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2006.01.15

時間差

 今、私のホームページの掲示板で、とても深い対話が進んでいる。その対話を書き始めてくれたちーちゃんにコメントの返信をさせていただく前に、このテーマがもっと広範囲の人たちのテーマにも通じるように、私なりの解釈を書かせていただこうと思う。

 ちーちゃんが書いてくれているのは、自分という存在が、本当に、自分以外の人に傷つけられるかどうかということである。ちーちゃんは、自分を傷つけているのは自分だと断言している。私が想像するに、実のところ、この気づきに同意できる人は、本当に少ないのではないだろうか。そして、この気づきに同意しないと、この先にあるちーちゃんのもっと大きな気づきにも同意できないのではないのではないかと思う。

 まず、掲示板に書き込んでくださった、ちーちゃんの発言を部分的に引用させていただくことにする。

ただ、あたし自身が本当に絶望した時、傷つけられたと思えなかったの。
あまりにも、半端じゃなく絶望したら
傷つけてるのは自分だってハッキリわかるんだよ。
きっと、てんてんさんにもこの感覚がわかると思う。

−−−−−−−

そうして、傷つける事と傷つく事は
実は同時に起こっていると理解したのね。

 私は、ちーちゃんが本当に絶望していた時期を知っている。本当に、地の底をはいつくばるような時期がおよそ一年以上も続いたのだ。その間もちーちゃんは、上昇したり下降したりを繰り返していた。あのときちーちゃんは、
「とことん落ちてみたい。そして、その先にあるものを見つめてみたい」
と言った。そして、ちーちゃんがその先で掴んだものは、自分以外の誰も自分を傷つけることはできないという真実だった。ちーちゃんには、ひどく絶望を感じるに至った原因があった。しかし、その根本原因を、誰かによって絶望させられたことにはせずに、自分自身の中にあるとした。つまり、自分自身で自分を傷つけていると。このプロセスを、多くの人たちと共有して行くために、私はこの記事に「時間差」というタイトルを掲げた。

 このプロセスを説明するために、私自身の経験を書いてみよう。「ガンまる日記」をずっと読んでくださっている方もご存知の通り、私が人生で最も絶望した時期は、ガンモと出会う前にカルマの相手と別れたときだった。このとき私は、三ヶ月もの間、毎日のように、自分の身体をかきむしりながら苦しんでいた。そして、その苦しみの先にあったものは、自分の前世をはっきりと認識することだった。自分自身で退行催眠を行い、目の前に映し出された前世の映像で私が見たのは、相手の好意をないがしろにしている自分の醜い姿だった。その映像を見たとき、私の中で、一瞬にして、被害者と加害者の意識が入れ替わった(被害者と加害者という言葉は、便宜上、使用しているだけである)。

 結論から言えば、ちーちゃんの言うように、自分を傷つけているのは自分自身だったということだ。ただ、私の場合、これを理解するまでにひどく時間がかかってしまった。何しろ、転生をまたがっているのだから。

 ちーちゃんとの対話の中で、私は以下のように書かせていただいた。引用符を含んでいる部分がちーちゃんの発言、その下にあるのが私の発言である。

> 人を傷付けるということは、自分を傷つけるという事。
> 自分が傷つくという事は、相手を傷つけるという事。
> 憎むという事は、己を憎むに等しい。
>
> 傷つけても傷つけられても、同じ。
> お互いに傷つくということだ。

人に対して行ったことが自分にも返って来るというのは、
カルマとして返って来てるわけじゃなくて、
つまりは、私たちが繋がっていることの証なんだね。
繋がっているから、他の人の苦しみが連鎖反応でやって来る。
とても大がかりな発想だけど。

 こうした繋がりを実感するスピードは、実は、愛の深さによると私は感じている。カルマの相手との別れがあり、その後、ガンモと出会って結婚してからというもの、ガンモへの行為がどんどん自分に返って来るのを感じていた。つまり、愛が深ければ深いほど、自分の行為が自分に返って来るスピードが速くなるのを実感していたのだ。ちーちゃんは、

そうして、傷つける事と傷つく事は
実は同時に起こっていると理解したのね。

と書いている。これは、愛について、最高の状態だと私は思うのだ。すなわち、自分の行為が自分自身に返って来る時間差がないという意味で。しかし、ほとんどの人は、時間差でこれを体験しているのだ。そして、このスピードは、自分以外の人を介入させるかどうかで決まって来るように思える。

 それから、私の場合、珍しくガンモと激しく対立するときは、常にどこか冷めている自分がいる。あたかも、ガンモのせいで怒り狂っているかのような自分を演じているのだが、心のどこかで怒りに対して冷めているのだ。だから、ガンモと喧嘩をしながらキスをしたり、抱き合ったりできるのかもしれない。どんなにガンモと喧嘩をしたとしても、私のもっとも大切な部分は、ガンモによって傷つけられることなく、いつも守られているのだ。そして、自分が傷つけられているのではないことをガンモに知らせるために、喧嘩の最中でもキスをしたり抱き合ったりしたいのかもしれない。

※ちーちゃんへ またまたちーちゃんの言葉をお借りしたよ。私に記事を書かせてくれてありがとう。掲示板のコメントは、また後日書かせてね。

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