木々は語る
仕事を終えたあと、大急ぎで帰宅した。雨が降っていたので、ちょうど自宅近くで仕事を終えたガンモに車で迎えに来てもらい、そのまま地元の回転寿司屋さんへと車を走らせた。今日は、ガンモの仕事がようやく一段落ついたので、その打ち上げだと言う。と言っても、回転寿司屋さんには、打ち上げでなくても良く足を運んでいるのだが。
比較的早く帰宅できたので、床屋さんごっこをして、しばらく伸び放題だったガンモの髪の毛をカットした。ここのところ、ガンモの帰宅があまりにも遅かったので、髪の毛がかなり伸びていることに気がついてからカットするまでに、ずいぶん時間がかかってしまったのだ。髪の毛をカットしたあとのガンモは、すっきりした様子でとてもうれしそうだった。私は、髪の毛をカットしたあとのガンモを見ると、すりすりしたくなってしまう。とにかく、とてもかわいいのだ。あまりにもガンモがかわいいので、家の中ですれ違う度に抱き合って、すりすりしている。
ところで、今月、広島に行くことになっている私たちだが、ガンモが宮島に行きたいと言っている。私は、浪人時代(と言っても、現役で入った大学の休学中)に広島に住んでいたこともあり、宮島には何度か足を運んだことがある。宮島にある厳島神社は、カップルで行くと別れるというジンクスがある。何でも、厳島神社の神様が女性の神様で、カップルで行くとやきもちを焼くのだとか。神様がやきもちをやいて、カップルを別れさせるなんて、そんなばかばかしい話はないだろう。
確か、出雲大社にもそのようなジンクスがあったが、夫婦で訪れるのは神様が喜んでくださるらしい。実際、出雲大社に足を運んでみたところ、仲の良さそうなご夫婦が目立っていた。ネットで調べてみると、厳島神社も、家族でお参りするのは良いと書かれている。誰が言い始めたのかわからないが、私の解釈では、スピリチュアルな場所に足を運ぶことにより、本来の自分を取り戻して、お互いに、自分にとって本当に相応しい相手かどうかを見極めるようになるのではないかと思う。
私は、これまでに、有名どころと言われているあちこちの神社を訪れて来たが、神社で神々との対話を試みるのではなく、神社にある木々が生き生きとしているかどうかを感じ取っている。そういう観点で参拝してみると、有名どころと言われている神社でも、木々が生き生きとしていない神社もある。私が最も好きなのは、名古屋の熱田神宮で、その次が出雲大社だ。熱田神宮や出雲大社の木々は、参道を歩く私たちに、「またおいで」と優しく語り掛けてくれるかのようだ。だから、また訪れたくなるのだ。果たして、宮島の厳島神社の木々は、私たちに語りかけてくれるのだろうか。
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