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2006.01.14

 最近、「層」について、特に意識している。「層」とは、らっきょやたまねぎの皮をイメージしていただければわかり易い。らっきょやたまねぎの皮をむいて行くと、最後にらっきょやたまねぎの本質が現れるというイメージだ。つまり、本質というものは、いくつもの層で守られているということだ。そして、精神世界への探求とは、自分自身で皮をどんどんむいて行くプロセスになる。

 例えば、私の中に十余りの層があるとしても、職場では第三層までしか見せていなかったりする。また、それほど深い会話を交わしていない友人たちとも、深い層で触れ合ってはいない。だから私たちは、人と関わりを持つときに、その対象とどの層で繋がって行くかを暗黙的に決めているように思える。その証拠に、例えば普段は第三層で関わっている人たちに対し、第七層までの自分をさらけ出すと、彼らは戸惑いを感じ、黙り込んでしまう。その顕著な例が、相手が親しい人を亡くしてしまったときに、もう一方が言葉を失ってしまうなどの現象だ。しかし、相手が層を変えても決して黙り込まず、コミュニケーションが続いて行くとき、そこには本当の絆が生まれている。

 反対に、お互いの層が異なっているのに、言葉だけでコミュニケーションを成り立たせようとすると、とんちんかんなやりとりになってしまう。通常、そのギャップは、片方だけに見えていて、もう片方にもそのギャップが見えて来たとき、もう一方は恐れをなして、言葉を停止させてしまう。すなわち、言葉を失うという現象は、層の違いを認識することにより起こると言える。

 ソウルメイトやツインソウルに出会うと、層が深くなって行くプロセスを楽しむことができる。彼らは、私たちが宙に投げた言葉を拾ってくれる。だから、私たちも自然に言葉を宙に投げる方法を覚えることになる。ソウルメイトやツインソウルにこだわらず、層が深くなって行くことは大きな喜びだ。層が深くなるということは、同じ人とのコミュニケーションでいくつもの層を行き来できるということであり、層によって付き合う人を分けなくて済むということだ。

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