財布紛失事件
休日ともなると、いつもお昼頃まで寝ていたはずのガンモは、年末年始の徹夜作業のせいで、これまでの生活のリズムがすっかり崩れてしまったらしく、早朝に目を覚ますようになっていた。ガンモは、私がまだ眠っている間にゴソゴソと起き出しては、自分で朝食を作って食べている。私がその物音で目を覚ますと、
「もう朝だから」
とガンモは言う。私は、
「まだ早いから、もうちょっと寝かせてよ」
と言いながら、布団をかぶってもう少し眠るのだ。
私が湯治から帰って来てから、しばらくそんな日が続いていたのだが、早朝から起きてゴソゴソしているガンモに、コールセンタから呼び出しが掛かった。そしてガンモは呼び出され、仕事に出掛けて行った。
しばらくすると、ガンモから電話が掛かって来た。
「俺の財布、きのう俺が着てたジャケットのポケットの中にない?」
と言う。ちょっと聞いただけで、精神的に余裕のなさそうな声だとわかった。私は眠い目をこすりながら、ガンモの着ていたジャケットのポケットを確かめてみたが、財布はなかった。私が、
「ないよ」
と答えると、
「どこかその辺に落ちてない?」
と、かなりせっぱ詰まった様子で聞いて来る。
どうやらガンモは、新年早々、財布をなくしてしまったようだった。そんなガンモはもう少しで四十二歳。後厄である。確か、クレジットカードは別のケースに入れて持ち歩いているはずなので、財布の中に入っていた数万円のお金とプリペイドカードくらいの損失だろうと思っていた。そう言えば、以前にもこのようなことがあった。そのときは、東京駅の公衆電話の前に財布を置き忘れしまい、拾ってださった方が、財布の中に入っていたカード会社の発行するタクシーチケットの番号でカード会社に問い合わせてくださった。そのおかげで、カード会社から連絡が入り、財布は無事に返って来たのだ。更に、二〜三年ほど前には、一枚八千円以上するコンサートのチケットを合計四枚紛失してしまい、とうとうコンサート当日まで見つからずに、オークションで出品している人からチケットを譲っていただいた。さて、今回は一体どのような展開になるのか。
過去にもそうした事態を乗り越えて来たからだろうか。失ったとしても、数万円程度で済むのなら、財布をなくしたガンモを責めるのはよそうという気持ちになっていた。私は、家の中の目につくところを適当に探しても、財布が見つからなかったので、ガンモに報告の電話を掛けた。
「ガンモ、財布はなかったよ」
と。するとガンモは、
「ごめん、あったよ。コートのポケットに入ってた」
「ええっ? 良かったあ!」
結局、それで一件落着したのだが、帰宅したガンモに詳しい事情を聞いてみると、財布の中には年末に行った車検代が入っていたので、もしも本当に財布を落としてしまったのだとすると、数万円どころの損失ではなかったと言う。お金に対する執着をなくしたから財布が出て来たのか、それとも、ガンモのコートのポケットに財布が入っていることを潜在的に知ってかたから落ち着いた気持ちでいられたのか、それはわからない。何はともあれ、めでたし、めでたし。
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