« 「えべっさん」を見送る | トップページ | 能動から受動へ »

2006.01.11

残りえびす

 西宮えびす神社へのお参りは来年までお預け、と諦めていたのだが、仕事が終わる頃、ガンモからメールが届き、
「えべっさん行く?」
と書かれてあった。私はすぐに、
「行く! 行く!」
と喜びいさんで返信し、三宮から阪神電車に乗って西宮に向かった。えべっさんで有名な西宮えびす神社は、阪神西宮駅の近くにあるのだ。ちょうどガンモが作業していた客先も、阪神電車の沿線にあったので、私たちはガンモの客先の最寄駅で待ち合わせをした。

 えべっさんは、「えびすさん」がつまったもので、毎年一月九日から十一日まで、えびす神社と名のつく神社で行われている。「商売繁盛で笹持って来い」というはやし声が存在しているほど、えべっさんと笹は密接な関係にある。九日のえべっさんを「宵えびす」、十日のえべっさんを「本えびす」、十一日のえべっさんを「残りえびす」または「残り福」と言うらしい。残りえびすであるにもかかわらず、阪神西宮から西宮えびす神社までの道のりは、ものすごい参拝客でにぎわっていた。たくさんの露店が、やわらかい光に包まれながら立ち並んでいる。もともとえべっさんに足を運ぶ予定だった昨日ならば、一眼レフタイプのデジタルカメラを持っていたのに、急にえべっさん行きが決まった今日は、携帯電話に付属のカメラしか持っていない。解像度の低い携帯電話のカメラでは、これらの美しい光景を収めておくことができないのがとても残念に思えた。

 去年までのお札を収める場所には、たくさんのお札付きの笹が山積みされている。効力を失ったとされている、たくさんのお札たち。重宝されたお札も、一年経てば、このようにゴミとなってしまう。それならば、我が家にずっと残っているのも決して悪くはない。そう思いながらも、ガンモに御祓いをするために、新しいお札付きの笹を買った。その笹で、「ガンモは今年一年、後厄ですが、どうか難をのがれられますように」と、ガンモを何度も何度も御祓いすると、ガンモはとてもうれしそうな顔をしながら笑っていた。そして、今度はガンモがその笹を手に取り、私に御祓いを施した。ガンモの握った笹は、私の子宮に当てられていた。私はガンモの御祓いを受けながら、ニコニコ笑った。

 毎年、えべっさんの頃になると、西宮えびす神社では、「えべっさんのお酒」という、地元西宮で作られているお酒の試飲コーナーがある。そこにはえびす様の格好をした男性が立っていて、試飲に訪れた人たちを楽しませてくれる。ガンモは、去年に引き続き、そのえびす様と記念撮影をした。ガンモの携帯電話で、私が撮影したのだ。その映り具合がなかなか素晴らしかったので、ガンモはそれを満足そうにじっと眺めていた。

 西宮えびす神社で引いたおみくじは、「吉」だった。旅行・・・・よし、病気・・・命に別状なしというようなことが書かれてあった。ということは、今年はやや上向きの一年ということになるのだろうか。

 私たちは、帰り道でも露店が気になって、イカ焼き(イカの姿焼きのほう。関西でイカ焼きと言うと、小麦粉と卵で混ぜ合わせた生地の中にイカが入っている)やらたこ焼きやら、いろいろなものを食べながら帰った。たこ焼きを買うときに、普段は行列になど決して並ぼうとしないガンモが、長い長い行列に並んだ。そのお店のたこ焼きには、とても大きなたこが入っていたからだ。
「今年は待ってみようかと思う」
とガンモは言った。なるほど、それはなかなかいい考えだ。そうして並ぶことおよそ十分。焼き上がったたこ焼きは、とてもやわらかかった。きっと、お店の人が、いつまでも客を待たせては行けないと思い、しっかり焼き上がるのを待ち切れずに包んでしまったのだと思う。しかも、たこが大きすぎて、やわらかい生地の中からお行儀悪く飛び出して来る。長いこと待って食べたのは、まだ完全に焼き上がっていないやわらかいたこ焼きだった。

 帰宅してから、今年購入した笹と去年の笹を比較してみると、まったく同じものだった。やはり、お札の効力が一年限りとは思えそうになかった。

※関連サイト
西宮えびす

※皆さん、いつも応援クリックをありがとうございます!

|

« 「えべっさん」を見送る | トップページ | 能動から受動へ »