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2006.02.01

途中の段階

 もう肉体を持つ必要がないことが魂のゴールだとしたら、肉体を持っていることは、私たちがまだまだ途中の段階にいるということである。例えば、大学受験のように、決められた期日の間に結果が出てしまう場合は、NGという状態も有り得る。しかし、大学受験は何もその年だけのことではないし、本当にその大学に行きたければ、次の年にまた挑戦すればいい。例え期日が決まって答えの出ることであっても、望む結果が遅れてやって来ることもある。これも、時間差だ。一年、あるいはそれ以上の時間差はあるにしても、一つ前の電車に乗り遅れ、次の電車に乗って目的地に向かうことと何ら変わりがない。

 そう考えると、私たちが何かを判断するとき、常に途中の段階において判断しているに過ぎないことに気づいて行く。例えば、先日、私のホームページの掲示板で、ハラハラするような展開があった。私は、掲示板で起こっていることに対する信頼があったにもかかわらず、その現象に対して口出ししてしまった。しかし、私が口出しなどしなくても、事態は確実にプラスの方向へと動いていたのだ。つまり、私は、事態がプラスに向かい始めるのを待ち切れなかったことになる。途中の段階で判断してしまったに過ぎなかったのだ。

 良く、結婚はゴールではないと言う。結婚とは、結論ではなく、状態のことだと最近思う。結婚していても、結婚の状態にない人たちもいる。結婚していなくても、結婚と変わりない状態の人たちもいる。私の言う結婚の状態とは、ちんちんかもかも状態(男女の仲が睦まじいさま)のことである。おそらく、結婚の状態を保ち続けている人たちもまた、自分たちがゴールにいるのではなく、まだまだ途中の段階にいることを常に意識しているはずだ。

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