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2005.11.24

沈黙について

 はづきさんも書かれていらっしゃるように、きのうはココログのメンテナンス中で、昼休み中に書き上げた記事をアップしようとしてもエラーになってしまい、アップできなかった。そんなことのないように、いつもはエディタの上で書き上げてから編集ボックスに貼り付けているのだが、貼り付けたあとに別の文字をクリップボードにコピーしてしまったため、せっかく書いた記事が水の泡となって消えてしまった。そんなわけで、きのう書いた記事に、もう少し補足しておきたいことがある。そう思っていたら、てんちゃんが掲示板にコメントを書いてくださったので、てんちゃんへのメッセージも含めて書かせていただこうと思う。

■No986に返信(てんてんさんの記事)

てんちゃんへ

コメントありがとう。

> 沈黙が怖かったのは、私も一緒だ。(笑)
> 最近は怖くないなあ。

てんちゃんなら、沈黙の怖さをわかってくれると思ってた。(笑)

何故、沈黙が怖かったのかと考えてみると、私の場合、思っていることを全部口に出すタイプだからだと思う。
特に、親しい人に対してはね。
だから、反対に、思っていることを言えないことはストレスの原因にもなってしまうし、普段、自分が思っていることを隠そうとしないので、他の人が黙っているということは、何も感じていないか、言いたくないのどちらかだと思い込んでいたんだ。
それだけ、言葉に対する依存が大きかったのかな。
もしかすると、それはそのまま、芸術の理解への乏しさを証明していたのかもしれない。

ツインソウルは言っていた。
言葉では表現し切れないものがあるから、足りない分を芸術で埋めて行くのだと。
沈黙が怖くない人は、言葉以外の手段があることを、私よりも先に知っていたんだね。

振り返ってみれば、ツインソウルとこの対話を始めたのだって、
「最近、何で黙ってるの?」
と私が聞いたことが始まりだった。
もともと口数の少ないツインソウルは、
「何でって、黙ってるのが普通だから」
と言ったんだ。私は、
「だったら、これまでたくさん交わして来た言葉は一体何だったの?」
と反論した。すべてはそこから始まったんだ。
それにしても、今回の対話は長かった。とにかく、たくさんの言葉を交わしたよ。
しかも、もとはと言えば、これまでと同じようにたくさんの言葉を求めようとして対立を始めたのに、対立が終わる頃には、こうして沈黙に酔いしれているとはね。(苦笑)
まったく、ツインソウルと関わっていると、何が起こるかわからないね。
まるでびっくり箱を開けるみたいだよ。

てんちゃんも、沈黙が怖くなくなったということは、私も、てんちゃんと同じものを見つけられたのかもしれない。
言葉では表現されない思いやりや行動を。

あと、違うものに対する恐れも緩和されたように思う。
今までは、ツインソウルに、
「何で□□なの」
という反論ばかりしていたんだ。(□□は、私と違う部分ね)
ツインソウルは、「自分はこうなのに、あなたはこうじゃない」と言われるのがものすごくイヤだったみたい。違ってて当たり前なんだと。

でも、考えてみると、誰かと対話をするにしたって、単なる共感だけではそれ以上の拡がりがなく、「そうそう」で終わってしまう場合もあるよね。
違うということは、極端に言葉数が多くなるか、少なくなるかのどちらかだね。
それにしても、前者と後者の違いは何だろう。
違うから、相手のことをもっともっと知りたいと思って言葉を発するか、別の個として切り離してしまうかの違いなのかなあ。

> あれだけ、言葉を交わしていたのにね。
> 交わりが言葉という手段を使わない域に
> 来たのだろうか?

それはまだわからない。
でも、今の感覚が、とても心地いい。
とにかく、これからは、これまでとは違う方向に進んで行く気がしている。

> 壁紙がクリスマスになったね。
> そろそろ、12月だ。

気づいてくれてありがとう。(^^)
ガンまる日記とホームページのトップページの壁紙を変えてみたよ。
髪の毛を切ったときに、
「あ、髪、切ったんだね」
と言ってもらえたようなうれしい気分だ。(^^)

もう十二月だなんて、時が経つのはほんとに早いね!

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