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2006.03.25

バトンタッチ

 神戸ポートライナー乗り潰し作戦と題して、ガンモと二人でポートアイランドに出掛けた。ポートアイランドとは、神戸市中央区の海上に作られた人口島で、一九八一年に、ポートピア'81が開催された場所でもある。神戸ポートライナーは、三宮からポートアイランドに向けて無人運転されている新交通システムのことである。

 さて、神戸ポートライナーと言えば、先月開港したばかりの神戸空港を見学しておかなければならない。神戸空港の開港にともなって、神戸ポートライナーの路線も拡張された。
既にあちらこちらから、神戸空港を見学して来たという話も聞いている。非常に小さな空港ではあるが、とても便利になったので、是非とも利用したいという意見が意外に多いのだ。

 土曜日ということもあってか、小さな神戸空港はたくさんの人たちで賑わっていた。実際に空港を利用する人たちではなく、見学の人たちが多いのである。飲食店は、どこもかしこも長蛇の列。展望デッキも人! 人! 人! である。あれだけ開港に反対している人たちが多かったはずなのに、いざ出来上がってみれば、みんなうれしそうな表情でやって来る。

 私は、一年前に訪れたセントレアを思い出した。地元の人たちからすれば、身近なところにこのような施設ができることがとてもうれしいのだ。そして、出来上がったばかりの新しい施設に足を運んだことを周りの人たちに報告しながらコミュニケーションを取ることもまた、喜びの一つなのだろう。だから、多少遠くても、親しい人たちを誘ってやって来るのだ。

 神戸市が莫大な借金を抱えることが懸念され、建設に反対する声も多かった神戸空港だが、こうして出来上がってみれば、多くの人たちに支持されていることがわかる。あまりいい例えが浮かばないのだが、このような現象は、「出来ちゃった結婚」みたいなものだろうか。

 神戸空港を見学し終えた私たちは、神戸ポートピアランドへと向かった。神戸ポートピアランドは、一九八一年に開園された遊園地で、今月いっぱいで閉園が決まっている。

 普段、遊園地とはあまり縁のない生活を送っている私たちだが、今月いっぱいで閉園されてしまうとあっては、足を運ばずにはいられない。先月開港されたばかりの神戸空港と、今月末で閉園が決まっている神戸ポートピアランド。今はどちらも「動」だが、来月からは、神戸ポートピアランドが「静」に変わる。「動」の役目を終えた神戸ポートピアランドは、神戸空港にバトンタッチするのだ。

 閉園間近の週末ということで、神戸ポートピアランドは、たくさんの人たちで賑わっていた。そこで働いている人たちは、いつもこれだけの人たちが訪れてくれたら、と思うかもしれない。これまで愛さなかったくせに、閉園されることが決まった途端、急に愛し始める。普段から神戸ポートピアランドを愛している人たちからすれば、そんな苛立ちさえ感じてしまうかもしれない。

 実は、遊園地と縁がないのは、私が高所恐怖症であることが大きいのだが、閉園間近ということで、私も勇気を振り絞り、ガンモにつられて様々な乗り物にチャレンジした。以前、ガンモと二人でユニバーサルスタジオジャパンに出掛けたことがあるのだが、そのときにも、いくつかのエキサイティングな乗り物に乗っている。その経験を通して私が感じたことは、日々の気づき 検索キーワード:ユニバーサルスタジオジャパンに書き綴っている。

 今回も、そのときと同じように、流れに身を任せ、アトラクションを信頼してみた。すると、怖さを感じることなく、乗り物と一体になっているのがわかった。信頼するということは、その流れに身を任せ、一体になることだったのだ。

 確かに、乗り物を信頼できないでいると、絶叫してしまう。フライングカーペットという乗り物では、何度も何度も急下降させられるような感覚を味わい、たまらず絶叫してしまった。高所恐怖症でないガンモでさえも、「これは参った」と興奮していた。それでも、遊園地にいると、そんな恐怖を感じたことなどすぐに忘れ、すぐにまた別の乗り物に乗りたいと思ってしまうから不思議だ。

 ダッジェムというゴーカートのような乗り物にも乗った。テニスコートくらいの広さのスペースで、十数人の人たちが、それぞれゴーカートのような乗り物に乗って走り回るのである。通常の車の運転では、誰かにぶつかろうものなら、とても深刻な表情になってしまう。しかし、この乗り物は、どういうわけか、誰かにぶつかってもニコニコ笑っていられるのである。何故、こんなにニコニコしているのかと考えていたのだが、まず、ぶつかっても相手や自分の所有している車でないことが大きいように思えた。通常の車の運転では、ぶつかることで、相手や自分の車が破損してしまうばかりか、時には生命にまで危険が及ぶことがある。そうした心配があるために、ぶつかってもニコニコできないのだ。しかし、ダッジェムという遊びでは、ぶつかっても安全なように、車の周りに衝撃をやわらげるためのクッションが施されている。そのため、ぶつかったときの衝撃も少なく、大事には至らない。これもまた、信頼の一つなのだろう。この信頼が崩れれば、人々の表情は瞬く間に強張ってしまう。

 このアイディアを、通常の車の運転に持ち込めないものだろうか。自家用車という概念を取り払い、例えば、車を国の所有物にする。そして、車の周りには、衝撃をやらわげるためのクッションを施す。そのクッションを生かすには、車の制限速度がおのずと決まって来る。だから、現在のように時間の流れが速い世界では許容されないかもしれない。しかし、例え、制限時速が二十キロでもいいのではないか。お互いがぶつかったときに、思わず笑いが出るような車社会なら理想的だ。

 私たちが遊園地で体験して来たことは、疑似体験であり、リアルではない。しかし、そこには、リアルの世界で生かせるヒントがたくさん詰まっている。遊園地をあとにするとき、私たちは、リアルの世界へのバトンタッチが必要だ。

※この日撮影した写真
神戸空港
神戸ポートピアランド

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