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2006.01.29

受験勉強はほどほどに

 私は昔、戦争に参戦していた。受験戦争という名前の戦争である。

 先日、インターネットで、センター試験の自己採点の成績表を実名入りで公表したことで、個人情報を守ろうとする観点からお叱りを受けたというニュースが取り上げられていた。私はむしろ、こうした現象に驚いてしまった。私が通っていた高校では、模擬試験の上位得点取得者を実名入りで張り出すことなど、日常茶飯事だったからである。問題になった高校では、成績を張り出すことにより、生徒同士の間で競争意識が生まれることを狙っていたらしい。私の通っていた高校でも、そうした風習があった。今の世の中の事情は、私が高校生だった時代とは大きく異なっているようである。

 私の通っていた高校は、かなり変わっていた。いわゆる進学校だったのだが、勉強が遅れてしまってはいけないと、修学旅行も夏休み中に企画される。一年生の頃から文系と理系にきっちりクラス分けされ、授業も受験に必要のない科目は極力切り捨てられる。また、成績によって、選抜クラスと非選抜クラスに分けられる。選抜クラスでは、教科書の進み具合がすこぶる速く、教科書はあっという間に終わらせて、さっさと問題集の演習に入ってしまう。予習をして行かなければ絶対に授業に追いつけない。

 今でも覚えているのは、親との懇談会で担任が私に言った言葉である。
「みんな、勉強してないなどと口では言っていても、実際は勉強してるのだから、その言葉に安心してはいけない」
高校では、人を信じることよりも、人を疑うことを教えてくれたのだった。

 高校三年間は、とにかく勉強ばかりしていた。世間では、あみんの『待つわ』が大ヒットしていたが、私はテレビも見ずに勉強に専念していたので、高校を卒業するまであみんの顔を知らなかった。それほどまでに勉強に励んだはずなのに、共通一次試験(今で言うところのセンター試験)では、とにかくひどい点数を取ってしまった。あまりにもお粗末な結果だったので、私は国公立大学志望から私立大学志望に切り替えた。しかし、二つ受験して、受かったのは広島の大学だけだった。広島の大学の入学金を収める期日が、もう一つ受けた大学の合格発表日だったため、私は自分で合格発表を見に行った。しかし、私の受験番号はなかったのである。

 私はこのとき、人生で最大の挫折を感じた。しかし、今になって思えば、若い頃に挫折感を経験しておいて良かったと思っている。もしもこのときの挫折がなかったら、もっと大人になってから経験する挫折に耐え切れなかっただろうと思う。

 結局、私は広島の大学に進学したのだが、すぐに休学し、親を説得して予備校に通い始め、翌年、東京の大学を再受験した。そして、いくつも受けた大学の中で一つだけ受かり、夢の東京生活が始まったわけである。

 私は、私立大学の国文科に入学した。情けないことだが、国文科の私が選択した選択必修の英語の授業は、高校時代に受験勉強で習っていた英語よりも簡単だった。私はすっかり気が抜けてしまい、大学にはあまり顔を出さないで自分の好きなことに専念するようになってしまった。真面目な真面目な高校生活を送った分、大学に入学してからの反動は大きかった。一体何のための受験勉強だったのか。こんなことにならないようにするためにも、受験勉強はほどほどにしておくべきである。

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