湯治(八日目)
前日あたりから、肩凝りから来る頭痛に悩まされていた。寒さのために、厚着をして寝ていたせいだと思う。カチンカチンに肩が凝り、鼻が詰まり、首の後ろの付け根のあたりがひどく痛むのだった。そのため、緊急用に持っているピップエレキバンを肩と首の周りに貼り巡らしてみたのだが、なかなか効果が現れなかった。いつもはこれですぐに楽になれるのだ。そう言えばと、以前、巣鴨のとげぬき地蔵尊で、ピタップという突起のついたエレキバンのようなものを試供品でもらったことを思い出し、試してみた。すると、これが驚くほど良く効いたのだ。私はピタップを貼ったまま、お昼過ぎまで布団にくるまって寝ていた。起きてからは、三十一日に鍼灸医院に予約を入れていたことを思い出して、キャンセルの電話を掛けた。
「ガンまる日記」を書き上げたあと、私は株湯に出掛けた。いつもより遅い時間だったので、そろそろ混み合う頃かと思っていたのだが、お正月の準備で忙しいのだろうか。思ったよりも空いていて、私はまた湯船で一人になり、リラックスできた。
最近、他のサイトを見ていて気がついたことなのだが、株湯の浴槽は、一つの浴槽を木の仕切りで男湯と女湯に分けている。これは何ともロマンチックな発想だ。真ん中にある仕切りの間から、常に新しいお湯がこんこんと沸き出ている。本当にありがたい温泉だ。
株湯から帰ると、私の頭痛はすっかり良くなっていた。半身浴だけでは肩が温まらないので、意識して首の付け根まですっぽり入って温めたのが効いたようだ。
そんな株湯は、大晦日の日に清掃のために営業時間を少し遅らせるだけで、元旦から平常通りの営業なのだという。地元の人たちにも、観光客にも、そこまで望まれている公衆浴場なのだろう。
三朝に滞在してから一週間余りが経った。世間も年末年始の休暇に入ったようで、町を歩けば、たくさんの観光客とすれ違う。しかし私は、地元の人にもなり切れず、観光客にもなり切れない、中途半端な存在だ。観光客は、家族や恋人たちと一緒にやって来て、高価な旅館に宿泊し、おいしい料理を食べる。彼らの中でも、公衆浴場である株湯に足を運ぶ人たちは、ごくわずかだろう。
この寒さの中、高級旅館の前には、宿泊客の到着を待つ係員がいる。彼らは、宿泊客の車が到着すると、名前を聞き出し、
「○○様、お待ち申し上げておりました」
とあいさつをする。そして、家族を降ろした車を駐車場へと誘導するのだ。何時にやって来るかわからない宿泊客のために、夜の寒い中でもずっと立っている。
同じ三朝温泉に居ながら、宿泊客が来るのを外でずっと待っている係員が見ているもの、宿泊客が見ているもの、地元の人たちが見ているもの、そして、私が見ているものは、それぞれ違うことだろう。
夕ご飯は、またまたスーパーのお弁当だった。これだけでは寂しいので、ブロッコリーをやかんで茹でて食べた。包丁がないので、ブロッコリーは手でちぎってやかんに入れた。茹で上がったあとのやかんのお湯切りは、やかんの口から可能だった。やかん一つあると、お湯を沸かせるだけでなく、漢方薬を煎じることもできるし、ブロッコリーも茹でられるし、なかなか便利だ。
普段ほとんど見ることのないテレビを付けてみると、江原啓之スペシャル天国からの手紙という番組が放送されていた。最近の江原さんのご活躍ぶりには、かつての宜保愛子さんのような勢いがある。その番組の中で、末期癌の父親が、一人息子と離れるのが辛くて、病院にも行かずに自宅で療養していた話があり、私は思わず考えさせられた。彼らは二人暮らしだった。私は再び、焼却炉で亡くなられた老夫婦のことを思い出した。そして、現在の私たちの状況のことも照らし合わせて考えた。やはり、こうした状況が、私にはとても良く理解できる。まずは、ずっと二人だけで生きて来た絆があるということ。その絆を守りたいがために、病院にさえも行きたくないという気持ち。この絆を知らない人は、何故、離れ離れになるのが辛いのかと問いたがる。今の私が取っている立場は違うが、離れ離れになる選択をすることの辛さがとても良くわかるのだ。事実、私自身も、こちらに来てからの精神的ダメージがとても大きかった。これほどまでに精神的ダメージが大きいのなら、この選択は失敗だったのではないかと思ったほどだ。しかし、人によるのだと思うが、状況が変われば、次第に癒されて来る。そして、だんだん強くなって行く。だから私は、延泊ができたのだと思っている。
ところで、ガンモは今日、コールセンタからの呼び出し要員だったらしい。しかし、何ごともなく、一日が過ぎたようだ。
「明日は徹夜で作業だ」
とガンモは言う。大晦日の夜は、客先で徹夜作業だと言う。
「ハリポタは、一月二日に行くから」
とガンモは言う。もうすぐ私が帰ることになっているので、ガンモは次第に元気を取り戻している。その日に鉄道関係のイベントがあるので、私を連れ出したいらしい。ハリポタを観るのは、そのイベントのあとになる。
ガンモとの再会の場所は、私がどのルートで帰宅するかによって、自宅にもできるし、三ノ宮にも、大阪にもできる。しかし、やはり自宅がいいのではないだろうか。何しろ、涙の再会のときのように、どんなに泣き叫ぶかわかったものじゃないのだから。
※掲示板やメールの返信が滞っている中、今年は皆さんに本当に助けていただきました。深く感謝しております。どうか、皆さんも良いお年をお迎えください。二〇〇五年、本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。
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