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2005.10.15

運営方針を掲げる

 ネットで交流している人が、ブログの更新をしばらくお休みすると宣言されていた。詳しいことは良くわからないのだが、どうやらブログのコメント欄に書き込まれた内容に関して、何か問題があったらしい。彼女は自分のブログの運営方針を掲げ、その中で、誰が読んでも気持ちのいいブログにして行きたいと書かれていた。そして、コメントを書き込んでくださる方も、目の前に相手がいることを想像しながら書いて行きましょうと提案されていた。彼女のブログは本当に深く、その筋を志すたくさんの人たちがが訪れ、とても賑わっていた。毎日、何十というコメントに返信し、時には大丈夫なのかと心配になるくらいだった。彼女はそれだけ、その筋に関して深いものを持っている人なのだ。

 ホームページやブログを運営する者として、私には、彼女の気持ちが痛いほど良くわかる。関わる人が多くなればなるほど、運営方針を掲げなければならなくなってしまう。それは、管理人にとって、本当はとても心苦しいことなのだ。しかし、そうでもしなければ、既に関わり始めた人たちを守れない。いろいろな意志を持った人たちを一度に受け入れて行くことは、非常に困難なことなのだ。積み重ねて来た関係もあれば、新たに始まる関係もある。詳しい人もいれば、もっと知りたがる人もいる。考えの近い人もいれば、遠い人もいる。ネットの世界であっても、リアルの世界であっても、ありとあらゆる立場の人たちが混在している。家庭に法律がなくても、国家に法律があるのは、そういうことなのだ。

 私は彼女へのコメントに、彼女との交流の中で、私自身が気づかされたことを書かせていただいた。かつて私が、その筋に関してのポジティヴな面を示したときに、こんなネガティヴな面もあると返してくれたこと。更に、カメラの修理を重ねれば重ねるほど、カメラに対する愛着がどんどん深くなると彼女が言っていたこと。そうしたやりとりは、私の中に残っているとともに、彼女自身がネガティヴなものをポジティヴに変えて来た証なんだということを伝えたかった。だから、今回のことも、きっとポジティヴに変えられるはずだと。

 実際のところ、彼女のブログにどんなことが起こっていたのか、私は知らない。もしかすると、私が想像していることよりも、もっと醜いことかもしれない。しかし、彼女がこのような態度を取らなければ、気づかない人もいるということなのだろう。どんな相対関係も、その人にとって、必ずしも心地良い関係であるとは言い切れないのだ。

 もう一つ、私が感じていることがある。彼女のブログは、あれだけたくさんの人たちで賑わっていたのに、彼女が運営方針を掲げてからというもの、コメントを書き込む人が極端に少なくなっている。これまで関わって来た数多くの人たちは、面倒なことには巻き込まれたくないと思っているのだろうか。そして、彼女が復活したとして、彼女が最も苦しいときに手を差し伸べもせず、何事もなかったように交流を続けて行くつもりなのだろうか。私は、こういう知らんぷりが大嫌いだ。彼女の存在を気にかけているのなら、そして、これからも交流して行く気があるのなら、彼女の気持ちを汲み取り、知らんぷりをせず、何か一言でも声を掛けてあげるべきなのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます! 感謝、感謝であります。m(__)m

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