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2005.11.05

姫路城と姫路市立動物園

 先日、比叡山に行ったときに使った「スルッとKANSAI 3dayチケット」(関西圏の提携している私鉄・地下鉄・バスに三日間乗り放題の切符)が一日分余っていたので、山陽電車で姫路に行こうということになり、ガンモと二人で姫路まで出掛けた。

 私たちの住んでいる地域から鉄道を利用して神戸方面や大阪方面に向かうときは、JR、阪神電車、阪急電車の三通りの選択肢がある。それぞれの路線が途中で少しずつ交差しながら、西へ東へと延びている。姫路へは、JRの新快速列車を利用するのが最も速く、およそ五十分程度で姫路に着く。しかし、山陽電車を使うと、一時間二十分以上もかかってしまう。それでも、乗り潰しのために、私たちは山陽電車に乗り込んだのだ。

 山陽電車は、阪神電車や阪急電車の終点の先から運行されている電車で、阪神電車や阪急電車との相互乗り入れを実現している。つまり、阪神電車のホームで待っていれば、姫路行きの直通特急に乗れるというわけである。というわけで、私たちは、阪神電車の姫路行き直通特急に乗り込んだ。例え近場だとしても、普段利用していない電車だけに、ちょっとした旅行気分を味わえる。電車に乗っていたのがちょうどお昼どきだったので、いつもの旅行気分を出すために、山陽電車の中でお弁当を食べた。

 姫路に着いた私たちがまっすぐ向かったのは、姫路城だった。やはり、ちょっとした旅なのだから、観光しておかなければ気が済まない。十一月だというのにとても暖かい日で、姫路城の周辺の広場では、家族で出掛けて来てくつろいでいる人たちが多かった。

 実は、姫路城にまっすぐやって来たのは、そこに顔抜きがあると聞いていたことも大きかった。しかし、少なくとも、周辺を見渡した限りでは、顔抜きらしきものは見当たらなかった。まさか、世界遺産に指定されている姫路城の中に顔抜きがあるとはとても思えず、念のため、入場料金を払う場所で、
「この中には、観光客の顔をはめて記念撮影できるものがありますか?」
と尋ねてみたのだが、
「ありません」
という答えが返って来た。だから、わざわざ入場料六百円を払ってまで中に入ることを断念したのだ。

 その代わりと言っては何だが、同じ敷地内にある姫路市立動物園に足を運んでみた。こちらは、入場料が二百円だった。動物好きは、動物園が好きになれないというのはその通りで、私は、動物園に行くと、毎回心が締め付けられるようになってしまう。しかし、今回は、彼らのそうした姿も目に焼き付けておこうと思ったのだ。いつもは、動物たちの苦しそうな姿から目を背けようとするばかりだが、今回はもっと冷静に動物園を体験できるかもしれないと思っていた。

 園内は、それほど広くはないが、たくさんの動物たちが飼育されていた。人手が少ないせいだろうか。他の動物園よりも、檻の網目が細かい気がした。だから、檻が邪魔になって、動物たちが良く見えない。しかし、まったく初冬らしくない陽気のせいか、私が知っている他の動物園よりも、動物たちが幾分、生き生きしているように見えた。それでも、ゾウの姫子の悲しそうな目や、彼女が逃げないように電線が張り巡らされているのを目にすると、胸がキューンと痛んだ。そして、私は考えたのだ。餌を手に入れられるかどうかの確証もなく、野生のまま自由に生活するのと、餌の保証はあるが、自由がなく、檻の中で生活し続けるのと、どちらがいいのかと。

 私は、こうした光景が、何かに似ていると思った。そう、刑務所だ。崔洋一監督の『刑務所の中で』という映画を観たとき、刑務所内での労働がそれほどきつくなく、三度の飯にもありつけるのだから、外の世界で働くよりもむしろ、刑務所の中のほうが居心地がいいというような台詞があった。動物園にいる動物たちの中にも、実際、そのように感じる動物もいるかもしれない。しかし、動物たちは、別に悪いことをして動物園に入っているわけではなく、ただただ人間の欲望を満たすためだけに捕らえられ、見世物になっているのである。動物と人間は、まだまだ対等ではない。だから、『猿の惑星』のような映画が面白がられるのかもしれない。

 入場料二百円の姫路市立動物園は、私にいろいろなことを考えさせてくれた。動物園でなければ、決して巡り合うことのできない動物たちに出会えたのも事実である。大切なのは、ここで見た光景を、今後、どのように生かして行くかだと思う。動物たちはいつも、一方的に、私たちに何かを与え続けてくれていることは間違いない。その彼らに対し、自分は何ができるか。自分に何ができるかを意識しながら、今後の生活を送ることができるかどうか。こんなふうに、動物園に行くと、子供の頃に、親から教わらなかったことがどんどん溢れて来るのだった。そして、ここ最近の映画の見過ぎと、陽気のせいで、普段よりも開放的になっていた私は、ガンモを抱きしめ、キスを交わしたい気持ちに駆られたのだが、ここは日本だとブレーキがかかり、踏みとどまった。日本は愛情表現に関して、とにかく不自由な国だと思った。
 
※今日撮影した写真
姫路城と姫路市立動物園

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