きのモードに移行して来ているガンモである。相変わらず、
「まるみがいたらなあ・・・・・・」
とつぶやいてはいる。
「もしハワイが良かったら、まるみと一緒に海外の鉄道も乗り潰しに行くから」
とガンモが言った。私たちが世界に羽ばたく日も近いのだろうか。

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2006.04.03

太陽と月

 最近になって、私は芸術に対してとんでもない誤解をしていたことに気がついた。

 芸術好きのツインソウルとの交流が途絶えていた間、ツインソウルの活動は停滞気味で、積極的に何かを生み出そうとはしなかった。私には、そのことがとても不思議だったのだ。何故なら、芸術は、創り手の不安定な気持ちから生み出されるものだと思い込んでいたからだ。

 しかし、交流が復活した途端、ツインソウルはまるでこれまでの遅れを取り戻すかのように、再び活動を始めた。そして、私はようやく理解したのだ。芸術を愛する人たちは、ネガティヴな感情を吐き出すために作品に向かうのではなく、作品の中で、常にポジティヴな想いを表現したいのだということを。だから、不安定な状況のときには、自分自身のポジティヴな想いを集結させて、新たな作品を生み出すことができないのだ。

 更に私は、芸術を愛する人たちは、一人の時間が好きなために、制作に没頭したがるのだと思っていた。しかし、一人の時間に没頭することは、あくまで芸術を生み出すための手段であって、目的ではなかったのだ。過去の私はいつも、自分に対して直接的に還元されないことに苛立ちを感じていた。しかし、芸術に没頭する人たちは、何らかの安定があってこそ、初めて芸術に没頭できるのだ。

 確か、いつも掲示板に書き込みをしてくださっているSHANAくんが、安定しているときにこそ絵を描きたくなると言っていた。私はその言葉を受けたとき、まだピンと来ていなかった。しかし、芸術に対する理解が少し深まった今、私にとってもっとも身近な、文章を書くという行為に置き換えてみれば理解できる。

 不安定のときに生み出す言葉は、ネガティヴな感情を吐き出す言葉となり、人々の感動を誘い出すことはできない。不安定の状態にあるときは、言葉を通して、単に自分の中から不要なものが出て行くだけだ。しかし、安定の状態にあるときに綴る言葉は、これまでの自分の経験や想いを集結させて、ポジティヴな言葉をどんどん生み出して行く。吐き出すのではなく、生み出すのだ。

 創り手にとって、安定した状態にあることは、自分の立っている位置から、自分を照らす太陽が常に見えていることだと思う。そういう意味で、芸術を志すひとたちは月なのだ。一方、太陽には、月からはね返って来る光を期待するのではなく、月が輝いているのをじっと見守る姿勢が必要だ。ここに、これまで私に足りていなかった、芸術への理解があった。

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2006.04.02

愛でる

 私は最近、「本当に好きとは?」ということについて、深く考えさせられている。私は、本当に好きであるということは、そこに留まる時間が長いことを指すのではないかと思うのだ。

 例えば、私は先日、映画『SPIRIT』を観た。私はこの映画にとても感動したので、しばらく他の映画は観たくないと思っている。本当に素晴らしい映画を観たあとは、その感動が落ち着くまで、感動の波の中をずっと漂っていたいのだ。すなわち、新たな感動を受け入れる余裕はないのである。

 独身の頃は、感動的な本を読むと、しばらく電話にも出られないほどだった。おそらく、電話に出ることによって、現実世界に引き戻されてしまうことを避けたかったのだと思う。

 また、当時は、聴いていた音楽も、ほとんど一つのアーチストのみだった。音楽そのものよりも、アーチストに惚れ込んでいたというのもある。私は、一つのアーチストの音楽だけで満足していた。特定のアーチストに惚れ込んでいたために、他のアーチストに転ぶことは、浮気に相当するほどの罪悪感があったのだ。

 ところが、ここ数年くらいの間に、音楽の聴き方が少しずつ変わって来た。関連するアーチストを横に繋げてみたのである。縦の学びから横の学びへの移行が行われたのだ。しかし、私にはどうもしっくり来ない。一時期、プログレッシブロックにはまり、いろいろなアーチストのCDを次々に買い揃え、それらをMP3化しては、通勤の途中に聴き込んでいた。しかし、複数のアーチストを相手にしてしまうと、自分の中からどんどんこぼれ落ちて行くのがわかった。一つ一つの楽曲を大切に扱えない自分に嫌気がさして、複数アーチストのプログレッブロックを聴かなくなってしまった。

 世の中には、映画好きと言われる人たちがわんさといる。彼らは本当に、次から次へと映画を鑑賞する。そういう人たちは、例え一つの映画にどんなに感動しても、すぐに次の映画を観たいと思うらしい。私のように、一つの映画に完全に打ちのめされて、しばらく動けなくなることはないのだろうか。私には、感動したその直後に、次なる対象に向かおうとするその気持ちがわからない。私はしばらくそこに留まろうとするが、彼らは決して同じ場所に留まろうとしない。気持ちの切り替えが早いということは、痛手からの立ち直りもそれなりに早いのだろうか。私はむしろ逆だ。ポジティヴな感情は、長い間、自分の中に留めるが、ネガティヴな感情はいつまでもひきずらない。

 例えば我が家には、三百台のカメラがある。世間から見れば、私は、カメラをとっかえひっかえしている人である。ほんの数年前まで、私はカメラが好きだから集めているつもりになっていた。しかし、三百台すべてのカメラに均等な愛情を注げるわけではない。だから、私は真のカメラ好きではないと、自分を定義する。それら一つ一つを、真剣に愛でることができないのだから。

 数年前にそのことに気づいたからか、昨年末まで使用していたデジタルカメラは、五年間も使い続けていた。デジタルカメラを五年間も使い続けるということは、今の時代からすれば、驚異に相当すると私は思う。

 ちなみに、私が使っていたのは、ニコン デジタルカメラ COOLPIX5000を12月13日発売である。デジタルカメラ自体の価格が下がって来たのもあるが、現在は、これより安価な一眼レフ式デジタルカメラを使っている。もはや、三百台ものカメラをとっかえひっかえしなくても、たった一台だけのデジタルカメラで充分間に合っている。私は、このデジタルカメラを、毎回、毎回、旅のお供に連れて行く。これからも、この新しいデジタルカメラに留まる時間はきっと長い。

 映画やカメラに限らず、次に移行するまでの留まる時間を大切にして行きたいと思うこの頃である。

※皆さん、いつも応援クリックをありがとうございます。m(__)m きのうの記事は、職場では開きにくい内容だったかも? ごめんなさい。(^^;

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2006.04.01

愛の営み

 時間差続・時間差という記事を書いてからというものの、私の頭の中は、時間差のことで渦巻いている。

 私の言う時間差とは、愛することと愛されることの時間差である。この時間差のない状態こそが、愛の中に介入するものがなく、愛についてもっとも純粋な状態であると私は考える。これは、ずっと以前から私が書いて来た、誰かに愛されているのに、その愛に応えられないことほど、魂としての痛みを感じることはない、ということにも通じている。

 時間差のある関係は、結果が出るまでに時間がかかってしまうため、原因と結果の関係になりやすい。しかし、時間差のない関係は、愛することと愛されることが同時に起こるため、愛することに原因(理由)のない関係を築くことができる。

 そして私はとうとう時間差を、男女の愛の営みであるセックスと結び付けるに至った。セックスこそが、愛することと愛されることが同時に起こっていることを実感できる最良の手段だと気がついたのだ。

 セックスのときに交わす口付けは、片方が「愛している」と言葉を発するのを、愛の言葉が漏れている側(そば)から塞ぎ、自分も「愛している」ことを表現するための行為である。愛のささやきに、時間差を生み出したくないのである。

 更に、お互いの性器をこすり合わせるという行為については、性器そのものが、排泄機能と隣り合わせ、もしくは同じ場所にあるということが大きなポイントになっている。

 通常、私たちは、口から物を取り込み、性器の周辺から排泄する。しかし、口から物を取り込んで排泄するまでには、時間差がある。つまり、口から物を取り込むという行為と、取り込んだものを排泄するという行為は、同時には起こらない。

 愛の営みであるセックスでは、口付けによってお互いの口を塞ぎ、お互いの性器をこすり合わせる。このことは、口から取り込むという行為と、排泄するという行為が、同時に行われていることを意味しているのではないかと私は考えたのである。しかし、愛ではなく、欲望や快楽のためのセックスでは、口付けが大幅に省略されるために、この限りではない。

 というわけで、私は愛の営みであるセックスを、時間差のない行為としてとらえるようになった次第である。

※皆さん、いつも応援クリックをありがとうございます。m(__)m

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