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2005.10.06

映画『蝉しぐれ』

 次第にパワーが復活して来て思うことは、人生は、自分の思い通りにしか進まないということだ。はづきさんの記事「lesson92:「惨めな生き方」」を拝見して、掲示板のコメントがなかなか返せないことを、自分の責任にしなかったことを恥じた。自分が掲示板を設置したり、「ガンまる日記」を通じて、たくさんの人たちに発信しているからではないか。パワー不足になれば、闇の要因にひきずられ、自分の抱えている状況に追いつけなくなってしまうが、パワーが復活してくれば、そうした現象でさえも、実りだと感じられるのである。一つの事象が、光に変わったり、闇にひきずられたりするのは、パワーによって自分の軸がずれてしまうからかもしれない。皆さん、本当にごめんなさい。m(__)m それでも、根気強く待ってくださってありがとう。(^^)

 実は、仕事上でとても不思議なことが起こっている。九月末までに仕上げなければならなかったはずの仕事の締め切りが、十月末まで延びた上に、更に十二月末まで延びそうなのだ。実際、どうあがいたとしても、九月末までに仕上げることは無理だった仕事だ。それが、およそ三ヶ月も延びそうなのだ。もちろん、その間に他にもやるべき仕事がたくさんあることには変わりがないのだが。これも、人生の舵を取って行くのは自分であることの証なのかもしれないと思う。

 さて、そんな背景もあって、早く仕事を上がることができた私は、またまた映画を観ることにした。ガンモに電話を掛けると、仕事を終わらせるにはまだまだ時間がかかると言うので、職場近くの小さな映画館で『蝉しぐれ』を観た。この映画は、人生を一緒に過ごさないソウルメイト/ツインソウルに出会っていらっしゃる方には、是非お勧めの映画である。お互いに別々の人生を選択していたとしても、その選択を決して邪魔しようとせず、お互いの人生に介入しない強さが描かれている。十代の頃に芽生えた熱い想いが何年経っても劣化することなく、お互いの胸に強烈に焼き付けられている。私は、こうした描写に強く心を打たれてしまう。ただ、私が映画監督ならば、もう少し、直接的な愛情表現は削ってしまったことだろう。これまでのレビューと矛盾しているかもしれないが、日本人だからこそ理解できる、隠す文化を表現した素晴らしい映画だった。

 映画を観終えてガンモに電話を掛けると、ちょうどガンモも仕事を終えるところだった。私たちは、ガンモの客先の最寄駅で待ち合わせて一緒に帰った。帰宅してからも、私の心の中には、『蝉しぐれ』の余韻がずしんと残っていた。

※てんてんさんへ すっぽんぽんで家の中を歩くご家族がいらっしゃって、とてもうれしく思うよ。そういう話は、大好き! それと、掲示板のことも、いろいろお気遣いくださってありがとう。うん、てんてんさんのおっしゃる通り。掲示板に参加してくださる方は、自立しているんだものね。

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