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2005年10月

2005.10.31

双方向の体験

 自分を表現したい人たちのために、ホームページやブログという手段がある。通常、有料プロバイダが提供してくれるホームページスペースには容量制限があり、私のように、多くのものを表現して行きたいと思っている者にとっては、30MBやそこらでは足りなくなってしまう。そこで、無料サイトをレンタルすることになる。

 しかし、実際には、無料サイトにも様々な制限がある。例えば、広告付きであったり、CGIが使えなかったり、一定期間、更新がなければ、アカウントが自動的に削除されてしまったりする。特に、CGIの使える無料サイトや容量無制限の無料サイトは、それなりに規約も厳しい。それでも、あちこちで無料サイトをレンタルしていると、どこの無料サイトがどんな規約だったのか、把握し切れないこともある。

 以前、私がレンタルしていたサイトのアカウントが、何の予告もなく、突然削除されてしまったことがあった。それも、別々のサイトで二回ほど。どうやら、私の運営方法が、その無料サイトの規約に違反していたらしい。しかし、無料サイト側から何の説明もなかったので、私がどのような規約に違反していたのか、まったくわからずじまいだった。こちらでアップロードしていたファイルは、自分のパソコンに残っていたので、別の無料サイトを借りて、そちらにアップロードすることも可能だったが、掲示板など、CGIから吐き出されたログは、明示的にダウンロードしない限り、サーバ側にしかファイルが残らない。そのため、アカウント削除により、訪問してくださった方たちが一生懸命掲示板に書き込んでくださった内容がすべて消えてしまった。

 私の運営している「精神世界のはなし」も、かつては無料サイトをお借りして運営していた。しかし、ある時期から、サーバダウンが頻繁に発生するようになり、自宅サーバを立ち上げたこともあって、思い切って自宅サーバに引っ越した。その引っ越し作業も、なかなか大変な作業だった。特に、掲示板などを自前で立ち上げているサイトにとっては、CGIの引っ越しは大変骨の折れる作業である。それでも、引っ越したあとは、頻繁にダウンしていた広告付きのサイトよりも、快適に運営できるようになった。

 現在のところ、そんな予定はまったくないが、今では、私たちの自宅サーバのスペースを、誰かに使ってもらうこともできる立場になった。もしも仮にそんなことが実現できたとして、私たちの自宅サーバのスペースを利用しているユーザが、サイトをずっと更新しなかったり、こちらが提示した規約を無視して利用し続けたとしたらどうだろうと思う。もしも、他にも私たちの自宅サーバのスペースを利用したいと申し出るユーザが居たとして、その人のためにホームページスペースを空けて欲しいと思ったら、悩んだ末に、お行儀の悪いユーザは、思い切って削除させていただくことになるかもしれない。

 いや、私が何を言いたかったかと言うと、アカウント削除という現象に対し、ホームページスペースを借りる側は、「アカウントを削除された」と思うのであり、ホームページスペースを貸す側は、「提示している規約を破られた」と思うのだろうということだ。もしかすると、その現象に対する間接的な原因を作ったのは自分かもしれないのに、そんなこともすっかり忘れ、「相手に○○された」と言ってしまえるその態度。実は、私自身もよくやってしまうことである。

 しかし、相対的な関係を結んでいる限り、百パーセントの原因は、相手にはないのだ。そして、特定の現象から生じる感情は、ほとんどの場合、一方向からだけの解釈となる。おそらく、一つの学びを完了させるには、双方向の解釈を体験する必要があるだろう。そう考えると、ツインソウルという存在は、一つの学びを一方向ずつ手分けして体験するためのパートナーなのかもしれないと思う。

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2005.10.30

ガンまる、比叡山へ行く

 ホテルをチェックアウトした私たちは、京阪電車を乗り潰しにかかった。そして、京阪電鉄の鉄道催し物に少しだけ顔を出したあと、日本最長の坂本ケーブルに乗り、琵琶湖の壮大な景色を眺めながら比叡山を登った。比叡山と言えば延暦寺。私たちは、社会科でしか習ったことのないその延暦寺に足を運んだ。

 延暦寺に一歩足を踏み入れてみると、四国のお遍路さんが着ているような白い装束に身を包んだたくさんの信者さんたちの姿が目に飛び込んで来た。折しも、延暦寺では、天台宗開宗千二百年の慶讃大法要なるものが開催されていたのだ。そのイベントを盛り上げるため、遠く青森から、ねぶたや黒石よされを踊る人たちが応援に駆けつけていた。

 今年の夏に、本場のねぶた祭りを体験したばかりの私たちは、ねぶたと聞いてかなり興奮を覚えた。ただ、あのときは、函館に向かう特急電車の時間が差し迫っていたので、ほんのわずかの時間しかねぶたを体験することができなかったことが残念に思えていたのだ。そのねぶたが、たった一台ではあるが、今、私たちの目の前に控えている。さすがに昼間なので、明かりはともされていないが、あのとき耳にした太鼓のリズムがズンズン胸に響いている。力強い「ラッセラー」という掛け声が聞こえて来る。たくさんのハネトたちがねぶたの前ではじけている。私は、これは、夏の続きだと思った。もう少しねぶたを体験したいと思っていた私たちの魂の想いが、このような形で実現されたのだ。私は、心の奥のほうから、熱い想いがこみ上げて来るのを感じた。エネルギッシュなものを目にすると、そのパワーが伝わって来るのだろう。私は、しばらくねぶたに見入っていた。

 司会者の方が、
「青年団の方は、この中に入って一緒に踊ってください」
と声を掛けると、ハネトの格好をしていない人たちまでも仲間に加わり、一緒にはじけ始めた。私は、遠巻きにそれを見ながら、一層強いエネルギーを感じていた。きっと、ハネトの人たちと一緒に踊るのと、私がここでじっと見ているのとでは、同じ体験にはならないだろうと感じながら。しかし、中ではじけている人たちの高揚している様子がびんびん伝わって来て、私もどんどん高揚して来た。その状態でガンモを見ると、ガンモを強く抱きしめたい衝動に駆られた。その高揚の中で、私は瞬間的にタントリズムを体験したような気がした。

 はるばる青森から比叡山までやって来て、夏に放出したエネルギーを再体験する。規模は小さくても、ホームグラウンドでなくても、ねぶたを知らない人たちが多くても、彼らが私たちに伝えてくれたものは大きかった。こうした、昔ながらのお祭りや踊りは、何かと繋がるために行われて来たのではないだろうか。そして、おそらくだが、こうした高揚は、タントリズムにも繋がっている。私は、遠巻きに見ながら、ふとそんなことを思っていた。宗教的なことは良くわからないが、多くの信者さんたちが集まっている比叡山は、強いエネルギーを感じさせてくれた。

 延暦寺をあとにして、バス、叡山ロープウェイ、叡山ケーブルを経由して、叡山電車に乗り換えた。そして、再び京阪電車に乗り、モノレールや地下鉄を経由しながら、大阪まで出たあと、ようやく我が家に帰宅した。今回は、京阪神の乗り放題きっぷを買って出掛けたのだが、京阪神に住んでいる私たちでさえ、まだまだ訪れていない歴史的な場所がたくさんあるということがわかった。

 比叡山に足を運んだら、やはり、高野山にも行ってみたくなるものだ。ということで、ガンモは帰り道、しっかりと「高野山1Dayチケット」のパンフレットを駅でもらって帰ったようだ。私は高野山には行ったことがないのだが、ガンモはかつて、パソコン通信の写真フォーラムのオフ会で行ったことがあるらしい。ガンモの話によれば、高野山には、日本人以外の修行層がたくさんいるそうだ。また近いうちに、高野山のレポートも書くことができればいいと思っている。

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2005.10.29

連チャンコンサートと掲示板のコメント

 今夜も彼らのコンサートだった。コンサートと鉄道乗り潰しの旅をカップリングさせて、ガンモと二人で我が家からはちょっと遠い、滋賀県に来ている。普段、利用することのない京阪電車に乗ったり、叡山電車に乗ったりしながら、私鉄の乗り潰し率を上げるのに精を出した。そして、ホテルにチェックインしたあと、二人でコンサート会場へと向かった。

 会場に入ると、四階まである客席が、観客でびっしりと埋まっていた。土曜日だから、他の地方から遠征して来る人たちも多いのだろう。私たちが席に着くと、後ろの席に居た友人が、声を掛けに来てくれた。ああ、やはり彼女も来ていたのだ。
「きのうも来てたんでしょ?」
と彼女が私に言う。
「もちろん」
と私は返す。コンサート会場ごとに、そんな会話が当たり前になっている。この会場だから、あの友人はきっと来ているだろう。お互いにそんな感覚なのだ。

 コンサートは、きのうと同じく、およそ三時間余りの熱演だった。観客の手拍子が揃っているとき、会場は、波打つような感じだ。それをステージの上から体験するのは、一体どんな感じなのだろう。おそらく、この波打つような感覚を味わいたくて、彼らはステージに立ち続けているのではないだろうか。

 ホテルに帰ってから、掲示板のコメントを書かせてもらった。そのときに、改めて思ったことがある。それは、掲示板の書き込みをただ読んでいるのと、実際にその書き込みに対してコメントを書き込むのとは、まったく異なる体験になるということだ。掲示板の書き込みをただ読むだけという作業では、見落としも多い上に、客観的な作業に終わってしまう。しかし、実際にその書き込みと正面から向き合い、自分なりのコメントを書き込むという作業は、自分自身と向き合うことに等しいのだ。特に、相手のコメントを引用しながら行う対話に関しては。

 実際、そうした交流では、対話が屈折して、思わぬ方向に転んでしまうこともある。しかし、ちーちゃんのように、寸分の狂いもなく、的を射抜いてくれる人もいる。相手をどのようにして知るか。自分をどのように表現して行くか。魂の感覚を使わずに、頭で考えている限り、的を射抜くようなコメントを書くことはできない。そして、頭で考えれば考えるほど、中心から反れてしまい、その周辺だけを味わうことになってしまう。

 本当に魂に目覚めた人というのは、言葉に魂を込めることが可能なだけでなく、自分を防御するための皮がむけてしまっていて、開かれている。人は、その開かれた部分に集まって来る。何故なら、開かれていることが心地良いことを知っているからだ。久しぶりに、ちーちゃんへのコメントを書きながら、そんなことを思っていた。ちーちゃん、いつも心地良い交流をどうもありがとう。

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2005.10.28

コンサートの醍醐味

 好きなアーチストのコンサートに参加するため、仕事を休んだ。定時に仕事を上がることが難しいことも多いので、予め、休みの予定を組んでおいたのだ。コンサートの時間ギリギリまで自宅で過ごし、滑り込みセーフでコンサート会場にもぐり込んだ。

 私は、自分の好きなアーチストのコンサートを、同じツアー中に三本は観る。これでも落ち着いて来たほうで、独身の頃は、年間およそ三〇本くらい観ていたこともあった。ツアーは春と秋に行われるので、その頃は、同じツアーをおよそ十本余り観ていたことになる。何がそんなに私をコンサートに掻き立てるのか。その理由は、大きく分けて二つある。一つは、彼らがまったく同じ曲目を演奏しないこと。もう一つは、ツアーが始まった頃と、ツアーの終わり頃では、曲の構成もすっかり変わってしまっていて、その変化を楽しめること。つまり、一見、同じものだと思われがちなものの、様々な変化が面白いわけである。

 この他、私が彼らのコンサートで心地良いと思っているのは、まず第一に、音響の良さである。これまで、いろいろなアーチストのコンサートに足を運んで来たが、音響に気遣いのないコンサートは、ひどくがっかりしてしまう。これは、私が通いつめているアーチストが、音に対する徹底的なこだわりを持っていて、とても心地いいサウンドを届けてくれるために、彼らの音響が私の中で標準になっているせいだと思う。

 第二に、アレンジされた古い曲を新しい気持ちで耳にできることがうれしい。いつまでも、発売された当時のアレンジではなく、古い曲に新たなアレンジが施され、生まれ変わった曲を聴くことができるのは、コンサートの醍醐味である。

 第三に、次々に取り替えられるギターを視覚的に確認できるのがうれしい。CDなどを聴いていると、ギターを識別することがなかなか難しいのだが、コンサートでは、彼らがどの曲でどんなギターを使っているかがわかる。特に、私の好きなアーチストは、ダブルネック、トリプルネックのギターを愛用している。ダブルネック、トリプルネックのギターとは、一つのギターに複数のヘッドがついているギターで、ヘッドごとにそれぞれチューニングが違っていたり、十二絃ギターと通常ギターの組み合わせだったりする。これまで、いろいろなアーチストのコンサートを観て来たが、ここまでギターを取り替えるバンドも珍しい。

 第四に、チームワークを確認できるのがうれしい。バンドメンバーの相対的な関係を目にする機会として、コンサートは格好のチャンスである。彼らの掛け合いが面白いのだ。

 とまあ、私はいつも、このような観点からコンサートを観ている。コンサートの場数を踏んで来ているだけに、彼らのテンションの高さもそのまま伝わって来る。今日のコンサートは、メンバーの一人が特にハイテンションで、ノリノリだった。そのメンバーがハイテンションになると、言葉使いが違ってくるのでおかしい。普段大人しいそのメンバーが、観客に対して、まるで友達のように語り掛けるのはとても珍しいことだ。彼らは本当に、コンサートが好きでたまらないのだと思った。明日のことなど考えず、そのときそのときで完全燃焼しようとしている。そんな彼らに、手抜きの感覚は伝わって来ない。観客が乗れば、彼らも乗る。コンサート会場は、アーチストとファンの相対的な関係を築く場所だったのだ。

 コンサートが終わったあと、古い友人たちと顔を合わせた。彼女たちは、青春時代、同じ熱い時代を過ごして来た仲間たちである。仕事を持っていても、家庭を持っていても、その日をフリーにして、いろいろな場所から集まって来る。例え関西で行われるコンサートであっても、集まって来るのは、何も関西圏に住んでいる人たちばかりではない。社会生活で、いろいろな摩擦を体験しながらも、この特別な日に向けて歯を食いしばって頑張り、コンサート会場でエネルギーを放出し、また、補給して帰路につく。ああ、やっぱりコンサートはいい。その一瞬で燃え尽きてしまうものだが、また新たな次がある。そして、私にとっては、長年同じコンサートに通い続けている古い友人たちの姿を確認できる場所でもあるのだ。

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2005.10.27

隙と許容

 派遣仲間の独身女性が、自宅に新しいパソコンを購入したいらしく、派遣先のパソコンに詳しい独身男性社員に、どんな機種がいいか相談しているのが聞こえて来た。彼女は、松たか子似の美人で、職場の男性からも人気がある。彼女は、男性社員に、
「パソコンを買ったら、○○さん(男性社員の名前)がセットアップしてくださいよ」
などと言っている。何と甘え上手な女性だ、と私は思った。私なら、絶対にこんなことは言わない。わからなくても一生懸命調べながら、自分の力で何としようとする。だからだろうか。私が職場で"サムライ"と呼ばれているのは。

 以前、彼女から、一緒に仕事をしている独身男性(彼女がパソコンのセットアップをさりげなくお願いした男性社員とは別の男性)が、携帯電話に付いているカメラを使って、彼女の写真を無理に撮りたがろうとするのがイヤだと聞いたことがある。彼女は、私と同じ開発業務ではなく、開発者が開発したプログラムをテストするテスターの仕事を担当していた。その作業場所は、マシン室の奥のほうに位置しているため、なかなか人目につかないらしい。私は、その話を聞いたとき、相手の男性がとても大人しい男性だったので、彼女にそのようなことを強要することがショックだった。男性の行為は、立派なセクハラだと思ったのだ。

 しかし、彼女の取っている行動に注目してみると、少し隙があるように思えた。男性は、彼女の取っている態度から、自分が許容されていると思ってしまうのではないだろうか。男性はただ、自分が彼女に許容されていると思い込んで、彼女に近づいているだけなのではないだろうか。おそらくだが、彼女は、半ば無意識のうちに男性を許容する行動を取っている。そして、意識的であるか意識的でないかのギャップが、セクハラを生み出しているように思える。誰だって、傷つきたくはないのだから、相手に許容されていないと思えば、アプローチはして来ないだろう。

 また、私は、職場で別の光景を見た。仕事中、別の派遣社員の独身女性が、椅子の上で身体を斜めにしようとする姿勢が目に入って来た。そのときに、彼女と一緒に仕事をしている既婚男性社員が、彼女の肩を保護するかのように、すかさず、手を添えたのだ。つまり、男性の手は、何の躊躇もなく、彼女の身体を支えるようにして、彼女の肩に触れたのだ。私は、一瞬、自分の目を疑ってしまった。何故なら、彼女は決して倒れそうになったわけではなく、椅子の上でただ身体をよじらせただけだったからだ。しかも、彼女は男性社員の手が自分の肩に触れたことを特別なこととは感じていないように見えた。

 何の躊躇もなく、異性の肉体に触れることは、相手に許容されていることがわかっていないと難しい。むしろ、「触れてしまってごめんなさい」という展開になってもおかしくないくらいだ。

 私がこれらの延長上にあるものとして何となく感じたのは、最初から加害者や被害者が存在するわけではなく、被害者には、加害者をたきつける要因があるのではないかということだった。後者の例は、もしかしたら、ただならぬ男女の仲に発展してしまうかもしれない。しかし、女性には、それを許容した責任があるということだ。

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2005.10.26

初めてのサイン

 有名人を好きになると、その人のサインを欲しいと思うのは、ごく当たり前のことのように思える。しかし、私の場合、とても変わっていて、最初からサインを欲しいとは思わなかった。当時の私は、サインをもらうことで、ファンという認識をしっかりと持たなくてはならないと思い込んでいたようだ。

 ファン同志の仲間たちの間でも、彼らからサインをもらうことは当たり前の行為だった。当時、仲間たちの間で流行っていたのは、新しいスケジュール帳やコンサートのチケットにサインを書いてもらうというものだった。サインはその場ですぐに書いてもらえるわけではないので、手紙などと一緒に添えて手渡しして、次に会ったときに書き上げたものを本人から渡してもらっていたようだ。しかし、紛失してしまったり、本人の手元に戻らなかったりすることも多くなり、そうした行為は、のちに禁止されてしまったそうだ。

 今でこそ、サイン会などにのこのこと出掛けて行くようになった私だが、それまでに何度も何度もサインをもらえるチャンスがあったにも関わらず、実際、そのアーチストを好きになってから十数年もの間、一度もサインをもらったことがなかった。どうしても、サインをもらおうという気が起こらなかったのだ。しかし、あるとき、私にも、サインをいただかなければならないような事態が発生してしまった。それは、都内のあるオープンな場所で起こった。

 いつしか、私の好きなアーチストと私は、趣味の世界で交流できるようになっていた。その世界で、私の好きなアーチストは、自分が集めて不要になったコレクションを売っていた。彼の売っているコレクションの中に、私の気になるものがあり、私はそれを手に取り、
「これください」
と彼に言った。私が欲しいと言ったそれには、専用の入れ物がついていて、その入れ物に、油性のマジックで既に彼のサインが書かれてあった。しかも、「○○へ」と、他の誰かの名前付きで。おそらくだが、それを欲しいと思った別のファンが、彼にサインを書いてもらったあと、購入をキャンセルしてしまったのだろう。

 側に居たガンモが、その名前を読み上げ、
「○○ちゃんって誰ですかねえ」
と彼に言った。彼はそれを受けて、
「誰だろうなあ」
とすっとぼけた。そして、思いついたように、
「『みえへ』だ」
と私の本名を口にしながら、「○○へ」の中の一文字をぐじゅぐじゅっと黒丸でつぶして(○○の中の一文字は「み」だった)、「みえへ」に変えてくれた。それが、私のところにやって来た、彼の初めてのサインだった。他の人に宛てたはずの、修正入りのサインだった。

 普通なら、初めてのサインなのだから、もっとちゃんとサインして欲しいと思うのかもしれない。しかし、私は、ぐじゅぐじゅっとつぶされた訂正黒丸付きのこのサインがとても気に入っている。どんなサインよりも、もっとも私らしいサインだと思えるのだ。

 そのことがあってからは、サイン解禁となり、サイン会などに積極的に出掛けて行くようになった。最近は、ファンでいいかあと思えるこの頃である。

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2005.10.25

ツインソウルの回路

 最近、お昼休みに「ガンまる日記」を書くことが定着して来ているのだが、お昼休みになって掲示板に目を通してみると、いつもようこちゃんから興味深い書き込みがある。ようこちゃん、私の記事を吸収してくれてありがとう。私も、ようこちゃんの書き込みを拝見すると、ああ、もう、書かずにはいられなくなってしまう。ようこちゃん、今日もどうか、書かせて欲しい。今回も、ようこちゃんの言葉を、太字で引用させていただくことにする。

カルマもソウルメイトも理解できる気がするのですが、
ツインソウルは理解できそうで、理解できない感じです。
瞬間、瞬間、って言う事?

 そう、ツインソウルは、瞬間、瞬間。さっき言ったことが、すぐに過去になる関係。明日の約束がない関係。明日のことはわからないけれど、明日も一緒にいたいと思うなら一緒にいる、そんな関係。

カルマはマイナスに転ぶけれど
ツインはプラスに転ぶのかな?

 ツインソウルが転ぶのは、プラスだけではない。極端なマイナスにも転ぶ。蓄積のない、忘却の関係のツインソウルは、ゼロの関係。極端なプラスがあったかと思えば、あたかもそれを埋め合わせるかのように、極端なマイナスの現象も引き起こす。それを、魂の判断で、プラスに変えて自分の中に取り込んで行くのがツインソウルの学び。

毎日が新しければ、陰陽の対立があっても、忘れて、明日はすぐに、仲良くできるということ?
忘却と蓄積の違いなのね。

 そう。蓄積がないから、怒りの感情もすぐに解放できる。関わりそのものが、まるで潮の満ち引きのよう。どんなにネガティヴな感情を抱えていても、形状記憶合金のように、再び元に戻る。潮の満ち引きだから、大嫌いなときもあれば、大好きなときもある。激しく反発し合うこともあれば、強烈に寄り添いたくなることもある。しっかりとしがみついていないと、その落差に振り落とされそうになる。

 ツインソウルは、また、根本の関係とも言える。根っこの下のほうが繋がっている関係。だから、究極的な対立に及んだときは、その根っこの下のほうが繋がっていることを確認することで、落ち着きが訪れる。植物に例えると、一つの種から、気ままに伸びて行く二つの茎がツインソウル。

てんちゃんからは、いつも、その大きな愛を感じるの。
愛を固定化しないのよね。
これは、ご主人さんが、ツインソウルだからなのでしょうね。
ちひろさんも、ご主人さんがツインソウルみたいですが、お二人のやりとりは、
凄い!!
絶対愛の中での生活って、ちょっとようこには、想像をこえるものがありそう。
ようこはジョンでよかったよ。(笑)

そんな、こんな、考えていると、どうして、私が、
ツインと一緒にすごせなかったのかが、
なんとなく、わかる様な気がしてきているのです。
これに関してはまた後で。

 そうそう。愛に関する掲示板にも書いたことだが、ツインソウルと一緒に過ごしている人たちの間には、陰と陽を結ぶ回路が存在しているのがわかる。ツインソウルと一緒に過ごしている人たちは、この回路をうまく使って、正反対のエネルギーと交流し、活性化させているように思う。一方、ツインソウルと一緒に過ごしていない人たちや、学びの異なる人たちには、この回路がない。だから、陽は陽のままで、陰は陰のままで存在してしまうようだ。だから、ツインソウルとうまく行かなかったり、ツインソウルと一緒に過ごしたいと思っていらっしゃる方は、この回路を開発することが必要だと思われる。

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2005.10.24

ツインソウルとカルマの違い

 掲示板に書き込んでくださっている皆さん、どうもありがとう。いつも、皆さんから、たくさんの気づきとパワーを分けていただいている。ああ、魂の探求とは、こんなにも素晴らしいものだったのだと、改めて気づかされている。本当にありがとう。一つ一つに返信できていなくてごめんなさい。それから、いつも投票ありがとう。

 さて、今日は、またまたようこちゃんが、

カルマとツインのバトルの違いはなんだろうね?

「愛しています。」
と言い切れるか,どうかって事?

という問題提起をしてくださったので、私なりに感じることを書いてみたいと思う。

 ツインソウルとカルマの決定的な違いは、忘却の関係か、蓄積の関係か、ということだと思う。ツインソウルは、ポジティヴな面でもネガティヴな面でも、常に忘却がつきまとう。その関わりの中で、関連性の少ない、いくつもの短編小説を書き上げるようなものだ。明日が今日の延長ではなく、常に新しい明日を創造する。

 これに対し、カルマの関係もソウルメイトも、蓄積の関係である。カルマの関係は、ネガティヴな感情を蓄積し、ソウルメイトは、ポジティヴな感情を蓄積して行く。特に、ソウルメイトは、一生をかけて、関連性のある長い長い一つの愛の物語を書き上げる。

 ツインソウルやカルマの関係との関わりにおいては、これまで自分が知らなかったようなネガティヴな感情が引き出されてしまうことがある。このときに味わう感情は、てんちゃんも書かれている通り、大差はないと思う。ただ、ツインソウルとの間に繰り広げられるバトルには、こんなことで関係が壊れるはずがないという奇妙な信頼があるように思う。だから、他の人たちに対して使っているような優しい言葉を選ぼうとしないし、相手がグサッと来るようなことも平気で言ってしまえる。しかし、反対に、この奇妙な信頼が、ときには惰性や停滞を引き起こすこともある。

 それとは別に、魂の見地から、厳しい試練を与えることもある。以前も書いたように、そうした厳しい試練を体験したとき、カルマの場合は、切り離しを行うことで楽になって行く。すなわち、苦しみを与えた人との関係を絶つことで、自分自身を取り戻そうとする。二人の間に愛が通っていないために、自分で自分を守ることが必要になって来るのだ。

 しかし、ツインソウルが厳しい試練を与える場合は、その現象をニュートラルにとらえ、最終的には、ネガティヴな感情が引き出された原因を自分自身に向けようとする。これは、ツインソウルが自立の関係であり、また、霊的な関係だからだと思う。霊的な関係ゆえに、霊的な決断ができるというわけである。絶対愛の関係のツインソウルは、例えどんな状況に陥ろうとも、決して離れようとはしない。しかし、もしも離れようものなら、来世では離れ離れの縁となり、一緒に過ごせない苦しみを抱えながら、再び引き合うのではないだろうか。

 ツインソウルが対等かつ自立の関係であるのに対し、カルマは依存の関係である。だから、ネガティヴな感情が引き出された原因を、相手に求めようとする。カルマを解消してしまわない限り、被害者と加害者の関係から抜け出せないのだ。カルマを解消して初めて、凄まじいカルマの経験に感謝することができる。

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2005.10.23

続・芸術と一人の時間

 これは、SHANAくんの( ゚Д゚)ヒョエー †dreamer・dreamer†術の中の陰陽・続への陰陽へのトラックバックである。

 SHANAくん、どうもありがとう。記事への返信を、またまたトラックバックさせてもらうことにしよう。SHANAくんの言葉を太字で引用させていただく。

どうやら、私はまるみさんに「参った!」と言わせてしまったようだ。

 そう! その通り! 芸術を瞬間と永遠に分類されるとは思ってもみなかった。うわあ、やられたあ! という感じだった。

実は、芸術の中の陰陽を書いた時、我ながらいいじゃないか〜とひそかにシメシメと思っていたのだ(笑)

 私も、SHANAくんの記事が気になって、気になって、仕方がなかった。しかし、コメントを書かせてもらうには長くなりそうだと思って、トラックバックさせていただいた。私のブログは、コメント機能もトラックバック機能もOFFにしててゴメン。でも、記事を取り上げてくれてうれしかった。ありがとう。

私自身も不良ファンだと思っていたりする。

 ああ、SHANAくんも、やっぱり、そうなんだね。私は、SHANAくんの書いている、他の人の熱さに圧倒されるという気持ちも、過ぎ去った過去にとらわれていないという気持ちも良くわかる。他の人たちの応援の仕方を見ていると、どうも、何かの媒体に保存しておきたい欲求が強いように思える。だから、他の人たちは、テレビやラジオの出演スケジュールをマメにチェックしたり、彼らの出演した番組を、保存媒体に保存する傾向が強いようだ。

 実は、私は、テレビやラジオの出演に関しても、ほとんどノーチェックである。先日、ガンモと出掛けたラジオの公開録音も、友人から教えてもらったくらいだ。そんな私を見かねて、ときどき友人が、私に、テレビで放送された番組をビデオにダビングして送ってくれたりする。しかし、私は、それでさえもなかなか観られなかったりする。友人にはとても申し訳ないのだが、そうしたご厚意を断り切れない部分もあり、二重に申し訳なく思っている。保存された媒体に対し、執着がないことを、彼女たちにどのように説明したらいいのかわからないのだ。

 彼らと交われる瞬間が大切。この一言で説明はつくのだろうが、そういう感覚がない人には理解し難い行動だと思う。だから、不良ファンの一言で済ませたくなる。

その主張は、脳を越えて、直接心を揺さぶるもの。

 そう。言葉と違って、表現方法はとても間接的だが、言葉よりも直接的に響いて来ることがある。

大学の頃、私は周りの私語が気になって仕方なくて、よく音楽を聞いていた。でも、盛り上がった話し声はイヤホンを抜けて耳に入ってくる。

 集中するために、音楽を聴いて、周りの音をシャットアウトしたくなる気持ちは良くわかる。私も、仕事中に音楽を聴きたいくらいだ。

 話がちょっと横道に反れるかもしれないが、SHANAくんのブログの別の記事のコメントに、音楽を聴いているときに話し掛けて来る人がいることを指摘ださている方がいらっしゃった。私は、そのコメントを拝見して、そう! そう! そう! と三回頷いた。以前にもここに書いたことがあるのだが、実は、そうした行為は、関西の人に強い傾向なのかと思っていた。

 というのは、私が東京に住んでいたときは、通勤の途中に音楽を聴いていると、誰も声を掛けては来なかったからだ。東京人の場合、誰かの音楽を聴きたい意志を尊重しているというよりは、通勤の途中に知っている人がいても知らんプリする傾向が強いだけかもしれない。東京人は、それほど親しくない人とは、距離を保ちたがるのだ。

 一方、知っている人はみんな友達だと思っている関西の人たちは、相手が音楽を聴いていようが、何をしていようが、知っている人を見掛ければ、トントンと肩を叩いて来る。そして、特に話すことがなくても、目的地までの道を一緒に歩き始めるのだ。私も、しぶしぶヘッドフォンを耳から外して歩き始める。無言のまま一緒に歩くのなら、音楽を聴いていたいなどと思いながら。

 もっと驚くのは、仕事中の昼休み。私は、休み時間に自分のノートパソコン(正確にはPDA)を使って、「ガンまる日記」を書いたり、メールや掲示板への返信を書いたりしている。文章を書くためには、集中することが必要なので、ザワザワしている昼休み中は音楽の力を借りて集中している。しかし、音楽を聴いていても、肩をトントンと叩かれ、仕事の話を振られることがある。やはり、恐るべし関西人! と思ってしまうわけである。

 しかし、SHANAくんの記事のコメントに記入された方は、どうやら関西在住の方のよう。ということは、関西に住んでいる人は、音楽を聴いている最中に話し掛けられることを嫌がっていないということではなさそうだ。

陰の芸術家に心から愛する人ができた時…。
きっと、うまく切り替えたりするんじゃないだろうか。
ただ、少し相手を振り回してしまいそうな気がするが、もし集中したい時がくれば、「今は絵を描きたい!集中させて!」とハッキリ線引きをしそうだな、と感じる。
それまでに、私ならそういう人間であることを相手に言い聞かせていそうだと思った。

 なるほど。絵に没頭している時間があっても、心から愛する人を寂しくさせない方法が、きっとあるのだだろう。少し前に、てんちゃんが掲示板で、私が多対多の愛で取り上げた谷川俊太郎さんの詩を引用してくださったが、まさしくこのような関係なのだろうと思う。つまり、創作に励んでいるその瞬間でさえも、愛する人のことを決して忘れてはいないという関わり方である。創作に励むことが、あなたを愛することに繋がるという関わり方である。

 そうした関わり方は、創作に打ち込まない人の理解が必要だと思う。そして、創作に打ち込むことが、中途半端なものではなく、その人にとってのライフワークであることも必要だと思う。

 私も、パソコンに向かって文章を書いているときは、ガンモに黙っててねと頼んでいる。私がパソコンに向かうことで、ガンモを寂しくさせてはいない。それと同じことなのかもしれない。周期やリズム、そして、信頼といったものが、二人の相対的な関係の中で生まれて行くのだろうと思う。

別の方法として、時に陰の芸術家は自分の愛する人をモチーフにしたりする。その時は相手との関わりと、芸術とのかかわりを同時にやってしまうのではないだろうか。

 肌に触れ合ったり、キスをしたり、抱き合ったりという直接的な交流と、愛する人のことを考えながら、愛する人のことを芸術で表現するという間接的な交流。相手が直接的な交流を求めているときに、間接的な交流で対処できるかどうか。これには、相性が関係するのかもしれない。相性が良ければ、直接的と間接的のリズムさえも一致するのかもしれない。相手が創作に打ち込む人の場合は、お互いに、「相手のことを理解する」ということが、他の関係よりも必要な関係になることは間違いない。

あの有名なモネという人は、自分の妻が亡くなった時も絵を描いていたそうだ。それも妻の死に顔を。涙を流しながら、「妻が死んで悲しくて仕方ないのに、自分は絵を描く手をとめることができない。」と言ったそうだ。(記憶があやふやだが、こういう内容です)

 これは驚きだ。とにかく徹底している。おそらく、モネは、描かされていた人だったのだろう。だから、人生のもっとも大切なときでさえ、描くことをやめられなかった。きっと、奥さんの魂にも、それが届いていたのではないだろうか。それが、もっともモネらしい姿だと。

私は愛する人が足を引っ張るとは感じない。
陰の芸術家は、描いている部屋の隣に愛する人がいてくれるだけで満足するだろうし、同じ部屋にいても自分を見守っていてくれるのなら満足だろう。

 これを聞いて安心した。何故なら、周りの音をシャットアウトしたくて、音楽を聴きたくなるのと同じように、愛する人の存在であっても、シャットアウトしてしまう時間があるのかと思っていたからだ。私自身、芸術家タイプの人と男女の関係になったことがないので、想像で書いてしまっているところがある。いずれにしても、芸術家タイプの人と信頼関係を築いて行くには、間接的な愛情表現が理解できる人でなければつとまらないような気がしている。私は、間接的愛情表現よりも直接的愛情表現に転びがちなので、芸術家の妻はつとまらないだろうと思った次第である。

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2005.10.22

仲良し夫婦旋風

 この度、ガンモが愛読しているゆみぞうさんのweb日記絵日記でもかいてみようかNEWが単行本化され、その出版記念サイン会が大阪の書店で行なわれると言う。ガンモは興奮しながら、サイン会の入場整理券をWebから申し込んだのだが、残念ながら抽選に漏れてしまった。それでも私は、過去の経験から、こうしたサイン会には、飛び入り参加可能である場合もあることを知っていた。それに、もしも本当にご本人にサインをしていただくことが不可能だとしても、サイン会は書店の中で行なわれるのだから、サイン会の様子を遠巻きに眺めることくらいはできるのではないかと思っていた。だから私は、鍼灸治療の予約を日曜日に変更して、ガンモと一緒に大阪に出掛けることにしたのだった。

 ガンモは、その単行本が発売されてからというもの、いろいろな書店でその単行本を探し続けて来たのだが、なかなか見つけられずにいた。本屋さんで注文してしまえば取り寄せも可能なのだろうが、別のお店に行けばすぐに手に入るのではないかという気持ちがあったようだ。

 さて、サイン会が行われる書店に着いたとき、ガンモはその単行本を見つけ、すぐに購入した。すると、レジ係の店員さんが、これから行われるサイン会の案内をしてくださったそうだ。サイン会の入場整理券は、まだ若干の余裕があったらしく、どうやらガンモはその枠に入ることができたようだった。やはり、私の予想していた通りだった。ガンモは、入場券の抽選に漏れてしまったので半ば諦めかけていたのだが、それでも出掛けて行こうとガンモに提案して良かったと思った。ガンモはとてもうれしそうだった。

 喜び勇んでサイン会の場所となる喫茶コーナーに足を運んでみると、既にたくさんの人たちが列を作っていた。お店の人に整理券をもらい、私もガンモと一緒に並んだ。サインは、単行本一冊につき一回ということなので、単行本を買っていない私は、ガンモのおまけである。ラジオの公開録音やコンサートなど、いつも私が好きなものに付き合ってもらっているので、ガンモの好きなものに付き合えるのはうれしい。私は、ゆみぞうさんのサイトを念入りに拝見しているわけではないが、ガンモの話によれば、とても仲の良いご夫婦らしい。Web日記を拝見する限り、その関わりはソウルメイト的だ。私は、仲の良い夫婦を確認すると、同志を見つけたみたいでとてもうれしくなる。ゆみぞうさん達ご夫婦は、ご結婚された時期も私たち夫婦とほぼ同じで、ご夫婦二人だけの生活を送ってらっしゃるらしい。そういう意味でも、ゆみぞうさんは、私たちの仲間だと思ったのだ。

 ゆみぞうさんのサイトは、既に三八〇〇万を超えるアクセスがある。まだまだ十二万アクセスちょっとのガンまる日記とは比べ物にならないほどのアクセス数だ。これだけの方たちが、ゆみぞうさんの漫画に魅せられ、全国、いや、全世界からアクセスしていらっしゃるのだ。それだけに、サイトの管理やコミュニケーションも大変だろうと思う。私は、サイン会の列に並びながら、いろいろなことを考えていた。ガンモに、
「『ガンまる日記』も単行本化されたら、こうしてサイン会やるのかなあ」
などと言ってみた。ガンモは、
「無理無理」
と言う。私は、
「まあ確かに。『ガンまる日記』は主張が激しいから、単行本にはならないだろうなあ」
と苦笑した。

 今日のサイン会では、およそ三百人の人たちにサインしてくださると言う。サイン会は、精神労働と肉体労働が入り混じった仕事である。サインをしていただく側は個々でも、サインを書く人は一人なのだ。つまり、多対一の関係である。同じことの繰り返しのようでいて、対応する相手は一人ずつ違う。おそらく、疲労も相当激しいことだろう。

 さて、ようやくサイン会が始まり、始まった直後から、ゆみぞうさんの明るい声が耳に入って来ていた。感性が豊かな人は、笑うことにためらいがないものだと、改めて思った。ゆみぞうさんにサインをしていただいている間に、ゆみぞうさんに話し掛ける人たちも居た。彼女のことを良く知らなければ、こちらから話し掛けることはできないだろう。ゆみぞうさんは、話し掛けて来た人たちに対して、快く受け答えをされていた。簡単なコミュニケーションであっても、言葉のキャッチボールが行われていることを目の当たりにした瞬間だった。

 少し早めにサイン会の列に並ぶことができた私たちは、およそ一時間四十五分ほどの待ち時間でサインをしていただくことができた。サイン会の整理券には、あらかじめ、自分の名前を記入する欄があり、ゆみぞうさんはそれをご覧になった上で、「○○さん江」という形でサインを書いてくださる。私たちは、「ガンモ・まるみ」と書いておいた。ゆみぞうさんがそれをご覧になって、
「ガンモさんとまるみさんですね」
とおっしゃると、何やら会場の奥のほうから怪しげな反応があった。もしかすると、この「ガンまる日記」を読んでくださっている方も、同じ会場にいらしたのだろうか。ああ、恥かしい。(^^; 私たちの体型がばれてしまったかもしれない。

 ゆみぞうさんにサインをいただいたあと、ゆみぞうさんと簡単な握手をして、サイン会の場を離れた。書いてくださったサインを見ると、
「ガンモさん江 まるみさん江 ゆみぞう(サイン) 仲良し夫婦」
と書かれていた。おおお! うれしかった! やはり、同志には同志の雰囲気が伝わっていたのだ。

 整理券には、自分の名前以外にも、ゆみぞうさんへのメッセージを書き込む欄があった。ガンモが私に、
「ゆみぞうさんへのメッセージ、書いて」
と言うので、私は、ガンモが購入した単行本を読ませてもらいながら、ゆみぞうさんへのメッセージを書き込んだ。簡単に言えば、ゆみぞうさんの単行本を読まれた方たちの間で、仲良し夫婦旋風が巻き起こるといいなあということを書かせていただいた。更には、ゆみぞうさんの漫画を読まれた人たちが、仲良し夫婦に感化され、結婚への強い憧れを抱いたり、また、これまでうまく行っていなかったご夫婦も仲良くなれればいいのに、と思った私である。

 サインをしていただいて、サイン会場を離れて行く人たちはみんな、一人でこっそりと喜びをかみしめているような笑みを浮かべていた。多くの方たちに支持されている絵日記が単行本になり、サイン会もまた大盛況になるということは、ゆみぞうさんは、それなりの使命を持って生まれて来られた方なのだと思う。ゆみぞうさんの絵日記に魅せられて、日本全国に仲良し夫婦旋風が巻き起こることを、私は期待して止まない。

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2005.10.21

芸術と一人の時間

 これは、掲示板で交流させていただいているSHANAくんの( ゚Д゚)ヒョエー †dreamer・dreamer†芸術の中の陰陽へのトラックバックである。

 読ませていただいたときから、とても気になる記事だった。少し長くなるが、SHANAくんの記事を忠実に引用させていただくことにする。

音楽や演劇は、陽の芸術
美術や工芸は、陰の芸術

ひとそれぞれ考えはあるだろうから気になさらず☆

音楽とかって、一瞬のきらめき。
何度も何度も練習を重ねて、自分を高めて、
本番で全てを出し切る。
きらきら光っているのは、本番の一瞬。

今はCDやDVDで何度も見れるけど、いつもそこにあるわけじゃない。
CDやDVDを見るという行為がなかったら、光らない。
そういうものがない時代は、劇場やコンサートホールでしか見れなかった一瞬の芸術。

その輝きはまぶしくって、見るものの目を支配する強さがある。

だから、その表現に私は光を感じる。陽の芸術。

 うわあ、やられた! という感じだった。SHANAくんは、瞬間的に輝く芸術と、あとに残るものを陰陽で表現している。これは面白い。

 確かに、音楽や演劇は、練習に練習を重ね、本番という瞬間を最も輝かせようとする。実は、私は、コンサートにも良く足を運ぶし、宝塚を観劇したりもするが、コンサートの模様が収録されたDVDを観たり、宝塚のビデオを鑑賞したりすることはほとんどない。どういうわけか、昔からそうだったのだ。しかも、好きなアーチストのCDをじっくり聴き込んだりもしない。だから、私は、不良ファンなんだと思っていた。しかし、こうして考えてみると、私は、コンサートという瞬間、舞台という瞬間を楽しんで来たのだということに気づかされた。こうした楽しみ方は、過ぎ去ってしまった瞬間に、いつまでも縛られていないことになるのかもしれない。

 またまた、SHANAくんの記事を引用させていただく。

絵や工芸は、音楽とかのような練習をしない。しないわけじゃないけど、そんなにたくさんしない。

偉大な画家などになると、練習ですら芸術になる。
私は、描きながら自分を高める。描きながら試行錯誤してる。
描いてるものは練習でなくて、本番。
美術は本番が長く長く続く。

そして、いつまでもぼんやり輝いている。
いつもそこにあって、動かない。見てもらえるのを輝きながら待っている。

画集にもなるけど、どこかに絵を飾れば、それは四六時中そこにい続ける。
まるで影のように。

見るものを支配しない。
相手の自由意志に任せて、見たいときに見てもらう。

音楽のように、キラっと光るわけでもなくて、ぼんやり光続ける。相手に任せて、そこにいるだけ。

この表現に私は影を感じる。陰の芸術。

 なるほど! これは参った!

 去年、神戸市立博物館で開催されていた「栄光のオランダ・フランドル絵画展」に足を運んだ。フェルメール「画家のアトリエ」のほか、十六・十七世紀のフランドル・オランダ絵画たちの作品をじっくりと鑑賞した。そのとき、私の目を釘付けにした作品があった。アブラハム・テニールスの「猿の床屋に猫の客」という作品だった。それは、猿の床屋に猫が客としてやって来ている風景を描いたものだった。しかも、椅子に座っている猫は、いかにもお金持ち風の猫で、手に鏡を持ち、自分の両脇に立つ床屋の猿が自分の毛をカットする様子をじっと伺っていた。その猫の表情は、床屋の猿がちょっとでもミスを犯そうものなら、すぐにでも言いがかりをつけてやるぞといった表情だった。

 絵でそれだけのものが表現できてしまうということに、私は強い衝撃を覚えた。もともと、その絵画展に足を運んだのは、その絵画展に足を運んだ派遣仲間が、その絵のクリアファイルをお土産にプレゼントしてくれたからだった。私は、クリアファイルに描かれているその絵に釘付けになってしまい、是非とも自分の目でその絵の実物を確認したいと思ったのだ。

 実際にその絵を鑑賞した私は、その存在感に圧倒された。たった一枚の絵なのに、その絵の中には、言葉では語られることのないストーリーが展開されていた。いや、むしろ、言葉を超えているとさえ思った。もしかすると絵は、言葉では表現し切れないものを表現して行くための手段なのだろうか。音楽であっても、絵であっても、言葉以外の表現方法であることは間違いない。表現方法は間接的だが、素晴らしい芸術を鑑賞すると、言葉よりも直接的に響いて来る。

 ところで、音楽を創ったり、舞台の稽古を重ねたりするには、たくさんの仲間やスタッフがいる。みんなで協力し合って、一つのものを産み出すという作業は、それほど孤独な作業ではないかもしれない。しかし、絵を描いたり、工芸品を創作したりする作業は、ほとんど一人だけで行う。音楽や演劇がグループ活動なら、絵や工芸品の創作は、ソロ活動である。一人で行う作業は、むしろ、自分との戦いになるのではないだろうか。だからこそ、絵や工芸品を創作することが好きな人たちは、一人の時間を大切にしたいと思うのではないだろうか。

 独身の頃の私は、一人で行動することがとても好きだった。買い物に行くのも、友達と一緒に行くことは考えられなかった。むしろ、友達と一緒に居ると、買い物すらできなかったのだ。好きなアーチストのライブのために遠征しても、ライブ仲間たちである程度集まったあとは、自由時間を作り、一人で好き勝手に行動していた。また、自宅に居るときは、電話に出ることさえ煩わしくて、いつも留守番電話にしていた。大学の頃も、サークルの飲み会や合宿で、一人になりたくて仕方がなかった。同じサークルの仲間から、「いつもつまんなそうにしている」と言われていたくらいだ。

 そんな私が、ガンモと出会って一変した。一人で行動することが好きで好きでたまらなかったのに、何から何までガンモと一緒にすることが好きになった。そして、独身の頃、何故、一人で行動することが好きだったのかと考えてみると、人に合わせることが苦手だったということに気がついた。私は、何でも一緒にできる親友に出会ったのだ。

 私が一人になりたいと思っていた理由は、明らかに、陰の芸術家が一人になりたいと思う理由とは異なっていると思う。陰の芸術家は、作品を産み出すために集中する時間が必要なのだ。それは多分、私が仕事中に耳栓を愛用しているようなものだ。

 しかし、陰の芸術家に心から愛する人ができたとき、その人との直接的な関わりを後回しにして、創作に打ち込むのことができるのだろうか。それとも、陰の芸術家と関わる人たちは、そのへんをわきまえた上で、陰の芸術家が大切にしている一人の時間を尊重して行くことを暗黙の了解とするのだろうか。私なら、愛する人との直接的な関わりを望むことだろう。あまりにも一人の時間を大切にする傾向が強いと、「もっとかまって!」というアプローチになってしまうかもしれない。そうなると、私が陰の芸術家を好きになった場合、陰の芸術家の足を引っ張ってしまうことになるのだろうか。

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2005.10.20

カルマの結婚

 掲示板で交流させていただいているようこさんから、以下のようなご質問をいただいたので、今日は、カルマの結婚について書いてみたいと思う。

カルマの結婚ってありますでしょうか?

友人で、少し、悩んでいる方がいましてね。

ちょっと質問です。

 まず、カルマの関係とは、切り離しを行うことで、お互いに楽になれる、被害者と加害者の関係のことである。言い換えると、相対的な関係を築いて行くことが心地良くない関係である。お互いに、相手の鏡を通して自分を見たときに、自分の醜い姿が映し出される関係である。ツインソウルの関係と根本的に違うのは、被害者と加害者の関係であるという点だ。ツインソウルの場合は対等な関係を築いて行くので、被害者とか加害者といった展開にはならず、また、切り離しを行おうとする決定的な瞬間に、根底にあったはずの深い愛を思い出す。また、ネガティヴな現象に対して、ツインソウルの場合は許しが起こるが、カルマの関係の場合は、許しが起こりにくい。

 カルマの関係は、カルマ解消までの期間限定の関わりと言っていい。現世でクリアすべきカルマの解消が終われば、その関係も終わりを迎える。ただ、現世での関わりを終えても、関わりを持つことで生まれたネガティヴな感情を解放し切れない場合は、ネガティヴな感情を引きずったまま、醜い関係を来世まで持ち越してしまう場合がある。カルマの関係は、被害者と加害者で役割を入れ替わりながら、魂を高めて行く。

 こうしたカルマの関係が、結婚にまで発展することは多々あると思う。お互いに、被害者と加害者の学びが必要なために、強烈に引き寄せられるのだろう。しかし、その引き寄せられ方は、どこか肉体的だ。カルマの関係でなくても、男女が密に関わり合う結婚生活においては、それがポジティヴであっても、ネガティヴであっても、お互いにとって必要な学びを持ち寄る関係となる。

 結婚生活の中で、自分は被害者だと感じている場合、過去世では、自分が加害者だった可能性がある。反対に、自分が加害者だと自覚している場合は少ないようだ。加害者の役割を演じているときは、被害者の魂の成長を、ネガティヴな方面から手助けしていると言える。

 私の周りにも、カルマの結婚をしている友人がいる。彼女は、夜中に泣きながら、私のところに良く電話を掛けて来ていた。私はその度に、彼女の結婚生活の凄まじさを知ることになった。一言で言って、彼女の結婚は、愛のない結婚だった。夫からは、まるで家政婦さんのような扱いを受けていると言う。彼女が夫よりも先にお風呂に入ると、「汚い」と言われるのだそうだ。彼女が何故、そんな結婚を受け入れたのか、私にはとても不思議だった。恋愛結婚ではなく、お見合い結婚だった彼女には、好きな男性が居たのだが、その男性と結ばれないなら、誰と結婚しても同じだと思い、親の勧める縁談に応じたのだ。そこに、根本的な原因があったのかもしれない。

 結婚生活がギリギリまで追い込まれ、もうこれ以上は耐え切れないと感じるなら、切り離しを行って楽になることを、私は止めない。そのカルマに対して、もうこれ以上頑張れないというくらい頑張ったなら、その苦しみから、お互いを解放してあげてもいいと思うのだ。しかし、まだ、これ以上頑張れないところまで頑張っていないのなら、頑張らなかったそのツケは、来世にも持ち越されるだろう。更に、本当に頑張ったのなら、現世での状況は、お互いを自由にすることに向けて動いて行くのだろう。

 切り離し以外の選択については、現世でその魂が、どこまで進もうとするかによると思う。切り離しを行わず、カルマに対して受身に徹することができたら、カルマの解消は早まると思うし、もっと前向きな関係を築いて行けるかもしれない。そうなれば、カルマの関係を、ソウルメイトの関係に発展させることも、決して不可能ではないはずだ。

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2005.10.19

専業主婦

 最近のガンモと私の合言葉は、「残業、メシ」になっている。ここのところ、またまた残業続きの私は、社員食堂のテーブルから、周りに気を配りながら、声をひそめてガンモに電話を掛けるのだ。今夜も残業だから、社員食堂でご飯を食べて帰るねと。

 もしも私が専業主婦なら、この合言葉は、「ご飯? 風呂?」と、尻上がりになるのだろうか。テレビドラマなどで良く見掛ける、
「あなた、ご飯にする? それともお風呂にする?」
という光景である。果たして、こうしたやりとりは、実際の家庭でも行われているのだろうか。

 日本映画を観ていると、専業主婦が実に良く登場する。日本にはまだまだ、夫婦共働きは定着していないのだろうか。朝早くから起きて家族のために朝食を作り、家族を送り出したあとは掃除や洗濯、買い物をこなして、夕方になると洗濯物を取り込み、きれいにたたんで、夕食の準備をする。私は、普段、そのような生活に慣れていないだけに、ちょっと想像してみただけでもめまいがする。家の中で家事をこなす専業主婦も、外で働く私も、仕事の量は変わらないのではないかと思ってしまう。専業主婦という仕事は、今の私とは、まったくもって無縁の世界だ。しかし、この先、今の仕事を引退したらどうなるのだろう。それでも私は、別の仕事を求めようとするのではないだろうか。私にとって、仕事を持つということは、自分なりの奉仕の方法なのだ。ただ、今の私の仕事は、単に手っ取り早く稼げているだけという気がしている。

 私たちの生活は、日本映画における夫婦のサンプルとはまったく異なっている。朝はガンモと一緒に起床し、朝御飯は和食ではなくパンである。だから、お味噌汁も作らない。私は、漢方薬を煎じながら、自分が仕事に持って行くお昼のお弁当を作る。客先での仕事が多いガンモは、決まった机がないので、お弁当はいいと言う。

 私が自分のお弁当を作っている間に、ガンモが台所にやって来るので、私はガンモにミルクコーヒーを入れて手渡す。コーヒーはインスタントだ。ちなみに、私はいつも温かいミルクティー党である。ガンモが好んで飲んでいるのは、夏は冷たいミルクコーヒー、冬は温かいミルクコーヒーだ。夏の間、台所にいる私は、ガンモが既に仕込んで冷蔵庫の中に入れている濃い目のアイスコーヒーを牛乳で薄めて、ほんの少し砂糖を加えるだけだ。冬になると、ほとんどの場合、ガンモは自分でミルクコーヒーを入れる。

 そして、朝食を食べ終わったガンモは、洗面所で顔を洗い、歯を磨き、夜の間に回しておいた洗濯機から洗濯物を取り出して、干してから出掛ける。少し遅れて、私も支度を整えて家を出る。

 そして、仕事の帰りは、途中で待ち合わせて帰ることもあれば、どちらかが極端に遅くなり、別々に帰ることもある。一緒に帰れないときは、別々にご飯を食べる。待ち合わせて帰るときは、時間も遅いので、帰宅してからご飯を食べるよりも、外食することのほうが多い。帰宅時間が早いときは、自宅でご飯を食べることもある。それでも、できあいのお総菜中心だ。私たちが仕事から帰宅するのは、極端に早いときで午後七時半。極端に遅いときで、午前一時。とまあ、こんな感じの生活である。私たちの夫婦生活を映画にすると、食生活の貧しさにスポットが当たってしまいそうだ。

 ところで、
「あなた、ご飯にする? それともお風呂にする?」
という台詞だが、家を守っていた妻は、外で働いて来た夫の選択通りに準備を進めなければならないのだろうか。しかも、その順番は、夫の機嫌により左右されるものなのだろうか。私は、ご飯もお風呂もそっちのけで、
「あなた、お帰りなさい。会いたかったわ」
と言いながら、夫に抱きつく妻がいてもいいと思うし、そんな夫婦が映画になってくれたらとてもうれしい。
「ただいま、僕も会いたかったよ」
と言いながら、玄関でキスを交わせるような関係がいい。やはり、どうも専業主婦というものが想像できないので、こんな想像を働かせてしまうのであった。今、思いつく限りで、専業主婦について確実に言えることは、専業主婦を募集している企業はないということである。

 ちなみに、私も、結婚してから一年だけ、仕事を辞めて家に居たことがある。そのときは確かに、家事にも手が回っていたし、家の中が少しだけ片づいていて、足の踏み場もあった。しかし、あまりにも外に出掛けない生活を送ってしまったために、外に出て行くのが怖かった経験がある。専業主婦にも、外で働く主婦にも、それぞれの役割があるのだろう。でも、日本の映画を観ていると、自分ができないだけに、専業主婦にちょっとだけ憧れてしまうのも事実である。専業主婦も、外で働く主婦も、みんな、得意分野で自分を高めて行けばいいのではないかと思うこの頃である。

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2005.10.18

余韻

 先週末は、全部で五本の映画をDVDで鑑賞した。最近、映画を観るときに注目しているのは、映画の中で表現されている陰の世界だ。映画の中には、凹な人たち(陰の人たち)がたくさん登場する。お互いに好き合っているのに、好きと言えない人たち。まあ、それでもいいかあなどと思いながら、自らの選択を受け入れて生きている人たち。不思議なことに、日常生活の中では、凹な人たちの気持ちがとてもわかりにくいのに、映画を通して観てみると、彼らの気持ちが手に取るようにわかるのだ。映画の中では、凹な人たちの気持ちが、瞬間的な表情や間(ま)でうまく表現されているからだと思う。そして、不思議なことに、映画を見終わったあとの余韻がいい形で残って行くのも、凹な人たちが主人公になっている映画だ。

 おそらくだが、凹な人たちを主人公にできる映画監督や原作者は、もともと凹な人なのではないかと思う。だから、凹な人たちの対比のために登場する凸な人たち(陽の人たち)が、映画の中では悪役として登場している。何故なら、凸な人たちを悪役にしてしまうのは、凹な人たちが普段の生活で、凸な人たちにやっつけられているからだと思う。そういうシーンを目にすると、もともと凸な私は、自分が悪者にされたみたいで、ちょっと苦笑いしてしまう。反対に、映画監督や原作者が凸な人ならば、凹な人たちは、必要以上に引っ込み思案だったりと、極端な陰として描かれている。

 ところで、先日、大林監督の映画『青春デンデケデケデケ』を観た。一九九二年の作品なのだが、この映画がずっと気にはなっていながらも、まだ観ていなかった。映画の舞台は、香川県の観音寺である。

 この映画は、凹な人たち、凸な人たちという観点よりも、青春時代の情熱が、はじけるほどに表現されたものと言っていい。主人公が、同じ意志を持った仲間たちに出会い、彼らとともに駆け抜けて行く高校三年間。脇役のお寺の息子役の男の子が、本当にいい味を出しているのだ。そんな仲間に出会えたら最高だと思う。実は、私も、中学時代にバンドを組もうとして挫折した口である。楽器を買うのにお金はかかるし、それぞれの意志は、なかなかまとまらないし。だから、同じ意志を持った仲間たちが、三年間も同じ情熱を持ち続け、密に関わって行く姿を、ほほえましくもうらやましくも思いながら観ていた。

 映画を見終わって、もう数日経っているが、私の中にはまだ『青春デンデケデケデケ』の余韻が残っている。そんな余韻を味わいたくて、またまた仕事帰りにレンタルビデオショップに立ち寄ってみたら、旧作半額セールなるものが開催されていた。私は、これはチャンスとばかりに張り切って、一気に六枚も借りて来てしまった。ガンモには、
「映画の観過ぎ!」
と言われてしまう。

 でも、まあ、いいのだ。凸な私にとって、映画とは、凹な人たちの気持ちを理解するのに、格好の教材なのである。そして、いい映画に出会うと、いつまでも余韻をひきずり、人間を観察することがもっともっと楽しくなって行くのだから。

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2005.10.17

チケット合戦

 最近は、郵便振替でコンサートのチケットを購入することが主流になって来たので、プレイガイドに直接並ぶということは次第になくなって来たのだが、数年前までは、朝早くからプレイガイドに並んで、チケットを購入していたこともある。

 まだ暗いうちからプレイガイドに並び、ただひたすら開店を待つ。トイレは近くのコンビニで借りる。同じ場所に並んでいる人たちが、私と同じアーチストのチケットを購入するかどうかはわからないが、とりあえずはみんなライバルだ。だから、そこで長い時間を一緒に過ごすことになったとしても、他の人たちと会話を交わすことはほとんどない。ただ、誰かに話し掛けられると、どういうわけか会話がはずむ。何となく気にはなっているはずなのに、自分からは声を掛け辛い。そんな世界だった。

 夜が明けて、次第に周りが明るくなって来る。そして、いよいよ開店前になると、お店の人がチケットの購入伝票を配りに来る。その購入伝票には整理番号が記入されていて、列の前方に居る人たちほど、若い整理番号の購入伝票を入手することができる。購入伝票に必要事項を書き込むと、お店の人がその購入伝票を集めに来る。お店の人たちは、その購入伝票を整理番号順にきれいに並べ、チケット発券端末の前で待機する。いよいよ、緊張の一瞬である。チケット購入伝票をお店の人に引き取ってもらうと、チケット発売開始までカウントダウンだ。

 ようやく、チケット発売開始時間の十時になった。チケット発券端末の前で待機していた人が、一斉に端末を操作し始める。列に並んでいた人たちの中には、自分の順番が回って来るまでの間に、携帯電話でプレイガイドに電話を掛け始める人たちもいる。自分の順番までに電話が繋がれば、受け付けてもらった整理番号よりも早い時間にチケットの予約ができたことになるからだ。しかし、携帯電話からチケットセンターには、なかなか繋がらない。とにかく、チケット発券カウンターの周辺は、十時を過ぎると慌ただしい。

 チケットカウンターでは、整理番号順に、次々にチケットが発券されて行く。チケット発券端末は、全国の同じプレイガイドの支店とオンラインで繋がっているので、その操作にはコンマ一秒を争う。だから、コンサート仲間たちの間では、あのプレイガイドのどこそこの支店は端末操作が速いだとか遅いだとかの話題が飛び交う。

 こんな状況だから、せっかく並んでも、わずか数分で、チケットがソールドアウトになってしまうことも多い。そんなときは、朝の暗いうちから並んだのは一体何だったのかという脱力感に襲われる。しかし、そんなときに限って、友人から、
「チケット余ってるよ」
と救いの連絡が入ることが多い。私は、そうした状況を有り難いと思うのだが、ちゃっかりした友人は、
「この予約番号で発券してもらって、席のいい方を私にちょうだい」
と言って来る。はいはい、わかってますよ。

 こんなふうに、好きなアーチストのコンサートを見たいという情熱を持っている人たちは、チケット発売後のわずか数分間に勝負をかけて、朝の暗いうちからプレイガイドに並び、奮闘する。しかし、都心では、そんな情熱を悪用する人たちもいるのだ。

 私は、ガンモと一緒に東京でチケットを購入するためにプレイガイドに並んだとき、同じ列に並ぶ浮浪者の男性の姿を見た。彼は、列の先頭に並んで寝転がっている。明らかに、コンサートを観たいという情熱を持ってプレイガイドに並んでいるわけではないということが、一瞬のうちに見て取れる。一体、何の目的なのか。そして、私はその目的を、チケット発売開始直後に知ることになる。

 十時になると、ちょっと横柄な男がどこからともなくやって来て、浮浪者の男性に話し掛けた。彼は、浮浪者の男性から、プレイガイドの人に発券してもらったチケットを受け取った。どうやら、そのように早朝から並んで獲得したチケットを、誰かに高額で売りさばくつもりらしい。都心ならば、浮浪者の男性は、チケット売場の前でなくても、どこででも寝られる。そうした状況をうまく利用して、浮浪者の男性に小遣いを与え、プレイガイドの先頭に並ばせて、人気アーチストのコンサートのチケットを購入させる。そういう仕組みが出来上がっているらしい。

 私は、ガンモと一緒に、悲しい気持ちでその光景を見ていた。そのとき私たちは、ソールドアウトのため、目的のチケットを購入することができなかった。その浮浪者の男性が、私たちのお目当てだったアーチストのチケットを購入したのかどうかはわからない。しかし、私たちのような情熱もなく、早朝からチケット購入のために列に並び、本当に情熱を持った人たちの楽しみを奪う行為に対して、強い憤りを感じたのだった。果たして、今でもそのような行為がずっと続いているのかどうかはわからない。

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2005.10.16

感覚と言葉

 最近、私のサイトの掲示板で、言葉とは何かという問いかけが多い。魂の想いに正直になりつつある人たちは、感覚のすべてを的確な言葉に変換してしまうことができないと嘆く。感覚とは、魂が感じている世界であり、言葉とは、頭という肉体を使って表現される世界かもしれない。だからだろうか。ネットの世界で醜い対立が起こると、言葉だけのやりとりになってしまう。感覚を使わずに、相手の言葉を頭で捉え、言葉尻だけを追うようになるのだ。

 たいていの場合、相手の言葉尻だけを追うことにより、醜い対立に発展するときは、お互いに、相手の魂を感じ取ってはいない。醜い対立は、相手の魂がどこを向いているかがわからないままに交流を深めようとすることで、暗中模索のやりとりになった末に起こる。または、ほんの少ない材料で相手を判断しようとするときにも醜い対立は起こる。

 またまたネット仲間のブログの話で恐縮だが、私がいつも拝見しているブログに、検索エンジンからたどり着いたという人が初めての書き込みをしていた。そして、彼のブログの特定の記事だけにスポットを当てて、彼の使う言葉が汚いというコメントを残して行った。それを読んだ私は、普段、私と同じくらい言葉に対するこだわりを持ち続けているはずの彼の使う言葉の一体どこが汚いのだろうかと驚いてしまった。そして、そういう観点で彼の書いた記事を改めて読み返してみると、ある言葉にひっかかったのだ。その言葉は、一見、ネガティヴな表現なのだが、彼自身がむしろ親しみを込めたいときに使う言葉だということが、私にはわかっていた。だから私は、その記事を読んだときに、言葉が汚いだなんて、まったく気にも留めなかったのだが、彼を良く知らない人が見れば、汚い言葉に映ってしまったようだ。

 上記の例は、検索エンジンから彼のブログにたどり着いた人が、彼を判断する材料が少な過ぎたために起こったことである。検索エンジンからたどり着いた人は、コメントを書き込むときに、魂の感覚を使わなかっただろうし、彼が一体何者であるかも、積極的に知ろうとはしなかった。そして、彼の記事から何かを吸収しようとはせずに、検索エンジンに引っかかった記事と、既に自分の中にある材料だけで彼を判断しようとした。

 しかし、どんなに頑張ってみても、人と人のコミュニケーションは、ある特定の区間を区切って行うしかない。その人がその言葉を使うに至った過去の経験まではさかのぼれないものである。しかし、交流が深まれば、最初に区切られたはずの区間はどんどん広がって行く。区切られた区間を広げている間に、相手に対する知識と理解を蓄積して行くのだ。

 その反面、まだ知り合ったばかりなのに、相手のことが良く見えることがある。そういう相手については、最初から相手の魂を感じている場合が多い。相手の魂を感じられるのは、お互いに開かれているからだろうか。魂を感じられることで、本来、言葉で必要なはずの説明が省かれ、効率の良いコミュニケーションが行われるようだ。

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2005.10.15

運営方針を掲げる

 ネットで交流している人が、ブログの更新をしばらくお休みすると宣言されていた。詳しいことは良くわからないのだが、どうやらブログのコメント欄に書き込まれた内容に関して、何か問題があったらしい。彼女は自分のブログの運営方針を掲げ、その中で、誰が読んでも気持ちのいいブログにして行きたいと書かれていた。そして、コメントを書き込んでくださる方も、目の前に相手がいることを想像しながら書いて行きましょうと提案されていた。彼女のブログは本当に深く、その筋を志すたくさんの人たちがが訪れ、とても賑わっていた。毎日、何十というコメントに返信し、時には大丈夫なのかと心配になるくらいだった。彼女はそれだけ、その筋に関して深いものを持っている人なのだ。

 ホームページやブログを運営する者として、私には、彼女の気持ちが痛いほど良くわかる。関わる人が多くなればなるほど、運営方針を掲げなければならなくなってしまう。それは、管理人にとって、本当はとても心苦しいことなのだ。しかし、そうでもしなければ、既に関わり始めた人たちを守れない。いろいろな意志を持った人たちを一度に受け入れて行くことは、非常に困難なことなのだ。積み重ねて来た関係もあれば、新たに始まる関係もある。詳しい人もいれば、もっと知りたがる人もいる。考えの近い人もいれば、遠い人もいる。ネットの世界であっても、リアルの世界であっても、ありとあらゆる立場の人たちが混在している。家庭に法律がなくても、国家に法律があるのは、そういうことなのだ。

 私は彼女へのコメントに、彼女との交流の中で、私自身が気づかされたことを書かせていただいた。かつて私が、その筋に関してのポジティヴな面を示したときに、こんなネガティヴな面もあると返してくれたこと。更に、カメラの修理を重ねれば重ねるほど、カメラに対する愛着がどんどん深くなると彼女が言っていたこと。そうしたやりとりは、私の中に残っているとともに、彼女自身がネガティヴなものをポジティヴに変えて来た証なんだということを伝えたかった。だから、今回のことも、きっとポジティヴに変えられるはずだと。

 実際のところ、彼女のブログにどんなことが起こっていたのか、私は知らない。もしかすると、私が想像していることよりも、もっと醜いことかもしれない。しかし、彼女がこのような態度を取らなければ、気づかない人もいるということなのだろう。どんな相対関係も、その人にとって、必ずしも心地良い関係であるとは言い切れないのだ。

 もう一つ、私が感じていることがある。彼女のブログは、あれだけたくさんの人たちで賑わっていたのに、彼女が運営方針を掲げてからというもの、コメントを書き込む人が極端に少なくなっている。これまで関わって来た数多くの人たちは、面倒なことには巻き込まれたくないと思っているのだろうか。そして、彼女が復活したとして、彼女が最も苦しいときに手を差し伸べもせず、何事もなかったように交流を続けて行くつもりなのだろうか。私は、こういう知らんぷりが大嫌いだ。彼女の存在を気にかけているのなら、そして、これからも交流して行く気があるのなら、彼女の気持ちを汲み取り、知らんぷりをせず、何か一言でも声を掛けてあげるべきなのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます! 感謝、感謝であります。m(__)m

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2005.10.14

芸術の裏側

 美しいばかりではないはずだという確信があるからだろうか。美しいものばかり観ていると、何故かその裏側を探ってみたくなる。

 例えば、宝塚歌劇団の公演を観ているとき、短時間で着替えを済ませてしまう彼女たちの楽屋は、一体どのようになっているのか、気になってしまう。また、彼女たちが細い肉体を維持して行くには、涙ぐましいほどの努力が必要なはずだと想像する。更に、ファンにまでも影響を及ぼしてしまうほどの女性ばかりの厳しい年功序列の世界の実体は、どのようになっているのか考えてしまう。宝塚関係者の話によれば、ファンにもトップがあるらしい。ファンのトップは、スターさんと直接通じ合っていて、スターさんの身の回りの世話をしたり、自分が公演を観ない日であっても、宝塚歌劇場に足を運んでは、関係者チケットを融通したりしている。また、ファンのトップとまでは行かなくても、ファンからのプレゼントを預かる係のファンもいる。要するに、ファン暦の浅いファンは、プレゼントを直接スターさんに手渡すことができないのである。そこまで来ると、ファンのトップというよりは、マネージャに近い。しかし、こうした裏側の世界は、華やかな宝塚の舞台からはまったく想像できない。

 また、世界的に有名な画家であるピカソは、女遊びが激しかったらしい。それでも、女性たちはピカソから離れようとはしなかったとか。彼の絵だけを観ていると、まったく想像できないことである。私もかつて、スペインのプラド美術館でピカソの原画を観た。彼の絵の素晴らしさを理解することはできなかったが、絵の持つ雰囲気に圧倒された。

 ときどき、芸術とは何なのだろう、と思うことがある。芸術とは、裏側にあるものをきれいにしまい込んで、美しい場面だけを瞬間的に映し出すものなのだろうか。そうだとすると、芸術とは、種明かしをしない手品のようなものなのかもしれない。

 美しい絵や素晴らしい曲、感動的な舞台を鑑賞する度に私は思う。芸術とは、創り手にとって、一人で過ごす時間が最も重要であるということ。他人とのコミュニケーションを絶ち、まるで鶴の恩返しの鶴のように誰の目にも触れない場所でこっそりと創作に打ち込み、出来上がったものだけを披露する、結果重視の世界。芸術家にとって、作品が出来上がるまでのプロセスは、切り捨てて行くべきもの。それが芸術。

 だから、芸術家を愛する人たちは、鶴の恩返しのおじいさん(男)のように、作品が出来上がるまで、ずっと辛抱しなくてはならない。創作に打ち込んでいる芸術家に声を掛けてはならない。芸術家の気を散らしてはならない。

 そうして出来上がったものが芸術だ。だから、その作品には、身内の人たちの孤独と理解がたくさん詰まっている。そういう観点で芸術を鑑賞し始めると、芸術だって、何も美しいものばかりではないということに気づいて行く。

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2005.10.13

子供の頃からずっと会いたかった

 私が中学生の頃、テレビドラマ『西遊記』が大ブレイクし、そのテーマソングを歌っていたゴダイゴの曲も大ヒットを飛ばした。私は、当時、ゴダイゴにそれはそれは夢中になった。彼らのファンクラブにも入会し、彼らの歌う英語の歌詞を必死で覚え、モンキー・マジックのときに投げる白いくす玉を手作りしては、彼らの真似をしながら友達の前で歌ったりしていた。

 私が高校生になったとき、彼らは私の通っていた高校のすぐ近くでライブを行った。石油会社の宣伝のために行われた無料ライブで、新聞の広告に入場券がついていたのだ。その頃はもう、ゴダイゴの人気は落ち着いて来ていて、私自身も比較的静かな気持ちで彼らを応援していたのだが、こんなことはまたとないチャンスだと思い、私はそのライブに足を運んだ。しかし、自分の感覚が閉じていたためか、そのライブではあまり感動することができなかった。その後、私が大学生になった頃に彼らは解散し、長年のグループ活動に終止符を打った。このときも、私は感覚が閉じていたため、それほど辛くはなかった。

 そのゴダイゴが、今からおよそ六年前の一九九九年に復活コンサートを行った。私は、懐かしい気持ちでいっぱいになり、喜びいさんで復活コンサートを観に行った。もう、何と言ったらいいのだろう。最初から最後まで感動の嵐だった。とにかく、泣けて来て、泣けて来て、コンサートが終わったあとも、その感動に呼吸が苦しくなるほどだった。一言で言って、彼らの創り出す音の一つ一つを理解し、自分の中に吸収できた。私が彼らから離れ、別のアーチストの音楽を聞き始めたことが肥やしになり、彼らの復活コンサートを効率良く吸収することに役立っていたのだ。

 私がリアルタイムで彼らを応援していたのは、まだ中学生の頃だった。この頃の私はまだ、音楽的にも目覚めていなかった。だから、彼らの音楽がビートルズの影響を受けていることも、ミッキー吉野氏の天才的なキーボードも、浅野氏の素晴らしいギタープレイも、すべて素通りしてしまっていたのだ。ゴダイゴから離れたあと、別のアーチストに出会い、そのアーチストが影響を受けたというビートルズやその他の海外の音楽にも耳を傾けるようになった。そして、ゴダイゴのルーツもまた、ビートルズや他の海外の音楽にあったことを知ったのだ。つまり、他のアーチストに傾いたことが、ゴダイゴへの理解を一層深めてくれたのだった。

 私は、復活コンサートに参加したあと、放心状態に陥ってしまいそうなほどの強い衝撃を受けていた。そして、これまで閉じていた想いがにわかに吹き出し来て、一度だけ観れば気が済むはずのコンサートを全部で三回観ることになった。

 私のように、リアルタイムで彼らを応援していた人たちの中には、彼らが行った復活コンサートの十二本すべてに参加した人もいる。それくらいゴダイゴは、多くの人たちに愛されたバンドだった。しかし、私のように、音楽というものを理解する前に、彼らは解散してしまったのだ。あの復活コンサートは、そうした世代の人たちを対象に、トラウマ解消ツアーと呼ばれる位置づけだったらしい。以下、当時のツアーパンフレットからタケ(タケカワユキヒデ氏)の言葉を抜粋させていただく。

−今回のツアーを僕は"トラウマ解消ツアー"と呼んでいる。当時、見たかったけど見られなかった人に見てもらいたい。当時、子供でコンサートに行けないまま、大人になってしまった人に、その宙ぶらりんの気持ちを解消してもらえればいいなと思っている。−

 この文章を読んだとき、私の中に、じわじわと感動が沸き起こり、涙が出て来た。そうだ。ゴダイゴが一番好きだった中学生の頃、まだ音楽のことも良くわからず、コンサートにも足を運べず、といった状況だった。ようやく大人になりかけたとき、彼らに対する私の想いはすっかり落ち着き、やがて、時とともに彼らも解散してしまった。想いと現実のタイミングが合わずに、私は知らず知らずのうちに、トラウマを抱えていたのだった。だから、復活コンサートであんなにも泣けたのだ。そして、呼吸が追いつかなくなるほどの強い衝撃を味わった。

 後日、その復活コンサートの模様が、テレビでも放映された。その中で、当時、ネットで交流していた人が最前列にいて、画用紙のようなものに書いた彼らに宛てたメッセージを掲げて立っているのが見えた。最前列だから、もちろん、彼らの目にもとまっていたはずだった。交流していたネットの掲示板で、最前列でそのメッセージを持って立っていた人に、誰かが尋ねた。「あの紙には何て書いてあったの?」と。すると、その人は答えた。「子供の頃からずっと会いたかった」と書いていたんだと。その書き込みを読んだ私は、まるで私の気持ちを代弁してくれているかのような深い感動に包まれ、つるつると涙が出て来たのだった。

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2005.10.12

意思は一つ

 朝、目覚めると、隣で寝ているはずのガンモが居ないということが良くある。私の寝ている間に、コールセンタから呼び出しが掛かり、障害の発生した客先まで車を走らせたのだ。一つのシングルベッドに寝ているというのに、私はガンモの仕事用の携帯電話が鳴ったことも、ガンモがベッドから起き出して、支度を整えて出掛けて行ったことも、まったく気がつかずにいる。そして、朝、目覚めてから、夜中に眠い目をこすりながら出掛けて行ったであろうガンモのことを不憫に想うのだ。

 目覚めてからガンモに電話を掛けると、ガンモはやけにハイになっている。自分からハイにならなければ、徹夜作業では仕事モードを維持できないのだろう。私は、仕事に対してすぐに弱音を吐いてしまうが、仕事に対するガンモの精神力の強さには、目を見張るばかりである。ガンモに、
「いつ出て行ったの?」
と電話で尋ねると、
「まるみは全然気づかないね」
と、ガンモは言う。その言葉に、私は苦笑いする。

 普段、とりわけ音に敏感な私は、集中して仕事をするために耳栓を愛用している。道を歩いていても、すぐ後ろを歩く人の話し声が気になってしまうため、わざとゆっくり歩き、おしゃべりをしている人たちに前を歩いてもらう。独身の頃は、睡眠中でも地震の前に目が覚めてしまうほど敏感だった。だから、眠りも比較的浅いほうだと思い込んでいたのだ。しかし、ガンモと一緒に寝ていると、私はぐっすりと眠りこけてしまう。ガンモが携帯電話の音に気づくのは、仕事に対する責任感が強いせいだろう。

 映画『恋愛適齢期』の中で、歳を取ってから運命的な出会いを果たした二人が、一つのベッドでぐっすり眠れることを驚異的に感じるシーンがある。これまで二人は、誰かと愛し合ったあとも、一つのベッドで眠るということをして来なかった。それだけ、自分自身を愛する必要があったのだろうと思う。しかし、そうした恋愛を経て、ようやく一つのベッドでぐっすり眠れる人に出会ったという映画だった。一つのベッドで快眠できるということは、二人の意思が一つであることの証だと私は思う。

 しかし、もしも本当に意思が一つなら、私もガンモの仕事用携帯電話の音で目覚めてもいいのでは? と思われる方もいらしゃるかもしれない。おそらくだが、ガンモがそれを望んでいないのだろう。そんなところにも、ガンモの優しさが感じられるのだった。きっと、私が目を覚まさないように、ベッドからそろそろ起き出して、物音を立てないように注意しながら静かに支度を整え、出掛けてくれているに違いないのだった。

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2005.10.11

映画『この胸いっぱいの愛を』

 実家に帰っていたとき、私は、ガンモが初めて私の実家を訪れたときのことを思い出していた。交際を始めてからわずか一ヶ月足らずで結婚を決意した私たちは、結婚を決めたあとでお互いの実家を訪れることになった。つまり、初めてガンモが私の実家にやって来たときは、私の両親に結婚のあいさつをするためだったのである。

 あのときガンモは、しゃれたスーツを着込み、ビシッと決めていたと思う。私の両親は、私の送ったガンモの写真を見て安心していたので、ガンモのことを快く迎えた。しかし、ガンモは私の両親に対し、テレビドラマに見受けられるような、
「娘さんをください」
のような台詞は言わなかったらしい。私の両親は、ほんの少し、その言葉を期待していたようだった。そのことを思い出して、私はガンモに聞いてみた。
「どうして、『娘さんをください』って言わなかったの?」
すると、ガンモは、
「あのときここに来たのは、親の顔を見に来ただけだから」
と言った。ふうん。

 さて、火曜日は三宮の映画館がレディースディ。何となく、仕事を早く上がれる雰囲気になっていたので、私は定時前からソワソワしていた。定時過ぎに上がり、ガンモに電話を掛けてみると、やはり、まだまだ掛かると言う。そこで、またまた私は三宮で映画を観ることにしたのだった。

 今回、観たのは、『黄泉がえり』を制作された塩田監督の『この胸いっぱいの愛を』。題名につられて観たのだが、一言で言ってしまうと、『黄泉がえり』ほどは泣けなかった。おそらく、私自身の中に、タイムスリップしてまで修正したくなるような後悔がないからだと思われる。いや、むしろ、わざわざタイムスリップなどしなくても、そういう後悔があれば、輪廻転生の計画の中に自然に組み込まれることを知っているからかもしれない。

 ただ、考えさせられたのは、人を生かし続けているエネルギー源とは何なのだろうということだった。困難な状況に陥ったとしても、困難を乗り越えて行こうとするエネルギー源である。それは、例えば、今回の映画の中にあったように、不治の病に立ち向かえるだけのエネルギーを持っているのだろうか。この映画の場合、それがバイオリンへの徹底的なこだわりだった。そうしたこだわりは、自暴自棄に向かわせることもあれば、生きるエネルギー源に変わることもある。おそらく、すべてが陰陽のバランスなのだろう。その人の軸によって、陰に傾いたり、陽に傾いたりするということだ。

 いい映画を観終わったあとは、しばらく余韻を引きずるものだが、今回の映画は、すぐに現実に切り替わってしまった。ガンモに電話を掛けると、もう最寄駅まで帰っていると言う。いつもは映画を観終わると、ガンモもちょうど仕事を終える頃だったのに、ガンモと一緒に帰ることができなかったのも残念だった。

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2005.10.10

祖母の涙

 実家では、チェックアウトの時間も気にせずに眠り続けた。ガンモもリラックスして、遅くまで寝ていた。しかし、どうやら、寝ている間に私が布団を取ってしまい、布団からはみ出したガンモは風邪を引いてしまったようだ。ガンモ、ごめん。風邪薬を飲むと、ガンモの症状は、間もなく緩和されて来た。

 実家に帰ると、母が手料理で私たちを歓迎してくれる。私には弟が一人いるのだが、弟たち夫婦は、実家から車でおよそ二〇分のところにマンションを買って住んでいる。私が実家に帰っても、私たち姉弟が顔を合わせることはほとんどない。弟と私は似ても似つかないが、家庭的な母と私もまた、似ても似つかない。母は、自分のためでなく、誰かのために人生を捧げているようなものだ。

 また、母の陽に対し、父はもの静かな陰である。二人は良く喧嘩をするが、根本的には仲のいい夫婦だと思う。私は父母の関係を見ながら、夫婦は床やお風呂を共にすることが当たり前だとずっと思って来たのだから。対立の多い正反対の性格を持ち合わせているところからすると、もしかすると二人はツインソウルなのかもしれない。父と母の愛情表現は、まったく異なっている。母は能動的だが、父は受動的。能動的な母からは、受動的な父の行動が読み取れないのだ。しかし、父は、母がどんなに感情をあらわにしても、しっかりと母の言動を受け止めている。

 さて、日々の気づきにも何度か書いて来たことだが、私の母方の祖母は、七年前に軽い脳梗塞で倒れ、それ以来、ずっと入院生活を続けている。母は、毎日、朝夕二回、祖母の入院している病院に、祖母の様子を見に行く。入院生活が長引くと、病院側の対応も倦怠ムードになるらしく、何度か病院を変わることになった。それでも母は、毎日、祖母の様子を見に行っている。

 母は、自分自身の身体があまり強くないために、病人の気持ちが良くわかるらしい。だから、夏の暑い日に、病院内をせわしく動き回る看護婦さんが空調の温度を下げてしまうと、ベッドに横たわっている病人の気持ちになって考え、空調の温度を上げたり、空調の寒い風が直接祖母に当たらないように、ベッドの周りを布団で塞いだりする。また、ずっと寝た切りの祖母の身体は、もうすっかり固まってしまっていて、立つこともできないのだが、身体がこれ以上固まってしまわないように、足の間や手の間に抱き枕を持たせている。

 私たちが帰省して、祖母のいる病院を訪れると、遠い目をした同室の患者さんたちに出会う。私は初め、そうした光景がとてもショックだった。患者さんたちが、すっかり生気を失ってしまっているかのように思えたからだ。しかし、それでも、ご家族の方たちは、しきりに身内の患者さんたちに話しかけている。その光景を目にすると、身内のそうした状況を受け入れて行く強さに感動せずにはいられない。反応がなくても、しきりに話しかけているその姿は、絶対愛そのものだ。しかし、良く観察していると、決して反応がないわけではないことがわかる。やがて、こうしたことを見逃してしまうのは、愛のない証拠だと思うようになった。

 今回も、祖母の入院している部屋を訪れた。訪れる度に、毎回、顔ぶれが違っている。祖母はもう視力を失ってしまっているのだが、私が帰って来ていることを、朝のうちに母が伝えておいてくれたらしい。私が祖母の前に立ち、祖母に向かって声を掛けると、祖母の目が、じわじわと涙でにじんで来るのがわかった。私は、それを言葉にならない声で言った。
「ばあちゃん、泣かれん(泣かないで)」
人は、言葉など発することができなくても、感情を示すことはできるのだと思った。そして、そうした地道なコミュニケーションを諦めてしまってはいけないのだ。母の行って来たこうした地道なコミュニケーションが、祖母を奇跡的に生かし続けているのではないかと私は確信した。

 祖母を見舞ったあと、私たちは帰路についた。三連休が終わり、明日からまた仕事だ。これから何かに息詰まったときは、祖母の涙を思い出そうと思う。

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2005.10.09

チンチン電車と道後温泉

 まず、皆さんにお詫びしなければならないことがある。私は、きのうの日記に、段々畑が多いのは愛媛県の宇和島なので、『瀬戸の花嫁』は、宇和島から瀬戸の島にお嫁に行く人のことを歌ったものだと書いた。しかし、あれから更に調べてみると、『瀬戸の花嫁』の舞台になっていたのは、香川県の沖之島という島だということがわかってしまった。愛媛の勝利などと書いてしまったが、ガンモの出身地、香川の逆転勝ちだった。誤った情報をお伝えしてしまい、大変申し訳なく思っている。(特に、『瀬戸の花嫁』が十八番の歌になっていらっしゃるというmiaさん、ごめんなさい。m(__)m)ちなみに、『瀬戸の花嫁』の歌詞はこちらである。

参考:瀬戸の花嫁 沖之島 舞台

 さて、松山に宿泊した私たちは、ホテルをチェックアウトしたあと、路面電車の乗り潰しに取り掛かった。私は愛媛の出身なので、松山には大変馴染みが深い。路面電車のことも、小さい頃から、チンチン電車と呼んで親しんで来た。しかし、本当の意味で松山を理解するようになったのは、高校を卒業して、愛媛を離れてしまってからだったのではないかと思う。

 私は、高校を卒業したあと、いったん広島の大学に入学したのだが、すぐに休学して予備校に通った。そして、東京の大学を再受験し、再入学した。その頃から、好きなアーチストのライブが松山で行われる度に、松山に足を運ぶようになった。そうした過程の中で、次第に、松山が観光地であることを知るようになったのだ。おそらく、愛媛から離れることで、愛媛を客観的に見ることができるようになったのだと思う。ずっと愛媛に住み続けていたのでは、松山の素晴らしさに目を向けることができなかったことだろう。

 松山のチンチン電車は、ほとんど間を置くことなく、次から次へとやって来る。私たちは、全国に残されているいくつかの路面電車を乗り潰して来たが、これほどまでに路面電車が活発に運行されているのは、松山の他には長崎くらいのものだった。しかも、松山の路面電車には、全面広告の車両がない。これは、広告の援助が不要なほど、黒字運営が成り立っているということなのではないだろうか。このように、他の地域の状況が、松山の状況をも同時に教えてくれる。これも、相対性の一つと言っていいのかもしれない。

 坊ちゃん列車と呼ばれる特別車両の路面電車にも乗車した。明治時代の列車を再現したものである。何と、あの小泉首相も、坊ちゃん列車に乗車されたらしい。坊ちゃん列車の車内には、坊ちゃん列車に乗車して手を振っている小泉首相の写真が飾られていた。

 路面電車を乗り潰した私たちは、道後温泉本館に足を運び、温泉につかった。三連休中だったので、館内は大混雑だったが、比較的空いている二階の休息所でゆっくりと休んでから、松山をあとにした。ガンモは特に、お風呂上りに浴衣に着替え、お茶菓子を食べながら、のんびりできる二階の休息所が気に入ったようだった。

 小さい頃から、当たり前のように近くに存在していた松山を、私たちはほとんど体験することなく大人になってしまった。愛媛から離れてみて、近くに存在していたものを主観的に見るということと、客観的に見るということは、両方必要なのではないかと思う。そういう意味で、今回の旅は、愛媛再発見の旅と言えるかもしれない。

 道後温泉を後にした私たちは、ガタンゴトンと二時間近く予讃線に揺られ、私の実家へとやって来たのである。

※今日、撮影した写真
チンチン電車と道後温泉

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2005.10.08

段々畑と一六タルト

 金曜日の夜、仕事を終えたあと、私たちは新神戸から新幹線に乗り、岡山まで出た。そこから特急南風に乗り換えて、四国の鉄道を乗り潰すために、まずは高知までやって来た。そして、高知で一泊したあと、窪川と宇和島を経由して、今は松山に居る。

 予土線では、またまたトロッコ列車に乗り、四万十(しまんと)川の清流を眺めた。私は、四国の生まれだが、釣りが趣味というわけでもないので、四万十川とはほとんどご縁がなかった。大きな川だから、きっと激しく流れる川に違いないと思い込んでいたのだが、実際に間近で見て、その静かな流れに目を見張った。流れの静かな川は、岩がゴツゴツしている。水の勢いで岩が削られることが少ないせいだろう。私はそこに、激しさと静けさの共存を見たのだった。流れの激しい川ならば、河原の岩は丸くなる。そのときは、川が陽で、石が陰だ。しかし、四万十川は、川が陰で、石が陽だった。

 トロッコ列車の中から外の景色を眺めていると、何故か自然に、『瀬戸の花嫁』を口ずさんでしまった。段々畑が目に入って来たからだ。そして、同じ四国出身のガンモと二人で、あの歌詞を解析し始めた。香川県出身のガンモは、嫁ぎ先の瀬戸の島は、香川県の小豆島だと思っていたらしい。そして、愛媛県出身の私は、大島だと思っていた。『瀬戸の花嫁』は、段々畑のある自分の故郷に別れを告げて、瀬戸の島へとお嫁に行く女性の話を歌にしたものである。

まるみ:「段々畑は高知にもあるけど、高知は瀬戸内海に面してないもんね」
ガンモ:「瀬戸内海という線では、香川県と愛媛県だけど、段々畑は香川県にはないな」
まるみ:「ほら、やっぱり愛媛県の歌でしょ」
ガンモ:「うーん」
まるみ:「もしかして、岡山とか広島も瀬戸内海に面してるから、そこに住む人たちも、自分たちの県の歌だと思ってるかもね」
ガンモ:「岡山や広島には、段々畑があるのかなあ。でも、嫁ぎ先の瀬戸の島がないんじゃない?」
まるみ:「あっ、そうか。じゃあ、やっぱり、愛媛の歌だったんだ。でも、段々畑のある地域に住む人と、瀬戸の島に住む人が、どうやって知り合ったのかな」
ガンモ:「うーん、自動車教習所」
まるみ:「・・・・・・」

 ネットで段々畑を調べてみると、どうやら段々畑で有名なのは、愛媛県の宇和島らしい。ということは、『瀬戸の花嫁』は、愛媛県の宇和島から、瀬戸の島に嫁いで行く女性の歌ということになる。ということで、愛媛の勝ち。

 トロッコ列車で宇和島に着き(トロッコの車両に乗車できるのは、一部区間のみ)、宇和島から松山まで、更に各駅停車に乗り換え、二時間半余りもゴトゴト揺られて松山に着いた。通常は特急列車を使うのだろうが、私たちは、四国内の普通列車乗り放題切符を使っているため、各駅停車を利用したのだ。そして、高知を出てからおよそ八時間近くかかって、松山に着いた。松山駅でうどんを食べたあと、まだ小腹が空いていたので、小さなタルトを買った。

 タルトと言えば、松山銘菓の一六タルトのコマーシャルに、故伊丹十三さんが伊予弁でずっと登場されていたのを思い出す。バスに乗っている故伊丹十三さんが、一六タルトを思い出すために、「切ったら『の』の字になっとるあれ、何やったかのう」と言う。彼の伊予弁は最高だった。私は、そのコマーシャルが大好きで、ラジオから流れるそのコマーシャルをカセットテープに録音して、何度も何度も繰り返し聞いては、そのコマーシャルを丸暗記して、友人たちの前で披露していた。今でも、一六タルトを見る度に、故伊丹十三さんの伊予弁を思い出すのだった。

※本日、撮影した写真
予土線のトロッコ列車

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2005.10.07

重要な役割を持っている人たちとの相関性

 私が初めてお付き合いをした男性は、ギター好きで写真好きだった。高校時代、演劇部だった私は、放課後の部室で、同じ演劇部の彼が弾いてくれるギターに耳を傾けたものだった。しかし、彼の影響を受けて、自分でもギターを弾いてみたいとは思わなかった。コンパクトカメラでなく、一眼レフというカメラが良く写るカメラだと知ったのもその頃だったが、自分でも一眼レフを使ってみようとは思わなかった。

 その後、一人のミュージシャンに出会い、私の人生は大きく変わった。初めてお付き合いした男性からは、まったく影響を受けなかったはずなのに、そのミュージシャンからは、多大な影響を受けたのだ。そのミュージシャンの影響で、私は、ギターと写真に興味を持った。

 そして、ミュージシャンの参加しているサークルに顔を出したことにより、カルマ的な男性と出会った。本当に不思議なことなのだが、ミュージシャンもカルマ的な男性も、ガンモも私も、そのサークルに所属していた。そのサークルは、月に一回、東京のとある集会場で開かれていたのだ。そのような狭い場所に、全員集合とまでは行かなくても、それぞれが集っていたことは、実に不思議なことである。

 カルマ的な男性、ソウルメイトであるガンモと、更にはツインソウル。私にとって、重要な役割を持っている人たちは、ギターか写真のどちらか、あるいは、両方の趣味を持っていた。今になって思えば、初めてお付き合いをした男性は、魂としての関わりはとても浅かったが、ギターと写真というしるしを思い出させてくれるための存在だったのかもしれない。その後、ガイド的なソウルメイトであるミュージシャンが現れて、こっちだよ、と道を照らしてくれた。そして、照らしてくれたその先に、カルマ的な男性やガンモが居た。ツインソウルだけは、出会い方がまったく違ったのだが、ツインソウルとの関わりには、ミュージシャンが私に伝えてくれたものを使うことができた。そして、ツインソウルは、ミュージシャンが持っている他のものも持ち合わせていた。

 ギターは繊細さと情熱と頑固さを映し出し、写真はその人の心の視点を映し出す。私よりも陽であるはずのミュージシャンが奏でるギターからは、例え激しい曲であっても、陰の要素を強く感じ取る。そして、陰であるはずのツインソウルが奏でるギターからは、例え静かな曲であっても、情熱や頑固さといった、陽の要素を感じる。カルマ的な男性も、ガンモも、ギターは弾かないが、写真の趣味に関しては、私にとって重要な役割を持っていたすべての人たちに共通している。それに加え、ガンモが鉄道にはまると、ツインソウルも鉄道好きだったことがわかった。

 これらの相関性は一体何なのだろう。こうした相関性は、まだソウルメイトやツインソウルに出会っていない人たちにとっては、十分参考になるかもしれない。自分にとって、重要な役割を持っている人たちとは、何らかの相関性があるということだ。重要な役割を持った複数の人たちとの間にそうした相関性が見られるのであれば、ソウルメイトやツインソウルへの出会いは、既に果たされているか、そろそろ近づいて来ていると言えるのではないだろうか。

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2005.10.06

映画『蝉しぐれ』

 次第にパワーが復活して来て思うことは、人生は、自分の思い通りにしか進まないということだ。はづきさんの記事「lesson92:「惨めな生き方」」を拝見して、掲示板のコメントがなかなか返せないことを、自分の責任にしなかったことを恥じた。自分が掲示板を設置したり、「ガンまる日記」を通じて、たくさんの人たちに発信しているからではないか。パワー不足になれば、闇の要因にひきずられ、自分の抱えている状況に追いつけなくなってしまうが、パワーが復活してくれば、そうした現象でさえも、実りだと感じられるのである。一つの事象が、光に変わったり、闇にひきずられたりするのは、パワーによって自分の軸がずれてしまうからかもしれない。皆さん、本当にごめんなさい。m(__)m それでも、根気強く待ってくださってありがとう。(^^)

 実は、仕事上でとても不思議なことが起こっている。九月末までに仕上げなければならなかったはずの仕事の締め切りが、十月末まで延びた上に、更に十二月末まで延びそうなのだ。実際、どうあがいたとしても、九月末までに仕上げることは無理だった仕事だ。それが、およそ三ヶ月も延びそうなのだ。もちろん、その間に他にもやるべき仕事がたくさんあることには変わりがないのだが。これも、人生の舵を取って行くのは自分であることの証なのかもしれないと思う。

 さて、そんな背景もあって、早く仕事を上がることができた私は、またまた映画を観ることにした。ガンモに電話を掛けると、仕事を終わらせるにはまだまだ時間がかかると言うので、職場近くの小さな映画館で『蝉しぐれ』を観た。この映画は、人生を一緒に過ごさないソウルメイト/ツインソウルに出会っていらっしゃる方には、是非お勧めの映画である。お互いに別々の人生を選択していたとしても、その選択を決して邪魔しようとせず、お互いの人生に介入しない強さが描かれている。十代の頃に芽生えた熱い想いが何年経っても劣化することなく、お互いの胸に強烈に焼き付けられている。私は、こうした描写に強く心を打たれてしまう。ただ、私が映画監督ならば、もう少し、直接的な愛情表現は削ってしまったことだろう。これまでのレビューと矛盾しているかもしれないが、日本人だからこそ理解できる、隠す文化を表現した素晴らしい映画だった。

 映画を観終えてガンモに電話を掛けると、ちょうどガンモも仕事を終えるところだった。私たちは、ガンモの客先の最寄駅で待ち合わせて一緒に帰った。帰宅してからも、私の心の中には、『蝉しぐれ』の余韻がずしんと残っていた。

※てんてんさんへ すっぽんぽんで家の中を歩くご家族がいらっしゃって、とてもうれしく思うよ。そういう話は、大好き! それと、掲示板のことも、いろいろお気遣いくださってありがとう。うん、てんてんさんのおっしゃる通り。掲示板に参加してくださる方は、自立しているんだものね。

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2005.10.05

羞恥心

 いくつかのWeb絵日記を愛読しているガンモは、ときどき私に、それらのWeb絵日記で語られている夫婦愛について教えてくれる。あるとき、ガンモとこんな会話をした。

ガンモ:「絵日記の人はね、自分がウンチしたあと、すぐに旦那さんがトイレに入るのが恥ずかしいんだって」
まるみ:「ええっ? それって、自分のウンチの臭いが残ってるから?」
ガンモ:「そうそう。あとね、旦那さんと一緒にお風呂に入るのも恥ずかしいらしいよ」
まるみ:「うわあ、それって、わざわざ新鮮な気持ちを保とうとしてるんだよね?」
ガンモ:「そうとも言うね」
まるみ:「でも、その羞恥心がなくなっちゃったら、一体どうなっちゃうんだろうね、そのご夫婦」

 羞恥心を残したまま関わって行くかどうかは、それぞれの夫婦が作り出す相対性によるのだろう。ツインソウル夫婦も、お互いに羞恥心を残している関係らしい。だから、私が家の中をすっぽんぽんで歩くことに、とても驚いていた。

 私から見ても、羞恥心を残した関係はとても不思議だ。何故なら、私は、羞恥心を乗り越えても、男女の関係を持続させる方法を知っているからだ。

 おそらくだが、羞恥心を捨ててしまった関係から羞恥心を残している関係を見ると、二人の関係が劣化しないように、人工的な工夫をこらしているように見えたり、羞恥心を乗り越えて関係を持続させる方法を知らないように見えてしまうのだろう。そして、羞恥心を残している関係から羞恥心を捨ててしまった関係を見ると、異性としての関わりを放棄してしまっているかのように映ってしまうのではないだろうか。

 果たして、羞恥心のない夫婦が羞恥心を持ったら、関係はどのように変化するのだろう。同じように、羞恥心のある夫婦が羞恥心を捨ててしまったら、関係はどのように変化するのだろう。

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2005.10.04

俺んだから

 私たち夫婦は、同じサイズのズボンを履いていることを、ここにも何度か書いて来たと思う。私が仕事着用に買って来たズボンも、いつの間にかガンモのお気に入りになっていて、私の仕事着がない、というようなことが多々ある。

 夏休みに北海道旅行に出掛ける直前、金曜日の夜に寝台特急列車に乗ることになっていたため、私たちは仕事から帰って来ては、少しずつ旅行の準備を整えていた。およそ一週間の滞在予定だったので、着替えも何着か必要だったわけである。

 ある朝、私は、仕事着用のズボンを探していたのだが、なかなか見当たらなかった。そこで、ガンモに、
「緑色のズボン知らない?」
と尋ねてみたところ、
「ああ、あれ? 俺の旅行用バッグの中に入ってる。あのズボン、俺んだから」
とガンモが言うのだ。
「ええっ? あのズボン、北海道に持って行くの? 俺んだからって、私が仕事に履いて行こうと思ってたのに・・・・・・」
と私は戸惑ったのだが、ガンモも私も緑色が好きだから、あのズボンがお気に入りなのもわかる。「まあ、仕方がないか」と思いながら、私は別のズボンを履いて仕事に出掛けた。

 実は、今度の三連休もガンモと二人で旅行に出掛けることになっている。そのために、今も少しずつ旅行の準備を始めているのだが、お風呂に入るときに、脱衣場でガンモが私の履いているズボンを見てこう言った。
「このズボン、今度の旅行用に持って行くんだから、履くの禁止。俺んだから」
そう言って、私が脱いだズボンは、すぐに洗濯機の中に入れられてしまった。

 というわけで、私たち夫婦の場合は、まったく同じものか、同じサイズの色違いのものを二つ買う必要があるというわけである。そして、私のお気に入りのズボンは、ガンモにどんどん取られてしまうのである。

※皆さん、いつもご支持と応援、ありがとうございます。m(__)m 皆さんの根気強い応援に支えられております。ありがとう。

※miaさん、わざわざご不在を連絡してくださってありがとうございます。m(__)m どうか、お気をつけて行ってらっしゃいませ!

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2005.10.03

状況説明

 今日も残業で、ガンモとは一緒に帰れなかったのだが、最寄り駅に着くと、少し前の電車に乗っていたガンモが、駅の駐輪場で私を待っていてくれた。駐輪場の入口でガンモの姿を確認したとき、私は、久しぶりに再会した恋人を見つけたかのように、大きく手を振った。何だかそれで元気になった。ガンモ、ありがとう。

 ガンモにもらった元気のおかげで、掲示板への書き込みができた。非公開掲示板に三つ、公開掲示板に二つだ。公開掲示板の流れが活発になってからというもの、私は、非公開掲示板で交流させていただいている仲間たちに対し、「公開掲示板が落ち着くまでは、公開掲示板のコメント書きに専念させてもらうね」と宣言していた。常に新しい人たちをお迎えする公開掲示板は、私が返信しなければ、何も始まらないからだ。

 実は、私には、非公開掲示板以外にも、別サイトにもう一つ、ずっとお待たせしてしまっている掲示板がある。mikiさんに何と言われようが、そういう方たちをさしおいて、新しく来てくださった方たちに、一言コメントでさえもなかなか書き込めないのが現状なのだ。この他にも、電子メールやホームページを通じて知り合った人たちのページにお邪魔しての交流をも含めると、もはや私が関わる人たちの数は、とっくにキャパシティを越えてしまっている。多くの方たちが読んでくださることはうれしくもあり、また、コメントを書き切れないことが大変心苦しくもある。こうした状況への解決に向けて、自分でも一体どうすればいいのかわからないのだが、本当に少しずつ前に進んで行くしかない。だから、どうしても、全体に向けての発信という形を取らせていただくことになってしまうのだ。私が、電子メールよりも掲示板での交流を望むのは、おそらく、そうした背景もあるからだろうと思う。

 そういうわけで、新しく書き込みしてくださっている方たちには大変申し訳ないのだが、返信までずいぶんお時間をいただくという状況が発生してしまっている。しかし、待ってくださっているのは、何も新しい方たちばかりではないのである。あとでお返事を書かせていただきますと言いながら、結局、書き上げることができなかったコメントも数知れず。それは、誰かと対話を始めると、その人との間に新たなペースが出来上がってしまうからだと思う。その相対的な関わりの途中から外れて、別の人の発言にコメントすることができなくなってしまうのだ。だから、私がコメントを書かせていただいたときは、私の書いたコメントをしばらく放置してくだされば、大変ありがたいのである。すぐに返信してくださると、私はその相対的な関係から離れられなくなってしまう。mikiさんも、もしも私に対して、他の人にもコメントを書いたほうがいいと思ってくださっているなら、是非ともそうしていただけたら有り難い。そうすれば、私は、mikiさんに放置していただいている間に、別の人にコメントが書けるからだ。

 とにかく、今はそんな状況である。そんな中で、愛のパワーを分けてくださっている皆さんにとても感謝している。ありがとう。本当にありがとう。愛情溢れる書き込みに、私はとても救われている。私は、男女の愛のはなしが、とにかく大好き。大好きだから、こんなサイトを立ち上げている。男女の愛のはなしは、私のライフワークだ。パワー復活まで、あともう少し。もうしばらくお時間をいただけたらと思う。

※mikiさんへ 忙しいところ、早速のコメントありがとう。でも、本当に無理しないでね。てんてんさんは、愛に溢れた人だから、自分の愛に対して嘘をつけなくて、厳しくなるんだよ。私だって、そうだよ。忙しいとき、吸収できないときは、返信に時間がかかるよね。だから、無理せず、ゆっくり進みましょう。亀でいいんだよ、亀で。mikiさんも、「もう 当分私にレス禁止」って書いてるでしょう? 私だってね、いつも同じ気持ちなんだよ。でもね、最初にmikiさんが来られたときから、どんどん変化しているのがうれしいよ。

※りんさんへ パッションで打ちのめされてしまったようですね。非公開掲示板に、先日のお返事書かせていただきましたので、お時間のあるときにご覧くださいませ。

※皆さんへ 連日、自己愛モードですみません。m(__)m もう少しでパワーが復活します。いつも気長に待ってくださって、本当にありがとう。私に、愛を分けてくださってありがとう。

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2005.10.02

言い訳

 タイトルが言い訳なんて、かっこ悪い。でも、本当に、言い訳なんだから仕方がない。言い訳なんて、いいわけないでしょ、なんて言わないでいただきたい。

 回数券が余っていたのと、観たい映画があったので、ガンモと二人で大阪に出掛けた。しかし、大阪は、阪神タイガース優勝セールのため、どのお店も込み合っていた。結局、観たいと思っていた映画も満員のため観られず、少々しょげ返りながら帰宅した。

 家には、火曜日に返却予定のDVDがまだ一枚残っていたので、ガンモと一緒にそれを観た。夏休みに出掛けた網走刑務所の様子を描いた崔洋一監督の『刑務所の中』である。この映画は、山崎努さん演じる花輪のつぶやきが面白かった。日常生活からすれば、何でもないようなことなのだが、観ているうちに刑務所の特異な世界にどんどん引き込まれ、何故か笑いのこみ上げて来る映画だった。

 映画を観終わると、もう週末は終わっていた。平日に、もっと自由な時間があればなあ、と思う。しかし、コンピュータ業界で仕事をしている以上、それはなかなか難しいことだ。今の生活ペースでは、平日のしわ寄せがどうしても休日に回ってしまう。自分でそのような生活を望んだのだから、仕方のないことなのだが。

 言葉を取り戻そうとして映画を観ても、言葉は戻らずに、結局、時間だけが過ぎて行く。しかし、掲示板の流れを見守っていると、とても元気になるような、愛に溢れたコメントが書き込まれている。ああ、私もそっちに行きたい。そう思っても、お待たせしている人たちを追い越して、また順番を無視するわけには行かない。そうして、私の言葉は、再び止まってしまう。少しでも前に進まなければならないことがわかっているのに、大多数の中から、一人だけを選べない。選んだとしても、それが、すべての人たちに向けた言葉にならない。私のエネルギーは、一度低迷してしまうと、このような堂々巡りを始めてしまうのだった。

 ああ、本当に言い訳ばかりだと自分でも思う。しかし、身動きが取れないものは、どうにも仕様がないのである。タロットカードで言うと、吊された人の状態である。こういうときは、エネルギーがみなぎって来るのを待つしかないのだ。少し待ってくださいというコメントを書き込んだところで、しばらくするとその発言に対して新たなコメントが書き込まれ、あとから吸収するのがもっと大変になってしまうこともわかっている。だから、私は、言葉が溢れ出して来るのを、ただただじっと待っているのだ。それが、最良の方法かどうかはわからない。ただ、私にとっては、新しい人たちの関係を築いて行くことも大切かもしれないが、守る抜くべき既存の関係もたくさんある。既存の関係が新たな局面を迎え、拡大して行くプロセスも好きなのだ。

 それから、陽の喜びを一つ思い出したので、ここに書き残しておきたい。陽は、怒り狂った陰を見るのが大好きだ。いつも、なかなか見せてくれない陰の感情が、怒りによって手に取るように伝わって来るから。陰も陽も、それを、ダイナミズムだと感じている。

※掲示板に書き込みをしてくださっている皆さん。パワー不足で本当にごめんなさい。いつまでもお待たせしてしまって、本当に申し訳ありません。m(__)m

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2005.10.01

映画の感想に見る陰と陽

 ここのところ、感情のリハビリのために、DVDや映画をしきりに鑑賞している。感情のリハビリとは、大殺界特有の、地の底を這うような感覚から脱出するために、DVDや映画を通して、様々な感情を擬似体験しようと試みるものである。

 鑑賞し終わったあと、「何故、こんな結末になってしまうの?」という残念な感情だけが取り残されてしまうような作品がある。いわゆる、芸術作品と言われる類のものである。芸術作品を理解する人は、映画を観ているときの自分の感情と、映画の展開を切り離しながら、冷静に観ている。だから、例え悲劇的な結末を迎えることになったとしても、それを美しいと言ってしまえるのだ。こうした解釈ができる人は、陰の人たちに多いような気がする。

 例えば、私はきのう、スタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』を観た。しかし、「あれれ? こんな結末?」と思ったのだ。世界の破壊と、エンディングで流れる穏やかな音楽のミスマッチを強く感じたのだ。それで、この映画を観た人たちの書いたレビューに目を通してみた。すると、エンディングの音楽が美しいので、世界の崩壊も美しく思えたなどといった感想が書かれている。

 先日観たパトリス・ルコントの『髪結いの亭主』にしても、幸せの絶頂の中、妻が飛び込み自殺してしまうのに、陰の人たちは、そうした悲劇を美しいものとして受け入れるばかりでなく、亭主は、妻が亡くなった余韻を楽しんでいるとまで言い切ってしまえる。陰の人たちにとっては、自分の感情と、映画も含めての他の人たちの成す行為は、まったく別物のようである。だから、彼らからは、「人は人、自分は自分」という言葉を耳にすることが多いのだろうか。反対に、陽は、そうした切り離しができないために、第三者を自分の価値観に導く傾向がある。

 陽の人たちがこうした映画を観ると、「幸せの絶頂にあるのに飛び込み自殺するなんて理解できない」となる。それは、陽の人たちが、それだけ、映画の中にのめり込み、主観的に映画を観ようとするからだと思う。しかし、陰の人たちは、映画でさえも客観的に観ようとする。そして、客観的な立場から、その監督の表現したかったことを理解しようとし、そうした展開もあり得るとなるのだ。おそらく、陽の人たちは、主人公の気持ちで映画を観るが、陰の人たちは、監督の気持ちで映画を観るのではないだろうか。

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