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2005.12.13

KOBE ルミナリエ

 有馬温泉をあとにした私たちは、KOBE ルミナリエの会場へと向かった。私たちがKOBE ルミナリエに足を運ぶのは、一体何年ぶりのことだろう。確か、結婚した年とその次の年しか訪れていなかったはずだ。当時の私たちは、クリスマスシーズンがやって来る度に、サンタとトナカイの格好をしたまま新幹線に乗ったり、ディズニーランドに出掛けたり、カメラ仲間たちとの忘年会に参加したりしていた。だから、当然、KOBE ルミナリエにもサンタとトナカイのいでたちで出掛けていた。私がサンタの帽子をかぶり、ガンモがトナカイの角の生えた帽子をかぶっていた。ガンモはトナカイなのに、カメラ仲間たちからはクワガタと言われていた。

 私たちの足が何故、KOBE ルミナリエから遠のいてしまったかと言うと、とにかく人が多いということと、ひどい混雑のために、メインストリートまでの道のりを、誘導によって無駄に歩かされることあった。しかし、有馬温泉からの帰り道、三宮を経由して我が家まで帰るので、久しぶりにKOBE ルミナリエを見てみようということになったのだ。

 しばらく訪れないうちに、KOBE ルミナリエの会場はとても空いていた。日曜日の夜だったからかもしれない。おかげで、うんざりするほどの混雑に見舞われることもなく、私たちはゆったりと光と闇のコンビネーションが生み出したオブジェを鑑賞することができた。

 イルミネーションが飾られているアーケードに差し掛かったとき、私はその美しさに思わずため息を漏らした。私の目には、光と闇が同時に映っていた。前回見たときの印象とずいぶん違っているように思えたのは、私が闇と友達になったからだろう。かつての私は、こうしたイルミネーションを前にすると、光の美しさだけに酔いしれていた。しかし、今では、イルミネーションを美しく輝かせているのは闇のおかげだということを知っている。青森で、灯り(あかり)の灯されていないねぶたを見たときに、私はそう思ったのだ。威圧感を感じるほどのねぶたが、出勤前ですっぴんのクラブのママさんのように素朴な存在に見えた。私は、ガンモに借りたデジカメで、光と闇のコンビネーションが生み出したオブジェを撮影した。ああ、光と闇のコントラストは美しい。裏方に徹している闇は、光のことをこれほどまでも愛しているのかと思った。自分が自分が、としゃしゃり出ることもなく、光に主役を譲り、光が注目を浴びることを自分自身の喜びとしているのだ。

 かつて私は、「ルミナリエの怪人」というタイトルで、KOBE ルミナリエのイルミネーションを背景にして、ガンモのトナカイの後ろ姿を撮影し、写真展に出品した。果たして、あの怪人はどこへ行ったのだろう。サンタとトナカイの格好をして歩いていた頃は、いくつになってもこの格好ができるはずだと思っていたが、やはり、四十代になるとそれも難しいようである。

※最近、撮影した写真
有馬温泉
KOBE ルミナリエ

※皆さん、いつもありがとう!

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