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2005.11.22

男性性と女性性

 最近、掲示板で何度となく登場している言葉の中に、男性性と女性性という言葉がある。それも、同じスレッドの中に登場するのではなく、異なる掲示板で対話を進めている人たちのやりとりの中にも登場している。これだけ私の前にクローズアップされるとやはり気になってしまうので、今日は、このテーマを与えてくださった皆さんに感謝しながら、男性性と女性性をテーマに書いてみたい。

 私は女性として生まれて来たにもかかわらず、小さい頃からとても男っぽかった。お人形さんごっこやままごと遊びにはほとんど興味を示さず、怪獣のおもちゃや剣(けん)のおもちゃなどを好んだ。座るときもパンツ丸見えで腰を下ろし、親からは良く、
「少しは女の子らしくしなさい」
と言われ続けて来た。その頃から、女性らしくあることへの反発があったように思う。

 女子大生ブームと言われていた大学時代でさえ、ファッション雑誌などには目もくれず、ファミコンやカメラなどに心惹かれていた。職業として選んだのも、男性の多いソフトウェア業界だった。そして、職場では、"サムライ"と呼ばれている。

 就職してからは、お昼休みに女の子だけで集まってお弁当を食べるのが大の苦手だった。テレビドラマを好んで見るわけでもなく、ファッションや化粧品などにも興味を持っているわけではなかったので、複数の女性たちと共通の話題を見出すことができなかったのだと思う。そんな中でも、仲良くなれた女性たちは、どこか中性的な人が多かった。

 ここまで振り返ってみると、私の場合、女性性よりも男性性のほうがはるかに発達していると言っても過言ではないだろう。いや、女性性が退化してしまっていると言ったほうが適切かもしれない。

 自分の中に、既に男性性が存在しているせいか、好きになる男性も中性的な男性が多かった。もちろん、ガンモも中性的だ。男性性が特に発達している男性に対しては、まったくと言っていいほど興味を示さなかった。むしろ、苦手なほうだった。

 女性にしかできないこと。女性だからこそできること。それが、女性性だと思う。果たして、私の中に、女性性は存在しているのだろうか? 何だかこれを書きながら不安になって来た。女性には先天的に備わっているはずの母性でさえも、退化してしまっているように思える。子供の頃から女の子らしくしなさいと言われ続け、とうとう女の子らしくなることなく、私はおばさんになってしまった。だから、女性性はすっかり放棄されたものとして、婦人病にかかったのだろうか? ということは、自分の中の女性性を引き出すことで、退化した部分が再び活性化して来るのだろうか? もしもそうなら、その道のりは相当険しいと感じる。何故なら、自分にとって、苦手な人を目指すことになってしまうからだ。しかも、自分の中の女性性をたっぷりと引き出してしまったら、中性的な男性であるガンモとの関係はどうなってしまうのだろう? ガンモも一緒に男性性を引き出すことをしなければ、バランスが取れなくなってしまうのではないだろうか? それに、何よりも、中性的であるという「私たちらしさ」が失われてしまうようにも思える。となると、性に特化した肉体的機能は必要ないということなのだろうか。

 以前の日記に、私は、一つの性に偏りたくないなどと書いた覚えがある。しかし、こうして蓋を開けてみれば、自分では一つの性に偏っていないつもりでも、男性という一つの性に偏り過ぎていた。ああ、何ということだ。自分と向き合うことは恐ろしい。でも、ほんの少しだけ前に進めた気がする。きっかけを与えてくださった皆さん、どうもありがとう。

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