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2006.02.22

嵐のような存在

 きのうの続きをもう少し。ツインソウルとの交流が止まってからの私は、普段と変わりなく生活できている。ただ、ときどきあまりにも情けなくて涙が出て来ることもある。こんな価値観の違いごときで、いつまで休戦状態を続けているのだろうかと。一方、ツインソウルはと言うと、あれほど熱心だったはずの創作活動を一時中断してしまった。どうやら、創作意欲が沸いて来ないらしい。しかし、私は手を貸さない。ツインソウルが自分の足で立ち上がらなければ意味がないからだ。

 こういうとき、カルマの関係ならば、精神的な弱さのために、ずるずると関わり続けることだろう。実際、結婚前の私のカルマの関係も、一時的にそのような展開になったことがあった。しかし、ツインソウルとはそうはならない。まだ時期が熟していないのがわかるのだ。

 ところで、ツインソウルに送った古いメールを読み返していたら、こんな表現があった。

何か、腹が立って来たので、今日はこのへんにしておく。
続きは、気が向いたら書く。

 精神的なパワー不足の私は、数百行にも及ぶツインソウル宛のメールを、一度には書き上げ切れずに、思い立ったときに書いては分割送信していた。ツインソウルは、私が分割送信した複数のメールを、毎回、わざわざ一つにまとめて返信してくれていた。上記の表現は、分割送信したメールの最後に書いた言葉だ。もちろん、最後と言っても、このあと何度もメールを交わしている。こうして客観的に読み返してみると、まるで嵐のようだ。

 ツインソウルとはおそらく、お互いにとって嵐のような存在だ。しかし、例え嵐のような存在であっても、普段は意識しないところで許容されていた。その許容は、関係性が近ければ近いほど浮き上がっては来ない。交流が止まったことによって、私はこれまで自分がいかに許容されていたかを知ったのである。

 とにかく、私は時が熟して来るのを待っている。それまでは、ツインソウルからときどき送られて来るエネルギーと交流を続けて行く。

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