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2005.09.13

掲示板に関する考察

 掲示板の流れに関する私の考察は、まだまだ続く。

 先日観劇した宝塚歌劇団宙組公演には、ジプシーがキリスト教徒によって火あぶりにされたり、捕らえられて一人ずつ射殺されるという痛ましいシーンがあった。私は、宗教の違いだけで何故殺さなければならないのだろうと思ったのだが、やがて、自分が支配されることを恐れているために、先手を打つ行為だと気がついた。そして私は、殺すという、相手の自由意思を完全に奪う行為を、掲示板の立入禁止願いに置き換えて考えてみた。もしかすると、私の中にも恐れがあるのだろうかと。

 どうやら私の中には恐れがあるようだ。その恐れとは、見方によっては、自分が支配してしまいたいことへの裏返しに当たる行為かもしれないと思う。更には、自分のリアルな友人たちに普段見せていない部分をさらけ出してしまっていることへの恐れでもあるようだ。はっきりとした確信はないのだが、精神世界的な考察をすれば、私自身の中にこのような恐れがあるために、それらの恐れを帳消しにしてくれるような出来事を自ら望んでいることになる。もしもすべての出来事、出会いに意味があるとするならば、そういうことなのだろう。

 はづきさんのはづき虹映のスピリチュアル・コーチを拝見していたら、lesson74:「過去世の活かし方」という記事の中に、私の掲示板に書き込まれている内容と同じような記事があった。

 その記事によれば、ある既婚女性が、会社の上司のことが気にかかって仕方がないのだという。相談者の女性は、その上司との前世における関わりを記憶しているらしい。そして、結婚していながら、どうしてもその上司に惹かれてしまうという相談だった。はづきさんは、この質問に対して、以下のように答えられている。

○○さんには、既にご主人がいらっしゃるのですから
(そういう状況の中で「過去世の記憶」が蘇ったという
事実を無視しないで…)、まずはその目の前のご主人との
関係から逃げないことが大切な視点ではないでしょうか?

 +++++   +++++   +++++

人を好きになることは、とても素晴らしいことで、
それは「大いなるもの」からのギフトだと、はづきは想います。

その気持ちに罪悪感を持つ必要はありませんが、
それが真実の愛ならば、目の前のご主人に対しても、
同じように愛を注ぐことは出来るのではないでしょうか?

 ああ、はづきさんの言葉に共感。それにしても、何故、精神世界を探求している人たちは、この件に関して、同じような見解を示すのだろう。みんな別々に旅をしているはずなのに、てんてんさんも、私も、はづきさんも、答えは同じだ。だからだろうか。はづきさんの言葉が、胸にしみわたる。読み返して、じわじわと感動の涙が出て来る。それは、学びが同じだからなのだろうか。

 ところで、まったく別方面からのアプローチになるのだが、はづきさんの見解を読ませていただいて、私なりに思ったことがある。それは、はづきさんの記事にとても共感した私だが、もしもはづきさんと対話をさせていただくなら、共感以上のものが必要だと思った。単なる共感だけでは、対話はすぐに終わりを告げてしまう。だから、小学校の家庭科で習った半返し縫いのように、共感と少しずつの違いがあるほうが、対話は続きやすいのだろう。その違いが、お互いの学びに繋がって行くような対話をしたいと思う。

 おそらく、これに関する考察は、まだまだ続くことだろう。中には、掲示板を守ってくださる方たちもいらっしゃるので、その方たちに掲示板を託してみるというのも一つの手かもしれない。しかし、そんな夢のようなことが実現できたら、私はうれし涙がちょちょ切れてしまうことだろう。

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