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2006.03.07

「過去」の人

 英語のことわざに、

Don't put off till tomorrow what you can do today.

というのがある。今日のうちにできることを明日に延ばすな、という意味であるが、最近の私は、このことわざに沿った生き方を選択できていない。今日のうちにできることを明日に延ばし、あさってまで延ばし、更に延ばして、延ばして、二ヶ月先くらいまで思い切り延ばしてしまっている。

 だから、旅行に出掛けても、車窓に広がる美しい景色を眺めずに、パソコンに向かってせっせと内職をしている。その内職とは、少なくとも前日までに済ませておくべきことだったりする。日々の生活時間に余裕がなく、実践すべきことが別の日にどんどんずれ込んでしまっているのだ。

 どうしてこんなにずれ込んでしまったのか。その原因を探ってみたのだが、やはり、極端なパワー不足であることと、平日の自由時間が足りないことが大きいようである。平日にできないことを休日にこなそうとするのだが、休日は、ガンモと泊まりで出掛けることも多いために、平日にこなすべきことが休日にもこなし切れず、どんどん溜まってしまうようだ。もはや、私のこなすべき事柄は、まるで国の抱えた借金みたいに大きく膨れ上がってしまっている。

 問題点を明確にするために、私の平日が、一体どのような時間割で流れているのかを書き出してみた。以下は、私が平均的な平日に費やしている時間である。

睡眠時間・・・6時間
出勤準備・・・1時間
通勤時間・・・3時間
仕事・・・・・・8.5時間(残業なしの場合)
食事・・・・・・1.5時間
お風呂・・・・0.5時間
−−−−−−−−−−−−−−−
合計   20.5時間

 導き出された時間を24時間から引いてみると、残り3.5時間となる。つまり、私が平均的に平日に自由にできる時間は、3.5時間というわけである。もちろん、これは残業なしの場合の時間なので、残業ありの場合は、3.5時間の中から削り取られて行く。また、この時間の中には、ガンモやネットで交流させていただいている方たちとのコミュニケーションの時間も含まれている。更に、3.5時間と言っても、ロボットのようにきっちり区切って作業できるわけではない。頭を休ませる時間も必要だ。となると、自由にできる時間は実質2時間程度ということになってしまうだろう。

 どうもここ最近、細胞の一部しか活性化されていないような感覚が強かったのだが、もしかするとその一部というのは、この2時間のことを現していたのかもしれない。平日も、平等に一日24時間あるというのに、そのうちの22時間はすっかり固定化されてしまっていて、まったく身動きが取れず、自由時間の2時間だけを活性化させている。私の生活は、どうもそんな感じなのである。

 私の時間は、どんなに作業をこなしても、どんどんずれ込んで行く。つまり、私が体験しているのは、いつも「過去」であって、「今」ではないのだ。他の人たちが「今」を体験しているときに、私はまだまだ「過去」を追いかけている。こうして私は、「過去」の人となって行くのだろうか。

 この先、もしもパワーアップして来たら、二ヶ月くらい先までの「ガンまる日記」を一気に書き上げて、「未来」の人と呼ばれてみたい。

※皆さん、たくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m

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