« ガンモの人生設計 | トップページ | 東洋医学の敗北か »

2005.11.13

映画『恋人たちの予感』

 メグ・ライアンの『恋人たちの予感』を観た。何年か前にテレビで観て、とても感動した映画だ。この映画では、友情で結ばれた男女が、十一年もの時を経て、生涯の伴侶へと変化して行くプロセスがおもしろおかしく描かれている。

 主演のビリー・クリスタルとメグ・ライアンの息が驚くほどぴったり合っている上に、お互いに言いたいことをずばずばと言い合っていて、観ていてとても気持ちがいい。二人の考え方はまったく異なっているのだが、どういうわけか、卓球選手の手にかかったピンポン玉のように、会話が途切れることなくポンポン続いて行く。まったく、相性がいいのか悪いのかわからない関係である。この映画が公開された頃、メグ・ライアンはまだそれほど有名な女優さんではなかったらしい。

 二人がお互いの友人同士をそれぞれの恋人として付き合うことを前提に紹介し合い、四人で会食するシーンがあるのだが、どういうわけか、ビリー・クリスタルの友人とメグ・ライアンのカップル、ビリー・クリスタルとメグ・ライアンの友人のカップル、ともに会話がはずまない。一度投げた会話のポンポン玉が、ストンと真下に落ちてしまうのだ。その代わり、二人の友人同士が会話を始めた途端、会話のピンポン玉が復活する。そして、結局のところ、二人の最初の計画とは裏腹に、二人の友人同士が結ばれることになる。

 意見がまったく異なっているにもかかわらず、会話が途切れることのない関係と、意見が異なっているがゆえに、会話が途切れてしまう関係。二つの関係の対比から、以前、ちーちゃんが掲示板に書いてくれた「引き合う力」というものを想像せずにはいられない。引き合う力が強ければ、例え意見が異なっていたとしても、会話のピンポン玉は果てしなく返し続けられる。しかし、引き合う力が弱ければ、会話のピンポン玉を受け取ることさえ苦痛になり、やがて、ぽとりと落としてしまうのだ。

 ふと思ったのだが、もしかすると男女に限らず、すべての人間関係の間には、知らず知らずのうちに化学結合が起こっているのかもしれない。意見がまったく異なっているにもかかわらず、会話が途切れることのない関係には、ツインソウルを思わせるような陰陽のイオン結合が、そして、共感の多いソウルメイトのような関係には共有結合が、それぞれ起こっているのではないだろうか。私は文系出身なので、理数系はちょっと苦手だかったが、化学結合を人間関係に例えてくれればわかりやすかったのにと思う。

|

« ガンモの人生設計 | トップページ | 東洋医学の敗北か »