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2005.12.08

鑑定依頼と注目の範囲

 はづきさんのlesson144:「ツインハート」という記事に、ツインハートかどうかの鑑定依頼の記事があった。今、私が書いているのは前日の日記なので、この記事が完成すると、はづきさんの未来の日記にリンクさせていただくことになってしまうのだが、どうか細かいことはお気になさらぬよう。

 私は、ツインハートという言葉を今回初めて知ったのだが、質問された方は、ツインソウルと同義で使っているようだ。この方の質問に対し、実にはづきさんらしい切れ味のいい回答をされているので、私は記事を拝見しながら思わず微笑んでしまった。私のところにも、この手の鑑定依頼のメールや掲示板への書き込みが、これまでにいくつかあった。だから、はづきさんの書かれていることが良くわかるのだ。特に私は、はづきさんに質問された女性の、

出来ましたら、はづきさんからはっきり『ツインハート』ですよと言って頂けたらとても安心します。

という部分が気になってしまう。安心する? 自分のために?

 はっきり書いてしまえば、私は、この手の鑑定を依頼されると、
「それがどうかしましたか?」
という気持ちになってしまう。愛という観点からソウルメイトやツインソウルをとらえているのではなく、自分自身の気持ちを納得させるためにソウルメイトやツインソウルという関係性を利用しているように思えてしまうからだ。尊い愛よりも先に、ソウルメイトやツインソウルの存在が、「条件」として存在しているからである。

 以前、私のホームページの掲示板に、こんな書き込みがあった。ある男性からの書き込みだったのだが、特に異性としての魅力を感じていない女性から告白され、交際を断ると、相手の女性にしつこくつきまとわれ、更には頻繁に夢に出て来るようになったと言う。そういう女性は、果たしてソウルメイトなのかという質問だった。私は、彼女がソウルメイトならば、現在、特に異性として魅力を感じていない彼女のことを好きになれるのか? と問いかけてみたが、返事はなかった。彼にとって、彼女がソウルメイトなら、事態がどのように変化したというのだろう。

 他にも、ソウルメイトであることを恋人への「条件」として求めようとする女性からの書き込みもあった。愛よりも先に「条件」があるのは、どうしても不自然に思えたので、このときも私は率直に意見を述べさせていただいた。

 たいていの場合、「知りたい!」という欲求を抱えて突進して来る人は、誰かのことを真剣に愛しているようでいて、実は自分の足下しか見ていない場合が多い。だから、そういう人たちと対話を始めると、エネルギーが一方向にしか流れないので、対話が一方通行になってしまいがちだ。

 対話と言えば、今年は特に、掲示板にたくさんの方々が書き込みをしてくださり、まだまだ返信できていないコメントもたくさんあって大変申し訳ないのだが、そんな中にあって、私のホームページを訪れてくださった方たち同士の対話が活発になりつつある。掲示板を立ち上げた当初は、まだそれほど交流が活発でなく、掲示板のツリーが途切れてしまうことが多かった。ところが、現在は、ツリーが本物の木のように繋がっている。ひょっとするとこれは、クリスマスツリーかもしれない。

 誰かの書いたコメントに、再び返事を書くという行為は、その人と密に関わる覚悟がなければ、なかなか実践できないことである。それが今、心地良い方向に動き始めているのだ。私はそうした状況を静かに見守らせていただいているのだが、現在の掲示板は、関わる人を自分の鏡にしながら、対話を進める段階に入っていると思う。つまり。誰かに向かって行くのではなく、まずは相手を鏡にして、自分自身を探求しているということだ。これから先、掲示板がもっともっと進化すれば、関わり始めた人の状況を良く観察し、更に注目するようになって行く。そして、対話をしている人の変化に敏感になり、相手の変化を自分のことのように喜んだりする。そのときはもう、対話をしている人が、単なる鏡ではなくなっているのだ。中には、既にその局面を迎えている人もいる。掲示板に書き込みをしてくださっている人たちに対し、エネルギーを注ぎ込んでくださっている人たちはそうだ。これからの変化が楽しみである。

※申し訳ありません。平日は、まだまだ仕事が忙しく、深夜の帰宅になっています。いつも掲示板の返信が遅れてごめんなさい。それから、応援クリック、本当に感謝にしています。m(__)m

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